FLOWER GARDEN 2

FLOWER GARDEN 2

VOL.011~015

flower2



★第11話 アリシアの涙

だけど……。
僕は眉根をしかめると、一瞬考えに耽った。
100スターリングポンドもあれば、アリシアに新しい服を買ってあげられるんだ。

碧色の瞳に、豊かなブロンドのアリシアは、家事炊事に追われる憐れなシンデレ
ラだ。
まだ、8歳で友達とも遊びたいはずなんだ。
なのに、学校から帰ると僕のためにご飯を作り、必死で慣れない裁縫までしてい
た。


そういえば、アリシアが以前、学校の帰りにショウウィンドウにべったりと張り
付いて、
「いいな~。可愛いな~」
と溜息を吐いていた服は、かっきり100スターリングポンドだった。
あの淡いピンクのワンピースは、きっとアリシアに似合うはずだ。

僕は目を瞑ると、「仕方がない」と呟いた。
「え?何?」
「あ、いや……。『仕方が分からない』と言ったんだ」
「え?!ジョージ、初めてなの?」
エヴァのそばかすがヒクンと動いた。

朝、出掛けに重ねたアリシアの唇の感触が甦り、僕は耳まで真っ赤になった。
「ふ~ん……」
エヴァは、薄っすらと笑いを浮かべながら、木にもたれ掛かった。
「そうなんだぁ~。でも、私も初めてだから、ジョージからしなくちゃだめよ」
彼女は既に目を閉じて、そのビッグマウスを尖らせていた。

1回3秒100スターリングポンド……

僕が、そう自分に言い聞かせながら、顔を傾けたその時、
「ジョージ!」
背後からアリシアの叫び声がした。

アリシアは、小さな手を広げて、僕の背中に飛びついた。

「アリシア!」

僕がアリシアの手を解こうとしても、彼女は泣きじゃくって、決して離そうとし
なかった。

「お前、僕の後を尾けてきたな!」

拳を振り上げて怒ったふりをしても、アリシアはピッタリと僕の背中に張り付い
て離れなかった。

あまりの頑固さの前に、観念したのは僕の方だった。

「……悪い、エヴァ。アリシアを家まで送るから」

そう言うと、泣きながら背中にしがみつくアリシアをそのまま背中におんぶして、丘を降りていった。



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★第12話 ごめんなさい

……だけど、不思議な事に、僕は、月400スターリングポンドの契約をフイにして
しまったことよりも、アリシアを泣かせてしまった事に胸を痛めていた。

アリシアを背負いながら、僕は胸を痛めていた。
生前、母さんが言っていた事を思い出す。
「愛は、お金でも買えない神聖で尊いものなのよ」
ウィンクしながら僕に教えてくれたのに・・・・・・。

僕は危うくエヴァに400スターリングポンドにつられて大安売りしてしまうところだった。
しかも、妹に見られるなんて……。
「ごめんな。アリシア」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、アリシアは懸命に涙と鼻水を拭っていた。
僕の一張羅のシャツで……。
「ううん。……って、何でジョージが謝るの?」
「え?」
キスしようとしたのを見てショックで泣いているんじゃないのか?
僕は僕の背中を今や水浸しにした張本人に問うた。

「じゃ、なんでそんなにメソメソ泣いてんだよ」
アリシアは、言いにくそうに、言葉を詰まらせたかと思うと、ヒソヒソと僕の耳に口を寄せた。

「・・・・・・ご、ごめんね、ジョージ。私、手紙落としちゃったの・・・・・・」





…・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボト。





僕はアリシアを背中から落としてしまっていた。


「なぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
「痛ぁーーーーーーーーーーーーーい!!!」



こいつ、僕がエヴァとキスをしようとしてたのを見て、ショックで泣いてたんじゃないのかよ!
し、しかも、あの大切な手紙を落としたって言うのか!?
僕は、絶句し、一瞬は引いた血の気を、憤怒で一気に全身に巡らせた。


「お、お前!あれは大切だって言っただろう!」


アリシアは僕のゲンコツから逃れるように、「ごめんなさい」と小さく呟いて、顔を下に向け、腕でブロックした。



がっくりと同時に腹が立った。

……でも、僕は年上だ。
しっかりとアリシアを守らなくちゃ・・・・・・(つか、だんだん、その気も失せて来た)。

ブロックしているアリシアの腕の中から少しだけ、ウサギのような目が覗いていた。
僕は道端にしゃがみ込むアリシアの顔を覗き込むように、体を折り、瞳を覗いた。

「で、何で落としたんだよ!」
詰問する僕にアリシアは言った。
「途中でお花を摘んでたら、夢中になっちゃって・・・・・・気付くと無くなってたの」

僕は、言葉もなく、がっくりと膝を折った。



赤ずきんちゃんか!お前は!!



