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とにかく驚いた!感激だった。いつだったか、最近の悠河の写真としてメールで送ったその画像をプリントアウトして、それはそれは見事な一枚のアルバムに作成して、今日わざわざ届けに来てくれた人がいる。そのデザイン能力たるや、惚れ惚れしてしまう。公園で嬉々として遊びまくる悠河の笑顔が、美しく彩られた一枚の色画用紙の上で躍動していた。しかも、その力作がなんと3枚もあった!一つは、ままさんに。もう一つは、ママさんのご実家にもって行ってくださいと。その、配慮にまたまた驚き!感激した私だった。アヤさん、ありがとう。いいお土産ができました。明日、悠河たちと、ママの実家・北海道に行って来ます。<せみの羽化>不思議なことだが、毎年7月23日にわが家の庭でせみの初音を聞く。もう、そのことに気づいて7~8年になるが、なぜか、23日なのだ。「今年も絶対、23日にうちの庭でせみが羽化して鳴くよ。」と夫に宣告しておいたが、やっぱり鳴いた。じつは、去年が例外だったのだ。去年は冷夏だったせいか、鳴かなかった。鳴き始めたのは、8月11日だった。今年は、思い切って木を伐採してしまったから心配していたが、よかった!今日はたくさんうれしい日だった。悠河たちもお泊まりにきたし・・・・・。
2004年07月23日
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今日は事務局会だから、どうしてもサボるわけには行かない。這ってでも行かなければならないが、今朝になっても腰の痛みは治まっていない。かなり無理をしながら、通信の発送事務と会議を終え、1077通の郵便物を本局に持っていって投函した。車に積み込むときは、みんなでやってくれたが、局で積荷を降ろすのは一人だ。でも、幸いなことに、貼付薬をはってもらったのが効いたいたのか、この頃にはかなり楽になっていた。まあ、無理をしたのが、かえって筋肉をほぐすいい運動になっていたのかも。骨がおかしくなったのとは違ったようで、ひとまず安心。だが、いつまたグキッとなってしまうかと心配で、スロー スロー スローな一日だった。
2004年07月19日
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夕食の用意をおおかたそろえておき、陽が傾くのを待って、夫と一緒に庭の作業にとりかかった。昨日の続きでもある。うっそうと茂ってしまった藤、はぜの木、山吹、雪柳、南天、ボケなどの整枝や伐採・・・・・。考えるところあって、少しずつ手直しするつもり。あれこれ夢を抱くと、同時にあれこれ邪魔なものが生じてくる。思い切ってばっさばっさ切ってしまったら随分さっぱりした。如何にデッドスペースを抱えていたことか!今年は無理だが、来年は孫たちが遊べるスペースをつくろう・・・・。夜中、突如として腰に激痛が走った。あ、これがギックリ腰か?寝返りを打つことも、立ち上がるのも、つらかった。
2004年07月18日
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愛美たちは、家族のお友達と勝浦のリゾートホテルに行った。彩華に電話したら留守だった。どこかに出かけたのかな?悠河の声は、いつものように電話の向こうで弾んでいた。「暑いねえ。プールに連れて行ってやろうか・・・」と夫は言ったが、あそこのプールは21日からなのだそうだ。今月初めの頃からパパさんが長期出張で函館に行ってしまい、悠河のママは一人で、しかもお腹が大きいのに、大変だろうなと思うけど、頑張りやさんで明るいママさんだから、「のんびり気ままにやってますから。」というママさんの言葉に任せて、今日は、あちこち家の中の整理に明け暮れた。きりがない。一日中働いていたけど、なんだか少しも家の中はさっぱりしかかったなあ。由利子さんが夕方、手づくりのバジルペーストとゆでたてのとうもろこしを持ってきてくれた。おいしかった!おいしかった!
2004年07月17日
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私のお墓の前で 泣かないで下さい。そこに 私はいません、眠ってなんかいません。千の風に、千の風になってあの大きな空を 吹きわたっています。秋には光になって 畑にふりそそぐ冬はダイヤのように きらめく雪になる朝は鳥になって あなたを目覚めさせる夜は星になって あなたを見守る私のお墓の前で 泣かないで下さいそこに私はいません死んでなんかいません千の風に、千の風になってあの大きな空を 吹きわたっています千の風に、千の風になってあの大きな空を 吹きわたっています。あの大きな空を 吹きわたっています。この詩は、作者不明であるが、9,11の追悼集会でも朗読された詩。心に響くものがある。
2004年07月16日
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わらべうた研の報告参加者12人。子どもを含めると15人。0歳のほのかちゃんは、ご近所ということもあって、お腹の中にいるときから、わらべうたを楽しんで育った。前回までは、抱っこひもの中にいたのに、もう、うつぶせになって、ニコニコとみんなの顔を見回していた。さて、いつも、前半は実践交流、後半は唄って遊ぶパターンだが、今回はみんな持ちきれないほどの話題があって、順番に一通り話していたらそれだけで2時間が経過してしまった。(途中でいくつか実演をはさんではいたが・・・・)。・いつも所在無くしている1年生の娘が、友達を連れてきて「ねえ、ママ、大勢で遊べるわらべうたなーい?おしえて!」と。でも、不意に言われて、教えられなくて悔しかった。→大勢で遊びたい!と言う発想が生まれてきたことも、わらべうたならではですよね。・つい最近のこと。「まりつきやなわとびはとても子どもにいい影響があり、キレないこどもをつくる」という新聞記事を見てうれしかった。→切り抜いておけばよかったね。・小学校に上がって、放課後友だちとよく外で遊ぶようになった。必然的にテレビをほとんど見なくなり、また、つかれて早く眠るようになった。とてもいい生活ペースになってきてよかった。子どもに遊びは大切だ。・大学生が「七つの子」を歌えなかった。「金魚」のうたも同じ。子どもの頃、アンパンマンやウルトラマンは歌っていても、わらべうたや童謡は歌っていない。・いま、幼児の中でしまじろうがおおはやり。お母さん達も、あれを使って子育てをしている気になっている。・しまじろうは、怖い。影響力は大きく、みんながしまじろうの誘導に乗っかって、イイコになって行くのがこわい。世のお母さん達も、我が子が「いい子」になって満足のようだが、「まこは、まこらしく育っていって欲しい!」→(そういう問題点をかんじられるおかあさんて、すごい!)・うちの子は、しまじろうは飽きてきて、わらべうたの方がのってきている。・ここで学んで帰ってくると、6歳の娘が楽しみに待っていて、喜んで一緒にやってくれる。・読みがたりの出前のとき、最後に「さよなら あんころもち またきなこ」をやったら、ずっと下駄箱のところまでも友だちとやり合って楽しんでいる小学生に感動してしまった。・児童館、学童などで絵本やわらべうたをやって、とても喜ばれている。・わらべうたといっても、わらべうたでないものもあるので、そこをきちんと理解して普及したいものだ。また、あそびかたも、大人があとで教育的に作ったものも多いので、そのことを知る必要もある。本来のわらべうたが埋没していってしまっては残念。わらべうたを研究すればするほど、読みがたりの出前と同じで、気をつけなければならないところが明らかになってくるものだ。いい例会だった。ゴム100%のごむまりも子どもたちに人気で、それぞれ楽しんでいるようでよかった。小学生には、これから、なわとびとまりつきのわらべ唄を手渡していきたい。8月は、当初の予定ではお休みだったが、みんな意欲的で、特別例会とし、夏休みの子どもたちの参加を呼びかけて、あそびだけの例会にすることになった。小学生対象。どなたでも、初参加の人も、都合がついたら来てください。わらべうた研の後、さくらさんや、ひさこさん、かずこさんと一緒に昼食を食べ、またいろいろ打ち合わせて別れた後、双方の実家に行って、それぞれ戻っていってしまう霊やご先祖さまにごあいさつの儀式を済ませた。昔は、玄関先で送り火をたいた後、近くの大川まで提灯を下げていって、そこで精霊流しをしたりして霊を見送ったものだと母は言っていたが、今はもう、誰もしなくなった。昔は、信仰、いえ、ロマンがあったのだなあと思った。
