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2021.05.09

『道化師の蝶』2

カテゴリ：気になる本

図書館で『道化師の蝶』という本を手にしたのです。
円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。

円城塔著、講談社、2012年刊

＜「BOOK」データベース＞より
無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、「言葉」の網が振りかざされる。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A･A･エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。第146回芥川賞受賞作。

＜読む前の大使寸評＞
円城さんの初期の小説であるが、これはいい本に出会ったぜィ・・・
円城さんの『文字渦』を読んで以来、気になる作家でした。

rakuten 道化師の蝶

『猫の下で読むに限る』の著者友幸友幸について、見てみましょう。

p25～28
　一時期、不動産業に手を出していたA･A･エイブラムスの配下が、家賃未払いの部屋に踏み込んで発見したのは、多くの銀線、銅線、ペンチに半田ごて、鋏に針に糸、毛糸の山、銀粘土に糊に折り紙といった雑多な細工道具の山々と、それに負けじと聳え立つ原稿の山であったという。

　報告を受け、その混沌の有様に金の匂いをかぎつけたA･A･エイブラムスは、この人物の追跡に潤沢な資金と人員を投入した。友幸友幸との世界を股にかけた追いかけっこはA･A･エイブラムスの途絶した自伝の最終章「トモユキ・トモユキ遁走曲」に記されている。

　点々と居住地を変え移動していく友幸友幸の追跡は最終的に失敗に終わることになり、その後の足取りも未確定のままなのだが、その途中、どうやらA･A･エイブラムスの追跡に気づいたらしい友幸友幸が原稿の山の天辺にこれみよがしに残したのが、冒頭の『猫の下で読むに限る』ということになる。

　今はほとんど使われることもないラテン語、それも数学者が文法に変更を加えたラテン語で書くという行為が友幸友幸の中で何を意味していたのか、多くの推測が行われている。友幸友幸がほとんどの著作を現地の話言葉で書いたこと、作品中にA･A･エイブラムスがあからさまに姿を見せているところから、この特例が意識的な皮肉を含んでいるのだろうとはほぼ意見が一致している。

　最も採用されることの多い解釈は、自分を追跡し続けるA･A･エイブラムスを道化師と名指し、追跡は死んだ言語の支配する地へと至ると宣言しているというものだ。この解釈を採るならば、友幸友幸の呪いは非常に大きなものとなる。

　ラテン語ならば、単にほとんだ死んだ言語というので済むが、無活用ラテン語はほとんど使われたことさえない人工言語であるからだ。死語から生れた更なる死語が、追跡者を死語の国へと誘う呪いを吐くという想像はひどく不気味であると言える。

　実際、A･A･エイブラムスが『猫の下で読むに限る』の原稿入手後ほどなくして、機内で命を落としているという事実はこの解釈へ多くの者を引きつけている。すなわち、友幸友幸の残した文書は、A･A･エイブラムスへと特化されて作用して、死へ誘い込むものだったとされる。

　浪漫的で魅力的な空想なのだが、これを否定する要素は多くある。
　A･A･エイブラムスはその死の先年から子宮癌を患っており、自身でもそれと知っていたこと。
　死因は、狭い座席に押し込まれての絶え間ない移動を繰り返したことによるエコノミークラス症候群という、極めて順当なものであったこと。
　そうして最後に、これは決定的だと思われるのだが、エイブラムス氏は全く本を読まない人物だったこと。

　この点において、友幸友幸による記述は偶然なのかどうなのか、一度も顔を合わせたことのないはずのエイブラムス氏の実体に対応している。実業家中の実業家を自任するエイブラムス氏が吹聴したのは、自分は本を読まないという宣言だった。それが人工言語となれば尚更、エイブラムス氏が本書を読んだ公算は低い。

　友幸友幸が何を考えてこのお話を記したのかは、誰にもわかりようのない事柄なのだが、わたしとしては、単にその時期の友幸友幸の内面を写したものだと考えたい。呪いなどを持ち出さなくとも、無活用ラテン語の使用を意味づける道は様々ある。

　多くの言語を移動のたびに覚え直すことに困憊したか嫌気がさして、一言語で広域の言葉のカバーを目指した国際補助語の採用を考えたとするのは自然だし、その場合この言語を用いて書かれた作品が一作に留まるのは、実作を通じ、ただ断念したからだとなる。

　こちらは多少突拍子もない想定となるが、その時期彼が顔を合わせていた人々が、無活性ラテン語を日常的に用いていたという可能性も一応はある。

　この推測の一変種として登場するのは、この時期の友幸友幸が実際に死語の国に住んでいたという想像だ。原稿はミスタスの古宿の屋根裏から多くのジュカ語原稿と一緒に発見されたから、この見解への賛同者は少ない。今も繁栄を続けるミスタスは別に死の都ではないからだ。

『道化師の蝶』1

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