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★第13話 来ない春

僕はアリシアを家に連れて帰ると、もとのボロ服に着替え、教会へ行こうとした。
「私も、行く!」
急いで出掛けなくてはならないのに、アリシアは僕にまとわりついた。

「遊びに行くわけじゃないんだから、連れて行けないよ。お前は留守番!」
「いや!淋しいんだもん……」
アリシアはしっかりと僕の腕を掴んでいた。

僕は仕方なくアリシアを連れて行った。
教会に着くと、既に、牧師様と村の世話役になっている数人の大人達がテーブルを囲んでいるのが窓から見えた。
僕はアリシアの腕を解くと、教会の庭で子犬と遊ぶように言い、ひとり大人達の中で話し合いの場に参加した。


そして、話し合いはあっけなく終わった。


教会の扉を開けて出てくる僕に、アリシアは無邪気な笑顔を向け、僕の胸に飛び込んで来た。


「わぁ~!もうお話し終わったの?やったーーー!ジョージ、遊ぼっ!!」

僕は、扉の前に立っている大人達に一礼すると、アリシアに手を引かれながら、その場を去った。

「ねぇ!お花摘もうよ!」
僕は、ただ頷きながら、足を前に運び、道の上に散らばる石ころを見ながら歩いていた。

「……シャムロックばかりで、今は、淋しいけど、来年の春にはもっとお花がいっぱい咲くから、そしたら、また摘んで、父さんと母さんのお墓に飾ってあげようよ」

アリシアは、僕を元気付けようとでもするかのように、いつになくはしゃいでいた。

そして、ふとあることに僕は気付いた。

「もしかして、お前、今日摘んだ花って……」
アリシアは、墓地のある丘の向こう側を指差して、「父さんと母さんにあげたよ」と笑った。

「2人とも喜んでくれたかな?くれたよね?」
アリシアははにかみながら、それは嬉しそうに笑った。

そうだったのか……
それなのに僕はお前を怒ってしまったんだ。

いつの間にか、お前の優しさとか淋しさとかを見落としてしまっていたんだ。
その上……僕は……

「ごめん……」
「ど、どうしたの?ジョージ!泣いちゃ、やだよ」

アリシアは僕を強く抱き締めた。
「ね。来年の春にはお花がいっぱい咲くから!
そしたら、いっぱーーーーいのお花で2人のお墓を飾ってあげようよ!」

僕はもう言葉が出なかった。
きつくアリシアを抱き締めると、ただ、涙がだけが、ハラハラと零れ落ちた。

ごめん……
アリシア……
僕たちに、もう、来年なんて無い……


君は明日から、孤児院に引き取られるんだ……



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★第14話 遠き日の思い出

僕はとても幼かった。
でもアリシアと離れ離れになりたくなくて必死だった。

だから、僕は何日も寝ずに考えた。
そしてある考えを実行するために、手紙をタイプした。
それは、僕とアリシアの親戚だと名乗る伯母からの手紙だ。

「妹夫婦が亡くなった事をラジオニュースで知りました。
今すぐ迎えに駆けつけたいけれど、遠い異国にいてそれもままならない……。
だけど、1ヵ月もしたら迎えに行きますから、それまで待っていてね」

その手紙を、アメリカに転校した友達に宛てた手紙に同封した。
「この手紙が着いたら、この同封した手紙を投函して下さい」
実は、僕達には身寄りがいて、迎えを待っているとなれば、孤児院に入れられなくて済む……。
そう思ったんだ。

そこで、問題になるのはそれまで生活するためのお金だ。
僕は働くつもりだった。
働いて生活の糧を得て、「伯母が迎えに来るまで僕達は待ちます」
そう高らかに牧師様たちの前で宣言するつもりだった。

だけど、全て茶番だ。
アメリカから来たはずの手紙に貼られている切手がアイルランドのものなんて、今、考えただけでも失笑する。

幼かった僕は、周りの大人達が迎えが遅れていることに、疑問を抱き始めても、「伯母は病気で」「伯父が入院したらしくて」ナドナド、言い訳をしてずるずると引き延ばそうと思った。
そして、気付けば僕は十分、アリシアを養えるだけの大人になっているはずだと。


「子供だったよな……」
窓辺に立ち、煙草の煙を燻らせながら、公園ほどもある広い庭で犬のハウザーと戯れているアリシアを見ていた。
一瞬、アリシアと目が合うと僕は微笑み、アリシアも嬉しそうに手を振った。
ドアをノックする音と共に、「ジョージ様、先生がお見えになりましたが」とバトラーが一礼をしながら、先生を伴い入ってきた。

「ジョージ様、あれほどお煙草はお止め下さいと申し上げたはずですが……」
バトラーは渋い顔で、僕の煙草を取り上げ、もみ消した。

「なかなか止められなくてね。……いずれやめるさ」

バトラーはまるで僕の親のように口うるさい。
だけど、僕達兄妹を見つめる眼差しはどこまでも温かい。
僕もこの人だけには頭が上がらなかった。

「そうして下さい。大旦那様も心配をされておいででしたよ」
バトラーは、コホンとひとつ咳をすると、ポケットに入れていた小さな紙に目を落とし、今日のスケジュールを読み上げ始めた。

