FLOWER GARDEN 2

FLOWER GARDEN 2

VOL.006~010

flower2



★第6話 2人だけの食卓

両親の葬儀式は司祭様の祈りと共に滞りなく執り行なわれた。
空っぽに近い両親の柩にアリシアは花を入れると、黒いヴェールの下に涙を隠し
、僕の傍らに寄り添った。
賛美歌が流れ、鐘が鳴り響く中、復活の蝋燭を手に持った行列が、僕達家族の思
い出を乗せて去っていく。

アリシアは、「ジョージ、私、還りたい」と、小さな声を震わせた。
周りに集まった大人達は、「もうちょっとで式は終わるからね」と、幼いアリシ
アを小声で嗜めたが、僕は知っていた。
アリシアは、幸福だった時間へ戻りたがっていたのだと。
僕は小さなアリシアの肩を抱き締めた。

僕は父さんの腕時計を、アリシアは母さんの形見のロザリオを握り締め、冷たい
土の中へ還っていく両親の最期を見届けた。

週末にはフライフィッシングに連れて行ってあげようと、釣り竿を手入れしなが
ら父さんは笑った。
じゃぁ、バスケットいっぱいに自慢の美味しい料理を詰めてあげるわと、母さん
は腕を捲くりながら笑った。

そうなんだ……
父さんと、母さんはいつも笑っていたんだ……

パタパタと僕の落とした涙は、柩を打ち、その上に折から降り始めた小雨がポツ
ポツと落ちてきて、僕の涙を流しては消していった。

神などいない……
居たら、これだけ信仰深く、慈愛に満ちた両親をこんなにも早く天に召されるは
ずがないんだ……

強く握り締めた拳を、アリシアはその手でそっと包むと、「ジョージ、帰ろう」
と呟いた。

その夜、僕達は家に帰り、生前母さんが作ってくれた最期のスープとパンを口に
運びながら、2人だけの淋しい食卓を囲んだんだ。




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★第7話 星の下の誓い

欠けた食器
ツギハギだらけのシーツ
膝小僧の擦り切れたズボン……

母さんは、そうした物を上手にリフォームし、苦しい家計を支えていた。

父さんと母さんを見送った夜、
「独りじゃ、淋しい」
と、言うアリシアを、
「しょうがないなぁ。今日だけだぞ!」
と、僕は掛け布団を持ち上げて、自分のベッドに招き入れた。

彼女が、体を滑り込ませた瞬間、その足先がシーツのほころびを引っ掻いたよう
で、
ビリビリビリ~……
と、大きく布を裂いた音がした。

「あーーー!アリシア!気をつけろよ!!母さ……」
母さん、アリシアがシーツを裂いちゃったから、縫っておいて!
そう言い掛けて、僕ははっと我に還り、アリシアの悲しそうな目と合った。
「……いいよ。僕が明日縫っておくから、今は眠るんだ」

すやすやと寝息を立てるアリシアの隣りをそっと抜け出し、カタカタとなる扉を
開けて、表に出た。

晩秋の風が頬を優しく撫でたが、寒くはない。
アイルランドは、暑すぎる夏もなければ、厳しすぎる冬もない、比較的、気温は
快適に保たれていた。
但し、一年の殆どを雨と曇天に見舞われたのだけど。
だから、この日の夜も、星を見たくても、ぶ厚い雲がその輝きを見せまいと邪魔
をしていた。


眠れぬ夜は、僕に嫌でも日中のことを思い出させた。
葬儀式の後、僕は神父様と数人の大人に交じり、今後の僕達の身の振り方につい
て話し合いの場に参加していた。
大人達は一様に身寄りのない僕達は孤児院に入るしかないだろう……
しかも、アリシアと僕は離れ離れになると言う。

両親を失った哀しみを噛み締める時間もなく、現実が僕に決断をしろと背後から
追い立てる。
だけど、僕には何も出来ないのだ。

無力な自分と向き合い、愕然とした。

僕は、父さんと母さんが守った僅かばかりの痩せた土地に、折れた膝をつき、ド
ン!と拳で地面を叩いた。

うちにお金があれば……
いや、せめて僕がもう少し、大人でさえあったら……

両親に次ぎ、生きながらにして、妹と離れ離れになる運命を僕は受け入れなくて
はならないのか?

