外資系経理マンのページ

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小説(8)



家では妻が松田を心配そうに迎えた。
「どうだったの?」
「ん、まあね」
「まあね、じゃわからないわ」
妻の気持ちもいたいほどわかる。転職初日。どんな会社なのか?ある意味で松田家の食い扶持の根幹をなす松田自身の勤め先がどんな感じなのか、妻の心配する理由もよくわかった。
「ひとことで言えば、いろいろある会社ってかんじだなあ」
「いろいろって?」
「まだ、よくわからないけどね」
と自分でいいながら、個性的な社員の多い会社であることは確かだな、と松田は思った。多士済々と言おうか。そういう意味では面白い会社とも思うが、少なくとも外資にはいったという実感は まったくわかなかった。

次の日。
朝から、きのうのCFOが安藤をつかまえてはいろいろ話をしていた。松田は引き続き、支払い処理のまとめをおこなった。そのとき江頭が、今月の小口現金の精算をするべく、手提げ金庫と領収書、出納帳をもってきた。これを 経理は会計ソフトに入力するとともに、つかった金額分を補てんして20万円になった手提げ金庫を渡す。これが月末のルーチンのひとつになっていた。
「松田さん、じゃあ、この処理やってもらえますか?」
松田は クリアファイルにごっそりと綴じ込まれた領収書の束をみながら、すこしため息がでた。金銭出納は深田が書いたらしく、よく読めないし、見てみると、飲食もそうだが、サンプルという、おそらく深田の書いたメモのはいったものが やたらと多い。
「赤城さん、サンプルって試験研究費ですか?」
「よくわからなければ、直接聞いてみちゃってくださいよ」
「江頭さんにですか?」
「えーっと、どこの領収書ですか?」
「高島屋ですがノ.」
「じゃあ、高島屋に」
変な話だ。使った本人がいるのになぜ、お店にいくのか、その時はまだ、理由はわからなかった。赤城はすこし、にやっと笑ったようにみえた。
松田は領収書に記載された電話番号に電話してみた。
「高島屋でございます」
「お店でいただきました領収書のことで伺いたいのですが」
「領収書の上の方に記号というか番号はついてないですか?それで売場がわかりますが」
 サンプルだから玩具売場だろう。松田はきわめて浅く考えていた
「化粧品売場でございますが、おつなぎしますか?」
松田はきつねにつままれたように、返す言葉をなくしていた。なんでサンプルが化粧品売場にあるのか?聞いてわかったのは、聞いた事のある高級化粧品の名前だった。
「赤城さん、化粧品でしたよ。これどういう意味なんですか?」
「そんなの、江頭に聞いてくださいよ。そうだ、松田さん、すみませんが、そういうのあったら、すべて領収書コピーとって私にください。頼みますね」
「どうするんですか?」
「経理やってると会社の金の流れも分かるし、金に対するみんなの姿勢もわかる。それはそれでおもしろいんだけど、会社の金で女に化粧品はないでしょ。松田さん、ね、そう思いません?」
赤城は いつもはもの静かな雰囲気を漂わせているが、なにかあれば、激するタイプであった。社長はもちろん、江頭も社内にいる。ちょっと声おおきかうないかと心配した。
赤城が手渡してくれた領収書のコピーの綴りをみると、わきに注記があり、その内容に驚かされた。まず ある日曜日。どうも日本橋の高島屋が好きなようで、高級バックを買って、そのあと日本橋の有名なフレンチのお店でランチをとり(お店の領収書。メモはセガ某氏とのうちあわせ)、そのあと給油して横浜にドライブし(高速券)、夜は横浜で夕食(これも取引先と打ち合わせ)。

 松田はまるで 安っぽい三文小説を読んでいるような気分になった。つまるところ、会社の金で女と遊んでいるだけ。そんなこんなの領収書がバインダー一杯に綴られていた。それが3冊ほどになっていた。男と女のいる世界のこと。不倫とかになることだって世の中にはある。たまたま好きになった相手が既婚者だったということだってあるからだ。それに昔から「英雄色を好む」ともいわれる。たしかに深田は、バイタリテイー溢れるところがある。アメリカから帰った翌日もあさ早くから会社にきて仕事しているし、奥さん以外に女性がいても、それ自体は本人の問題だ。ただ、会社のつかって、なおかつポストまで与えているとなると話は別だ。その女のために有能な社員が会社をさっているとしたら、なおさらだ。

そんなアンテの社員のストレスと怒りが臨界点に達するのに それからさほどの時間はかからなかった。


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