今日のことわざ 0
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長年の風雨に晒されたその家の外観は見るからにところどころ傷んではいるが今も尚、2人の家人が住んでいる。一人は50代の男。 技術者として将来有望ではあったものの競争を勝ち抜く術を持たなかった彼は社会に使い捨てられた。そんな彼はいつの日か一人で暮らす老いた母親の元に身を寄せることになった。そうなってから早いもので もう20年近く経つ。プライドだけは高かった彼。いつまで経っても働き口を探そうともせず親のスネをかじるばかり。彼の母親は老体に鞭を打って働くもののその幾ばくかの金の多くは彼の酒肴に消えていく。「育児」がいつまで経っても終わる気配がない。彼はと言えば家の手伝いもせずお酒を飲んでは自らの「不遇」を嘆くばかり。現状打破につとめることなくせっせと鬱憤だけを溜めていた。そのため彼の精神状態は日に日に悪くなっていった。鬱憤を晴らすようにして母親と口論となり時に暴力を振るうこともあった。暴力は日に日にエスカレートしていき母親は身の危険を感じるようになる。母親は暴力を受けながら誰にともなく無表情でこんなことを繰り返し呟いていた。「私もあなたも人間はみんな一緒」「人間はいつも同じことを繰り返す」「殴るあなたは私。今殴られている私はあなたでもあるのよ」「なにもかにもいつかの私」「あなたも私も死に様は一緒。惨めなものよ。誰も彼も一緒」ある朝母親は布団の中で冷たくなっていた。存外、死に顔は安らかであった。その日以降彼は変わった。近所では挨拶もせず、いつも不機嫌であまつさえ何かにつけて怒鳴り散らす彼は危険人物として認識されていた。そんな彼が母の死以降何かに吹っ切れたように柔和でニコニコとして人当たりが良くなったのだ。「お母さんが亡くなって改心したのね」と、近所の人達の中で評判になった。そんな彼は「今後の仕事に活かすために、期限までに凄いものをつくりたい」と近所の人々に道具や材料などを無心するようになった。まるで別人のように良い人になった彼に周囲の人々は喜んでそれらを差し出した。しかし、周囲の期待をよそに彼はある日 自宅で死体となって発見された。死体の傍には彼が自作した仰々しい機械仕掛けの作品が残されていた。それは安楽死マシン。母を見返すかのように誰も今まで経験したことの無いような死に方をするための彼の渾身の作であった。紐を引けば彼の計算では楽に死ねるはずであった。彼は、人類史に残るような死に方だと自負していた。死に様という点で世界の誰よりも優位に立ちたかったのだ。立てると思っていたのだ。社会を見返してやる。しかしながら歯車にずれが生じ僅かに急所をそれ苦しさにのたうち回ることになった。結局、台所の包丁を手にとり悪夢から醒めよとばかりにやたらめったら首を突き刺して絶命した。その顔は苦悶の表情を浮かべていた。結局はいつかの誰かと同じ死に方になった。彼の手には母の遺影が握られていた。簡易的にこしらえられたその遺影はすっかり血に汚れてしまっている。それは決して母への愛情によるものではない。彼が決行の日に選んだのは彼の誕生日。亡くなった母親も「愛する我が子に会いに来てくれるに違いない」とその日を選んだ。母が迎えに来て天国へ連れて行ってくれると信じて疑わなかった。そう、彼は彼のエゴで死を選んだ。死後もまた彼は母親に助けてもらおうと考えているのである。Twitter↑風流先生おすすめ商品掲載中経由購入などありがとうございます!
2022.10.06
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昼から夜に移ろおうとしている。 男は思い詰めた顔をして 夕闇の中を歩き回っていた。 ふと気づくと 人気のない 路地裏に大層な作りの鐘がある。 鐘と言っても お堂の横にあるような 小さなものだ。 ここは散歩のたびに 何度も通ったはずだが、 はて、いつの間にこんな物が・・・。 などと考えていると 突然スーツ姿の 眼鏡の男に声を掛けられた。 「もし、突然、申し訳ございません。 あなたは価値がある人間として選ばれました。 この鐘が見えるということが その証拠でございます。 他の人間にはこの鐘を見ることも 触れることもできないのです。 勿論、その鐘の音を聞くことも…。」 なんだ突然、 人の気配もなかったのに どこから出てきたんだ 変な男だ・・・。 そう思った男は 足早にその場から立ち去ろうとした。 「申し遅れました。 私はUFOに乗って別の次元からやってきた者で ございます。」 あまりにも 突拍子もない発言に 男は思わず足を止めた。 スーツ姿の男は 身なりが整っているために 到底頭のおかしい男には見えない。 そんな男が突然UFO?別の次元? 何を言い出すんだ。 新手の宗教か詐欺か ろくでもないものだろう。 唖然としている男に スーツの男はまくしたてるように言った。 「私はあなたに現世の繁栄を与えるために やってきたのでございます。 この鐘を一突きすればお金が手に入ります。 その代わり、この世界のどこかの誰かの命が 失われます。 手に入る額はその亡くなる人によって様々となっておりますが 突けば突くほどあなたに沢山のお金が入るというわけです。 それだけをあなたにお伝えしたくて参った次第ですので これにて失礼いたします。」 スーツ姿の男は 一方的にまくしたてて 深々と頭を下げると 去っていった。 男の悩みは金だ。 最愛の妻が 現在病にふけっている。 治療のためには 驚くべき程に多額の金が要る。 子もなく妻のみを 人生の生きがいとしていた彼は 友人知人親戚縁者 ほうぼうに頭を下げて回っても 集まった額はたかが知れたものであった。 つい先ほども途方に暮れて 思案しながら歩き回っていたというわけだ。 犯罪に手を染めることすらも この男の脳裏にはあった。 もしスーツの男が言うように そんな風に金が手に入るのであれば 犯罪者のように捕まる心配もない。 これは天の助けかもしれない。 しかし、本当に誰かが死ぬのであれば 恐ろしい話である…。 試しに一突きだけしてみよう。 男は意を決して 傍らに添えられていた 鐘突き棒を握りしめる。 これで何も起きなければ あの男の悪戯に過ぎないというわけだが 果たして・・・。 男が一振りすると 平凡な鐘の音がなった。 するとその鐘の中から 金が落ちてきた。 これは、 あの男の言っていたことは 本当だったのか!? ということは 俺のせいでどこかの誰かが…。 男は金を握りしめると 慌てて家へと帰った。 その晩は罪悪感に苛まれた。 私が鐘を突いたことにより きっと誰かが死んだのだ。 しかし、翌朝。 床に臥せて苦しそうにする妻に 一声かけると 返事を待たずにすぐに飛び出していった。 妻を、救うぞ。 大きなバッグを持って その男はどこか吹っ切れた様子で 路地裏の鐘へと向かっていった。 あの一突きだけでは 全然足りない。 今日は、 治療費が集まるまで 鐘を突き続ける。 昨日と変わらず 同じ場所にその鐘はあった。 男は昨日と同様に 鐘突き棒を握ると ためらいなく 鐘を突き始めた。 すると鐘から お金が落ちてくる。 突くほどに落ちてくる。 どんどんどんどん落ちてくる。 はははっ! これは凄い! 男はいつしか快感を覚えていた。 いくら欲しても手に入らなかった金が いとも容易く手に入るのだ。 この世界にどれだけ 多くの人間がいるというのか。 私がこの鐘を突き 人が死んだところで それは誤差に過ぎないだろう。 それに、 私が鐘を鳴らそうが鳴らすまいが この世界では毎日多くの人間が死んでいる。 そもそも 私が鐘を突いたことで どこかの誰かが死んだところで 私には分からない。 目の前で誰かが倒れるならともかく なんの実感もない。 それに、それに・・・・ 男は自分を正当化するようなことを 呟きながら 必死の形相で鐘を突いている。 最愛の妻のためだ。 名も知らない人間の命など知ったことか! 私は妻の為になることをしているのだ! 誰が死のうが関係ない! 一体どれだけ鐘を突いたのだろう。 幾度目かの鐘を突いた時 悲鳴に似たような鐘の音が響き 男は思わずひるんで 鐘突き棒を落としてしまった。 すると それまでとは比べものにならない額の金が落ちてきた。 この鐘は突くごとに 色々な額の金が落ちてくる。 まるで命に価値があるとでも 言うかのように。 これは、 きっと名のある人物が 亡くなったに違いない。 兎にも角にもこれで 治療費は集まったはずだ。 もうこれ以上 この鐘の世話になることはない。 こんなことは忘れて これからは妻を治療し しっかり仕事をして生きていくぞ! 大金を持って家に帰ると 妻が亡くなっていた。 それが 男の鐘を突いたことによるものかどうなのか。 因果関係は不明である。 男はそれからというもの 自分の欲のために 鐘を突いた。 来る日も来る日も 鐘を突いた。 人の命を 自らの欲望の犠牲にした。 男は鐘をいくら突いても いくら金を遣っても ぽっかり空いた 男の心を埋めることは出来なかった。 ある日のこと。 男がいつものように 鐘を突くと 鐘から1円玉が1枚落ちてきた。 男が1円玉を見て 唾を吐くと また鐘を突こうと 鐘突き棒を振り上げる。 すると 男は叫び声を挙げると 思わず鐘突き棒を落とした。 そして胸を抑えて酷く苦しみ悶えると そのまま絶命してしまった。 そこへ 眼鏡のスーツの男がやって来た。 男の死体から 光の玉が浮かび上がると スーツの男は それを乱暴に握りしめた。 スーツ姿の男の目が妖しく光り出した。 すると顔はみるみるうちに異形と化し 口からは牙が、 頭には鋭い角が生えてきた。 体にも変化が表れた。 獣のような巨大な 筋肉が隆起し、 スーツは散り散りに破れ 禍々しい羽が背中から勢いよく 飛び出してきた。 その姿は正しく悪魔であった。 悪魔は、 鋭い爪で男の死体から出てきた光の玉を突くと まるで嫌がるように光の玉が 震えている。 それを見て悪魔は満足したように 高笑いし 光の玉を持って どこかへ飛んで行ってしまった。 今日も 人の命と引き換えに、 己の魂と引き換えに、 己の現世の享楽を満たすための 「悪魔の鐘」が そこかしこで鳴り響いている。
2021.09.12
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太陽が静かに輝き うっすらと明るい日差しが 昼下がりの山間の街に降り注いでいる。 行き交う人を見渡せる 小高い丘の上から 何やら話し声が聞こえてくる。 まるでそよ風が 吹いているような囁き声が。 「やあ、タヌキ君、珍しいね、こんな昼間に」 「おお、キツネどん」 「どうだい、最近」 「マア、うまくないわな」 「あちらさんも同じようなもんだってね、ほれ、あの顔」 「ああ、人間はいつもあんなようなもんだろう。」 「やつらはただ生きているだけでは満足ではないらしいなァ。 不思議な生き物だね。」 「でもなあ。 何か最近は不気味だよなあ。」 「ああ、昔はもっとぎらぎらして 感情むき出しのおっかねえ連中が多かったが 分かりやすいと言えば分かりやすかった。 今は何だろうなあ。 何考えているのか分からない。 色んな事を知っているようでそれでいて何もしらないようで。 皆、小さい機械を眺めてら。」 「しかし、ここから吹く風は本当に気持ちいいなあ。 人間たちには分からないだろうな。 こんな感覚は。」 「分からないんじゃあ、ない。 そんなものはとうの昔に捨てているんだ。 やつらは社会。 俺たちは自然。 その間に隔たる壁がものすごく馬鹿でかいのさァ。 その壁がどんどん大きくなってる。 気のせいじゃない。」 「キツネどんは頭いいなあ。 とにもかくにも 俺たちは毎日生きる。 それだけだ。」 「タヌキ君は特別ご長寿だからな。 大したもんだ。 しかし、人間は勿体ないな。 何を眺めているのかは知らんが、 壁を越えた先には、 気持ちの良い自然も広がっているというのに。 少しでも気づいてもらいたいものだな。」 「人間の生活の一部にあった山は完全に消えた。 きっとさえぎるものが多すぎるんだ。 山への感謝の眼差しってのは確かになくなってるかな。 ここいらも山を削って沢山の家ができたものな。 でもなあ、おいらも随分と昔 この辺りで1度だけ 人間の子供たちと遊んだこともある。 あれは楽しかった。 可愛い男の子と女の子だったか。」 その時、お天道様が隠れることなく、 気持ちの良い雨が降って来た。 「ヤア、そろそろ始まるようだ。」 「キツネどんの妹の嫁入りかね。」 「ああ、あいつも よくぞ、ここまで生きられたものだ。 