Emy's おやすみ前に読む物語

Emy's おやすみ前に読む物語

現在編 その2





――やはり予想通りになった。


彼女は僕と結婚したいと望んだ。彼女は仕事を続けたいと望んだ。

だから都内を離れたくないとも言った。


僕もこの生活を変えたくない。


話し合ってもお互い少しも譲歩しない2人の、当然の結果だった。








20:40

《咲花》に寄ろうとしたけど・・・、今日はやめた。

寄れば、彼女の話になる。

うまくいってなかったとは言っても、別れは切ない。

しかし今夜は切なさより、分かってくれない、

歩み寄れない彼女の悪口を言ってしまうと思ったから。


別れたとは言っても、彼女の悪口は誰にも言いたくない。

これでも付き合い始めた頃は、大好きな女だったんだから。





自宅に帰って《咲花》に電話する。1コールで相手が出た。


“喜春さんだ。” と思ったけど、・・・慎重に。

「手代木です。」

「――あっ、先生。」

どっちの声だ。 ここは無難に。

「夏恋さん、 それともお母さん?」

「夏恋でした。」

―― セーフ。 よかった、いきなり名前呼ばなくて。


「先生、今日 来るんでしょう。」

と同時に、“なんでお前が出るんだよ。” とも思う。


「今夜は行けなくなったので・・・って、お母さんに伝えてもらえるかな。」

「えー、来ないの。楽しみにしてたのに。・・・今、どこですか?」

「とにかく今日はダメになっちゃって。」


“そうか・・・。僕が喜春さんに話した事は、渡良瀬にも聞かれるって事か ――。”


