クックの部屋

クックの部屋

日本料理店の側面




大学の春休みは結構長いので、その間は実家に帰り、免許を取りに行ったりした。

休みが終わり帰ったら、その店は綺麗に改装されて全くイメージが違う店になっていた。
店長も変り、もう一度私を面接すると言われて行ってみたら驚きの連続だった。
当時の料理長だけ残ったが、新しい料理長が来たので格下げになったようだが、その新料理長に付いてきた2人に、前料理長はイジメられていた。
これは私にとってショックだった。
今まで料理長と呼んできたのに・・・

炉辺コーナーはなくなり、私は皿洗いに回されてしまった。
先輩が焼鳥や魚などを焼いたりする、通称「焼き場」担当になった。
改装オープンしたと言う事もあり、中途採用の調理師が3人入り、料理もやり方もほとんど変わってしまった。
前料理長はイジメられてるし、中途3人も慣れてないので戦場みたいだった。
私も蹴られたことがある。罵倒されるのは何度も経験した。

新料理長はかなりのベテランで今まで育てた調理師は数多くみんなに「おやっさん」(親父さん)と言われていて、よく他の店から挨拶に来ていた。
温厚で親分肌、あまり仕事がしたくないみたいで8時過ぎたらビールを飲みだす。
定年まであとわずかだったような気がする。

今までの和気あいあいとした雰囲気からがらっとかわった。
和食の世界での料理長の権限は絶大なものがあり、料理長が変れば納品業者、調理の進め方、メニューまでが変ってしまう。

イヤーな気分で皿を洗っていたら、表で同僚が楽しそうに女の子と話していた。
4人で入ったがこの時は私とこの同僚しか残っていなかった。
この時はさすがに参った。新規オープンとともにアルバイト女性が5人入ってきていたのだ。
こいつに愚痴ったこともあるがどうしようもない。
先輩は就職活動に入るという理由ですぐに辞めた。本当は雰囲気がイヤだったのだろうと思う。

辞めたので私が焼き場担当になったが、今までと全然やり方が違う。
怒られながら教えてもらいなんとかやったが、イヤで仕方なく辞めようと思った。
しかしこの時期実は時給が一気に200円も上がったのだ。
ホール係のアルバイト女性は着物を着るため、高額で募集したらしく、それに合わせたらしい。
だが私の時給より女性の方が高かった。

焼き場の横が揚げ物をする所で、ここは料理長が担当していた。
今まで炉辺厨房はフライヤーで揚げていたために失敗する事はほとんどなかったが、今度は火の調節をしないといけない。

板場は前料理長か2番手の人、もう一人いた人は自分の店に帰ったが、この人も後に料理長になった。
中途3人組みは前菜や盛り付け係、あとは洗い場のおばちゃんだ。
洗い場は、ご飯を炊いたり、盛ったり、幕の内のご飯の型押しもする。

料理長はあまり仕事したくないみたいで、私が行くと喜んだ。
どんどん私に教えて、慣れさせて自分は休憩する。
最後にはてんぷらまで教えてくれた。
から揚げよりてんぷらの方が温度調節が難しく、温度が低いとベトベトになり、高すぎると茶色になってしまう。
やってみると結構自分でできた。慣れは必要だが。
煮物も教えてくれた。これは結構難しい。
そのうち料理長は私が来たら、忙しい時を除き、全部私にまかせるようになった。
8時すぎるとビールを飲んで、いつの間にか消えてしまう。
そうするとてんぷらや揚げ物なども私がすることになる。
だんだん楽しくなってきた。

休日や長期休暇は朝から入ってくれと言われて行っていた。
朝は魚や料理の仕込みなどがあり、昼の休憩に近くの喫茶店でコーヒーを飲むのが楽しみだった。
ただ、魚をさばいたりするのは一切やっていない。だからこれはみようみまねであり、本格的ではない。

2番手の人は本来、等級から行けば前料理長より下の人だ。
性格が悪く、ガンガン言うタイプで料理長と一緒に移ってきたので偉そうにしてただけの話だ。
最終的にはこの人に可愛がってもらったが、調理師という仕事にコンプレックスがあるようでたまにものすごく怒り出すことがあった。
前料理長は神経質で気が弱く、中卒でこの世界に入ったらしい。一時仕事に来ずに辞めようとしたことがあるが、だんだん慣れてきたようだった。



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