「では、ジョージ様、次はギリシャ語の先生が既にお控えになっています。その後は、フランス語で、その後は……」

僕はヤレヤレと観念し、バトラーの言葉を手で待ったと遮ると、頭を垂れた。

「分かったよ……。今日は大人しく屋敷で勉強する」

今日は午後から、アリシアとヒューバートと一緒に、近場にピクニックに行こうと言っていたのに……。
お手伝いのサリーは厨房でその得意の腕を振るい、豪華なお弁当を作っていてくれているはずだ。
僕は、残念そうな深い溜息を吐き、ちらっとバトラーを見た。

バトラーは満足そうに微笑むと、
「では先生、宜しくお願いします」
と、恭しく頭を下げ、部屋から出て行こうとして、何かを思い出したように振り向いた。

「ジョージ様、窓から垂れていた縄梯子は、先程回収致しましたから、この部屋からの脱走は命懸けでございますよ」



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★第15話 アイルランド慕情(1)


僕はあまりにも見事なバトラーの手際の良さに、ちっ!と舌打ちした。
先生はプーっと吹き出し、
『君の負けだな。ジョージ』
と、日本語で話し掛けてきた。
「『いつも、やられっぱなしですよ』。この日本語で合っていますか?フジエダ先生」
先生は、笑いながら頷くと、何事も無かったような顔をして僕の開いたノートに目を落とし、宿題の答え合わせを始めた。

外では、ヒューバートが到着したらしく、アリシアの笑い声とハウザーの吠える声が一層高くなっていた。

『では、今日は、北アイルランドについて何か日本語で話して下さい。ジョージ』
今日は朝こそぐずついた天気だったが、外は絶好のピクニック日和となっていた。

あ~あ。僕も久し振りにフライフィッシングをしたいよ……

『ジョージ?どうされました??』

突然飛び込んで来たフジエダ先生の言葉に、僕は庭の外に飛んでいた心が戻ってきた。

『あ、はい。北アイルランドは僕達の祖国で……』
先生に紹介をしながら、今度は、遠い祖国、アイルランドの地に想いを巡らせていた。

僕とアリシアはほんの7年前までアイルランドで孤児だった。

僕が、エヴァの家への就職活動に失敗した翌日の朝……。
孤児院から穏やかな目をしたふくよかな50歳位のおばさんと、逆に体がビッグベンのように尖がったおじさんが牧師様と一緒にやってきた。

「まぁ、可愛らしい娘さんだこと」
突然の来訪者にアリシアは驚き、急いで僕の背後に隠れ、そこからそっとおばさんの顔をちらちらと見ていた。

「ジョージ、この人たちだぁれ?」
僕はアリシアの前に跪くと、抱き締めた。
「お前はこれからこのおばさん達と一緒に、お友達が沢山居るところにちょっとだけ遊びに行くんだよ」
「遊びに?」
僕は「うん。そうだよ」と頷いた。
「ジョージも一緒?」
「それが、ダメなんだ」
「何で??」
「何でって……」
僕は翌日違う孤児院に連れて行かれる予定だった。
だけど、アリシアには全てを隠した。
これが最後の別れになる。
僕は努めて明るい声で嘘を言った。

「お前が帰ってくるまでに、食事を作らなきゃならないじゃないか。
今日は、僕が食事を作っておくから、お前は楽しんでおいで」
アリシアは、じっと僕の目を見つめると、僕の腕を解き、台所に駆け込んだ。
そして、暫くゴソゴソと何かをしていたようだった。

だが、アリシアは数分もすると、誇らしげな顔で、僕に丸いライスボールを差し出した。
「じゃ、私が帰ってくるまで、ジョージはちゃんとお昼ご飯食べてるんだよ?分かった?」

泣くまいと、決して泣くまいと僕は最後の気力を振り絞った。
「ありがとう。ちゃんと食べておくよ」
再度彼女を抱き締めると彼女を振り切ろうと立ち上がり、母さんの部屋のタンスからストールを取り出し、アリシアに巻いた。

「ジョージ、これ……母さんの!?」
「……今日は寒いから羽織っていくんだ」
「でも、これ……母さんはとても大事なものだから触っちゃダメだって……」
「いいよ。母さんもきっと喜んで許してくれるよ。母さんの形見のロザリオも持ったね?」
アリシアは小さく頷くと、「ジョージ、いつもと何か違う……」と呟いた。

孤児院の2人はアリシアを外へと促すと、お辞儀をしながら、玄関の扉を閉めた。
僕は堪え切れず涙が溢れ始めていた。
「立派でしたよ。ジョージ」
牧師様の温かい手が、僕の頭を撫でた時、僕は咄嗟に彼の手を跳ね除けた。

ビックリしている牧師様を睨むと、僕は声を荒げて、言葉を吐き捨てた。

「神なんかいない!神なんかいないんだ!!」

僕の言葉を聞いた牧師様が、再度僕に手を差し伸べた。

「おお……。何と言う……。カトリック教徒にあるまじき暴言ですよ!」
「神が何だよ!宗教が何だよ!本当に救えるって言うのなら、僕達兄妹を救えよ!『いつの日か』じゃない!今!今!今、救えよ!!」

僕は牧師様を鋭い目で睨んだ。
溜息を吐いた牧師様の説教が始まろうとした時、再度、玄関の扉をノックする音が聞こえた。



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