天の道を往き、総てを司る

天の道を往き、総てを司る

第四話 策略


振るわれる鉈を避け、ユイランの腹部へと右の拳を突き出す。しかし、ユイランは左足を軸に体を回転させ拳を避ける。
そのまま回転しながらリーアの背後に回り込み、勢いをつけて鉈を振るう。リーアは体を反らして鉈を避け右の回し蹴りを放つ。
ユイランは左腕でそれを受け止める。その拍子に鉈を手放してしまうが拾う事なく右に鉈を構えてリーアへと斬りかかる。
リーアは左の拳を握りしめ、ユイランへと突き出す。二人が互いの横をすり抜け数歩分の間合いを取り、背中合わせに静止する。

「……っ」

リーアが僅かに顔を歪ませ膝をつき、左脇腹を押さえる。
指の隙間から僅かに血が流れる。ユイランの鉈が彼女を左脇腹を捉え切り裂いていた。

「ぐっ……」

だが、ユイランも表情を歪ませ膝をつく。
リーアの放った拳も彼女の脇腹を捉えダメージを与えていた。
与えたダメージはどちらもほぼ同じ。ユイランは膝をついて一秒もしない内に立ち上がり鉈を握りしめリーアとの間合いを詰める。
一瞬反応が遅れたリーアが立ち上がると同時に鉈が振るわれ、リーアの左肩を鉈が切り裂く。
更にユイランはリーアの腹部へ勢いを殺さずに蹴りを放つ。ユイランの蹴りが腹部にめり込みリーアは吹き飛ばされ床へと背中から叩きつけられる。

「うっ……」

僅かに顔を歪め、声を漏らす。
左肩は骨までは到達していないが傷は深く痛みでまともに左腕が動かせない。
右手で傷口を押さえるが血は止めどなく流れ左肩を赤く染めていく。

「言ったでしょ……痛い思いするって……」



「おおおおっ!」

航の駆る栄光号がジャイアントアサルトを連射する。
対するユイファンのサベージは鈍そうな外見からは想像も出来ない程、軽快な動きで銃弾を避け小島機との間合いを詰める。
両手に構えた二丁の銃剣を構え、横凪に振るう。

「くっ!」

航は咄嗟に機体を下がらせるがジャイアントアサルトを銃剣で切り落とされる。
爆発するまえに投げ捨て、右腰にマウントしていたナイフ型の接近専用武器、零式超硬度小剣を構える。
ユイファン機は銃剣を構え踊るように華麗なステップを踏みながら小島機へと襲いかかる。

「チィッ!」

銃剣の斬撃をナイフで受け止める。
単純な馬力ならばASよりも人型戦車が上。そのまま力押しにサベージをはじき飛ばす。
これが普通のパイロットの動かすサベージならば背中から地面に叩きつけられていただろう。しかし、ユイファンは空中で機体を回転させ体勢を立て直し更に銃弾を小島機へと見舞う。
操縦者の動きを拡大してトレースするASならではの動き。放たれた銃弾が小島機の右腕を吹き飛ばす。

「ぐああっ!」

そのすぐ近くではでは佐藤と亜美の栄光号がガトリング砲を構えたザイードのサベージ相手に銃撃戦を繰り広げていた。
二人の機体は小刻みに動き回りながらジャイアントアサルトを連射するが、敵のサベージは大型のガトリング砲を背負っているというのに軽く動き回り銃弾をかいくぐってくる。

「なんで当たらないんだよっ!」

佐藤が苛立ちを隠せずに叫び、弾切れを起こしたジャイアントアサルトの弾倉を取り外し予備の弾倉に取り替える。
亜美はジャイアントアサルトに加え背中のミサイルポッドを展開し、持てる火力の全てを一斉に放つ。

「ぶっ飛ばします!」

弾丸とミサイルの雨がガトリングを構えたザイード機へと襲いかかる。
コクピットの中で、ザイードは微笑を浮かべガトリングの銃口を持ち上げトリガーを引く。
一斉に放たれる弾丸の暴風が横山機の放ったミサイルを全て撃墜。そのまま二機へ降り注ぐ。

「うわああああっ!」

「きゃああああっ!」

コクピットへの直撃こそ無いが二機は弾丸の暴風により両腕を千切れ飛ばされ雪の上に倒れこむ。

「そんな……」

手も足も出せずに2機の栄光号が戦闘不能となった事に咲良は唖然とする。
相手は3機、こちらは5機。数の上では有利だが相手の技量が圧倒的のようだ。
そもそもこのサベージ達は何なのだ。何故、自分達を襲ってくるのか理由が解らない。