電話の向こうで喜春さんの声が小さく聞こえる。

「夏恋、無理にお誘いしないのよ。」

「はぁい。」

こういうところ、渡良瀬は素直で助かる。

「・・・ママに代わりますか。」


すぐ代わってもらいたい。 すぐ声が聞きたい。

でもすぐ飛びついちゃ・・・。


「・・・そう。 一応、代わってもらおうかな。」

代わる途中に渡良瀬の声が聞こえる。

『・・・なんだ、 来ないのか。』




「―― もしもし。」

「喜春さんですか。今日はお誘い頂いたのにすみません。」


勇気を出して、名前を読んでみる。・・返事が返ってこない。


「あのっ ――。」

「・・・ すみません。名前、呼ばれたものだからちょっと驚いちゃって。」

「・・・やっぱダメですよね。 図々しいですよね。」

「先生のお好きな呼び方で。正直名前は少し恥ずかしいですけど・・・

 嬉しくもあります。」

「それに、夏恋さんも近くにいるんですよね。本当にすみません・・・。」

「もう近くにはいません。 それに、夏恋には

 先生の詳しい話はしてませんから。」

「また《咲花》に行ってもいいですか。」

「はい。 待ってますから。」



―― 電話を切った。


・・・会いたい。声を聞けば、会いたくなる。



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           ~夏恋の話~



翌日の月曜日、先生が《咲花》に来店する。

いつもの21:00過ぎ、ママの前のカウンター席に着く。





「いらっしゃいませ。 先生 こんばんは。」

ママがカウンターから、小さいトレーにお水を乗せて先生に渡す。

先生が、照れたような嬉しそうな顔をしてお水を受け取る。

この表情に昨日の初子さんの話が思い出されて、どうしようもなく腹が立つ。

ママが別のお客様の会計の為、レジに立った。

「先生こんばんは。お決まりでございますか?」

私がオーダーを伺う。

「昨日のは、来られなくてゴメンね。」



こげ茶の目が優しく私を見る。充分素敵と思う。

だけどママに見せた顔とは全然違う。



「どうしようかな。アサリのトマトリゾットにしよう。」

「今日は軽めですね。」

「帰りに理科実験室で谷川先生から、でかい大福2個も食わされてさ。」

「って事は、天宮先生も・・・。」

「ビンゴ。」




谷川先生は私の担任の先生。

A高には数少ないハイミスの先生。



天宮先生は、科学の先生。

小柄な体型にベビーフェイスも手伝って、

とても“29歳”には見えず少年のようで、ふちの無い眼鏡をかけ、

いつもアイロンのかかった白衣にYシャツとネクタイという

おしゃれできちんとした先生。



ベビーフェイス・眼鏡・白衣・ネクタイと、これまたマニアの女子には

たまらないらしく、静かな人気の先生だった。


谷川先生は、天宮先生と手代木先生が大好きらしい。

放課後 理科実験室に現れては、職員室に行かない手代木先生と

職員室に行かなくなった天宮先生に、要らない世話を焼いているらしい。







生徒が下校した後の知られざる先生の一面を

以前、手代木先生が《咲花》で話してくれたことがあった。



「ありがとうって言わなきゃって思うんだけど、

 困っちゃう事のほうが多くて。」



私は《咲花》で先生が話したことは学校では絶対に話さない。

だから先生も時々ちらっと本音を漏らす。





ママがカウンターから先生の前に立つ。

私はママにオーダーを伝える。


「―― あっ、すみません。 

 やっぱりコーヒーだけ・・・でもいいですか?」

「はい。 コーヒー一杯も、大事なお客様です。」


先生がママに“すまない”っと言うように、手を前に拝むように合わせる。



“はあ・・?お腹空いてないんじゃない。・・じゃ、何で来たの?”


ママが先生に微笑むと、先生は再び照れて嬉しそうな顔をした。

先生のこの表情に腹が立つ。この可愛い表情が私の胸を刺す。



学校では見せない、私にも見せない、

ママだけに向ける顔に、どうしようもなく腹が立つ。




私は側にいられなくて、カウンターを出てテーブルの席の方に移動した。




―― その瞬間、先生の声に驚いて心が飛び上がる。


「喜春さん。」

先生はママからコーヒーを受け取ると、話しかけた。

「昨日は誘って頂いたのにすみませんでした。」



“喜春さん・・・って? ママを、名前で呼んだ?!”


「気持ちが向いたらって約束だったので。気にしないで下さい。」


テーブルを片付けながら聞き耳を立てずにはいられない。


「結果は・・・やはり予想通りでした。」

「そうですか・・。」


“何が予想通りなの? ママは分かってるの?”


「切なくて、気持ちが硬くなりますね。」

「・・・。」

「時間の流れが心をほぐしてくれるのを、待ちましょうね。」

「はい・・。」



2人の会話にイライラして、片付けている食器に当り散らす。

隣のテーブルで食事をしていた女性が、一瞬驚いたように私を見て

「もう閉店ですか。」と問われた。

「すみません。 ちょっと手が滑ってしまって。」


ママが慌てて飛んで来る。

「まだ閉店時間ではありません。どうぞごゆっくり

 お食事なさってくださいませ。すみませんでした。」



カウンターに2人で戻る。

ママは重ねて私を叱る事もなかった・・・。







先生がカウンター席から立ち上がる。

「渡良瀬、いくら?」の問いに、すかさずママが


「先生、今日はいいです。今度しっかり食事してくださった時に

 きっちりいただきますから。」と、小さな声で答える。


先生も他のお客様には気づかれないよう

軽く会釈して店を出て行った。




何も期待してないけど、私の事は渡良瀬って呼んだ。


いつも通りだ。

いつも通りだから腹が立つ。



私は食器を洗いながら考える。


”閉店したら、ママを問い詰める。明日になったら先生も。

 でも・・・ママはともかく、先生にはなんて言うの?

 どうして私の事は渡良瀬なのっ・・とか?”







21:50 先ほどのお客様が会計でレジ前に立つ。


ママがもう一度丁寧に謝っていた。私も隣に行き一緒に頭を下げた。

お客様は「また来ます。」と言ってくれた。






22:00

最後のお客様の会計をしている時、柏田君が入ってきた。


お客様が出て行ったのを確認すると私は閉店の札に替え、

「――柏田君。」

柏田君の腕にしがみついた。

ママに見せ付けてやりたかった。

“先生なんか、いらない。私の男が会いに来てくれたもの。”


「どうしたの。」

私は甘えるようにして顔を見上げる。

柏田君は予想以上の私の歓迎振りに、どぎまぎしているようだった。

「期末テストの1週間前だから、勉強しようと思って。

 忙しい時間に電話したら迷惑かと思ったから、直接来ちゃった。」


“・・・なんだ、勉強か。”


「柏田君、ありがとう。」

先にお礼を言ったのはママだった。

柏田君は照れたような顔をする。


“いや。柏田君までママにそんな顔しないで!”



「ありがとう、来てくれて。こっち座って。」


“早く柏田君を安全地帯に連れて行かないと。”


角のテーブルに案内し、カウンターのママに背を向ける席に座ってもらい、

私も2階の自宅に急いで教科書を取りに行った。




ママはきれいだ。それがずっと自慢だった。

・・・でも今日はそれがムカツク。




私が席に着くと柏田君が言った。

「―― さて、何からしたい?」


“・・・キスからしたい。”

と思いながら

「・・・じゃ、これ。」

と数学の教科書を指差した





******************************************************************


        ~ルミちゃんの話~


今日、バレー部の引退試合が行われる。

放課後、私も夏恋と体育館に向かう。


手代木先生が1年生チームで試合に出ると聞いてか、

バレーコートの周囲は大半が女子生徒だった。

急いだつもりだったけど、もうコートの最前列には行けない。


―― その時、「夏恋、ルミ!」と3年生の女子友達が

大きな声で呼びかけてくれて、最前列に手招きされた。



後から来たのに・・と二人で躊躇していると

ありがたい事に友達2人が最前列から人ごみを割って

迎えに来てくれた。


そして周囲に聞こえるようにわざと大きな声で言った。

「夏恋、前で見てあげなよ。柏田君の彼女なんだからさ。」



夏恋は周囲に小さい声で「すみません。」と言いながら

私と手をつなぎ、前に進もうとしている。


“でも私は・・・。いいのかな?”


「ほら、ルミも早く。」

迎えに来た友達が二人の背中を押す。

ざわざわと騒がしい中に私たちについての話が耳に入る。




「柏田先輩の彼女なんだって。」

「柏田さん、彼女いたなんてショック!」

「ねえ、どっちが彼女?」

「背の高い美人のほうでしょ。」


・・・私も夏恋も、ちょっと気まずくなる。



コートの向かいを見ると、小林君の彼女がいた。

夏恋を見ると手を振っている。夏恋も返していた。



私が小林君の彼女に手を振っている姿を想像した。

“似合わないな・・・。”




バレー部員が体育館に入ってきた。

最初に2年生と1年生が両脇に並び、拍手で3年生を迎える。

1年生の一番後ろに手代木先生が見えた。



「ルミ、先生応援しようよね。」

と、女子友達が声をかけてくれる。



拍手の中、前半試合に6名がコートに入る。

柏田君、小林君を含めたレギュラーメンバーが2年生と試合を開始する。



小林君はバレーの推薦で大学に進学と聞いた。

柏田君はバレーの道を選択していないと聞いた。





小林君がトスを上げ、柏田君のアタックが2年生に落とされる。

アタックが決まるたびに、大きな歓声があがる。


”・・・柏田君、やっぱりすごいや。”



バレーボールをする柏田君は今日で見納めになる・・。

ふと、孤立していた中学時代を思い出した。

バレーの試合を誰かと見るなんて、考えもしなかった・・。



今は《ルミっ》と読んでくれる友達がいる。

どんな時も、柏田くんより私を優先してくれる夏恋がいる。



”明日から夏恋は柏田君と下校するようになっちゃうかもしれないな。”


そう考えると少し寂しい・・・。

それでも、私の高校生活は悪くないなって思ってる――。





前半試合が終わり、2年生との差を見せ付けた後、

後半試合は前半6名以外の部員がランダムにコートに入って

手代木先生を含む1年生と試合をしている。


先生がアタックすると、黄色い歓声があがる。


しかし先生も1年生も積極的にアタックするが、

さすがに相手は3年生、惨敗した。





試合後3年生を整列させ、手代木先生が大真面目に言葉を贈っていた。



バレー部員の頬に涙が伝うと、あちこちでもらい泣きする。

前を見ると小林君の彼女が、隣では夏恋が泣いていた。



私の頬にも涙が伝う。私らしくない。



“私・・・、変わった。”








全員が解散し始めた時、柏田君が夏恋の前に来た。


柏田君の目が赤い。

さりげなく、泣いている夏恋に自分のタオルを渡した。



「ねえ、渡良瀬。」

私の前では《夏恋》とは呼ばない。


「これから3年生だけで、滝本の家で打ち上げするんだけど、

一緒に来てくれないかな。」


滝本君の家は商店街のお好み焼き屋さんで、お店で打ち上げするようだった。



「私、先に帰るね。」

夏恋がタオルを顔からはずして何か言おうとした時、


「―― 悪いな、本庄。」

と柏田君が答える。



これが現実、と自分に言い聞かせる。


一応高校生の弟に頼んできたけど・・・早く帰れれば小学4年生の弟は喜ぶ。




体育館を出て渡り廊下を歩き始めた時、背後から

「―― 本庄!」


振り返ると手代木先生だった。 手招きしている。

再び体育館に戻った。


「お好み焼き食って返ろうよ。渡良瀬も行くんだろう?」

「でも、渡良瀬さんは柏田君の彼女だから。

 ・・・ 私、関係ないし。」

「何言ってんだよ。じゃ、今日だけ俺の彼女って事で。

 まっ、無理にって訳じゃないけど・・・俺の為に無理しろよ。」

 先生の真っ直ぐな目と強い口調が私を引っ張る。

「・・・はい。」



先生が滝本君を呼んで、私が参加することを話してくれる。

「本庄、今日だけ俺の彼女って事で参加ね。

 俺、もう一仕事していくから。2人で少し遅れていくから。」

「・・・本庄と話すのって高1の時、一緒に出かけた時以来だよね。

 やばい、俺、緊張してきちゃったよ。」

「滝本、本庄の席は俺の隣に取っといてな。」

「先生、マジ本命なんじゃないの?」

先生の心を探るように言うと、

「じゃ、みんなに言っとく。」と続けた。



私は先生と一緒に体育館を出た。

「・・・先生。わたし、いいのかな。」

「いいの、いいの。来てくれるだけでいいの。

 高校生の頃って、男はみんな自分に自信ないから、

 本庄みたいな女の子に話しかけたくても話しかけられないんだよ。

 かっこつけたいし、バカだと思われたくないし。

 本音はね、本庄に挑戦してみたいの。

 ・・・あの頃の気持ち、思い出したから。」




話しながら階段を上がり、先生は社会化準備室に入り

私は隣の理科室で待つ。

待っている間、柏田君と手代木先生の言葉を思い出す。


夏恋に「一緒に来てくれないかな。」と柏田君。

私に「俺の為に無理しろよ。」と先生。


”本当だ。高校生の男子は自信ないけど一生懸命。

 先生は経験を積んでの余裕。ちょと強引。


 そうだ・・・先生だって、高校生だった頃あったんだ。”







10分位して先生が理科室に顔を出す。

先生がTシャツ&ジャージから私服に着替えている。

私たちは再び階段を下りて、校門を後にした。



夏、到来。 17:30なのに、外は明るい。


「先生、今日誘ってくれたのは、私が可哀想だからでしょ。」

「・・・そうだな。今の本庄は可哀想だな。」

「柏田君と夏恋・・・。」

「俺が言ってるのはそんな事じゃないよ。

 本庄自身が、今の本庄を可愛がってないって事、

 好きじゃないって事。」


「・・・。」


「人間なんだから、誰でもコンプレックスはある。 俺もある。

 でも例えば、本庄のそのスタイルの良さ、頭の良さ。

 それに、渡良瀬が言ってた、面倒見が良くて頼りになるって。

 その年齢で家事全般こなせるんだってな。

 そんな長所をコンプレックスで封じ込めたらもったいないぞ。」

「・・・そんな事できたって、何の意味も無いですよ。」

「柏田と渡良瀬がうらやましいか?」

「・・・。」

「渡良瀬がうらやましいか?」

「・・・。」

「でも、本庄は渡良瀬にはなれないよ。なる必要も無いし。」

 渡良瀬だって、本庄になりたくてもなれないし。」

「私になりたいなんて思うかな。」

「全部とは言わないけど・・・、

本庄みたいだったらって思う事はあると思うよ。

自分の思うコンプレックスが、全部短所とは限らない。」

例えば、柏田はいい男だよ。かっこいいし、優しいし。

そして渡良瀬を選んだ。

でもね、男は1人じゃない。柏田のようにかっこよくて優しい男

プラス財力も地位もある男が本庄に惚れる事もある。

そして本庄はそれらを惹きつける魅力が充分にある。

ただ、時期が今じゃないだけ。」


「・・・先生のコンプレックスって、何ですか?」

「はっきり聞くなあ。

・・・俺は、目の色。

 思春期の頃は、鏡を見るのが本当にイヤだった。」


「自分の思うコンプレックスが全部短所とは限らない。

 先生の目の色は魅力的で・・・私は好きです。」


―― 一瞬、教師じゃなく、ただの男の顔になる。


「マジ、嬉しい。 ありがとう。」

「先生も、ありがとうございました。」

「で、俺が今日誘ったのは、可哀想だからじゃないよ。」


教師の顔に戻る・・・。

「パーティーの時くらい、彼女のいない奴らも

楽しませてやりたくて。

さっきも言ったけど、本庄と話してみたいんだって。

俺も含めてさ。」



滝本君の家に着く。


お店の前に、《本日貸切》の張り紙がしてあった。


「今日は彼女なんだから、ちょっと腕くらい組んで入ろうよ。」


「・・・はい。」

私は先生の左腕に右手を掛ける。

先生が入り口のドアを開けた ――。




---------☆---------☆---------



~夏恋の話~



先生とルミちゃんが腕を組んで入ってくるなんて、思いもしなかった。


バレー部の3年生は13人。

今日知ったんだけど、うち半分は彼女がいた。

私と柏田君は小林君と彼女と4人のテーブルに着いた。

先生がルミちゃんを誘ったと聞いた時の男子の盛り上がりはすごかった。


彼女いない男子はもちろん、彼女のいる男子も

「手代木、本庄連れてくるってよ。」

「マジかよ!」

と驚き、表現の大小は別として、みんな喜んでいるようだった。

ルミちゃんが来るのはいい。

もちろん、あの時一人で先に帰ったなんて可哀想だと思った。

だから私が柏田君に誘われて、私が

「ルミちゃんも一緒に行こうよ。」

と誘って来てくれるならいい。


ところが先生がルミちゃんを誘った。

私ではなくルミちゃんを誘った。


そう、だって私の事は柏田君が誘うから、

先生は私の事は誘わない。


―― 違う。

柏田君がいなくても、私の事は誘わない。

何だか立場が逆転したように思えた。


「手代木、本庄の事、本命じゃねーの。」

「バレー部利用して口説くのかよ。」

なんて冗談ともからかいとも思うような言葉も飛んだ。

もしかしたら先生の本音かも。


“えっ、先生、ママは?

先生はママなのか、ルミちゃんなのか。”

私はハッとする。

どっちにしても、私は候補に入っていない。

“私はどうして、先生がこんなにも気になるの・・・。”


先生とルミちゃんが腕を組んで店に入ってきた。

みんな冷やかしの拍手で迎える。

ルミちゃんが私を見て、少し笑った。

私も必死になって笑顔を作った ――。




---------☆---------☆---------



         ~柏田君の話~


「―― 手代木、本庄を連れてくるってよ。」

・・・先生が本庄を誘ったと聞いた時、

鋭利な刃物で心が刺されたように、痛かった。

さっき夏恋だけ連れて行こうとしたから気まずいとか、

そんな程度の問題じゃない。


本庄は今でこそ女子友達と仲良くしているけど、

中学の頃は1人だった。

少しだけ心を開けるのは、塾で一緒になる僕だけだった。

僕は、本庄が僕を好きな事をなんとなく知っていた。



夏恋のお父さんが亡くなった時、夏恋を元気付けようと

本庄と僕とで夏恋を誘い、少しでも賑やかにってバレー部員を誘って、

公園でのピクニックや遊園地になどにみんなで出掛けたりした。



しかし男子達の目的は、夏恋の事情より

本庄と少しでも親しくなりたい、彼氏になれるかもしれないと

淡い希望を抱いて自分を売り込むことだった。


・・・そして1人ずつ脱落して行った。


その後も己を知るバレー部員達は、身の程知らずな

勇気も出せないままこの日を迎えた。


いくら好かれているとは言っても、僕も本庄の前では

己を知るものの一人。

例えば、テストの成績は中学の頃から一度も

たった一度も本庄の順位より上だった事は無い。

本庄の前で、僕は何一つ誇れるものが無い。



反対に、夏恋は僕を頼りにしてくれる。

テストは今でも、僕がいなければ乗り切れない。

夏恋のテスト勉強を見ることは、僕のプライドを喜ばせた。


また、夏恋が背の高い僕を見上げる。

この時の顔が特に可愛い。

この見上げる目線が、僕と夏恋の立場を表しているようにも思えた。



そして僕は、夏恋とは恋人になり・・・、

本庄とは、一番親しい男友達になった。


先生が本庄を打ち上げに誘った。


この事で、僕の無意識に封印されていた心が鮮明になった。



夏恋は僕の彼女だ。

でも本庄も、他の男に渡したくない。

本庄が僕以外の男と親しく話し、

楽しく笑い合う姿は見たくない。


先生と本庄が、腕を組んで店に入ってきた。


その時僕は先生に、うまく言えないけど 男としての差を

見せ付けられた気がして悔しかった。

みんなに冷やかされながら、滝本に案内され奥の座敷テーブルに着く。


部長の小林と先生の挨拶が終わると、コーラで乾杯した。


その後は、お好み焼きを焼く鉄板の音と話し声で

店内は一気に騒がしくなる。



僕と夏恋の席は、先生と本庄の席に背を向けていた。

それでも奥のテーブルの4人の声は聞こえてくる。

滝本がいいとこ見せようと、

「本庄、俺が焼いてやるからな。」

と得意の腕を振るえば、もう1人が

「本庄、もうコーラ無いけど、何か飲む?」

と言う気の使いよう。

「えっ、私、コーラ半分しか飲んでないけど。あれ?」

「あっ、俺間違えた?あ、飲んじゃった。」

と先生の声が聞こえる。

「わざとらしー!」

の滝本たちの声が店内に響く。



「何なに、どうした?」

他の部員達の目が奥の席に行き、男だけのテーブルの奴等は

奥の一段高い畳の座敷テーブルに上がりこむ。

先生が言い訳を始める。

「違う、本庄が左側に座って、右手でコーラ飲んで置くだろう。

そうすると左側に座ってる俺は左利きだから

このコーラを間違えて飲んじゃったの。」

「作戦がセコいよ!」

「やる事 ガキ以下!」

 「スケベ教師!」

なんてブーイングしながら座敷に上がり込んだ奴等は

自分の席に戻らず、本庄を囲みながらお好み焼きを焼き始めた。

先生は本庄を話のネタに、部員達を上手にのせている ――。



いつの間にか先生はその席を離れ、別のテーブルで話をしている。


順番に僕等のテーブルにも来た。


「今日、来てくれてありがとうな。」

先生は僕等の彼女に何より先にお礼を言った。




続けて先生は僕と小林に、バレー部の事、大学進学の事、

将来のなど、真面目に語っている。

彼女達の事は少しも見ないで、僕等の為に話をしていた。


僕は先生の顔をまじまじと見た。


先生の真剣なこげ茶色の目と、夢と理想と現実を語る口調、

そして僕らを分かろうとしてくれる姿勢。


”先生・・・、悔しいけ、どかっこいい。”


また、反対に先生が大好きな”女の話”を話す時の

この上なく嬉しそうな顔も嫌いじゃない。

先生が「今まで通り、準備室には来いよな。」と

まとめた時、小林が口を開いた。


「先生、今日、本庄連れてきてくれてよかったです。」

僕らは奥の席を見た。

「だろっ。分かってくれる?」


奥のテーブルに上がった部員達が、順番に携帯で

本庄とツーショット写真を撮って大はしゃぎしていた。

僕も大きく頷く。

「先生、本庄ほとんど食ってないんじゃないの。」

「かもな。腹減ってるようだったら、

ラーメンでも食わせて帰るよ。」


このやり取りに、納得できないらしい小林の彼女が口を開く。


「・・先生、どうして本庄さんなんですか。」


男三人は顔を見合わせる。


小林が、彼女に言うとも無く、

「うん、本庄ですよね。」

僕も再び大きく頷く。


先生が席を立ち、滝本の両親に挨拶しに行く。


先生も、お好み焼き全然食ってないだろう・・・。







20:00、先生が手を2回打ち、


「そろそろお開きにしよう。

各自、食べ終わった皿重ねるくらいの片付けはしろ。」

と言い、

「本庄、帰ろう。」と声を掛け、早々に退散した。


バレー部員達は会費を1000円払ったけど、きっと全然足りないだろう。



「会費出ちゃった分は、先生とウチの親父のおごりで~す!」

と滝本が大声で教えてくれた。




店を出て、僕は夏恋の自宅まで送って行く事にする。

小林の彼女同様、夏恋も本庄の事は納得してないようだ。

「先生、ルミちゃんの事好きなのかな。」

「う~ん、そういう事じゃないんだよね。」

「でも、ルミちゃんなんでしょ。」

「俺達に“打ち上げに彼女連れてきなよ”って言ってくれたのは

今彼女のいない奴等だったんだ。

でも実際、彼女連れて行ったはいいけど、いない奴等の前で

そんなにはしゃげないだろ。そしたら打ち上げどうなる?

で、手代木が本庄連れてきてくれたから、彼女のいない奴等も

楽しめて、俺らも遠慮なく楽しめたって事かな。」

「・・でも、ルミちゃんなんでしょ。」

“これ以上言わすなって。”

「先生も小林君も柏田君も。」

僕は夏恋の機嫌の修正に入る。

「俺が高2の時、本庄より夏恋を選んだってだけじゃダメ?」

「・・・。」

「明日から部活無いから、一緒に帰ろう。

夏休みの夏期講習も一緒に行って、海かプールも行って、

町内の夏祭りも一緒に行こう。」

少し潤んだ瞳が僕を見上げる。

どう?っと、もう一度夏恋の機嫌を目で伺う。

「ルミちゃんより私の方が好き?」

こんなこと夏恋が言うのは初めてだ。

僕の一瞬の心の揺れを感じ取ったのか、それとも

よほど先生や小林との男3人の会話が気に入らなかったのだろう。

「なんだよ、急に。」

「今日の柏田君、私が届かないところ見てる。」

「えぇ?」


僕は夏恋の右手を握り、そのまま手をつないで帰った。


“・・・これが答えだけど、分かってくれたかな?”



「夏恋の方が好きだよ。」って言えばいいのは分かっているけど、

恥ずかしくて言えるわけが無い。


僕達はお互い無口なまま、夏恋の家に着いた ――。


夏恋を送り、僕は自宅に向かった。

”他の子に比べて『本庄は別格』なんて、言える訳がない。”



彼女を連れて行った僕らはもちろん、

彼女のいない奴等にも楽しんでもらうには

こんな機会でもなかったら口も利けないような

そしてみんなが憧れ、心が満足する女子を誘うのがいい。



だから手代木は本庄を誘った。

ここで人選ミスをしないのも、本当に本庄を連れて来てくれるのも、

手代木の手腕だと思う。

夏恋でも小林の彼女でも、他の女子でもない。



あの席は本庄しかいない。



              ―つづく―



読んで下さってホントにありがとうございま~す!☆m(^0^)m☆a(^0^)a☆


第3章をマトメ読みしたい方はこちらへどうぞ♪↓
☆片想いの体温(第3章・現在編)☆

↓最初からお読みになりたい方はこちらへ。。。
☆片想いの体温(第1章・高3編)☆
☆片想いの体温(第2章・高1編)☆


その他の作品や『片想いの体温』登場人物の紹介はこちらで~す♪
☆あらすじページ☆


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