2004年07月15日
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排水溝のある箇所から、どうも水が漏れているのではないかとお隣さんから報告があった。ちょうどその脇にお隣の駐車場がある。ほりさげてつくられていて、そのコンクリートの壁の一部から滲み出ていて、小さな水溜りを作っているのだった。早速排水溝のふたを開けて調べてみたが、詰まってあふれていると言う状況はなかった。今日は予定を返上して、下水道局に電話したり、業者に電話したり・・・・。簡単なようで、一つ一つに時間がかかって大変。おまけに、すぐには対応してもらえないから、電話連絡を待つため家を離れられない。庭の水栓への水道管も平行して埋まっており、原因究明をきちんとしたいという思いもむなしく、「とりあえず、セメントを買ってきて、配水管と排水溝の隙間を埋めて様子を見てはどうですか?」と、さんざん待たされたあげく、電話の指示をもらっただけ。考えてみたら、今日はお盆の中日。人手不足なんだなあ。と理解して、ホームセンターでセメントを購入。だが、もう日は暮れかかっていて、今日はやめた。とんでもない一日だった。でも、その間、家の西側の空き地の草取り、樹木の選定に思いっきり時間をかけた。草木の根がとんでもない悪さをしている場合も考えられるし・・・・。今日は、疲れた!
2004年07月14日
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妹の新盆。あれからもう5ヶ月がたった。心配だった母も、元気に過していて、まずまず。午前中、わらべうたの講習会に出て、一度家に帰り、支度を整えて実家に出かけた。7時には姉も駆けつけ(兄は都合で間に合わず)、みんなで迎え火を炊いて、そのあと持ち込んだご馳走を並べて夕食を共にした。夕べから煮込んでいた煮物や、油揚げ・たけのこ・にんじんと一緒に炒めたぜんまいの炒め煮、中華風サラダなど、妹が生前好んでいたものや母が食べられそうなものをいくつか作ってもっていったが、母やみんながとても喜んで食べてくれて一安心。「いい味だね。」と言われて、思わず「でも、お母さんにはかなわないね。お母さんの煮物の味は格別よ。」と口をついて出た。「あっ、これ『おまたせクッキー』のセリフだー」と思って、一人可笑しくなった。でも、みんなには通じない世界。愛美がいたら楽しかったのになあ。絵本の中の「コトバ」だけでなく、その魂がミックスされて口をついて出てくる楽しさ。子どもに質のよい絵本を手渡す意味がここにあると実感した。母は猫が大嫌いなのだが、妹はねこが大好きで、捨てられた猫、迷い込んだねこを見ると放っておけなくて、玄関の外に寝床を作って4匹も飼い、可愛がっていた。その猫たちが、妹が死んでからほんとに調子が狂ってしまい、初めの3日間くらい他の人が餌を持っていっても口にしないでミャオミャオ鳴き通していたという。サクラと名づけられた猫は、前から家の中で飼っていたが、夜長男が帰ってくると、それまで妹にしていたように玄関まで迎えに出て、そのあと必ず仏壇のある部屋に行き一めぐりして戻ってくるのだそうだ。サブちゃんは、大きな黒い猫。近づくと猫嫌いな母が大騒ぎするので、今ではわきまえていて、そばには寄ってこないで、遠巻きに家の周りの小道で寝そべっている。そんなサブちゃんが、淋しそうにじっと見つめていたから、思わず「おいで」と声をかけたら、サッと寄ってきて、母の腕の中に飛び込んだと言う話も聞いた。「俊子が可愛がっていたのに・・・・と思ったらいじらしくなってさ。」と母はしんみり言っていた。猫を飼ったことのない私には、信じられないような、おとぎの世界の話のような、不思議な感動をおぼえた。
