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ブダイは、岩の上に白いゲロを吐いているのだ。いや、よく見るとそれは、ゲロではなく、白っぽい固形状のものなのである。いや、よく見るとその白い固形には無数の足がついていて、口から這い出てきているのだ。「タイノエ」である。周りを見てみると、今、出てきつつあるのは3匹目で、最初に出たやつは、もう、50cm程離れた所にいた。「んーこいつらって、自分で歩けるんだ」私は少し驚いた。「そっちに歩いていったって、何もないのに」タイノエの進む先は、磯の上で、その先は神津本島である。しかも夏磯だ、磯の上は既に石焼ビビンバの様相なのである。(馬鹿だな、やっぱ虫だなこいつら)と嘲笑したしかし、考えてみると、タイノエ達は、今までこのブダイに寄生して、言わば一緒に生活し、そして苦楽を共にしてきた訳である。「今まで世話になって、ここまで大きくしてもらって、そしてお前ら瀕死の家主を見捨てて自分らだけ助かろうってか」何だか段々怒りがこみ上げてきた。「いかしちゃおけねー」そう思ったときには、既に手が動いていた。「この腐れ外道が…」私は衝動的に、手に持っていたコマセ杓で、3匹とも、粉々にしていたのだ。私は、小さいころから漠然と、自然こそ正解で、美しいものだ思っていた。Yさんのコメントの通り、自然=サムライズムだと思っていた。自然の活動で、何というかこんな「卑怯さ」「汚さ」みたいなのを感じたのは初めてだったのである。あれからしばらく経って、人様にこのことを話したりして、そして自分なりに振り返って考えてみた。やつらは寄生虫だけど、こんな小さな虫でも、1分でも1秒でも長く生きたかったのではないだろうか自分の生を、精一杯全うしたいが故に、リスク上等で脱出して、そして、万に一つの可能性に賭けて、夏磯を歩いたのではないかと私は自分がしてしまったことを猛烈に反省した。結局、自然に対して自分の愚かさに後から気づいて後悔しているのは私なのである。[砂糠崎とソーダイ]
April 26, 2007
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その日、私は、メジナ釣りの大会スタッフ兼参加者として神津島に来ていた。この大会は「100人以上」「招待客のみ」「神津全エリア貸切」「エントリーフィー○万円」「賞品総額○○○万円」みたいな、今じゃ考えられないスゲー大会だった。船幹事だった私は降りるのはラストで、そこは、房総で言えば金谷平島、湘南で言えば茅ヶ崎スズキ島、伊豆なら、松崎岩地大根みたいなウェーダーとクロダイが似合うような磯だった。名前は忘れたがまぁ、ショボイトコだ。不幸にもくじが悪く、一緒に降りたD社←(素晴らしいブランクを造る方の)テスターのKさんは「こういうトコはさーこっちの方が面白いんだよねー」といって、1.25号のロッドに2号通しみたいなタックルをスタンバっていた。このへんは流石大人の余裕だ。とりあえず、釣りを始めてみるものの、なんだかブダイしか釣れない。沖でも際でも、コマセと合わせても離しても→「ブダイ」なのである。そんな中、頭に浮かんだのはこの大会のルールだ。この大会は、どんな魚でも1枚は検量に出さなくてはいけないというルールがあった。もし、キープがない場合、大会後、ホテルのホールで行われる表彰式で、ボーズ者は壇上に並ばされ、参加者に指を指されて笑われるという罰ゲームが待っているのだ。リリース派な私だが、仕方ないので、とりあえず「ブダイ」をキープし、もっとよい魚が釣れたら入れ替えるという作戦をとることにした。最悪の場合のために、どうせなら的な食べごろサイズの赤い奴を選んで、タイドプールに活かしておいたのだ。しばらくして、何だかんだいっても離島というか、こんな磯にも潮が差してきたのだ。「コレ絶対今日のラストチャンスだから」と、Kさんの釣り座に入れていただいて、というか誘っていただいて、観音回りで潮を探っていった。狙いの尾長は食わなかったが、普通にキープな、カンパチとかスマとか、高ヘモグロビン系の魚を捕らえることができた。Kさんその節はありがとうございました。その潮も、1時間位で終わってしまった。まぁそんなものだ。先程の私の釣り座に戻ると、ふと思い出し、タイドプールを目で探してみた。なんと、逃がしてやろうと思っていた「ブダイ」は瀕死の状態だった。岩を枕に体を横たえ、エラは微かにしか動いていない。どうやら、潮に夢中になっている間、潮位が下がり、程よく飛んでいた飛沫がプールに入らなくなってしまっていたようだ。更に、6月と言えども、神津の緯度だ、もう夏磯の風情である。タイドプールの水温が思いのほかあがってしまったのだろう。「あぁ…駄目かな」私は、殺生は極力避けてきていた。今まで数え切れない程の魚を死なせてきていたからだ。「すまん…」ブダイに対して謝った。もうちょっといい方法があったのではと普通に反省した。「ぁ!」それはとても奇妙な光景が目にとまったのである。
