天の道を往き、総てを司る

天の道を往き、総てを司る

後編


たまたま近くにいたクルーやレジスタンスのメンバーが驚くのを後目に地面の砂を巻き上げ、アジトである断崖を走り抜ける。

「な、なんだぁ!?」

「誰だバギーなんて出した奴ぁ!?」

「ごめんねっと!」

バギーの運転席に座り、ハンドルを握るガロードが口先だけの謝罪をしつつバギーを走らせる。
助手席にはシートベルトで体を固定したティファが座りじっと前を見ている。

「ティファ、しっかり掴まってろよ!」

「……はい」

アクセルを踏み込み、一気にレジスタンスのアジトである断崖を走り抜ける。
途中で轢きそうになった一人の男が助手席に座るティファに気付き声をあげるがもう遅い。

「何の騒ぎだ……っ!?」

外に出ていたシーブックの目の前をバギーが走り抜ける。
瞬間、シーブックは助手席に座る少女の姿が視界に飛び込む。

「あの子は……」

一瞬しか目に映らなかったし、会ったこともないが自分は確かにあの少女を知っている。
フリーデンの中で聞こえた歌声の少女だろうと、一目で確信する。

「誘拐でもされたのか……だけど」

少女からは不快感や恐怖は不思議と感じなかった。
むしろ、待ち望んでいた事のようなそういった感情を抱いていると直感的な確信。
しかし、どちらにしろ放っておける事ではない。
シーブックは身を翻し、アークエンジェルの格納庫へと走り出した。



「キャプテン! ティファが何者かに連れ出されました!」

「何だと!?」

フリーデンブリッジに戻っていたジャミルにティファが連れ出されたと報告が入る。
たまたま艦内をぶらついていたクルーの一人が開けっ放しの部屋のドアと中にいるはずのティファの姿が無い事を発見したのだ。

「格納庫のバギーが一台無くなっています。恐らく、それで……」

「くぅっ! サイーブに連絡を、ティファを追う! フリーデン緊急発進!」

「了解! 外出中の乗組員はすぐにフリーデンに戻ってください!」

オペレーターのトニヤ・マームが外部スピーカーで外出していたクルーへと招集を掛ける。
一度切っていたエンジンを始動させるのにかかる時間が惜しい。可能ならば、搭載機である2機のMSに先行させる所だが……。

「サラ、エアマスターとレオパルドは出せるか?」

「ウィッツとロアビィはすでに待機していますが、機体のメンテナンスが終わっていないのですぐには……」

「そうか……、フリーデン発進を急がせろ!」

もう一人のオペレーターであるサラ・タイレルに指示を出し、ジャミルは歯噛みする。
ティファは長い間探し続け、ようやく見つけた存在、ここで失うわけには行かないのだ。



「なんだ、この騒ぎは……フリーデンか?」

外に出ていたナタルの耳にも当然、フリーデンの緊急招集は聞こえていた。
少し休息をと考えて外に出た途端にこれだ……正直うんざりするが、どのみちこちらには関係ないだろう。

(まぁ、あっちはあっちで勝手に……)

ヘリオポリス脱出からこの方、全く気の休まる時間が無かったのだ。
何が起きたのかは気になるが、こちらの戦力を動かして手伝う必要性は皆無の筈。
お人好しの気がある艦長が何か言うかもしれないが……と思った直後の事だった。

『バジルール中尉! 危ないですよ!』

「……何? うわっ!?」

突如かけられた声に反応し顔をあげた直後、メンテナンスベットからF91が起動し、歩き始めた。
ナタルは咄嗟に近くのコンテナ近くへと飛び退き、事なきを得る。

「な……何事だ!?」

「シーブックの野郎が、F91をいきなり!」

「何だと……っ!?」

ナタルが顔をあげ、F91を見上げる。
そのコクピットでシーブックはパイロットスーツの襟を止め、ヘルメットを被る。
モニターの隅でメカニックやナタルが怒鳴っているのが確認できるが無視だ。

(あの女の子……一体何なんだ?)