「中隊長!」

「くっ……みんな、一度下がって! 体勢を立て直さないと……っ!」

咲良が指示を伝えている最中、指揮車周辺に数発の弾丸が着弾する。
爆風に雪が舞い上がり指揮車が転倒する。

「きゃああっ!」

横転した指揮車へとマシンガンを向けているサベージ。
そのコクピットの中、ガウルンは退屈そうに欠伸をかみ殺す。

「なんだ……地方部隊じゃぁこの程度なのかねぇ……」

第4中隊を此処におびき寄せたのは目標の誘拐をスムーズにする為であり戦っているのは足止めの為だ。
表向き、自分達は幻獣との共存を望み国連軍と対立している幻獣共成派の過激テロと言うことになっている。
ガウルンとしては最近AS戦などを行っていないので第4中隊との闘いを楽しみにしていたのだが、弱すぎる。

「まぁ、時間は稼がないといけねぇし……もう暫く嬲っておくとするか」

一方的に嬲るというのも悪くはない。
ガウルンは下衆の笑みを浮かべながらマシンガンのトリガーを引いた。



ユイランの振るう鉈を紙一重でリーアが避ける。
動かない左腕を庇いながら攻撃を避け続けるが防戦一方であり次第に追い込まれていく。
一瞬の隙をつき、リーアが左足を振り上げ蹴りを放つがユイランはそれを難なく避け逆に彼女の背中へ肘打ちを入れる。

「うあっ……」

教室のドアに叩きつけられ僅かに悲鳴を漏らす。
ユイランは休む暇を与えず回し蹴りを入れリーアごとドアを蹴破る。
リーアは教室の机を巻き添えに床に転がり俯せに倒れる。

「うっ……」

両手をついて体を起こす。
ユイランは体勢を立て直す暇を与えまいと床を蹴り、リーアとの間合いをつめる。
体をユイランへと向けると同時に鉈の一撃が振るわれる。右手で鉈を受け止め、左足で蹴りを放つ。

「っ!」

間合いをとって蹴りを避け鉈を投げつける。
数歩分の距離で投擲された其れをリーアは体を僅かにずらして避けるがその隙に再び間合いをつめてきたユイランの膝蹴りを受ける。

「あっ……!」

そのまま押し倒される形で仰向けに倒れこむ。
ユイランはリーアの体に馬乗りになり右腕を押さえ込み、左腕も膝でで押さえつける。懐から予備として持ってきていた麻酔入りの注射器を取り出す。
リーアは体を起こそうと必死にもがくが完全にマウントポジションを取られ身動きが取れない。そっとリーアの首筋に針が突き刺さり、中の麻酔が注入されていく。

「あ……あ……ぁ……」

全身に麻酔が回り、ゆっくりと意識が遠のいていく。
やがて全身から力が抜けリーアの意識は闇へと沈んでいった。



ガウルンの駆るザベージが構えるマシンガンの銃口が火を吹き、銃弾を連続で吐き出す。
狙われた乃恵留・愛梨沙の光輝号は横っ飛びでマシンガンを回避しながらジャイアントアサルトを連射する。
ガウルンは口元を軽く歪めるとジャイアントアサルトから放たれる弾丸をかいくぐりながら光輝号へと一気に間合いをつめる。

「突っ込んで来るっての!?」

「こんのぉっ!」

右肩に担ぐ形で装備している零式滅口径砲をサベージへ向け放つ。
放たれたグレネードを一瞥しガウルン機はマシンガンを放り投げグレネードにぶつけ、爆発させる。

「っ!?」

その爆発に一瞬ひるみ乃恵留・愛梨沙機の動きが一瞬止まる。
ガウルンはその隙を見逃さず一気に間合いを詰めナイフを振り上げ乃恵留・愛梨沙機の左腕の関節を引き裂き宙へ飛ばす。
更にコクピットが位置する胸部中央目掛け、そのままナイフを振り下ろす。