2004年07月13日
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「これから、絵本の会を作りたいのだが・・・」とPTAの役員の方の相談を受けて、ある幼稚園に出かけていった。9人の役員の方と話し合う。その中で、「この前、先生のお話を聞いて、うちに帰ってその話(「コケモーモー」)を子どもにしてあげたら、すごく気に入って図書館に借りに行ったほどでした。」と話してくださったお母さんがいて、嬉しかった。それでも、一瞬読書熱が燃え上がるが先細りになってしまうから、時々わたしを囲んで話を聞きたいということだった。私は言った。「わたしを囲むのではなくて、私がお邪魔する形で・・・つまり、PTAの活動の一つに毎月一回の絵本の会を位置づけて、自分達の活動にしてはどうか。」と。この園は、主任先生がこの本だいすきの会のメンバーで、常日頃読みがたり実践が充実している。園だけでなく、家庭の中にも文化活動を位置づけようというもの。お母さん達の今後の活動が楽しみ。この日、紹介した本「だめよ、デイビッド!」(デイビッド・シャノン 評論社)「ねんねだよ、ちびかいじゅう」(マリオ・ラモ 平凡社)「おやすみなさいのほん」(ブラウン 福音館)「みんなおやすみ」(ギンズバーグ ほるぷ)「ねんねんよー」(ましませつこ 童話館)「おおきくなったらなんになる?」(寮美千子 すずき出版)「おおきくなりたいちびろばくん」(クロムハウト PHP)「さよならまたね」(かさいまり ひさかたチャイルド)ブルンミとななつのふうせん」(ベロニカ 風涛社)「へっこきよめさ」(小松崎進 メイト)「てんぐのはうちは」(香山美子 教育画劇)
2004年07月12日
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愛美の家での、もう一つのこぼれ話。私が、台所で夕食の支度をしていたら、愛美が、近所の友だちから借りたというビデオ「不思議の国のアリス」をおばあちゃんと一緒に見たいと言い出した。洗濯物をたたんでいたママさんが、「あとは私がやるから・・・・タッチして、一緒に見てやって。」といった。するとそばにいたみきが言うには、「みきちゃんおすわりして見る!」どうやら、タッチを「立っち」と聞いたようだ。もう、可笑しくてママと二人でゲラゲラ笑ってしまった。もう一つ。妹の形見分けとして、妹の着ていた洋服をたくさんもらったので、娘や嫁さんにも、若っぽいものを選んでおすそ分けしてもらってもらった。娘のところには牡丹色のレース編みのカーデガンが渡った。そのカーデガンをえもんかけに掛けておいたらなんと、「これ、おばあちゃんのでしょ。」と、みきが言うのだそうな。「ママのだよ。」と言っても、「おばあちゃんのだよ。」と言ったという。そして、やっぱり私が行ったときも、その服を指して、「これ、おばあちゃんのじゃないの?」と聞いた。「おばあちゃんのじゃないよ。ママのだよ。」と言ったら、「ふうーん。」と、やっと納得した風だった。こんな小さな子でも、何となく若者の衣類と年配の衣類と区別がつくのかなあ。直感的に、ママがいつも着る雰囲気のものではないと感知するのだろうか?かなりびっくりした出来事だった。勿論、私がその服を着たということは一度もない。
2004年07月11日
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愛美が作った七夕の短冊にはこんなことが書いてあった。「みきが げんきにそだってほしい。けんかばかりじゃなくって、たのしこと いっぱいつくりたいです。おねがいかなえてね。」「いつまでも げんきにそだってほしいよ。べんきょうが もっとじょうずに なりますように。いろいろなものが じょうずに なりますように。たなばたちゃん、たなばたくんに あいたいよ。よるまでおきてるからきてね。まってるからね。」たなばたちゃん、たなばたくんという言い方が面白かったし、この頃激しさをましてきた妹との喧嘩にふれて、楽しいこといっぱい創りたいとかいているところがほほえましかった。美姫の保育園の連絡帳を見せてもらった。園での様子を先生は毎日書いてくれている。これは貴重な楽しい記録である。先生に感謝。思わず笑ってしまったり、目に浮かぶことばかりで楽しかった。いくつか抜粋すると〈詳しくは後ほど記入)(どんぐりを預けて・・・)(プールで・・・・)(叱られて不機嫌・・・・)ちなみに、彩華ママからのメールによると、彩華に「七夕のお願い事は?」と聞いたら、「あんぱんまん・・・・」という答か返ってきたそうな。かわいいね。
