2008年5月26日(月)~体の異変が始まり3日目~
昨日までは黒っぽかった血が鮮血になり量が少し増えた気がする。念のためおなかのベビたんの検診予定日より2日早く病院へ。
先生「原因はコレかな。。。。心臓が動いてるのが・・・・・確認できない。」私「・・・・・・」
青天の霹靂とはこのこと。前の検診で心臓が動いてるのが確認できなかったのはたまたまタイミングや角度が悪かっただけだと思っていたのに・・・先生の遠回しな言い方を理解するまで時間がかかった。
私「・・・それって、赤ちゃんが死んでるってコトですか?」
先生「・・・うん。。。でも見間違えかもしれない。あさっての午後また確認しましょう。
もしダメだったら長くおなかに入れておくのもちょっと・・・なので。。。
止血剤を注射しておきますか?」
私「それを打ったら赤ちゃんが助かるんですか?」
先生「いいえ。それは関係ないです」
私「じゃぁ、それほどの出血量じゃないので結構です」
先生「あとこれから大出血が起きるかもしれませんから。」
私「注射でそれは防げるんですか?」
先生「いいえ、それは防げません」
私「ならやっぱりいいです」
先生の極めて言いにくそうな、遠回しな言い方でようやく「望みを残すような言い方してたけどもうダメなんだ」と理解できた。
私がうわの空だったのか、先生に次回の診察日を何度も確認されました。心臓が動いていない胎児のエコー写真を渡されて、なんだかとてもむなしかった。
でもあとになってこれをもらえて本当によかったと思えるように。
考えてもいなかった事態に涙も出ず。
ロビーはおなかの大きい幸せそうな妊婦さんばかり。
だいぽーと二人で車に戻ってから涙が止まらなくなった。だいぽーがすかさず頭をなでていい子いい子して慰めてくれました。
家に帰って数時間後の午後4時ごろ、生理用ナプキンでは受け止められないほどの出血。
トイレに駆け込み便座に座るとジャーッと血が流れていった。。。。。
私の大切な赤ちゃんはこの時に流れて行ってしまったようです。
その時はまだこの出血の意味をよく理解してなかったのでトイレを流せたけれど、この血とともに胎児が流れて行ってしまったことをもし知っていたら便器にすがりついて流せなかったかもしれない。
「あさっての検診では生きているかも」となんとか現実逃避しようとする私。
でも現実は分かっていて
泣いて、泣いて、泣いて・・・
「涙が枯れるまで泣く」というけれど、涙は枯れることなんてなかった。どんなに泣いても涙は止まりませんでした。
家事も何もやる気が起きず。きっちりなんでもやるA型人間の私にはめったにないことだ。
まだパソコンで流産について調べる気力も起きない。ツラすぎる。
パパにメールすると、職場の方たちの配慮で早退させてもらえてだいぽーの世話をしてくれました。
私は一人で部屋にこもりひたすら泣き続けました。
なんで私が?
なんてかわいそうな赤ちゃん
こんなことなら断乳せずもっとだいぽーにおっぱいをあげていられたのに・・・
新しいマタニティなんか買って一人で浮かれてバカみたい・・・
色んな思いが頭をグルグル巡り、突然大声をあげて泣いたりかなり精神不安定になりました。
そして赤ちゃんにひたすら謝り続けました。
ひどい生理痛のような、陣痛のような、かなりキツイ腹痛が続いてツライ。。。
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