バイザーを閉じ、レバーを握る。
念の為にとビームライフルを握り、F91の機体を艦の外へと出す。

「F91、出撃する! 罰は後で何とでも!」

スラスターに点火し、機体を空へと飛翔させる。
F91が飛翔した際の暴風で舞い上がった砂煙にむせながら、ナタルは顔を上げる。

「何を考えてるんだアイツは……艦長達に連絡を! クルーに招集をかけろ!」

近くにいたメカニックに怒号の如く指示を出しながら、ナタルは忌々しげに舌打ちする。
せっかく気の休まる時間が取れたと思った矢先にこれだ。
意地でも自分を休ませない気かと、あまり信じてもいない神を呪いたくなった。



砂漠の中、ガロードは地図を表示した端末を片手にバギーを走らせる。
星の位置やら方位磁石やらで方角を確かめながらライクとの合流地点へと急ぐ。

「あのさ、寒くない?」

助手席に座るティファへと声をかける。
とりあえず、フリーデンから拝借してきたマントを着せているが夜の砂漠はかなり冷え込む。
線も細く、見るからに病弱というかお世辞にも体は丈夫には見えない彼女には相当応えるのでは無いかと思う。

「……大丈夫、平気です」

そんなガロードの意図を読みとったのか、ティファは静かに呟く。

「そう? ならいいけど……げっ!?」

なんとなく視線を移したサイドミラー……そこに移る一機の白いMSにガロードは表情を苦渋に歪める。
アークエンジェルから無断出撃したF91が真っ直ぐこちらへと向かってきているのがはっきりと確認できる。

「女の子一人にMSってマジかよ!?」

いくらなんでもMS相手では分が悪すぎる。
逃げ切る事はまず不可能、倒すなんて論外ですらない。
どうしたものか……白旗でもあげるかとガロードが考えた時、ティファがそっと呟く。

「大丈夫……あの人は、敵じゃないから」

「……へ?」

「大丈夫……信じてください……」

か細い声だが、確信を持っての言葉。

「……わかった」

ガロードは頷き、アクセルを踏み込む、
その行動に迷いは無かった。



F91のコクピットで、ガロードとティファの乗ったバギーを追うシーブックもそれを止める気はなかった。
反射的に追いかけようと思ったというか、あの少女に導かれたというか……自分でも追いかけている理由が解らない。
ただ、あの二人の後を追うべきだという確信だけがあった。

「あの子……何なんだ? さっきから不思議な感覚を……」

ティファを見ていると頭の中に不思議な感覚が浮かんでくる。
ぼんやりとしているような、直感的な確信と言うのか……言葉では言い表せない感覚だ。

『シーブック! シーブック・アノー! 貴様、何をしている!』

突如、通信回線が開きモニターにナタルの顔が表示される。
物凄い形相で、瞳には怒りの色が混じっている。
勝手に出撃したのだから当然だろう。

「何って……フリーデンの騒ぎを聞いて飛び出したんですよ」

『そっちはフリーデンの連中に任せればいいだろう!? 貴様のせいでこっちはどれだけの迷惑を……』

「罰は後でどうにでもと出撃前には言いましたよ」

『そう言う問題ではな』

ナタルの言葉が終わるよりも前に通信回線を遮断する。
これ以上の会話しても意味がないだろうと、判断した……後で懲罰確定だ。
それはともかくとしてと頭を切り換え、シーブックはレーダーに気を配りながらバギーの後を追う。



「あいつめ……っ! 勝手な行動の上に通信まで!」

通信機を乱暴に叩き付け、ナタルは忌々しげに言う。
相当頭に来ているのか、普段から纏っている近寄りがたい厳しい雰囲気が更に増しているようだ。

「ふぅむ……シーブック君とは会話していませんが、独断行動するような子には思えませんでしたけどねぇ」

田中が顎を押さえながら呟くが無視。
ナタルは格納庫に通信を開き、マードックを呼び出す。

「軍曹、機体の準備は?」

『とりあえず全機準備は完了してます。パイロットも乗り込んでますよ!』

「そうか。とりあえず少佐のスカイグラスパーと飛鷹のノヴァイーグルを先行させる。伝えておけ」

『了解!』

通信機を置いて、深いため息を吐く。
何故にこうもアークエンジェルのパイロットは独断行動する奴が多いのだろう。
少しは上官の気苦労とかそういうのを考えてくれと愚痴りたくなってくる。

