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今でも思い出して、自分でも驚くことがあります。それは2006年3月31日18:00の事です。この時間は正に弊社が祖父の創業から57年間織物業を営んできて、工場を完全に停止した瞬間です。何の式典もなく、ひっそりとした最後の幕引きでした・・・(涙)。この時に、工場内に残っていた在庫商品は「たった1反(タテ糸)のみ」です。このタテ糸は織機に掛かっていましたので、切って廃棄です。ガランとした工場内には、何も残っていなかったのです。昨日まで57年間ガチャガチャと織っていた織機音は全くないシーンとした工場なんて、だれが想像したでしょう・・・(涙)。さぞかし、天国の祖父や父も泣いていたかも知れません。まあしかし現実に戻ると、57年間の最終決算日に、在庫ゼロという事です・・・(驚)。それ以外の糸と織物は全て出荷済みで、その後100%資金回収しました。敢えて「損害」と言うなら、たった1反のタテ糸だけだったのです。金額にして、せいぜい2,3000円程度です。過去57年間で何十億の商いをしてきて、たった2,3000円の損害なんてゼロと同じです。過去20年間月産20万mの織物工場で、廃業日当日1反しか残っていなかったというのは、織物業界では奇跡に近い事です。私の知っている限り、廃業した同業他社の殆どは最後の在庫整理に苦労しています。酷いところになると、事務員を雇い何年も掛かってでも処分できないところもあります。そこには繊維業界や銀行との長年の複雑な取引関係や、同族企業内で兄弟が利害関係で揉めたり、コトはなかなか進まない事情もあったのです。弊社の場合、経営合理化の一環として廃業数年前から徐々に取引銀行と借金の集約化に手を打っており、廃業と同時に全額借金を返済して不動産担保を全て銀行から抜いたのが功を奏しました。アメリカと違って日本の中小零細企業は借金があれば銀行から経営者の個人保証を求められますので、無借金経営がこれほど身軽で自由かと・・・涙が出るほど嬉しかった事を昨日の事のように思い出します。個人保証をすれば会社の倒産イコール経営者の自己破産で、離婚や夜逃げ、一家離散、自殺なんて普通にあるのが悲しいかな日本の中小零細企業の現実です。日本の中小零細企業の倒産原因の殆どが借金過多なので、無借金なら倒産が防げて、誰にも迷惑を掛けないというのが私の日々の心の支えです。しかし一体何故、弊社がそんな事を出来たのでしょうか・・・?それは、1年前から緻密な計算をしていたからです。1年前というのは2005年4月で「廃業を決断した日」です。「1年後に廃業しよう・・・」と。それから緻密な計算が始まったのです。先ず、部品在庫整理から始まり、徐々に発注を減らしていき、最終的には残った部品を全てブローカーや同業者に転売しました。営業活動も、それまで毎週金曜に大阪本町に出向いていたのですが、4月から9月までのシーズンオフも回数を減らし、10月以降のシーズンインに入ってからは3月までの受注を早い目に取ってからは大阪に全く行かず、電話で営業を済ませ極力工場現場に張り付いていました。昼食は自転車で1分の自宅に戻っていたのですが、それも弁当持参で事務所で10分で済ませ、極力長時間工場に滞在する事によって営業、経理、現場の3つを完全にコントロールしていたのです。特に大変だったのが生産計画で、織物の難易度によってこれまでの自社の実績から回転数と稼働率を推測するのです。これが5%狂うと、工場全体の生産計画に大きく影響を及ぼし、再度計画を練り直さなければないのです・・・(汗)。なので、廃業前の1年間は私の頭の中で「生産、効率、稼働率、修正、受注、製品在庫、預かり糸、サイジング、経通し、ドロッパ、ヘルド、テンプル(修理)、入荷、出荷、検反、縮率、筬番手・・・」で夢の中はもちろん24時間常にグルグル回っていました・・・(笑)。それ以外にも、コンプレッサー室、電気室、空調室、結露対策(ダクト操作)、建て替え段取り、タイイング、織機修理(調整)といった現場の仕事や、営業、経理、受け渡し(パソコン入力)、銀行交渉、従業員送迎もしていましたか、自分の時間は殆どありませんでした。工場は24時間エンドレス(年間355日)操業で月産20万mも生産していましたから大変だったので、これが織機台数が半分だったり稼働時間が半分の1日12時間で月産10万mだったらだいぶ楽だったのですが、採算的には全く合いませんでした。そういった緻密な計算による努力が実って、工場が完全に停止した3月31日の1週間前まで織機全台がエンドレス操業していて、停止まで1週間切った日から1日1台、2台、3台・・・と止まっていき最終日で全台織機が停止したのです。この57年間の家業を完全停止した瞬間、何とも言えない寂しさと共に充実感が込み上げてきたのを今でも忘れません・・・(涙)。従業員から「明日から何か、残務整理手伝いましょうか?」と言われましたが、「有難う・・・でも何も残っていないので、その必要はないよ・・・自分の次の職を見つけてきて・・・」というのが精一杯でした(涙)。事実、翌日の4月1日から織機の売却先が来社して、海外への出荷作業が始まったのです。廃業1か月前の3月1日の「廃業宣言」した日から織機などの売却交渉をしていたのです。幸い2年後の2008年北京オリンピックを控えた中国が空前の好景気に沸いていましたので、売却交渉もスムーズにいきました。同じ2008年がリーマンショックでしたから、無理して織物業を続けていたらトンデモナイ事になっていたでしょう・・・(汗)。という事で、織物時代に「多品種小ロット+高品質+短納期+低コスト」という鼻血も出ない非常に厳しい要求を取引先からされて、それを熟してきたことが大きな自信となりました。ただ、その「下請け(賃織り=委託生産)」という経営体質が長年染みついていましたので、それをなかなか脱却できないのがトランクルーム転業後の大きな悩みでした・・・(涙)。織物業から離れて13年・・・前回の増税時は増税分を転嫁できませんでしたが、今回の増税はやっと伝える事が出来るようになりました。そして転業後の不動産仲介業以外の自社運営のトランクルームと音楽スタジオと卓球場とレンタル自習室の4つのビジネスは、織物時代に培われた「緻密な計算力」によって成り立っているのは言うまでもありません。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.30
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10月から大阪のリハーサル音楽スタジオ(バンドスタジオ)業界初となる「サブスクリプション(定額制/定額課金)」をスタートさせましたが、その主旨は夕方から夜にかけて集中するお客さんを6:00~15:00の割とスタジオが空いている時間帯を月額5000円(税込み)という安い料金設定で「音楽を日常的に楽しんで欲しい」という事に尽きます。平たく言えば「泉州にバンド(軽音楽)文化を根付かせたい・・・」という一言に尽きます。一般的にバンドと言えば1バンド3~6人くらいの少人数編成で、私が高校時代所属していた50人くらいの大人数編成のクラシック音楽のオーケストラ部とは真逆ですが・・・(笑)。少人数だからこそメンバー同士の意思疎通も十分にでき、1曲仕上げるのに短期間で済みます。オーケストラだと1曲仕上げるのに、月~土まで毎日2,3時間練習して最低3か月も掛かりました・・・そりゃ、50人の呼吸を合わせるだけでも大変でした。少人数バンドのメリットは、1つのバンドだけでなく他バンドとの「掛け持ち」が出来る事で、その「交流」が刺激に繋がり、自分の音楽性が広げられる事ではないでしょうか。特に、同年代とは違った音楽経歴を持つ年上や年下のミュージシャンとの付き合いが、自分の音楽心を突き動かすのではないでしょうか。という事で、リハーサル音楽スタジオという全く未知のビジネスを3年半前から始めて会員数が1300人を超えた事によって、「音楽の無限の可能性」を感じています・・・(涙)。無限というのは少々大袈裟ですが、私の他の4つのビジネスへのシナジー効果が期待できるという意味での「ビジネスライフ」としての横への広がりや、またバンドメンバーのマッチングやライブハウスへのイベント企画「音楽プロデューサー」としての縦への広がりが期待できそうです。何より本当に今1番ヤリたいのは、スタジオ経営もやっと落ち着いたので、来年こそは40数年ぶりにロックバンドへのドラマーとしての参加ですが・・・(笑)。ソッチの方が可能性が高いし、オモロイやろなァ・・・(笑)。まァ、リハスタ経営者として内側から音楽業界を見て、バンドの1ドラマーとしての外側から音楽業界を見る・・・評論家ではなく、スタジオ経営とドラマー(ミュージシャン)の「2面を持った実践者」という強い立場が、今後のリハスタ経営を強固なものにする事でしょう。