DarkLily ~魂のページ~

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第二話



 自分に向かって伸びる毛むくじゃらの腕を、すんでのところで身を縮ませて、まろびでるようにかいくぐる。

 そのまま、文字通り何もかもを投げ捨てて、四肢全てを使い、走る。

 マズい、マズい、マズい、最悪だ。

 バグベアに見つかるなんて。

 妖精の中でも邪悪な存在として知られている、全身が毛で覆われた人型のモンスター、執念深く、集団で獲物に襲いかかる。

 つかまれば、八つ裂きにされてしまう。

 逃げろ、歯を食いしばって、走れ。

 その焦りが、足下の注意を怠らせた。

 藪を突っ切り、飛び込んだ先に地面はなく、あると信じて踏み込んだ足が空を切った浮遊感のあと、とっさに張り出した枝に手を伸ばしたが、折れて引っかかっていただけらしいそれに支える力など無く、もろともに落下した。

 せめて頭だけでもと両手でかばい、背を丸め、目をギュッと閉じる。

 思い出せたのは、そこまで。

 どうやら、再び意識を失っていたみたいだけれど、あれからどれくらいの時間がたったものか。

 ううっ、痛い。

 体の痛みはなくなってはいない、か。

 このままでは、助からない。

 打開策を見つけなければ。

 周囲を見渡して、手近に使える物がないかと確認すると、とりあえず、一緒に落ちてきた枝が散らばっているのが見える。

 あとは・・・

 んー、なんだろう、こんな穴蔵の底だというのに、どこか見覚えのある景色のような気がしてならない。

 この記憶は一体、どこから来る物なのか。

 浮かんだ疑念を、だけど今は振り払って、辺りを探ると、ふと気になるにおいを嗅ぎ当てた。

 昔から、不思議とコレには鼻がきく。

 えっと、ここらに、あっ、あった。

 手探りで見つけ出したそれは、薄い水色をした小さな宝石のようなもの。

 やった、魔石だ!

 コボルトは、生れながらにして魔石を扱うエキスパート、早速、鑑定を試みる。

 これはスライムの魔石・・・って、ああっ!

 思い当たるふしがある。

 最初、出血と間違えて震え上がった、ぬるりとしたゲル状のアレ、その正体がわかった。

 そうか、多分私は、哀れなスライムくんの上に落下したんだ。

 うん、合点がいった。

 ごめんなさい、キミのクッションのおかげで、生き延びることができました、ありがとうございます。

 尊い犠牲は無駄にはしません、この魔石も大切に使わせていただきますからね。

 祈るように、スライムの魔石を両手で握りしめて、コボルトが持つ固有のスキルを発動させる。

 鑑定の結果では、この魔石から4種類のメダルのうち、どれか一つを作ることが出来る。

 自己再生、強酸、悪食、毒耐性のメダル。

 選ぶのは、もちろん。

 自己再生のメダルを生成!

 握った魔石が一瞬、熱を帯び、淡い水色の光を放つ。その熱と光が収まったとき、手のひらにあったのは、光と同じ色をした一枚のメダルだった。

 このメダルは、セットしている間だけ、使用者にスキルを付与してくれる。

 作ったばかりの自己再生のメダルをセットすると念じると、ズブズブと手のひらから体内へと沈んでいった。それと同時に、私がセットできるメダルの数が、あと一つだと言うことも伝わってくる。

 メダルは、同時にセットできる数に上限がある。

 メダルをセットできる数は、スロット数と呼ばれていて、種族やレベルによって異なるが、私の場合だと、空いているスロット数はあとひとつ、ということだ。

 メダルは、任意に外したり、付け替えることが出来る。まあ、例外もあって、アンデッドの魔石から作ったメダルは、二度と外すことが出来ない。

 まずは、このまま回復を待とう。

 メダルのスキルは効果が高い、いずれ動けるようになるだろう。

 横たわったまま、遥か遠くの小さな空を見上げる。

 状況はひとつ好転したけれど、未だ脱出は絶望的だ。

 この縦穴を登りきることは、とてもではないが出来そうにない。

 残された、ただ一つの希望は・・・

 首を横に曲げ、視線を壁際に向ける。

 そこに見つけたのは、わずかな希望へと通じる道だった。

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