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アレッチェは、腕の状態を観察するような素振りで、その長い足の靴先だけで、無造作にトゥパク・アマルの脱臼した腕を幾つかの角度から動かした。その乱雑な動かし方は、周囲から見れば、まるで相手を甚振(いたぶ)っているようにしか見えない。黙々と硬く冷たい靴先を動かすアレッチェの全身からは、苛立ちなのか、憎しみなのか、屈辱感なのか、いずれにせよ、どす黒いオーラが発せられているようでさえある。他方、トゥパク・アマルは、あの眉一筋さえ動かぬ沈着な表情のまま、まるで相手を哀れんでいるかのような気配さえ湛え、これまでも、今も、愚かな所業を延々と続けている頭上の西洋人の様子を観察している。やがて、アレッチェは氷のような靴音と共に背を向けると、「腕はそのまま放置しろ」と吐き捨てるように言い残し、その場を去った。だが、この時は、さすがのアレッチェも、トゥパク・アマルの態度を憎々しく思う反面、その内心では、密かに感じ入るところがあったようだ。実際、翌日の4月30日に歴史上の彼がインディアス枢機相宛てに送った手紙の中で、次のように書き記された文言が、今も歴史上の資料として残されている。――『トゥパク・アマルは非常に頑健な魂と肉体を持ち、はかり知れぬほど沈着である…!!』――◆◇◆予 告◆◇◆本日もお読みくださり、どうもありがとうございます。今回にて「第七話 黄金の雷(いかずち)」は終了となり、次回からは「第八話 青年インカ」に入って参ります。この後は、獄中のトゥパク・アマルの状況と、隣国を拠点に再起を賭けるアンドレスの状況とを交錯させながら、描いていく予定です。トゥパク・アマルの悲愴な運命の傍ら、彼が既に放った矢が、反乱を新たな展開へと導いて参ります。ですが、それは、敵側にとって厳しいものであるのみならず、インカ側にとっても多大なリスクを伴うもので…――(詳細は、この後の物語にて)。また、かつてクスコで再会を誓い合って別れたアンドレスとコイユールの、その後についても描いていければと思っています。それでは、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします! ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.09
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役人たちは、トゥパク・アマルの両手首を背中で縛り、縛った紐を両足首に結びつけた。そして、その紐に100ポンド(約45.4キログラム)の鉄棒を結びつけて、彼の身体を1メートル50センチ程の高さに吊るし上げた。全く、拷問を加えている方が目を覆いたくなるような、あまりにも残酷な光景であった。この所業には、あの冷酷極まりないアレッチェでさえ、瞬間、僅かに視線を斜めに落とした。アレッチェにしてみれば、まさか、このような形で本当にトゥパク・アマルに死なれたら、それこそ非常に不都合でもあったのだ。トゥパク・アマルは、公衆の面前で、しかるべき形で、処刑にされなければならぬ、とアレッチェは考えていた。…――そう…反乱軍の残党を心底震撼させ、この後、この国で反乱を起こそうなどとする輩(やから)のニ度と現れぬように、その「見せしめ」として…――!!拷問の渦中にあるトゥパク・アマルの方に、アレッチェの氷のような視線は、再び、じっと執拗に注がれる。一方、トゥパク・アマルは、その想像を絶する苦痛の状態におかれても、時に呻き声を漏らすだけで、全く口を割ろうとはしなかった。相変わらず、ただ残虐なだけの、不毛な時間ばかりが流れていく。いかにトゥパク・アマルが強靭な肉体を持っていようとも、さすがに、これ以上の付加の持続は限界だ、と、アレッチェの方が思った瞬間、しかしながら、トゥパク・アマルの無言の様(さま)に、激しい侮辱感の極みに達したマタが、「もっと錘(おもり)を加えよ!!」と常軌を逸した指示を出す。だが、この時は、アレッチェが鋭くマタを制した。「馬鹿め!!良く見ろ」アレッチェが苛立ちながら指し示す先には、錘を縛りつけられたトゥパク・アマルの不自然に大きく婉曲した腕があった。「トゥパク・アマルを、さっさと下ろすのだ!!」アレッチェの激しく責め、咎(とが)めるような剣幕に、マタの部下たちが慌ててトゥパク・アマルを床に下ろす。「既に、骨の関節が外れている」と、刺すような声で言うアレッチェは、トゥパク・アマルの右腕を指差してマタを蔑むように見た。トゥパク・アマルの右腕は、無残に脱臼していたのだ。それでも苦悶の気配など微塵も覗(のぞ)かせぬトゥパク・アマルの様子をアレッチェは一瞥すると、感情を押し殺した声で言う。「何という強情な…。いつまで、このような手を焼かせるつもりだ」さすがのトゥパク・アマルも、吊り上げらた状態から下ろされたままの姿で、疲弊しきったその身をぐったりと冷たい床に横たえている。だが、顔にかかった乱れた長い黒髪の間から覗く切れ長の目は、相変わらず、何事も無かったように沈着な鋭い光を宿したまま、ただ無言でアレッチェの顔を見上げている。――そなたこそ、いつまで、このような不毛なことを続ける?このような形で、わたしが何か話すと本気で思っているのか?――トゥパク・アマルの目がそう語っているかのような激しい感覚に憑かれ、アレッチェは噛んだ唇を醜く歪めた。【はじめての読者様へ:アレッチェについて】 登場人物紹介より 正式名はホセ・アントニオ・アレッチェ。植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 ペルー副王領の討伐隊総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめた。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.08
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マタは神経質そうな顔面を興奮気味にひくつかせながら、トゥパク・アマルの方へと居丈高に近づいていく。肉体的疲弊のために、もはや自力では立っていられず、冷え切った石の壁に寄りかかるようにして姿勢を保っているトゥパク・アマルの前に、マタは尊大な足取りで立ちはだかった。壁にもたれていながらも、長身のトゥパク・アマルはマタを見下ろす形になっている。今、そのトゥパク・アマルの、以前と変らぬ、否、以前にも増して達観し切ったような研ぎ澄まされた切れ長の目は、この破廉恥行為を繰り返す眼前の西洋人を哀れんでいるようにさえ見える。マタはいっそう苛々と体を揺すりながら、殆ど張り倒したいほどの衝動を覚える。しかし、上官であるアレッチェの監視の目を背後に意識して、懸命に己の衝動を抑え込んだ。そして、いかにも学者ぶった慇懃(いんぎん)な仕草で記録表に何かを走り書きすると、蔑むような目つきで眼前の「インディオ」を一瞥した。マタの、苛立ちと憤怒を押し殺した、しわがれた声が冷たく響く。「あらかじめ言っておくが、これから行うことによって、おまえが死のうとも、あるいは、片端(かたわ)になろうとも、それは全て、真実を言おうとしなかったおまえ自身の罪だ。そのことをよく覚えておけ。よいな…――だが…」マタは意味ありげに、息を継ぐ。「あるいは、おまえが、今、ここで全てを白状する気になったと言うのならば、まず、その話を聞いてやってもよい」だが、トゥパク・アマルは、「話すことは何も無い」と、全く感情の伴わぬ無機質な声で応えたのみだった。マタは、屈辱に震える拳を握り締める。同時に、部屋の一隅からは、アレッチェの刺すような冷酷な視線が、トゥパク・アマルにではなく、むしろ己の背中の方に注がれているのを感じ、マタはひどく焦りを覚えた。マタの首筋に、冷たい汗が滲む。このマタは、散々の拷問を続けながらも、トゥパク・アマルから何ら情報を引き出せぬことを、上官であるアレッチェから繰り返し咎(とが)められていたのだった。(今日こそは、トゥパク・アマルの口を意地でも割らせねばならぬ…――!!)マタは、乾ききった己の唇を舐めた。そして、悪魔のような声で「やれ」と、部下に指示をする。【はじめての読者様へ:アレッチェについて】 登場人物紹介より 正式名はホセ・アントニオ・アレッチェ。植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 ペルー副王領の討伐隊総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめた。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.07
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この訊問及び拷問を担当したのは、ペルー副王領の首府リマにあるアウディエンシア(最高司法院)の聴訴官、ベニト・デ・ラ・マタ・リナレスという博士であった。このマタは、実際、サディズムの権化のような人物であったと言われるが、敢えてこの男を、この忌まわしい役目の担当官として抜擢した巡察官アレッチェこそ、真にサディズムの権化であったと言いたい。兎も角も、このマタという聴訴官は、トゥパク・アマルを中心に、その家族たちに連日のように激しい拷問を繰り返した。スペイン側の役人たちがトゥパク・アマルから聞き出したかった情報は――次男マリアノの行方は?そのマリアノを匿(かくま)っているのは誰か?現在は誰がトゥパク・アマルの後を受けて反乱を指揮しているか?この後の反乱の展開のために、既に何か策を施しているか?どのように、いつから反乱軍を組織したか?反乱に加担している同盟者は誰か?当地生まれの有力なスペイン人の中に共犯者がいるか?――などであった。だが、トゥパク・アマルも、そして、妻ミカエラも、息子たちさえも、何一つとして真相を明かそうとはしなかった。そのような状況下で、マタの加える拷問は、いっそう復讐めいた要素を孕(はら)みながら、日増しにエスカレートしていった。スペイン本国出身の博学多識な学者であり、且つ、首府リマの最高司法院のエリート高官であるということに強い自負を抱いていたこのマタにとって、己の訊問に対して決して口を割ろうとしないトゥパク・アマルらの態度は、己に対する断固たる侮辱とさえ感じられていた。「下の階級」の「インディオ」が思い通りにならぬというその苛立ちは、酷い屈辱を受けているという彼の勝手な憶測や被害妄想を、日毎に刺激していった。結果、拷問の付加が重くなるばかりでなく、次第に拷問の加えられる時間帯さえもが、早まっていく。この日も、朝早くから、彼の悪魔の所業が行われようとしていた。4月29日早朝午前4時、マタはトゥパク・アマルを薄暗い拷問部屋へと連れてこさせた。高地の秋の冷え込みは既に冬並の厳しさだが、まだ日も昇らぬ、しかも、地下深い獄中の空気は、冷気の淀んだ水底のように凍てついている。訊問が開始された4月22日以来、1週間以上に渡って続けられてきた連日の過酷な拷問の繰り返しで、トゥパク・アマルの肉体は既にかなり疲弊しており、牢からその部屋までも、マタの部下たちに引き摺(ず)られるようにしながらの移動であった。だが、トゥパク・アマルの、その眼光は以前と全く変わらず鋭く冷静沈着で、これから己に課せられるであろう残忍な拷問具を目前にしても、表情一つ動かない。そんなトゥパク・アマルの様子を、その場に立ち会っていたアレッチェが、やや離れた壁際の一隅から、あの氷のような冷血な目で見つめている。 【はじめての読者様へ:アレッチェについて】 登場人物紹介より 正式名はホセ・アントニオ・アレッチェ。植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 ペルー副王領の討伐隊総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめた。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.06
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夢中でマリアノを掻き抱(いだ)くアンドレスの傍に、マリアノと同行していたベルムデスが、静かに近づいた。ベルムデスもまた、マリアノ同様、泥と埃にまみれ、今となっては装わずとも、そのままで全く正真正銘の物乞いのごとくの風貌に成り代わり、よほど注意深く見なければ、誰か判別できぬほどであった。しかも高齢のベルムデスにとって、マリアノを庇護しながらの此度の過酷な道程は、心底骨身に染みたに相違ない。しかし、その深遠な知恵と慈愛に溢れた瞳の色はかつてと変わらず、一縷(いちる)も濁ることなく健在であった。「ベルムデス殿…!!」アンドレスの胸は、また熱く込み上げる。ベルムデスは、アンドレスに深く礼を払った。「アンドレス様、お久しゅうございます。当地、ラ・プラタ副王領でのアンドレス様のご活躍、トゥパク・アマル様も深くお喜びであられましたぞ。こうして、また相見(あいまみ)えることができようとは、なんと幸いなことでありましょうか!」アンドレスも、再会の感動に極まった面差しで、マリアノを腕に抱いたまま、ベルムデスに深く礼を払った。「ベルムデス殿、俺も、どんなにお会いしたかったか…!それに…此度のマリアノ様のこと、何とお礼を申し上げてよいものか…!!」ベルムデスは、そっと微笑み、頭を下げる。再び顔を上げたベルムデスとアンドレスの眼差しが、しっかりと合った。その瞬間、言葉にはならずとも、アンドレスの瞳は、深く物言いたげに、大きく揺れた。必死で耐えようとしても、誰にとっても慈愛に満ちた祖父のごとくのベルムデスを前にして、思わず、アンドレスの瞳は潤みかける。彼は、唇を強く噛み締めて、涙が落ちそうになるのを、ぐっとこらえた。一方、老賢者ベルムデスには、一連のアンドレスの心境は、何も聞かずとも手に取るように理解できる。ベルムデスはその温厚な、包み込むような眼差しで、ゆっくりと、ただ黙って頷いた。(アンドレス様……。さぞや、お辛いご決断であられたことでありましょう。ですが、当地に残られたあなた様のご判断は、正しかったのです。どうか、トゥパク・アマル様のことで、それ以上、ご自分を責められますな)唇を噛み締めながら己を喰い入るように見つめるアンドレスに、ベルムデスは、もう一度、しっかりと頷き返した。 こうして、幸運にも、皇子マリアノは無事にアンドレスの陣営に辿り着くに至ったが、他方で、トゥパク・アマルらの囚われているクスコの牢獄では、いよいよ差し迫った状況が展開していた。アンドレスの元にマリアノが到着するよりも少し前の話に戻るが、トゥパク・アマルらが投獄されて6日目の頃、彼らの収容されたクスコの旧イエズス会修道院では、ついにトゥパク・アマルら家族への過酷な訊問――訊問とは言え、その内実は、結局のところ拷問である――が開始されたのである。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.05
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トゥパク・アマルに生き写しのマリアノの顔は、過酷な長旅のためにすっかりやつれ、皮膚も、髪も、どこもかしこも頭の天辺から爪先まで、余すところなく埃と土と汗にまみれている。そのマリアノは、深い安堵と緊張からの解放からか、完全に脱力したようにアンドレスの胸にもたれかかっている。実際、あまりの長距離を歩き続けてきたために、脚力も体力も限界に達していたのだ。そして、それ以上に、精神的な苦痛が、マリアノの心と全身を蝕(むしば)んでいた。それでも、彼は、ベルムデスと共に、諦めることなく、一寸の予断もならぬ危険な逃亡の道程を必死に進み続けてきたのだった。父トゥパク・アマルをはじめ、母ミカエラや兄弟たちまでもが囚われた今、己が生き延びることがどれほど重要なことなのか、10歳とはいえ、利発な皇子マリアノは十分に認識しているはずである。(マリアノ様…――!!)アンドレスは、今ひとたび、マリアノの痩せ細った体を抱き締めた。そんなアンドレスの腕の中で、マリアノは瞳に涙を浮かべながら、それでも、懸命に歯を食いしばって泣くまいとしている。「アンドレス…父上だけでなく…母上も…兄上たちも、奴らに捕まって……!!」アンドレスは胸を掻き毟(むし)られる心境で、マリアノの大きく揺れる瞳を見つめた。アンドレス、父上たちを助けて…――!!と、マリアノの瞳が激しく訴えているようで、彼は反射的に目をそらした。そして、その視線を避けるように、再び、強くマリアノを抱き締める。「マリアノ様のこと、この俺が必ずお守りいたします。たとえ、俺の命に代えても…!!」それは、アンドレスの真実の思いであった。(トゥパク・アマル様……!あなた様のお命をお見捨てした俺に…僅かでも報いる機会をお与えくださったのか…――)マリアノを懐深く抱き寄せ、泥土で強張った少年の髪に顔を埋(うず)めるアンドレスの横顔で、硬く閉じられた瞼が震えていた。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.04