April 24, 2007
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先日、ありがちな夜の街でのトラブルの事後処理で、整形外科に行くことになってしまった。病院は、制服を着たナースや事務員さんがいるので、嫌いではないのだが、いちいち待ち時間が長いところが辛い。待合室で、(実は)大して痛くもない足に、大げさに包帯を巻かれ、診断書が出来るのを待っていると、本棚に「シートン動物記」の絵本を発見した。私は、昔から絵本が大好きだ。「いつか絵本作家になって一発当てたい」←この夢は未だ捨ててない。本棚の横に移動し、早速、あの名作「オオカミ王ロボ」を手に取ってみた。パラパラと絵を見て(もう少し自然の厳しさを前に出したタッチでいいんじゃないかな~)みたいなことを勝手に思いながら、2冊3冊とタイトルをクリアしていった。家族や仲間を守るために体を張ったり、自由を奪われる位なら自らの死を選んだりとシートン動物記に登場する動物たちは、皆、スマートで、愛に溢れていて、誇り高く、そして何よりも美しい。卑怯で、意地汚なく、それで自分の愚かさに後から気づいて後悔したりするのは、いつも人間の方だ。っていうか、私はいつの間にか、絵本の世界にすっかりもってかれてしまっていた。自然があって、その中に、しょーもなく人間がいるのだ。自然こそが絶対であって、人間は常に自然の前で謙虚でないと、痛い目に遭うに決まっているのだ。私が何故今病院にいるのか←不埒な自分のことは棚に上げ、偉そうに考えを巡らせていると、数年前、神津島で出会った、ある「ブダイ」のことを思い出したのだった。[ナダラと沖の祗苗]
April 16, 2007
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この日は、私が釣り師としても人物としても尊敬しているSさんが助手席に座っていた。たしか、厳寒期のシーズンで、西からの強風を受け、下がり続ける水温の中、ひたすらキタマクラと戦う←みたいな、神経も体もクタクタ←そんな日だったと思う。釣り、飯、ミーティングを終え「じゃ、帰ろうか」とメンバー4人を乗せ、私は首都圏に向かって車を走らせた。しばらく静かにしていた助手席のSさんは「北川」辺りでおもむろにタバコに火を付けた。そして、「今日、12時半頃、今まで○○根の方向に行っていた潮が左手前に差し込んできて、急に喰わなくなっただろ、その時お前どうした?」の様な質問を私にしてきた。私は「あの時は多分○○だと思ったので、とりあえず、針を○○に変えて様子を見ました」の様な返答をした。すると「そうか…」と、一言、返事をして、また、静かになってしまった。しばらくして、Sさんは「伊豆高原」辺りでおもむろにタバコに火をつけた。そして、「今日、12時半頃、今まで○○根の方向に行っていた潮が左手前に差し込んできて、急に喰わなくなっただろ、その時お前どうした?」の様な質問を私にしてきた。私は「あの時は多分○○だと思ったので、とりあえず、針を○○に変えて様子を見ました」の様な返答をした。そして、失礼は重々承知の上で「これ、さっきもやりましたから」と言うと「そうか…」と、一言、返事をして、また、静かになってしまった。Sさんは、疲れと、カーエアコンのせいで自らの意識が朦朧としつつも、私が寝ないように、気を使って話しかけてくれているのだ。そんな気持ちを察してしまった以上「寝るな~ゥラー!」とは絶対言えないのである。しばらくして「熱海」辺りで、またSさんは、おもむろにタバコに火をつけた。そして、今度は、私が先に「Sさん、自分、今日は大丈夫なので、寝てていいですよ」というとSさんは「そうか…」と言って、また静かになってしまった。しばらくして「真鶴」辺りでまたSさんはおもむろにタバコに火をつけた。そしてSさんは、今度は、無言で、『助手席の窓を全開』にしたのだ。まるで苦行者の様に、冷たい風を自らの顔面に浴び始めたのである。しかし、助手席の窓を開けられて、寒いのは、実は、運転席なのだった。色々な意味で、ちょっといたたまれなくなってきた私は「すみません、Sさん、お願いですから大人しく寝ていただけませんか」というと「そうか…」と言って、窓を閉め、また静かになってしまった…。Sさんは、私が釣り師としても人物としても尊敬している方である。この話は、Sさんが迷惑だということではもちろんない。とんでもない。それとは間逆で、Sさんのこの小さな思いやりが、極限状態の中でも、フッと笑える空気を作ったという話なのだ。「余裕は大事だけど、思いやりの気持ちは更に強ぇー!」←みたいなことを私は言いたいのである。何度も言うが、Sさんは、私が釣り師としても人物としても尊敬している方だ。[早朝の井田堤防から七島を望む]
