「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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耳をすまして
Peru(2)
Peru(2)
May 10, 2001
9:00a.m.
なんと昨日のボッタクリ運転手Adrianがやってきた。
しつこい、、、と内心思いながら、一応話を聞く。
今夜もこのHostelへ泊まることになる。
ところが、昨夜泊まった快適な部屋はもう予約が入っているから 今日は泊まれないという。
代わりに、$6の部屋があるよと案内された部屋は、、、
奥の奥にあるかび臭い窓のない部屋。
何じゃこりゃ!と思いつつ、部屋探しに時間をとられたくないしなと
思った私は、この信じられないくらいかび臭い部屋に
怖いもの見たさで泊まってみることにする。
アルマス広場、カテドラルを見る。
美しい。
今日はこの広場でぼーっとしていたいな、と思っていたら
1分も経たないうちに「amiga!Hola!」と声をかけてくる。
たまには日本語で「おねっさん。こにちわ。」ってね。
挨拶がてらいろんなものを売りつけてくるもんだから、 ゆっくりなんてできない。。。
次の目的地マチュピチュへの行き方を検討。
いくつか旅行代理店を回ってみる。
でも大きくてしっかりしてそうなところは値切りが全くきかない。
一か八か、Adrianに電話して聞いてみる。
マチュピチュ1泊旅に、プラス半日遺跡観光や日曜のピサック観光 などいろいろオプションをつけて全部で$110に決定。
これならまあ、OKかな。
それからまた今日もKinTaroでお昼。
マスのから揚げ定食(s/10)を食べる。うまい!!
高山病依頼、身体がまったく肉を受け付けない。
かろうじて魚がたべれる感じです。
午後は周遊パス(学割$5)を手に入れてゆっくり市内観光。
はじめに日本へはがきを出す。
郵便局に警備員がたくさんいてなんとも厳戒態勢。
すると日本語を勉強しているんだ!という熱心な警備員さんが 親切に熱心に教えてくれる。
もちょっと警備にも熱心になってね。
それからサント・ドミンゴ協会へ。
アルマス広場まで続くロレト通りを通る。
インカの正確な石造り。
壮大な教会。
人々。
カテドラル内部へ。
私にはうまく形容できない、壮大で厳粛なオーラ漂う 教会内部。
いまだ復興中の中心部。
クイ(モルモット)を囲んでの「最後の晩餐」の画。
なにより強く印象に残ったのは、 「地震の神」と呼ばれる褐色色の肌のイエスキリスト像。
広場の周りで、ウィンドウショッピングのはずが、ネックレストップを買う。
インカの神様パチャママと太陽。
夜、再度Kin Taroへ。
やっぱり胃が他の食べ物をうけつけようとしない。
May 11, 2001
昨夜はひどい夜だった。。。
カビくささも時間がたてば慣れるかと思いきや、時間が経つにつれて においが強くなり、息もできたもんじゃない。
じめじめしてるし、シャワーついてたけどお湯でなくて寒いし。
きっとベットに直接ねればダニに刺されるだろうと思い、
ベットにビニールシートを敷いて、ビニールシートにサンドイッチされて 眠ったものだから、寝心地も悪かった。
今夜はこの$6のカビ部屋すら空いていないらしいから、 他のホテルを探すべく清算。
すると、$6ではなく$7だといわれ、昨日と話が違う!と怒る。
「わかったわかったじゃあ$6で。」といって差し出されたレシートには 「$7×3.5」なんて書かれてるし。
まったく、油断できないわ。笑顔にだまされたらいけんね。
Hostelを出ようとしたら、今度は別のAgencyのおじちゃんが 部屋紹介するよ!と声をかけてくる。
「$4以上は払わない」というと、$4のところに連れて行くという。
行ってみると、なかなかよし。
$4でcon bano(トイレ付き)で24h 熱いお湯がでるなんてなかなかないだろう!と 決断。
でも手続きすると、最初見せられた部屋とは違う部屋に通された。
文句いって変えてもらうと、窓付きの快適な部屋に通されました。
妥協はだめです!言ってみるもんだ。
24h熱いお湯が出るといわれたシャワー。
お湯を出すためには、スイッチを入れる必要がある。
横に「感電注意」とかかれてあった。コードとかもろに露出してますよ。
これって危険ですよね?