「バジルール中尉、艦長に報告は?」

「後で私からしておく。全く……苛々させてくれる」

ナタルの忌々しげな呟きの後、アークエンジェルの格納庫からスカイグラスパーとノヴァイーグルがF91を追って出撃した。



かつての戦争で廃墟となった街。
そこが、ガロードとライクの待ち合わせ場所だった。

「これはガロードさん。流石ですね、時間通りだ……」

廃墟の側に立っていたライクが懐中時計を見やりながら言う。

「へへっ、まぁこういう商売は信用が大事だからね」

「ごもっともです。それでは、ティファ・アディールを引き渡していただきたい」

「あぁ……ティファ」

少し名残惜しそうにティファを促す。
しかし、ティファはライクの顔を……まるで、怯えているかのような表情で見やっている。

「ティファ、どうした? さぁ、こっちに来るんだ」

ティファのそんな様子に構わず、少し強めの口調で彼女へ声をかける。

「いや……」

「えっ?」

消え入りそうな声で、確かに呟かれた拒絶の言葉。
そして、ティファの異様ではない怯えよう……間違いなく、何かがある。
元から胡散臭い所はあった依頼だが、やはりと言った所か。

「ティファ、こっちへ来い!」

バギーから降りようとしないティファに業を煮やしたのか、ライクの口調が厳しくなる。
その目から、心配していたという感情はあまり感じられない。

「くっ!」

次の瞬間、ガロードはバギーのアクセルを踏み込み、バギーを走らせていた。

「なっ……うおっ!?」

ライクは飛び退き、バギーから離れる。

「ガ、ガロード・ラン! どういう事だ!?」

「悪いね! この依頼、やっぱ無しって事で!」

砂煙を巻き上げながら、ガロードはバギーを走らせ廃墟を脱する。
ライクは舌打ちしながら、懐から通信機を取り出す。

「私だ。依頼した奴が裏切った、MSを出せ! こういう時の為に雇った傭兵もいるだろう!」



バギーを走らせながら、ガロードは軽くため息をついた。
惜しい事をしたなとは思うが不思議と損をした気分はないし、これで良かったと思っている。
元から胡散臭かったのだし、この手の依頼を土壇場で蹴ったのも一度や二度ではない。

「……」

ティファが何やら不思議そうに自分を見ているのが少し照れくさい。
結果的に助けた事になり、自分の仕事が駄目になった事をなんとなく悟ったのだろう。

「あぁ、気にすんなって。どのみち胡散臭くてやばそうな仕事だったんだ……報酬は魅力的だったけど」

「そう……っ! 来ます!」

「へっ?」

突然、様子を一変させて強い口調で叫ぶティファに戸惑う。
ティファは横から手を出し、ガロードの握るハンドルを強引に右へと切らせる。
バギーが右へと道をずれた直後、さっきまで走っていた場所に何かが着弾し爆発する。

「うわぁっ!? な、なんだぁ!?」

後ろを振り向く。
そこには5機のMS、ドートレスHMがマシンガン片手にこちらを追ってきている。

「MS!? しかも高機動タイプ!?」

あのライクが雇っていた傭兵といった所だろうが、相手が悪すぎる。
通常使用のドートレスならともかく、高機動型が相手ではバギーなどすぐに追いつかれてしまう。
しかも相手はこちらを撃つ気満々だ。

「クソッ、万事休すって奴か……」

「大丈夫……助けが来ます」

諦めかけるガロードを、安心させるようにティファが呟く。
直後、上空からのビーム射撃がドートレスの動きを一時的に止めた。

「なっ、なんだ!? アイツは……っ!」

上空からのビーム射撃……F91の放ったビームライフルがドートレスの動きを止める。
そのままF91はドートレスとバギーの間を遮るように着地し、5機のドートレスと対峙する。

「お前ら、生身の相手にMSで!」

腰からビームサーベルを引き抜き、手近なドートレスへと斬りかかる。
ドートレスも咄嗟にビームサーベルを引き抜こうとするが遅い。
一閃の後、ドートレスの左腕は空中に舞い上がり、機体は仰向けに倒れる。

「あの白いMS……なんで……」

何故、F91が助けてくれるのかは解らないが今は有り難い。
ガロードは今の内にとバギーのアクセルを踏み、一気にドートレスとの距離を離す。

「しっかし、どこまで逃げればいいんだ……?」

砂漠は隠れる場所が致命的にない。
街に転がり込めればどうにでもなるだろうが、それも安全とは言い切れない。
どうしたものかと悩んでいると、ティファがそっと指をある方向へ指す。

「ティファ?」

「こっちへ……こっちへ行ってください」

静かに呟く。
ティファはさっきもバギーを狙うMSの攻撃を避けて見せた。
そして、今度はF91の応援も予見……この少女には予知とかそういう力があるのかも知れない。
ライク達は、その力を狙って自分に彼女の奪還を依頼したのかもしれない。

「他に当ても無いし……しっかり、捕まってろよティファ!」

ここは一つ、彼女の言う事を信じてみよう。
ガロードはアクセルを踏み込み、ティファの指し示す方角へと一気に駆け抜ける。
一方で、シーブックはF91を巧みに操りドートレスとの戦闘に集中している。
数の上での不利は否めないが、どうにかしなければいけないのだ。

「クソッ! 砂漠戦に対応するようOSは弄くって貰っているけど!」

地面に降りたのは失敗だった。
こっちは地上での戦闘経験はさっぱりなのだ……どうやったって勝ち目は薄い。
とりあえずは性能差でなんとか持ちこたえてはいるが、それも長くは持たないだろう。

「いきなり出てきやがってぇ!」

「仕事の邪魔なんだよ!」

ビームサーベルを抜き、F91へと斬りかかる傭兵のドートレス。
シーブックは機体のビームシールドを展開してそれを防ぎ、自らもビームサーベルを振るう。
サーベル同時がぶつかりあい、火花を散らす。

「パワーだけならこちらがぁ!」

「力押しで数に勝てんのかぁ!?」

背後に回り込んでいた別のドートレスがビームサーベルを構え、飛びかかる。

「しまった!」

「もらっ……うがっ!?」

F91へビームサーベルを振り下ろそうとした直後、ドートレスは空中から放たれたビームに撃ち抜かれる。

「何だ……? ビーム!?」

シーブックが顔をあげる。
それと同時に夜空の向こうに二機の戦闘機、スカイグラスパーとノヴァイーグルを確認する。
スカイグラスパーはビーム砲を撃ち、別のドートレスの胸部を破壊。
ノヴァイーグルはヒューマノイドモードへと一瞬で変形し、ダガーを構え手近なドートレスの頭部へ突き立てる。

「な、なんだぁ!? うわっ!」

残る二機のドートレスはスカイグラスパーとノヴァイーグルに気を取られていた隙をついたF91のサーベルに両足を切られ沈黙。

「ノヴァイーグルは葵さんだろ……あの戦闘機は、フラガ少佐か?」

『オイコラ、シーブック! お前……何、勝手してんだ!?』

通信機からムウの怒鳴り声が聞こえてくる。
当然のように、お怒りのようだ。

「だって、フリーデンの騒ぎを聞いたんですよ?」

『んなもん、こっちにゃ関係ない事だろ? ったく……まぁ、そこまではいいとしてだ。何でまた戦闘してたんだよ?』

「バギーが襲われいたので助けたんですよ。フリーデンから逃げたって奴だと思うんですが』

『なら、直接フリーデンの人達に言ってみれば? 丁度向こうも来たみたいだし……』

通信に割り込んできた葵の言葉通り、砂漠の向こうからフリーデンがこちらへ向かってきている。

「どうしますか?」

『さっきも言ったが、こっちにゃ関係無い事だ。さっさと引き上げる……ついでに、バギーが通っていった場所でも教えてやれ』

フラガはシーブックにそれだけ言うと通信を切る。
取り入る暇も無く通信を切られたシーブックは、不服そうな顔をしつつもフリーデンに電文で通信を送り、バギーの事を伝える。
そうして、F91はノヴァイーグルとスカイグラスパーに連れられアークエンジェルへと引き返していった。



「戦闘……? うちの部隊じゃないのか?」

「はっ、作業に出た部隊では無く別の……アンノウンだそうです」

砂漠の真ん中で開始された戦闘は当然、バルトフェルドの部隊にも察知された。
正確には近くのポイントへと作業に出ていた部隊が偶然察知したのだが……。

「どうしますか? 調査ポイントに近いので戦闘が飛び火するかも……」

「ふぅむ……まともに自衛対応出来る戦力ならいいんだが、どうにも嫌な予感がするな」

バルトフェルドは顎をさすりながら呟く。
こういう時の嫌な予感は不本意ながら良く当たる物だと、バルトフェルドは感じていた。

「そこの部隊は撤退させろ。可能なら、偵察するようにも言っておけよ」

「はい。あそこの部隊には偵察用のバクゥも回してましたし可能だと思います」

指示を受け、ダコスタが近くの部隊へ指示を出す。
それを聞きながらバルトフェルドはブリッジを出て、近くの窓から外を見やる。
窓の外から見える大地に突き刺さったコロニー、何度見ても良い気分のする物じゃない。

(嫌な気分の時に見るもんじゃないね……あれは……)

まさか調査隊のいたポイント付近にGXがある事は無いよなと思う……いや、無い事を願いたい。
上からの命令で探してはいるが、あれは絶対に見つかってはいけない物だ。
流石に考えすぎかと思いながら、バルトフェルドは自室へと戻っていった。



ティファに導かれるまま、ガロードは砂漠の中にひっそりと存在する洞窟を訪れていた。
バギーを洞窟の中に入れ、そのまま走らせる。
洞窟の中は始めこそ自然に出来た物であったが、奥に進むと様子を一変させる。
明らかに人の手が入った人口の壁や床に変わる……長い間放置されていたのか、あちこち荒れ放題ではあるが……。

「砂漠の真ん中にこんな所が……? 旧連合の基地か何かか?」

物珍しそうに周囲を見渡しながら、ガロードはバギーを走らせ最深部へと到達する。
何かの工場だったらしく、古びたクレーンなどの機器がいくつか放置されている。
そんな工場の真ん中に、それは眠っていた。

「これは……MS!?」

そこにはメンテナンスベットに固定された一機の白いMSがあった。
L字のパネルのような物と長いキャノン砲を背中に背負った二本のアンテナと二つのアイカメラを持つ機体。
他の古びた設備とは違い、最近まで手入れされていたかのように真新しい。

「なんでこんな所にMSが……ティファ、まさかこれがあるのを知ってたのか?」

「……これを、使ってください。もうすぐ、追っ手が来ます」

「えっ……うわああっ!?」

ティファの言葉の直後、激しい振動が工場全体を襲う。

「この振動は……MS!?」



洞窟周辺は10機のドートレスが完全に包囲していた。
そのうち一機のドートレス、指揮官用の機体にライクは乗り込んでいた。

「あの二人は間違いなくこの洞窟に逃げ込んでいる。攻撃してあぶり出せ!」

こういう時の為に、ガロードの服に探知機を忍ばせていたのが役にたった。
最初に追わせた傭兵共が全滅したと聞いた時はどうしようと思ったが、ここまで追いつめれば完璧であろう。

「馬鹿なガキだ……大人しくティファを渡せば、死なずにすんだ物を……」

すでに勝利を確信しているライクは愉悦の表情を浮かべる。
他のドートレスが砲撃を行っていれば、洞窟が崩れるよりも早くガロード達は出てくる筈。
簡単に崩落させないようにわざと的はずれの場所に撃たせているのだ。
そして、出てきた所でティファを奪い返しガロードを始末する。
ライクの脳内に描かれたプランは完璧だった……イレギュラーさえなければ。



「クソッ! ここだっていつまでも持たないぞ……っ!」

洞窟の中、激しい振動に襲われクレーンなどがギシギシと重い悲鳴をあげる。
このまま砲撃が続けば間違いなくクレーンや岩の下敷きになってお陀仏だ。
それだけは御免被る。こんな所で死んでたまるかと、ガロードは打つ手を探し……目の前のMSを見やる。

「あれしかないか……ティファ!」

ティファの手を掴み、ガロードはMSのコクピットへと向かう。
降りっぱなしだったラダーに足をかけ、ティファが落ちないように抱きしめながらコクピットへと上がる。
胸部に設置されているコクピットのハッチを開き、そのまま飛び乗る。

「よし……動けぇっ! ってあら……?」

左手でレバーを掴み、右手でも同じくレバーを掴もうとするが何も掴めない。
視線を移すと、あるべき筈のコントロールレバーがそこには無かった。

「えぇっ!? なんで操縦桿が……」

わざわざここだけ持っていくジャンク屋がいる筈もないのに何で無いのかと思った時、ガロードの頭に一つの考えが浮かぶ。
懐から、フリーデンから拝借した黒い操縦桿のような物を取り出し、じっと睨む。

「まさかこれで動いたりは……」

これを差し込めば動くかなと思ったが、そんな筈もないよなと思う。
しかし、右の操縦桿があるべき場所は明らかに何かを差し込めるようになっているし……丁度持っているのも操縦桿。
偶然にしては、都合が良すぎる。

「これで動いたら……神様信じる!」

祈るような、やけくそのような気持ちでガロードは操縦桿を差し込む。
ガチャッと言う音の直後、操縦桿に光が灯りコクピットの計器に火がつき始める。
そう、見事に起動したのだ。

「くぅっ! 俺、神様信じちゃう!」

一度起動させればこちらの物。
ガロードは強引にメンテナンスベットの固定器具を引き剥がし、機体を動かす。
基本操作はドートレスなどと対して変わらない。十分動かせる。

「んっ……これは……」

目の前のモニターに、機体コードが表示される。

「GXー9900……ガンダムX……ガンダム!?」

頭部の特徴から、そうだとは思ったが本当にガンダムかとガロードは驚く。
15年前の戦争で連合が開発した最強のMS、それがこんな所で眠っていたのかと。

(それに、何だ? 最近まで手入れされてた?)