いや!
嫌だ!!
僕は、兄として、何としてでも、アリシアを守るんだ……
父さん
母さん
僕は、僕達が離れなくても済む方法を考えて見せる。

僕は、堅く唇を噛み締めながら、微かに雲の切れ間から除く星を見上げて、遠い
空の向こうに微笑む両親に誓いを立てていた。




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★第8話 2人の儀式


僕は、両親の葬儀式以来、教会で行われる最初の会合に出掛ける為に、一張羅を
タンスから出した。
今日の会合の議題は、僕達「オブライエン兄妹の引き取り先」についてのはずだ。
僕は上着の袖に手を通しながら、2~3日前から綿密に練ったプランをブツブツと
復唱していた。

「ねぇ。ジョージ……。孤児院に行かなくて済むようになるって、どういうこと
なの?」
幼いアリシアは不安と好奇心の入り混じった目で、一心不乱に天井を見つめて復
唱していた僕の目の前にヒラヒラとその掌を翳した。
「今、大事なとこなんだから、話し掛けるなよ……。えぇぇっとぉ……」
僕は天井を睨んでいた目を、ほんの一瞬だけアリシアへと落とし、それから再び天井を見上げブツブツと復唱した。

教会に行くまで、後数分のところで、僕は机の引き出しに入れていた茶封筒を取
り出し、アリシアに渡した。
「お前は、郵便局に行って、この手紙を出しておくんだ」
僕は、昨晩、隣りの家で借りたタイプで打った手紙を、アリシアの手に握らせて
いた。
「いいね?これはとてもとても大切な手紙なんだ。必ず、今朝、投函するんだ」
僕は、朝から既に何度も同じことをアリシアに言って聞かせていたけれど、出掛
ける前に、もう一度念を押した。

アリシアはコクンと頷き、徐に椅子に立つと、僕の肩に手を掛けた。
「えっと……『全てが上手く行きますように……』」
そう言うと、僕の唇にキスをしようとした。
が、その前に目を瞑っていてしまったアリシアは、バランスを失い、僕の鼻にゴ
ツンとぶつかるようなキスをしてしまって、真っ赤になっていた。


それは生前、母さんが父さんにしていたおまじないだった。
伸るか反るかの賭けに出る時、出掛ける前に、母さんと父さんはお互い祈るよう
にキスをしていた。
アリシアが2人のことを忘れまいと、その儀式をなぞっている様があまりにも健
気で、いじらしくて、僕はその愛しさに、我知らず彼女を抱き締めていた。

そして、やっぱり父さんが母さんに返していたように、
「ば~か!違うよ。父さんと母さんのキスはこうだよ!」
と、微笑みアリシアの頬を掴み、顔を引き寄せると、その小さな唇に軽く触れた
ところで、はっと我に還った。
真っ赤な顔して、唇を押さえているアリシアと目が合った……。

「い、行ってくる……。大丈夫!『全て上手く行くさ』」

僕は、生前、父さんが母さんに言っていた言葉をアリシアに残すと、ドクンドク
ンと波打つ心臓を押さえながら、家を飛び出していた。




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★第9話 エヴァへの頼み


僕は、学校裏の小高い丘を目指した。
教会に行く前に、どうしてもしなくてはならないことがあったからだ。

エヴァ・アーバインは、丘陵にある樹齢100年はあろうかと思われる樫の木の
下で、所在無くその木に寄り掛かっていた。
僕の影が伸びて、エヴァの足元に差し掛かったところで、彼女は顔を上げた。

「話って何よ?!」
エヴァはいきなり身構えながら先制攻撃を仕掛けてきた。
「この間の鳩の件だったら、私、謝らないから!」
僕は、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
それどころか、もうずいぶん遠い昔の出来事のように思われ、懐かしくさえ感じ
ていた。

