DarkLily ~魂のページ~

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ドラゴン、街に行く・第十九話



 八百屋めがけて振り上げられた大根は、その後の店主の懸命の制止と陳謝によって、デストロイモードが解除され、再びマユの腕(かいな)に抱かれる。

「まったく、誰の足が大根だっていうの、失礼しちゃうよね」

 コクンとうなずくパフ。

 多分、よくわかっていないみたいだけれど。

「わあ、パフちゃん好き!」

 お姉さんは、お構いなし。

 パフも満更(まんざら)ではないので、問題はない。

「パフちゃんは、リンゴとカボチャがほしいの?」

 コクリ。

「OK、お姉さんに任せて」

 そろり、そろりと、これみよがしに持ち上げられていく大根。

「マユちゃん、その値切り方はやめて!」

 店主の泣きが入る。

 結局、今夜の食材とともに、一山のリンゴと小ぶりのカボチャが購入される。

 代金は、お姉さんが支払うからと言って押し切った。

 ちなみに、まずまずの戦果を上げたということで、大根もお買い上げ。

「パフちゃん、はい」

 とりあえず、リンゴを一つ渡すと。

「ありがとう」

 お礼とともに受け取り、お弁当のパンを入れるためのかごに、いそいそとしまう。

「今度、悪いやつが来たら、リンゴ式護身術で撃退してあげるからね!」

 胸を反らすパフ。

「もしかして、カボチャ式護身術もあるの?」

「もちろん!」

 会心の笑顔のパフに、微笑み返すマユ。ひとり店主は、あの大根のやりとりは、教育上よろしくなかったかもしれないと、ひとしきり反省していたりした。

 惜しむらくは、離れていた門番には会話が聞こえていなかったことだろう。もしも聞こえていたなら、リンゴ式護身術に、カボチャ式護身術ってなんだよ!、とツッコミを入れてくれたに違いない。

 心の声で・・・

 もっとも、リンゴ式護身術とカボチャ式護身術、その正体はすぐに明かされることとなる。

「おうおう、誰に断って、ここで商売しているんだ」

 市場まで来たチンピラ二人組は、渡されたリストと照らし合わせて、その店が標的の一つであることを確認しつつ、見れば、おあつらえ向きに客は女と子供だとほくそ笑んで、せいぜい怖がらせてやるかと意気揚々乗り込んだ。

 ところが。

「わあ、本当に悪いやつが来たあ」

 客のうち子供の方は怯えるどころか、素っ頓狂な声を上げると、一体、何を考えているのか、トテチテ進み出てくる。

「リンゴ式護身術の出番だね」

 ゴソゴソと提げているかごからリンゴを掴みだすと、それを見せつけるように高く突き出して。

「えいっ」

 握りつぶした。

 まるで砂糖の塊をほぐしたみたいに、ぼろぼろと指の隙間からこぼれ落ちるリンゴの破片。

 いや、リンゴってそんな砕け方をするものだっけ!

 全く抵抗の色を見せないなんて。

 パフは本当に強いらしいと、おぼろげながらも、お姉さんにも飲み込めてきた。

 当のパフは、クルリと回ると、お姉さんに向かって両手を差し出し、手のひらを上に向けてちょうだいのポーズをとる。

「はい、どーぞ」

 お姉さんは、その手にカボチャを乗せてあげた。

「見てて、カボチャ式護身術」

 パフが再び向き直ると、今度は若干身構えているチンピラ達。

 カボチャを両手ではさんでギュッとすれば。

 パーン!

 爆散した。

 圧迫された部分と元に戻ろうとする周囲との境界線で引き裂かれ、外向きの力が働いていた部分は四散する。

「えっ?」

 戸惑いの声をあげたのは、実は、パフ。

「ふぇぇ、びっくりしたあ」

 流石に破裂するとは思っていなかった。

 普通、カボチャは、破裂なんてしないものだから、それも仕方ない、うん。

 そんな風に、しでかした張本人がまぬけな声を上げたりしたものだから、チンピラたちの勢いがにわかに息を吹き返してしまう。

 カボチャの尊い犠牲は無駄になってしまったが。

「ここで何をしている」

 門番が現れて、チンピラたちの注意を引く。

「っていうか、本当に何をしてるの?」

 今度は、パフッフールの方に向きなおって言った。

「この人達、悪い人です」

 チンピラを指差す、パフッフール。

 門番は、うなずく。

「ええ、わかっています」

 厳しく表情を改めた門番が、凄みをきかせてチンピラたちに告げる。

「言い訳も抵抗もするな、詰め所に来てもらう、唯々諾々と従え」

 有無を言わせない断固とした態度に、狼狽したチンピラが。

「なんで役人が、話は付いてるハズだろう」

「あっ、馬鹿っ」

 状況判断のできない相方に慌てるも、手遅れ。

「そいつは穏やかでは無いな、随分と聞き捨てならないことを言う、詳しく聞かせてもらうぞ」

 門番は、素早くチンピラの手を取り、ひねりあげて後ろ手に拘束する。

「そいつを離せ!」

 捕らえたチンピラを盾にしながら回り込んで拳をかわす。その際、掴んでいた腕の関節を伸ばしてやって正面に向けさせた。

 すまん!

 門番は、心のなかで謝りながら、捕らえていたチンピラのみぞおちに一撃をくわえて、うずくまって呻(うめ)くだけの存在に変えた。

「これで、そっちのお前の相手ができるな」

 身構えたチンピラに。

「グッ、ガハッ、にげ、ろ・・・」

 殴られた方のチンピラが、膝をついたまま、顔だけあげて訴える。

 その様子に、もうひとりは、逡巡するも、サッときびすを返して駆け出す。

「あっ、こら」

 思わず手を伸ばしかけた門番だったが、うずくまっているチンピラを一瞥(いちべつ)して、追跡は断念した。

 もとより、別々の方向に別れて逃げられていたら、どうしたって一人しか捕まえられなかった。片割れを確保できただけ御の字と言わねばならない。

 拘束用の紐でチンピラの両手の自由を奪い、身体検査をして全ての持ち物を取り上げる。

「さて、困ったことに、私は、こいつを連行しなくてはならなくなってしまったのですが・・・」

 この時のお姉さんは、とても良い笑顔をしていた。

 協議の結果、お姉さんによるパフのお持ち帰りが決定される。

「それでは、明日、東八番街のお店に顔を出します」

 チンピラをドナドナする門番は、手を振るパフッフールに片手で応えた。

 その後の話を、少しだけ先にする。

 役人との癒着について気にはなった門番だったが、チンピラへの尋問は後回しにせざるを得なかった。

 一旦、詰め所に預け、上司への報告と人員の手配などのもろもろをようやく済ませた門番が再び訪れたとき、チンピラは、姿を消していた。

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