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天幕を抜けると、アンドレスは野営場の入り口に向かって走った。(マリアノ様!!本当によかった!!ああ…インカの神々よ、感謝します…――!!)彼が走っている間にも、野営場の入り口付近で、どよめきと共に歓声が上がるのが聞こえてくる。「ご到着か?!」アンドレスの歓喜の声に、入り口の方から走り込んできた兵が、「はい!!」と、力強い声で応えた。殆どそれと同じ瞬間に、彼の精鋭の兵たちに守られるようにして馬に乗せられたマリアノの姿が、アンドレスの目の中に飛び込む。逃亡のために扮した平民の服装は、もはやボロ布を纏っているがごとくの疲弊ぶりではあったが、馬上の少年は、まさしく皇子マリアノに相異なかった。(マリアノ様!!)互いに、まだ距離は離れていたものの、大きく瞳を輝かせて己を見つめるアンドレスの視線に、マリアノはすぐに気が付いた。そして、彼も、また、馬上から真っ直ぐにアンドレスを見た。二人の視線が完全に合う。「アンドレス!!」「マリアノ様!!」トゥパク・アマルの皇子マリアノは、トゥパク・アマルの甥であるアンドレスとは、幼き頃から交流も深く、マリアノにとってアンドレスは年の離れた兄のような存在でもあった。己の元に走ってくるアンドレスの来るのを待ちきれぬとばかりに、兵が手助けするのも待たず、マリアノは馬の背から臆することなく飛び降りた。兵たちが、「危ない…!」と息を呑むその瞬間にも、マリアノは美しい姿勢で器用に着地すると、アンドレスの方に向かって一直線に走ってくる。アンドレスも、一心にマリアノの元へ走った。「マリアノ様!!!」マリアノは真正面から、弾丸のようにアンドレスの胸の中に飛び込んだ。アンドレスの逞しい腕が、しっかりとマリアノを受け留める。「アンドレス!!アンドレス!!アンドレス――!!!」アンドレスは激しく胸の奥が熱くなるのを感じながら、力強くマリアノを抱き締めた。感極まって、すぐには声が出ない。「…――マリアノ様!!よくぞ…よくぞ、ご無事で…!」しかと抱き合った後、アンドレスはマリアノの頬を両手で包み、感動に震える眼差しで少年の瞳を見つめた。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.03
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それから、アンドレスは急ぎ副官らを集め、数十名の精鋭の兵たちから成る部隊を幾つも編制し、当地に向かって避難を続けているはずのトゥパク・アマルの次男、皇子マリアノの捜索と救出に向かわせた。使者の話から、マリアノが重臣ベルムデスと共に平民を装って当地に向かっていることも聞き及んでいたため、アンドレス軍の兵たちも平民になりすまし、決して目立たぬよう細心の注意を払いながら、幾つかのルートに別れて手分けをしながら捜索を続けた。かくして、その数日後、ソラータの包囲網を固めながら祈るような気持ちでマリアノたちを待つアンドレスの元に、早馬の使者が飛ぶように馳せ参じた。「アンドレス様!!朗報でございます!!マリアノ様が…!!」使者の言葉に、アンドレスは軍議の席から、飛び上がるように立ち上がる。その場にいた他の兵たちも、ハッとした表情で一斉に使者の方を見た。アンドレスは使者の傍に駆け寄った。「マリアノ様が…マリアノ様が、見つかったのか?!」使者は迸(ほどばし)るよう笑顔で、「はい!!アンドレス様!!」と、息を切らしながら応える。アンドレスは興奮と恍惚の表情で、思わず使者の両腕を握り締めた。「マリアノ様は、ご無事であったか……!!」あまりの深い安堵と歓喜のために、その声は上擦っている。「はい!!アンドレス様!!まもなく、当地にご到着されるかと!!」「そうか!!」アンドレスは幾度も頷きながら使者の労をねぎらうと、そのまま、居ても立ってもいられぬという風情で、落ち着きなく天幕を飛び出した。不意に、アンドレスの視線は、どっしりと大地に根を張り、風に悠然とその身をあずけているあの大木の方に動いた。(トゥパク・アマル様!!お喜びください!!皇子様は…マリアノ様は、ご無事です!!)彼の心の声に呼応するかのように、大木が、風の中で、太い幹を大きく揺らした。今、その常緑樹の抱く一枚一枚の葉にキラキラと陽光が反射し、紺碧の天空を背景に黄金色の覇光を放つそのさまは、神々しいほどに荘厳で美しく、アンドレスは眩さに目を細めた。(トゥパク・アマル様…!トゥパク・アマル様も、喜んでおられるのだ……!!)アンドレスの胸に、熱いものが込み上げる。彼は、兎も角も軍議の席に戻ったが、まもなく、興奮を滲ませて天幕に飛び込んできた別の兵によって、再び軍議は中断された。兵は息を切らしながら、輝くような瞳でアンドレスを見上げる。「マリアノ様が、ご到着です!!」「そうか!!」アンドレスは、到着を知らせた兵の肩を叩いて礼を送ると、飛ぶような勢いで天幕から走り出た。他の兵たちも、興奮に顔を紅潮させ、一斉にそれに続く。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.02
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アンドレスは指先で涙を拭(ぬぐ)うと、そのまま、ふらつく足取りで天幕を出た。天幕の入り口で警護にあたる兵たちが、彼に丁寧な挨拶を送る。アンドレスは意識が半ばここにあらずではあったが、それでも、丁寧に挨拶を返した。彼が見つめる先には、昨日、トゥパク・アマルの声を感じたあの大木が、白みはじめた早朝の天空を背景に、荘厳な気配を湛えながら風に揺れている。(トゥパク・アマル様……昨日の声も、今、見たものも、幻や夢ではない。本物のトゥパク・アマル様だった!!)まさにその時、大木の向こうから、輝く太陽が、6000メートル級の霊峰の輪郭をくっきりと染め上げながら昇りくる。生まれたばかりの眩い太陽が放つその光は、真っ直ぐに、アンドレスのもとに差し込み、真正面から彼を照らし出した。遠目から見ると、まるで炎に包まれていくようなアンドレスの姿に、既に朝の活動を開始していた兵たちは眩しそうに息を呑む。そんな自軍の兵たちに、アンドレスはゆっくりと視線を向けた。そして、意を決した表情になる。彼は拳を握り締めた。「このまま、ソラータの包囲を続行する!!」決然とした彼の言葉に、兵たちは深く恭順の礼を払った。今、アンドレスは、どこかトゥパク・アマルを彷彿とさせる研ぎ澄まされた美しい目で、はるばると兵たちを見渡し、深く頷き返す。だが、同時に、彼の心の奥底では、ドクドクと音を立てながら真紅の血が流れ出していた。彼の胸の中で、氷のような冷たい、もう一人の己の声がする。(アンドレス…おまえは、今、トゥパク・アマル様のお命を見捨てたのだ…――!!) ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.01
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「だけど…トゥパク・アマル様は…?!トゥパク・アマル様は、このままではどうなってしまうのです!!」≪アンドレス…わたしのいる所は、外部から侵入することは絶対に不可能な場所。わたし自身の力で、内部から監視体勢を突き崩して脱獄する以外は、ここから出る方法はありえぬ。それに、もし、このまま処刑されるに至ったとしても、それは当初から自ずと覚悟のこと。そうなったとて、わたしの肉体が失われるだけのことだ。そのようなことに意識を奪われてはならぬ。アンドレス、そなたは心の眼を研ぎ澄ませ、全体を見通し、真に守らねばならぬものを守って進め。一つの選択も誤るな。私情に惑わされてはならぬ。さあ、もう、これ以上は話せない…。…アンドレス……≫急に、トゥパク・アマルの声が小さくなった。アンドレスはその声を、その姿をつなぎとめようと、必死で身を乗り出した。「トゥパク・アマル様――っ!!!」アンドレスは己の叫び声で、ハッと目を覚ました。「あ…!え…?!」うつ伏せていた机上から、ガバッと身を起こす。彼は目を瞬かせながら、周囲を鋭く見渡した。気付くと、そこは、己の先程の天幕の中だった。先刻、灯したはずの蝋燭が、既に蝋が尽きて完全に消えている。(夢……?!)アンドレスは、呆然としたまま、ゆっくりと立ち上がった。そして、足元の床の硬い感触を確かめる。先程の不安定な感触は、そこには無かった。だが、ふと、頬に冷たいものを感じる。手をやると、それは己の涙であった。「…――!」 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.31
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トゥパク・アマルの静かな視線が注がれる。 ≪アンドレス、落ち着くのだ。わたしは、そこにはいない。今、クスコの牢から、そなたに語りかけている。長くは話せない。だから、よく聞いて、わたしの言葉を守るのだ。よいね≫霞みの向こうのトゥパク・アマルは、アンドレスが相変わらず涙を流しながらも、己の声に鋭く神経を研ぎ澄ませているのを見届けると、ゆっくり頷き、話しはじめた。≪アンドレス、かつて、わたしがそなたに言った言葉を覚えているか?その言葉を守るのだ≫以前と変わらぬトゥパク・アマルの美しい切れ長の目が、じっとアンドレスを見つめている。その目を見つめ返すアンドレスの脳裏に、まるでフラッシュバックするように、トゥパク・アマルと共にありし日の一場面が去来する。それは、トゥパク・アマルが、彼にアパサの援軍としてラ・プラタ副王領への遠征を申し渡した、あの時の場面であった。その時のトゥパク・アマルの言葉が、そして、あの時の己の言葉が、どこからともなくアンドレスの心の中に響き渡る。あの時、トゥパク・アマルは言っていた。『万一にも、わたしがスペイン軍の手に落ちることがあろうとも、そなたは、間違っても救出に来ようなぞと思ってはいけないよ。わかっているね、アンドレス』『まさか…――!!そんな事態になって、安閑としていられようはずがありますまい!!すぐにお助けに上がります』そのアンドレスの言葉を鋭く制して、トゥパク・アマルは決然と言っていた。『我々が共に一網打尽にされてはならぬのだ。重ねて言う。仮にわたしが捕えられても、そなたは決して、救出に来てはならぬ!これは命令だ!!』あの時の一連の場面が、まるで、今、ここで展開しているかのように、アンドレスは非常に生々しくその言葉を感じ取っていた。「トゥパク・アマル様……!」霧の向こうで、トゥパク・アマルが深く頷く。≪あの時のわたしの言葉を守るのだ。そなたの気持ちは、十分に分かっている。だが、もはや、クスコ界隈は完全に敵の軍団で埋め尽くされ、蟻一匹通ることは不可能だ。そなたが来ようものなら、確実に捕われる。そして、殺される。そなただけではない。そなたの元にいる、二万の兵たちも、今度こそ確実に命を落とすであろう。それを分かりながら、私情から、クスコへ進軍しようなどと、このわたしが許さない。よいか、アンドレス。そなたは、そのままソラータの包囲を続け、当地を奪還せよ。そして、当地を拠点に反乱を展開せよ。我々に残された、まだ可能性のある道は、それしかない≫ ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.30
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(トゥパク・アマル様…トゥパク・アマル様…!!)アンドレスはすっかり気が動転して、思わずバランスを崩し、その不安定な雲のような足場の中に倒れこんだ。すると、いきなり下方から何者かに足を掴まれ、そのまま体ごと雲の中に引きずり込まれていくような感覚に襲われる。沈み込んだ雲の中は、まるで濃厚な水蒸気の塊のようになっていて、容赦無く全身を絡め取られる。「やめろ!!放せ!!!」いつの間にか、彼の手には、常のサーベルが握られている。それでも引きずり込もうとする何者かの腕に、アンドレスのサーベルは、狂ったように斬りつけていた。「俺は死ねないのだ!!トゥパク・アマル様をお助けするまでは!!トゥパク・アマル様!!!」半狂乱の叫びを上げながら、己の足に絡まっていた腕をついに切り捨てると、アンドレスは鬼のような形相で立ち上がり、先程、トゥパク・アマルの姿を見たはずの場所へと走った。「トゥパク・アマル様!!」トゥパク・アマルは、先程と同じ場所で、同じ姿勢で、冷たそうな牢の床に座したまま、じっとこちらのアンドレスを見つめている。そして、その姿であっても、そこにいるトゥパク・アマルの面差しは、かつてアンドレスが彼と共にありし日々のものと、まるで変わらぬ――どこまでも沈着冷静な、深く包み込むような、精悍でありながらも研ぎ澄まされた美しさをも備えた…――全く、そのままであった。いや、むしろ、あの頃にも増して、何か、とてつもない高みに至ってしまったような、そんな突き抜けた何かを湛えてさえいる。アンドレスは、恍惚として息を呑んだ。≪アンドレス、わたしのことを案ずることはない。単に、肉体が拘束されているだけのこと。別段、動揺することではない≫その声も、かつてと少しも変わらぬ、深遠な、低く、穏やかな声であった。アンドレスは、必死で、トゥパク・アマルの傍に近寄ろうと、懸命に霧の中を進もうとする。だが、霞みの向こうに浮かび上がるトゥパク・アマルの姿は、どこまで進もうとも、決して近づいてはこない。アンドレスの瞳から、一筋の涙が流れた。「トゥパク・アマル様……――」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.29
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雲のような足元のモヤは、ひどく不安的で、一歩踏み込む度に底無し沼のようにズブズブと沈んでいき、非常に歩きにくい。しかも、周囲に立ち込める霧は、まるで白い巨大な海綿の化け物のように彼を包み、その喉の中まで入り込んできて、息を詰まらせた。アンドレスは、むせながら、それでも、必死で声のした方へと進もうとする。それは、傍目から見ると、まるで見知らぬ土地で迷子になって、泣きながら惑っている、幼子(おさなご)のような姿であった。「トゥパク・アマル様!!!」アンドレスは、渾身の力を込めて叫んだ。≪アンドレス!!≫今度こそ、トゥパク・アマルの声が、本当にはっきりと大きく聞こえた。「トゥパク・アマル様!!」≪アンドレス…通じたか…!≫トゥパク・アマルの声が、妙にリアルに、安堵を滲ませて響く。「え…トゥパク・アマル様…!まさか…本当に……!?」アンドレスは、今、まさにトゥパク・アマルが、真に己に語りかけているのだと確信した。「トゥパク・アマル様、聞こえます!!聞こえますよ!!トゥパク・アマル様!!」アンドレスは、もう夢中でトゥパク・アマルに呼びかけ続ける。≪ああ…聞こえている…アンドレス…≫アンドレスは深く頷き、意識をトゥパク・アマルの声に完全に集中した。そして、じっと心の眼を、耳を、研ぎ澄ます。すると、濃い霧の中に、ぼんやりとトゥパク・アマルの姿が浮かび上がって見えてきた。「トゥパク・アマル様…!!!」アンドレスは息を呑む。霧の中に浮かび上がるトゥパク・アマルは、薄暗い石牢のような中に一人いて、やはり石でできている冷たく硬そうな床の上に、直に座っていた。そして、足には重々しい鉄の鎖がつけられ、牢の一隅にある鉄棒に繋(つな)がれている。その肌には、恐らく敵方の役人たちによる拷問の跡なのだろう、無数の深い傷跡が刻まれ、霧の向こうに霞むように見えているにもかかわらず、酷く生々しく、今にも血が滴ってきそうな状態であった。「…――!!!」アンドレスは愕然と目を見張り、再び、霧が喉に詰まったように、完全に呼吸ができなくなった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.28
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心は激しく掻き乱され、気持ちばかりが焦り、それなのに、思考能力は完全に低下し、頭の芯が痺れるような鈍痛に苛(さいな)まれる。目を閉じた瞼の裏は、ただただ白い霧のような世界が広がるばかりである。その時である。また、あの声が、アンドレスの頭の中に響いてきた。≪…アンドレス…≫(え…?!トゥパク・アマル様…?!)アンドレスは、咄嗟に身を起こしながら、ハッと目を見開いた。見開いた先には、やはり、真白い霧の中のような情景が広がっている。天幕の中にいたはずなのに、そこは全く見知らぬ異空間であった。足元の感触を確かめるが、力を入れれば沈んでいきそうな、まるで雲の上にいるかのような不安定な感覚である。アンドレスは、もう一度周囲を見回すが、視界360度、見渡す限り、白く濃い霧の立ち込めた空間が果てしなく広がるばかりである。(ああ……俺は、夢を見ているのだな…)あまりの過酷な現実の連続に、もはや彼の心は感情が鈍磨したように動かず、ただ、ぼんやりとその光景を眺めやっていた。その時、不意に、またあの声がする。≪…アンドレス…聞こえるか?…≫(…――!!トゥパク・アマル様!!おられるのですか?!どこです?!)夢だと知りながらも、トゥパク・アマルの声がする度に、鋭く反応してしまう己の姿を、醒めたもう一人の自分が自嘲する。彼は、心の中で、苦々しく呟(つぶや)いた。(アンドレス…おまえは、この期に及んでも、トゥパク・アマル様の指示が無ければ何も決められぬのか。そんなありさまだから、結局、おまえは、トゥパク・アマル様をお守りすることができなかったのだ)だが、再び、あの声が響く。≪アンドレス!!≫「やはり、トゥパク・アマル様?!!」アンドレスは、もう一人の自分の声を撥(は)ね退けて、白い霧の中に踏み出した。今度こそ、トゥパク・アマルの声が、はっきりとその耳に聞こえたのだ。それは、空耳とは思えぬほどの現実味を帯びていた。「トゥパク・アマル様、どこです?!トゥパク・アマル様!!!」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.27
