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いつもの「北びわこ号」なら長浜~河毛あたりを2往復するのが当たり前なのですが、今回は河毛まで行って引き返すだけ。車の運転距離が少なく、ガソリンも節約できました(笑)。河毛のカーブでC56を迎えにいくEF65PFの単機を撮ったあと、回送列車を撮影するために南下しました。姉川築堤付近は午前中に撮りましたから、残る候補地は田村~坂田間の直線です。線路に沿った農道があるのですが、雪で埋もれている可能性があります。果たして車が入れるのかどうか。たどりつけなかったら、時間的にほかの場所を探す余裕はありませんので、あきらめるしかない、という状況です。田村駅を少し過ぎて農道に入る曲がり角にたどりついたとき、道路には轍が残り、前方には「鉄車」とおぼしき車輌が停まっているのを見つけました。これで回送のEF65PFをもう1回撮影できる、と思うと、うれしくなりました。どんよりとした雪雲が立ち込めるなか、遠くにEF65PFのライトが見えてきました。断続的に降っていた雪が勢いを弱め、レンズの射程圏内に入るころには、ほとんど止みました。雪化粧をしたブル-とクリームのPFボディのあとに続く、これまた青い12系客車。こんな光景はめったと見られるものではありません。天の配慮に感謝しつつ、駆け抜けていく列車を見送りました。
2008/02/29
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雪が断続的に降り続きます。追っかけは言うに及ばず、俯瞰撮影もホワイトアウトとなるリスクが高いため、必然的に線路際のポジションを選択せざるを得ません。雪ですから煙が期待できますので、上り坂で撮影したい。となると、選択肢は限られてきます。朝の1号を姉川の築堤で撮影しましたから、残る場所といえば河毛の上り坂しかありません。しかし、そのようなことは誰もが考えることです。昼食を済ませて河毛へ移動すると、すでにかなりの人が三脚を立てていました。ギャラリーの数は、いつもとそれほど大きな違いはないのですが、雪のために車を停める場所が制限されることから、少し離れた所に車を停めた人が早い時間から撮影ポイントへと歩いてきています。そんな光景をながめながら、どこにポジションを取ろうかと思案したのですが、接近戦となると河毛のカーブが無難な気がしました。河毛のカーブで撮影するのは2002年に初めて「北びわこ号」を撮りにきて以来です。この場所を好きな人が多いため、場所取りに苦労するのと、長浜以南で撮影して追いかけてくることが多いため、必然的に割り込む余地がないことなどが、河毛のカーブで撮影する機会が少なかった理由です。しかし、今回、追っかけはありませんので、久しぶりにゆっくりと汽車の登場を待とうと思いました。雪は依然、強く降ったり弱まったりを繰り返しています。当然、列車の運行時刻にも遅れが生じています。普段なら河毛のカーブは米原方面行きの貨物列車とかぶる危険性が高いのですが、今日はそれも心配ないようです。そして河毛駅を発車するC56の汽笛が聞こえてきました。ドラフト音が次第に大きくなります。カーブの向こうに姿を現したC56からは霜降りの爆煙が出ています。思わず「SLやまぐち号」か? と思ってしまうほどでした。C56君、君もなかなかやるじゃない! 走り去った列車を見送りながら、そう思いました。
2008/02/28
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北陸本線の直流電化がなり、その後の整備も終了したことから、「北びわこ号」の回送にEF65PFがあたるようになりました。DD51が担当していたときも、回送列車の隠れファンは存在していたのですが、EF65PFの先行きが不透明になりつつある今、原色の12系との組み合わせは、これまた貴重なもので、今回も一所懸命撮影している人がいました。雪景色のなか、EF65PF+原色12系+C56の編成をきちんと捉えたいと思い、姉川の築堤を下りきったあたりで回送列車を待ち構えました。雪で音が吸収されるためか、いつもに比べて静かな景色のなかを模型のような編成が通り過ぎていきました。
2008/02/27
