外資系経理マンのページ

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小説(18)


「松田さん、おれたちの分も頑張ってくれよ。」
 帰りぎわ、安川は多少おちゃらけたような雰囲気で、松田にかたりかけた。なにが頑張ってくれよだ。そんな憤怒に近い気持ちを安川のことばに覚えた。
「安藤さん、次はどうするんですか?」
「まあな」
安藤はそれ以上を語ろうとはしなかった。
 松田は、なんともいえない気持ちになりつつも、荷物をまとめた三人を一階の入り口まで見送った。ある意味で、意識をして見送りにいったというよりも、脳よりさきに足が動いていた、というのが正直なところであった。
「じゃあ、松田君、いい年を」
 いい年かあ。いい年になるんだろうか?それは、はなはだ、心もとないところであった。松田の頭のなかは、すでに江頭がどうとか、深田の経営手腕がどうとか言う前に、自分の仕事のことで一杯になっていた。それに、安川が言っていたことが事実とするならば、深田が社長でいる時間もそんなに長くないことになる。あとは、だれが就くのか?
 管理部門のスペースは、3つの主を失ったデスクが、それに気付かないかのようにスタンバイしている風にみえた。
「3人やめちゃったんですか?」
ITの愛川だった。そこへ高山の加わった。
「でも、やめたのかなあ、やめさせられたのかなあ」
 高山のこの一言はたしかに言える事であった。冷静になって考えれば考えるほど、そのことはみえてこなかった。あの組合の打ち合わせでファックスをおくることを決め、それをアメリカに送った。そのあと何度となくあの三人は深田と話し合いをもった。それは、ファックスを送ったあとの、アメリカからのレスポンスをめぐる動きかと思っていた。やめさせられたのであれば、それは組合をつくって、なおかつ告発のファックスを送るといった行動に対する懲罰的意味合いになる。深田も辞めるとなれば喧嘩両成敗といったところだろう。
 しかし、やめたというのであれば、それはアメリカへのファックスで深田をゆすって、いい条件をひきだして退職したということになる。それは、松田をふくめ組合員に対する裏切りでもある。それは、ゆるされる話ではない。
 自分の年明けからの仕事も頭を悩ますが、不自然な今回の3人の退職も残された社員には後味わるいものだったし、深田のクビもとってしまったことで、ある意味、アンテラの将来が決定ずけられたと言っても過言ではなかった。将来といっても、終焉にむかう、けっして平たんとは言いがたい道ではあるが。

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