人間年を取ると、どうしても偏った考え方になります。頑固になるのは仕方がないことですが、現役でビジネスをヤッテいくには大きなマイナスです。それを意識して、バランスをとっていくのがキーポイントかと。スタジオ客のメインが高校生なので気持ち悪がられようがツイッターもしなければなりませんし、エンドユーザーとのコミュ力を高めるために積極的に国内外で老若男女との会話(大阪弁&英語)を通じて「間合い」を楽しむ・・・物事を内と外の両方から見る事・・・すなわち客観的かつ主観的の両面という多面的思考で「モノゴト」を見るメリットが、私は今後のスタジオ経営に大きなプラスになると考えます。織物時代に川上(紡績・糸)~川下(染色加工・縫製・アパレル・小売り)という繊維業界の長い流通の中で、織布業という流通の真ん中の「川中」ポジションでしかモノゴトを見ていなかった事が失敗(廃業→転業)に繋がった・・・という大きな代償を支払った事が教訓となったからです。普通に考えれば、糸を織物にするという加工製造業(織布)という仕事は、繊維業界でありながらファッション業界の生地というパーツを供給するポジションなのに、代々家業という環境に甘え業界の変化やグローバル化を怠惰にかまけて受け入れず、自ら何も発信もせずに昔ながらの大手総合商社の100%賃織り(委託生産)という楽なビジネスを長年続けてきたツケが回ってきたのです。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.27
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トランクルームと言えば、更地にポンと置いた無人の「屋外型」コンテナというイメージですが、事実泉州エリアの90%がそんなコンテナです。弊社トランクルーム貝塚は、それとは真逆の有人管理の「屋内型」ビルトインタイプのトランクルーム(レンタル収納スペース)です。弊社トランクルーム貝塚は、単に管理人が駐在する有人管理で建物を小さなユニットに区切ったビルトインというだけでなく、イロンナ付帯設備があります。1.1トン・ホイストクレーン(ピアノ運搬にも対応)2.温水ウオシュレット付き水洗トイレ(自動開閉フタ、暖房便座)3.台車6台(300キロ、600キロ)4.掃除機(ロボットタイプ2台、普通タイプ6台)5.3段ステップ6.脚立8台7.軽トラック(レンタル用)8.水道9.スノコ(レンタル用)10.防犯カメラ8台11.ドアホン(カラーモニター)2台12.業務用有圧換気扇(11基)13.3重ロック(外扉、中扉、部屋のドア)14.2重サッシ15.工具(スパナ、ハンマー、6角レンチ、メジャー、ドランバー)泉州エリアの90%のトランクルームが無人のコンテナという現実を考えれば、弊社トランクルーム貝塚が「屋内型」でこれほど充実した付帯設備を持っているのですから全く別物と言えますが、法的に同じ「レンタル収納スペース」というカテゴリーに区切られるのは何か心苦しいものがありますが・・・とにかくトランクルームという全く新しいビジネスを始めて13年間、織物時代と同じように「アイデア、アイデア、アイデア・・・」と1にも2にも「何か新しい事(カイゼン)が出来ないか・・・?」と毎日毎日悩み、試行錯誤の結果が「現在」です。フッと気が付くと、当初単に建物を小さなユニットに区切ったモノが、付加価値とアイデアの積み重ねで相当「変化」してきただけの事です。という事で、もう13年間もトランクルーム業を営んできた訳ですが、オープン1年後に「宅建」資格を取り、業者として免許も取り新しく不動産仲介業も始め悪戦苦闘・・・やはり大阪府内に1万社も同業ライバルの不動産屋がいれば、なかなか儲けるのは至難の業だと悟り、自社の不動産をもっと活かすことを考えて、トランクルーム貝塚の2棟の建物(大阪最大級171室)の「空室対策」として音楽スタジオ、卓球場、レンタル自習室の3つのNEWビジネスも3年前から始めました。そういった全く新しい新規事業を始めた事によって、5つのビジネスにシナジー効果を生んだ事と自分のキャリアアップに貢献した事が何より嬉しかったですねェ・・・(涙)。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.22