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私が「SL北びわこ号」の撮影に通い始めたのは2002年の冬からですので、今年で6年になります。この「北びわこ号」の撮影によって、私は長かった「休鉄」の眠りから目覚めたわけですから、「北びわこ号」は、私の「鉄」人生における大きなメルクマールとなっています。最近は、いろいろとスケジュールが立て込んでいるため、年間4回運行される「北びわこ号」にも1シーズン1回くらいしか行けなくなっていますが、それでもできるだけ都合をつけて通うようにしています。今年は例年になく雪の多い年です。今シーズンの「北びわこ号」は2月に5回運行されましたが、何回かは雪景色のなかをC56が走る結果となりました。これは珍しいことです。私が訪ねた日も、高速道路情報は早朝から北陸道米原以北のチェーン規制を報じていましたので、雪の「北びわこ」を期待しながら向かいました。予想どおり、長浜の町は一面の雪景色。町なかでも10cm以上の積雪で、至る所で雪かきが行われていました。そういう状況ですから、いつものように追っかけをすることはできません。そのため、線路に近くて煙が予想される所で狙うことにしました。そうなると、必然的に1号は姉川の築堤ということになります。降ったりやんだり、照ったり曇ったり、とめまぐるしく変わる天候に一喜一憂しながら列車を待ちましたが、本番では雪が激しく降り続いていました。雪まみれで走り抜けるC56「北びわこ号」。私にとっては、6年目にして初めて撮影するシーンでした。
2008/02/26
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門司駅から小倉駅、さらには門司港駅へと、この日は転戦を続けました。小倉駅では鹿児島本線、新幹線、モノレールの間を短時間で移動しました。新幹線ホームではちょうど500系が到着する時刻でした。山陽新幹線の場合、小倉駅にはすべての列車が停まりますので、いわゆる通過線はなく、ホーム自体もカーブしています。ホーム端でカメラを構えていると、下りの500系と上りの700系が並びました。今回はワイド系のレンズを置いてきており、標準系のレンズしか持っていなかったため、2列車が並んだところを撮るのは少し厳しいものがありました。しかし、こうしてみると、500系と700系のフォルムの違いがよく分かります。片やカワセミ、片やカモノハシという形容詞がぴったりだと改めて思います。
2008/02/25
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少し前の『レイル・マガジン』誌で、EH500が牽く九州向けのコンテナ貨物のことが特集されていました。「EH」というと、昔人間のわたしなどは「くまばち」の異名をとった、今はなき巨人機EH10を連想してしまいます。普通の機関車2輌分の巨大かつ角ばったフォルムは、EH10もEH500も変わりませんが、現代の巨人機は、赤いカラーを身にまとい、そのあたりがいかにも現代風です。今の九州で電気機関車といえば、ED76というのが当たり前のことですが、今回、門司周辺で見た貨物列車はすべてEH500が牽引していました。偶然なのか、そういう時代になりつつあるのか、よく分かりませんが、大阪近辺では撮影したことがないため、ED76でもEH500でも、来るもの拒まずの姿勢でレンズを向けました。
2008/02/24
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門司港駅舎は、大正3年にネオルネッサンス式木造2階建ての建物として建てられ、昭和63年に国の重要文化財として指定されました。正面から見た姿は門司の「門」をイメージして設計されたと言われており、ヨーロッパ風の屋根の造りに特色があります。最近、門司港駅周辺はレトロ地区として有名になり、全国から数多くの観光客が詰めかけています。門司港駅は、九州の起点駅にふさわしい重厚さを持ち、観光スポットの中心的存在となっています。構内には、かつての施設が数多く残され、姿を変えながらも、今なお現役として活躍しています。たとえば、昔、1・2等客の待合室であったところは現在、切符売り場となっていますし、3等の待合室は食堂となっています。「本日の思い出の1枚」は、駅長室、駅事務室付近を撮影したものです。右書き表記となっているところが、いかにもレトロチックです。前を歩いている駅員さんの服装も、昔の駅員のものを模しているそうで、門司港駅独自のものと聞きました。観光名所となっていることから、駅員さんの対応や案内ぶりはサービス精神にあふれるものでした。
2008/02/23
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明治24年4月1日、門司港駅(当時は門司駅)から玉名駅(当時は高瀬駅)まで鉄道が開通し、このとき、駅構内に0マイル標が設置されました。九州の産業と文化は、ここから伸びる鉄道とともに栄えていきました。関門トンネルが開通する昭和17年まで、門司港駅は下関からの鉄道連絡船が着く九州の玄関口でした。本日の「思い出の1枚」は、そうした歴史の流れを見つめ続けてきた門司港駅の0マイルポストです。腕木信号と解説板が印象的です。
2008/02/22
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門司駅で「はやぶさ」の出発を見送ったあと、小倉駅へ移動しました。後発の「富士」が小倉駅に進入してくるところを撮影しようと思ったからです。しかし、このもくろみは見事に粉砕されてしまいました。小倉駅への進入ホームを勘違いしたからです。このあたりが、地の利を持たない人間の悲しさですね。小倉駅ではもう1つ楽しみにしていたことがありました。それは、この駅から発着しているモノレールを撮影できるからです。モノレールの駅は小倉駅のビルの中にありますが、レールはJRの線路と直交するかたちで敷設されています。しかも、ビルの2階にありますので、電車はあたかもビルの真ん中から出てくるように見えます。昭和世代のわたしたちが、こどものころに未来予想図として描いていたシーンそのままです。駅ビルの2階は広いフロアとなり、近隣のビルとつながっています。モノレールのすぐ下にスリ鉦と太鼓をたたく「祇園太鼓」像のモニュメントがありました。映画「無法松の一生」で有名になった「祇園太鼓」。いかにも小倉、といえる題材を取り入れて画面を構成したのが、本日の「思い出の1枚」です。
2008/02/21
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列車の離合シーンというのは、一般の人にとっても興味深いもののようです。以前、JR博多駅や近鉄橿原神宮前駅で列車を連結、切り離しするシーンに出会ったことがあるのですが、ホームにいたたくさんの人が作業をじっと見守っていました。本日の「思い出の1枚」は、昨日ご覧いただいたカットのあとに撮影したものです。「はやぶさ」のヘッドマークをつけたED76 70号機がゆっくりと客車に近づいてきて連結されたあと、ホース類をつなぐ一連の作業を真剣にながめる母子です。お母さんは坊やにせがまれてやって来たようですが、同じように興味津々で見ていました。こうしてみると、「鉄」の将来は明るいですね(笑)。
2008/02/20
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今回、初めて門司駅で「はやぶさ・富士」の分離シーンを見ました。東京から夜通し長駆してきた「はやぶさ・富士」は、下関駅で機関車をEF66からEF81に取り替え、関門海峡を越えると、門司駅で「はやぶさ」と「富士」に分割されます。事前にネットを見ていると、「はやぶさ」と「富士」が複雑な動きをするようなことが書かれていたので楽しみにしていたのですが、偶然、ホームに居合わせた「鉄人」にお聞きすると、そうした動きをするのは上り列車のときで、下りの場合はごく単純でした。門司駅に到着すると、海峡通過のワンポイントリリーフであるEF81が切り離され、待避線にいた「はやぶさ」用のED76が近づいてきて列車とドッキング。時間になると前半分の「はやぶさ」だけが出発し、さらにその後、「富士」用のED76がやって来て、大分に向けて出発するというものでした。もっと複雑な動きをするものと勝手に思い込んでいたため、ちょっぴり拍子抜けの感じですが、そんなに難しく考える必要はなかったわけです。本日の「思い出の1枚」は、客車に近づいてくる「はやぶさ」牽引機のED76 70号機です。「はやぶさ」のヘッドマークは機関車の前後に掲げられていましたが、「富士」の牽引機には前側だけにしかついておらず、機関車(ED76 66号機)もヘッドマークも先月、大分で見たのと同じものでした。少し痛んだヘッドマークが片側だけについているというのは、もしかしたら予備がないのかもしれませんね。
2008/02/19
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博多駅のホームで新幹線をながめている父子を見つけました。停まっているのは、これまた山陽新幹線でしか見ることができなくなった「100系のこだま」です。坊やのバックに100系車輌を入れて撮ろうとしているお父さん。こどもがあちらこちらへと動くため、フレーミングに苦労しているようでしたが、私は思わず、「お父さん、あなたの選択は正しい」と思ってしまいました。0系ほどではありませんが、100系も絶滅危惧種の存在です。近い将来、300系いや、500系に取って代わられるでしょうから、今のうちに撮影しておくにこしたことはありません。博多駅には最新鋭のN700系も入ってきていますから、そちらをバックに記念撮影しようとするのが一般人の感覚ですが、あえて100系こだまを選ぶあたりが、このお父さん、なかなかの通人です。それにしても、まあ、なんと可愛らしい坊やの笑顔でしょう。いつの日にか、大きくなってこのときの写真を見返すことがあったとき、すでに100系は過去の車輌となっているでしょうから、「おやじがこんな写真を撮ってくれてたんだよ」などと話すのかもしれません。
2008/02/18
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福岡には地下鉄が走っています。数年前に七隈線が開通し、空港線、貝塚線とあわせて3線となりました。JRとの相互乗り入れを行ったりして、市民の重要な足となっています。ただ、地下鉄であるがゆえに、車輌を撮影するのには少し苦労します。大半が地下を走っているため、走行写真を撮る場所が限られるからです。そんななか、貝塚線では、終起点である貝塚駅の手前で地下から地上に上がってきます。駅に進入してくるところを撮影したのが本日の「思い出の1枚」です。わずかな停車時間のあと、折り返していくため、駅に到着する前からすでに行き先表示が変わっています。
2008/02/17
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昨日の「はやぶさ」カットの反対側は、こうなっています。もちろん、ここまで接近する前の編成的な写真も撮っていますが、編成の後ろの方がベースのラインに沿っていて、なおかつ前面がアップになるカットを「本日の思い出の1枚」として選んでみました。たまにはこういうお遊びも楽しいものです。
2008/02/16
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先日、所用でまた九州へ行ってきました。忙中閑あり、時間を見つけて博多と門司周辺で撮影してきましたので、今日からしばらくの間、それらの写真をご覧いただこうかな、と思っています。先月は「富士」の写真撮影をメインテーマとして大分へ行ったのですが、今回はエリア的にいって「はやぶさ」や「なは」「あかつき」が対象となります。福岡に着いて、まず貝塚へ向かいました。地下鉄貝塚駅から程近いところにある多々良川には、わずかの距離をおいてJR(鹿児島本線)、JR博多臨港線(貨物線)、西鉄貝塚線それぞれの鉄橋が架かっていますので、短時間でいろいろな車輌を撮影することができ、他県から訪れた者にとっては効率の良い場所であるからです。この日はあいにくの雨模様です。昨年あたりから、私は自他共に認める「晴れ男」になっているのですが、そうそう晴れた日が続くわけもなく、まあ、こんなときもあるか、と思いながらカメラを構えました。行きかう普通列車で露出をチェックし、本命の「はやぶさ」に備えました。待つこと、しばし、踏切の鐘が鳴り始めました。遠くのカーブを曲がってED76の牽く「はやぶさ」が姿を現します。赤い電機の前面には丸い「はやぶさ」のヘッドマークが誇らしげに掛かっています。この姿を見ることができるのも、あと1年あまり。しっかりと記録しておこうと思いながら、シャッターボタンをゆっくりと押し込みました。
2008/02/15
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今日からブログを再開します。あと1日だけ新幹線の話を続けたいと思います。東海道筋を走る500系を記録したくて出かけたこの日、いよいよ本番の時刻が迫ってきました。新大阪近辺では、500系新幹線が上り・下りとも、お昼前後に相次いで通過します。その点では非常に効率的です。8日にご覧いただいたドクターイエローとほとんど同じ構図ですが、やはり500系の方が先鋭的なフォルムからスピード感を感じさせます。これからは新幹線も折にふれて撮影していこうと思っています。
2008/02/14
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鉄道の世界において、車輛の世代交代は当然のことですが、新幹線は1日に高速で長距離を走行するため、在来線より早く入れ替える必要があるのかもしれません。0系、100系、300系、500系、700系、N700系と世代を継いできた東海道、山陽筋の新幹線ですが、今や0系と100系は短編成の「こだま」として山陽筋で運用されるのみ。このうち0系は絶滅危惧、いや、絶滅確定種として風前の灯となっています。300系もメインの「のぞみ」運用からは離脱しています。少し前まで300系は新幹線のスターとして栄華を極めていたのですが、昔の光、今いずこという感じです。というわけで、本日の「思い出の1枚」はトップの座を700系、N700系に譲り、バイプレーヤーとして活躍する300系です。なお、本日から連休を利用して他出しますので、ブログはしばらくお休みさせていただきます。