15年も前の機体の筈なのに、機体の状態は万全だ。
動力も現在のMSと同じくバッテリータイプになっており、エネルギーもチャージされている。
極々最近まで、誰かの手が入っていたのは間違いない。

「まぁ、この際どうでもいいや! ティファ、しっかり掴まってろよ!」

「はい」

自分の膝の上に座るティファに声をかけ、ガロードはGXのバックパックからライフルを引き抜く。
天井の一点に狙いを定め、引き金を引く。
放たれたビームが天井を貫き、爆破。そうして出来た穴目掛け、GXを飛翔させる。

「行けぇ!」

目論見通り、天井を爆破した穴からGXは洞窟の外へと……10機のドートレスが包囲する砂漠の上に脱出した。

「ゲッ……ドートレス10機!?」

「あれは……GX-9900とでも言うのか……っ!?」

ガロードとライクの顔が同時に青ざめる。
いくらガンダムとはいえ、MSでの戦闘経験がほとんど無い自分が10機も相手に勝てるのかとガロード。
話に聞く最強のMS、ガンダムXが目の前に突然出現するというイレギュラーが起きたライク。
そんな互いの思考を余所に、ガンダムXは重力に従って地面へと着地した。



「ほぉ……俺が整備を終えた直後に誰か見つけたってわけか。これは面白い」

洞窟から数キロ離れた地点に、一機の機動兵器が鎮座していた。
白に塗装され、重武装を施した細身の機体、アスモデウスである。
その左肩の上、双眼鏡を片手にガイリーズはGXとそれを包囲するドートレスを見物している。

「ククク、あの女の言う通りにしておいて良かったな。どこの誰かは知らないが……」

GXは定期的にガイリーズと、彼の雇い主の配下の者が整備にきていた。
元々、雇い主が偶然発見した物らしく整備や動力の換装を行いながらも、自らの物としていなかった。
理由を聞けば「誰が手に入れるか見物したいから」という娯楽。
たった一機で戦局をひっくり返しかねない装備を持つGXを、どこかの誰かがどう使うのか……成る程、面白い見物だ。

「あの女の元にいるのは退屈しないな全く……」

ガイリーズは整った美形の顔立ちに不釣り合いな下衆の笑を浮かべ、双眼鏡を覗き込む。
この娯楽、どこまで楽しくさせてくれるのか楽しみだ。



ガロードは焦っていた。
周囲には10機のドートレス、自分はガンダムとは言えども1機。
どう考えても勝ち目はない。

「クソッ……どうする!」

「ええい……ガンダムXがこんな所で……! 攻撃だ! 攻撃しろ!」

先に痺れを切らしたのはライクだった。
配下のドートレスに攻撃命令を下し、それに従いドートレスが攻撃を開始する。

「来るっ!?」

ガロードは、GXのシールドバスターライフルの引き金を手近なドートレス目掛けて引く。
放たれたビームがドートレスの左腕を撃ち抜くが、それだけ……ドートレスは右手に握ったビームサーベルで襲いかかる。
咄嗟にバスターライフルの装甲を展開し、シールドモードへ変形させてそれを受け止める。

「クソッ!」

左手で背中のビームソードを引き抜き、ドートレスの頭部に突き立て倒す。
すぐさま背後から襲いかかる別のドートレスへと向き直るが、反応が遅く体当たりで吹き飛ばされる。

「うわあああっ!」

「あぁっ!」

悲鳴をあげる二人、そんな事など知らずドートレスは襲いかかってくる。
ガロードは歯を食いしばりペダルを踏み込んで、GXを飛び上がらせ包囲から距離を取ろうとする。
しかし、ドートレスは一斉にライフルで攻撃を仕掛け思うように逃がしてはくれない。

「くそぉっ! 逃げられねぇ!」

飛行を諦め、着地。
ライフルを撃ち反撃しようと向き直るが敵の弾幕の前にシールドを解除できず防戦となる。

「ヤバイ……このままじゃ!」

「いいか、手足を破壊して動けなくしてやれ! そうすればいかにガンダムといえど……」

ライクの指示で、攻撃をGXの四肢へとドートレス部隊が集中させる。
装甲は丈夫なのか、すぐに壊れる事は無さそうだがいつまでも持たない……ガロードは振動に耐え、ながら思考する。

(どうする!? このままじゃ死ぬ……俺だけってんならまだしも、ティファまで!)

