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悠河が目覚めたときは、じいじはもう会社に出かけていた。階段の下にたって、「じいじ!」と指さす悠河。「ジイジは会社にいったよ。夕方帰ってくるからね。」というと、あきらめて食卓に戻っていった。ここは、ジイジとバアバの家だとわかっているせいか、パパとかママとか言ってめそめそすることもなく今日も一日過ぎた。約束どおり、彩華の家にあそびにいった。悠河は、彩華と遊ぶのがうれしくて、はしゃいでいたが、彩華は自分のものを触ってほしくなくて固まっていた。悠河は泣きはしなかったが要求が満たされないで爆発寸前だった。そのお互いの葛藤がおもしろかった。ま、いろんなことがあるよね。この次はうまく遊べるよ、きっと。私が、「お手洗いをお借りします。」といって立つと、サッと案内してくれる彩華。電気のスイッチを入れてくれて、「アンパンマンはあそこにあるよ。」と親切に教えてくれた彩華。ここで言うアンパンマンとは、幼児用のオマルのこと。もう、可笑しくて、楽しくて・・・・・。私のことは一生懸命もてなしてくれる彩華だった。帰るときは二人ともニコニコご機嫌でバイバイした。「たのしかったね」と声かけたら、「うん。」と笑顔で答えてくれた悠河。ホッとする。彩華ちゃん、お邪魔してごめんね。こんどはおばあちゃんのうちで遊ぼうね。月曜日はパパが休みだから迎えにきてくれると言ったが、悠河が調子よく過しているからもう一泊させてみることにした。夜、私が髪をまとめてキャップをかぶったら、びっくりしたのか、私から離れていって、自分ひとりでパジャマに着替えようとした。ズボンをはこうとするのだが、立ったまま片足上げてがんばっている。驚いたことにうまく足は上げられる。ただ、引っ張るズボンに隙間を作れず、なかなかうまくいかない。ケラケラ笑う私についつられて笑い出し、手助けを求めに近寄ってきた悠河だった。絵本「はけたよはけたよ」(かんざわとしこ文 にしまきかやこ絵 偕成社)を思い出して楽しかった。
2004年05月31日
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今日は悠河のところに行って、帰りには悠河だけを連れて帰ってきた。ママの出産のときパニックにならぬよう、いまから心がけておこうと、はじめから打ち合わせておいたこと。悠河がその気になればのことだったが。悠河は、元気で、何の苦労もなく嬉々としてわが家についてきたし、9時半過ぎには(実際に眠ったのは10時頃かな?)ねて、いまも、ぐっすり寝入っています。 来る途中彩華のところによって、ポーチのあたりでひと遊びして、明日また遊びにくるからと二人に約束して納得させて帰ってきた。 帰ってすぐおじいちゃんとお風呂に入り、夕食もご飯のお代わりを要求するほどリラックスして、そのあと絵本を読めと持ってきたり(ちょこんと膝の上に乗ってきて、それはそれはいい雰囲気なのに、途中ですぐ気が散って、違う本に目うつりしてしまう!)、おなじみのおもちゃを部屋いっぱい広げて一人でおとなしく遊びに没頭してくれて、何の心配もなく過せた。 寝せるにあたって、私がどうしても汗を流したいとお風呂に入ると、また入りたがって、悠河は2度も入浴していい気分でぐっすり眠た。かわいいもんだ。女の子と違って男の子は太っ腹のようだ。 夜、愛美から電話があった。悠河のことを聞いて、「まなちゃんは3歳でやっとお泊り出来たのに、悠河くんはすごいね。」とほめてくれた愛美。「あのね、いまなんで電話したか分かる?あのね、パパね、いまテレビで新撰組を見てるの。まなちゃん、あれこわくていやなんだ。しかも、大きな音出してるんだもん。だからね、気を紛らわせようと思って。ねえ、おばあちゃん、何か本読んで。まだ、まなちゃんが一度も読んだことない本・・・・・・。」という訳で、手元にあった「なこちゃんとカータロウ」(安江リエ作/織茂恭子絵/福音館 こどものとも6月号)を読んだ。積み木で遊んでいた悠河が身をすり寄せて聞きにきた。ーはっぱが さわさわと ゆれている だれも いない こうえん「だれにいないの? ふ~ん」と反応して、電話の向こうでイメージを膨らましている。ー「今日は なんだか つまんない 日」なこちゃんがつぶやいた。そんな風に始まっているが、やってきたカラスのカータロウとおすべりをしたり、鉄棒やブラんこをして楽しく過したなこちゃんが、「きょうはいいひだね」と、笑った口の中に入ってきたかぜに向かって言うところで終わっている。さわやかな作品だ。愛美は気に入ってくれたが、なんと悠河も最後まで丁寧に聞いてくれて、終わってからもページをめくってなにやらつぶやいている。