秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美 の町田珠実です。
山頭火は、昭和11年、54歳の時に「みちのく」を旅しています。
その前年、昭和10年の8月に、カルモチン(睡眠薬)で、自殺未遂をしているのですが、その時の日記には、
『八月十日 第二誕生日、回光返照。
生死一如、自然と自我との融合。・・・中略・・・正しくいへば卒倒でなくして自殺未遂であった。・・・中略・・・とにかく生も死もなくなった。多量過ぎたカルモチンに酔っぱらって、私は無意識裡にあばれつつ、それを吐き出したのである。
断崖に衝きあたった私だった。手を撤して絶後に蘇った私だった。』
とあり、その後は「身辺整理」が数日続きます。そして、12月6日の日記は
『十二月六日
旅に出た。どこへ、ゆきたい方へ、ゆけるところまで。
旅人山頭火、死場所をさがしつつ私は行く! 逃避行の他の何物でもない。』
みちのくへの旅は、死に場所を求めた逃避行だったはずですが、昭和11年4月、東京。5月、甲州路、信濃路を歩き、6月には新潟、そして山形へ。
昭和11年、6月11日から、山頭火のみちのく日記をご紹介します。
六月十一日 十二日ぼうぼう。ばくばく。
六月十三日日鶴岡へ、秋兎死居。
六月十四日秋君といっしょに湯田川温泉へ。
六月十五日散歩。
六月十六日~廿二日
酒、女、むちゃくちゃだった。
秋君よ、驚いてはいけない、すまなかった。
かういふ人間として、許してくれたまへ。
湯田川温泉行。
~~~日記ここまで~~~
秋兎死(あきとし)、秋くんというのは、本名:和田光利(あきとし)さんの事。山形県鶴岡の「層雲」同人。
何を謝っているのかというと、山頭火は湯田川温泉で、はめを外して大散財をして、秋兎死さんに支払いを押しつけて、逃げ出してしまったんです。
後に、和田光利さんが「みちのく行状記」として書いたものがありますので、またご紹介いたしますね。山頭火のとても有名な逸話ですから。
続く。
◆~俳人・種田山頭火 70回忌によせて~◆
平成21年 10月9日(金)~13日(火) 10時~18時
会場:秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美
秋山巌の山頭火の世界を、お楽しみに!
山頭火 みちのくまで その6 2009.10.07
山頭火 みちのくまで その5 2009.10.06
山頭火 みちのくまで その4 2009.10.05
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