ライク達の目的はティファである為、念のためにとコクピットは直接狙わないだろうが可能性は0ではない。
かといって自分の腕ではこの状況をどうする事も出来ない……距離はそれなりに離れている為、直撃弾はそうそう無いが持久戦ではこちらが圧倒的不利。
増援など来るはずも無いし、完全に手詰まりだ。

「なんとかして、ティファだけでも逃がせないか……っ!」

思わず口に出た言葉。
あって間もない少女だが、こんな所では死なせない、死なせたくないという思いに支配される。
理由などわからないが、とにかく死なせたくない。かといってライク達に引き渡したくも無い。
ガロードはただ、ティファをどう助けるかの一点に考えを集中させる。

「……ガロード」

不意に、ティファがガロードの手に自分の手を添え名を呟く。

「えっ?」

まだ名前を教えていない筈なのに……と思ったが、彼女の不思議な力を考えれば他人の名前ぐらいすぐに解るのだろうと思った。
ティファは真っ直ぐにガロードを見つめる。

「あなたに、力を……」

その言葉の直後、ガンダムXに封印されていたシステムが目を覚ました。



フリーデンがGXとドートレスの戦闘を捉えられる範囲にまで到達した時、戦況はGX不利に陥っていた。
正面モニターに映しだされる戦闘は、ドートレスに追いつめられ防戦一辺倒をなるGXの姿。

「なんだ、あの機体……」

「あれって、ガンダムよね?」

ブリッジクルーのシンゴとトニヤがGXの姿を見ながら言葉を漏らす最中、ジャミルだけは驚愕の表情を浮かべていた。
その視線は、GXにのみ向けられている。
彼の記憶に刻みつけられた、忘れる事の出来ない過去を嫌でも思い出させる姿を持つMSに。

「……月は、出ているか?」

「……は?」

「月は出ているか?」

ジャミルの呟いた言葉に戸惑いながら、サラが答える。

「ええ、今日は綺麗な満月が……それが……っ!?」

ジャミルの質問の直後だった。
夜空に浮かぶ満月から一筋の光が地表へと伸び始めたのは……。

「あれは……っ!?」

それを見たジャミルの顔が一瞬で青ざめる。
予想しうる最悪の事態……15年目の悪夢が、目の前で繰り返されようとしていた。

「不味い……撃つなぁ!」



ティファが何か祈るように瞳を閉じる。
それとほぼ同時に、GXのディスプレイに文字が表示される。
機体の認証コード等が次々に映しだされ、どこかへと送信されていく。
文字の羅列の中、一つのシステムが起動した事を示す文字がガロードの目にとまる。

「これは……サテライト、システム? これが、ティファの言っていた力なのか?」

ガロードの問いに、ティファは力強く頷く。
彼女の言う力……これがあれば、この状況を打破出来るのかも知れない。
それならば、遠慮無く使わせて貰う。

「よぉし……これか!」

差し込んだ操縦桿のスイッチを入れ、小型のディスプレイとセンサーが展開する。
GX胸部も淡い光を放ち、そして……月から照射される光を、そこに受け入れる。

「次、0.4秒後にマイクロウェーブ……っ?」

「来ます」

最初に照射された照準用レーザーでクリアされた進路に従い、マイクロウェーブが照射される。
GX胸部の装置に照射されたマイクロウェーブに反応し、バックパックのL字型パネルが展開する。
キャノン砲を右肩に担ぎ、X字に開かれたパネルが少しずつ光を放ち始める。

「あれは……まさか!?」

キャノン砲を担いだGXを見たライクの顔は一瞬にして青ざめる。
GXを未だに最強のMSと呼ばせる理由たる兵器、その銃口がこちらに、自分達に向けられている。

「まさか……ティファが、アクセスしたのでもいうのか!?」

有り得ない話では無い。
彼女の力ならば、アクセスを行いシステムの起動を可能に出来るだろう。

「不味い……逃げるか、いや……っ!」

このままでは危険だ、一刻も早く遠くへ逃げるべきだ。
しかし、ティファを確保できないままに逃げる事などあってはならない。
ライクが判断に迷っている間に、キャノンのエネルギーチャージは完了する。