April 13, 2007
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先日、ココによくコメントをしてくれる、リ○○○山さんと、曰くの井田堤防で竿を出したのだが、毎度のコトながら釣果は酷いものだった。しかし、リ○○○山さん推奨のスタイル↓「混まない明け方に釣り場に移動し、集中して釣りをし、早めに宿に戻り、日の高いうちから飲み始めて、子供の寝る時間に就寝。そしてまだ暗いうちに起きて家に帰る」このお陰で、釣れなくても、そして、ウザ堤防師にまた遭遇しても気分よく帰ってこれたし、何しろ、その次の日、朝から「ヒルクライム」で、山でも充実した時間を過ごすことが出来た。私も最近大人になってやっと解ってきたことそれは→「余裕」←それって結構大事なのだ。「いっぱいいっぱい」とか「脇目も振らず」とか、もう私の年齢になると、傍目ダサいし、何しろ周りが迷惑する。帰りの道中、リ○○○山さんは、私に「寝てていいぞ」と言った。リ○○○山さんの愛車であるBMの3はその日、点検に出していて、今回は、ディーラーが代車で用意した1での移動だった。その乗り味を、夜明けの土肥や天城の峠で楽しんでいる風である。流石、大人の余裕だ。「ゃ、自分、助手席では寝ませんから」というか、昨夜7時過ぎには、八海山がキマってしまい、意識を失った私は、普通に眠くなかったのである。とまぁそんな車中会話の中、昔、毎週毎週、クラブのメンバーと沖磯のメジナ釣りをやっていた頃のことを思い出したのだった。ココでは何度も書いているが、私がいたクラブは、当時、ヒンディカーストばりのヒエラルキーが確立していて、メンバー同士便乗した車の運転は大抵、最年少である私の役目だった。というか「自分やりますんで」的な空気なのだった。そんなんでも、やはり力一杯釣りをした帰り、助手席で寝られてしまうと、眠気のウィルスが運転する私に空気感染し、連られ寝してしまいそうになってしまう。そんな時は、安全最優先で、止むを得ず「寝るな~ゥラー!!」とや○ざに変身し、先輩方に抵抗したものだった。 [戸田村井田港]
April 12, 2007
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タカベが釣れたのはいいのだけど、それは思ったよりずっと小さかった。タカベクラスでは、狙って釣れて嬉しいのは1stだけだ。その後は、何だか飽きてしまう。もう、既に熱いターゲットは別にシフトしていた。堤防先10m付近のボトムにチラチラ見えている「銀ワサ」だ。45cm位はあるだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここで前回、勿体つけた「男」が登場だ。この「男」←意外にもココに来て下さる方の反応が強かった(思い込みですか?)そんな空気の中で「こうなったら皆さんの期待にこたえなければ」と、あるだけの語威力を使ってこの事件をドラマティックに書いてみたのだが、「男」の迷惑行為や、そこで発生した私との「対決」場面での脚色は過剰にエスカレートしていった。読み返してみて私は我に返った。なんというか、罪状で言えば「男」は「業務妨害罪」そして私は「殺人未遂」級なことになってしまっているのである。そこで頭に浮かんだのが、こないだ本屋で立ち読んだ、過去「2ちゃん」等であった「祭り」の様々なエピソードだ。こんな私の「しょぼサイト」でも、警察関係者や経済ヤ○ザさん、そして「男本人」然り~誰が見ているか解らないのである。危なく「冤罪のオウンゴール」をしてしまうところだった。まぁ、本当のところは、「ああいえば」で有名な上祐○浩似のその男が、私とバイト君の間の、物凄い狭いところに、無言で割り込んできて、狙いの石鯛のレンジに3分間もかけて大量のコマセと「シンクロフォール」させてやっと馴染んだ私の完全フカセの仕掛けに、不細工なカゴウキの仕掛けを被せてきた上に、私たちが累計10kgも撒いたオキアミのお陰でそいつにもタカベが釣れて、調子に乗った上祐が、「そんな仕掛けじゃ釣れない」と私達に向かってタカベ釣りのレクチャーまで始めやがった・・・程度のことなのである。私の反撃も「聞いてねーYO!ヴァ~か!○○○ぞ!」と言った程度で(2人のバイト君が引き気味だったので)止めておいたのだ。まぁ、人様の悪口なんて、サラッと書くのに限るのである。はは。しかし、いったん口にしてしまうと、とめどなく出てくるのも悪口なのだ。妻良港でのことだ。その日は、チャリ仲間T君と、(五兵衛側の)堤防の先端で「座ってエギング」をしていた。夜明け直後ということもあって、堤防には、私たち2人しかいなかった。というか、この堤防は釣り座として取れるのがせいぜい2人なのだ。そんな中、「名古屋章」似の「男」はやってきた。男「イカ釣れた?」私「ぁ~ポツポツですね」男「ポツポツか~じゃ5つ位か?」私「・・・・。」(何でポツポツが5杯なんだよ~まだ2人で小さいのが2杯しか釣れてねーYO!!っていうか、そんな具体的な数字はお前に関係ないだろ!)男「俺はキス狙いで来た。横浜から。先週も来た」私「・・・・。」(白根ーよ)男「この堤防、今日登りやすかっただろ」私「え?」(何言ってんだ?コイツ)男「俺が先週、木の枠を立て掛けておいたからな」私「・・・?」(ん?)私「・・・!」(ぁ~こいつココでやりたいってことか~)こんなアプローチをされたら、私のような性悪は、断固どかないのである。私「T君さ~あと30杯づつ釣ったら移動しようぜ!」諦めて妻良港を出る「名古屋章」の車を確認してから、その釣り座は、直後に来た(微笑ましい)エギングカップルにお譲りした。ただでさえ、コミュニケーション処理能力が低く、それでもって極度にナーバスである私が、毎度こんな攻撃を受けていたら、思い出すだけで「テンションがた落ち」なのだ。そういう時に限って、クリエイティブの仕事の期限が迫ってたりして、キャパの狭い私の脳内に悪い影響が出てしまったりする。どちら様か、この手の堤防釣り師を黙らせる方法があったら教えて下さい。 [珍しいヤクナシでのイシダイ釣り]
April 8, 2007
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館山で出合った堤防釣り師は、私たちを楽しませてくれた上に、お土産までくれた。そして、浸透圧についての重大なヒントもくれた。しかし、堤防はこんな愉快な釣り師ばかりではない。中には傍迷惑な堤防釣り師もいる、というかそんな輩は結構多いのである。西伊豆井田堤防でのことだ。その日は、私請けの仕事のまとまった入金があり、その時の作業を手伝ってくれたお礼に「観光して美味しいものでも食べよう」ということで、アルバイトの大学生2人を誘っての釣行だった。美味しいものとは鰻のことだ。沼津には、とても美味しい鰻屋がある。名前は覚えていないが、ココの蒲焼は美味い。肝焼きも美味い。タレは甘くなく、くどくなく、照りはなく、外側がサクッ、中はフワッとした感じの焼き上がりだ。そして、ハウス酒が「白鶴」というのもいぃ。メインイベントは鰻と白鶴なのだが、混まない明け方に車を走らせて、腹減らしに、釣りでもしようみたいなノリなのだ。ナライが強く吹いていたので、山陰となる井田堤防に入ることになったのだった。週末だというのに、あの有名な井田堤防には、2人しか入っていない。目敏く、そして何処からともなくやってくる駐車料金徴収のおじさんに聞いたのだが「もう、ココはかつての勢いはないよ」とのことだ。魚もイカも、とにかく潮がもう一つというかここ数年全然ダメらしい。そこで、フカセクロダイタックル2本とエギングタックルの総力戦で望んでみるのだが、そんな中でも、数投に1回はコッパ尾長とか、ネンブツとか、何らかの魚がヒットしてくる。徹夜明けということもあって、こんな魚達でも、喰ってくればまぁーヘラヘラと楽しい時間が過ぎていった。N君が、今日一番の竿曲がりでキャッチしたのは、15cmもある「キタマクラ」だった。「これは食べられるんですか?」と聞いてきたので、立場上、伊豆通なことになってる私は「この魚は毒があって猫も食べないのだけど、熱海堤防のホー○レスは食べると聞いたことがある」と答えた。「伊豆半島における、生態系ピラミッドの頂点は、トンビとかハヤブサだと思われているけど、実は、熱海のホー○レスなんだよ。彼らが最強なの」と教えてあげた。2人の理系大学生は、根からまじめなタイプだ。私のこんな出鱈目な話も、毎度興味深く聞いてくれるので、つい気分が良くなってしまう。しばらくすると、コマセに群がる魚たちの中に、黄色い残像ラインが見えた。タカベが入ってきたのだ。「狙え~!」と2人に発破を掛けるが、釣れてくるのはタカベの2000倍はいるネンブツだ。私が「あっち、その更にあっち釣法」←(命名=私)を駆使して、やっと一匹を手にすることができた。そんな中「男」はやってきた。[井田ゴロタ浜]
April 1, 2007
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