午前中、サンタ・カタリナ博物館へ。
午後は、city tourに参加。サント・ドミンゴ教会2回目。
ガイドつきでいろいろと勉強になった。
1650年と1950年に2回大きな地震があたらしい。
1950年の地震後の教会の復興は今も続いている。
それから4つの遺跡を見に行く。
ツアーにはアメリカ人が多かった。
久々にアメリカ英語を聞き、なぜかほっとする。
クスコの夜景はとてもきれい。180度見渡す限り。
May 12, 2001
眠れなかった。
いや、寝ていたのかな。ゆめばっかりみていた。
今日は一日お土産探しと教会見学。
カテドラルはおちつく。
道を歩くたびに子供達がポストカードを売りにくる。
最初はかわいかったんだけど、「No gracias」というと「なんで~?くそ!」みたいなことを言い出す。
うるうるした瞳で「para comer」(食べていくためなんだ)と訴えてくるこもいる。
なんだか悪いことしてる気分になる。
夜、ホテルでメッセージを残して連絡を取っていた
Jolanda達3人に再会することに成功☆
カテドラルの前で久しぶりに顔をみれて、めちゃめちゃうれしかった。
なんだか何年来の友人に再会した気分。
彼女達の泊まっているホステルへ行ってみる。
シングル一人$10でめちゃめちゃきれい&清潔なホステル。
これが$6の差か・・・
この部屋でこの値段を考えると、クスコ最初のホテル、
ツインで$15の部屋はやっぱりぼったくりだわ。
夕食、地元の人がたべにいく小さなレストランで。
久しぶりに生のサラダを食べた。
そういえば、まだ食あたりにはあっていない。
May 13, 2001
今日は楽しみだったピサックへ。
日曜の朝だからミサのために集まった人でカテドラル周辺は大混雑。
ペルーは95%以上がカトリックらしい。
ピサックへの移動。
タクシーで4人でs/10でOKということで交渉成立。
山々からそれぞれの農作物をもってきて売りあう市場。
そこまでの道のりは非常にでこぼこ道。
普通はタクシーで50分くらいかかるはずなのに、このおっちゃんはとばすとばす。
雨の中でこぼこ道を70km/hで飛ばすから30分ほどで到着。
おかげで、到着したのはまだ観光客が来ていない9:30。
ピサックは本当になんでも売っていた。
もともとは地元のひとの市場だけど、今は観光客相手の商品を置いているのも事実。
半分以上が土産屋だった。
市場を見た後は遺跡を見に行く。
Jolandaは自然のパワーを人一倍感じることができるらしく、 遺跡の石やトンネルで感動していた。
私にはそういったパワーをクリアに感じることはできないけれど、
遺跡を見て歩いたあと、なんだか新鮮な気持ちになれた。
ところで、日本人の旅行ガイド本の定番「地球の歩き方」の
欧米バージョン「Lonely Planet」はかなりお勧め。
もちろん英語Onlyだけれど、各遺跡についての詳細な説明や
まつわる物語が書かれていたりして、個人的には地球の歩き方より好きです。
panadasというパンを食べる。うまい!
中に玉ねぎやピーマン、チーズなどの入ったパン。
大きなかまどで焼いた焼きたてを食べる。(s/1)
baked bananaも一緒に。実家のストーブの上で焼く焼きいものような味がした。
ピサックは午前中はツアー客相手に物価が安い。
午後4時頃からは安くなり、値切りもしやすい。
May 14, 2001
ついについに、この旅の目的地の一つでもあるマチュピチュへいく日。
すでにマチュピチュを見てきたJolanda達によると、
マチュピチュを見た後は何もかもが小さく見えてしまうとのこと。
マチュピチュを日程の最後の方へ持ってきて正解だったみたい。
6:45に例のAdrianが迎えにくることになっていたけれど、いつも遅れてくるので心配で6a.m.頃電話して見る。
やっぱり、寝てた。。。たたき起こす。(笑)
7:30発の電車で出発。
backpacker's classというtourist用の中では一番安いクラス。
チケットを見てびっくり。 片道たったの$15じゃない!