2008/02/09
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東海道筋から500系が撤退する、とか、初代の0系が廃止される、とか、在来線だけでなく、新幹線の世界からも次々とニュースが飛び込んできます。昔は正直言って、新幹線は写真の対象と考えていませんでした。撮影できる場所が駅ぐらいしかないため、情景写真のようなものが撮りにくく、構図の変化に乏しい。あれは乗る物であって、撮るものではない。そう、高速で移動するための手段と見なしていたからです。しかし、長い「休鉄」から目覚め、鉄道の世界が一変していたのと、自分自身が年を取ったせいもあって、新幹線アレルギーはほとんどなくなっていました。しかし、ほかに撮りたいもの、優先すべき被写体があったため、なかなか新幹線にカメラを向ける機会がありませんでした。新幹線のなかでは、何といっても500系がお気に入りです。あの神々しいまでに鋭角に尖ったスラントノーズ。最新鋭のジェット戦闘機のコックピットを連想させるキャノピー型運転席。航空機のような丸い胴体。ホワイトがベースとなっている東海道・山陽筋の新幹線のなかで、メタリックシルバーグレーとブルーの配色は、ほかの新幹線と一味違った孤高の存在感をアピールしています。その500系が東海道筋から消えるとなると、これまたお祭騒ぎになる前に撮影しておかなければ、となるわけです。私が住んでいるのは大阪ですから、仮に500系が東海道筋から撤退したとしても山陽筋で撮影することは可能です。しかし、記録として残すことは重要ですから、先日、大阪と京都の間で新幹線を撮影してきました。場所は以前から目をつけていたところで、新幹線を比較的容易に撮影できるポイントです。新大阪から程近いため、列車の速度もそれほど上がっておらず、新幹線撮影では当然と言われる超高速シャッターを切る必要もありません。ただ、大阪~京都間は住宅が密集していますので、バックが煩雑になるのは否めませんが、撮影できるだけまし、と言えます。現場に到着し、カメラの準備ができて間なしのころ、列車の接近音が聞こえてきました。さあ、何系かな、と思っていると、ファインダーの中の新幹線が黄色に見えます。一瞬、え? と思いましたが、刻一刻と大きくなる被写体を見ているうちにアドレナリンの濃度が高まってきました。そう、ドクターイエローがやって来たのです。ドクターイエローは、これまで駅で数回見かけたことがありましたが、走行写真を撮ったのは初めてです。幸先の良い新幹線撮影となりました。
2008/02/08
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武庫川線は、本線の武庫川駅と直交する形で武庫川団地前まで南進している支線です。終点の武庫川団地前駅に近づいて少し西にカーブしますが、基本的には武庫川の右岸に沿って走っています。武庫川、東鳴尾、洲先、武庫川団地前の4駅を2輌編成の電車が行ったり来たりしています。この短い支線で走っているのが、私のなかでは今も「阪神特急」として疾駆している、クリームとバーミリオン(赤)のツートンカラー「赤胴車」です。往年の名車が盲腸線で余生を送る日々に、時の流れと時代の変化を感じますが、「赤胴車よ、がんばれ」とエールを送りつつ、宵闇が迫る武庫川線をあとにしました。
2008/02/07
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阪神電鉄西大阪線で新旧の世代交代が行われているという噂は本当でした。淀川鉄橋のそばでカメラを構えていると、ステンレスボディにシングルアームパンタ、ドア部分を黄色に染めた電車がやって来ました。私はこの車輌を初めて見たのですが、少し違和感を覚えました。「阪神の路線で、この黄色の配色はないやろ」と内心思ってしまいました。タイガースカラーとも言えるのですが、ちょっとしっくりこないのです。新しい電車の方が気持ちも、乗り心地も良いでしょうが、阪急電車のマルーンと同様、阪神電車は赤か青というのが私のイメージカラーなのです。昔人間ですね。そういえば、今日は「赤胴車」を見なかったなあ、と思い、すでに日は西に傾き始めているのですが、阪神電車のもう1つの支線である武庫川線へと足を延ばすことにしました。