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「アパサ殿!!俺は、どうしたら…――!」アンドレスは、必死な面持ちでアパサを見上げている。アパサはもう一度だけ、馬上からアンドレスを見た。「アンドレス、おまえの判断を、俺は信じる。どの道をとろうとも、俺はおまえを援護する。だから、おまえの好きにしろ!!」「アパサ殿!!」アパサはアンドレスに瞬間的な笑みを返すと、すぐに前方に視線を定め、夜闇を貫く鋭い掛け声と共に馬を駆り出していった。たちまち、その蹄(ひづめ)の音が遠くなる。アンドレスはその胸に去来する様々な思いに翻弄されたまま、その後ろ姿が夜のしじまに吸い込まれて消えるまで、去り行く恩師を見つめ続けた。 アンドレスは、しかし、その後もまだ深い迷いの中にあった。そんな彼の元にある軍団の兵たちは、18歳のアンドレス自身と同様、若い気鋭の者たちが多く、将たるアンドレスとは、まるで仲間同士のような連帯感と絆で結ばれながらも、同時に、アンドレスに対する深い敬愛と恭順の意を抱いてもいた。それら、兵たち全員の命をあずかる身として、アンドレスは己の決断の責任の重さを、これまでになく、今、強く突き付けられていたのだった。トゥパク・アマルの救出に向かえば、彼の軍団の兵たちの、その命の保障の可能性は、当地に残る場合に比して、著しく低くなるであろう。だが、兵たちは、アンドレスを深く信頼し、彼の如何なる決断にも従う覚悟を見せている。彼は、二万の兵の命をあずかる重さに激しく圧倒されながらも、表面上は、懸命に冷静さを装おうと努めた。「我が軍の、この後の行動については、今宵、一晩だけ考えさせてほしい」アンドレスは感情を押し殺した声で静かにそう言うと、そのまま己の天幕に入り、一晩中、今後の行動の方向性を悶々と考え続けた。彼の率直な心は、どうしても、トゥパク・アマル救出に向けて、はやり続けていた。しかしながら、当地ソラータを攻略することの重要性も、彼には、あまりにもよく分かっていた。そして、アパサの言う通り、敵が虎視眈々と待ち構えるペルー副王領に戻り、もし己がスペイン側の手に落ちることになれば、トゥパク・アマルの右腕たるディエゴが無事であるのかさえ定かでない中、この後のインカ軍を、そしてインカの民を統率していく上で、少なからぬ影響の生じるであろうこと…――そのことも、今や、考えることを避けては通れぬ局面に来ているのだと察してもいた。アンドレスは、一晩中、まんじりともせず考えながら、天幕の中に流れ込む隙間風に煽(あお)られる蝋燭の炎を見つめ続けた。今宵は、いつになく、風が冷たく感じられる。己の体温も下がっているのか、手足も氷のように冷え切っている。その冷たい指先で、果たして、何本、新しい蝋燭を灯し変えたことであろうか。気付いた時には、もう既に、夜明けを告げる鳥の鋭い声が、陣営の空高く、響きはじめている。だが、まだ彼の中では結論を出すことができずにいた。「ああ……!!」彼は呻き声と共に、手足の冷たさとは全く対照的に燃えるように熱くなった頭を、両手で掻き毟(むし)るようにして、硬く瞼を閉じた。そのまま、倒れるように、深く机上にうつ伏せる。(こうしている間にも、トゥパク・アマル様たちが、獄中で、如何なる目に合わされていることか…!!ああ…もう、気がへんになりそうだ…――!!) ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.26
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「しかし…叔父上が戻らぬはずは…!!」「ディエゴが戻るという保証が、どこにある?あのトゥパク・アマルさえ捕えられたというのに、今更、何が起こらないと言える?仮にディエゴが戻ったとしても、あいつは、根はトゥパク・アマルとは、全然違う奴だ。トゥパク・アマルは、当地生まれの白人たちの心を掴むのも上手かった。だが、あの無骨でインカ族くさすぎるディエゴには、それは無理だ。しかし、アンドレス、おまえは混血児。おまえは、トゥパクに似て、白人にうけそうな雰囲気も、振る舞いも、それなりに備えている。おまえなら上手くやれば、あいつと同様、当地生まれのスペイン人たちの心を、再び、掴むことも不可能ではないかもしれぬ。それに、このインカの地の民衆たちにとっては、『インカ皇帝』、あるいは、その血統という存在が、まだまだ必要なのだ。結局、民衆なんてのは、最終的には、そういう系統の者の言葉にこそ耳を傾ける。俺のような、皇族でも何でもない一介の豪族の言葉なぞ、その影響力は、たかが知れている。それら全体を踏まえて、おまえの存在は、トゥパク・アマルがいなくなった今となっては、非常に重要なのだ。それをよく自覚しろ」アパサの厳しくも真剣なその目が、暗闇の中でも、はっきりと光って見える。アンドレスは苦渋の表情で、唇を噛み締めた。その真紅の唇から、真赤な血が滲む。アパサは、一度、深く息をついた。「だが、それを全て分かった上で、それでも、どうしてもトゥパク・アマルを助けにいくというなら、俺は止めん。このソラータは、一時、包囲を解こう」「でも…!!一度、包囲を解けば…!!」「やむを得まい。俺が、何とかラ・パスを押さえる。だから、ここのことは案ずるな。アンドレス…おまえが、トゥパク・アマルがこうなって、何もせずになど、いられぬことも分かっている。ならば、おまえは当地に縛られて、悔いを残すな」「アパサ殿……!!」暗闇の中でアパサはもう一度深く頷くと、アンドレスの肩を押さえていた筋肉質の手を、ゆっくりと放した。そして、その手で力強くアンドレスの肩を一発叩くと、踵(きびす)を返した。「俺の言いたいことはそれだけだ。では、俺は行く。ラ・パスは、戦(いくさ)の真っ最中だからな。明け方までには、戻らにゃならん」「待ってください、アパサ殿!!」アンドレスは急ぎ後を追うが、さっさと天幕を抜けたアパサは獣のように敏捷に馬に跨(またが)り、彼を外で待っていた数名の護衛官に鋭い声で出立の合図を送る。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.25
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「もし、このままディエゴが戻らなければ、たとえ、マリアノが当地に無事に逃げ込んでこようとも、まだ10歳の子どもに何ができる?この後の戦(いくさ)の指揮を誰が執(と)るのだ」迫るように問うてくるアパサの前で、アンドレスは言葉に詰まる。「おまえが2万そこそこの軍勢を引き連れて、トゥパク・アマルを助けにペルー副王領に戻ったとして、むこうで、果たして、どれだけのことができる?あっちは、おまえが来ることに狙い定め、完璧な臨戦態勢を敷いていることだろう。むしろ、おまえが早く来ないかと、罠を張り巡らせて、虎視眈々と待ち侘びているだろうよ。それに、ディエゴら、むこうに残った奴らの兵たちとて、どれほど生き残っているか…全く、当てにはならないぞ。ましてや、もはやトゥパク・アマルは人質にとられているも同然…そんな不利な条件ばかりが揃っている戦闘にいって、一体、おまえに何ができる?奇跡でもない限り、勝てる見込みなぞ、まず、あるまい。おまえは、向こうに行けば、ほぼ確実に、捕われるか、戦闘で今度こそ死ぬだろう」「…アパサ殿……!」「この俺だって、できることなら、今すぐにでもトゥパク・アマルを助けにいきたい。だが、おまえがソラータ攻略を放棄して、俺がラ・パスの戦線から撤退して、そこまでして、あいつを助けにいくことを、あのトゥパクが望んでいると思うか?ほぼ確実に、殲滅させられるに違いない、あのペルー副王領に乗り込んでまで?俺たちが総勢上げて向こうに戻れば、手隙きになった、このラ・プラタ副王領のスペイン軍が、ペルー側のスペイン軍の援軍として雪崩れ込んでくるだろう。そして、インカ軍は、一網打尽か?それをトゥパクが望んでいるとでも?ふ…ん、まさか、だろう。あの男は、もともと自分の命と引き替えにする覚悟で、この反乱を起こしたのだ。今だって、獄中であろうが、どう、この後の反乱を成功させるか、そのことだけを考えていることだろうよ」「アパサ殿……」「あのディエゴだって、もう戻らぬかもしれん。そうなったら、誰がこの後のインカの指揮を執る?いや、単に指揮を執るというだけではない。トゥパク・アマルという『インカ皇帝』を失ったインカの民衆どもの精神的な支柱に、一体、誰がなるのだ?どうなのだ?アンドレス、誰がそれをできる?応えてみろ」「それは…――」「おまえだろう。アンドレス」【はじめての読者様へ:アパサについて】 登場人物紹介よりトゥパク・アマルらが活躍した「ペルー副王領」に隣接する「ラ・プラタ副王領」の豪族(現在、アンドレスは、このラ・プラタ副王領に遠征している)。トゥパクの最も有力な同盟者。年齢は30代半ば。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.24
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<地図の説明>薄緑色の部分が、当時の「ペルー副王領」の主要部分(今のペルー界隈)。特に、クスコ(Cuzco)から、トゥパク・アマルの領地であったティンタ郡周辺に至る南部高原一帯が、トゥパク・アマルの反乱の中心となった。トゥパク・アマルの領地(出身地)でもあり、彼の妻ミカエラも活躍したインカ軍本陣の所在した「ティンタ郡(トゥンガスカ村)」は、クスコの少し下辺りにある。トゥパク・アマルの反乱のスケールは壮大で、ペルー副王領南部地域のほぼ全土、隣国ラ・プラタ副王領の北東部、他にもチリのアリカ、ボリビアの高地、さらにはエクアドル、コロンビアにまで火の手が上がった。---------< 物語続き >--------- 夜闇を貫くように現われた突然の来訪者、それは、汗と埃にまみれた、まるで魔人のごとくの形相を呈したアパサ(註:文末にアパサの人物紹介あり)であった。「アパサ殿!!」アンドレスが反射的に立ち上がった勢いで、既に不安定になっていた蝋燭の炎が消える。天幕の内部は不意に闇に包まれた。蝋のにおいだけが立ち込める。アパサは火の消えたことなど全く構わず、アンドレスの傍まで大股で進み来ると、アンドレスの肩を両手でガッチリと掴んだ。アパサの強い握力が、アンドレスの肩に伝わる。アンドレスは、息を詰めて身を固めた。己の肩を掴むアパサの手が、わななくように小刻みに痙攣していたのだ。「アパサ殿…――!!」「アンドレス…」そのアパサの苦渋に満ちた声音に、トゥパク・アマルのことをアパサも知ったのだ、と、アンドレスは瞬時に悟った。彼は、最大限に己の心を落ち着かせようと努めながら、やっとのことで問う。「アパサ殿、ラ・パスにおられたのではないのですか?」「ああ。今晩中に、すぐ、ラ・パスに戻らにゃならん。あっちも、まだ全く手が離せぬ状態なんでね」アパサの感情を抑えた低く硬い声に、アンドレスは、アパサの指揮するラ・パスでの戦況も、決して芳しいものではないことを察した。アンドレスが応えるのを待たず、アパサが続ける。「それより、アンドレス…トゥパク・アマルのこと…俺のところにも、使者が来たのだ。まさか、こんなことに…――」平素は傲慢なまでに自信に溢れているアパサの太い声も、今はひどく苦しげにしわがれている。(アパサ殿……!!)二人は暗闇の中で仁王立ちになったまま、次の言葉を継げずにいた。次第に暗闇に慣れてきたアンドレスの目の中に、アパサが真正面から己を見据え、深く頷く姿が映る。「アンドレス…おまえ、トゥパク・アマルの救出に向かうか?」アンドレスは、ハッとした瞳で暗闇の向こうにボウッとその影を浮き立たせている、かつての恩師、アパサの顔を見据えた。アパサは、その目に再び頷く。「おまえの気持ちは分かっている。おまえのことだ…トゥパク・アマル救出か、このソラータ攻略か、さぞ迷っていることだろう」「…――!!」「だが…アンドレス、おまえがトゥパクを助けにペルー副王領に戻ることが、どれほど危険なことか、そのことも忘れるな。トゥパクやミカエラを捕えた今、スペイン役人どもが血眼になって捕えようとしている次なる標的…――それは、インカ皇帝の血筋である面々――まだ逃げ延びているトゥパクの次男マリアノ、従弟ディエゴ、そして、トゥパクの甥、つまり、おまえだ、アンドレス」「それは…――」分かっている…――と頷きかけるアンドレスを制するように、アパサの鋭い声がアンドレスを遮った。「アンドレス、おまえ、本当に分かっているか?」暗闇の中で、アパサの目が鋭く光る。【はじめての読者様へ:アパサについて】 登場人物紹介よりトゥパク・アマルらが活躍した「ペルー副王領」に隣接する「ラ・プラタ副王領」の豪族(現在、アンドレスは、このラ・プラタ副王領に遠征している)。トゥパクの最も有力な同盟者。年齢は30代半ば。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.23
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<地図の説明>薄緑色の部分が、「ペルー副王領」に隣接する「ラ・プラタ副王領」の一部で、ペルー副王領のクスコやティンタ郡周辺と並ぶ、此度の反乱の主要部分(今のボリビア界隈)。現在、遠征中のアンドレスがいる場所「ソラータ」は地図上には記されていないが、ラ・パス(La Paz)の少し上、ティティカカ湖東岸の国境付近に位置し、両王領を結ぶ要衝の地。ラ・プラタ副王領では、この「ソラータ(アンドレス軍が包囲中)」と「ラ・パス(アパサ軍が激戦中)」の奪還を賭けて、現在、インカ軍がスペイン軍に激突している戦況である。 ---------< 物語続き >--------- こうして、トゥパク・アマルやミカエラの状況を、ついにアンドレスも知るに至ったが、その後の彼は、深い葛藤状態の中にいた。彼は使者に食事を与え、休息を勧めると、己の天幕の中に一人戻っていった。そして、非常に思いつめた表情のまま、夜の帳の下りた薄暗い天幕内部を照らしながら不安的に揺れる燭台の炎を、まんじりともせず見つめていた。トゥパク・アマルが囚われたことを知った今となっては、アンドレスの心は、すぐにもトゥパク・アマル救出のために、ペルー副王領へと帰還する方向へと大きく動いていた。ディエゴやビルカパサ、そして、ロレンソの軍が、厳しい戦況にあるとの使者からの情報も、アンドレスの心をはやらせた。しかしながら、もしトゥパク・アマルの救出に向かうとなれば、当地ソラータの包囲を解かねばならなかった。それは、ラ・プラタ副王領における、この後の戦(いくさ)の拠点を失うことにも等しかったのだ。同じラ・プラタ副王領では、トゥパク・アマルの最も有力な同盟者アパサが、4万の軍勢を率いて、ラ・パス奪還を賭けた激戦を展開していたが、敏腕のスペイン軍総指揮官フロレスの大軍を前に、さしものアパサも苦戦を強いられていた。しかも、このソラータでは、アンドレスの統率する2万の軍勢によって、敵軍に対する包囲網がついに完成し、戦況はインカ軍に好転した矢先である。とはいえ、いくら包囲網に封じたとはいえ、ソラータの街中に堅く立て篭(こ)もったスペイン軍を叩き出すのは容易ではなく、当地の包囲戦は、いよいよ「籠城攻め」にも等しい様相を呈しており、到底、一朝一夕に方(かた)が付くものではないと見て取れた。それこそ、数ヶ月規模の包囲期間を必要とすると予測される。だが、いかに期間を要そうとも、当地を押さえることができれば、この後、ラ・プラタ副王領におけるインカ軍の勢力拡大の重要な拠点となり得るのだ。トゥパク・アマルが囚われ、ペルー副王領での勢力を押さえ込まれつつあるインカ側にとって、このラ・プラタ副王領での勢力拡大は、残された最後の砦にも等しい。当地を拠点に、再び、インカ側の勢力を高めていくことができれば、ペルー副王領での巻き返しも夢ではない。当地ソラータの奪還は、この反乱の今後を、ひいては、インカ側の命運をも大きく左右する…――!!それだけに、このソラータの包囲網を、今、放棄することのリスクの甚大さを、アンドレスは深く認識していたのだった。(だけど、トゥパク・アマル様……このまま、ここにいては、あなた様をお救いすることはできない!!このままでは、トゥパク・アマル様が…!!)彼は、己の拳を激しく机上に叩きつけた。蝋燭の炎が、振動で大きく揺れる。「くそぅ……!!」彼の口元から苦渋の呻きが漏れた。その時、天幕の外に、馬の激しい蹄(ひづめ)の音が鳴り響いた。そして、次の瞬間には、野獣のような風貌の男が、天幕の中に乗り込むように姿を見せた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.22
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「では、まだ、囚われていないマリアノ様はどうなっておられる?別の者と避難されているのか?」「はい!!マリアノ様はベルムデス様と共に、ミカエラ様たちとは別ルートで避難をされておられました。現在も、この地に…アンドレス様のもとに、向かわれているものと…!まだ、マリアノ様が捕えられたという話は、どこからも聞いておりませぬ!!」使者の顔が、はじめて明るくなる。アンドレスも、大きく瞳を輝かせた。「では、マリアノ様はまだご無事で、こちらに向かっている可能性があるのだな?!」「はい!!」「そうか!!」アンドレスは力強く頷くと、毅然と顔を上げて前方を見据え、立ち上がった。 トゥパク・アマルの元を離れて独り立ちをはじめて以来、いっそう鍛えられた長い足で、彼は真っ直ぐに大地に立ち、足底で地面をしかと踏みしめる。このソラータの地からは、既に雪を頂いた6000メートル級の峻厳たる霊峰の数々が、とても間近に見渡せる。その険しくも清冽な自然美から放たれるエネルギーを己の心に映し取るように、アンドレスは山々を鋭く見つめた。それから、先程の大木に、ゆっくりと視線を動かす。大木は先刻と変わらぬ風情で、厳かな気配を湛えながら、天頂射して真っ直ぐに伸びたその悠然たる巨体を、ゆるやかに風に揺らしている。大木を見つめるアンドレスの脳裏に、ふっと、いつぞやのトゥパク・アマルの言葉が甦ってきた。『――忘れるな。いつ、いかなる時も、わたしはこのインカの地にあり、インカの民と共にある。たとえ、その姿が見えずとも、わたしはそなたの中に宿っている。だから、そなたの判断を信じて進め。よいね…――』アンドレスは、風に揺れながら葉に陽光を反射して、光輝くようなオーラを放っている大木を見つめ続けた。そして、心の中で、己に強く呼びかける。(トゥパク・アマル様は、今も我らと共にあり、インカの行く末を見守っておられるのだ。しかも、まだ生きておられるではないか!!しっかりするのだ、アンドレス…――!!) ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.21
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周囲の兵たちも、また、使者のもたらした情報に、とてつもない衝撃を覚えていたが、アンドレスのその尋常ならざる様子に、誰も彼に近寄ることができずにいる。その時だった。アンドレスの脳裏に、ふと、懐かしい声が響いた。≪落ち着けアンドレス。そなたが、そのように取り乱しては、これからのインカ軍はどうなる≫「!!」アンドレスは、血の飛び散った泥に突っ伏したまま涙に歪めていた顔を、はじかれたように上げた。彼の耳に届いた声…――常に変らぬ、低く、沈着で、深遠な響き――それは紛れも無く、あのトゥパク・アマルの声だった。アンドレスは猛烈な勢いで立ち上がると、その長身の体ごと、必死で周囲を見渡した。「トゥパク・アマル様?!トゥパク・アマル様、おられるのですか?!」周囲で見守る兵たちが驚いて目を見張るのも構わず、アンドレスはその名を叫ばずにはいられない。「トゥパク・アマル様!!どこです?!!」アンドレスが張り裂けぬばかりに目を見開いて見回す視界の中に、不意に、風に揺れる大木の姿が飛び込んだ。樹齢数百年と思われるその見事な常緑樹は、深緑の葉を無数に抱いた太い枝を大きく広げ、吹き抜けていく秋風に、ざわざわとゆるやかに、優美に、そして、堂々たる所作で揺れている。≪アンドレス、案ずるな。わたしは、まだ生きている。そなたは囚われた我々のことよりも、インカの今後のことを考えよ。今こそ、冷静さを失ってはならぬ。今、何をせねばならぬのか、その判断を、決して誤ってはならぬ≫「トゥパク・アマル様――!!」呆然と、しかし、恍惚とした表情で大木を見つめたまま、興奮から顔を火照らせ立ち尽くしているアンドレスの傍に、部下の者が、恐る恐る近づいた。「アンドレス様…?!」アンドレスは、ゆっくりとそちらを振り向く。そして、彼は部下にやっと頷き、慌てて手の甲で己の顔の涙を拭き取った。「すまなかった…取り乱して…。辛いのは、俺だけではないのに……」彼は苦しげながらも感情を抑えた声で応え、先刻、いきなり己に掴みかかられた衝撃から、まだ地に膝をついて呆然としている使者の方へ、急ぎ引き返した。アンドレスは使者を両腕で助け起こしながら、深く頭を下げる。「このような辛い知らせを携えて、幾日も懸命に馬を飛ばしてきたであろうそなたに、このような仕打ちをして本当にすまなかった」アンドレスの真摯な声に、使者は深く息をついた。そして、「いえ…アンドレス様のご心中は…十分にわかっております」と、応える。泥と涙の痕跡とで、本来の混血児らしい美麗な風貌は見る影もなく、目鼻も定かでなくなった顔もそのままに、アンドレスは改めて使者に真っ直ぐ向き直った。「叔父上やビルカパサ殿は、どうされている?トゥパク・アマル様を救出に向かわれたのか?」「はい!!ロレンソ様もご一緒に!トゥパク・アマル様が連れ去られたクスコに攻め上りながら、敵軍と幾度も死闘を交えたと、聞き及んでおります!!ですが…風の噂では、今は、かなり苦戦しておられるご様子……」「そう…か…――」アンドレスは唇を噛み締め、まだ血の滲む拳をきつく握った。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.20
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顔面の痙攣と共に、アンドレスの歯が、ガチガチと鳴る不快な音を発する。「う…裏切り……?」そのわななく口元から、血を吐くように言葉を搾り出す。「トゥパク・アマル様が、裏切りに合われたとは…どういうことだ…?そんなこと…まさか…――」使者は口にするのも忌まわしいとばかりに長く無言でいたが、「嘘だ…裏切りなど、ありえない…。何かの間違いだ…」と、呆然と、うわ言のように呟(つぶや)き続けるアンドレスの声に耐えかねたように、「アンドレス様…本当のことなのでございます…!」と、地に伏したまま呻いた。そして、くぐもった震える声で使者が言う。「フランシスコ様が…あのフランシスコ様が…!」「!!」アンドレスは、驚愕の目で地に伏している使者の背中を見下ろした。そして、再び、使者の震える肩をむずと掴んで起き上がらせ、涙と汗と埃と土にまみれた使者の顔を、真正面から挑むように見据えた。アンドレスのその目は、完全に、どこかにいってしまっている。ただならぬアンドレスの形相に、使者は、ビクッと身を硬めた。使者は、己の肩を掴んでいるアンドレスの指先が、とてつもない握力で肉に食い込んでくるのを感じた。そのアンドレスの歪んだ口元から、擦(かす)れた声が漏れる。「ま…さか…フランシスコ殿が…――そんなこと……」もはや、常軌を逸した焦点の定まらぬ目の色のアンドレスに、使者は己の身の危険さえ覚えた。そして、この状況から一刻もはやく逃れたいとばかりに、平伏しながら早口で応える。「アンドレス様…信じがたいお気持ちはわかります。ですが…これは、偽り無き事実なのでございます。フランシスコ様は、トゥンガスカの本陣での戦闘で、敵の捕虜となり…恐らく、敵に脅されて…陰謀に加担させられたのでありましょう。フランシスコ様は、二日目の戦闘の日の早朝、トゥパク・アマル様を騙(だま)して、敵兵が罠を張った場所へと連れ出したのでございます。そして…そのまま、トゥパク・アマル様は、待ち伏せていた敵兵に捕えられ、拉致されてしまったのでございます…!そして…クスコの牢獄へと……」「!!!」鈍器で頭を殴られたように、アンドレスの体がぐらりと傾いた。今度は、慌てて使者が、アンドレスを支える。アンドレスは、もはや聞き取れぬほどの消え入りそうな声で、朦朧(もうろう)と問う。「そ…れで…?フランシスコ殿は…?」「トゥパク・アマル様が捕われたその場にて…フランシスコ様も、あの、スペイン軍総指揮官アレッチェに、撃ち殺されて…」「……――なっ……」アンドレスは激しい眩暈と共に、突き上げる強烈な嘔気に襲われ、反射的に立ち上がって草陰に走りこんだ。そのまま、崩れるようにしゃがみこんで、激しく嘔吐する。(そんな…フランシスコ殿まで……!!ああ…トゥパク・アマル様――!!!)全身の血液さえも全て吐き出してしまうのではないかと思われるほどに、アンドレスは幾度も胃液を吐き続けた。そして、もはや何も出なくなると、そのまま、草の中に埋もれるように両手をついた。震える指で、その手の下の草を、土ごと激しく握り締める。彼の爪が強引に地面に食い込み、爪から血が滲み出す。(嘘だ!!!トゥパク・アマル様が…そんなこと――…!!)地に伏したまま、彼は血みどろになった手で拳をつくり、幾度も幾度も大地を激しく叩き続けた。地面に、草に、彼の拳から放たれる血飛沫が飛び散っていく。 【はじめての読者様へ:アンドレスについて】 登場人物紹介よりトゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、インカ軍最年少の連隊将。身分、人種を問わず、分け隔てなく接する。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.19
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使者は、地に崩れそうになる体を、その腕で懸命に支えるようにしながら、わななく声で低く言う。「トゥパク・アマル様が…トゥンガスカの本陣での戦いの折…裏切りに合って、敵方に捕えられてしまいました…!!その後、インカ軍は、敗走……!途中、町々で耳にした噂では、アンドレス様の元に向かって避難されていたミカエラ様と、イポーリト様、フェルナンド様も、敵兵に捕われてしまったと…!」搾り出すようにそう言うと、使者はそのまま地に伏して、幾度も地面を拳で叩きながら悲痛な呻き声を上げた。一方、その傍らで、アンドレスが呆然と宙を見据えたまま、凍りついたように身動きできずに固まっている。突如、頭が真っ白になり、何も考えられない。激しい眩暈(めまい)と共に、己の中で、何かが急激に音を立てて崩れていくのを感じる。時は、完全に止まっていた。そのままどれくらい時間が過ぎただろうか。愕然と凝固していたアンドレスの頭が、軋(きし)むような音を立てながら、僅かに動きはじめる。(え…――?トゥパク・アマル様が…ミカエラ様が…イポーリト様とフェルナンド様が…?そんな…――まさか……)アンドレスは崩れるように地に両膝を付くと、彼の脇で地に伏してわななくように肩を震わせている使者に、いきなり掴みかかった。「嘘だ…俺は信じない…トゥパク・アマル様が、捕えられたなどと…!あのお方が、敵に、むざむざ捕えられるなど、絶対に有り得ない!!これは、何かの間違いだ!!俺は、信じない!!!こんなこと…――絶対に!!!」アンドレスの尋常ならざる剣幕に、使者は涙のじっとりと滲んだ目元を悲痛に引きつらせ、嗚咽(おえつ)を交えながら言う。「アンドレス様…本当のことなのでございます…。私は、あの時、トゥパク・アマル様が連れ去られるのを見たのです。ビルカパサ様が後を追われましたが、敵が狂ったように撃ってきて…そのまま…そのままトゥパク・アマル様は…!トゥパク・アマル様が捕われた後は、我が軍は箍(たが)がはずれたように…なってしまって、制御のきかぬままに…スペイン軍の思う壺に……」そこまで言うと、使者は激しく咳き込んで、喉を掻き毟(むし)るようにしながら再び地に伏した。その脇で、アンドレスが、あの彫像のような目を見開いたまま、死人のように顔色を無くした顔面を、ヒクヒクと、遠目からもハッキリとわかるほどに引きつり痙攣(けいれん)させている。 【はじめての読者様へ:アンドレスについて】 登場人物紹介よりトゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、インカ軍最年少の連隊将。身分、人種を問わず、分け隔てなく接する。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.18
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一連の出来事を息詰めて見ていたウェイターは、とりあえず事が収まったことに、深く安堵していた。あのまま客が暴れ出して、店の物を壊すだの、喧嘩だのに発展してはたまらぬ、と、気が気ではなかったのだ。彼は、再び、いかにも迷惑そうに、マリアノたちを一瞥した。「…ったく、言わんこっちゃない。厄介ごとを起こしやがって」そう呟いて、忌々(いまいま)しげに舌打ちしながら溜息をつく。ウェイターの目には、今、物陰で、ひしと抱き合っているその「親子」の様子は、スペイン人たちから端金(はしたがね)を巻き上げられずにすんだことを喜び合っている、さもしい姿に見えていたことだろう。一方、ベルムデスは食事どころではなく、マリアノを伴い、急いで宿の部屋へと戻った。そして、母や兄弟の捕われたことによる激しいショック状態にあるマリアノを、宥(なだ)めながらベッドに横たえた。それから、彼自身は、ひどく険しい目つきで足早に宿を出ると、影武者たちを呼び寄せ、ミカエラらの安否に関する正確な情報を集めるよう、俊敏に指示を送る。影武者たちの急ぎ去り行く姿を見やりながら、彼もまた衝撃を隠せぬ眼差しで愕然と呻いた。「まさか…ミカエラ様…――イポーリト様…フェルナンド様までが…捕われたなどと…!!」彼自身も激しい打撃を受けながらも、だが、ベルムデスは、その心を休める間など無く、再び、急ぎ足で宿にとって返した。そして、素早く、出立の準備を整える。ミカエラや二人の息子たちまでが囚われた今、マリアノの存命は、ただならぬ重要性を帯びていた。その上、先ほどの食堂の出来事を、何者が見ており、いかなる疑念を抱いたかも分からない。この場に長居は危険だった。夜間の旅は、それこそ危険ではあったが、ここに残って追っ手に囚われては元も子も無い。彼ら一行は夜明けを待たずに、その宿を後にした。 ところで、この時、隣国ラ・プラタ副王領に遠征していて、まだトゥパク・アマルの捕えられたことなど何も知らぬ彼の甥たる18歳の若き将アンドレスは、共にラ・プラタ副王領で反乱軍を率いるアパサの元を離れ、同副王領内のティティカカ湖東方の町ソラータに布陣していた。ソラータは、古(いにしえ)からのインカの聖地、かのティティカカ湖畔の町プノの包囲戦で、総指揮官フロレスの副官を務めていたスワレス大佐の本拠地でもあり、当地の奪還は、アパサの、ひいてはインカ側の、以前からの悲願でもあった。だが、アパサ自身は、ラ・プラタ副王領の要衝の地、ラ・パス(現在のボリビアの首府)への進撃で手が離せず、アンドレスを指揮官とした軍団をこのソラータへと派遣したのだった。そんなアンドレスの元にディエゴの飛ばした早馬の使者が到着したのは、アンドレスが二万の軍勢でソラータの包囲を推し進め、まるで「籠城」のごとくに町に立て篭(こ)もるスワレス軍を次第に追い詰めつつある、そのような、戦況的に重要な局面を迎えている頃だった。寝食もまともに取らず、幾日も休み無く馬を飛ばし続けてきたに相違ない、そのただならぬ使者の風貌に、アンドレスは不吉な事態をすぐさま直観した。アンドレスは使者に水を勧め、「まずは、落ち着かれて…」と言いながらも、彼自身の方こそ全く落ち着かぬ様子で、使者を喰い入るように見つめている。使者は眼を血走らせたまま、アンドレスの前に倒れこむように跪いた。そして、「トゥパク・アマル様が……!」と、喉を詰まらせる。アンドレスは使者の傍らに跪き、息を呑んで使者の埃で真っ黒に汚れた顔を覗き込む。「トゥパク・アマル様が…?!トゥパク・アマル様が、どうされたのだ?!」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.17
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男は、ゴツゴツとした、いかにも鉱山労働者らしい岩のような手で、締めるようにマリアノの襟首(えりくび)を掴んだ。「ガキ!!痛い目にあわねぇと分からねぇのかっ!!」相手の凄まじい剣幕にもかかわらず、母と兄弟たちのまさかの捕縛を知ってしまったマリアノの頭は真っ白で、目の焦点も定まらぬまま、何かが喉につまったように言葉が出ない。「このガキ…!!」と、男がマリアノの襟首をさらに締め上げた時、「うっ……!」と小さく呻(うめ)いて苦しそうに首を振ったマリアノの頭から、はらりと被り物がはずれた。その瞬間、あの高貴で非常に端正な、父トゥパク・アマルにそっくりな顔が現われる。その場に居合わせた誰もが、その美しい少年の風貌にハッと息を呑んだ。ただし、いくら「逃亡中のトゥパク・アマルの息子」の話題が出ていたとはいえ、まさか、このような街中の食堂に本人がいるなどとは連想の及ばぬ客たちは、この物乞い風情の少年とトゥパク・アマルの息子とを、さすがに即座には結びつけることはできなかった。だが、そのただならぬ美形と高貴な雰囲気に、あまりにそぐわぬ貧しい身なり…――その不釣合いぶりは、たちまち人々の疑惑の念を焚(た)きつける。次第に、不穏な空気が漂いはじめた。やはり平民に扮し、食事を摂る素振りをしながら、同じ空間の四隅に潜んでいたマリアノの護衛の影武者たちが、すかさず脇差しに手をかけて、立ち上がりかけた。それを、ベルムデスが無言の手つきで鋭く制する。そして、次の瞬間には、ベルムデスはスペイン人の男たちの集団の中に走り込んでいた。彼は、男たちの前の床に平伏(ひれふ)すと、いきなり土下座する。「旦那様!!申し訳ございません!!わしのせがれが、とんでもないことを!!」ベルムデスは、まだ男の手に締め上げられているマリアノを、その男の手からひっぺがすように引き離すと、いきなり、マリアノの頬を猛烈な勢いで打った。そのあまりの激しさに、マリアノの体は数メートル先の食堂の壁際まで吹っ飛んでいった。ドウッ!!という大きな振動音と共に、マリアノの体が壁にぶち当たって、そのまま床に崩れ落ちる。いくら高齢とはいえ、このベルムデスは、先日まで戦場で武器を振るっていた豪腕の持ち主でもある。本気で打たれれば、10歳の子どもの体など、ひとたまりもない。周囲の客たちまで、思わず、ビクリと身をそびやかせ、固唾を呑んだ。他方、ベルムデスの強烈な一撃で口内を切ったのか、マリアノは唇から血を流しながら、ギョッとした目で我に返ったように、その身を起こしかけた。だが、マリアノに立つ間も与えぬ勢いでベルムデスはマリアノの元に大股で迫り来ると、少年の胸倉を掴んで強引に引き摺(ず)り起こした。「おまえは、旦那様のせっかくのお召し物になんてことを!!」彼は鬼のような形相で睨みつけ、今度は少年の反対の頬を平手打ちする。マリアノの体は、そのまま、反対の壁際まで吹っ飛んでいった。再び、少年の全身が、激しい振動音と共に、容赦無く壁に打ち付けられて、地に沈む。あまりの強打のために、腫(は)れ上がった顔をガックリと床に落とし、もはや身を起こす力も無く倒れ込んでいるマリアノの頭頂部を、ベルムデスは荒っぽく掴んだ。そして、強引に、先刻のスペイン人の男たちの前まで引き摺ってくると、床にその額をこすりつけるようにして土下座をさせる。それから、己自身も再びその脇に深々と土下座をし、幾度も、幾度も、謝った。「申し訳ございません!!この通りでございます!!どうかお赦しを…。せがれのしたことは…弁償を…金は、今晩の宿代をはたいてでも、旦那様にお返しいたします!!」ベルムデスは平伏しながら、隣りで倒れ込むようになったまま強引に土下座させられている「せがれ」の頭を、さらに床に強く押し付けて、怒鳴りつけた。「おまえも、謝らんか!!この出来損ないめ!!」だが、少年は、もはや完全に憔悴し切っており、頭を押さえ付けられた土下座の姿勢のまま、その意識が保たれているのかさえ定かではない。ベルムデスの、その大袈裟とも取れるほどの剣幕と恐縮ぶり、そして、死んだように動かなくなってしまった少年の様子に、その場の者たちは目を奪われ、トゥパク・アマルの息子のこと、そして、少年の風貌のことからは、いつしか意識を外(はず)していた。部屋の四隅で、ぐっと息を詰めて見守るマリアノの護衛官たちは、ベルムデスの対応で急場を凌げたかと深く胸を撫(な)で下ろしながらも、本当に負傷していると見られるマリアノの状態を、それはもうハラハラと案ぜずにはおられない。一方、下層のインカ族の男たちが大勢を占めていたその場の傍観者の客たちは、今は、むしろ、同族の物乞いの親子、特に、「父親」からの激しい叱責に打ちのめされたようになっている少年に同情的な顔色になって、スペイン人の男たちの出方を探るような眼で見ている。その場の空気は、その少年を大目に見てやれよ、という気配に変っていた。マリアノをどやしつけていたスペイン人の当該の男は、己に向けられる冷ややかな周囲の視線を感じ取ると、憎々しげに唇を歪めた。そして、蔑むように、その哀れな物乞い風情の親子たちを見下ろし、チッと二人に向かって唾を吐く。「おまえたちのような落ちぶれた者から金を取るほど、俺は終わっちゃいない」彼は、荒っぽくスペイン語で毒づくと、仲間たちに、「興ざめした。店を変えようぜ」と目配せをして、出て行った。他方、二人がまだ土下座をしている中、他の客たちも、彼らに向けていた視線を外し、店の中には元の賑わいが戻っていく。場の空気の変わったことを察知したベルムデスが、慎重に顔を上げる。そして、マリアノの頭を床に押し付けていたその手で、被り物をかけ直す振りをしながら、人目に触れぬよう、そっと少年の頭を撫でた。その指が、今は大きく震えている。(マリアノ様…――申し訳ございません!!……こうするしかなかったのです!!)マリアノは、呆然と頭を上げながら、被り物の陰からベルムデスを虚ろに見上げた。ベルムデスの連打によって見る影も無いほどに腫れ上がったマリアノの顔の、その唇の両端からは真紅の血が滴り、そして、その瞳からは、大粒の涙が、とめどなく溢れ続けている。(母上が…兄上が…フェルナンドが…――!!)「!!」離れた席にいて、先ほどのスペイン人たちの会話の内容までは聞こえていなかったベルムデスは、今、マリアノの瞳の色を見て、瞬時に、何が起きたのかを悟った。(マリアノ様…――!!)ベルムデスは、即座に、物陰にマリアノを連れて行くと、その腕にマリアノを強く抱き締める。マリアノは倒れるように、ベルムデスの胸の中に身を沈めた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(1日1回有効) (随時)
2007.03.16
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傍らで凍りついているマリアノをよそに、酒の入ったスペイン人の男たちは、がなり立てるように大声で話し続ける。「ああ、俺も聞いた。惜しかったよな、実際。そのミカエラって女にも、ガキどもにも、もの凄ぇ額の報奨金が懸(かか)ってたからな。この萎(しな)びた鉱山町じゃあ、今更、ろくな黄金なんて出てこねぇし。いっそのこと、本気で罪人どもを探しに行って、俺サマが捕まえたかったぜ。そうなりゃ、今頃、本物の大金を掴んで、さっさと国に帰る支度でもしていたさ。こんなご時世じゃぁ、掘り尽くされちまった黄金なんて、ちまちま探してるより、お尋ね者の賞金狙いの方が、よっぽど効率のいい一攫千金ってやつだ。ちっ…!」「くく…まあ、そう言うな。庶民ごときが、そうそう簡単に捕まえられる相手じゃなかろう。結局、ミカエラや息子たちを捕えたのは、軍隊の兵士たちだったらしい。…――とは言っても、確か、まだ次男のマリアノは逃走中だと聞いたぞ。その次男にも、目が回るほどの多額の賞金が懸っている。だから、俺たちにも、まだチャンスはあるってことだ。うまいこと捕えられれば、一生、左団扇(ひだりうちわ)の豪遊生活も夢じゃない」そんなふうに冗談と真剣の混ざった面持ちで面白そうに話していた男たちの一人が、グラスを弄(もてあそ)びながら、今度は、やや趣を変えた声色で言う。「それで、そのミカエラっていうのが、かなりの美人らしいぞ。今頃、クスコの牢の役人たちは、さぞ、いい思いをしていることだろうよ」「ふん。どんなに、いい女でも、所詮はインディオだ」かなり酒の回ってきた男たちの話題は、やがてミカエラの容姿の話に移っていった。それらは全てスペイン語のやりとりではあったが、幼き頃から、父トゥパク・アマルによってスペイン語の教育を受けてきたマリアノにとって、その会話の内容を聴き取ることなど、あまりにも容易だった。(え…――!!母上たちが…――何だって?!!)マリアノの心が叫び声を上げた時には、彼の手の中の皿が激しい音を立てて床に落ち、粉々に砕け散っていた。ベルムデスが目を見張った瞬間には、散乱するガラスの破片と共に、皿の中にあったスープが周囲に飛び散り、まさに、今、ミカエラの話題で沸いているスペイン人の男たちの衣服の裾を、かなりの範囲まで汚していた。一方、マリアノは、硬直した姿勢で、男たちの傍らに愕然と立ち竦んだままでいる。当のスペイン人たちは、憤慨した形相で、マリアノの方を荒々しく睨みつけた。だが、今や、母や兄弟たちのことに完全に意識を奪われているマリアノには、眼前で展開していることなど全く目には入っていない。彼は顔面を蒼白にしたまま、謝罪の一つも出ずに呆然自失している。そのさまに、スペイン人の荒くれ男たちは、いよいよ、いきり立った。男たちの中の一人が激しく椅子を蹴って立ち上がると、マリアノの真正面にズイッと立ちはだかる。「なんだ、このガキ!!謝りもしねぇでっ!!」椅子のけたたましく倒れる音と、凄みのきいた太い男の怒声に、食堂の他の客たちも、一斉にそちらを振り返った。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.15
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それから、マリアノは、既に暗くなった窓外に目をやると、今頃、やはり別のルートを通りながら同じ目的地に向かっているはずの母や兄弟たちに思いを馳せた。さらに、次の瞬間には、彼の脳裏に、父トゥパク・アマルのことが飛来する。インカ全体に向けるのと同じほどの、大きく深い愛を、自分たち息子たちにも向けてくれた父トゥパク・アマル…――しかし、まだ10歳の、しかも、この過酷な逃亡下の皇子マリアノにとって、囚われた父のことを思い出すことは、まだあまりにも、きつ過ぎた。彼は意識的に父のことを考えまいとして、母のこと、そして、兄弟たちのことに、懸命に思考を戻そうとする。そんなマリアノの苦しげな横顔を、そっとベルムデスが見守っている。そして、彼もまた、トゥパク・アマルのことに、次いで、ミカエラや彼らの他の二人の息子たちのことに思いを馳せた。ベルムデスの表情にも、深い苦渋が滲む。(トゥパク・アマル様は、今頃は、もう既にクスコの幽閉先に行かされているかもしれぬ。ミカエラ様やご子息様たちは、今頃、どうしておられるであろうか。せめて、母上やご兄弟がご無事であられることだけでも知ることができれば、マリアノ様も、どれほど、ご安堵なされることか…)まだまだ情報網の未発達なこの時代、それぞれに別れて行動している者たちの動向は、容易には掴み得なかった。この時点では、まさかミカエラたちまでが囚われているとは知らぬベルムデスは、その無事を、心底、祈らずにはおられない。その時、不意に厨房の方から、「おい、小僧!!」と、こちらの方に向かって荒っぽい声がした。ハッと我に返って、マリアノとベルムデスが見やった視線の先では、先ほどのウェイターが厨房のカウンターから顔を出し、皿を片手に「おまえ用につくってやったから、取りに来い!!」と、大声を張り上げている。咄嗟のことに、マリアノは澄んだ瞳を見開いて驚いたようにそちらを見ていたが、そんな彼にベルムデスは穏やかに微笑んだ。「あの者、何だかんだと申しても、マリアノ様の料理を用意してくれたようですな。すぐに、取りに行って参りましょう」そう言って、にこやかに席を立ちかける。「いえ!僕が言って参ります。高齢の父親に取りに行かせるなんて、かえって怪しまれてしまいますもの!」マリアノは、やっと少年らしい闊達な笑顔を見せると、改めて被り物を整え、周囲の視線を避けるようにしながら厨房に向かった。チューニョ(じゃがいもの乾物)を浮かせた、ささやかなスープのようなものをカウンターごしに受け取るマリアノに、ウェイターが「それしかないから、こぼすなよ」と、無愛想に言う。その時、皿を受け取りながら少し上向き加減になった少年の被り物の陰から、チラリとその素顔が見える。その瞬間、ウェイターは息を呑んだ。ボロ布を纏(まと)ったような貧相な姿とは、あまりに不釣合いな、気品溢れる、輝くような美しい容姿…――いや、目の錯覚か?!…――と、ウェイターは思わず目をこする。彼はカウンターから身を乗り出すと、無遠慮に覗き込むようにして、被り物の陰から僅かに覗くマリアノの横顔を、喰い入るように見据えた。一方、マリアノは、ウェイターの目線を瞬間的に感知し、サッと深く下を向くと、皿を手にしたまま素早く踵を返した。マリアノの動悸が、速まる。(あのウェイターに、顔を見られただろうか…?何か、感づかれたか?!)背中にウェイターの強い視線を感じ、内心動揺しながらも、マリアノは何事も無かったような足取りでベルムデスの待つテーブルに向かう。ベルムデスも、ウェイターの驚きを露(あらわ)にした目つきを察知し、険しく慎重な眼差しになって、じっとマリアノを見守っている。そんな中、マリアノが、ちょうど先刻のスペイン人の男たちの脇を通り過ぎようとした時だった。一人の男の言葉が、マリアノの耳に響く。「あの反乱の首謀者トゥパク・アマルの妻と、それから、やつらの息子どもが、捕まったらしいぞ」(え…――?!え?!!)突如、マリアノは何かに打たれたようにビクッと全身を震わせ、愕然と、そこに凝固した。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.14
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ウェイターは鬱陶しそうな目で、もう一度、二人を一瞥した後、「やれやれ」と呟きながら厨房の方に戻っていった。何とか席に落ち着いたマリアノとベルムデスは、小さく息をつき、改めて、食堂を見渡した。安宿の食堂にしては、まずまずの広さを有し、夕食時でもあるためか、宿泊客よりも、むしろ、飲食に立ち寄ったらしき男たちが大勢ひしめき、結構な賑わいを見せている。中にはスペイン人の男たちの集団もいて、酔った勢いか、酒を片手に大声を張り上げながら談笑していた。その言葉の言い回しや抑揚のさまから、地元のスペイン人ではなく、スペイン本国から渡来したらしきスペイン人たちであることが分かる。「あの人たち…」マリアノが被り物の陰から警戒の目で、そちらを鋭く見渡した。ベルムデスは集団を観察していた視線を素早くマリアノに戻すと、目立たぬように頷いた。「マリアノ様、大丈夫です。この辺りには、ちょっとした鉱山があるのです。ここにいる連中は、恐らく、その鉱山で働く労働者たちでありましょう。黄金を掘り当てようと、一攫(いっかく)千金を狙って海を渡ってきた荒くれ者どもではありましょうが、かかわりさえしなければ、むこうは物乞い風情の我々などには見向きもいたしません。さあ、あまり、あちらを見てはなりません…」いかにもスペインから渡ってきたらしき白人の存在に敏感に反応しているマリアノを安心させようと、静かな声でそう囁(ささや)きながら、ベルムデスは穏やかな瞳で微笑んだ。そんなベルムデスの表情に、マリアノの張り詰めた肩の力も、ふっと抜けていく。このような緊迫した状況下にあっても、常に温厚さと包容力を失わぬベルムデスと共にあると、まるで本当に己の祖父と旅をしているような気分になり、マリアノの心は和(なご)んだ。実際、マリアノの父であるトゥパク・アマルは幼い頃に両親を亡くしており、それ以来、このベルムデスが父親のごとくにトゥパク・アマルに寄り添い、支えてきたため、血こそつながってはいなかったが、マリアノにとって、このベルムデスは実の祖父にも等しき存在であった。また、ベルムデスから見ても、ずっと傍近くで見守り、時にはトゥパク・アマルら夫婦と共に養育してきたマリアノは、まるで己の本当の孫のような愛しい存在であった。どれほど泥土にまみれていようとも、今も、まるでトゥパク・アマルを少年時代に移し替えたかのような、褐色の天使さながらに美しく愛らしいマリアノの顔を見つめていると、ベルムデスの胸は熱くなる。彼は、60歳も半ばほどまで年輪を重ねてはいたが、つい先日の本陣戦でも、現役で戦線に立って武器を執(と)っていた。優れた徳と知恵と武芸とで王族を助けながら、この厳しい時代を生き抜いてきた彼は、厳(いか)ついその手で、今は、優しくマリアノの被り物の角度を整える。そして、目元に皺を寄せ、目を細めながら静かな声で言う。「マリアノ様。どうか、お顔だけは、見られないようにお気をつけなされませ。たとえインカ族の者であっても、あなた様の正体を悟られてはなりませぬ。どのような形であれ、騒ぎになっては厄介です」「うん。わかってる」ベルムデスの言葉に、マリアノは利発そうな瞳で素直に頷くと、スペイン人の集団に向けていた視線をテーブルの上に戻した。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.13
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果たして、その頃、トゥパク・アマルとミカエラの次男、10歳のマリアノは、一体どうなっていたであろうか。敵の追っ手の目をかすめるため、マリアノは、母ミカエラと二人の兄弟とは別行動をとっていた。そのマリアノは、幸運にも、まだ敵の手中に落ちることなく、今のところ順調に避難を続けていた。彼は貧しい平民に扮し、トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く重側近たる老賢者ベルムデスと、そして、やはり平民に扮して影武者のごとくに付き従う敏腕の護衛官たちに堅く守られながら、何も不審なところは無いという素振りで、敢えて堂々と街道沿いの町や村を通過しながら進んでいた。目指すは、ラ・プラタ副王領で勢力を維持しているアンドレスの陣営である。だが、頑強な大人の足でさえ何十日も要する隣国ラ・プラタ副王領までの道程は、幼い子どもと老人の足には、気が遠くなるほどに果てしなきものであった。しかも、今や彼らは、この国で最たる「お尋ね者」として、国中のスペイン役人たちから追われる身である。いつ、どこから、敵襲に遭うかも分からぬという、全く予断を許さぬ、常に神経を張り詰めた過酷な旅である。その厳しい逃亡の旅の道程は、十数日間を経ても、なお、目的地には遠く及ばぬものであった。そして、情報網の限られているこの時代、旅を続ける彼らは、別ルートで逃亡を続けているはずのミカエラやイポーリト、フェルナンドが、囚われたことさえ、まだ知らずにいた。そんなある日の夕刻時、目指すラ・プラタ副王領に通じる街道沿いの小さな町に入って一夜の宿を定めると、ベルムデスはマリアノを伴って、宿の食堂に下りていった。下層の庶民たちでごった返すその空間は、一日の力仕事を終えた男たちで溢れており、むせかえるような酒場の様相を呈している。殆ど物乞いのごとくに貧しい服装をして、幾日も入浴さえしていないような薄汚い「親子づれ」の客が入ってきたのを認めると、中年のインカ族のウェイターは蔑むような視線になって足早に二人の方に近づいてきた。「金は?食事代を払える金は持っているのか?」疑いの眼で年老いた父親らしき人物を一瞥しながら、ウェイターが不審の目で問う。「へい…旦那。何とか、こちらの宿代と食事代くらいの持ち合わせは」と、わざと訛(なま)りを交えてベルムデスが応える。まだ疑わしそうな目をしたまま、ウェイターは、傍にじっと佇んでいる10歳前後の少年に視線を走らせた。少年は「父親」の陰に隠れるようにして、砂埃にまみれた顔を俯(うつむ)き加減にしたまま、まるで顔を隠すように布を頭から深く被(かぶ)り、その表情は分からない。ウェイターは、再び「父親」の方を見て、「ここは酒場同然の場所だ。子どもの入るような所じゃない」と、理屈をこねて、体(てい)よく二人を追い出そうという勢いだ。しかし、いかなる追っ手や罠が待ち構えているかも分からぬ夜間の街中を歩き回ることこそ危険であると悟っているベルムデスは、深く身を屈めて、哀願するように続ける。「いえ、旦那…。どんなものでも構いませんから、何か、せがれに出してやっておくれなさい」そう言いながら、「せがれ」の肩を掴んで、さっさと近くの椅子に座らせると、自分もその傍にしっかりと腰を下ろした。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.12
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そして、トゥパク・アマルのみならず、彼の後方から進み来る、囚われの彼の妻ミカエラも息子たちも、トゥパク・アマルに劣らぬ凛とした毅然たる風貌で、まさにインカ皇帝の妻、そして、インカ皇帝の息子たちに相応しい気配を放っている。ただでさえ絶世なる美貌のミカエラは、常日頃から人目を惹きつけずにはおかないが、潔い覚悟を宿した研ぎ澄まされた眼差しに、囚われのその姿には深い憂いをも纏い、まるで神話の挿画のごとくに現(うつつ)離れした麗しさを醸し出していた。そして、その二人によく似た、まるで凛々しく純真な天使のような光を放つ息子たち…――。そんなトゥパク・アマルら家族たちが過ぎる度に、街道沿いのスペイン兵たちからまで、次々と恍惚の溜息の漏れるのを、陣頭に立つアレッチェは、ひどく苦々しい気分で眺めやる。(ついに悲願であったトゥパク・アマルを捕え、晒(さら)し者にしているというのに、この空々しい気分は何なのだ…!)そして、やはり、この光景に、アレッチェと同じ苦い思いを噛み締めている、もう一人の人物がいた。サント・ドミンゴ教会の高窓から眼下を覗き見るモスコーソ司祭もまた、アレッチェ同様に、先程までのしたり顔をにわかに引きつらせていた。そんな己の様子を周囲の目から隠すようにして、彼は肥満気味な手で顎の辺りを不自然に撫でている。アレッチェは苛立ちを露(あらわ)にした眼でトゥパク・アマルを一瞥すると、一団に号令を発して、幽閉先には直接向かわず、わざわざ処刑場へと立ち寄らせた。処刑場に定められた広大な広場の中心には、トゥパク・アマルらが、やがて刑を執行されるであろう処刑台が、まだ刑の執行日が何日後になるのか、あるいは、何週間後になるのかさえ定まらぬというのに、既に、しっかりと準備されている。この方法、つまり、事前に、公衆が大勢集まっている面前で、「罪人」たちに、わざわざ処刑場を見せるといった、このやり口は、当時の宗教裁判の常套手段でもあった。アレッチェは、トゥパク・アマルら家族を、敢えて処刑台の傍まで寄せて見せつけながら、横目で、その反応を窺(うかが)う。だが、トゥパク・アマルもミカエラも顔色ひとつ変えぬばかりか、まだ幼い息子たちでさえ、悟ったように落ち着き払った表情を全く変えようとはしなかった。アレッチェは目元を引きつらせ、酷い侮辱感さえ覚えながら、無言のまま憎々しげに地面に唾を吐く。(その痩せ我慢、いつまで続くものか…今に思い知るがよい…――!!)実際、この頃には、スペインの宗教裁判は一連の形態を確立しており、この後、トゥパク・アマルらに加えられるべき拷問の方法も道具も、処刑台同様に、幽閉先には、この時点で既に準備されていたのだった。兎も角も、この日、そのままトゥパク・アマルら家族たちは、幽閉先である、当時、スペイン側の兵営に使われていた旧イエズス会の修道院へと連行されていった。修道院の地下に設けられた牢に通じる門前で、アレッチェは、彼らがそれぞれバラバラに収容されること、そして、次に互いの顔を見るのは処刑の日であること、それをあの氷のような冷血な口調と表情で射すように言い渡す。それでも、トゥパク・アマルたちは、表情を変えはしなかった。だが、本当の彼らの心中は、果たして、いかなるものであったろうか。推察するしかないことではあるが、末子のフェルナンドは、この時まだ8歳…――暗黒の冷たい牢獄を前に、フェルナンド自身の覚えた恐怖のいかほどに強かったことか。そして、この幼い息子、あるいは弟の心中と今後のことを案ずる、父トゥパク・アマルの、また、母ミカエラの、兄イポーリトの心は、実際には、どれほどに、いたたまれぬ思いに苛(さいな)まれ、激しく掻き乱されていたことであろうか。しかし、彼らは、今、それを決して表に出すことはなかったのだった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.11