「くうっ!」

愛梨沙は咄嗟に機体をずらしコクピットへと直撃を避けるが左胸の部分をナイフで切り裂かれる。

「「きゃあああっ!」」

衝撃で吹き飛ばされ仰向けに倒れる。
横転した指揮車の守りについていた谷口竜馬(たにぐち りょうま)と上田虎夫(うえだ とらお)の駆る光輝号はジャイアントアサルトと零式減口径砲を構え立ちつくしている。
目の前で繰り広げられている一方的な戦闘に唖然となっていた。

「ど……どうします!?」

「うぅむ……」

どう転んでも自分たちだけで勝てる相手ではない。
他の味方、亜美と佐藤の栄光号は両腕を失い戦闘不可能。航の栄光号、乃恵留、愛梨沙の光輝号は戦闘を続行しているが両機共に損傷が激しく倒されるのは時間の問題だ。
ガトリング砲を構えたザイード機が倒れたままの亜美と佐藤の栄光号へとトドメを刺そうと銃口を向ける。

「させんっ!」

谷口は光輝号を走らせガトリングを構えるザイード機へと突撃する。
大型のガトリングを構えているせいで僅かに機動性が下がっていたザイード機は回避が間に合わず谷口・上田機のショルダータックルを受け吹き飛ばされる。

「ぬうっ!」

なんとか体勢を立て直し、ガトリング砲を谷口・上田機へ向け引き金を引く。
谷口は強引に機体を捻らせ放たれた弾丸の直撃を回避するが左足に被弾し吹き飛ばされる。が、ただでは終わらないとジャイアントアサルトを狙いも付けぬまま連射する。
あの状況で反撃するとは思ってなかったのか避けきれずに機体の頭部をジャイアントアサルトの弾丸が掠め装甲を削り取る。

「くっ、油断していたか……」

戦場で油断するとは自分もまだまだ未熟だと忌々しく心の中で吐き捨てる。
すぐに損傷をチェック。モニターの一部が死に頭部機関砲が一門使用不能になっている。

「此処は下がるべきか……」

ザイードは機体を下げガウルンとユイファンの後方支援へと回る。
目の前で片足を失い動けない谷口・上田機にトドメを刺してもいいがガトリング砲の残弾が少なく弾倉を取り替える為にも下がった方がよいと考え見逃した。

「思ってたより粘るねぇ……ちょっと侮ってたようだ」

目の前の光輝号の相手をしながら周囲の状況を確認していたガウルンが呟く。
自分たちが手加減しているとは言え、予想以上に持ちこたえている。パイロットの腕は良くても下の上といった風だが根性だけならば上の上と言ったところか。
其処へ外部からの通信、自分たちが使っている回線でユイランからの通信が入る。

『先生、目標を捕らえました』

「そうか。予定時間をかなり過ぎてるな……何かあったのか?」

『思ってたより手こずっただけです。今、目標をトラックに乗せて合流ポイントに向かっています』

「わかった。俺たちもすぐに向かう」

通信を切り、意識を光輝号へと向ける。

「さて、遊びはこれまで……作戦は終了。全機、適当にあしらって撤退だ」

言い終わると同時にガウルンはサベージを走らせる。
乃恵留・愛梨沙機の懐へと一気に潜り込むとナイフを袈裟斬りに振り上げ右腕を肩口から切り落とし、腹部を蹴り飛ばす。

「「きゃああああっ!」」

仰向けに倒れ込む乃恵留・愛梨沙機。

「くぅっ! こんのぉっ!」

乃恵留は零式滅口径砲をガウルン機に向け引き金を引く。
銃口から立て続けにグレネードが放たれガウルン機へと向かう。

「おっと」

ガウルンは僅かに機体をそらしグレネードを避けていく。
ゆっくりと一歩一歩近づきながら全てのグレネードを流れるような動作で回避する。
やがて、ガウルン機は乃恵留・愛梨沙機との距離をほぼ零まで近づけ腹部を踏みつける。

「っ!」

その至近距離からグレネードを放つがガウルン機はいとも簡単にだるそうな動作で避ける。

「おいおい、もっとマシな攻撃は出来ねぇのかい?」

ガウルンは外部スピーカーのスイッチを入れ、あざ笑う。
そして、マニピュレーターが握るナイフを何回か回転させ逆手に握り直す。

「まぁ、こんだけやりゃ追撃は無いだろうが念のためってやつだ。死んでもらおうかね」

逆手に構えたナイフをゆっくりと振り上げ、下衆の笑みを浮かべるガウルン。
任務云々もあるが人を殺すというのは楽しくて仕方がない。こればっかりは誰に言われても止められない。
光輝号の胸部。コクピットブロックへと狙いを定めナイフを限界まで振り上げ――