「そのことじゃ、ないんだけどな……」
「じゃ、何よ?」

エヴァは肩透かしを喰らったようで、身構えた両手の拳を下ろした。

「君のお父さんのところで働かせて貰えないか?」

僕の突然の申し出に、エヴァは不揃いに散らばっているソバカスをヒクヒクと動
かしながら、目を見開いた。

「パパのところで?ジョージが??」
「うん。何でもいいから仕事が欲しいんだ」
「だって、あなたまだ10歳でしょう?」

先に11歳になったばかりのエヴァは、急に年上めいたモノの言い方をして、「
そんなの……、ムリよ」と即座に断った。

エヴァの父親、バーナード・アーバインは、エリザベス1世の治世に、グレート
ブリテンからやってきたプロテスタントで、一族がトリニティカレッジの卒業生
であることを誇りとしていた。
彼はその巧みな商才と人脈で手広く事業を展開し、ゴルフ場や、ウィスキー工場
を有し、このアイルランドで屈指の資産家となっていた。

「そこを何とか頼む!」
僕は土下座してもいいと言った勢いでエヴァに頼み込んだ。
エヴァは暫く考え込んだ後で、もたれ掛かった木から体を起こした。

「……いいわ。パパに頼んであげる……」
「本当?!」
僕は、台所に転がる最後の腐り掛けのじゃがいもを、全て今夜のご馳走として鍋
にぶちこめるかもしれない喜びに狂喜した。

「私の弟コリンの家庭教師を、丁度探していたところだったの。ジョージは、学
校で一番の秀才だもの。パパも首を立てに振るはずだわ。……そうねぇ。確か、
月200スターリングポンドだったと思うけど、どうかしら?」

僕は喉を鳴らした。
それ位あれば、兄妹、路頭に迷う事無く何とかやりくりすれば食べられる金額だ。

僕が頭の中で計算を始めた頃、
「でも、もう2つの条件を呑んでくれたら、月400スターリングポンドでパパにお
願いしてあげてもいいわ」
エヴァの瞳が、妖しく光った。




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★第10話 二つの条件


「もう2つの条件って?」
僕の質問にエヴァは、にっと笑って人差し指を立てた。
「まず、ひと~つ!あなたは私のBFとして、付き合うの!」
「は?」
「何よ!その間抜けヅラ!」
僕はエヴァの言っている事が分からなかった。
「……だって、君は僕のこと嫌いなはずだろう?なのに、そんなヤツが君のBF
役なんて出来る訳ないじゃないか」
エヴァはコホンと咳払いをすると、早口に捲くし立てた。
「いい?ジョージ!私は、あなたのこと本当はすご~く嫌いだけど、あなたはか
なりハンサムだし、頭もいいから、あなたと付き合ってると羨ましがる女の子も
、い、る、の!だから、『ジョージは、私と付き合ってる』って言って、う~~
んと羨ましがらせてやるの」

…………くだらない。
あまりの下らなさに僕は目がくらくらし、体中の力という力が抜けた。
「それで、月200スターリングポンド?」
それならお安い御用だ。
エヴァはスキッ歯で、ソバカスだらけで、小太りで、オオボラ吹きで、性格も悪
いけど(つまり、史上最悪のヤツだと言うことだ)、別に本当に付き合うわけじ
ゃない。
「……いいよ」
この僕の返事には、エヴァの方が驚き、次の瞬間、小躍りしていた。
だけど、呆気に取られた僕と目が合うと、コホンと咳払いし、怪しげな目つきで
、唇を舐めた。
「私と付き合うのは月100スターリングポンド分よ」
そう言えば、2つの条件って言ってたっけ。
「もう一つは?もう時間があまりない。早く言ってくれないか?」
僕は、父さんの形見の腕時計に目をやると、思ったより時間を取ってしまった事
で少しイラつき始めていた。

エヴァは、ふふっと目を細めて笑うと、腰に手を当てながら踏ん反り返って言っ
た。
「もう、一つの、条件は、私に、キス、すること」
「……(思考停止)……(真っ白)……(思考再開)……(認識)……げっ!」
「何よ!その間と『げっ!』は……」
不機嫌なエヴァは、口をすぼめた。
その口も顔も正にタコのようで、僕は全身に鳥肌が立っていた。



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