デボラの家

デボラの家

2009/11/17
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テーマ: 冬の星(3)
カテゴリ: お星様
MyTubeと言ってもどこぞの動画検索サイトとは全く関係はない。
もちろんようつべとも何の関係も無い。

今日は「死ぬときに後悔する25の事」(大津秀一著)と近しいお話。

まだ×が付く前の事。いつだったか厳密には覚えていない。

夢を見た。

自分は老人で病院らしき場所のベッドで横たわっていた。
身体のあちこちにはいろんな管が挿入されていた。
たぶんまともに息もできないのだろう。口も聞けなかった。
自分は視力は悪いがメガネもかけていないのに映像はハッキリと見えていた。


愕然とした。

老いた身体は動かす事も出来ず声も出せない。
夢の中で自分は「若いはずの自分が何故老いている!?」そう言う感情はなかった。
不思議な事に老いている、病んでいる自分を現実として受け入れていた。
「死」への恐怖と言うよりかは絶対的な無力感と絶望を感じた。
自決する事も出来ない何も出来ない自分。
自分の人生を振り返りいろんな後悔が湧き上がる。
具体的な願望は何も覚えていないが涙が出るほどの後悔。
「生きたい!」「生きたい!」「生きたい・・・。」
そう嘆いた。

そして・・・。


起きた時はその夢の中の情景がハッキリ残っていた。
心臓がドクドクしてその夢の生々しい感情は身体にまだ残っていた。
「今のはなんだったんだ・・・。」ドキドキしていた。
今際の際を想像ではなく体感した。そう感じた。

そして目が覚めた自分は若さと健康を手に入れた。



人間は死ぬ。

誰でも知っている事だけどそれを実感した人間てのはそうはいないと思う。
想像する事はできるだろうけど実感はできない。
それが出来たらもうお迎えは近いだろうしね。

それから死生観が変わった気がする。
あまり小さい事にこだわらなくなった。
キライな人間に無理して自分を合わせる必要はないと思えたし
好きな人には好きだと言わなきゃとも思えた。

あなたの横で安心しきっているヒトもいつか死ぬ。
永遠なんてものはない。
悲観せよ。なんてつまらない事を言いたいわけではもちろんない。

むしろ逆。だからこそ涙が出るほど愛おしい。限りある存在。

世の事象は理路整然とシナリオが出来ているわけではない。
あなたが持っている秩序という概念も実は何も根拠がない。
あなたの存在も自分も必然ではなく偶然そこに存在しただけ。
何も理由なんてない。

それを認められず必然だと唱えるのもキライではないけど
それはたぶん自分と言う存在、現在の環境を否定されるのが怖いだけだと感じる。
偶然は悪い事ではない。
偶然。必然ではないがこの器が偶然ここにある。

だからこそ感じる感謝も感動もある。

絡みついた生ぬるいだけの蔦を幻想だと伝えて

本当の自分はまだどこかの病院で体中に管を通されて死ねずに苦しんでいるかもしれない。
この身体も何もかもは幻想かもしれない。
必死になって守っているものも実は幻想なのかもしれない。

それでも守らなきゃならない存在がある。
それが幻想だとわかっても誰も責めたりはしない。
全ては虚構かもしれないけどそれでもいい。

本能の赴くまま周りに迷惑をまき散らしながら生きる事を肯定はしないが
虚構の秩序に縛られて生きるのだけの時間の使い方も肯定はできない。

偶然出会えた事に感謝してその鼓動を感じ取る事は決して無駄とは思わない。

あなたのMyTubeが身体に張り巡らされた時にはもう遅い。
理不尽でもなんでもない。
叫んでも誰も助けてはくれない。叫ぶ事も出来ない。









その時あなたが守った秩序があなたにもたらすものはなんだろう。





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Last updated  2009/11/18 06:04:27 PM
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Re:MyTube。(11/17)  
FILM  さん
訪問ありがとうございました。

最初はMyTUBEと文章の関連性が見出せなかった至らない自分ですが、最後にMyTubeがなんたるかがわかり、鳥肌が立ちました。
以前、あれは大学の授業だったと思いますが「死は経験できないもの。ならば死について考えること自体に意味はあるのか?」という議論をしたのを思い出しました。
こういった、改めて今の自分の「生」と向き合うことって大切だと思いますね。 (2009/11/18 05:50:53 PM)

どうもです。  
デボラの家  さん
ただの酔っ払いの戯言です。

>「死は経験できないもの。ならば死について考えること自体に意味はあるのか?」
面白い議題ですね。
誰も経験できないからこそ逆に誰でも参加できますね。
各々が各々、自分なりの考え方、捉え方があると思います。
前向きに生きる為なら死を論ずる価値はあると思います。

またお越し下さいませ。 (2009/11/18 06:00:19 PM)

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