こんなに嬉しいことはないよ。」 「良かったなあ。 キツネどん。 ああ、おいらも参列してよいかね?」 「馬鹿言うでねえよ、 折角の嫁入りが台無しだ。」 「あはは、違いねえ。 ササ、行っておやりなさいな。」 「ああ、ではタヌキ君。 またな。達者で。」 やがてキツネどんは、 丘を上へ上へと瞬く間に登っていき、 やがて山の中腹に掛かる 目が眩むほどの 大きな虹のたもとへと掛けて行った。 やがてタヌキはとぼとぼと 丘を後にして、 人間たちが暮らす 街の方へと降りて行く。 途中、子供たちが 珍しい御天気雨にはしゃぐ声が聞こえてくる。 タヌキは木陰から注意深く その様子を観察していた。 子供たちは笑顔を浮かべ遠くに 掛かる虹を指差して 幸せそうに笑っている。 (まだこんな笑顔を浮かべる 人間もいるんだなあ。 おいら、こいつらの笑顔ってやつは 好きなんだ。 こんな顔を持っているのに皆、 何故暗い顔ばかりするのだろう。) やがて雨が止んだ。 いがぐり坊主で 古めかしいランニング姿の子供が 街の急な坂道の途上にある 大きな石に腰かけて休んでいた。 その前を腰の曲がった 優しそうなおばあさんが ゆっくりと登っていく。 「やあ、ばあさんや、重そうだね。 どれ、持ってやろうか。」 大きな石から飛び降りながら いがぐり坊主が 老婆に声を掛けた。 「ああ、そうかい。すまんねえ。」 そう言っておばあさんはしわくちゃの顔をさらに歪ませて笑った。 「むう、重いなあ。 ばあさん、よくここまで持ってこれたもんだ。」 いがぐり坊主は大粒の汗を流している。 「この位なんでもないわ。 今時、あんたみたいな子供もいるんだねえ。」 「おう、こんなことをするのはきっと、おいらくらいだぞ。」 いがぐり坊主は胸を張っておばあさんの先を歩く。 「不思議だねえ。 あんた死んだじいさんの小さい頃にそっくりだ。 山が大好きで、いつも山の中を2人で遊んでたっけねえ。」 「に、人間なんて皆、似たような顔しているもんだぞ。」 やがて、おばあさんの家の前に辿り着いた。 「ありがとうね、ほれ、お駄賃。」 そう言っておばあさんはいがぐり坊主に柿を一つ手渡した。 「そいつは 死んだおじいさんが大切にしていた 木になっていたもんさ。」 「ありがとう。」 そう言っていがぐり坊主は山へ向かって走り出した。 ひとかじりすると今まで食べた事のないような甘くて 暖かい味がした。 涙が伝って風に舞った。 次の日の朝の事 おばあさんの家の前にタヌキの死体があった。 きっと夜のうちに 慌てていて自動車にひかれてしまったのだろう。 不思議なことに タヌキの周辺には たくさんの木の実や山菜、キノコが散乱していた。 おばあさんは涙を流して タヌキを抱え上げた。 「今時、あんたみたいな子はいないねえ。 律義に柿のお礼なんて しなくても良いのに。」 そう言っておばあさんはその場からしばらく動けなくなった。 その後おばあさんはタヌキが持ってきた 山の幸を ありがたそうに おじいさんの仏壇に添えた。 そして、かすれた声で何事かを呟きながらしわくちゃの手を合わせて拝んだ。 その後、タヌキは山の中に手厚く葬った。 その晩は綺麗な満月だった。 おばあさんは 夢を見た。 山の中で 満面の笑顔のいがぐり坊主の子供と子だぬきが楽しそうに遊んでいる 光景だった。 同じ満月の夜。 市内にある塾から 帰ってきた男の子が 遠くの山の上の方で、 ちらほらとたくさんの 火が灯っているのが見えた。 たくさんの灯りがどこか 悲しげに揺れていた。 火事? いや、お祭りか何かだろう。 遅くまで勉強して疲れていたこともあり 男の子はそう思って 早々と帰路に着いた。 お風呂に入っているうちにそんな事もすっかり忘れてしまっていて お風呂から上がると 几帳面な男の子は明日の授業の教科を 揃えて眠った。 (明日は体育もあるのか。 嫌だなあ。 放課後はピアノか。 最近ゲームもする時間ないよ。) 次の日の朝、 男の子は、 眠気まなこをこすらせて通学していると 前からやってくる 喪服姿の男女とすれ違ったときぶつかってしまった。 その男女は兄妹だろうか。 美形なのにすごく無表情で 怖かったが一応ごめんと言われたので まあ、よしとして学校へ着いた。 その日、 男の子は前日に用意していたはずの体操着を忘れてしまい 学校で随分と恥をかいてしまった。 おかしい。 確かに家を出たときは持っていたはずだ。 巾着袋を蹴飛ばして歩いていた記憶がある。 学校に来る途中どこかで落としてしまったのだろうか。 男の子はそう思ったが ピアノのレッスンも終わり、 家に帰ってみると体操服の入った巾着袋は しっかり自分の部屋の机の上に置いてあった。 何故か巾着袋の上に 綺麗に紅く染まった葉っぱが 2枚添えられていた。 それを見た男の子は 狐につままれたような顔をしながら 家の外に出た。 すると 遠くに聳える山が、 夕陽に染まった紅葉に彩られ 燃え盛るようだった。 男の子は心臓がひとつ高鳴るのを感じ、 「今まで、気づかなかった……」 と呟いたという。 作 2010年11月28日
2020.07.15
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私は目の前で喉元にナイフを突き立てている女性を必死で止めようとしている。しかしそれはかなわない。その女性は狂ったように己のか細い喉にナイフを突き立てて盛大な血飛沫をあげてこと切れる。かと思えばまたむくりと起き上がってはまた喉にナイフを突き立てる。そして痙攣しこと切れる。そして起き上がり……先程からひたすらそのサイクルを繰り返している。異様である。女性はこの世の者とは思えぬ血を這うような荒い息遣いをしている。平時はきっと息を飲むように美しい女性であろう。部屋も大きく裕福な家庭に大切に育てられていたのではないだろうか。しかし涙に塗れたその目は血走っていて苦悶に歪むその顔は鬼の形相のように見える。死に向かう者の顔とはこんなにも恐ろしいものなのだろうか。私はそれを制止しようとするがどうにもならない。彼女に触れることすらも出来ない。彼女は誰かも分からない。まてよ。私は私のことさえも分からない。男性であるということしか分からない。私の存在は希薄なものになっている。悪い夢でも見ているのだろうか。延々と繰り返されるその女性のおぞましい「奇行」に悩まされていると背後から声がした。「やあ、どうもすみません。お待たせしてしまって。」妙にかすれた声がする方に目をやると一人の青年が浮かんでいた。「ああ、それはバグですね。気持ち悪いっすよね。本来生きなきゃいけないのに自分で無理やり止めちゃうとたまにそうなっちゃうみたいです。まあ、私も頭悪いんでその辺の詳しい仕組みはよく分からないんですけどね。彼女はしばらく自死を繰り返すことになります。可哀そうですがね。」私は状況を把握できずにいる。「えっと・・すみません。申し遅れました。私は黒丸と申します。 突然ですがあなたは亡くなりました。誠にご愁傷さまです。私がこの先ご案内をさせていただきます。」嫌に事務的で無気力な口調だった。突然そんなことを言われても到底受け入れられない。この男には聞きたいことが山ほどある。私は誰でここがどこで一体何故私が死んでしまったというのか。何よりこの不憫な女性は何があったというのか。「あ~・・すみません。私の不手際で遅れてしまいまして取り敢えず出発しましょう。目的地に着いたらお話しますから。本当すみません。」ぼさぼさ髪の青年がぼそぼそと喋る。合わそうとしない目線は虚空を見つめている。その目は落ちくぼんで妙に黒い。着させられたような黒い喪服をぎこちなく着ている。やむを得ない。私は決心してそのいかがわしい青年についていくことにした。もうこれ以上ひたすら自らの喉に刃を食い込ませる女性の姿を見ていることもできない。「さすが、話が早くて助かります。重い身体から解放されるんで最初は結構気持ち良いと思いますよ。」体が軽い。宙を舞う。直感のように私は世界を動くことが出来る。どこまでも自由な高揚感。この男の言う通りだ。気持ちよい。今まで味わったことのないような幸福感に包まれる。「すみません。亡くなった直後というのは円滑にご案内をさせていただくために一時的に生前の記憶と肉体、それに伴い喋ることも制限させていただいております。もうすぐお返ししますから。」ぶつぶつと何かを一人で呟いている黒丸の後に従ってしばらく飛んでいると禍々しい門前までやってきた。「着きました。この先は地獄です。お疲れ様でした。それでは、生前の罪状を読み上げます。強盗目的で民家に侵入。さっきの娘さんの御両親を惨殺。その後帰ってきた娘さんに様々な罵詈雑言及び性的暴行を働いた後、サバイバルナイフを手渡して自死を促した後、逃走を図る途中であなたは交通事故で亡くなりました。先程の娘さんは精神的に強いショックを覚えてしまいそのナイフで自死をしてしまいました。この門をくぐったら記憶をお返しします。何万年とかけてその行いを悔い改めて下さい。」ボサボサ頭はそう言うとゲラゲラと笑いだした。漆黒に落ちくぼんだ目は大きくなり顔を覆い隠さんばかりのものになっている。…………私は、そんなことを。そんな大それたことを。先程の女性の惨たらしい表情が脳裏に浮かび私の心は凍てついた。全ての原因は私にあったのか。にわかには信じ難い。受け入れる他あるまい。たとえこれが夢だとしても。私が起こした罪により、死して裁かれるというならば受け入れる他あるまい。しかし、恐ろしい。地獄とは。どのような目にあうのか。想像もつかない。それまで視線を逸らしていた青年の漆黒の目がはっきりと私の目を捕らえている。ゲラゲラとした悪魔のような笑い声は次第に大きくなっている。まるで漆黒の闇に飲まれていくような凄まじい恐怖に脚がすくみ震え出した。扉が開く。「さあ、共に苦しもう。体を返すぜ。」漆黒の目をした青年が言った。扉の中に入った瞬間私の記憶は蘇った。「やっていない!私はやっていない!誰も殺してなんかいない!はっ!これは私の体ではない!私ではない!助けてくれ!誰か!助けてー!」無骨な鬼たちがやってきた。私と黒丸と名乗る青年は鷲掴みにされる。先ほどまでの解放感はなくなっていた。なくなったはずの肉体が生じ骨が何本も折られる感覚があった。鬼の手の中で醜い音を立てる黒丸と名乗る青年も苦痛に顔を歪ませながら叫んだ。「残念だったな。お前は本来天国に行くはずだった男だ!反吐が出る!偽善者め!まあ一緒に楽しもうぜ。ひっひっひ!ぐあああああああはっはっはっ!」とある事務所にて。そこでは大勢の人々が忙しなく働きまわっている。その中の一室でとある男性が面談を受けている。「あなたの死因ですが……。仕事帰りで夜道を歩いていたところある家の前で絶叫を聞き家の中へ。殺害された夫婦の遺体を発見した後、ある部屋の一室で自死を図ろうとした女性を止めようとしてナイフを奪おうと揉み合ったところ錯乱していた女性に心臓を一突きされてしまった。 その後は女性も自死された。ということですかね。」「間違いありません。女性の死を避けることが出来なかったのは私の責任です。残念でなりません。」男の顔はうっすらと涙を浮かべている。「あなたは常に自らの欲を律し人のためならんと行動していたようだ。家族、親友、友人たち、職場の仲間。あらゆる人からの信頼も厚い。生前の行いは素晴らしいの一言に尽きます。貴方の死により多くの方が涙したことでしょう。」「いえ、私にとっては当たり前のことをしていたまでです。」「あなたを天国へ導きます。歓迎します。同士よ。」「ありがとうございます。」(うまくいった。俺は本当に誰かと入れ替わることが出来たようだ。黒丸とかいうボサボサ頭の男の力のお陰だ。俺は金持ちの家を狙った強盗殺人犯だというのに天国にいけるなんて。天国へ行くはずだったその「素晴らしい」誰かは私の罪を被って今頃地獄というわけか。ご愁傷さまだ。いや、しかし私は天国に来たからには果たさなくてはならない。黒丸との約束を。今思い出してもゾッとする。あの凄まじい怨嗟のこもったあの言葉を。「なんとしても天国を地獄にしろ」と。そのための力は黒丸からもらった。ヤツの思考も入り込んでくる。楽しくなりそうだ。)男の口に笑みがこぼれた。そして男の目はゆっくりと円く黒く落窪んでいった。肉体がめきめきと音を立てて大きくなっていき頭からは巨大な角が生えていき針金のような毛が巨躯を覆っていく。(この体はすごいぞ。私は何だってできる。)空には虹がかかり澄み渡っている。鳥たちは歌い木々は揺れ見たことも無い花々が華麗に咲き誇る。誰しもが幸福に心踊らせている。(この世界も反吐が出る。どいつからいたぶろうか。いや、あいつに言われたように力任せではダメか。天国の内部からゆっくり時間を掛けて破壊していく必要がある。まずは人間を強欲で自己中心的な快楽主義者にしたて上げることからだな。悪いやつが得をする世界にしないと。やがて疑心暗鬼に陥らせて徹底的に孤立させる。要は欲にまみれた下界の連中と一緒にすれば良いのか。簡単な事だ。下界なんて既に地獄というわけだ。はっはっは!は?)「あぁ……分かってますよ黒丸さま。うまくやるさ。この世界の人間の醜い本性を暴く手助けをすれば良いのだな。」そう呟くとその「鬼」となった男は、息を呑むほどに美しい天国の夕暮れの中で深い闇を身に纏いとある影の中に溶け込んでいった。
2020.07.09
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雲ひとつない明るい空の日に隣町からとびきり陽気なサーカス団がやってきた。どこからきてどこへ行くのかも分からない。サーカス団がやってきた。マモル君は小さな窓からただ空を見つめる。小さな空には小さな雲がある。ゆっくり流れる雲がある。 ただそこは抜けるような青い空。計り知れない青い空。誰よりも広い青い空。鳥達は陽気に歌い、風は優しく吹き抜ける。 マモル君の手には一枚の紙。そこにはクレヨンで書かれた1枚のチラシ。サーカス団がこの町にやってくるというチラシ。 不思議な楽団の陽気なメロディに乗せてサーカス団がやってきた。一度聞いたそのメロディはもうずうっと耳から離れない。 赤、白、黄色、陽気な色に心弾んでサーカス団がやってきた。 病気がちなマモル君もその日を心待ちにしていた。12を過ぎた頃のその年に病気がちなマモル君の心はどこかブランコのように揺れていた。 サーカス小屋は超満員。 ピエロが曲芸の最中派手にすっころんでは腹をよじらせ。動物たちの曲芸には多くの者の目玉が飛び出した。猛獣使いによってライオンがクマが、人間のように動きまわる。中でもマモル君が目を奪われたのは空中ブランコ。最も多くの観客の心を奪ったダイナミックな演技に観客は悲鳴を上げやがては歓声に変わりマモル君は鳥肌がだち、心臓の鼓動がいつまでもいつまでも鳴りやまなかった。 僕もあんな風に飛びたい。皆に夢や希望を与えたい。そして風に乗るように僕はどこへでも行きたい。 マモル君は意を決して窓からそっと飛び出すとサーカス団に入団を志願した。 空中ブランコがやりたい。誰にも負けることのない熱意と情熱を懸命に伝えるとひげ面でシルクハットの団長は許可した。 団長は言った。 「この世界は甘いものではない。だけどそれはどこも同じだ。皆必死で闘っている。生きるために。それをずっと忘れるな。この団員皆が家族だと思え。厳しい家族だ。お前が小さいからといって容赦はしない。だが愛があり、もちろん共に闘う仲間でもある。そうそう肝心の事を忘れていた。いいか、マモル。俺たちの仕事ってのはな。皆の心が乾いてしまったら俺たちの出番だ。俺達でそいつをとびきり楽しくしてやろう。たっぷり水を上げようぜ。泣いている子だって明るくなるさ。俺たちの心が乾いていたら、悲しい面を下げていたら、そんな人たちを明るくできるものかよ。何があっても客の前では辛くなっちゃいけねえよ。それが俺たちの仕事だ。」 来る日も、来る日も、マモル君はとびきり陽気なサーカス団で懸命に、懸命に稽古に励んだ。 体に沢山のすり傷を作って稽古に励んだ。 どんなに怒られても歯を食いしばった。そこでプロというものを学んだ。 猛獣使いが動物に襲われ大けがを負った。団長にはたるんでいるからだとどやされていた。心優しき猛獣使いは涙を流して謝ったが怒っていた団長も泣いていた。 真剣勝負というものはこういうものなんだ。 どんな時も命がけで陽気にふるまう。陽気な裏にこれほどの努力や厳しさがあることをマモル君は知った。陽気でいることは強さの証だ。マモル君はそう思った。 「皆に希望を、皆に夢を。それが僕の夢なんだ。」 マモル君は汗水流して懸命にがんばった。どんなにうまくいかなくてもどんなに手が届かず落ちてしまったとしても。命を掛けて皆に夢や希望を与えるんだ。自分のやっている事に誇りを持った。 ある晴れた昼下がりのとある病室の事。窓際にカーテンもなく味もそっけもない。小さな窓からは微かな光が漏れている。 そこに寝ているのはもう動かないマモル君。その傍らで母親はさめざめと泣いている。 「マモルは本当にもう目を覚まさないんでしょうか?」 「はい、残念ですが。もう絶対に。ただ、しかし、生きています。それは忘れないでいただきたい。こちらもサポートに全力を尽くします。かけがえのない命のために。」 白衣の医師と思われるものが熱く語っている。 眠り続けるマモル君の手には1枚のチラシ。マモル君が自分で書いたサーカス団がこの町にやってくるというチラシ。クレヨンでたくさんの色を使って描かれたチラシ。 「先生、マモルは夢を見ているんでしょうか?何かうなされているような。」 「きっと、そうですね。現実で叶えられない事を。だから夢があるんです。見守ってあげましょう。」 母親はまた泣きだした。 とある夜の事。今にも降ってきそうな満点の星空の下。いつになく大きな月が白んでは燦々とまんまるに光っている。 そのとびきり陽気なサーカス団は満員御礼。メインイベントは空中ブランコ。弱冠12歳の子供が挑戦する。 マモル君は大歓声の中、初めての舞台に緊張して足が震える。もう慣れたと思った高さにも関わらず初めて立つかの如く足が震える。 ふと観客席を見やる。この空中ブランコを見るには一番いい位置に母親がいた。 お母さん、、、。 母親が来ている事に思わず涙ぐみそうになる。 かってにいえをでてごめんなさい。でもぼくはもういえにかえらない。まいにちたいへんだけどぼくはナキゴトも言わずにがんばったんだ。だから見ていてお母さん。ぼくはリッパになったんだ。ぼくはこれから飛び立ちます。 マモル君は震える足のままブランコをしっかりと握りしめ飛んだ。 浮遊。 その刹那の間。たった一瞬ではあるけれど マモル君にも母親にも今まで生きてきた思い出が巡る。 マモル君には包まれるような母親の優しさが。そして母親には愛らしいマモル君の微笑みが。 やがてキャッチャーの女の子の手を握る。見事成功。 場内は割れんばかりの大歓声。観客は一斉に立ち上がるとやんややんやと大絶賛。ひげ団長はバンザイをして大はしゃぎ。包帯をした猛獣使いのお兄さんはガッツポーズ。ピエロが沢山の風船を飛ばしてずっこける楽団が一斉にラッパを吹けばそれに合わせるように動物たちは楽しそうに吠えている。 その観客席、ステージの興奮の中で母親はただ独り小さくなって泣いていた。 それを見たマモル君もどんなに辛くても見せなかった涙を初めて見せた。 お母さん。今までありがとう。ぼくはもうかえれません。でも成功したよ。だから心配しないで。これからもぼくは皆に夢やキボウを与えるんだ。 このサーカス団のみんなといっしょにとびきり陽気に楽しくさ。風にのってどこまでも。空はどこまでも広いよ。またいつか、きっと会えるから。 ゆらゆら揺れていたブランコの揺れがやがては収まる。 満点の星空の下でいくつもの歓声の中で満点に誇らしげに胸を張るマモル君。 母親はその姿を遠くでしっかり目に焼き付けていた。そしてその姿に母親はそっと笑顔になった。 マモル君も満面の笑みを見せた。 やがて幕が閉じられる。 マモル君の病室の外の廊下。その長椅子で母親が目を覚ました。その目には涙。 「マモル!」 不安を感じて病室に入る。そこには安らかな顔をしたマモル君が息を引き取っていた。マモル君の手には1枚のチラシ。この町にサーカス団がやってくる!その裏にはクレヨンでこう書かれていた。 さようなら。 その隣にはマモル君と母親がしっかりと手をつないだ絵。マモル君の片方の手にはVサイン。そして、二人ともとびきり陽気な笑顔が描かれていたという。 2010年4月30日 作
2020.07.07
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気付かなくてもいい。 知らなくてもいい。 今自分がどこをどんな道を歩んでいるかなんて。 耳を塞げ。 目を閉じろ。 全てを対岸の火事にしろ。 私には何も関係ないことだ。 「彼ら」は「我ら」ではない。 気付くな 奈落まで続く落とし穴に。 the LAST day (月) 嘘みたいに真ん丸の月が大きく輝いている。 あの頃と同じ月が。 縁側に出た老夫婦が虫の声に耳を傾けつつ 当たり障りのない会話をしている。 頑固そうなその旦那は遠い目をしながら月を見る。 「あの頃と一緒の月だあ。 お前には迷惑を掛けたが、あやまりゃあせん。 ただ感謝しとる。 ありがとう。」 「柄にもない。何をおっしゃいますやら。」 夜は次第に更けていく。 「あなた、そんなところで寝ていると風邪引きますよ。」 あの頃と何も変わらない月の下で。 (火) 都内 某所。 築何十年のボロアパート。 白髪の多く交じる男はご機嫌だ。 呑気に口笛なんか吹いている。 そのメロディは男の小さい頃から愛して止まない歌だった。 産まれてからずっと大切にしていた宝物を一つ 薄汚れた部屋に並べてみた。 真っ暗な部屋の中で男は宝物に囲まれて実に幸せそうに見えた。 電気も止められた暗い暗い部屋で。 その日は男の誕生日だった。 フンフフーフーフーフー 口笛は鼻歌になって 例の誕生日の歌を一人口ずさんでいる。 ケーキはないけどロウソクはある。 周りには沢山のポリタンク。 俺は俺の事を忘れない。 男はロウソクにそっと火を灯した。 真っ暗闇に広がる 温かい光が男の宝物を照らした。 (水) 白いファミリーカー。 前部座席には夫婦が。 後部座席にはまだ小さい子供たちが3人座っている。 一様にぐっすりと眠っている。 「食事、楽しかったなあ。」 ハンドルを握った男が口調以上に重々しい表情で呟く。 「ええ、本当に。」 妻は簡単に告げると重苦しい沈黙が辺りを支配する。 「やっぱり帰るか。今日でなくても。」 ハンドルを握った男が大量に汗を噴き出しながら言う。 「、、、、。」 妻は無言のまま首を横に振った。 またしばし重い沈黙が流れる。 夫婦は後部座席を振り向く。 お腹一杯で幸せそうに眠る子供たちの顔があった。 沢山の思い出がよぎって 妻はじわっと涙が溢れるのをこらえられなかった。 夜の港。 海に向かう形で乗用車が一台停まっている。 その車がクラクションを鳴らすと カモメたちが飛んでいく。 やがて急発進した。 沢山のカモメが飛んでいく。 それは夜の闇にまみれてまるで沢山のカラスのように見えた。 (木) 大きな木の下。 木の幹にもたれかかって ワイシャツを着た男が携帯電話を取り出した。 電話帳から目的の人を探す。 少し間を置いて話し始める。 秋晴れの昼下がり。 すかっと晴れているものの夏のようなインパクトはない。 綺麗な晴れではあるがどこか弱弱しい。 そして胸が騒ぎ、寂しさが募る。 「もしもし。ああ、突然ごめんね。 いや、うん。まあ大した用はないんだけどさ。 俺、君の事が好きなんだ。 ああ、分かってる、ごめん。あはは。気にしないで。 ちゃんと伝えたかったんだよ。自分の気持ちを。 元気そうで。 ああ、そうか。良かった。 どうか、幸せになってよ。俺の分までさ。 ああ、今日の風は気持ちいね。 小学校のベランダで感じたような 懐かしいなあ。 秋風ってのはさあ。 何か昔を思い出させてくれるよな。」 携帯電話を口許に、 誰かに思いを告げるような独り言を言いながら男は大きな木の枝に括られた紐。 何かを引っかけられる丸い輪っかを見上げる。 紐で括られた輪っかの先には弱弱しくも 綺麗な太陽が、空が、雲が その時間を彩っていた。 それを見ながら男は呟くように言った。 「それじゃあ、またね。」 大事そうに握る 携帯電話には掛けることの出来なかった 想い人の名前が表示されている。 そして男は、 携帯電話をそっと草むらに置いた。 (金) とあるセンターでベッドに寝た切りの男がいる。 天井の模様は数え飽きた。 ひたすらお金を信じ。 自分の体を省みず がむしゃらにがむしゃらに 碌に贅沢もせず、 莫大なお金を築いた。 しかしまだまだ若いのであるが その無理が祟り、 重い病に蝕まれていた。 何のために突っ走ってきたのか。 何のために頑張ってきたのか。 何のために人から嫌われてまで蹴落としてきたのか。 男を見舞う者は誰もいない。 一人、孤独であった。 そうだ、金のためだ。 これさえあれば、全てが手に入る。 そう、全てがだ。 しかし、こうなってしまうとは。 これからだ、俺の人生はこれからなんだ。 なのに、もう何にも使えない。 こんな話があるか。 こんな話が。 男の元に集うのは遺産の話。 そしてありとあらゆる宗教団体からの誘い。 募金のお願い。そんなのばかりだった。 まるで死体に群がるカラスのように。 誰にもやるもんか。 ビタ1文自分が稼いだ金をやるものか! 男はずっとそんな事を考えていた。 ふと気付くと男の枕元にブタの貯金箱が置かれていた。 誰だこんないたずらしやがって! 畜生め! 男は渾身の力でそれを叩き割った。 割って思い出した。 この貯金箱は昔、 病気の母親のために子供たちで必死に働いて稼いで こつこつ貯めていたお金を入れた 貯金箱だった。 元々男は 今では考えられない貧しい生活を送っていたのだ。 なぜ、こんなものが。 いつからか間違ったのか。 お金を稼ぐ意義を。その意味を。 男はペンを取った。 遺産に関して。 中間搾取など絶対にできないよう。 確実に困っている人間に渡るよう。 そして満足げに呟いた。 これで少しは報われるな。 そしてゆっくり目を閉じた。 (土) 深夜。 金髪の女性がとある山中でひたすら土を掘る。 その形相は鬼のようである。 深く、ひたすら深く。 ぼっかり空虚な穴を掘る。 ひたすらに、ひたすらに。 その穴を掘ることが その女性の幸せに繋がる。 そう信じて。 掘る。 掘る。 己の幸せのため。 掘る。 下へ下へ下へ。 下へ掘れば掘るほど 心がえぐられるように思う。 それでも掘る。 そうさせるものは何なのか。 多くは新しい男のためだ。 掘る。 あの人が笑ってくれる。 だから掘る。 派手に装飾された車には 流行りの女性歌手の曲が流れている。 懸命に恋に纏わる歌を歌っている。 後部座席には目を覚まさない少女の姿。 少女が着ている 可愛いキャラクターのプリントの描かれたTシャツは赤く汚れている。 それで、お母さんが幸せになってくれるなら。 その何時間か前に少女はそんな事を言っていたという。 (日) とあるビルの屋上。 スーツ姿のサラリーマン二人組。 柵に2人寄りかかって談笑している。 痩せた短髪の若者とロン毛の若者が会話を交わしている。 短髪が口を開いた。 「日常。 そんな物が永久に続くと思ってた。 死、なんてものは対岸の火事どころか 自分には無関係のもんだと思ってた。 ほら、下、見てみろよ。 ほとんどの奴が目が死んでるぜ。 死からも未来からも現実からも逃げてる 人間ばっかりだ世の中は。 俺は気づいちまったんだ。 背中にずっと自分の死を望んでいるもう一人の俺がいる。 自分を取り巻いているのはひたすらに絶望だった。 この社会ってウスギタネエどぶん中を俺はひたすら ばしゃばしゃやってるんだよ。 未来なんてのはない。 少なくとも俺には。 そう思うと目の前が真っ暗になった。 俺はそっから永いトンネルに入って鬱みてえになっちまって。 そんときはわけも分からず涙が止まらなくなってひたすら叫んで 気づいたら病室にいた。」 ロン毛が答える。 「お前は昔っから真面目でまっすぐでよ。 難しいことばっかり考えてるからそうなっちまうんだよ。 もっと体の力抜いてだな。 俺の不真面目な部分はちょっと見習ってもいいんじゃねえか。 でもお前も良くなったから出社したんじゃねえの?」 「いやあ、そんな簡単な病気じゃねえんだ。 久しぶりに出社してもまるで空気のようだな。俺は。 まともに話してくれるのはお前くらいのもんだ。」 ロン毛が動揺した。 「俺たち親友だろうが。部署は違うけどよ。いつでも相談しろって。 なんなら話つけてやろうか? そこまで俺も偉くないけどな。 はっはは。」 短髪が表情を変えずに言う。 「なあ。戦争ってなんだろうな?」 ロン毛はしばらく、うーん、と考えた後。 「ほら。あれよ。 兵隊さんが沢山いてよ、 鉄砲持ってばーん!てぐわー! 大砲がどっかーん! 空からは戦闘機。陸からは戦車! 衛生兵ヘルプミー! って感じか?」 短髪の表情はやはりずっと変わらない。 「心の、戦争だ。俺は敗けた。」 蚊の鳴くような声で短髪はぼそっと呟いた。 「え?今なんつった?」 ロン毛の携帯電話の着信が鳴った。 「あ、わりいちょっと出るな。」 ロン毛は入口の方へ小走りで言って携帯電話に向かって 話を始めた。 話し終わって電話を切る。 柵の男の元に駆け寄ると 親友はそこにいなかった。 柵の先には履き古したビジネスシューズが2足 几帳面に揃えられていた。 ロン毛は声にならない叫びを上げて柵の下を覗く。 真下で赤く染まった親友の姿が微かに見える。 ロン毛はふと強烈な目眩がした。 そしてしたたか吐いた。 その目眩の原因は今しがた見た光景だけではない。 何か、何か途方もない 自分の力では購うことのできない 大きな大きな何か 凄まじく強く嫌な力に呑みこまれたような 乗っていた電車から突然放り出されたような。 黒く大きな輪っかの中に放り込まれたような なんとも形容し難い思いに囚われたのだ。 ロン毛は咄嗟に屋上の柵にしがみつく。 足がすくむ。 目眩がする。 俺の背後に何かいる気がする。 いや、大丈夫だ。 まさか俺に限っては大丈夫だ。 そんな烙印は押されるものか。 ロン毛は口許を拭いながら 必死に思った。 負けられるものか。 有り触れた日常は続くはずだ。 これからもずっと永い日々が。 その何分か後、 誰かから呼ばれた 救急車がまるで出前でも届けるように到着した。 そしてまた金切り声を上げて ビルの合間を颯爽と駆け抜けていく。 車はそれに道を譲り 歩行者もちらと救急車を見ては 興味もなく、また自分の歩く道をみつめる。 実に有り触れた日常だった。 作 2010年 9月19日 絵 kaedy 妻の妊活ブログです twitteはこちら ↑猫メインにブログ更新もツイートしています。 人気ブログランキング ↑励みになりますのでポチッとお願いします! ↑風流先生おすすめ商品掲載中
2019.03.27
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先生あのね、 あのひはね、 ぼくのたんじょうびで ぼく、てんたいぼうえんきょうを かってもらったんだ。 先生もわかってるとおもうんだけどさ うちはほんとうにびんぼうで このことはぼくのじまんなんだ。 でもこうたくんにはだまっててほしいんだ。 いじわるだからやってきてぜったいに とられちゃから! でもいまはそんなのかんけいないけどね。 いつもあいつはぼくのことびんぼうだっていってくるんだ。 やっぱりもうそんなのぜんぜんかんけいない。 ぼくは、おとうさんが大好きだし。 とってもなかよくやっているんだよ。 でもびんぼうだからって 何もかってやれない。 っていつもおとうさん泣いていたの。 ともだちはDSとかもってたりするけど うらやましくなんかない。 ぼくは山をたんけんするのが大好きだし、 よるにおとうさんと おそらの星をながめるのがだいすきなんだ。 おとうさんも言ってる。 ゲームは人間をだめにするって。 おそとにはたくさんのゲームより たいせつなものがたくさんあるんだって。 だってさゲームしてるこたちの かおってあれたのしそうじゃないよ。 山にはたくさんのむしやどうぶつやきや花があって ぼくがはなしかけるといつもわらってこたえてくれる。 先生、ぼくなんかおかしなこといってる? びんぼうだってぼくたちのかぞくはとてもなかよしで たのしいんだ。 おかあさんだって空からみまもってるんだよ。 DSもってるこがえらいの? お金もってるこがえらいの? べんきょうできるこがえらいの? ぼく、そのこたちよりもまいにち たのしいじしんがある! だからね、ぼくは、 おとうさんがなにも買ってくれないなんて気にしないし なかよくしてくれるし きにしないでって言うと また泣いているの。 おとなのくせによく泣くんだよ。 先生、大人の人ってそんなに泣くものなの? おとうさん人がいいほうだと こどものぼくでもそう思う。 なにかわからないけど 大人はきっとたいへんで おとうさんもすごくくろうしてるのがわかるんだ。 こわい人がやってきてぼくのまえでおとうさんを しかりつけるんだ。 いつもおつさんひっしになってあやまってる。 ぼくにちからがあればおとうさんを守れるのに。 ぼくは早く大人になりたい。 大人になっておとうさんを守るんだ。 だからさ、 ぼくのたんじょうびにおとうさんがかってくれた てんたいぼうえんきょうが すごくうれしくて ほんとうにいきがとまるかとおもったんだよ! 先生、ほんとうに ほんとうなんだよ。 こんなにうれしいことってほかにあるの? うまくいえないけど それをわたしてくれたおとうさんも 泣いていたんだ。 だからいっしょになって泣いた。 それでねその日のうちに ぼくらはうちをでて もちろん星を見るためにだよ。 手をつないで山にはいっていったんだ。 あかりをつけてたけどうすぐらかった。 たくさんの星を見ようとしたんだ。 そうそうてんたいかんそくだよね。 なんか大人になったきぶん。 うれしくてすごいこうふんしてたんだ。 おとうさんがてんたいぼうえんきょうを かみをよんだりしながらいっしょうけんめい じゅんびしていたの。 いらいらするくらいながかったけど そのあいだ、たくさんの星座をながめてたんだ。 おとうさんはね、おまえのたんじょうびは いつも晴れている。 そういってた。 ぼくもおぼえてる。 まいとしぼくのたんじょうびは星をながめてた。 星はぼくにとってたからものなんだよ。 みんなにはわからないだろうな。 むかし、おとうさんがおしえてくれたんだ。 あのすごいかがやいている星がおかあさんなんだって。 ぼくはまいにち おかあさんとはなししてるんだよ。 きょうもがんばったよって おとうさんとなかよくしたよって。 たまにおとうさんかたぐるましてくれた。 ぼくは手をのばしてたくさんのたからものをつかもうとした。 たんじょうびのその日はね、 てんたいぼうえんきょうがあって おかあさんの星を すごく近くで見ることができるんだよ! だからもどかしかった。 はやくおとうさんのじゅんび終わらないかなって。 ひかりのとどかないところがいいって おとうさんはいっていたから すごくやまおくまできたんだよ。 人なんてはいってこれないんじゃないかな。 でもぼく山が好きだしくらくてこわかったけど だいじょうぶだった。 おとうさんのほうがなれてなくて いろいろきずつくったりしてたんだから。 ぼくはね、 すごくこうふんしていた。 おとうさんがおかあさんの星を 見れるように合わせてくれた レンズをのぞくとき ぼくは泣いた。 はずかしいけど。 だっていつも見ていたから。 おとうさんといっしょに それが今すぐそばにあるから。 そこでぼくはうれしくて 「おとうさん!ありがとう!」 ってふりかえって いったんだ。 そしたらぼくのあたまは どこかにとばされたように ふっとばされた。 先生、あのね。 ぼくはおとうさんをうらんでなんかいない。 きっといつもくるわるいやつらにやらされたんだ。 おとうさんはそのとき言ってたの。 おかあさんの星のすぐ近くの星にぼくはなるんだって。 おとうさん、おおきなスコップをもっていたから おかしいななと思ってた。 でも、きけなった。 先生、あのね。 ぼくはいまおかあさんといっしょにねむっています。 おかあさんも星ではありませんでした。 てんたいぼうえんきょうもここにあります。 おとうさんがいってくれたように 星にはなれなかったしここはすごく暗いんだ。 おとうさんをみまもることもできないの。 先生、あのね。 それでもぼくはおとうさんをうらんでいない。 ぼくはおとうさんが大好きだから。 ぼくはおとうさんをまっています。 たぶんいつかきっとこのあなにきて ぼくたちをきっとたすけてくれるんだとおもっています。 それはおとうさんをたすけることになるんだ。 おとうさんはいまきっとすごくくるしんでいる。 このあなよりもふかくてどこまでもどこまでもまっくらなせかいで。 作 2011年7月28日 絵 kaedy 【売切れ御免】キョクトウ 学習帳 おたよりあのね (12マス) L78 1冊 妻の妊活ブログです twitteはこちら ↑猫メインにブログ更新もツイートしています。 人気ブログランキング ↑励みになりますのでポチッとお願いします! ↑風流先生おすすめ商品掲載中
2019.03.24
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「失礼します。」 「どうぞ、そちらに腰を掛けて下さい。」 「ああ、はい。すみません。」 ドアを開けて入って来たのは 30代の男性だ。 髪は薄く頬は痩せこけて 実年齢より相当老けて見える。 肌の調子も悪く 赤茶を帯びて凹凸が見える。 顔も洗っていないような。 何しろ自分の外見に一切構っていないといった風だ。 白衣を着た恰幅のいい 先生は柔らかい笑みを浮かべながら淡々と話した。 「人生は先が長いです。 この病院に来られたのは 一時の休息だと思ってしばし社会のことは忘れましょう。」 「はい、すみません。 お世話になります。 会社には休暇を頂きまして このような病院に来るのは初めてで 私自身何を先生にお話しすればよいのか。」 「ええ、これから貴方とは長い付き合いになります。 まずは具体的に困っていることなど 教えていただけますか。」 「分かりました。 私は夢を見るのです。 毎晩、毎晩です。 本当は思い出したくもない。」 「夢、ですか? 思い出させるというのも酷な話ですが それを話せば私自身貴方と共有化でき 対策も打てるというものです。 どうか話していただけませんか?」 「ええ、はい。 分かりました。 私が見る夢、というのは 私は廊下を歩いているのです。 たった一人で。 それがどのような建物かは分かりません。 あれはうす暗い、そして長いひたすら一本道の廊下なんです。 しかしながら妙に、いや、嫌に赤い夕陽が差し込んでるのです。 鮮烈な赤い日差しが。 夢ならではといいましょうか。 それが妙に不吉で」 「なるほど。 校舎、かも分かりませんね。 昔の記憶を辿っているのかもしれません。」 「そこでね 私はふと外を見るんです。 窓の外を するとそこには 大きな広場のような所があるのです。 そこで、私の友人や家族 職場の連中など よく見知った人たちがね 行進しているのです。 皆普段着というか、ラフな感じの服装で。」 「知っている方々が夢に現れるというのは よくあることです。 今のところ不審な点などはありませんね。」 「私は、そこで見てしまうのです。 私のいる廊下は2階か3階か。 はっきりと分かりませんが 彼らを見下ろせる所にいるのです。 彼らは行進をしていて あ、行進といっても規則正しいものではなく 一緒に列をなして歩いているって言った方が正しいかもしれませんが。」 「なるほど」 「ええ、そして彼らはやがて壁際へと歩いていきます。 するとそこには、 へ、兵隊さんがいて。 その、彼らを、私のよく知る人たちを」 男は息が荒げて目を白黒させ始めた。 手は小刻みに震えている。 「今日はここまでにしましょうか。 時間はたっぷりありますから焦らずとも」 「いえ、続けさせてください。 その兵隊たちが 彼らを一列に並ばせて 発砲を、発砲しているんです。 凄まじい血しぶきが、 その白い壁に広がって、 凄い広がり方なんです。 そして彼らは銃声とともに次から次へと倒れていく。 悲鳴も、聞こえるんです。 まるですぐ側で上げているような。」 「そ、それはなんとも残酷で恐ろしい夢です。 そんな夢を毎晩見ているのであれば それは体調を崩してしまうというものです。 過去に見た映画、少なくともそういったものに 影響を受けているに違いありません。」 「いえ、本当に怖いのは 私、なんです。」 「ええ、はい申し訳ない。 私では貴方にはなりえません。 本当に苦しんでいるのは貴方ですから。 でも私でも共有することはできます。」 「いえ、そういう意味ではなく。」 「怖いのは貴方というのはどういうことですか?」 「その、窓に映っている自分の顔が、 笑っているんです。 私自身見たこともないような笑顔で 皺の一本一本が分かるほどに醜くはっきりと 大きな口を開けて そんな光景を見て笑っているのです。 夕陽を浴びて まるで私の笑顔が血に染まっているように。 だからね、私は私が怖い。 見ず知らずの人ではありません。 面識のある愛着のある方々殺されていくんです! 私は、なんて残酷な人間なんだろう。 きっと何かとんでもない事件を起こすに違いありません。 私は、私は。」 頭を抱える男を見ながら 白衣の先生はしばし絶句した。 夢の内容にではない。 その話を聞いてまたか、といった想いが強い。 ここ最近その国において 内容に個人差があるものの そのような肉親が殺されるにも関わらず 窓越しに見る自分が笑みを浮かべている という夢を見る人が頻発しているのだ。 その相談に来る人たちの多い事多い事。 しかし、そんな夢を見続けて精神に異常をきたすのは ある意味で正常なのかもしれない。 その夢を見てこの病院に来る人たちは。 と、先生は思った。 異常なのはむしろそんな夢を見続けて 現実に支障をきたすことなく 生きている人達ではないだろうか。 その患者さんを見送った後 先生は洗面台へと立ち上がった。 鏡に映る先生の顔は とても清潔で、どこか歪な笑みを浮かべてにんまりと笑っていた。 まるで、そう、今夜の夢を楽しみにしているように。 作 2011年 1月26日 twitteはこちら ↑猫メインにブログ更新もツイートしています。 人気ブログランキング ↑励みになりますのでポチッとお願いします! ↑風流先生おすすめ商品掲載中
2019.03.18
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とある貧しい村に宗二郎という少年がいた。 大層母親に大切に育てられ、どこへ行くにも母親が一緒だった。 そんな彼には特技があった。 千里先のものでも見通すことのできる目、 すなわち千里眼である。 少年の見るものはただ望遠鏡で覗くような 生易しいものではなく 遠く離れたものでも何でも見通し お前の母親はこれこれこういうことをしているぞ と言い当てるものであるから 村の子供はおろか大人たちも大層驚いた。 人の今現在の行動を逐一当てることができるのだ。 恐怖を覚えるものも決して少なくはなかった。 その子供の様子を母親は満足そうな笑顔で見ていた。 だがそんな母親は 病弱でしかも女手一つということもあって 日々の生活は本当に苦しいものであったという。 その少年の噂は広く駆け回った。 しばらくすると見知らぬ大層な服を着た大人たちがその村を 訪れるようになった。 ある日、軍服を着た大人たちに宗二郎は連れて行かれた。 軍としてあらゆる機密を握ることができると見込んだためであろう。 母親は大金を手にしていた。 ああ、俺は売られたのだと少年は愕然とした。 泣き叫んだがどうしようもなかった。 母親がぼそっと言った。 お前はきっと帰ってこれる。 母さん待ってるから。 握ったその手はしわくちゃで やせ細って頼りのないものだった。 少年はかれこれ長い事研究所へ入れられていた。 所長が言う。 おかしいな。 ここへ来てからというもの全くその能力が現れん。 遠く壁を隔てた所を見通せるどころか 全く望遠鏡としての目も怪しいものだ。 常人の視力、それだけの目にしか私には見えない。 副長が答えて言う。 村にいた頃はですね。 研究員を何人も派遣して みたところ百発百中。 距離など関係なく、 まるですぐ近くで見ているようにどんなものでも 見通せる驚くべきものと聞いています。 所長、やはり母親に引き離されたことで殻を閉ざしてしまっている のでしょう。 しかしながら母親は重い病の身であり、 とてもここまで連れて来ることは出来ません。 そこで私に明案があります。 非常に酷な話ではありますがこれから私が話す案を 軍に対して 話を通していただけませんでしょうか。 最後の賭けに出ましょう。 徒にこの実験を続けていても仕方ありません。 予算も日も、我々には有限なのです。 所長は副長が提示したその話に驚きながらも 軍部に通し、その実験がなされることとなった。 副長が宗二郎に話しかける。 これから実験を行う。 お前はこれからお前が生まれ育った 故郷の村をその千里眼で見てもらう。 そこで見えたものを告げるのだ。 やめろと言えばすぐに我々は止める。 もし何も見えないと言うならば そこでお前にもう用はない。 能力なきものとみなし 直ちにここから帰ってもらう。 いいな。 宗二郎は実験の日々に辟易としていた。 おかしな提示を不思議に思いながらも ようやく帰れるのかと目を輝かせた。 何が見えたってそれを言うはずがないだろう。 宗二郎はそう思った。 数分が経った。 どうだ?何か見えるか? 副長はじっと宗二郎を見据える。 宗二郎は答える。 いえ。何も見えやしません。 これで、おっ母の所に帰してもらえるんですね? 副長は未だ真剣に宗二郎を見つめると そっと右手を上げた。 、、、これで、どうかな? いえ、何も見えやしません。 、、、分かった。 村に帰りなさい。 椅子を蹴って宗二郎は研究所を飛び出した。 やっと帰れる。 帰れるぞ。 おっ母待ってろよ。 所長が副長に尋ねる。 やはり能力は見られないかね。 ええ。全く。あれが演技だとしたら相当肝が座っていますよ。 実の母親があんな目に遭えば ぴくりとでも小さな反応を見せるはず。 何もないと見て間違いないでしょう。 所長はこんなことを言う。 私が思うにはあの母親の方に能力があったのではと 今になって思うのだ。 副長が答える。 今の言葉は聞かなかったことに、、。 そのころ宗二郎の村では 宗二郎の実験によって 母親は軍の者により銃殺されすでに 亡くなっていた。 宗二郎は道すがら目を閉じるとふと そんな光景が頭をよぎった。 家で母親が血を流し倒れている光景だ。 俺には千里眼なんてない。 そんなものは幻だ。 そう思った。 春にしては薄ら寒い。 赤い月の夜を 一人少年が駈けて行った。 風が吹いては両腕を抱える。 その足取りは帰るにしては酷く重いものであった。 宗二郎はまばたきをするたび変なものが見えると まばたきをやめた。 そのためかどうか 道中ひどく涙を流していたという。 作 2010年4月11日 絵 kaedy twitteはこちら 人気ブログランキング
2019.03.08
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そのどこにでもあるような小学校で いわゆるどこにでもあるようなありふれた給食の時間が ゆっくりと流れていた。 給食帽子 オリジナル 603-0 F フリーサイズ 白 ホワイト 学校給食 給食 子供用 こども用 小学校 小学生 白 ホワイト 男の子 女の子 外はうだるような暑さが続いているが 教室の中はクーラーがよく効いていて寒いくらいだ。 血が通ってないような。 そんな冷たい印象を受けるよくある、夏だ。 「ミートソースが足りなくなりました。戻してくださーい。」 白いかっぽう着を着た女の子が叫んでいる。 面倒臭そうに牛乳を配り歩く男の子。 各自へ配膳が完了し やがてやっぱりよくある光景が。 全員手のひらを合わせ 「いただきます。」 にわかにクラスの雰囲気が一変する。 数分後一人の生徒が血を吐いて椅子から崩れ落ち倒れた。 その目にはあまりの苦しさに涙が浮かんでいる。 騒然となる教室。 教師は青ざめている。 しばらくすると一人の男の子がそっと手を挙げる。 その口元に下卑た笑いを浮かべて。 その数日後。 とある30代のサラリーマン風の男が家を出る。 家といってもその世界において家を持つのはナンセンスとされていた。 皆、立派なテントのようなものに住んでいる。 「行ってきます。」 クールビズで軽快な格好だ。 いつもの風に家を出て行った。 向かった先はとある大きなセンターだ。 連日盛況であるが ついにその男も数日前そのセンターを利用する権利を得たのだ。 向かう最中、やはり凄く暑い。 自動販売機で水を数本購入した。 今日は嫌に喉が渇く。 額の汗を拭いながら こぎみ良い音を立ててペットボトルの水を飲み干した。 (昆虫)セミの抜け殻(10個) 道端に蝉の抜け殻が落ちていた。 何となしにそれを拾った。 拾った途端蝉の声が耳に入って来た。 遠くの山が、青く広がる空が、とてつもなくでかい雲が。 うっすら視界に入ってきた。 世界が息を吹き返し にわかに色づくようなそんな感覚を覚えた。 いや、取り戻したようだ。 何となく涙を流したようにも思ったが それは汗とも思える。 どちらもしょっぱいものだ。 少し笑えた気がした。 センター内は程良く空調が効いている。 大勢の人の中に知っている顔があった。 同級生の友人だ。 男はその友人に話しかけることにした。 「よお、お前もか。こんなところで奇遇だな。」 「まあね、やっとこさここを利用できる権利を得たよ。」 「お前もか。実は俺もだ。」 「おっと俺の番が来たようだ。積もる話もあるが、続きはまた、、。」 「ああ、じゃあな。」 そう言って、男は同級生を見送った。 あいつとは久しぶりに会ったけど当たり障りのない会話をしてしまった。 もう少し考えてじっくりと話したかったな。 俺の人生、悔いばかりだな、全く。 