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かくして、トゥパク・アマル、彼の妻ミカエラ、長男イポーリト、末子フェルナンドの四人は、一旦、一同に、クスコ近郊の山間の地に集められた。しかし、言葉を交わすなど言語同断、まともに顔を合わすことさえ許されぬままに、冷酷にほくそえむスペイン軍総指揮官アレッチェの監視下の元、そのまま、かつてのインカ帝国の旧都クスコへと引き立てられていった。道中のトゥパク・アマルは、戦闘時に身につけていたままの金糸の入った黒ビロードのマントを纏(まと)っていたが、胸に提げていた黄金の太陽神像は取り去られ、代わりに黄金の十字架とキリストの像を鎖でかけられていた。また、騎馬ではあったが、足枷(あしかせ)をはめられていたため、馬に跨(またが)ることができず、女性のように横乗りにさせられていた。その彼の後方には、鞍無しの白ラバに乗せられたミカエラが、そして、やはりラバに乗せられたイポーリトとフェルナンドが続く。彼女らもまた、捕われた時のままの服装で、しかも、顔を隠すことを許されぬという理由から、帽子を被ることもかなわなかった。そのような姿で、彼らは、1781年4月16日、ついに、かつて激戦を交えた牙城クスコへと入ってきたのである。スペイン軍は、インカ帝国時代の神殿を取り壊して築いたサント・ドミンゴ教会から兵営までの、延々と続く道の両端に仰々しく隊列をなし、アレッチェに先導されながらクスコに入ってくるトゥパク・アマルらを、険しい眼(まなこ)で見据えている。そのサント・ドミンゴ教会の高窓からは、この国のカトリック教会最高位の司祭モスコーソが、あの舐(な)めるような視線をいよいよ炯炯と光らせながら、囚われたトゥパク・アマルたちを見物しようと、いかにも満足げに眼下を睥睨(へいげい)していた。そして、スペイン軍の背後からは、スペイン渡来の白人の市民たちが、トゥパク・アマルらの姿を好奇の目で覗き見ている。一方、囚われのインカ皇帝が引き立てられてくる悪夢のような情景など、全く、見るに耐えぬインカ族の者たちは、皆、家に深く引き篭もり、道端には、一切、彼らの姿は見られなかった。故に、街中に姿を現しているのは、兵にしろ、市民にしろ、完全に白人のみである。しかしながら、彼ら白人たちの目にさえ、今、目前を通り過ぎていくトゥパク・アマルたちの姿は、彼らが予測していたような惨めさなど、欠片も感じさせぬものだった。トゥパク・アマルは常のごとくに、今、この瞬間も完璧に落ち着き払っており、これから牢につながれる身であるなどという気配を微塵も感じさせぬどころか、まるで、これは勝利の凱旋かと見まがうほどに、威風堂々たる雰囲気を放っていた。彼は、きっぱりと精悍な顔を上げ、その凛々しく美しい切れ長の目で真っ直ぐに前方を見つめ、インカの都を吹き過ぎていく秋風に緩やかに漆黒の長髪をなびかせながら、進み来る。馬に横乗りにさせられていようが、足枷をされていようが、幾多の戦闘によって逞しく日焼けした褐色の肌を翻(ひるがえ)るマントから覗かせながら、凛と背筋を伸ばして座すその姿は、まるで玉座にいるかのごとくに、厳かな優美さと強い存在感を放っていた。黄金色に輝く太陽の下、このインカの旧都で待ち侘びていたインカの父祖の霊たちが、彼のクスコへの帰還を懐を広げて出迎え、守護してでもいるかのように、トゥパク・アマルの周りには光が集まり、神々しい覇光が立ち昇る。スペイン兵にしてみれば、この反乱で彼らを震撼させ続けてきたトゥパク・アマルは憎んでも余りある存在であり、にもかかわらず、今、眼前を通り過ぎていくその人物は、どれほど否定したくとも、彼らの目にさえ、まぎれもなくインカ皇帝そのものに見えてしまう。他方、クスコの街を進み来るトゥパク・アマルを、アドベ(日干しレンガ)造りのささやかな家々の中からそっと仰ぎ見ていたインカ族の者たちは、彼の姿を垣間見た瞬間、悲愴さなど完全に忘れ去り、恍惚たる表情で「やはり皇帝陛下…!!」と感嘆の声を洩(も)らし、そのまま跪いて深く礼を払った。此度のトゥパク・アマルの捕縛を知らされて以来、再び深く自尊心を傷つけられ、いっそう身を縮めていたインカ族の人々の胸に、今再び、インカの末裔としての誇りが熱く甦る。トゥパク・アマルの来訪によって、クスコの街全体の空気そのものが変化し、インカ時代の輝きを急速に取り戻していくようでさえあった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.10
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暫し、長い睫毛(まつげ)を伏せるようにして、ミカエラは、無念に肩を震わせるイポーリトを見つめていた、が、その視線を、不意に、敵の隊長めがけて、光の矢で刺し貫くように鋭く返した。彼女の、今もブロンズの女神像のごとくに美しい目が、閃光を放つ。――…よもや、抵抗はすまい。捕えるならば、捕えるがよい。これが、天運ならば、その流れに全て委ねよう。我らの生身の肉体が、いかに拘束され、抹殺されようとも、所詮(しょせん)は、この魂を縛ることも、抹消することも、汚れたそなたたちの手では微塵(みじん)も出来はすまい。インカの神々は、この瞬間にも、我々を、そして、インカの民を見守り、篤く庇護している。今に、必ずや、そなたたちは、思い知る時がくるであろう…――!一方、彼女の鋭利な視線を受けながら、敵の隊長も、射抜くような眼光で、険しくミカエラを見据えた。ミカエラの無言の言葉を鋭く読み抜くと、彼も、また、挑むように目を細める。(おまえたちが、この期に及んで何を思おうが、つまるところは敗者の遠吠えにすぎぬ。実際、囚われていくおまえたちに、何ができる?ましてや、おまえたちを葬り去られた後の残党や民衆どもに、何ができるというのだ)そして、ありありと皮肉を込めた声で、低く言う。「さすがに、あのトゥパク・アマルの妻だけあって、ミカエラ殿、よくわかっておられる。しかるべき段取りでその罪状が裁かれるまでは、おまえたちに、このようなところで死なれるわけには参らぬ。もちろん、道中でも」彼は鋭い手つきで周囲の兵たちに、合図を送った。たちまち敵兵たちは彼らを捕え、ミカエラには、自害させぬために、即刻、猿轡(さるぐつわ)を噛ませた。こうして、ついに、トゥパク・アマルの妻ミカエラも、そして、長男イポーリト、末子フェルナンドの二人の息子たちも、敵の手中に落ちたのだった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.09
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驚愕して目を見開いたミカエラたちの瞳の中に、その全身をまるで蜂の巣のごとくに無数の銃弾に打ち抜かれ、ドウッ、と地に倒れゆくオルティゴーサの姿が映る。ミカエラは瞬間的に、フェルナンドの目を己の手で覆った。イポーリトも愕然として、凍りつくように、思わずその場に立ち竦んだ。「オルティゴーサ殿!!」ミカエラの悲痛な声が響くと同時に、彼らの前に、数十名のスペイン兵たちが立ちはだかった。その中から、隊長らしき厳(いか)つい白人が、銃を構えながら前に進み出る。「トゥパク・アマルの妻、ミカエラ殿と、そのご子息殿とお見受けいたす。ご出頭願いましょう」反射的に、ミカエラは携えていた長剣を構えた。ほぼ同時に、イポーリトも剣を構える。しかし、全く同じタイミングで、スペイン人のその隊長らしき男は、銃口を幼いフェルナンドにピタリと向けた。「無駄な抵抗をされれば、ご子息のお命から頂戴いたす。武器をお捨てください」男は不気味に恭しい言葉遣いで、しかしながら、その声音には有無を言わさぬ凄みを宿してミカエラを見据えた。既に、他のスペイン兵たちも、その銃口を、ミカエラたち三人に隙無く向けている。剣を握るミカエラの指が、口惜しさで、わななくように震えた。しかし、もはや状況を見切った彼女は、地に剣を下ろすと、そのままイポーリトにも目で合図を送る。だが、イポーリトは、非常に険しい目つきで敵兵を睨みつけながら、己の剣を構えたまま、母と弟を守るように、一歩、前に踏み出した。瞬時に、数十名の敵兵たちが、一斉にイポーリトに照準を合わせ、その銃を完全に構えた。敵兵の隊長が、鋭い手つきで、部下の動きを制する。同時に、ミカエラも、イポーリトの剣を構えた腕を掴んだ。そして、彼女は、無言のままながらも、厳然たる眼差しでイポーリトを見つめ、首を僅かに横に振った。だが、イポーリトは断固たる鋭利な横顔で、何故、止めるのです!!と、母の腕を振り払おうとする。「母上…――!!」どのみち、死を覚悟していたのです!!ならば、僕は、ここで戦って…!!――そう激しく訴えてくるイポーリトの決死の表情に、ミカエラは、再び、はっきりと首を振った。そして、そなたの心意気はわかりました、と、イポーリトに深く瞳で頷いた後、決然としつつも、静かな声で言う。「この者たちは、ここでは、わたくしたちを、絶対に殺しはすまい。たとえ、そなたが敵の刃に自ら向かっていこうとも、ここでは、刺しても、撃ってもくれはすまい。生きたまま捕えるのが、この者たちの目的。ならば、そなたが、どれほど死するつもりで戦おうとも、今となっては、もはや生きたまま、無駄に消耗するだけです」「母上…――!」イポーリトは、あまりの悔しさに歪みゆく顔を隠すように、サッと深く俯(うつむ)いた。まだ剣を構えたままの、激しい感情に貫かれ、鉄棒のように硬直したイポーリトの腕を、ミカエラが手を添えて、ゆっくり下におろさせた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.08
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オルティゴーサの様子を見届けると、ミカエラはイポーリトとフェルナンドの前に跪き、共に死路へと旅立とうとしている愛しい息子たちの唇に、優しく最後のキスをした。それから、二人を同時に力強く抱き寄せる。長男のイポーリトは完全に事態の成り行きを察し、12歳にはとても見えぬ、もはや大人のごとくの決然とした表情で、逆に、母であるミカエラをいたわるように抱き締め返す。そのイポーリトからは見えぬ角度で、ミカエラの閉じた瞼には、こらえきれずに涙が滲む。(イポーリト…――!!本来ならば、トゥパクの後を受けてインカ皇帝となり、この地を守っていく役割を持っていたはず…――!そして、それに相応しい人間へと、成長しつつあったというのに。そなたたちを守り切れなかった、父と母を許しておくれ……)一方、8歳の末子フェルナンドは、事の流れに身を委ねてはいるものの、まだ真には事態の意味を悟れず、潤んだその瞳を呆然と揺らしている。フェルナンドのぬくもりを感じながら、その震える肩を抱き締めるミカエラの心は、この期に及んで激しく掻き乱された。(こんなにあたたかな体から、今、この母の手で、そなたの命を……。だけど、まだフェルナンドは、たった8歳――もしや、たとえ、囚われようとも、この幼き年齢であれば、死罪までは免れるかもしれぬ!あのマリアノとて、もし囚われれば、10歳に達したあの子に、死罪を免れる余地はあるまい。なれど、このフェルナンドなら……。 どのような形とて、生き延びてくれさえすれば、侵略後の数百年、幾度も絶たれそうになりながらも、ここまで永(なが)らえてきたインカ皇帝の血統を、完全には絶やさずにすむかもしれぬ。ならば、わたくしが、今、ここで、この尊い命を絶ってよいものか……!!)そのミカエラの一瞬の迷いに呼応するがごとくに、突如、耳を劈(つんざ)く激しい無数の銃声が、至近距離で鳴り響いた。ハッと振り返るミカエラの視線の先で、あの仁王立ちになっていたオルティゴーサの巨体が、地に崩れるように沈んでいく。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.07
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「ミカエラ様…――!!」オルティゴーサの声が詰まる。「申し訳ございません!!わたしが、しかとお守りしきれず…!!」彼は、その厳(いかめ)しい肩をわななかせながら、深く頭を下げた。「何を言うのです。オルティゴーサ殿、そなたは今まで本当によくやってくれました。参謀としてのそなたの采配無くして、インカ軍がここまで奮戦することなど、ありえなかったことでありましょう。このような結果になって、謝らねばならぬのは、夫やわたくしの方なのです」オルティゴーサは、もはや声も出ぬまま、まともにミカエラを見ることもできず、だが、彼もまた、覚悟を決めた足取りで、ミカエラを、そして、少し奥地で待っていたトゥパク・アマルの息子たちを、さらに山間部の奥地まで導いていく。そうしながら、彼は、俊敏に、戦線に視線を走らせる。敵兵たちは、オルティゴーサの部下たちとの戦闘に意識を奪われており、奥地へ入っていく彼らの姿には気付いていないと見て取れた。ミカエラは大木と野草で囲まれた一角に自決する場所を定めると、オルティゴーサに目で頷き、合図を送る。オルティゴーサは、悲壮な面持ちながらも厳然たる眼差しで、瞬間、その場に巨体を跪き、ミカエラたちに向かって深々と礼を払った。ミカエラも、息子たちも、彼に深い礼を払い返す。オルティゴーサは、もう一度、深く身を屈めて最後の礼を払うと、鋭い眼で立ち上がった。そして、敵襲に備えてミカエラたちに背を向け、彼女たちを固く守護するように、その場所の前に豪然と仁王立ちになった。決して、ここに敵は通さぬ!!…――鬼気迫る覇気が、今、彼の全身から激しく放たれる。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.06
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ミカエラの言葉に、オルティゴーサは愕然と目を見張る。「――!!しかし、ご子息様たちは…!!」「息子たちも、わたくしと共に参ります」「ミカエラ様!!トゥパク・アマル様は、囚われたとはいえ、まだご存命なのでございます!あなた様が、先立たれなどしたら、どれほど御失意なされることか!!それに、ご子息様とて…――そのようなことをすれば、皇帝陛下のお血筋が…――!」ミカエラは、毅然とした眼差しで、真正面からオルティゴーサを見つめた。この期に及んでも、なお、ミカエラの彫像のような目元は、女神のごとくに麗しい。彼女は、噛み含めるように言う。「オルティゴーサ殿。自ら命を絶たねば、今、ここで、わたくしも息子たちも捕えられてしまいましょう。そうなれば、敵方の役人どもに、いかなる目に合わされるかは自明。仮に、この後、味方の軍が勝機を掴もうとも、囚われた後では、敵方は、逆に、捕えたインカ一族の処刑を急ぐはずです。このままでは、夫もわたくしも…息子たちとて、民の面前に晒され、あの処刑台に送らて死すのです。侵略後、これまで反乱を試みてきた歴代のインカ皇帝たちが、どれほどの無残な刑に処せられてきたか存じておりましょう?そのような形で、トゥパクの…――インカ皇帝の血筋が絶たれていくさまを、インカの民に見せられましょうか。それこそ、あまりに深い絶望と屈辱感を、民の心に刻みつけることになりましょう。そのようなことになれば、此度の戦(いくさ)によって、やっと甦りかけていたインカの民の誇りも復権意識をも、再び根こそぎ刈り取ることにもなりかねまい。そのような事態は、決して招いてはならぬこと。もはや、選択肢は無いのです。それに、天運あれば、マリアノが生き延びてくれましょう。オルティゴーサ殿、傍近くで夫を長く助けてきたそなたなら、わたくしの言うことの意味をわかってくれますね?」ミカエラは決然としながらも、衝撃に貫かれている相手を諭し勇気付けさえするような口調でそう述べると、完全に覚悟を固めた面差しでオルティゴーサを見据えた。「オルティゴーサ殿、時間がありません。そなたには、わたくしたちが成し遂げられるよう、援護を頼みたいのです。さあ、もう少し奥まったところに。息子たちには、既に話してあります」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.05