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いつも懇意にさせてもらっている地元貝塚市地蔵堂の看板屋さん(サインズシュウ)で、軽トラックにステッカーを貼ってもらいました。先日軽トラックの塗装を刷毛で自分で塗った時に、両サイドのステッカーは残しましたが、前後のステッカーを剥がさずに上から塗ったので消えてしまったからです。看板屋さんでステッカーを貼ってもらった訳ですが、さすがプロの技だと感心しました。というのは、刷毛で塗った時に難儀したのですが、軽トラのボディが結構凸凹なのです・・・(汗)。それをドライヤーでシールを伸ばしながら貼るテクニックは素人にはムリです。完成した軽トラを見て、思わず「派手すぎ!」と思い、恥ずかしさで「乗れるかな?」とチョット心配しました・・・(笑)。しかし、派手なステッカーを貼った軽トラを乗る目的の一つは、「1日1人でも知ってもらおう(トランクルーム、スタジオ、卓球場、自習室)!」という事なので、恥ずかしいも何も関係ないのです。文字通り、仕事の一環(広告宣伝活動)として乗っているだけと割り切ってしまえば、恥ずかしさはどこかに飛んでいきました・・・(笑)。というか、アドトラック(広告宣伝カー)というビジネスは昔から存在しているのは、他の広告媒体(屋外広告、折込チラシ、雑誌、TVCM)と比べても決死劣らない証拠です。しかし、何でこのような考え方に至ったのかと言うと、もう何十年も前にサントリーの名物社長であった佐治さんの本を読んだ時に、仕事でも講演会でも何処に行っても「サンサン、サントリーを宜しく!」が最後の言葉だったそうです。サントリーと言えば、売り上げ2兆円を超えるのに同族企業(非上場)です。「そんな超大企業のトップ(オーナー社長)でも、そこまでヤルのか!」と私の心に激震が走りました。ならば、我々零細企業オーナーも、そのマネをするのは当たり前だと考えました。同じ大企業でも他社の殆どはせいぜい70歳で会社(仕事)と完全に縁が切れるサラリーマン社長で(年金のみに)、そこまで会社への「想い」はありませんが・・・まだその頃はB to Bの織物業でしたので、具体的に実行に移すチャンスが無かったのですが、エンドユーザー相手のB to Cのトランクルーム賃貸業に転業してから、この考えがムクムクと起きだし軽トラにステッカーという「実行」に移したのです。我々零細企業オーナー経営者は文字通り24時間仕事の事を考えて、企業の生き残りを模索している訳ですが、仕事でもプライベートでも移動手段として車に乗る機会も多いので、ボーっと乗っているだけでは勿体ないのです。その為、乗用車には小さいステッカーを貼り、軽トラには前後左右に大きなステッカーを貼っているのです。という事で、ステッカー作業後世間話で、盆踊りの音頭の話で盛り上がりました。というのは、ココのご主人は盆踊りの音頭取りで、私もかつて地元名越青年団団長の時に、地元名越の盆踊りの「横山くどき」を一時期習った事があったからです。所謂、泉州音頭です。同じ大阪でも、昔から河内音頭が全国的にも有名ですが、昔から地元泉州でも独自の盆踊りの音頭があったのです。ご主人の話によると、地元泉州では今一つ泉州音頭は盛り上がっていませんが、今東京でこの「ディープでネットりした独特の泉州音頭」の大規模イベントがあったり、有名月刊誌に取り上げられたしてブレイクの兆しがあるようです・・・(驚)。東京でのブレイクをキッカケに、インバウンドで沸いている地元泉州でも、インバウンドから泉州音頭を再熱させるために「ある提案」をさせて頂きました。その提案というのは、社長さんもよく知っている泉佐野のライブハウス「音楽倉庫」さんで、泉州音頭のライブイベントをするのです。泉州音頭に熱狂する海外からのお客さんで、ライブ会場に大いに盛り上がる様が思い浮かびます・・・(笑)。盆踊りの音頭も世界に誇れる「立派な日本の伝統音楽」です。これを世界中の人に知ってもらわなければ勿体ないと思います。地元泉州には「だんじり祭」という古くからの文化があり、これも徐々に世界に広まりつつあります。関空の地元という「地の利」がありますので、これは大きなチャンスです・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.16
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貝塚市立木島小学校を卒業してから、今年で丸50年です。半世紀前に小学校を卒業したという事実に、自ら驚きます。あれから50年・・・そう考えると、エライ長い事生きているなァ・・・と(笑)。電話ひとつとっても、3,4歳の頃は柱に取りつけている木の箱でした。大人たちは木の箱に向かって、誰もいないのに何か喋っているのを不思議に眺めていたものです・・・(笑)。今の電話は単なるスマホのアプリです。無料で海外と喋れますし、メールも送れ、テレビ電話も出来るのです。恐ろしい変化を目の当たりに、我々の年代の者は経験しているのです。これから先は来春から始動する「5G(第5世代移動通信システム)」を手始めに、どのような技術改革と社会変化が待っているのか・・・?もう電話という概念が無いかも知れません。もう、期待するしかないでしょう・・・戦後まだ10数年しか経っていなかった子供の頃は、戦後の日本復興をけん引してきた当時最先端ビジネスである泉州の地場産業の「綿織物製造業」を営んでいましたので、電話もテレビも車の購入が村でも早かったです。夜の7時か8時になると、近所の人達がゾロゾロと「テレビ見せちょう・・・」と、うちの居間にテレビを見にやって来るのです。当時は未だ水道も無かった井戸水の頃で、自宅前の小川(溝)で洗濯をして、電気冷蔵庫も無かったので木製の冷蔵庫に氷を入れていました。風呂は薪で沸かしていましたねェ(うちは織物工場から出た油の沁みた風綿)・・・車のウインカーも、手で紐を引っ張る手動式でした・・・もちろん、オートマ車もエアコンも自動ドアミラー(窓ガラス)も存在していません。しかし、振り返れば何でもホント早いものです。昨日の事は忘れるのに、50年前の事はよく覚えているというのは年取った証拠です・・・(笑)。イヤ、もう横を向いたら忘れてしまいます・・・(笑)。だから、その当時の思い出話に花を咲かせるのが楽しいから、小学校5,6年のクラス会をもう7年前から毎年続けているのです。今年も昨日泉佐野の料亭で開催しました。もう同窓会に来るメンバーは決まっています。昨日もクラスメートの訃報がありました。彼女はまだ一度もクラス会には来ていませんでしたので、亡くなる前に一度でも会いたかったです・・・(涙)。高校1年のクラス会も毎年やっていますが、これも来るメンバーは固定しています。同窓会に限らず、世の中に沢山ある○○会という任意の集まりというのは強制でも何でもないので、来て楽しい(メリットある)人は来るし、来ても楽しくない(メリットない)人は来ないだけの事です。残りの人生の「時間」「金」「情熱(パワー)」の3つをどう配分するかは、人それぞれの人生観で他人は関係ありません。私も残り少ない人生に於いて、本質的にもっと仕事に取り組むだけでなくプライベートもより充実させる為に、数年前に地元の商工会議所や経済クラブを辞めるだけでなく、その他の見直しも図りました。もう子供らも独立し60を超えれば、残りの人生は多少我がままを通しても誰も文句はないでしょう。というか、私は昔から世間の常識や旧習にあまり縛られず、割と自由に生きてきましたので、ただそれの延長です・・・(笑)。まァ年を取れば取るほど人間というのは頑固になり、行動力も気力も減退しますので、これから年々参加する人数は減って来るのは仕方のない事でしょう・・・たぶん私は、この小学校クラス会はオモシロいし、まだ気力が充実していますので、最後のメンバーに残っているでしょう・・・(笑)。2次会は、ちょうど佐野駅周辺で「泉佐野長者バル」というイベントがやっていたので、駅前の行きつけのショットバー・ロンスターに行き1杯吞み、3次会は二色浜駅前のドラムレッスン生がママのセッションバー「YUKAN CLUB」に行ってカラオケやドラムを叩きまくって遊びました・・・という事で、もう63歳になると、男は男性ホルモンが減少し女は女性ホルモンが減少して性差が縮まり、ちょうどこのクラス会の頃の小学校5,6年の頃に戻った感じです・・・(笑)。加齢によるホルモンの関係か、男はだんだん覇気や闘争心が無くなって大人しくなり、女はどんどん強くなっていく・・・全くその通りです(笑)。個人的にはウインドサーフィンやドラムでドーパミンを出しまくり、空手やストレッチや自重筋トレでテストステロンをキープする・・・仕事もまだまだ現役バリバリで、積極的に1人で5つのビジネス(トランクルーム、音楽スタジオ、卓球場、自習室、コンサルティング不動産仲介)を展開をする事によってボケ防止になります・・・(笑)。こういった「健全な手法」によって男性ホルモンの減少を防ぎ、仕事で脳ミソの活性化を促し、ストレスを極力貯めないようにして1年でも2年でも健康寿命を延ばす努力をするのです。しかし考えてみれば、こういった努力は無意識のうちに40代前半からボチボチ始まっていました。ちょうど会社社長だった父が急死した時と重なります。1番頼りにしていた父が突然亡くなった事によって、根本から人生を見つめ直したのです。従業員と家族を守るのを前提として将来を考え、健康(+趣味)と仕事の両立こそが長期的に人生を充実させると考えたのでしょう・・・何にしても、急に出来るものではありません。5年、10年、20年・・・と地味な努力を継続することによって、やっと効果が現れるというものではないでしょうか。まァしかし、女性や自営業者は別にして一般的にサラリーマン男性は60歳定年から、それまでの仕事中心の人間関係から如何に脱皮をして、これからの老後人生のプライベートを如何に充実させるかを模索しているのが我々の年代です。そして10年後には互いに小学校1,2年頃に戻り、20年後の平均寿命あたりで生まれた時の赤ちゃんに戻るのでしょうか・・・(笑)。80歳の時のクラス会には、全員オムツをしている事でしょう・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.10
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先日、Tリーグの広報担当者様が、わざわざ東京本社から来社されました。Tリーグとは、2018年に最初のシーズンが開幕した日本の卓球リーグです。野球で言うと日本プロ野球リーグ、サッカーで言うとJリーグのようなトップレベルの選手が競う団体です。そんな卓球のトップリーグが弊社に来られたなんて、本当に光栄です・・・(涙)。弊社「貝塚卓球センター」は、トランクルーム貝塚(大阪最大級171室)の単なる空室対策として営業しているだけなんですが・・・しかし、たまに全日本トップレベルの小中学生もコーチと共に来られることがあります。弊社卓球場は「完全個室」なので、ワイワイと家族でピンポンを楽しむファミリー層70~80%を占め、他10~20%が熱々カップルや仲良しグループでしょうか。卓球愛好者の90%は広い公共体育館を利用しており、多くは卓球ファッションを着用した熱心な4,50代以上のシニア層です。どちらかと言うと、アスリート志向です。そこに、「今流行りのピンポンを楽しもうか・・・」というファミリー層やカップルは入りにくいのです。ファミリー層にとって、公共体育館は大きな壁になって、手軽にピンポンをしたくても出来ないのです。ファミリー層はラケットすら持っていない場合が多いですが、殆どの公共体育館ではラケットの貸出しはしていません。それが、更に公共体育館から足が遠のく原因なのです。それをフォローするのが弊社卓球場だったのです。ある意味、弊社が新規開拓したマーケットで、卓球のニッチマーケットと言えるでしょう。弊社卓球場はラケットやボールの無料貸し出しをしていますし、「完全個室」なので常識の範囲ならファミリーでいくらワイワイ騒いでも、カップルでイチャイチャしても大丈夫です・・・(笑)。更に、決定的に公共体育館と違うところが「マシン」設備があるという事です。体育館でマシン利用で100球も「レシーブ練習」すると、ボールが飛散して拾うのも大変ですし、他のプレーヤーの迷惑です。逆の「サーブ練習」も沢山ボールを使いますので、体育館では難しいでしょう。しかし弊社卓球場は「完全個室」なので、マシンを利用したレシーブ練習もサーブ練習もボールが飛散しないので、何の問題もありません。室内に飛散したボールを拾う専用のネットも完備していますので、腰を曲げずに拾うことが出来ますので、シニアにとって優しいですねェ・・・と言うか、「完全個室」というスペースこそ、そういった個人練習に適しているのです。ある意味、仲間に知られず上達する「秘密練習」と言えるかもしれません・・・(笑)。という事で、今回Tリーグがプロモーションで来られた事で、弊社卓球場のミッションは「ファミリーピンポンによって、卓球愛好者のすそ野を広げる・・・」というのを改めて確信しました。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.11.01
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