「カータ」などと。そのあと、愛美はこんなことを言った。「ねえ、おばあちゃん、まなちゃんね『あさえとちいさいいもうと』(入学祝でもらった図書券で本人が選んで買った本)のさいごのほうで発見したことがあるんだけど、おばあちゃん知ってた?」と、あさえが公園でやっと妹を見つけたとき、その様子をそっと見つめるお母さんの姿を発見したというのだ。愛美の声は弾んでいた。「買ってもらった本だもん。何度も何度も読んでで見つけたの。」とも。うれしい出来事だった。悠河が特に興味の強かった本は、「おつきさまこんばんは」と「かお かお どんなかお」(柳原良平/こぐま社)。そして、ひとりでぺーじをめくりながらじっと熟読(熟視?)していたのは、なんと「オオカミのごちそう」(木村裕一作 田島征三絵 偕成社)だった。あきもせずしばらくじっくり見ていたのが何となくうれしかった。そのうち、おじいちゃんが傍に行って一緒に見ながらよんであげていた。
2004年05月30日
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いやあ、びっくりしました。お店で買い物をしていると、私のすぐ傍で「そっちはダメ!」という声がして、次に「いや!いや!」といいながら、泣きわめく男の子の声がしました。振り返ってみると、2歳くらいの、ちょうど悠河くらいの男の子が、盲導犬のハーネスに似た様なものをつけて母親にひもで引っ張られていました。正直言って、ぎょっとしました。鎖につながれた奴隷をイメージしてしまったからです。こういう育児用品があることはうすうす知っていました。けれども見たのは初めてです。男の子は、大げさに泣きわめいて抵抗しながら結局は紐に引っ張られて、母親と共に店を出て行きました。そのときになって、母親のお腹が大きいのに気づきました。「ああ、それでなのか・・・・・。」と一瞬理解はしたものの、とても悲しい複雑な思いに駆られました。先週の土曜日曜と、悠河のところに行き公園めぐりをしたとき、実は、つくづく感じたのです。悠河のお散歩は、お腹に赤ちゃんのいるままにはきびしいなァと。駆け足は早くなってきたし、興味が広がって右へ左へと、こちらの予想が追いつかないうちにもう行動している・・・・・・。「なるべく、パパが連れて出るようにしなくちゃね。これじゃあ、ひもをつけてあるくしかないよ・・・・・・!」なんて笑いながら話していたところでした。まさか、本当にその光景を目撃するなんて・・・・・。仕方のない事情があるのでしょ。でも・・・・・、でも、あれはやっぱりよくない。子育ては、苦労してするものだとおもっています。いつか、赤ちゃんの泣き声を聞き分ける器具が開発されたとテレビで放映されていたっけ。「お腹が空いた」「眠いよう」「おむつとりかえて!」などを、迷うことなく効率よく知り、適切に対応できるというのです。たけど、母親が赤ちゃんの泣き声を聞き分けられなくてどうするのよ!と声を大にして言いたい。それが、母子関係の絆の第一歩ではないか。まちがったって迷ったって、その葛藤が絆を深めていくのだから。道具に頼るのではなく人のぬくもりの中で、根気よく、育てていきたいものだとつくづく思いました。テレビにお守りさせたり、ビデオやCDにたよって、読み語りもせず、子守唄もうたわず、わらべうたで触れ合う遊びもやらない、やれない、ひまがないと逃げた子育てをしていると、知らず知らずのうちに、人間のもっとも大事な何かが未発達のまま、大きくなってしっぺ返しをくらうことになりそう。「○○だから、こっちにいこうね。」と誘導すれば分かってもらえる人間関係をあの手この手で作っていく子育てであって欲しいものです。完璧でなくてもいいから・・・・・・ね。子育ては、楽しいけれど大変なものです。幸いにして孫たちの両親は大丈夫。けれども、だからこそ少しでも手助けをしたいと思っているわけです。楽しみも分けてもらいながら・・・・・ね。
2004年05月23日
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今日は、久しぶりに何もない一日。庭の手入れをやらなくては・・・・・と思っていたのに、朝から雨。昨日の疲れも残っていて、[あーあ・・・」と思いながらふとんの中でまどろんでいると、愛美から電話がかかってきた。はじめは美姫に受話器を持たせて満足させてから自分に代わるおねえちゃんの愛美であった。「こんばんわ。みきちゃんでーす!」の第一声に笑ってしまう。いつも電話は夜するのであいさつが思わず[こんばんわ」になってしまうらしい。「はい、おはよう。おでんわありがとう。みきちゃん元気ですか?」