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一方、ディエゴらが壮絶な死闘を展開している頃、インカ軍参謀オルティゴーサに守られながら山岳地帯の獣道をラ・プラタ副王領目指して進んでいたトゥパク・アマルの妻ミカエラ及び、長男イポーリト、そして末子フェルナンドらは、どのようになっていたであろうか。なんと、ミカエラたちには、はやくも、残酷な運命の魔手が及んでいたのである。非情にも、彼女たちは、急峻な山岳地帯の一角で、執拗に追ってきたスペイン兵たちの襲撃を受けていた。そこはアンデス山脈の懐深い前人未到の地であり、決して容易に発見されるような場所ではなかった。それにもかかわらず、彼らが敵の追っ手にその軌跡を掴まれてしまった背景には、ミカエラが管理していた多額の軍資金を狙ったインカ側の者の裏切り行為があった。トゥパク・アマルが反乱準備を進めていた頃には、あれほどの長期に渡る準備期間にもかかわらず、決して裏切り行為など起こりえなかったにもかかわらず、ここにきて裏切りが連続したことは、インカ側の命運の尽きてきたことの表れなのか、あるいは、いよいよ戦況が苦しくなってきたことで、人々の心に、ほころびが生じてきたことの証(あかし)なのか…――いずれにしろ、夫トゥパク・アマルと同様、ミカエラ自身もまた、味方の裏切りによって、今、窮地に立たされていたのだった。トゥパク・アマルと同じように、私利私欲のことなど全く考えず、インカの天地とその民のために全身全霊を捧げてきたミカエラにとって、あまりに悲愴で、理不尽な、運命の所業ではなかろうか。だが、実際に、彼女らは、多数の銃器を携えた数十名の敵兵たちの奇襲を受けていた。ミカエラたちを護衛していた参謀オルティゴーサは、インカ軍本隊の中でも右に並ぶものの無きほどの豪腕の持ち主であり、彼と共に護衛に当たっている兵たちも、選り抜きの部隊であった。結果、この深山の秘境の地でも、激しい死闘が繰り広げられた。しかしながら、時間の経過と共に、ここでもスペイン側の火器の威力は、インカ側を着実に圧倒していく。しかも、此度のように苦心惨憺(さんたん)たる思いをさせられた反乱をニ度と起こさせまいと、意地でもトゥパク・アマルの息子やその妻を捕えて、インカ(皇帝)一族を根絶やしにせんとする敵側の執念は、それはもう、凄まじきものであった。その復讐心の炎に焼け出されるがごとくに、さしものオルティゴーサも、そして、彼の兵たちも、次第に追い詰められていく。オルティゴーサが拳銃と剣を振るいながらも、敵の銃弾をかわすために大木の陰に寄った瞬間をとらえ、専門兵たちを凌ぐほどに雄々しく華麗な剣裁きで長剣を振るっていたミカエラが、敏捷な足取りで彼の傍に近寄った。よもや、ゆるぎなき覚悟を決めたミカエラの表情から、オルティゴーサは、彼女が何を言い出すのかを瞬時に悟った。「ミカエラ様……!」ミカエラは、決然と頷き、非常に険しくも凛々しい眼差しで、きっぱりと言う。「もはや、敵の手に落ち、辱めを受けて死ぬよりは、自らの手で命を絶ちます。オルティゴーサ殿、援護を!!」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.04
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ところで、後世の歴史家たちの記録によれば、この時のインカ族の人々は、「(約200年前の)ピサロのインカ帝国征服時とは多いに異なり、首領インカ(註:インカ皇帝=トゥパク・アマル)を失っても、絶望することはなかった」という。歴史家たちは、そうした彼らの心理を、「(註:最初のインカ帝国侵略時は)初めて白人とぶつかって、何ら精神的な準備が無かったのに対して、トゥパク・アマルに此度の戦いの意義を繰り返し教えられ、不退転の意志で戦っているのとの違いである」と、分析している。こうした記述に表されている通り、さる4月6日、トゥパク・アマルが裏切りのために捕虜となって以来、ディエゴらに率いられたインカ側の軍団は、絶え間なく猛烈な戦いをスペイン側に挑み続けることになる。トゥパク・アマル奪還を賭けたランギ村周辺での最初の戦闘は敗北したが、次に行われたピサク川の対岸における決戦では、インカ側が、まだその力の残っていることをスペイン側に見せつける戦果を上げた。この時は惜しくもトゥパク・アマル奪還までには至らなかったが、それでも、ディエゴら側近たちの指揮の元、彼らはまだ戦えるという手応えを得て、「トゥパク・アマル様を救出すべく、クスコまで進撃だ!!」とばかりに勢いづいた。スペイン側としては、総指揮官トゥパク・アマルを捕えたにもかかわらず、戦火が衰えるどころか、むしろ激しさを増すインカ軍の戦闘ぶりを放置できず、ついにスペイン軍総司令官バリェ将軍が、直々に「インカ軍残党の始末」に乗り出すことになる。かくして、ディエゴ及びビルカパサの軍、そして、ロレンソの軍を中心とるすインカ軍の主力部隊は、トゥパク・アマル奪還を誓い、彼が連れ去られたクスコ目指して進軍を続け、途上のコンドルクヨの高地で、バリェ将軍率いる重装備のスペイン軍と激突した。トゥパク・アマル奪還を賭けて、残されたインカ軍がどれほど凄まじい死闘を繰り広げたかは、後世の歴史家たちが叙述しているごとくであり、その一例として、ここでは創作よりも、むしろ真実をありのままにご紹介したい。以下は、ペルーの歴史家オドリオソーラの手のより残されている、当時のスペイン側から見たインカ軍の様子である。なお、ここではビルカパサの軍に焦点を当てて叙述されている。『バリェ司令官は、ペルー南部の諸郡に蟠踞(ばんきょ)する反乱軍の残党の討伐に向かった。コンドルクヨの高地に、名将ビルカパサの率いるインディオの軍がいるのを発見した。バリェ軍の兵はビルカパサ軍に向かって、「もし山から降りてきてスペイン国王に服従を誓えば、許してやる」と大声で降伏を勧めたが、彼らは、「これからクスコへ『インカ(註:インカ皇帝=トゥパク・アマル)』を救いに行くのだ、お前たちは勝手にどこへでも行くがよい」と、応えた。結果、両軍は激突して、熱戦が続いた。わが方(註:スペイン側)も多くの死傷者を出した。我らの征服者(註:16世紀にインカ帝国を侵略したピサロたちのこと)の時のインディオの臆病さ、単純さとは違うことを示すために、二つの例を引いてみよう。胸に槍を突き刺された一人のインディオは、獰猛にも自分の手でそれを引き抜くと、逃げる敵をその槍で刺し殺そうと追いかけたが、ついに息が切れて倒れた。他の一人は目を槍で突かれたが、ひるまずに相手を追いかけた。もし途中で殺されなければ、この片目の負傷兵は、首尾よく仇を討ったことであろう』しかしながら、このコンドルクヨの戦いも、スペイン側の火砲の威力には抗(あらが)えず、結果的にはインカ側の敗戦に終わる。だが、数々の熾烈な戦闘を経てもなお、ディエゴ、ビルカパサ、そして、ロレンソら、インカ側の将たちは執念を燃やすがごとくに、まだ生き延びていた。また、義勇兵たちも、甚大な被害を蒙りながらも強靭な生命力を見せ、容易に全滅することはなかった。彼らはトゥパク・アマル奪還を念じて心をひとつに合わせ、どれほど敵に踏みつけられようとも立ち上がり、クスコ目指して捨て身の進軍を続けていった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.03
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ミカエラたちと別れた後、ディエゴは、トゥパク・アマルの囚われたことも、本陣での敗戦も、まだ何も知らぬ、ラ・プラタ副王領のアンドレスとアパサの元に、インカ軍本隊の状況を伝えるため使者を放った。いかに早馬の使者とは言え、隣国までの道程は遠く、使者がアンドレスたちの元に到達するまでには何日間もの期間を要するであろう。ディエゴは迅速にインカ軍本隊を建て直すと、ビルカパサと共に大軍を率いてトゥパク・アマル奪還のため、すぐさま踵を返してスペイン軍との対決に向かった。アンドレスの朋友ロレンソも、18歳という彼自身の年齢と同様に、若く気鋭の軍勢を率いてディエゴらと共に戦闘に向かう。これらトゥパク・アマルの救出に向かった軍団の中には、まだ致命的な負傷をしていない多くの義勇兵たちが加わっていた。今度こそ、いよいよ生き残る保障の無い戦いであり、覚悟を決めた有志の義勇兵たちが募られ参戦した。その中には、あの黒人青年ジェロニモの姿もあった。一方、マルセラは連隊長である叔父のビルカパサの隊を離れ、分遣隊を編成し、負傷した兵たちを保護して避難をさせながら、まだインカ側の勢いがあるラ・プラタ副王領に向かった。目指すは、アンドレスの陣営である。マルセラ率いる義勇兵たちの中にはコイユールも混ざっており、彼女も負傷兵の世話をしながら避難を助け、マルセラを背後から支えた。しかしながら、この厳しい戦況の中、負傷兵を抱えながらの隣国への道程の険しさは、到底、計り知れぬものである。そうした中、トゥパク・アマルの妻ミカエラ及び彼らの息子たちは、ディエゴの提案通り二手に別れ、敵に目立たぬよう軍団を離れて、やはり、アンドレスの陣営を目指していた。ミカエラと長男イポーリト、そして末子フェルナンドは、インカ軍の参謀でもある豪腕オルティゴーサ及び数十名の彼の精鋭の兵たちに堅く守られながら、敵の目をかすめるため、アンデス山脈の奥深い獣道をルートに取りながら進んでいった。他方、次男マリアノは、トゥパク・アマルが全幅の信頼を置いていた壮年の賢者ベルムデスと、そして、影武者のごとく付き従う敏腕の護衛兵たちと共に、貧しい平民の姿に扮し、何も不審なところは無いという素振りで、敢えて堂々と街道沿いを通っていった。こうして、それぞれの者たちが、命懸けの新たな道を歩みはじめたのである。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.02
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マリアノは涙の滲んだ目で、それでも少年らしい笑顔をつくり、自ら、ゆっくりと母から離れると、同様に泣き濡れている兄、そして、弟と強く抱擁し合った。「兄上、母上とフェルナンドを頼みます。フェルナンド、母上と兄上の言うことをよく聞くのだよ」長男イポーリトは青年の風貌を宿しはじめたとは言え、12歳という、まだまだ少年のあどけなさを残したその瞳に、止まらぬ涙を溢れさせたまま、けれど、同時に強い光を宿して真っ直ぐに弟を見つめた。そして、涙しながらも、包み込むような眼差しで言う。「マリアノ、そなたは幼き頃から外見も中身も父上に一番似て、賢く勇気があり、真の強さを備えている。必ずや、生き延びるのだよ!!」「兄上……!!兄上も、必ず…!!」二人は、もうひとたび、しかと抱き合った。そんな二人の間に入り込むようにして、まだ8歳の末子フェルナンドが、天使のような澄んだ瞳に涙をいっぱいに溜めて、「兄上、兄上…!!」と、幾度もマリアノを呼ぶ。マリアノは、再び、フェルナンドを強く抱き締めた。「フェルナンド。そなたは、まだ、こんなに幼き身で、このような険しき運命の道を歩むことになろうとは…――」マリアノは抱き締めた胸の中で震えるようにしている幼い弟に囁(ささや)きかけると、そっと相手の肩を支えて己の体から放し、涙にむせぶ弟の瞳に優しく微笑みかけた。「フェルナンド…この後、どのようなことがそなたの身にあろうとも、いつでも、どこからでも、この兄が、そなたのことを想っていることを、決して忘れてはならないよ」フェルナンドは、一度、大きくしゃくりあげると、深く、しかと頷き返した。それから、ディエゴが再びマリアノの傍に寄ると、「では、マリアノ様。どうぞこちらへお越しください!」と、母や兄弟たちから彼を別の集団へといざなっていく。ディエゴはミカエラの顔を真っ直ぐ見つめ、今一度、深く誠意を込めて言う。「マリアノ様のこと、どうか、ご案じなさいますな!!」ミカエラも、無数の雨水と共に幾筋もの涙が頬に伝うのを隠さぬまま、「頼みました!」と、決然とした声で応じた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.03.01
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マリアノは、その年端に似合わぬトゥパク・アマルそっくりの切れ長の目元を決然と吊り上げて、険しいほどに凛々しく母とディエゴを見上げている。しかし、長男のイポーリトが、すかさずマリアノを制した。「年下のおまえを、一人、別行動になどできない!!分かれるなら、僕が!!」「兄上……!」兄の挑むように真剣な眼差しと、その兄の常の性格から、イポーリトが本気で己の身を案じ、己の代わりを申し出ていることは、マリアノには痛いほど分かった。マリアノは、そんな兄に、潤みかけた瞳で深く礼を払い、それでも決然と首を振った。「いいえ、兄上は、どうか母上をお守りして!!」マリアノの凛とした声が、雨音を凌駕し、響く。思わず、ミカエラはマリアノの前に跪(ひざまず)き、ずぶ濡れになっている少年の漆黒の髪に手を添え、そのまま両手で少年の褐色の頬を包んだ。その手の中に、冷え切った表面のその奥で、この瞬間も、しかと脈打っている我が子の肌の感触が伝わってくる。「マリアノ…おまえたちの、誰一人とて、わたくしの元から離すことなどできようか…!!」「母上……!」涙を見せまいと俯(うつむ)きかけたマリアノの声が、詰まる。それでも、彼は、再び、きっ、と、父トゥパク・アマルに生き写しの精悍な顔を上げ、まるで母を諭すがごとくに毅然と言う。「フェルナンドはまだ小さくて、母上から離れることはできないでしょう。それに、兄上は長男です。父上の跡を継ぐ正統な皇位継承者として、兄上こそ、絶対に生き延びなければならないはず!!」「マリアノ!!わたくしにとって、おまえたち三人とも、全く変わらず、同じに大切なのです。長男とか、次男とか、そんなこと……!」ミカエラは、もうそれ以上言葉を続けられず、マリアノの体を強く抱き寄せた。マリアノも、しっかりと母の体を抱き締めた。二人に降り注ぐ豪雨も、今は、まるで、この母と子を大きな翼で守り、包み込んでいくかのようにさえ見える。傍で二人の抱擁を見守るディエゴの目頭も、突き上げるように熱くなった。幼い末子のフェルナンドなどは、もう完全にしゃくり上げて、長男イポーリトに縋(すが)るように身を寄せている。イポーリトはフェルナンドの肩を優しく抱きながら、彼もまた、母ミカエラを青年に移し替えたがごとくのその美麗な顔に、隠すことなく滔々(とうとう)と涙を流し、震える唇を噛み締めている。やがて、ディエゴが、己の情を振り切るようにして、ミカエラとマリアノの横に跪き、深く礼を払った。そして、マリアノを抱き締めたまま放さぬミカエラに、雨音を振動させるほどの、太く、どっしりとした声で言う。「ミカエラ様、ご案じ召されるな!マリアノ様のご決意、決して無駄にはいたしません!!さあ、お時間がありません。マリアノ様は、別のルートで参りましょう。なに、心配せずとも、必ず、また皆で相見(あいまみ)えましょう!一時の辛抱です!!」ディエゴは元気づけるようにそう言うと、大らかな笑顔をつくってみせた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.28
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ミカエラは愛しい息子たちの姿に、さっと視線を走らせる。そして、苦汁の眼差しでディエゴを見据えながら、搾り出すように問う。「二手に分かれるとは、息子たちを別々に逃がす、という意味なのね?」「その通りです」幾筋もの雨粒が伝い流れるその厳(いか)つい顔面を、ディエゴは深く縦に動かし、頷いた。息子たちを想うミカエラの心痛を十分すぎるほど察しているディエゴは、彼女の心をなぞり、鏡に映すように、最大限の沈着な声音をつくって言う。「この先の道中には、全く何が起きるやも知れません。共にあって、万一の場合に、一網打尽にされるようなことがあってはなりません。それに、少人数に分散した方が、敵の目も欺きやすいというものです。全ては、あなた様とご子息様たちのお命の安全を守るためなのです」ディエゴは、ミカエラの心中を察しながらも、有無を言わさぬ断固たる面持ちで、同時に、あなた様ならわかるでありましょう、という深い信頼を込めた眼差しで、じっとミカエラの瞳を見つめた。そして、さらに続ける。「わたしがご同行して、アンドレスの元まで参れればよいのですが、トゥパク・アマル様を救出するために、再び軍を立て直し、急ぎ敵軍との対決に向かわねばなりません。ミカエラ様とご子息様たちには、それぞれ精鋭の護衛をお供におつけいたします」暫し無言のままではあったが、ミカエラには、ディエゴの言うことも良く理解できてはいた。(しかし…――!!)大きく揺れる瞳を隠すかのように伏し目がちになった彼女の瞼は、まだ小刻みに震え続けている。そのような大人たち二人の様子を傍でじっとうかがっていた子どもたちの中から、次男のマリアノが意を決した目で、一歩、前に進み出た。そして、嵐のような豪雨に打たれながらも、凛と顔を上げて、きっぱりと言う。「母上!僕が、分かれて参ります!!」今のマリアノの表情は、到底、10歳には見えぬほどに険しく厳然としており、決して、その場の勢いや一時の衝動から発した言葉ではないことは、明らかだった。その眼差しからは、悲壮なほどに、覚悟の色が見て取れる。「マリアノ……!!」恐らく、どの息子が名乗りを上げようともミカエラの反応は同様にそうであったろうけれども、今、自ら申し出たマリアノを見つめる彼女の目は、衝撃に打ちひしがれたように愕然と見開かれていく。その瞬間は、言い出したディエゴさえも、ぐっと息を呑んで言葉を継げずにいた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.27
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あまりに激しい雨音が、ミカエラの声も、そして、太く、よく通るはずのディエゴの声さえも掻き消して、直近の距離でさえ、それらを聴き取ることは難儀であった。ディエゴは、やむなしとばかり、ズイッとミカエラの耳元まで顔を寄せて、腹の底から声を出す。「ミカエラ様とご子息様のお命、確実にお守りするために、ここは二手に分かれるのが得策かと存ずる!!」ミカエラは、ハッとしてディエゴの顔を見返した。彼女の類稀なる美貌の輪郭を無数の雨粒が伝い流れ、艶やかな黒髪も今はベッタリと頭から首、背にはりつき、すらりと伸びた彼女のしなやかな肢体を、いっそう際立たせて見せている。普段は男性顔負けの冷静さと雄々しさを発揮するミカエラも、今は愛する息子たちの身の安全をひたすら願い祈るしかない一人の母としての眼差しそのままに、衝撃の目で、喰い入るようにディエゴを見つめている。それから、懸命に感情を抑えた声で問う。「また万一の時に備えて、と?」ディエゴの面差しに、瞬間、ひどく苦しげな陰がよぎった。しかし、この事態に至っては、綺麗ごとでは済まされぬ。今、囚われたトゥパク・アマルに代わり、インカ軍の総指揮官たる彼には、インカ皇帝の血統を絶やさず守り抜く、厳然たる重責があった。それは、ミカエラも、よく認識しているはずである。ディエゴは、頷き返し、言う。「このまま大軍と共にあられては、かえって目立って危険です。今、こうして逃げていても、必ずや、途上で敵軍の襲撃に遭(あ)いましょう。そうなれば、本当にお命をお守りしきれる保障がございません。これより先、ミカエラ様とご子息様は、軍団を離れ、敵兵の目をかすめ、ラ・プラタ副王領のアンドレスの元へ、一旦、身を寄せられるのが得策かと存ずる。むこうではアパサ殿も奮戦しており、まだインカ軍の勢いもあります」挑むような眼で、まんじりともせず聴き入るミカエラの視界の中で、ディエゴは、もはや異議は挟ませぬとの気迫を放つ。実際のところは、賢明なミカエラに、ディエゴの話が理解できぬはずはなかった。しかしながら、あれほどに雄々しいはずの彼女の瞳も、今は、明らかに揺れている。(息子たちを二手に分ける…――?それは、これほどの危険な状況の中、わたくしの手から、一方を離すということに他ならぬ…――!わたくしと別行動をとることになる息子は、明日の命さえ知れぬ過酷な逃亡の渦中を、父のみならず、母からも引き離されて進むことになるのだ…。そのようなこと…あまりに、むごい……!!)だが、そう心の中で叫ぶ己の傍らで、冷静なもう一人の自分が、「ディエゴの言う通りではないのか?このまま一網打尽にされてよいのか?」と、己自身に囁(ささや)きかける。ミカエラは雨水を含んだ震える長い睫毛(まつげ)を伏せるようにして、激しく唇を噛み締めた。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.26
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本陣を後にしたインカ軍の兵たちは幾つかのルートに分かれ、それぞれの隊長の指揮のもと、豪雨の中、山間部の悪路を進んでいた。インカ軍本隊を率いるディエゴたちよりも一足早く本陣を逃れていたトゥパク・アマルの妻ミカエラ及び、彼らの息子たちの元に、間もなく、大軍を率いて退却してきたディエゴが追いついた。トゥパク・アマルが囚われた今、敵の狙う次なる標的は、その妻ミカエラと、彼らの3人の息子たちであることは明白だった。大柄なディエゴの、ただでさえ厳(いかめ)しいその顔面には、恐ろしいほどの険しさが宿っている。今、撤退の悪路を進むミカエラとその息子たちの元に、ディエゴが足早に近づいていく。トゥパク・アマルの精鋭の兵たちに堅く守られるようにしながら、さらにミカエラがしっかりと末子フェルナンドの手を取り、また、長男イポーリトが次男マリアノを庇護するようにして歩んでいる。そんなミカエラも子どもたちも、全身、大雨に打たれ、その表情に苦渋の陰はありながらも、しかし、さすがにトゥパク・アマルの妻、そして、息子たちだけあって、取り乱すこともなく、毅然とした眼差しで前方を見据え、一歩一歩、着実に歩みを進めていく。時々、深い水溜りに足をとられそうになる幼いフェルナンドをミカエラが支え、守護する兵たちも、そんなフェルナンドに優しく声をかけて励ます。それぞれ、現在、長男イポーリトが12歳、次男マリアノが10歳、そして、末子フェルナンドが8歳である。豪雨の中、健気に歩む、まだあどけなさの残る少年たちの姿に、ディエゴの胸中は激しく疼き、痛んだ。彼は意を決した厳しい面持ちで、ミカエラの傍に歩み寄る。そして、爆音さながらの雨音に掻き消されながらも、懸命に声を張り上げて呼びかけた。「ミカエラ様!!」豪雨に霞む中、黒い大きな影のような巨体が近づいてくる様子に、ミカエラは凛とした瞳を、まるで相手の正体を確かめるように鋭く細める。「ディエゴ殿?」「はい!!ミカエラ様、大事なお話が!!」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.25
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一方、その頃、囚われたトゥパク・アマルは、敵陣の中央の柱に縛り付けられ、その周りを銃を構えた数十名のスペイン兵にびっしりと囲まれて、厳重に監視されていた。彼は、じっと戦場の音に耳を傾ける。大地を震わす激しい振動を伴いながら戦場から響き来る轟音によって、彼には、その戦況が手に取るように読み取れた。(もはや、ここまで…――!!これ以上、兵たちに犠牲者を出さぬうちに、退(ひ)くのだ。ディエゴ、聴こえるか?!)トゥパク・アマルは、己に代わって指揮を執っているに相違ない、ディエゴに向かって心で呼びかける。それから、きっ、と、その顔を天に向かって毅然と上げた。そして、まるで鬼神のごとくの険しい眼差しで、太陽を挑むように見据えた。すると、不気味なほどに晴天であったその空が、みるみるうちにその気配を変えていく。どこからともなく、どんよりとした厚い雲が押し寄せ、たちまち晴天を覆い隠していく。変わらず激しい目つきで空を睨むトゥパク・アマルの視界の中で、曇天から、ポツリポツリと雨粒が落ち出したかと思いきや、たちまち大地に矢を放つがごとくの激しい豪雨が地に叩きつけはじめた。トゥパク・アマルを監視していた敵兵たちが慌てて浮き足立つ中、トゥパク・アマルの全身にも怒濤の豪雨が打ちつける。彼は、雨粒が己の顔面に叩きつけるのも構わず、真っ直ぐに空を見上げたまま、まるで天空の神々に礼を払うかのように、その目をすっと細め、微笑んだ。一方、雨季を彩る激しい雨は、ひとたび降り出すと留まるところを知らず、スペイン軍の火器の威力をたちまち萎えさせる。戦場では、もはやインカ軍に勝機なしと察したディエゴが、彼もまた、トゥパク・アマルの意志をその心に伝え聞いたがごとく、今や兵たちの命の保護に完全に意識を向けていた。彼は、他の側近たちと連携しながら、兵の退却に意を注ぐ。激しい豪雨が、彼らのその行動を助けた。ディエゴは雨水を馬で蹴散らしながら、退却を指示して、厳(いかめ)しい形相で戦場を駆けながら、空を降り仰ぐ。その瞬間、蒼い電光が天空を切り裂いて走り、耳を劈(つんざ)く雷鳴と共に、スペイン軍の陣営を目掛けて黄金色の稲妻が落下した。今、巨大な光の柱が、天高く立ち昇る。(トゥパク・アマル様…――!!あなた様は、まさしくインカの守護神に等しきお方!!)落雷によってスペイン軍が混乱に陥っている隙に、ディエゴの指揮のもと、雨に打たれて頭を冷やしたインカ兵たちは、その態勢を素早く整えると、やむなく本陣を捨てて豪雨に霞む山間部へと退却していった。時に、1781年4月6日のことであった。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.24
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「コイユールと、申したね」コイユールは、呆然と眼前の若者に頷いた。「わたしは、ロレンソ。アンドレスとは、クスコの神学校時代から朋友の間柄。あの者がいない今、わたしが代わりに、そなたをお守りせねばと思っていたが…――アンドレスは、今もそなたの傍で、そなたを守り続けているようだね」ロレンソはそう言って微笑み、今も、しっかりとコイユールの手の中にある短剣に視線を走らせた。「それは王家の者のみが持つ短剣。遠征中のアンドレスが、傍でそなたを守れぬ彼自身の代わりに、そなたの護身をその短剣に託したのであろう」コイユールは、ハッとして短剣を改めて見下ろした。(あ…!!この短剣は、そうだわ…あの別れの時、アンドレスが渡してくれた…――!)彼女の脳裏に、かつてアンドレスと交わした言葉が鮮明に甦る。『コイユール…君が、この短剣を使わねばならぬような状況にならぬことを、俺は、心から祈っている。だけど、この戦乱の中では何が起こるかわからない。俺が傍にいれば、君に何か起こりそうになれば、迷いなく、俺はその敵を討つだろう。だが、俺は、傍にはいられない。その短剣は、俺の分身だ。だから、そういう事態になったら、俺が躊躇なく敵を討つと言った言葉通り、迷わず、敵の胸を突け。いいね。一秒でも間を置けば全てを失う。だから、一瞬も躊躇(ためら)ってはいけない。コイユール、君が殺(や)るのではない。俺が殺るのだ!コイユール』(アンドレス…――!!)込み上げる涙を拭くことも忘れて短剣を抱き締めるコイユールに、ロレンソは、もう一度、微笑み返した。「囚われたとはいえ、トゥパク・アマル様は、まだ生きておられるはず。トゥパク・アマル様には、そなたのアンドレスもいるし、インカ軍も全滅させられたわけではない。決して、希望を捨ててはいけない!わかったね?」短剣を胸に抱いたまま、激しく瞳を揺らし、それでも、懸命に頷こうとしているコイユールを暫し目を細めて見守った後、ロレンソは再び戦場へと姿を消した。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.23
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コイユールが恐る恐る薄く目を開くと、非常に鋭い目をした一人の逞しいインカ族の若者が、鋭利な剣を振り翳し、彼女を取り囲んでいた複数のスペイン兵たちを破竹の勢いで斬り倒していくさまが見える。彼女には知る由もなかったが、それは、かのアンドレスの朋友、ロレンソであった。その場には負傷兵と女ばかりと侮(あなど)っていたスペイン兵たちは、突如、押し寄せてきたロレンソ率いる精鋭のインカ軍の反撃に即座には対応できず、治療場界隈から、瞬く間に撃退されていく。一方、おびただしい返り血を浴びたまま呆然と立ち竦むコイユールは、爪先から頭の天辺まで土埃や草まみれになっており、その姿から、ロレンソは彼女に起こったことを瞬時に悟った。彼は、まだ震えているコイユールを抱きかかえるようにして、素早く安全な場所に引っ張っていくと、真に案ずる眼差しで問う。「ご無事か?」「はい。お助けくださり、ありがとうございます……」コイユールは、まだ混乱した目の色のままに、それでも、兎も角も礼を述べた。深く安堵の表情のロレンソに、「他にも、たくさんの女性たちが、捕虜として連れて行かれて…!」と、コイユールが懸命に説明しようとする。ロレンソは、俊敏に頷いた。「ご案じあるな。既に兵たちが救出に向かっている。それより、そなたは、館の中に戻っていなさい。女性たちは、皆、そちらに避難している。戦況は微妙になっている。いざとなれば、すぐに撤退できるよう、準備をしておいた方がよい」そう言いながら、彼は、庇護するようにして、コイユールを指令本部となっているトゥパク・アマルの館の中へと導き入れた。「戦況が、微妙…?!」コイユールはその意味を察して、いっそう青ざめる。「あの……トゥパク・アマル様は?トゥパク・アマル様は、ご無事でしょうか?!」血まみれの顔面を激しく歪めて、喰い下がるように問うてくるコイユールに、ロレンソは、瞬間、ぐっと言葉に詰まる。それから、僅かに首を振った。「今朝、トゥパク・アマル様は敵方に囚われた」「!!!」愕然とした眼で、そのまま地に沈んでいきそうになるコイユールの両腕を、ロレンソが力強く支えた。「しっかりするのです!!」彼は、真摯な声で諭すように言う。「このような時こそ、気を確かに持たれよ。アンドレスに、再び、生きて会うためにも!!」(……――え…!!)不意にその名が出て、既に涙の膨らみかけた瞳を大きく見開くコイユールに、ロレンソは、再び深く頷き返す。 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.22
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自らが為した所業の何も掴めぬままに、コイユールが愕然と固まっている間にも、彼女に胸を突かれたスペイン兵の巨体は、絶叫と共に地を転がるようにのたうっている。朦朧とした意識のまま、しかしそれでも、コイユールは、よろけるように立ち上がった。呆然と見下ろす自分の手には、今、血まみれの短剣が握られている。(え…――あ…――ああ!!)霧がかかったように霞みゆくコイユールの視界の中で、上半身を血で染めながら、彼女には聞き取れぬ異国の言葉で何かを叫び、激しくのたうち、ついには地に沈みゆく敵兵の姿が映る。そのさまを愕然と見やりながら、だが、コイユールは、今、何が起きたのか、そして、己が何をしたのかを、未(いま)だはっきり掴めない。血まみれの短剣を両手で握り締めたまま全身を震わせ、その場に立ち竦む彼女の周囲には、瞬く間に敵兵たちが集まり、コイユールはたちまち取り囲まれていく。兵士でもない一介のインカ族の女が、スペイン兵を殺した…――と、それは、まるで起こってはならぬタブーが起きてしまったがごとくに、仲間を殺されたスペイン兵たちの驚愕と憤怒と憎悪は心頭に達していた。コイユールは、煮て食うか焼いて食うかと言わんばかりの冷血な眼の、無数の蛇に睨みつけられた小さな鼠(ねずみ)のように、まるで縋(すが)るように必死に短剣を胸に抱き締めたまま、完全に身動きできずに凍りついている。取り囲んでいた敵兵の一人が、スペイン語で何か激しく罵りの言葉を発しながら、荒々しく彼女に掴みかかった。瞬間、コイユールは目を閉じて、身を縮める。…――が、次に悲鳴を上げたのは、コイユールではなく、彼女に掴みかかった敵兵の方だった。完全に身を硬くして目を閉じたままの彼女に、その敵兵のものと思われる生温かい血飛沫が、返り血のように激しく降りかかる。「!!」 ◆◇◆お知らせ◆◇◆ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.21
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(ああ…!!私が…私のせいで…――!!!)真っ白に混乱した頭の中で、コイユールは、己の声が半狂乱を呈して、激しい自責と憤怒の叫びを上げるのを聞いていた。彼女は、負傷兵の体から噴出した血糊と己の涙とに濡れ乱れて、その目鼻も分からぬほどになった顔を、スペイン兵めがけて、きっ、と上げた。そのまま何かに憑かれたような激しい目になると、今度こそ、真っ直ぐに銃口を眼前の敵兵に向けた。指が、今、魔法を解かれたように動くのを感じる。まさに引き金を引きかけた瞬間、しかし、コイユールは逆に、そのスペイン兵の豪腕によって背後の地面に押し倒されていた。男は彼女の手から、あっさりと小銃を弾き飛ばすと、「大人しく捕まっていれば、余計な思いをしなくてすんだものを」と、欲望を露(あらわ)にした冷酷な声で言う。それはスペイン語ではあったが、コイユールには、その意味をハッキリと察することができた。鉄の錘(おもり)のような重圧で押さえつけながら、男は片手をコイユールの衣服の中に入れてくる。「!!」彼女は、目の前が真っ暗になるのを感じた。が、次の瞬間、コイユールは、まるで己の腕が、何者かの大きな力に自動的に動かされるかのような、未体験の激しい感覚を覚えた。気付けば、彼女は、その自由な方の手で、己の大腿部に結びつけていた短剣を瞬時に引き抜き、そのまま自分の上に覆い被さるようにしている敵兵の胸に、真っ直ぐそれを突き立てていた。「!!!」「ぐわぁ…ぁぁ…!!!」男が言葉にならぬ絶叫を上げて、血まみれになった胸を掻き毟(むし)りながら、激しくのけぞる。 ◆◇◆◇◆Information◆◇◆◇◆『インカの野生蘭』: トゥパク・アマルやアンドレスが活躍したアンデスの森に、今も人知れず咲いている神秘の花たち…――アンデスやアマゾンを30年以上彷徨する写真家、高野潤氏の最新作。お薦めです!!著者/訳者名高野潤/著出版社名新潮社 (ISBN:4-10-301571-3)発行年月2006年08月サイズ207P 22cm価格 2,940円(税込) ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.20
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コイユールが銃を構えた先には、女性に掴みかかりながら、情け容赦無く瀕死の負傷兵たちを無差別に撃ち殺している一人の大柄なスペイン兵の姿があった。彼女は、引き金に添えた震える指に力を込める。だが、指が凍りついたように、それ以上動かない。そうしている間に、狙っていた先のスペイン兵が、己の方に銃口を向けているコイユールの姿に気付き、逆に、その男の方が彼の銃口をピタリとコイユールに定めた。そして、いきり立った鬼のような形相でこちらに突進してくるではないか。コイユールの足元で、負傷兵が、殆ど悲鳴のような悲痛な叫びを上げた。「な…何をしてる…!!はやく…はやく撃ってくれ!!!」その間にも、相手は、周囲の負傷兵を踏みつけながら、たちまち距離を詰めてくる。(ああ…――!!)コイユールの意識は必死で引き金を引こうとしているのに、彼女の、その意識を支配する深層意識は、この瞬間に至っても、なお、指を動かしてはくれなかった。その大柄なスペイン兵は、殆ど1メートルも隔てぬ直近まで迫りくると、仁王立ちになって銃を構えなおし、魔人のように目を吊り上げて、ピタリと彼女の胸に銃口の狙いを定めた。コイユールは凍(い)てついたように動けず、ただ己の歯がガチガチと音を立てて鳴り続けるのを聞いていた。その足も手も、まるで何かに取り憑かれたように激しく震えている。そんなコイユールに冷ややかな視線を投げると、敵兵は、スッと銃口を彼女の方からはずし、先程、小銃を渡してくれたあの負傷兵の方にそれを向けた。コイユールは、はじめて我に返ったように、「やめて!!」と、負傷兵の前に覆いかぶさる。しかし、次の瞬間には、割れるような銃声と共に、負傷兵の体から、これほどの血が人間の中にあるのかと思わせるほどの大量の血が噴き出した。「!!!」 ◆◇◆◇◆Information◆◇◆◇◆『インカの野生蘭』: トゥパク・アマルやアンドレスが活躍したアンデスの森に、今も人知れず咲いている神秘の花たち…――アンデスやアマゾンを30年以上彷徨する写真家、高野潤氏の最新作。お薦めです!!著者/訳者名高野潤/著出版社名新潮社 (ISBN:4-10-301571-3)発行年月2006年08月サイズ207P 22cm価格 2,940円(税込) ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.02.19
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