2008/02/06
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加島クロスの次は阪神電鉄西大阪線へ移動しました。ここでは往年のジェットカー「青胴車」や、阪神特急だった「赤胴車」ががんばっているのですが、新旧交代の噂を聞きましたので、それを確かめるために足を運んだのです。以前、この場所へ来たときは「赤胴車」を多く撮影しましたので、「青胴車」の方が貴重なんだ、と思ったのですが、この日はその「青胴車」がやって来ましたので、ラッキーと思いました。
2008/02/05
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大阪周辺では、北陸方面へ「雷鳥」、福知山方面へ「北近畿」と国鉄色の特急が依然、がんばっています。加島のオーバークロスで電気機関車を撮影していると、大阪駅の方から国鉄色の特急が接近してきました。特急「北近畿」です。先日、JR西日本から「雷鳥」の車輌置き換えが発表され、近い将来、北陸路から国鉄色が消え去りますが、それと相前後して福知山方面の「北近畿」も入れ替わるでしょうね。世代交代は世の習いで仕方ありませんが、お祭り騒ぎとなる前に、これらの国鉄色も小まめに記録しておこうと思います。
2008/02/04
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平日の近場「鉄」の転戦が続きます。城東貨物線のあとは、大阪駅の西方、北方貨物線が東海道本線に合流する付近で撮影しました。いつでも撮り直しがきくという気安さから、ちょこちょこっと撮っては移動する、ということの繰り返しです。加島のオーバークロスからは、貨物線のカーブの後方に大阪・梅田の高層ビル群を望むことができます。この日は風が強く吹いていましたので、体感温度はかなり低く感じましたが、その分、視界は良好でした。EF66が長大なコンテナを牽いて、ゆっくりと築堤をまわってきました。最近は新しい機関車が次々と登場し、エースの座を奪われつつありますが、それでもやはり古株の貫禄十分です。コンテナの描く曲線が印象的です。
2008/02/03
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東淀川の歩道橋で行き交う列車を何本か撮影したあと、城東貨物線の神崎川鉄橋へ移動しました。DD51が定期的に牽引する貨物は全国的に限られてきていますし、城東貨物線の今後の推移によっては、今の状況がいつまで続くかは先行きが不透明です。今のうちに記録を重ねておきたいと思っています。神崎川鉄橋は、ポールと反対側部分に白い欄干がついており、七・三構図、六・四構図となると、その欄干で足回りが隠れるため、正面勝ちの方が良いようです。ただ、橋のたもとに木が生えており、以前はその木の枝が邪魔をして、前方が見にくかったのですが、誰かが枝打ちをしたようで、現在はすっきりと見通せるようになっています。長いコンテナ貨物を牽いて原色のDD51 1805号機が神崎川の鉄橋を渡ってきました。
2008/02/02
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本日の「思い出の1枚」は、EF210つながりでご覧いただこうと思います。土曜日に出勤しなければならなくなったのと、免許証の更新に行く必要から、平日に休ませてもらいました。免許証の更新はお昼前に滞りなく終わりましたので、あとはカメラを持って近場のポイントを順番に回っていくことにしました。最初に向かったのは新大阪と東淀川の間にある歩道橋です。東海道本線と貨物線あわせて7本ほどの路線をまたいで架かっている歩道橋からは、眼下を通り過ぎる列車を手軽に撮影することができます。この日は主に北方貨物線の電気機関車をねらうことにしました。平日の昼下がりとあって、私以外に「鉄人」の姿は見かけません。この日は晴天でしたが、小雪がまじる寒い日。歩道橋の上で待つのは少しつらいものがありましたが、一人ゆっくりと、行きかう列車をながめるというのは良いものです。しばらくしてEF210がやって来ました。撮影後、写真をチェックしてみると、機関車のフロントガラスにカメラを構えている自分の姿が写り込んでいました。思いもかけずEF210でセルフポートレートを撮ることになりました。
2008/02/01
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