1愚直 2存在 3内なる声 4創造性



愚直な人とは、信頼し続ける人のこと。これまでのあれやこれやのいやな体験をものともせず、信頼し続ける人のこと。誰かがだましたとしても、愚直な人は、信頼し続ける。さらにだまし続けても、彼は信頼し続ける。人は、彼のことを愚か者だというだろう。学習できないでいる愚か者だというだろう。しかし、愚直な人の信頼は、途方もない。あまりに純粋で、誰にもその信を貶めることは出来やしない。

愚直でいなさい。老荘や禅の意味で、愚直でいなさい。自分の周りを知識で固めようとしてはいけない。どんな体験がやってきても、来るにまかせ、どんな体験にもしがみつかないこと。絶えず、自分の頭を空っぽにしていること。過去は、死なせておきなさい。そうすれば、あなたは、今現在にいられる。生まれたばかりの赤ちゃんのように、今ここに。

最初のうちは、難しいだろう。世間が、利用しようとたくらむ。そうさせておきなさい。世間の人たちは、哀れな人たちだ。詐欺にあったとしても、気にかけないことだ。だまされたとしても気にかけないことだ。大切なものを奪い取られたとしても気にしないことだ。というのも本質的には、あなたから誰も何も奪い取ることなどできやしないからだ。

そして、だんだんとどんな状況でも貶められることがなくなってくると、内側で統合が起き始める。魂が、もっと純化してくるのだ。

2 存在

あなたは、偶然この世に生を受けたわけではない。存在があなたを必要としているのだ。あなたがいなければ、存在の一部が欠け、代役は誰にも務まらない。その事実を知れば、あなたは自分の尊厳を感じることが出来るだろう。あなたいなくなれば、存在が寂しがる。月や太陽や夜空の星、木や鳥や大地、宇宙のすべてが、ぽっかり空いた小さな穴に気づくだろう。その穴を埋めることが出来るのは、あなたしかいない。そう考えると、あなたは存在とつながっているという途方もない喜びを感じることだろう。途方もない満足を味わうことが出来るだろう。もし、ひとたびあなたが純化し、目の塵が取り払われたなら、途方もない愛があらゆる方向、あらゆる次元から降り注いでくるのを目の当たりにするだろう。

3 内なる声

自分の内側に真理を見出した者は、もはや他に真理を探す必要はない。真理は、その人を通じて立ち現れる。その人が目を開けると、真理が目を開ける。その人が目を閉じると、真理が目を閉じる。

これは、強烈な瞑想だ。この方法を理解しさえすれば、何一つすることはなくなる。行為のすべては、真理の行為。あなたが歩いている。それが真理だ。あなたが寝ている。それは横になっている真理。あなたがおしゃべりをしている。おしゃべりをしている真理。あなたが黙る。真理が黙る。

これは、最もシンプルな瞑想法の一つだ。ゆっくり、ゆっくり、すべてのことは、このシンプルな方法で解決する。そうなってしまえば、方法は不要だ。

ひとたび癒されたら、瞑想は捨てなさい。薬は捨てるのだ。そして真理として生きなさい。生き生きと光り輝き満足して至福に満ちて、歌が聞こえてくるだろう。生活のすべてが、言葉にならない祈りになる。祈りに満ちあふれた生活になると言う方がいいかもしれない。世俗に染まらない優雅さ、優美さ。途方もないかなたから一条の光が世間の暗闇に射し込んだのだ。

4 創造性

創造性というのは、質の問題だ。今している行為の質の問題だ。どういう姿勢で打ち込むのか、内側からのアプローチの問題だ。すべての人が画家になれるわけではない。その必要もない。全員が画家なら世界は醜悪なものになるだろう。生活が容易ではなくなるだろう。同様に誰もがダンサーになれるわけではない。その必要もない。しかし全員が創造的になることは可能だ。

何をしていようと喜びに満ちて行っていれば、愛を持って行えば、ただお金のための仕事ではなかったら、その行為は、創造的になる。もしそこから創造される何かが内側にあれば、成長をもたらすのであれば、それは、創造的だ。宗教的だ。神々しい。

創造的になればなるほど、人は神々しくなる。世界の宗教は口を揃えて、神が創造主だ。と語ってきた。私には、それは分からないが、一つ分かっていることがある。創造的になればなるほど、人は神々しくなるということだ。その創造性が絶頂に達して、その全人生が創造的になったとき、人は神の中で生きる。だから神は創造主に違いない。というのも創造的な人は神に一番近い人だったからだ。

何であれ自分のすることを愛しなさい。瞑想的でありなさい。何かをしているときには。何をしていようとも。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: