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溜め息です。長い長い長い溜め息です。。。
昨日は二男の脳波測定と血液検査の日でした。
午後2時までに病院に行かねばなりません。
午前中は学校で補習があるため、息子は7時半に登校。
出がけに、1時40分には家を出るので
学校が終わったら即効帰宅するよう念を押しました。
さあ、母は洗濯に掃除に、おっと、すぐに時間は過ぎていく。
1時過ぎました。もうそろそろ帰ってくるかなアイツ。。
・・・・・・・・・・しかし、1時半になっても帰らず。。
もう、着替えている時間はありません。
昼ごはん食べてる時間もありません。
おにぎりでも作っておこうかな・・・・・
携帯に電話をかけてみても留守電のまま。
メールも何度も送るけど返答なし。
1時50分になっても帰って来ない。
学校に電話をかけてみました、“補習は何時までだったのか”
予定どおり12時半までとの回答です。
またまたあっという間に2時過ぎました。
病院に少し遅れてもいいか、お詫びの電話を入れ、
再度、学校に電話をかけました。
何か補習の他に行事があったのではないかどうか。
でも、今日はそんな予定はなく、補習は既に終了しているはずと。
・・・・・・・・もう2時20分になりました、
もう今日は病院は無理です、キャンセルの電話を入れました。
2時半、再々度学校へ電話。
今度は、ちゃんと今日は学校に登校したかどうか!?訊きました。
返事は、ちゃんと4時間目まで授業を受けて帰宅したと、
先生が同級生に電話をして確認までしてくださいました。
いつもの日なら、何時に帰って来ようが、遅かろうが、早かろうが心配しないのですが、
昨日は違っていましたから。。。
おとといの朝、補習初日、熱が38,6度。
前の晩からひどい下痢もしていました。
これじゃ、学校には行けません、休ませました。
熱は39,2度まで上がり、何も食べず、水分だけ。
午後になってようやく起き上がれるようになったので病院へ。
診断は、「風邪」。
でも、背中が痛いというし、吐き気もあるし、ノロかな。。。
しかし、薬が良く効いて、夜には平熱に下がりました。
それで、昨日は学校も気になるというし、登校したわけで。。
二男はてんかんの持病があるのです。(脳波の検査もその定期検査です)
学校にはいない、電話も通じない、
残るは、、、通学路で倒れている!?
とにかく学校まで行ってみて、いつもの通学路を歩いてみることにしました。
運良く校門のすぐ前の駐車スペースが1台分空いています。
駐めて、入り組んだ坂道を5分ほど下ってみました。
細い石段とはいえ、人どおりは少なくなく、観光客の姿もチラホラ。。
いちばん下の広い車道まで下ると、ちょうどそこに大きな総合病院があるのです。
もう、背に腹はかえられません、救急受付に行って
「○○高校の生徒が担ぎこまれませんでしたか?」と尋ねました。
回答は「NO!」そうですよね、もしそうならとっくに連絡があるはずだもん。
やっと、ここで夫に電話をし、これまでの成り行きを説明。
こっちに来るというけど、来ても.......ねえ、どうもならんじゃん。
家に残して来た長男とも連絡を取りながら、
やっぱ人間、最後は“警察”この2文字が浮かびました。
だけど、とりあえず、学校に戻って先生に会ってみようと思って、
下って来た坂道を、少しルートを変えて上りました。
下りは何度か歩いたことがあるんだけど
上りは初めて。途中で出会ったおばちゃんに道を聞きながら上りきりました。
学校まで戻って、玄関の事務室で担任の先生に連絡を取ってもらいました。
私が名前を言うと、たまたま数度かけた電話に出てくださった方で、
親切に応接室にまで通してくださって。。
間もなく先生がフウフウ言いながら、やって来られました。
開口一番、
『いました。居残りしてました。すぐ呼んできます』って、
そして風のように去っていっちゃいました。
で、下の方~~~の教室から息子が一緒に上ってきました。
「昨日休んでたし、新しいクラスのレベルに追いつくのに、数学の先生が補講をしてくださってました。数学の先生と連絡が取れなかったものですから、、すみません。」
ほっとするやら、やっぱりねの気持ちやら、
“おまえ~~!!、あんなに大事な用だから、早く帰るように言ったやろう。”
“病院にも、先生にも迷惑かけたやろう。”
“連絡くらいしなさいよ。
“今日は用事がありますって、数学の先生に言えよ。”
“みんなに迷惑かけたやろう。”
諸々、諸々、諸々、・・・・・・・・帰りの車の中は説教づくしでした。
さすがに応えたのでしょう、家に帰っても黙ってました。
夜になって、ナンデかい?と、改めて訊いてみました。
すると。。。。。
前の日、休んだ分の遅れと、
2年生から1つ上のランクのクラスに入ったため
授業の進行が全然違い、得意としていた科目がさっぱりわからず
相当ショックを受けたそうです。
で、居残りを受けないと、さらに遅れてわからなくなる、と感じたそうです。
これは、母としては怒りの中にも、子の成長を感じちょっと嬉しかった。
二男は軽い学習障害があります。
思ったことが言えず、わからないこともわからないまま、
誰にも(先生にも)気づかれず、ほっとかれたまま、
中学校の3年間を過ごしました。
それが、初めて、自分から勉強せんば!と感じたんです。
この1年間、中学とはまったく違った学校環境で
いい先生方、級友に囲まれて生活してきたようです。
この子にとっては最良の場所、友、先生、だったんだなあ、と思います。
意欲的になったんだもん、昨日のことはチャラにしてあげようと思います。
ただし、病院にかけた迷惑はだけはキッチリ落とし前付けさせますけど。
併せて、とってもよくしていただいている○○○式の教室の先生にも感謝しなきゃ。
親の私の教室ではもう見れないと判断してから丸4年。(やっぱり親子は、、ダメです)
特にこの一年はとってもよくみていただきました。
できない問題は何度も何度も何度も、できるまで何度も指導してくださいました。
学習障害とわかった昨年の4月、とてもショックを受けた私を励ましてくださり、
息子をよーく見て、いいところを伸ばしてくださいました。
何でも、誰でも、自分の力を信じて努力をすれば願いは叶うって。
息子に教えられたなあ。。。。。
だが、しかーし!
今日のこのことは、一生言い続けてやる。。
警察に行かなくてよかった。。。