「待てぃっ!」


――勢いよく振り下ろそうとした直前、響き渡ってきた力強い静止の声に阻まれる。

「あぁん? なんだ……?」

せっかくの楽しみを邪魔されたガウルンは不機嫌そうな声をあげ周囲を見渡す。
ユイランとザイードの乗るサベージと自分たちが中破させた人型機動戦車、そして横転した指揮車両以外の機影は無い。
レーダーにもそれらしい反応はない。

「な……なんなの? さっきの……声」

横転した指揮車両の中、衝撃での破損を免れた各種センサーで外の状況を確認していた咲良達にもそれは聞こえた。

「周囲に他の機影はありません……生体反応も」

レーダーなどで周囲を探っていた真央が報告する。

「なんだと? どういう事だ?」

「解りません……けど、レーダーには何の反応も……」

「……あ~、中隊長……ちょっと」

呆然と目の前の防弾製のフロントガラスから外を見ていた竹内が何か、呆然としたかのような声で話しかける。

「何? 悪いけど、今はそれどころじゃないから後で……」

「中隊長……アレ、アレ」

竹内は周囲を囲む森の一点、妙に長く生えた一本の木を指さす。

「ったく、だから何よ。今はそれどころじゃないって……言って……なに、あれ?」

其れを見た咲良も思わず言葉を失い呆然となる。
その木の上、太陽を背に腕を組み直立している人影があった。

「……あ?」

其れに気がついたガウルンも思わず間の抜けた声を出す。
見た目からして20代前後の男なのだろうが、なんとも珍妙な姿をしていた。
何処園SF映画か、子供向けのヒーロー番組に出てきそうなパワードスーツらしき物に身を包んだ男が真っ直ぐ自分を睨み付けている。
さすがのガウルンも一瞬思考が停止した。周囲からの白い目線を気にしていないのか気づいていないのか男は言葉を続ける。

「弱肉強食の獣達でも、殺す事を楽しみとはしない。悪に落ちた者だけがそれをするのだ。しかし貴様等の邪悪な心を天は許しはせん。大いなる天の怒り。人それを雷という」

目立つように出てきて何やら訳の分からない事を言っている。どうも自分に対して言っているらしいことは解った。
が、そんな事はどうでも良い。自分のせっかくの楽しみを邪魔してくれたのだ。それに、この男は気にくわない。

「いきなり出てきてわけのわかんねぇ事をほざきやがって……テメェ、何処の何奴だ?」

「キサマ達に名乗る名は無いっ!」

ガウルンに対し男が叫ぶ。
口元がフェイスマスクで覆われると同時に跳躍。ガウルン機へと狙いを定め一気に降下する。

「AS相手に生身で正面から……ハッ、馬鹿がっ!」

ガウルンが鼻で笑い、ナイフを構え直し待ちかまえる。
人間とASが真正面からぶつかり、どちらが勝つかなど火を見るより明らかだ。
男とガウルン機が交差し、男が地面に着地する。一瞬の静寂の後、ズゥゥンッと重苦しい音を立てナイフを握っていたガウルン機の右腕が大地に沈んだ。

「……な……に?」

自分の機体の右腕が切り落とされたとガウルンが認識するまでに一瞬の時間を要した。
人間相手にASが正面からのぶつかり合いで負けるはずがない。しかし、目の前の現実は負けたと言うことを容赦なく突きつけていた。
ガウルンは自機の背後へと着地した男の方を振り向く。未だ、自分に背を向けている男の右手にはいつの間にか、一本の剣が握られていた。

「あんな剣にやられたってのか!?」

それ以前に、奴が剣を抜く瞬間を捕らえられなかった。
いや、そもそも何処に剣を閉まっていたのだ。見た目、鞘の類は体の何処にも見あたらない。

「チィッ! ユイファンッ!」

ガウルンに名前を呼ばれるよりも早く二丁の銃剣の内、一方をガウルン機へと投げるユイファン機。
左腕で銃剣を受け取り、男へと向け引き金を引く。

「とあぁぁっ!」

男はその場から跳躍し、放たれる弾丸を避ける。
右手に構えた剣を天へと掲げ叫ぶ。

「剣狼よっ!」

天へと掲げた剣が光を放ち、男の体を覆う。
光に覆われていたのは一瞬。徐々にはれていく光の中から現れた男はその姿を大きく変えていた。
其処にいたのはサベージより一回りほどの大きさはあろう青い装甲のロボット。右手にはあの男が握っていた物と同じ物であろう剣を握り、左手には狼らしきエンブレムが描かれた盾を構える。

「闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり、天空よりの使者! ケンリュウ参上!」

「ケンリュウ……だぁ?」

本当に何なんだ、この男は。
いきなり現れた上に自分の機体の右腕をあっさりと切り落とし、次はいきなりロボットが出てきた。
それに正義だの何だの……綺麗事を抜かして虫酸が走る。

「何が名乗る名前がねぇだ。そっちから名乗ってんじゃねぇかっ!」

銃剣をケンリュウへと向ける。
引き金を引き、数発の弾丸を銃口から吐き出す。
それに対しケンリュウは盾を前に突きだし、姿勢を低くして正面から突撃する。

「はあぁぁぁっ!」

シールドで弾丸をはじき返しながらガウルン機との間合いを詰める。
この武器の銃弾ではシールドを破壊出来ないと悟ったガウルンは舌打ちすると銃剣を振り上げ大地を蹴る。
ケンリュウは間合いが零に限りなく近づくと同時にシールドを下げ右手の剣を振るう。ガウルンも銃剣を振る。
甲高く、鋭い刃と刃がぶつかり合う音が響く。勝負はそれで着いた。ガウルン機の構えた銃剣はその左腕ごと切り捨てられ内部に残っていた銃弾が暴発する。

「うおぁっ!」

爆風に吹き飛ばされ背中から雪が積もる大地へと叩きつけられるガウルン機。
コクピットブロックまで損傷はしていないがディスプレイに表示される機体の各所が異常を告げるアラートを鳴らしている。
サベージではこれで限界と言うことか……とガウルンは舌打ちする。

「チッ……撤退するぞっ! ザイード!」

ザイード機がガトリング砲を適当に狙いをつけ連射する。

「くっ!」

ガトリングによる弾丸の嵐をシールドで防ぐケンリュウ。
弾が着弾し、巻き上げられる雪煙が視界を覆っていく。
銃声が止み雪煙がゆっくりと晴れる。其処には乗り捨てられたガウルンのサベージだけが残っており他の二機の姿は何処にも無かった。

「逃げたか……」

ガウルン達が退いたことを確認したケンリュウの手から剣と盾が光となり消える。
ケンリュウは振り向き、第4中隊の方へと顔を向ける。

「君たち、無事か?」

「え……あぁ、はい、一応……」

戸惑いがちに咲良が答える。
いきなり現れ、結果的に自分たちを助けてくれた目の前の青いロボットに彼女たちも思考が追いついていなかった。
正体不明の相手に気を許してはならない事は解るが突拍子過ぎた出来事で半ば呆然としている。

「そうか、それは良かった」

本心からそう思っているのだろう、穏やかな口調でケンリュウが言う。

「先を急いでいるので失礼する。君たちに剣狼の導きがあらん事を!」

「えっ? あ、ちょっと!?」

一方的に別れを告げ、ケンリュウは地面を蹴り跳躍。
森の奥へと消えていく。後には思考が追いつかず呆然としている第4中隊だけが残った。

「な……なんだったの、あの人……?」

「さ……さぁ? とりあえず、悪い人じゃないみたいだけど……」

「っていうか人なの?」

変なパワードスーツを着込んでいるだけならばただのコスプレ趣味の人で終わらせる所だ。
しかし、生身でASを倒す。何処からともなくロボットを呼び出す――と言うより変身にも見える――などの技を目の前で見せられてはそんな簡単に終わらせる事は出来ない。

「と、とりあえず……これ以上此処にいても仕方ないわ。戻りましょう」

「了解」

腕がまだ使える小島機が横転したままの指揮車両を起こし、足を一本失った谷口、上田機に肩をかし立ち上がらせる。
残りの機体も腕こそ失ったが足を使い、少し強引に起きあがる。そして、回収に戻ってきた輸送機へと機体を積み込みその場を後にした。



ユイランはトラックに乗り合流ポイントである市街地郊外の森へと向かっていた。
荷台には念の為に両手足を荷台にあった縄で縛り拘束したリーアが眠っている。任務は成功、後は組織の指定したポイントで目標を引き渡すだけだ。