「チャージ完了! 行けぇぇぇっ!」

ガロードが引き金を引き、キャノン砲からチャージされたエネルギーが放出される。
放たれるは暴力的なまでの閃光。止める術も、防ぐ手だてもないソレはライク達のドートレスを飲み込んでいく。
悲鳴すらあげる事も出来ず、ライクとその部下……彼が雇った傭兵は光の中に消滅する。
その閃光は留まる事を知らず、砂漠を剔りながらどこまでも伸びていき、偵察を行っていたザフトの部隊へと迫る。

「こ……こっちに!?」

「早く逃げ……うわああああああああっ!」

撤退を開始しようにも、すでに遅い。
ザフトの部隊は、エネルギーの奔流に飲み込まれ機体毎消滅した。



「ククク……これは、これは最高だ!」

キャノンの放たれている方向とは真逆の位置にいたガイリーズは、その光景を見て笑みを浮かべていた。

「話には聞いていたサテライトキャノンを拝めるとは……フフフ」

クロスボーン・バンガードを早々に抜け、地上に降りてきたかいがあった。
こんな光景を拝めるなんて、最高の気分だ。

「クハハハハ! この砂漠、なかなかに楽しませてくれそうだ!」

ガイリーズは、アスモデウスのコクピットハッチの上で高笑いをしながら愉悦に浸る。
この砂漠で起こる戦いは、果たして自分をどこまで楽しませてくれるのか……。



アークエンジェルへ戻る最中の、フラガ達もGXのキャノン砲から放たれたエネルギーの閃光を捉えていた。
距離は大分あるが、それでもはっきりと視認できる程のエネルギーの塊だ。

「なっ……なんだ、ありゃ!?」

「あれは……っ!」

シーブックは、そのエネルギーの奔流の中に何かを感じていた。
人々の悲鳴、恐怖といった感情が僅かながらに感じられる。

「うぅっ……気分が……なんだ、この感じは……」

ヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、パイロットスーツの襟のロックを外す。
あの光を見て感じた感情が自分の中に入り込んでくる……気分が悪い。
あれは、放たれてはいけない光だったのではないかと思える。

「……待てよ」

不意に、あの少女の事が頭をよぎる。
あの少女が乗ったバギーが走っていった方角は、エネルギーが放たれている地点の方だ。
まさかとは思うが……。

「くっ……放っておけるか!」

シーブックはF91を反転させ、収まりつつあるエネルギーを放つ源へと向かう。



「ぁ……」

GXのコクピット。
すでに収まったエネルギーの閃光の後、高温で鏡面のようになった砂漠の砂をガロードは呆然と見やる。
目の前にいたMSは跡形もなく消滅し何事も無かったかのように沈黙が場を支配する。

「これが……このガンダムの、力」

ただ一言、それを言うだけしか出来なかった。
凄まじいまでの力だ。正直、こんなMSが存在する事に恐怖すら感じる。
だが、この機体があればティファを守っていけるかもしれないとも感じている。

「やった……やったぜ、ティファ!」

そう思うと、少し嬉しくなった。
笑顔を浮かべ、ティファの方を見やる。
しかし、ティファは呆然とエネルギーが通り過ぎた一点を見やっていた。

「……ティファ?」

ガロードが呼びかけても反応しない。
少し体を揺さぶってみるが、それでも反応せず呆然としている。
この力に驚いているのかとも思ったが、彼女が教えてくれた力だ……知らなかったわけじゃないだろう。

「ティファ……どうしたんだ?」

「あ……あぁ……」

ようやく声を発するティファ。
その声はどこか掠れており、ようやく絞り出したかのようなか細い声。
やがて、ティファは頭を押さえ……何かの枷が外れたかのように、悲鳴をあげる。

「あああああああああああああああああああっ!?」

「ティ……ティファ!?」

「うああああああああっ!?」

何かに藻掻き苦しむかのように、ティファは悲鳴をあげる。
喉が掠れるのでは無いかと思う程の悲鳴。

「あああああああ……ぁ……っ」

やがて、糸の切れた人形のようにティファは崩れ落ちる。

「ティファ……ティファァ!?」

力無く倒れたティファの体を抱き寄せ、ガロードは名を叫ぶ。
そのガロードの悲鳴のような叫びと共に、砂漠の夜は明けていた。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: