松毬の丘で。

一番目の時



出血性貧血の治療もしなくちゃいけない。
ようやく、無事男子出産!

と、ハイテンションになっており、健診に来ていた外来にも遊びに行ったりしつつ、元気に過ごしていた。

義母は、里帰りに難色を示していたけれど、実家ではとうに帰るものと思いこんでおり、どうしようと悩んで居たところ、義母の姉妹(3人います。)が見舞いに来てくれた折りに、
「実家帰った方が絶対いいわよ~楽できるから!!」
と力説してくれたので、帰ることになった。

で、出産までは家にいたので、荷物とか取りに、退院直後は家に帰り、実家(車で20分ほどで、すぐ着く。)に入る。
旦那は、お風呂の介助(息子を支える役。洗うのは私。)を終えて、帰って行った。次会えるのはいつかなあ?入院1週間目でキスした以外、接触してないから、淋しい。

 ………

しかし、病院に居た時には、あれほどあった食欲が、翌日の朝から、ぱったりと、無くなってしまったのである。

何食べても、美味しくないのである。

これには、自分自身、びっくりした。
風邪ひいても、食欲無くなるなんてことは、まずないのに!
親知らず抜いて、口の中血だらけでも食べてたのに!!

それまで、朝は牛乳にパンだけとか、かなり軽めのメニュだけであったのが、朝はしっかり卵から納豆からのフルコース。
そして、「世話をする。」とは言っても、母はまだパートに出ており、父親の居る時は、コンビニのお総菜や、弁当になるのだが、この、コンビニ弁当が駄目でした。
嫁に行った先は、兼業とはいえ、田んぼがあり、米なんか買ったことのない農家です。自家精米で、バケツに数日分ずつ精米して、毎食前に、炊いて頂きます。食事は基本的に自分家で料理したもの。それが、実家は朝一回炊いたきりで、その後は保温のご飯。そして、コンビニやファストフードもよく利用してる。(毎食じゃないけど。)
同じ電気炊飯器で炊いたご飯とはいえ、なんか、味気ない。
食べると、吐き気がするので、ちょっと食べて、お終い。
勿論、心配してくれるけど、食習慣の違いで、負担は掛けられないと思うので、黙ってる。でも、母乳は飲ませる。
ということを繰り返していたら、体重がみるみる減っていきました。

母乳だけでは足りないので、ミルクも足す。
でも、ミルクをあげると、ほ乳瓶が汚れる。洗って、消毒しなくちゃいけない。これが、もの凄い、心の負担になってました。

頭がグルグルして、どうしようもないと、細かい所が、色々、気になり出す。
鼻掃除が出来ない、耳あかが取れない。
病院に連れて行って貰って、取って貰った。
そうすると、「こんなことも自分で出来ないのか」と、また落ち込む。
産科の婦長さんの顔を見たら、泣けてきた。
心配になったらしく、色々話を聞いて貰う。
自分からは、なかなか、心を開けない自分を発見する。

「母親ってね、孤独なのよ。孤独だからこそ、今を乗り切らなきゃ。一人だけで、頑張ってちゃ駄目よ。」

涙が溢れてしょうがなかった。
30代も半ばにさしかかり、何でもこなせて、当たり前だと、自分で自分にプレッシャーをかけている自分に気が付いた。
お母さんとしては、一年生なのだ。
できなくて、当たり前なんだ。
先輩に、いっぱい、いっぱい教えてもらえばいい。
そのために、沢山の人が、係わってくれている。

その事を、忘れないようにしなくては。

子供の首が座る頃には、精神状態もどんどん、安定していった。
というか、仕事復帰もしたから、無理に安定させたというか。

でも、2番目も、やっぱり、ブルーは来たのでした。

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