そう考えて手のひらの蝉の抜け殻を転がして遊んでいた。 同級生が入った扉の上にはランプがあって それが赤く点灯し、次に緑色になった。 しばらくすると真っ白な顔の 同級生がベッドに寝かされて廊下へ運ばれてきた。 そして別室へと運ばれていく。 いい顔しているな。 実に安らかだ。 男は別段驚く事もなくそんな事を思った。 やがて病院で言われるように男の名前が アナウンスで告げられた。 「ああ、はい。」 男は少し喉が渇くと思ったが カバンに入れたペットボトルの水を 飲まなかった。 意味がないと思ったのだ。 代わりに蝉の抜け殻をじっと見つめた。 男は頭を掻きながらゆっくりとその扉を開けて中に入る。 中は本当に、異様な光景だ。 一通り儀式が終わった後、厳かな装束を纏った男が尋ねる。 「最後に言い残す事は?」 「私の人生は誠に悔いばかりで、、一片どころか 百も、二百もある。 しかしながら、その欠片をきっと誰かが拾ってくれている。 そう思うと清々しい。 私は早く息子の下へと行きたい。 1秒でも早く。 そしてこの蝉の抜け殻を見せたいんだ。」 やがて廊下から見る扉のランプが赤く点灯し やがて緑色になった。 そのセンターの名称は 国立自決補助センター。 そこは蜘蛛の糸か、蜘蛛の巣か。 そこに人は今日も集う。 舞台は再び数日前の 前述の小学校まで遡る。 一人の生徒が血を吐いて倒れた。 まっすぐ右手を天高く伸ばし 下卑た笑いを浮かべた生徒が言う。 「先生、僕がそいつの給食に毒を盛ったんですよ。」 「なあんだ、食中毒かなんかで 先生の監督不行き届きで殺されるかと思ったわ。」 先生はほっと胸をなでおろした。 辺りの学生からも なんだお前かよー。 びっくりさせんなよなー。 などざわめきはあるものの大きな混乱は見られない。 「先生は心配症ですね。しっかり届けも出してありますから安心してください。」 下卑た笑いを浮かべた生徒が呆れたように言い放った。 数分後、白い服を着た男たちが教室にぞろぞろ入ってきて。 その光景をカメラで収めている。 一通り現場を確認した後、 あたりに飛び散った血を拭いている。 その後動かなくなった生徒の容体を確認すると 時計を見て そのうちの一人の白服の男が倒れた生徒を背負って またぞろぞろと出て行った。 先生が大きく手を叩いて言う。 「はいはい、先生いつも毒には気を付けてと言ってますよ! 午後は国語の授業があります。 今日のテストで最下位だった人は、、 分かってますね?」 そう言った先生の口元もやっぱり下卑ていた。 ちぇーっと生徒は口々に言いながら冷や汗をたらす。 日常すなわち戦場だ。 皆満点を取らねば助かる術はない。 そう考えている。 白服に背負われた男の子の事をもう考えているものはいなかった。 そういう世界だし仕方がない。 そう考えている。 白服の男は泣いていた。 動かなくなった息子を背負って泣いていた。 小学校を出るとむっとした暑さが漂う。 厚手の白服の故もあって一斉に汗が噴き出した。 一連の出来事も手伝って本当に嫌な汗だ。 空は真っ青で雲ひとつない。 校庭に植えられた木々が碧々としていたが 白服の男の目には全てが白黒に映っていた。 世界が歪む。 ふと気を抜くと倒れそうになる。 蝉が嫌にうるさい。 まるで、背中の息子が泣いているように感じた。 全てが自由なこの世界で。 作 2010年8月19日 大塚食品クリスタルガイザー 500ML×24[食品/ドリンク/天然水/ミネラルウォーター/スポーツ/リフレッシュ/清涼飲料水/スポーツドリンク/運動/水分/補給] 人気ブログランキング
2019.03.01
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日本理化学工業:ダストレスチョーク DCC-72-W 白 72本 人生は退屈だ。 早く大人になりたい。 秋の空は真っ白く時折鳴く鳥の声すら吸い込まれて消えた。 空がごうと鳴り、世界が悲鳴を上げているように思えた。 少年はどこにでもあるその白けた街並みをゆっくりと歩く。 そして懐かしいメロディが頭の中に響いてくる。 白けた太陽が少年を見ている。 少年はゆっくり小さく歩を進めた。 人が住んでいるのかも定かじゃない そのアスファルトで舗装された道途上に 白い丸が幾重にも連なって続いている。 けん、ぱ、けん、ぱ、けんけんぱ の丸だ。 少年は無意識のうちにその円の通り 飛び跳ねて見た。 「これはぼくがとびはねるやつだぞ」 ふと声を掛けられた。 「ああ、ごめん」 少年は声のする方を見て固まった。 そう声を掛けた少年は両足がなく、真っ赤だった。 顔も頭の方が吹き飛んでおり 口から上がない。 その口が喋っている。 いくらぐずとかのろまとか呼ばれるぼくでもすぐに分かった。 (ああ、これは夢なんだ。) その少年は不器用に体を引きずって 白いチョークで沢山の円を書いている。 少年は疑問に思った。 「でも君は足がないからけんけんぱできないよ。」 「できないからって書いちゃいけないのかい。 ぼくはここに夢を描いている。 さっき君がかんたんにやってのけたこと、それがぼくの夢さ」 「やりもできないことをするなんて君は馬鹿さ」 「君はもっと感謝することだ。 当たり前に君の体があることを。 当たり前に夢を叶える努力ができることを。 君にも一つこの白いチョークを上げる。」 顔の崩れた少年がチョークを投げるとアスファルトにこつりと当たり、 少年はそれを拾い上げてポケットに入れた。 「分かんないよ。 そんなことは沢山の人が当たり前に持ってる。 ぼくはそれができないから馬鹿にされるんだ。」 「君とは話にならない。他へ行ってくれ。 ぼくは夢の続きを描くから。 この広いキャンパスに。」 「君はなんでばらばらなんだい。」 「それは、僕にも分からない。 酷い音がして、何かに轢かれた。 そして、群がる人たちと携帯の写メの音。 醜いぼくを映して笑ってる。 君はそんな大人にならないでくれよ。」 別れを告げて少年は また少しずつ歩きだす。 とある木造の民家の2階から僕を手招きする やばったい眼鏡のお兄さんが見える。 「坊や、少し寄っといで。」 少年はおそるおそるその民家に入る。 家に入ると異臭がしてたまらなくなって少年は思わずむせてしまった。 「この匂いはなんですか?」 お兄さんの部屋に入るなり問い詰める。 「ナマモノだ。君には関係ない。腐るといけないから冷蔵庫に入れてある。」 「それより君に話したいのはそんな事じゃない。」 そういってお兄さんは大きなパソコンに向かって指さした。 「どうだこれが私がやっているネットゲームだ。 見てくれ、この装備。 そしてこの強さ。 このゲームの中で私は皆に尊敬され、憧れられている。 私はこのゲームに親からお金を盗み、膨大な時間を寝る間も食べる間も惜しんで 費やした。 どうだい? すごいと思わないかい。」 「そんなのゲームやっていない人からしたらちっともすごいと思えないよ。 そんなのただのデータだからいつかは消えてなくなるよ。」 「君とは話にならないな。 もういい、ここから消えてくれ。 でも一つ、データは消えてなくなるというが 君のお金も財産も家族も、いつかは消えてなくなるよ。 勉強に打ち込もうが仕事に打ち込もうが、ゲームに打ち込もうが そこに大きな差異はない。 最終的には全て消えてなくなる。 そうだ、少年よ。このゲームの中で輝く私の画像を持っていってくれ。」 少年はその写真大の画像を受け取りながら呆れて言った。 「勉強していい仕事した方がいいに決まってる。 仕事探しなよお兄さん。」 「君も親と同じことを言うんだね。社会の歯車になって奴隷のように働くのが偉いのかい?」 パソコンの下に真っ赤な大きな刃物が見える。 「お兄さん、この天井からぶら下がってる輪っかの付いた ロープは何に使うの?」 「これはな。 私が永久にゲームの世界に入るための道具だよ。 もう、君はどこへでも言ってくれ。 もう喋りたくないんだ。 でもな、ふと考える。こんなゲームと出逢ってなかったらってな。」 お兄さんの首元には真っ赤な跡ができていた。 それがなんだかわからない。 少年は鼻をつまみながら民家を後にした。 ◆◆自殺へ向かう世界 / ポール・ヴィリリオ/著 青山勝/訳 多賀健太郎/訳 / NTT出版 前からぼろぼろのスーツ姿の 髪もぼさぼさで顔面蒼白で 口元をだらしなく開けて涎をたらしながら 歩いてくるサラリーマンが見えた。 「そこの君、駅はどっちだい?」 「さあ、僕にも分からないのです。こんな世界は初めてなので。」 「おじさん、大丈夫ですか?無理しない方がいいですよ?」 「いや、大丈夫だ、私には護らねばならないものがある。 そのために私は日夜闘う。 通勤電車に押しつぶされるように運ばれて 朝から晩まで馬車馬のように少ない賃金で働かされる。 上司からは怒鳴られ、後輩からはいびられる。 それでも 私は自分の仕事に誇りを持っているといい聞かせて働く。 しかし、働き過ぎたようだな。君の言う通り。 でも家のローンが残っている。 私はまだ倒れるわけにはいかんのだよ。」 「おじさん、幸せですか?」 「ああ、幸せだ。家族がいる。そのために全力を尽くせる事が。 家族の笑顔を見ることが私の幸せだ。 そのために働くことができるのは本望だ。」 「そこまで身を削ってまで働くことが幸せなんですか?」 「ああ、もういい、私は駅へ向かう。一体どこなんだ。 君も私のようにしっかりとした大人を目指すのだ。 でないと公園にいる、あのホームレスみたになってしまうぞ。」 おじさんのスーツの裾から紙が落ちてきた。 そこには「解雇通知」 と書かれてあった。 何のことか分からなかったのでそれをランドセルの中に入れると また少年は歩きだした。 【中古】非情の常時リストラ / 溝上憲文 サラリーマンの指差したホームレスのおじさんが ゆっくりやって来た。 「坊主、こんなところで何してる。」 「散歩。」 「わしに話しかけられるのも嫌か。」 「まあね。だって敗者なんだもん。」 「わしが敗者というのなら、あの心身削り落すサラリーマンが勝者かね。」 「いやー勝者ってのは大金持ちで美人と結婚してでっかい家や格好いい車を持っている人のことでしょ。」 「坊主まだ若いな。」 「子供だからね。」 「仕事も愛もゲームも、何かに打ち込むのもいいだろう。 だがするとな、それに打ち込むあまり 生きていることの本当の意味が見えなくなっちまう。 それに打ち込むあまり何かに挫折すると 途端に脆くなる。 自殺なんてのはよくない。 坊主。 負けるのが当たり前だ。 おじさんを見ろ。 これが敗者だ。 だがな敗者にしか見えない景色もある。 俺はこんな生活を続けて、時計のない生活をするうちに自然の鼓動を感じた。 リズムを感じた。 人はわしに冷たいが。 自然はわしにも平等だ。 坊主。見失うな。大切なものを。 わしにも家族がいてな。」 「おじさん、その話長くなる?もうぼく帰りたいんだ。」 「ああ、行くといいさ。坊主の言う勝者が住む家がこの先にある。 大きな家だ、すぐ分かるはずさ。」 「おじさん、ありがと。」 今日は寒い。このマフラーをしていきなさい。 おじさんは少年にそう言ってぼろぼろのマフラーを与えた。 「おじさんは寒くないの。」 「わしはハートがあったかいから寒くないんだ」 あっはっは。 「言ってる事は寒いけどね。」 少年はそう言って公園を後にした。 振りかえるとベンチでホームレスのおじさんは寒そうに寂しそうにしていた。 あんな風になりたくないと思った。 白い風が強く吹き少年はマフラーに顔をうずめた。 なんだか少し暖かかった。 ルイヴィトン メンズ カシミヤニットカーディガン&マフラー オレンジ×黒 ロゴ入りボタン サイズM LOUIS VUITTON 【中古】【送料無料】 「おお、すげー」 少年が感嘆を上げる程の豪邸が目の前に遭った。 「ドラクエのお城みたいだ。」 少年は頭の中にドラクエを思い描いてお城に入っていく。 「すみませーん」 「おお。なんじゃお前は泥棒か!」 「いえ、違うんです、たまたまここを通りかかって。」 「知らん、怪しい奴め! 今すぐここから出ていけ! 家族も何も皆信用できん! 人は皆信用できん! 皆わしの金を漁るハイエナよ! 人が怖い。人が怖い。 死が怖い。 富も名誉も全てを手にしたわこの私は 永久に生きていたい。 死にたくないんじゃ。」 「おじさん、目がイッテル。」 「宗教にも入れ込んだ。 莫大な金をつぎ込んだ。 でもそれらは全てまがいものだった。 金ならいくらでもある。 地獄へはいきたくない。」 「おじさん、どうやってそんなお金を稼いできたの?」 「ふふふ。坊主、知りたいか。 