いろいろオプションつけたけれど、$100以上払ったのに~~(><)
やっぱりぼったくりだったのね。Adrian...
マチュピチュ行きの電車にはさすがに日本人も何人かいた。
昨日の疲れからか、窓からの景色を楽しむまもなく爆睡。
途中、となりに乗ってきたフランス人のおっちゃん(おじいちゃん?)と一緒に旅をすることになる。
Danielという彼は英語はほとんど判らない。
スペイン語もわからない。
もうかなり高齢にみえる彼は、「人生最後の旅だ」という。
2年間も勉強したはずのフランス語は見事に私の脳からは消え去っており、
フランス語と英語の辞書をお互いにひきつつ会話。
到着してすぐにガイドの人とマチュピチュへ向かう。
往復$9のバスでくねくねと、いざ空中都市マチュピチュへ。
バスからはすでに絶景。
なんか中国の絵画にでてきそう。
高い山々に囲まれるなか、雲がかかってきて、厳粛な雰囲気。
入場料は$20。(学生は半額)さすがマチュピチュ高い。
水もカメラも何もかも高い。
マチュピチュは史上最古の組織化された社会遺跡だといっていた。
中にも種種の仮説がある。
このなかに推定1万人の人が住んでいたのか。
向こうにそびえるのがワイナピチュ山。
そういえば、マチュピチュの入場料が高いのは、草むしりなどの整備料のためだと聞いた。
アメリカ人学者が発見したときはジャングルのように植物に覆われていたらしい。
それにしても観光客が多い。
3:30p.m.バスでマチュピチュの下の小さな町、アグア・カリエンテスへ降りる。マチュピチュに泊まるひとは大体ここの宿を使う。
バスの中ではあの有名なgood bye boyがやってきた。
なんか淡々として笑顔のない男の子だった。
自称芸能人という日本人(スズキタツミとかいう)のおじさんにつかまり、 温泉まで一緒にいくはめになる。
もちろん温泉といっても水着着用のところで、地元の家族もたくさんいた。
Adrianの予約したホテル、、、
期待はしていなかったけれど、もちろんお湯は出なかった。
だけでなく、電気もつかないってどういうことよ!
やっぱりかび臭いし。
来る時出逢ったDanielが夕食に招待してくれる。
豪華Trucha料理とピスコサワーにペルービールcusquena。
(YES!このころには多少の標高ではアルコールも問題なしになっていました☆)
ごちそうさまでした。
May 15, 2001
7:30発のバスで2回目のマチュピチュへ。
ツアー客の少ない人のあまりいない本来のマチュピチュがどうしても見たかった。
それにしても学割が使えなかったら2回もこれなかっただろう。学生万歳☆
人影のすくない朝のマチュピチュは昨日とは全く違う表情を見せてくれる。
マチュピチュに隣接してそびえる山"ワイナピチュ"へ登る。
登山経験のない私が傾斜が急と有名なこの山へのぼることに少し不安はあったけれど、
ワイナピチュの頂上からマチュピチュを見下ろしたい!という願望に押されていざ登山開始!
入り口に登る前にサインするところがある。
帰ってこない人をチェックするらしい。
遠くから見ると緑一色だったワイナピチュだが、登ってみると道には色とり
どりの花がたくさん咲いていてきれい。
冬になろうとしている今の時期でこの花達だから、もっと暖かい季節にはきっときれいだろう。
一人で登ってはみたけれど、同じペースの人たちと話しながら楽しく登ることができた。
頂上は…
最高だった。
360度、みたことのない絶景が広がっていた。
眼下にはマチュピチュを見下ろせる。
ワイナピチュの頂上で。
一緒に登った人たちにcusquena(ペルーのビール)をいただき、 乾杯。
ワイナピチュの頂上で飲むビールは最高にうまいです。
うそみたいに贅沢な瞬間。
下りはなかなか大変。
とても急な階段。これは普通には降りれないだろ!
まったくとんでも無いものを作る。絶対ここから落ちた人いるはず。。。
お昼を再びDanielと一緒に。彼の今回のペルー旅は2週間で$3200らしい。
高齢であることを考えると、高いのか妥当なのか。
昼食後、暇になって道端でぼんやりしていると地元の人が話しかけてくる。
今の時期は観光客が少なくて暇らしい。
たしかに、こんな小さな町(アグアカリエンテス)で観光客が少ないとなると、退屈な毎日だろうな。
目の前をcusquenaが入ったケースを運んでいく人たちが通る。
複雑な心境になる。
私はちょっとお金をはらって、ビール飲んでるというのに。
確かにJolandaが言っていたとおりかもしれない。
アメリカ人はペルー人を怠けものだという。
けれど、実際彼らはよく働いている。
しかしその収入の少ないことといったら。
さらに悪いことに、今のペルーの政治の悪さ。
政府が給料を支払えないという状況がおきている。
クスコでもリマでもたくさんのデモを目にした。
May 16, 2001
Limaへ戻る日。旅の終わりが近づいてくる。
昨夜Adrianがキャンセルした分のお金を持ってきた。
$12返ってくるはずなのに、s/35($10)に値切られた。
なんだか、お金のことよりも彼の言っていることがいつもうそであること、
信じてはいけないということが悲しい。
こういう国を旅する上では常識なのだろうけれど。
Adrianが「amiga!」とか「dear friend」とか言ってくるのを聞いているとなんだか悲しくなってきた。
空港へ向かうタクシー。15分ほどでs/3。($0.8)
運転手の人はやっぱりMasterを持っているひとで、仕事が無いため
仕方なくタクシードライバーをやてちるという。
このほかに、tourist policemanであり、技術者とのこと。
仕事を求めてアメリカへ行く人もいる(違法含めて)。
でもこのドライバーたちは客を得るためにいつも車を流しているからガス代だってばかにならない。
収入はほんのわずかだろう。
みんなその日を生きるのに必死だ。
車の運転に思いやりが全くないのもそのせいかもしれない。
1人でも多くの客を乗せることに必死だ。
フロントガラスの無いタクシーも走る。
シートベルトのあるタクシーなんてほとんどない。
Jolanda達と最後の食事。
セントロ近くの"cabo blanco"でセビッチェを食べる。
ものすごいボリューム&安さ(s/15($4))&おいしい!
大満足。
ペルー旅でいつも飲んでいたパイナップルジュースも3人でs/3.5($1)。
なんだか申し訳なくなるくらい。
3人に笑顔でお別れ。
また会える日がくると信じている。
Limaへ戻ってきて、やっと知り合いのGabrielとLiaに再開。
彼らのバンドのコンサートが近いらしく、リハーサルを見に行く。
私は音楽のことはわからないが、とてもよかった。
Gabrielはこのバンドの指揮者。LimaのJazz assosiationの一つらしく、
はじめは小さかったバンドが今はかなり有名に。
バンドメンバーの多くがアメリカに音楽を学びにいきたがっている。
私がLiaと知り合ったのも、留学先のフロリダ州立大学に彼女が留学手続きに きていた時だ。
地元のレストランへ食事に連れて行ってもらう。
ペルー料理アンティクーチョ(牛の心臓の串さし)を食べる。
味はノーコメント。
バンドメンバーの多くは中流階級かそれ以下。
乗っている車はやっぱり窓がなかったり、サイドミラー盗まれてそのままだったり。
ペルーにきて最初にお邪魔した裕福な家にすむ人達もいる。(May 1参照)
彼らの車を洗って生活するひともいる。
靴をみがいて食べていく人もいる。
物乞いして生きていく子供達もいる。
同情をかうために赤ん坊を借りてきて物乞いする人もいる。
貧富の差の大きさを痛感する。
May 17, 2001
アメリカへ帰る。
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