2004年07月10日
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ママが夜用事があるというので、昨日は愛美の家に駆けつけた。保育園に迎えに行くと、ドアのガラス越しにのぞいている美姫の目と合った。にこっと笑うそのルンルンの笑顔がなんともいえず可愛かった。今日はまた愛美の学校の授業参観。一緒に行こうと誘われたが、姑根性丸出しになってしまいそうでやめておいて、留守を守った。愛美がお友達を一人連れてきた。勿論親同士の了解があってのこと。興味津々で手づくりのおやつなど用意して出したが、「ありがとう」も言えず、入ってきたときもあいさつが返ってこなかった。人懐こく側によって来る可愛い子ではあったが、しつけの出来ていない子なんだなあと思った。妹の美姫の存在も疎ましげだった。夕食のとき、「○○ちゃん、とっても可愛いいい子だけど、ごあいさつが出来なかったね。」とさりげなく言った。愛美には教えておかなければという意識が働いていた。すると、愛美は「うん、いつもそうなの。学校ではいつも、なーんにもしゃべらないんだよ。」と、友だちをかばう様に言った。ああ、そうか・・・・と納得。その子が「まなちゃん家に遊びに行きたい」と言ったというのだから、感激してしまった。常識的に、しつけの問題として見てしまった自分をちょっぴり恥じるとともに、そういう子に心を開いてもらえるなんて、愛美もなかなかだね、とうれしく思った。今日持参した本は「きつねのおきゃくさま」(あまんきみこ作 二俣英五郎絵サンリオ)はじめ一人でパラパラ読んで、「きつねが最後に死んじゃうんでしょ。そういう悲しいのやだよ」とか、「どうして笑って死んだんだろう・・・・」とか言っていたが、私に2度、ママにも1度せがんで読んでもらい、かなり気に入った本になったようだ。「何で、ぶるんとみぶるいしたんだろう」「なんで・・・・」と、たくさん考えさせられる場面があり、繰り返し読みたい理由の一つだったようだ。「わかった!わかった! 勇気りんりん湧いてきたのは、ひよこやアヒルやうさぎ達を守ろうとしたから。だって、神様みたいなおにいちゃんって言われていたから。がんばったの。」「3匹を食べたかったのに、食べないでいたからお腹ペコペコでオオカミと戦ったから、死んじゃったんだね。」などと、いろいろ発見しながら楽しんで読んでいた。付記:あと一つ、愛美の反応で注目したいところがあった。それは、「かみさまみたいなおにいちゃん」とひよこ達に言われてポーっとなる場面。「ここからきつねは嬉しくなるんだよね。だって、目が笑っている。それに、他の場面は、草ばっかりでお花が少しなのに、このところはこんなにパッとお花が咲いているでしょ・・・・。」とコメントした。絵本の絵を読むようになった愛美のつぶやきは、私にとって大いに勉強になる。美姫も、寝る前の本読みに、こっそりこの本を持ってきて、自分ひとりだけに読めといわんばかりに読まされた。美姫が今すごく気に入っている本は「マッチうりの少女」。馬車をよけようとして転ぶ場面では、倒れている少女を手でなでながら、「いいこ いいこ」となぐさめていたのが印象的だった。読んでもらった後、また一人でパラパラとページをめくりながら、「おうちにかえってもたべものありません。」「おほしさま・・・・、おほしさま・・・・」などと独り言をいっていたのも面白く、愛美と顔を見合わせくすっと笑ってしまった。美姫も随分突っ込んでお話の世界を楽しめるようになった。
2004年07月09日