この世はな。弱肉強食だ。 常に強者こそが勝つ! 私はいつでも強者であるために手段を選ばなかった。 坊主。勝ちたければ人を利用しろ! 狡猾になれ! 弱者は容赦せず蹴落とせ! そして偉い人には媚びよ! 簡単なものだ世の中なんて。 このダイヤの指輪をくれてやるからここには2度とくるなよ そのダイヤもな。沢山の人の血と絶望からできたものだ。 なんてな。」 少年はそれをカバンの中に入れた。 女性ものの指輪だった。 それが何を意味するかは分からない。 「おじさんみたいな人が沢山になったらこの世は大変だよ。」 「残念だがな、坊主。この世は私のような者でないと勝ち抜けない。 私に奴隷のように使われるか、 私を目指すか、 全てを放棄して逃げ出すか。 選ぶがいい。坊主。」 「おじさんはボスキャラだね。」 お城を出ると辺りは既に暗くなってきた。 (長い夢だ。もう帰りたい。帰りたいよ。) 少年はうんざりした。 ユキザキセレクトジュエリー YUKIZAKI SELECT JEWELRY リング プラチナ ダイヤモンド レディース ジュエリー 【新品】 いつの間にかだだっ広い道に出てきた。 限りなく続く未来が少年の未来を暗示しているかのように。 空には大きな満月が白けた目で少年を見ていた。 後ろを振り返ると。 ばらばらな体の少年、お兄さん、サラリーマン、ホームレス、大金持ち 皆がこっちを見て、そして笑って手を振って来た。 少年は大きく手を振り返した。 しばらく歩くと 夕闇からぼんやりと電柱の明り照らせれて両親の姿が浮かんできた。 「お父さん!お母さん!」 少年は嬉しくなって駈けだした。 少年のカバンやポッケや首周りに沢山の想いが詰まってる気がした。 母親と父親に抱きついて少年は溢れ出る涙が止まらなかった。 「お前、どうしてこんな処に?探したんだぞ?」 「おやおや、どうしたんだい?」 母親が涙を流す少年の髪をなでる。 「どの人達も泣いていた。 心の中で泣いてた。 ぼくはこわくてうまくいえなかった。 生きることは大変なこと。 勝ち負けなんて意味はない。 人の気持ちを心から理解できる人になりたい。 ぼくは辛い人を助けられる。 みんなを救える強い人になりたい。 今はよくわからないけど、いつかあの人たちの苦しみを分かる時がくると思うんだ。」 「お前は私に似て優しい子だからな。」 「あらやだ。あなたったら。私よ。」 「どっちもだもん」 少年は幸せそうに笑みを浮かべた。 この上なく幸せな気持ちになって この気持ちを今日出逢った人たちに分け与えたいとさえ思った。 でも皆からもらったものがいつの間にか消えていた。 急に父親が真剣な表情になった。 「じゃあ、今日はこの街で一番見晴らしのいいビルの屋上から夜景でも眺めようか。」 「たまにはロマンチックな事を言うわね。」 (何だかお父さんもお母さんも芝居がかったように聞こえる。 それでも いつもお金のこととか喧嘩ばかりで夜景なんて皆で見たことないから僕は興奮して答えた。) 「家族3人仲良くね。」 少年は満面の笑みで答えた。 高いビルの上から街を見下ろすと まるで全てが死んでいるように見えた。 実際、自分以外の人が生きているのか 死んでいるのかさえ分からない。 むしろ自分さえもが分からない。 皆この世界で自分を探してる。 「じゃあ、行こうか。怖くない、な」 震える声で父親が呟いた。 飛び降りたって怖くない。 これは夢だ。 夢なのだから。 現実という名の夢なのだから。 もしまたあの街に辿り着いたなら皆に伝えよう。 人の痛みを知る人になれって。 そしてチョークで町中に沢山の夢を描いた落書きをしよう。 お兄さんの画像はこうなると危険として皆に警告しよう。 サラリーマンの解雇通知を次があるさ、 これがどうしたって鼻で笑って付き返してやろう。 マフラーはぼくみたいに一人で歩いている子供に上げよう。 そしてそれをまた寒そうな子に上げてと言おう。 ダイヤを売り払って街の恵まれない人達に配ろう。 皆の何気ない好意は必ず誰かに繋がるって。 皆を元気に、皆を幸せにしよう。 皆が泣いて笑って暮らせる世の中に。 人間らしく暮らせる世の中に。 夢ってのは個人的なもんじゃない。 ぼく一人夢が叶ったって周りが不幸じゃ意味がない! 皆が幸せに、、、、、 ぐずでのろまな僕だけど、一人一人を大切に、、、、 まだぼくにはしたいことがたくさんあるんです。 どうか助けてください。 奇跡的に少年は助かった。 しかしながら命だけで植物人間となってしまった。 両親は即死。 一人きりの病室で少年は今日も白昼夢を見る。 世界を変えようと必死で走り回る。 その白昼夢には最近両親も登場するという。 作 2011年10月20日 絵 kaedy 人気ブログランキング
2019.02.28
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単眼鏡 海賊風 25×30 望遠鏡 折り畳み式 ポーチ付き スポーツ 観戦 夜景 アウトドア 登山 野鳥観察やライブ用 ポケット望遠鏡 プレゼントとして最適 「船長、ついに見えてきました。 あれこそ、我らが目指していた島。 違いありません。」 2人きりとなったその船の乗員。 ノッポの船長は真っ赤な目を大きく見開く。 ちりちりに伸びた髪。 顔全体を覆う髭。 やせこけた頬。 正視に堪えないあまりにもやつれた船長と呼ばれた男は 大事そうに宝の地図を眺め。 そして、前方の島を見やる。 鮮やかに晴れ渡る空。 見渡す限り一面の海。 浮かぶ一隻の船。 正に道なき道を行き 男たちは遂に宝の地図のありかに辿り着いた。 船長の目から涙が伝う。 からからの喉から かすれるような声で呟く。 「おお。あれぞ。あれぞ。 あれこそが我が親友が残してくれた この宝の地図の示す島なんだな。」 「そうです。 思えばこれまで不運の連続でありました。 しかし我ら船員の、仲間の裏切りはなく 信頼と友情によってここまで辿り着いたのです。 しかし、船長、私の役目もここまでのようです。 私が死した後、必ず私たちの約束を果たして下さい。 それこそが、同じ街で育った私たちの夢。」 隣にいた背の小さな測量士はそう言い残して死んでしまった。 ノッポの船長はその街で もともとは造船の設計の技術に優れた名の知れた若者だった。 人当たりが良く人望もあり 彼の周りにはいつも人だかりができていた。 実に気立ての良いメリンダという婚約者もおり 順風満帆であった。 ある日、幼少の頃から 家が近いということもあるが 苦楽を共にしていた 資産家の息子である大親友が 倉庫の中で眠っていたという 一枚の地図を持ってきた。 あまりの興奮にその親友の手は震えていた。 「俺は今日ほど興奮して心が震えたことはない! どうだい、君の設計した船で一緒にこの島を探してみようではないか! なあに、金の事は心配するな。 親父に無理言ってでも聞いてもらうさ。 沢山の宝をこの街に持ち帰ろう! 僕たちはきっと英雄になるぞ!」 このまま街に残ってある程度予測のできる 決められた道を歩くのもそれはそれで 幸せかもしれない。 しかし、 道のない大海原へ繰り出して 夢を追いかけたい。 男のロマンが未知なる大海原へと誘い そこに親友と共に夢を見た。 そして共に握手して冒険の旅への約束を誓った。 それから何カ月もの間 入念に出発の準備を整えて 多くの仲間もそれに賛同した。 しかし、いざ、出発という時に 親友が流行りの病に掛ってしまい どうしても 同行ができなくなってしまった。 親友は涙を流してノッポの船長の 無事を祈り、成功を祈り 全てをノッポの船長に託した。 宝の地図に 我、親友の帰りを待つ と記し、 街を出て行くノッポの船長を大きく手を振りながら見送った。 声を枯らして叫んでいた。 見物人がぞろぞろと帰った後も その親友は遠く地平線を陽の沈むまで眺めていたという。 しかしながらその後は苦難が苦難を呼ぶ冒険となった。 ちょっとした事故から 故意ではないのであるが 旅行船を強盗し 殺害者まで出す事態となってしまい 彼ら冒険者は 海賊となってしまい 船長には あろうことか驚くほどに懸賞金が掛けられた。 ノッポ船長の冒険団は その後幾多の苦難に見舞われ 多くの殺された者、餓死した者、止むに止まれず自殺した者を 出すに至ってしまった。 しかし仲間内で裏切りというものは一切なかった。 私達の真実は 私達が持っていればいい。 或いはこの広い空のどこかで 見ているであろう 神様さえ知っていればいい。 それ一つが私達の誇り である。 そう言って 皆で支え合い 気の良いノッポの船長を皆で盛り立てた 強い連帯意識を持ち 生きるために海賊行為を働いたこともあるが 決して人は殺さなかった。 それどころかいつも返り討ちに逢うのが 関の山であった。 ある月夜の波の静かな晩に その船員達は甲板にでて皆でこんな話をした。 それは普段気の良いノッポの船長が初めて 怒りを見せた時だ。 ある船員が 「なあ、俺は思うんだ。 もうな、この地図はな、 きっと偽物だ。 だからよ、もう街に帰らねえか? 俺たち海賊にされちまったし きっと処刑になっちまうかもしれねえがよ。 俺あこんな広い海で死にたくねえ。 生まれ育った街で死にてえよ。 もういい、十分だべ。冒険は。もう目を覚まそうぜ。」 すると それを聞いたノッポの船長は優しい目を真っ赤にさせて立ち上がり 少し揺れによろめきながら 喚き始めた。 「お前は何を言うか! 親友の言うことが信じられないと言うのか! それでは我々が持ち続けた誇りもプライドも 全て捨ててそれでも帰りたいと言うのか! お前にも家族がいるだろう。 私にもメリンダがいる。 家族はきっと信じてくれている。 理解してくれている。 理解してくれなくとも例え恨みがましいものを持っていたとしてもだ それでもそこに我々の信じる者がいる! それだけでよいではないか! 折られるとて折れるな! その中で私の一番の親友こそが この宝の地図を託してくれた者なのだ。 親友を、宝の地図を信じ追い続けることが 私達の夢、そして真実だろう! その中で死すとも私に一片の悔いもない。」 ノッポの船長がこうまくしたてると 心優しき船員達は皆熱い者を感じ 街に残してきた者たちを 想い涙を流した。 船長はまた座りこう続けた。 「島に辿り着いて 宝があれば 胸を張って街に帰って 街の皆に渡そうではないか。 それで処刑されたとしても本望だ。 もし万が一宝がなかったとしたら 私がこの首を差し出して 懸賞金を街の人達に差し上げたい。 それまで私は何としても死ねない。 街の皆への恩返しを我らの宝とする。 約束だ。」 真っ黒い海に浮かんだ男達が 何かを決心したように 天高く輝く月を見上げていた。 何かを決心したように 涙を流す者もなく 男達の目が その晩いつまでも 天高く向けられていた。 その後も凄惨な冒険は続き 皆船長だけは最後の希望であるとして 船長をかばうような最期を遂げて行った。 船長はつぶらな優しい瞳で彼等の最期を 見届けては いつもおでこに手を当てて 天を仰ぎ大声で泣いていた。 そして測量士も力尽き とうとう残るはノッポの船長 のみとなった。 引きずるように島に上陸した船長は這うように 地図を広げた。 そして目的となる洞窟を目指す。 あった! 残る力を振り絞り気力で洞窟を目指す。 まるで亡くなった船員達が後押しするかのように 力が沸いてくる。 大切な友の約束の地図をしっかりと見つめながら。 とめどなく溢れる涙。 洞窟に入る。 ムワッとした嫌な空気と 目から入ってくるようなたまらない異臭が鼻をつく。 「とうとう、とうとう、辿り着いた。 仲間よ。親友よ。」 地図に 我、親友の帰りを待つと書かれた文字は ボロボロで消えかけていた。 その場に船長は崩れ落ちた。 洞窟の中にどさっという音が響き渡る。 一言では済まされないような 重い、重い、音だった。 さらに数カ月後 一隻の豪華な船がその島に辿り着いた。 「我、親友を探して~♪ 遂に辿り着けり~♪」 鼻歌交じりで 最新式の異国から取り寄せた防毒の衣服を 全身に身にまとい お供の幾人かと共に ノッポの親友が降り立った。 「ああ、洞窟はあっちだね。」 世界に一つしかないはずの ノッポの船長に渡した地図と全く同じものを 親友は持っていた。 洞窟の個所には猛毒の発生個所と記してある。 「待ってろ!親友!今いくぞ! へいへいへーい!」 密林をかき分けてはしゃぐように親友は洞窟へと掛けて行った。 洞窟の奥の方でノッポ船長と思われる遺体が 横たわっていた。 すでに白骨化している。 地図が傍に落ちているのを気づいて 親友が拾った。 「こんなもので約束された幸せな道を棒に振って 海に飛び出して 俺が仕組んだ罠にはまり 海賊にまで成り下がって 馬鹿なやつだ。 お前は広い海を駆け巡っていたつもりが 私が引いた一本道を歩いていたにすぎない。 優秀なお前はいつも俺の邪魔をしてくれた。 何もかにもにおいて。 お前さえいなければとお前の傍で 常々思っていた。 めでたくメリンダは私の妻となった。 幸せにするので安心してくれたまえ。 ところで宝は見つかったか? あるわけないよな宝なんて。 しかもお前一人で来たってことは 皆を裏切って殺しちゃったか? 救えないなこれは。 はははっははは。」 乾いた笑い声が洞窟の隅々まで響き渡った。 「坊っちゃん長居は危険です。 早く立ち去りましょう。」 お供の者が不安げに言う。 「ああ、そうだな、そうしよう。私は満足した。 あとはこの遺体の在り処を海軍に伝えて 懸賞金をもらって そうすればある程度こいつらに工面した金も親父に 返せるし。」 ふと親友はノッポ船長の傍らに落ちている 地図に目が入った。 かろうじて 我、親友の帰りを待つ。 と、昔、自分で書いた文字が見える。 「仕方ない。親友の情けだ。 この遺体は私が引き取ろう。 懸賞金なんてそもそも私が吊り上げた はした金だ。」 その洞窟を乾いた足音が響く。 軽い軽い足音が響いて出て行った。 ノッポ船長の遺体は街が見渡せる小高い丘に埋葬された。 墓碑には名も亡き親友の墓と刻まれている。 しばらくして、 その街の半数以上の人々が 命を落とすほどの凄まじい ウィルスによる伝染病が猛威を振るった。 その病のはっきりとした出所は今もって分からないし、 それとノッポ船長の遺体との因果関係も不明である。 その街に 静かな月夜の晩が訪れる。 黒い空に黒い海。 波、穏やかなれど、 浜に押し寄せる波はどこか悲しげで まるで誰かが泣いているようであった。 作.2010年11月11日 【送料無料】マップ柄 iPhone用 手帳型ケース【iPhone 6 6S 6Plus 6SPlus 7 7Plus プラス アイフォン アイフォーン 地図 マップ トレジャー 宝の地図 海図 カバー PUレザー 収納 カード スタンド ギフト】 人気ブログランキング
2019.02.23
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度あり Mirage ミラージュ マンスリー 2箱セット [1箱1枚×2箱]1ヶ月 DIA14.5/14.8 BC8.6/8.8 -0.50〜8.00( 度あり )カラコン カラーコンタクト colored contactlens/color contact ヘンケルジャパンフレッシュライト ハードブリーチ 25G+83ML+22G+15G 【医薬部外品】 鳥はなぜ空を飛ぶのか。 生きるために飛ぶのだ。 気持ちよくなるために飛ぶのではない。 なら君たちはなぜ生きるのか。 幸せなどという曖昧なものを追いかけるからだめなのだ。 生きるために生きればいい。 私のように獰猛に、狡猾に。 私が君になれるならどんなことをしても生き抜くぞ。 私は空を飛んでいる。 電線の張り巡らされたこの街を。 何かにがんじがらめにされたこの街を。 もうすぐ夜が明けようとしている。 徐々に私のこの真っ黒な体を 陽の光に晒さなくてはならない。 私は影を飛びたい。 暗い空を飛んでいる。 陽の光から逃げるように。 ネットに張り巡らされたゴミの山を食いちぎる。 線路に散らばった犬猫の死骸をついばむ。 臓物が喉を通る。 そしてまた飛んでいく。 その黒い瞳に大きなマンションが映る。 その一室のベランダの手すりに止まり 中を覗きこむ。 そこに私が寝ている。 生きるために屍肉を漁るのが我々と するならば、 では君はどうなんだい。 朝陽が照りつける光を受け鋭いくちばしで 窓を軽くつっついた。 コツン。 窓に何かが当たる音がして 私は目が覚めた。 慌てて窓を開けるとそこには一枚の黒い羽が落ちていた。 冷たい空気が刺すように感じ身震いをする。 溜め息をつきながらゆっくりそれをベランダから落としてみる。 そこは6階でかなりの高さだ。 ゆらゆらとゆっくり落ちていきやがて地面に落ちる。 社会人になって 何年目だろう。 いつもと同じような毎日を繰り返す日々。 寝ても覚めても仕事ばかりで こき使われそのうえ安月給。 出会いもなく彼氏もいない。 私の夜明けはまだだろうか。 いつも乗る電車の時間が近い。 化粧もそこそこに家を飛び出す。 足取りは重い。 激務もあるが 毎晩見る夢のせいで 疲れが取れない。 何かに足を取られて 躓いた。 恥ずかしさは感じなかった。 沢山の人が行き交うが皆自分の事に必死で 自分になど気にも留めない。 私は本当に生きているのか不安になる。 電線に止まった1羽のカラスだけがこちらを見ていた。 私はそれを睨みつけて ずれてしまった 皆に言わせると縁の大きな時代遅れのダサい眼鏡を慌てて直し 手ぐしでぼさぼさの髪をとりつくろうと駅へと向かう。 通勤電車は地獄だ。 毎日毎日ぎゅうぎゅうに詰め込まれては 仕事へと向かわされる。 人間が空を飛べたらどんなに楽か。 そんな事を考える。 奴隷なんて言葉が頭に浮かんだが慌てて打ち消した。 オフィスについて洗面所で鏡を覗きこむ。 実年齢はまだ若いものの 疲れからか何歳も老けて見える。 このまま仕事を続ければ 私は一体どうなってしまうんだろう。 仕事は待ってはくれないし 日に日に増えて来る。 他の人は簡単にそれをこなしているように見えるのは 何故だろう。 私は要領が悪くて後から入って来た社員にもどんどん 抜かれていく。 それに人づきあいも苦手だ。 社員との交流がうまく取れない。 頭ではうまく喋らないとって分かっていても 話ができない。 会話が続かない。 つまらない女と思われているんだろう。 飲み会にも顔を出せない。 最近では飲み会に誘われるようなこともなくなった。 私はもう空気のような存在になってしまった。 この会社に相談できるような人は一人もいない。 同期の出世頭の子が 話しかけてきた。 私はこいつが何人もの社員と寝ているのは知っている。 キタナイ女だ。 いつも私を暗い女とからかって遊んでいる。 それは陰湿でいじめってやつだろう。 「今日皆で仕事の後焼肉行くんだけどあんたも来る? 予定なんてないでしょ? たまには顔出さないと この職場で本当やっていけなくなるわよ」 余計な御世話だ。 しかし私は馬鹿正直で 上手に断る術も知らない。 行くことになってしまった。 皆で焼肉に行く道中も 皆が楽しげに話している中 私だけが一人だった。 街は暗く、静かだった。 空を見上げると1羽のカラスが飛んでいた。 私の視線に気づいたようにそのカラスは 電柱に止まるとこちらを見てきた。 私も空を飛んでいきたい。 そんな事を考えたが慌てて振り払いカラスから視線を外した。 マイナス思考は良くない。 周りを見ると 同僚たちが呑気に笑顔を浮かべている。 でもそれは本心からの笑顔なのだろうか。 言ってみればこの人達はいわばライバルだ。 少しでも隙を見せようものならお互い食い合うんだ。 焼肉店についた。 どうも食欲が進まない。 あの夢を見るようになってから 肉系が苦手になってしまった。 そのせいかどんどん身体もやせ細った。 ダイエットとかいう次元ではなく、 病的にだから笑えない。 こんがり焼けていく生肉を見ているだけで ムシズが走る。 同期の出世頭の子が 同僚にお酒をついで歩き男性陣は 鼻の下を伸ばしている。 かなりちやほやされている。 「それに引き換えお前はな。」 標的が私に向いた。 その後は散々皆から私に批難説教が続いた。 だから嫌なんだ。 私は涙をこらえてそれを聞いた。 不器用なだけに重く受け止めてしまう。 心が悲鳴を上げている。 出世頭の女がそんな私に ゾッとするような満面の笑みを向けている。 ああそうか珍しく誘われたかと思えば私は引き立て役か。 ふと、全員の顔がカラスの頭に見えた。 私は慌てて店を飛び出すと 手近なゴミ捨て場で 盛大に食べた物を戻した。 私、もうダメだ。 カラスが私の下に飛んできた。 今日は嫌にカラスが飛んでくる。 私はそれを振り払った。 心配して追いかけて来る人もおらず そのまま家路に着いた。 いつから、私は、 いつからこんな事になってしまったんだろう。 部屋に逃げるように帰りつくと 外界を怖がるように慌てて鍵を掛けて そこでようやく少し一息つくと スーツを着たままベッドに大の字になる。 昔は、子供の頃は楽しかったな。 毎日家族で楽しく、、、、、 本当の笑顔に包まれて 暖かい陽の光に満ち溢れるような心地よい 回想に耽った。 あの光が恋しいよ。 お母さん。 目に涙を浮かべると 徐々に意識が遠のいた。 それがきっと最後の私だったのだろう。 次の日から「私」は見違えるように変わった。 眼鏡を外してコンタクトにした。 髪型もぼさぼさ真っ黒ではなくカラーリングした。 化粧も服装も見た目から派手になり 顔つきからは自信が満ち溢れている。 周りは驚いていたが 仕事もばりばりと出来るようになって どんどんと評判はウナギ登り。 たくさんの同僚、上司等とも盛んに交友した。 今ではこの間の陰湿な女を逆に虐めている。 苛烈に、だ。 ついこの間その女は会社を辞めて言った。 その夜私は笑いが止まらなかった。 厳密に言えばそれはもうきっと私ではない。 それは夢に出てきたカラスなんだ。 カラスが私を動かしているんだ。 あの時私を見ていたカラスなんだ。 会社の皆もそう。 皆カラスと入れ替わってしまった。 幼い頃の陽を好む人間は 皆カラスと入れ替わってしまったんだ。 だからこんな汚い世界を悠々自適に飛んでいる。 皆カラスだ。 そして私も本物のカラスになってしまった。 厳密に言うと私が何なのかが分からない。 私はどちらからも逃げるようにどちらにもなれず夢を見るようにどちらとしても生きていたような気がする。 私は陽の光を嫌う。 影にこの黒い身体を隠すのだ。 でもそれは心地よい。 人が木漏れ日に包まれるのを好むように 私は影を好む。 最近では私自身カラスになることを どこかで望んでいたんではないだろうかと思うようになった。 そしていつしか全ての記憶がなくなった。 ただ生きるために飛んでは他者をおしのけゴミを漁り屍をついばむだけの日々が続いた。 それがどちらの自分かは分からない。 夜が明けようか明けまいかという時間だった。 徐々に人々が蠢きだす時間だ。 私は何故か散歩コースとなっている そのマンションのその手すりにいつものように止まった。 窓が全開になっておりベランダには何かの手紙が置かれている。 直感したように私は直下の地面に急行する。 真っ赤なそれが誰だか分からないが それは間違いなかった。 そうなるのは分かっていた。 だから私はやっぱりと思って カアーと一つ鳴いて笑った。 人を食うものはやがて食われる。 当たり前のことだ。 そんなことも分からないのか人間は。 何故かそんなことが頭に浮かんだ。 私は嬉しくなって 縁の大きな眼鏡をぶち破り目玉を取り出した。 誰かが来ないうちにこの目の前のご馳走を食べてしまたい。 それは私が今まで食べたことのない 最高の味だった。 私は柔らかい処から必死に鋭いクチバシでむしゃぶりつく。 私はただ餌を食べたにすぎないし そいつはみすみす餌になったに過ぎない。 ここには何の過ちもない。 自然な流れだ。 こいつは ダサい眼鏡を掛けた奥で 目玉のない血の涙を流した空洞の目がこちらを見ている。 ぼさぼさの髪に化粧をしており 地味だ。 コツン。 どこかで記憶が蘇る音がした。 私は絶叫した。 でもそれこそが本来の私だ。 こいつは人の世界でカラスのように羽ばたくことを選んだが、耐えられずカラスに勝ったんだ。 いや、負けたのか。 勝ち負けなどというものは人間の話で我々には関係ない。 着飾らずに不器用で 人の頼みを断れず 何度躓いても起き上るのが私なんだ。 私は自分が食べた物が恐ろしくなった。 そうして目の前が真っ暗になった。 朝陽がその無残なモノを照らす前に私はそこを飛び立った。 ただ1つ確信した。 私は人としての幸せというものを放棄し カラスとしてただ生きることを望んだのだ。 身も心も影の中に身をやつす。 今日も私はあるマンションの1室のベランダに止まった。 その窓を軽くコツンと叩くと。 誰もいないその1室を覗く。 そこに私がいたことを忘れないために。 2012年1月17日作 人を信じるということ [ 島田裕巳 ] 人気ブログランキング
2019.02.20
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