「みきちゃん、げんき。おねえちゃんにかわるね。」と、いつものパターンでかわいい電話がバトンタッチされて、愛美が出てきた。「ママもパパもつかれててまだねてるからね、まなちゃん、まなちゃんのおへやで、ひみつきちつくってあそんでるの。」こどもは、すみっこにもぐりこむのが好きなものだ。うちに来ても、ソファーで囲って廊下の隅に大人が入っちゃいけないひみきちなるものを作ってひしめき合って楽しんでいたっけ。「あら、それは楽しそう。ひとりで?」「ううん。みきちゃんと。 ひみつきちのなかでね、お絵かきしたの。 みきちゃんね、りんごかいたんだよ。 じょうずにかいたからみてね。いまファックスでおくるか ら。」と、やがてファックスが送られてきた。ただのマルだけでなくて、いろいろな線や、点書きもあって、お話しながら書いたらしい絵だった。二人の幼い姉妹の姿を想像して、ほほえましくなった。きょうだいはいいなあ。愛美もおねえちゃんになったなあ。おじいちゃんおばあちゃんに見せやろうという発想、うれしいなあ・・・・と、さわやかな気分で朝がスタートした。まもなく、近所の友人由利子さんが、掘りたてを、しかももうゆでてある大きなたけのこを届けにきてくれた。なんて嬉しい日なんだろう!由利子さんにはいつも新鮮なお野菜をいただいてしまう。どんな「おかえし」ができるかなあ・・・・・・。昨日のイベントの写真をプリントアウトして、早速みんなにお手がみ出した。夕方は、彩華のところに行くことになった。
2004年05月16日
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めまぐるしくいろんなことが重なって、どこから書いていいやら・・・・・書きたいことがいっぱい!でも、その中でも一番大切なこと!ご報告です!悠河が11月のはじめにはお兄ちゃんになります!ままさんのお腹に新しい命が、もうすくすくと成長し始めているんです!順調だそうです。今度22日にあちらに行くので、その時は超音波の赤ちゃんの写真を見せてもらいます。嬉しいことですよ。さあて、悠河の、お兄ちゃんの心の準備も平行してやっていかなくては・・・・・・。愛美のときと同じように、絵本の力をいっぱい借りようと思っています。二人目となると、お腹の赤ちゃんのことばかり見つめてもいられなくなるけど、ayaさんの文章を読むときっと原点に戻って感動が倍増すると思いますよ。よろしくね。ayaさん、よろしくね。
2004年05月11日
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5月4日は、私の誕生日。前日の3日から、愛美・美姫家族は来てお泊りし、当日の4日には午前中にみんな集まり、近くの料亭の和室を予約してくれて、お食事会をしながら祝ってくれた。お祝い事はいいもんだ。みんなが仲睦まじく集う、それだけでうれしいものだ。元気にはしゃぎまわる孫たちを見ているとそれだけで楽しくなる。その上、あまりおしゃれをしない私にと、母の日の分を含めて共同で、素敵なネックレスをプレゼントしてくれた。実は、娘が一週間ほど前、銀座にある宝石店に連れて行ってくれて、そこで選んだもの。大事にしたいと思う。これは、余談だが、子どもの頃は、誕生日と子どもの日が近くて、大人になったら母の日と誕生日が近くて、何となく損をした気になったものだが、まとめて大きなプレゼントをもらえるというメリットもあったわけだ。一年生になった愛美は、手づくりの状差しをプレゼントしてくれた。かわいくデザインされているばかりか、機能的にも工夫されている!手紙も添えられていた。孫たちは、4人揃って、ただただうれしくてはしゃぎまわり、よく遊んだ。近くの公園にも遊びに行ったが、「走り回る足が速くて、あぶなくて、ついて回るのに一苦労!」と夫が音を上げていた。「ひとりに一人の大人が必要」と、子どものエネルギーのすごさを改めて実感したようだ。夜はわたしが三人をいっしょにお風呂に入れた。ここでもワイワイ、ケラケラ・・・・・。(彩華だけはどうしてもいやだといって入らなかったが。)近くに住む彩華たちは夜9時ごろ帰っていき、他の人たちはもう一泊。今日帰っていった。帰ってから電話をくれた美姫は、いつも会うのがここだから、いつでも彩華や悠河がいるような気になるのだろうか、「ゆうがくんは?あやかちゃんは?」というので、「みんなおうちにかえったよ」というと、「ふ~ん。だあれもいないの?」と不思議そうにしていた。孫たちには、みんなと遊べて楽しい子どもの日になったようだ。
2004年05月05日
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