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昨日は、午後私たちが押しかけていって、すっかりご馳走になってしまったが、午前中はママさん、ひろば館の集まりで紙芝居を演ずる担当として、大活躍の日だったのだ。(お疲れのところ、ごめんね。悠河も疲れていたから早く寝たのね。)悠河と同じくらいの子どもの集まりで、何をやろうかといろいろ考えていたママさん。結局選んだ演目は「ごきげんのわるいコックさん」。悠河も大好きということで決定したという。家で何度も練習し、そのたびに悠河が喜んでいたという。本番でも、子どもたちがよく反応してくれて、大成功!コックさんが消えてしまうところなど、紙芝居の後ろに回って探しに来たりと、面白かったそうな。そして、最後の、ぺろぺろキャンデーのところでは、やっぱり取りに来て、ぺろぺろ食べる真似をして楽しんだという。大成功で、よかったね。ママさんの初デビュー、おめでとう。
2004年07月08日
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シルバーの絵本講座の日。ゴムまりを8個も持っていった。これはゴム100%のもので、めったに手に入らないもの。前回ご紹介したら、皆さん欲しいとおっしゃった。勿論、ご自分がけが楽しむためではない。隔世伝承を受け持つわれわれ高齢者の自覚である。どんな風に使えたか、おいおい報告しあうことにした。今日も詩をいっぱい。詩集「しおさい」のなかから、紀子さん好きと言った詩「あこがれ」〈新川和江)、英子さんが好きと言った詩「にわとり」〈高橋新吉)、エツコさんが好きと言った詩「夕ぐれの時はよい時」〈堀口大学)を鑑賞。絵本は、「るすばん」(さとうわきこ作 福音館書店)「千の風になって」〈荒井満・文 佐竹美保・絵 理論社)後者は、例の9・11の慰霊祭でも読み上げられた作者不明のすばらしい詩を、深く探求する中で生まれた創作ロマン物語。そんな背景を思い描きながらこの詩を読み直すと、また格別の想いが漂う。長い文章だが、感動的だった。終わってから、好江さんや享子さんが買いたいといって出版社をメモしていった。高齢者が、手元に置いておこうと思える本にであえるなんて、素敵だと思った。つけたしだが、今日は5分ほど遅れてしまった。急いで帽子をかぶったまま教室に駆け込んだら、なぜか、みんなから握手が湧いた。「え? え? どうしたの?」ととまどう私に「先生帽子が素敵!」とか、「今日はきまってる!」とかひやかしたあとに、「暑いからもしかしたら来ないかもしれない」と心配していたと言う。そんなこと、絶対ないのに!。ね、愛美ちゃん!こんなふうに、おばあちゃんのこと、待っていてくれる人がいるんだよ。いつか愛美ちゃんに「おばあちゃん!そんなに、大事な御用、作らないでよ!」とスケジュールのままならない状態を叱られたことがあったっけね。ごめんね。元気なうちはもう少し気ままにやらせてもらうよ。そのあと、悠河のところに向かった。夫が仕事であちらの方に行き、帰りに寄るというので。ビールを飲みながら悠河と遊びたいじいじは、いつも呼び寄せるんだから。悠河は相変わらず大喜び。得意になったはめ絵パズル(びっくりするほどすぱすぱと器用にはめ込んでいった)やボーリングで遊んだ。夕食後、「悠河くん、じゃあ、ばあばとねんねしようか。」というと、「うん。」とうなづいてすぐ寝に入ったが、やっぱり、ママがそばにいないと「ママ、ママ!」と泣いてしまったよ。
2004年07月07日
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(7/19 記)長すぎてかけないので、空いていたここに記入しておく。『パレアナ』(エリナ・H・ポーター作 冨山房インターナショナル)という本を読んだ。感動しながら一気に読んだ。パレアナは母を亡くし、父を亡くして、ポリーおばさんに育てられることになった。ポリーおばさんは全く歓迎しなかったが、義務と思い、たくさんのお稽古事をさせながらきちんと育てようと努力していた。「これじゃあ『生きている』時間がないわ!」というパレアナのセリフが印象的。パレアナは、どんな悲しいことも「よろこび」にかえてしまうゲームを、以前父親から教わっていたから、そのゲームのおかげでたくさんの幸せにあふれていた。たとえば、人形が欲しいって手紙を書いたのに、贈られてきた教会の慰問袋の中には、松葉杖が入っていてがっかり。そんなときには、「自分にはこの松葉杖が必要ないからうれしい」と考えて喜ぶ。それをゲームと呼んで、あらゆることにこのゲームをあてはめていくのである。しかも自分だけでなく、町中の人たちをも巻き込んで、みんなにゲームをひろげ、幸せにしてしまう少女。その少女が、再起不能と思われる交通事故にあってしまう。そして・・・・「ものは考えよう」ということばがあるが、心が純粋でなければ、この少女のようにはならないだろう。その上、少女が考えるより、はるかにたくさんの幸せがついてくることを、最後には知ることになる。心が洗われるような作品だった。この本は、実はシルバーの受講生が「読んでみてください。」と言って、貸してくれたもの。いい本を教えてもらった。この本の発行者は、小学生の頃絵本で『パレアナ』に出会い、その時は、”何か、都合のいい話”としか思わなかったが、心のどこかにずっとひっかかっていて、やがて、「パレアナは、自分の中で、大きく深い存在」になっていったといっています。そして、彼は喫茶店を経営することになるのですが、その喫茶店がなんと「パレアナ」。この本は実はダイジェスト版で、小さい子どもにも読んでもらいたくて、喫茶店の5周年を記念して発行に至ったと、解説に書かれていた。早速、岩波少年少女文庫の原作訳の本を注文してきた。さわやかな読後感が残る本だ。
2004年07月06日
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山荘付記さまざまな小鳥の声を聴いた。鶯もいろいろな鳴き方をする。いわゆるウグイスの谷渡り、カケス、やまがら・・・・美しい鳥達の来訪も見た。カナカナに混じって贅沢なバックミュージックだったが、孫たちにも、こんな自然な形で、生き物たちの息づかいを感じさせたいものだった。別荘がもてたらなあ・・・・。夜は、リスや鹿、ときにはたぬきなどやってきて、どんどんと窓を叩くとか・・・・。それで、夏でも雨戸を閉めるらしい。それでも、少しも暑苦しくなかった。「ここは、夜でも小鳥がさえずるのかなあと思ったよ。」と徳さん。まだ真っ暗なのに、小鳥のさえずりで目が覚めた。時計を見たら5時。「なあんだ、」とつぶやいて、雨戸を開ける。薄もやがかかっていて、地面もじっとりぬれていた。太平洋の湿った空気が富士山にさえぎられて、いつもこうだと敬氏は言っていた。水や利しなくても植物が育つわけだ。(家に戻ったら、我が家の庭の草花達は、見るも哀れな姿をしていた!!)ふうちゃんが、ご主人が亡くなってから「10年日記」というのをつけはじめて、今7年目とのこと。へ~、そんなのがあるの?すごいなあ。(私もやってみよう・・・・と、何でもやりたがり屋の私は一瞬思ったが、絶対無理だと確信して、口にするのはやめた。)博氏は、やはり毎日日記をつけるのが習慣だそうだ。それは、食べたものの記録だとのこと。これまた驚いた。私にはとてもとても出来ない。なぜって、食事はかなりおそまつで妥協の毎日だから・・・・。記録なんかしたくないよ!敬氏から、月桂樹の乾燥葉をたくさんもらった。カレーのスパイスにしか使っていなかったが、こんなにもらったのでは、これを使う料理をもっと開拓してじゃんじゃん使わないと。死ぬまで買わなくてもいいみたい。ドライブの道中、一面に広がるたんぼのイネの緑が、それはそれは美しく、鮮やかだったのが目に焼きついている。陽に輝くこの緑を、愛美だったらどう表現するだろうか・・・・。
2004年07月05日
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3日(土)午前5時50分に松戸で待ち合わせて、夫〈通称徳さん)の運転する車にふうちゃん〈通称)マドンナ(愛称)と私の3人が乗って、富士の裾野の十里木別荘地に向かった。高校の友人敬氏の所有する別荘に押しかけようというもの。現地には、すでに敬氏の他に博氏が泊り込んでいて、ご馳走の用意をしていてくれているという。私たちは、ワクワクしながらこの日を迎えていた。徳さんは3度目、私は2度目。あとの二人は初めて。8時半にはもう、懐かしい(?)別荘に着いた。むこう三軒両隣に建物は全くなく、緑に囲まれた静かな別荘地だった。セキュリテイのきちんとした別荘地だから安心。昨年、この近くのお買い得物件を彼に進められたが、わが家の希望条件を満たしているとはいえずお断りした経緯がある。「時々ここに来るからいい」と私が言ったら、彼は苦笑していたっけ。そりゃあ、そうですよね。屋外での、ダッジオーブン料理。こちらから持っていった鶏一羽をにんじんジャガイモなどの野菜と一緒に蒸し焼きにするのだ。前回もご馳走になったこの料理が食べたくて来たようなもの。おいしかった!大勢で食べるとまた格別に美味しい!その他、たまご、チーズ、シシャモ、ウインナ、などの燻製も昨日から作ってくれていて、これもまたすばらしく美味しい。その他ご馳走がどっと並び、全部は食べきれなかった。夜食は、私たちに任せて!と張り切っていたのに、残りを無駄なく食べるためには、あまり作らないことにして、私が煮込んでおいたビーフカレーとくらげサラダを追加しただけで、さらに残るくらいのご馳走だった。どこへも行かずのんびりとカナカナとウグイスの鳴き声に囲まれておしゃべりを楽しんだ。夕方は近くの〈車で30分ぐらい)温泉に。これも最高!富士山がご機嫌斜めで、姿を現してくれなかったのが、唯一残念だった。お互いに気取らない生活を2日間もすると、今まで知らなかった面をたくさん発見できて、これもまたよかった。敬氏この別荘の持ち主。「お姫様(だれが?)をとめることはできない。」とかなり渋っていて、われわれは一度は箱根の宿を予約したが、まぎわでokサインが出て、シーツ枕カバー持参でとめてもらった。ダッジオーブン料理、燻製作りの達人。いろいろ知識が豊富。凝り性で、あらゆるハーブや高山植物を山荘の周りに植えている。エーデルワイスや、コマクサも根づいていた。博氏敬氏の親友。敬氏より「当別荘の料理人」と称され、人を呼ぶときはいつも声がかかるそうな。料理学校で習った経験があるわけでもなく、家でもほとんどやらないという彼が、これほど見事な腕を発揮するのは、ひとえに、みんなが快適に過せるようにとの優しいハートに依るものであろう。器用で、研究熱心で、誇示するでもなく、卑下するでもなく、ただただ善意のかたまりのような人だと、今回始めて知った。そんなお人よしな彼を、かなり乱暴な言い方であごで使う敬氏に、「いくら親友でも、そんな言い方はいけない!」と私が抗議したら、「さすが『先生』だあ。」と、どっと笑われてそれでおしまい。彼は、車も自転車も乗らず、いつも自分の足を使うのだそうだ。原始人みたいな人だなあ。マドンナ社交的で「目立つの大好き」と本人が言っているように、彼女のまわりにはいつも「華」がある。ものにこだわらず明るくおおらか。「自炊なんてめんどくさい。別荘なんてやめときゃよかった。」と言っていた彼女だが、刺繍のある可愛い新品のエプロンをつけて、かいがいしく働いてくれた。愛嬌よく、料理をテーブルに運ぶ役がぴったりだった。昔の恋の話、彼女の所属しているコーラスの話・・・・・。面白おかしく話して退屈させない。美味しいフルーツヨーグルトを作ってくれた。ふうちゃん私が同じクラスだった唯一の人。大柄で朗らかなところがかわらない。7年前にご主人をなくし、そのときの様子も詳しく聞かせてもらった。今は、地域のボランテイアに関わってイキイキ過している。高校の同期の友人のことをいろいろ知っていて、うわさ話に花が咲いた。面白い話ばかりで、その情報の明るさに脱帽だった。徳さんこの、山荘行きのきっかけを作ったのは彼だが、みんなが、ガハハ、ガハハとばか笑いしているのに、調子に乗ってあれこれ話に割り込むことなく、ただ、静かに笑っていた。往復の運転手役を頑張ってくれた。ふうちゃん以外はすべて徳さんにつながる友人。私。準備にエネルギーを費やしたが、現地では、敬氏、博氏の好意に甘えて、のんびり、たのしく、豊かな気持ちで過させてもらった。ゆったりと時が流れて、すばらしい2日間だった。「毎年一度はこのメンバーで来ようよ。」と、家主のいないところで申し合わせた。
2004年07月04日
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