「……っ」

僅かにユイランは表情を歪め、脇腹を片手で押さえる。
リーアの攻撃を受けた場所が車の振動を受けるたびに痛む。骨にヒビが入って……いや、2、3本は折れているかもしれない。
だが、この程度で音を上げるほど柔では無い。何より予定の時間を大幅に過ぎているのだ、これ以上の遅れは許されない。
トラックのアクセルを力強く踏みユイランは合流ポイントへと急いだ。




「ああ、ちぃっとばかし想定外の事もあったが目標の確保は完了した……はいはい、わかったよ」

専用の通信機で組織の者に作戦の完了と今後の予定の確認のため連絡を取っていたガウルンが通信機のスイッチを切る。
乗機のサベージを失った彼は今、ザイードのサベージの右手の上に腰を下ろしている。

『上はなんと言ってきました?』

「予定時間から遅れてっからさっさとしろってよ。合流地点とかに変更は無しだ」

ぶっきらぼうに言い放つとガウルンは先の戦闘の事を思い返していた。
呼び出した第4中隊だけならばすぐに皆殺しに出来た。それが原因でこの地方が幻獣に支配されようがどうでも良い。
だが、あの変な男の登場で自分は機体を乗り捨てる羽目になり予想以上の損害を受けた。

(あの野郎……次にあったときはただじゃおかねぇ)

ガウルンの心で静かにケンリュウへの憎悪の炎が燃え始めた。



「ちょ……何があったのよ、これ……」

学校へと戻り、報告をまとめる前に食堂で待っているはずのリーアの所へと向かった咲良の目に飛び込んだのは派手に散らかった食堂と隣の教室。
廊下に突き刺さり、捨てられた二本の鉈と床や壁に飛び散った赤い血痕だった。

「俺達もさっき気がついたんだよ。ちょっと外の空気吸おうと思って格納庫の外に出たら、校舎から派手な物音がするなと思って来てみれば……これだからなぁ」

咲良の横で散らった食堂の椅子を片づけている岩崎仲俊(いわさき なかとし)が言う。
荒らされた食堂や教室も気になるが、それ以上に気になった事は床などに残る血痕と何処にも姿が見えないリーアの事だ。

「ねぇ、岩崎君。昨日保護した女の子いたでしょ? 見かけなかった?」

「えっ……ああ、あの子。いや、俺は見かけてないけど……」

それだけ言って岩崎は幾つか積み上げた椅子を持ち上げ食堂の奥へと片づける。
それを聞いた咲良は足を食堂の隣の教室へと運ぶ。こちらもドアが壊され机や椅子が散乱という酷い有り様だ。
此処にも少量だが血痕が残っている。咲良は手近な血痕へと軽く指をふれる。

「……まだ、乾ききってない」

少し固まってきているが完全に乾いてはいない。
此処で何かが起こり、それにリーアが巻き込まれたのはまず間違いないだろうと確信する。
だとすれば一体何処に行ったのか。昨日今日あったばかりで話も聞けていないし、名前も知らない少女だが保護し関わった以上どうしても気になる。
ふと、足下に視線を落とすと血痕が教室の外、廊下へと続いている事に気がついた。

「……まさか、ね」

咲良は血痕を辿るように足を進める。
血痕は廊下から階段へと続き、一階へと降りて行っている。
一階へと降りると血痕は一番近くの出入り口へと向かっていた。

「其処にいるの?」

此処にいるのかと思い声をかけたが返事は無い。
咲良は出入り口から外を覗き込む。教職員用の駐車場になっている其処にリーアの姿は無い。
変わりに、雪の上に残る血痕が最近まで車が止まっていたであろう駐車スペースで途切れていた。

「まさか……誘拐?」

だとしたら証拠が残りすぎていて分かりやすすぎるがそれ以外、咲良には思いつかなかった。
ひょっとすれば今日襲ってきたサベージ3機も彼女を誘拐するために自分たちをおびき寄せる事が目的だったのかもしれない。
突拍子過ぎる発想だったがそうとしか思えない状況が目の前に広がっている。
もし誘拐ならば助けなければならない。しかし、今の自分たちにはそれ程の力は残っていない。それに確証も無いのに出撃は出来ない。
咲良は其れがどうしようも無く、悔しく思えた。


続く

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: