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みなさん、お元気ですか?アコキチは元気ですが、忙しさにかまけて大切な事を忘れていました・・これから、それについて書きます・・・ では、日記に・・アコキチは実家に帰る日、実は、大変な物を家に隠して出掛けた・・本当に玄関を出るギリギリまで、どこに隠すか、腹の贅肉とは反対に少ない脳みそを、限界までフル回転させた・・ちなみに、脳みそが少ないので、回転すると『カラカラ」と音がした・・なーんてな(故、いかりやさん風)・・嘘である・・ドンペリの旦那から常日頃、「僕は、アコキチの2、3倍脳みそがつまっている」とか、「知能指数は、アコキチよりはるかに高い」とか言われ続けると、義母の入院関係の役所への提出書類作成も自分ですればと言いたくなった・・・が、差額分をアコキチがもらう事で交渉成立したが、大変なので、差額は要らないので、ドンペリの旦那に処理して欲しかったが、徒労に終わった・・ドンペリの旦那は、事務処理が苦手なのだ・・無理やりにさせても、役所に迷惑がかかる可能性が高い(過去に経験済み)義母は、以前、医療保険該当の病床だったが、新年1月から介護保険の病床に移った為、費用が安くなった分、事務処理や、アコキチが病院まで運ぶものが多くなってきた・・義母の筆記リハビリに使用するノートまで、介護保険になった為、持込する事になった・・これからも、アコキチが一人で頑張るしかない・・ 少し話がそれたが、隠した物とは想像がつくだろうか?ヒントは、あまり大きなものではない・・が、重く食べ物である・・よーく考えよー♪ 続く追記 今日は、義母の病院の支払額の一部を返還してもらう書類を作成の為、お返事は夕方からになります・・ちなみに、差額は手続きすると、¥12,600戻ります
2004年03月31日
昨日は朝から気分が悪いことがあった・・アコキチが留守の間、ドンペリの旦那に実家に行く前の晩に作った炊き込みご飯を、食べるように頼んでおいた・・が、『食べるのを忘れた』と数日を経過してから言うので、もう時期が時期なので、腐敗しているだろうと思い、処分するように話しておいた・・ 虫の知らせなのか、生ごみ収集日でもあったので、炊飯ジャーを開けてみた・・すると、つんと鼻を突く納豆の臭いがした・・もはや炊き込みご飯ではなく、糸を引きなんだかわからない物体になっていた・・それを急いで、ポリ袋に押し込み収集場所まで持って行った・・・地獄のような時間だった・・と、しばらく経つと、生協のお兄さんが配達にやってきた・・いやはや「地獄で仏」とはこういう事を言うのだろう・・そう思うと、自然に「あら?もしかして、髪型変えた」と、口から出て「いやぁパーマ落としてみたんです」「そう・・そっ、そ、それは新鮮で良いわねー」とアコキチは舌を噛みながら言ってみた・・ついでに、年甲斐もなく、はにかんでいたりもする・・ 以前にも書いたが、不倫願望があるわけではない・・けれど、結婚してから、ドンペリの旦那以外の男性と話す機会がめっきり減ったのは事実だ・・デップリ太ったのも、事実である・・ しかし、昨日の日記にも書いたように、浴室の排水溝の、女の長い髪の毛・・一瞬凍ったのは、本当である・・やはり、しばらく家を空けているとこちらも心配しなくて良い事で、不安になる事が多い・・昨日の朝、ドンペリの旦那が、アコキチに千歳飴をくれた・・その時は何も思わなかった・・けれど、ふと、家事の合間にもしかして、隠し子がいて、あの長い髪の毛は、その愛人のではないか?とか思ったりする・・・アコキチは結婚したからと言って、相手に無関心にはならない・・というか、なれない・・・別にラブラブとかそういうわけでもなく、冷え冷えの夫婦でもない・・ただ、不倫のきっかけは、どうしても専業主婦であるアコキチよりドンペリの旦那の方が多いだろうと思うからだ・・これからも、眼を光らせる(キラリーン!!)事にしようと、固く心に誓った日であった
2004年03月30日
皆さんお久しぶりです・・・3月19日(金)に我孫○を出発し、なぜか昨日、3月28日(日)に帰ってきたアコキチです・・その事情については、これから書きますが、その前にお詫びがあります・・予想以上に書き込みがあり、一部消滅してしまった方がいたようで、すみませんでした・・帰るのが遅くなるので、ドンペリの旦那にお返事をするよう話しましたが、彼も仕事があり、完璧ではなかったようです・・ さて、日記にアコキチが家を出たのは、午後3時過ぎで、それから電車に揺られてガッタンコガッタンコと1時間半後に実家の最寄り駅に到着・・この日は、電車の待ち時間がほとんどなかったので、幸いだった・・それからタクシーに乗り、到着した・・いつもの事だが、リュックには、戦時中のごとく、野菜、この時は、トマト、ソラマメを入れた・・なぜなら、ドンペリの旦那は、自炊などしないので腐らせてしまうからだ その他、実家という事も有り、手土産を持参した・・ちなみに、ドンペリの旦那が買ってくれた、「ブランデーケーキ」とアコキチが買った「チロリアン」だった・・この日は、駅の近くの店で買ったうどんを作り、夕食に実母と2人で食べた・・くまのぬいぐるみが寂しがっているのではなく、母が寂しいのはわかっていた・・それに加えて、老人保健施設に入居中の父の面会もあった・・ しかし、あいにく翌日は天気が悪く、それからも実家に滞在中は天気の良い日がほとんどなかった・・なるべく早く帰ろうとは思ったが、年金関係の書類の記入や、父の預金している銀行の事務処理の教示に、これでもかと追われた・・そんなわけで気が付くと、帰る予定にしていた火曜日はアッという間に過ぎた・・こちらがそろそろ帰ろうか思うのを見透かすように、母は、「アコキチが帰った後は、あぁこのふとんに寝ていたなぁとか思うのよ・・存在感があるから・・」それは、アコキチがデブで部屋のスペースを狭くしているのか、うるさいと言う意味なのか!?と疑問に思い「えっ!?それどういう意味?」と聞くと、「い、い、いやっ華やかな存在だから・・」ふーん・・とってつけたように聞こえたが、正直こちらも年老いた親と同居しているわけでもないので、こういう言い方をされても、帰ってほしくないのは理解できる・・なんだか、愛人と密会する男女のような気分になった・・「ねぇ、帰っちゃうの?もう少しだけいて欲しいの」などと男の耳元で囁く女のセリフが脳裏をかすめた・・金曜日になり、いよいよ帰ろうと心に決め、初回注文のみ割引がある化粧品などは、我孫○の住所で買った後、実家の母の名前で買うので、そういった物や、義母のパジャマなどの買い物を整理し、ダンボールに詰め、送るように準備を始めた・・ すると、「そうそう家庭があるものね・・・明日は土、日でお休みだし・・」と悲しそうだった・・ますます、不倫の男女のような事を言ってきた・・なんだか三角関係の渦中にあるように気になった・・しかも、もつれた三角関係のような・・その反面、「早く帰ったほうが良いわねぇ」などと言われても、まったく本心からに聞こえなかった アコキチが優柔不断なのか、結局、日曜日の午後に帰る事となった これが、帰宅が遅れた真相である追記 昨晩遅くに入浴したが、浴室の排水溝が詰まっていたようなので、中を見ると女の長い髪の毛が入っていた・・・ ちょっと不安になった・・みなさん、ご想像のとおり長い髪はアコキチのものでした。by 錯乱坊
2004年03月29日
帰宅しました・・長らくご無沙汰しましてすみませんでした・・実家に行っていて、栄養を摂りすぎた『デブ夫人』ではなくて、アコキチです・・ 日記は、今日から書きますので宜しくお願いします・・
2004年03月28日
実は<お買い物履歴を見る>から入っていくと一番下にベルギービールが3種類紹介してあります。結局この木屋さんで購入できる範囲でしか買えなかったんです。帰ってきてからチェックしてみると少なくともブルージュで購入したものはすべて木屋さんで取り扱っていました。世の中便利になったものです。で、私のおすすめは月並みなんですが<お買い物履歴>で紹介している4種類です。(今日1つ追加しました)特にランビック系の2種類は女性におすすめです。セゾンはビールが大好きだって言う人に是非呑んでほしいビールです。そして、オルヴァルですが、私の一番好きなベルギービールです。ベルギービールの大吟醸ですね。是非香を楽しんでください。
2004年03月27日
(注意:この日記は現在進行中のものではなく、3年前の新婚旅行時の思い出に基いて構成されたものです)いよいよ日本への帰国のときが来た。空港で何が待ち受けていたか、今までお付き合いいただいてた人にはピンと来るだろうが、トランクの重量チェックが待ち受けていたのだ。ビールを1ダース以上詰めたトランクが重たくないはずはないので、ひやひやしながらトランク受付に渡した。やった~!問題なく通過。重量チェックやっていないのかと思ったが、しっかり戻されていた人がいるのでしていることには間違いがないようだった。元々私のトランクはかなり小型のものだったので問題なかったのだろう。アコキチの方には私のものも含めて衣類圧縮袋をフルに使って詰め、その隙間にビールを半ダースほど詰めた状態だったのでこちらも無事にパスした。空港ではその後私たちにはトラブルは発生しなかったのだが、時間が来て搭乗ゲートをくぐる段になって、同行のツアー客の一人がパスポートがないと騒ぎ出したのだ。ほどなくして見つかったのだが、添乗員さんにとっては呪われたツアーか何かに思えたのではないだろうか。最後の最後まで心配続きだったのだから。成田に着くと流れ解散となることを見越してアコキチはブリュッセル空港で添乗員さんにお礼を渡していた。この辺りはよく気がつく女性なのだ。最後にビールが何本生き残っていたかと言うと18本中17本が無事でした。空港でのトランクの取り扱いを見ているとこの数字は奇跡のような気がしました。(帰りは直行便だったのもよかったのだろう。ヒースロー経由だと生存率はもう少し低かったのではないでしょうか)オランダ・ベルギーの旅編は今日で最終です。明日はお勧めのベルギービールについて書きます。日曜日からはアコキチの日記が復活する予定です。(私が帰ったときにいなかったので電話すると日曜日に帰ってくるとのことでした。長らくお待たせしておりますが、もうしばらくお待ちください)
2004年03月26日
さて、財布も無事に見つかり勇躍ブルージュの街へビールを探しに出かけることとなった。まず、ゲントの門へと向かいここで写真撮影。観光も忘れないのだ。実はここは泊まったホテルから徒歩2、3分くらいのところにあったのだ。ここから世界遺産にも登録されているマルクト広場の鐘楼を正面に見ながら住宅街抜けるとアストリッド女王公園に出る。ここは特に観光ポイントというわけではなく、市民の憩いの場となっている場所だ。日曜日ともなれば若いカップルや家族連れの姿が目立つのだろうが、この日は平日だったので老人が日向ぼっこをしているのが目に付いた。子供を遊ばせている母親も多いようだ。この公園を鐘楼目指してそのまま進むと、朝最初に訪れた魚市場に出るのだが、そこからだとどうしても人通りの多い道になるのでアントワープの二の舞を避ける意味で裏道を行くことにした。ブルージュでは鐘楼を目印に進むと曲がりくねった道を歩いていても迷子になることはない。すぐに運河脇のにぎやかな通りに出た。ここから運河を渡ってマルクト広場に向かう通りが丁度商店街を形成しているのだ。ビールショップもきっとあるだろう。ビールショップありました。色々と揃っています。が、ここで大きな問題が。そう、日本への発送は取り扱っていないと言うことなのだ。日本に送りたければ、自分で郵便局からエクスプレスサービスで送れと、かわいい顔をした店員さん面倒くさそうに言うではないか。仕方がないのでもう1件の店があったのでそちらに言ったがやはり同じ回答だった。しかしこちらの店員さんは送るときに割れないように厳重に梱包してあげるよとのことだったので、やはり感じのいいこちらの店で買うことにした。エクスプレスサービスは確かに充実しているのだが、色々と面倒な手続きがありそうだったのと、サイズの制限・重量の制限がかなりあるので諦め、トランクに詰めれるだけ詰めて送ることにした。色々あって選択に迷ったが、詰め合わせセットがあったのでそれを種類違い2つまず購入した。そして一目散にホテルに戻りまずトランクに詰めてみた。まだ入りそうだったの再度ショップに向かった。今度はさっきビールを買って心に余裕ができたので、ビール以外のお店も覗いてみることにした。ベルギーレースの店やゴブラン織り店が何軒もあった。色々な店を見比べて熊の絵のかわいい小型のゴブラン織りを何枚か買った。それ以外にやはりゴブラン織りのリュックサックがあったのでこれも購入した。今となっては小さすぎるのだがそのときはアコキチに丁度いいサイズで、肩に掛けるようにして持つこともできるタイプのものだった。そしてまたビールを購入した。このときはアコキチの好きなフルーツランビック系のものを中心にトラピスト系のものを何本か購入した。すっかり店員さんに顔を覚えられてしまった。この後またまたドンペリの旦那こと錯乱坊に思わぬ災難が待ち受けていた。夕食にアコキチが和食が食べたいと言い出したのだ。ガイドブックに和食の店『たぬき』と言うのが掲載されていたのだ。私は、アメリカで日本料理店のとんでもないのに出くわしていたので気が進まなかったが、この旅行に出て以来食欲のないアコキチを見ていたので、万に一つの可能性を信じていってみることにした。果たして料金はぼったくりだったが、海外で食べる日本料理としてはまともな部類に数えてもいいただろう味だった。ベルギービールも堪能していい気分で店を出たまではよかったのだが、その店のすぐ向かいにダイヤモンド博物館があるではないか。多分に気が大きくなっていた私はアコキチと一緒にそこに入ってみた。博物館と言いながら、博物館自体は既に終了していて、ショップだけがオープンしていた。ベルギーは実は、ダイヤモンド取引の本場なのだ。価格が安いのかどうかは私にはわからなったが、デザインが秀逸なことは私にも分かった。アコキチの目の色が変わっているのが痛いほどよく分かった。結局小ぶりのダイヤモンドをちりばめて大きなダイヤに見えるようにデザインされた指輪を買う羽目になった。思わぬ出費である。まあ、ご難続きのアコキチが最後に満足するなら、『終わりよければすべてよし』だと思って買うことにしたのだがよかったと思う。確かにかなりの出費を強いられたが、日本で買うよりははるかに安かったようだし、何よりアコキチが満足してくれたのがうれしかった。(申し訳ありません。アコキチは今日も帰ってきませんでした)
2004年03月25日
新婚旅行をどこにするか?と言うことでアコキチと話し合ったとき両者が一致したのは・比較的治安がよいところであった。アコキチのリクエストは・独身時代に行ったことがないところで、私のリクエストは・ヨーロッパ・ビールがおいしいところこれらを総合してオランダ・ベルギーの旅となった。このときから私の旅の主要目的は、ベルギーでおいしいベルギービールを見つけて買って帰ることになった。ブリュッセルでは時間がなくてゆっくりと探せなかったのでいよいよ旅の最終地ブルージュでビールを探せ狂騒が繰り広げられたのであった。ビールと言えばドイツやイギリスが有名だがベルギーはそれらの国をはるかにしのぐビール大国なのだ。ベルギービールの魅力のひとつは二つとして同じ味がないともいえるくらい味のバラエティが豊富な点にある。そして香についてもさまざまに楽しめるのも大きな特徴に数えてもいいだろう。ベルギーに旅行するまでに知っていたのは、セゾン系のデュポンと言うクリーミーな泡立ちとすっきりしたのど越しのものとフルーツランビック系のベルビュークリーク、これはその名の通りビールの中に果実が漬け込まれていて甘酸っぱい味わいの女性向のビールの2種類程度だった(これ以外にも何種類かは呑んでいたがほとんど記憶になった)特に、セゾン系のビールが気に入っていてできればデュポン以外のセゾンビールを見つけたかったのだ。
2004年03月24日
そう、そのとき事件は起こったのだ。ドンペリの旦那が財布がないと騒ぎ出したのだ。そう、ブルージュに潜む危険とはスリだったのだ。観光地で人出も多いとなるとスリがいないわけはなかったのだ。添乗員もしきりにパスポートと財布には気をつけるように言っていた。特に日本人は狙われやすいだとか、以前のツアーのときに実際にパスポートをすられた客がいて難儀したとかの話を繰り返していたのだ。それを馬耳東風と聞き流していた報いが来たのだろうか?運の悪いことにこのときアコキチは手が不自由で財布の出し入れなんかできないため、ドンペリの旦那が全財産を管理していたのだ。青ざめた。せめてもの幸いはクレジットカード類は別に持っていたので被害額が現金と日本のプリペイドカードだけだったことだ。現金も残高があまりなかったことは朝チェックしていた。とにかく一度ホテルに戻ることにした。がっくり来て観光気分も吹き飛んでしまったのだ。ホテルはマルクト広場から徒歩15分くらいの所で、丁度街を環状に囲んでいる運河に面した場所にあった。アコキチはどこをどう歩いているのか分からなかったようだが、私は地図に強いだけでなく、ブルージュのような狭い街の場合、地図がなくても一度通った場所なら、違うルートを辿って行き着くことができるのだ。もちろんホテルとて例外ではない。中心部を外れるとあまり人通りもなく、道のあちらこちらに犬の落し物があるのも今の落ち込んだ気分に拍車をかけるようだった。ホテルに戻るとがらんとした状態だった。それもそうだろう、こんな時間に帰って来る客がいるとは思いもよらないはずだ。呼び鈴を押してしばらくするとオーナーの奥さんと思われる太った女性が出てきた。ルームナンバーを告げて鍵をもらうとがったんこんと音を立てるエレベーターに乗って部屋のある2階に昇った。そして、鍵を開けてると驚愕の事実がそこに待ち受けていた。な、なんと、財布がライティングデスクの上に鎮座しているではないか。そうだったのである。朝残金を確認してそのままそこに置き忘れて出かけていたのだ。幸いにもここのホテルは家族だけで運営しているホテルだったのでネコババするような従業員がいなかったのだ。確かに朝確認した金額がそこにあった。それ以来アコキチが私を痴呆老人扱いするようになったのは言うまでもない。途中で色々気を遣わせまして申し訳ありませんでした。スリに合ったのではなく単に置き忘れていただけだったんです。明日は、ビールを探せ編です。(アコキチは木曜日に帰って来る予定です)
2004年03月23日
ブルージュに着いた日の夕食はワーテルゾーイと言うシチューだった。シチューは片手でも食べられるのでアコキチもさぞや有難かっただろう。翌日は絶好の観光日和だった。午前中はツアーで廻り午後からは自由行動というパターンだ。ブルージュは小さな街なのでこの日の観光はバスは使わずに徒歩での移動となった。ホテルから運河沿いの道を歩くこと10分ほどで最初の観光場所である魚市場に着いた。生臭系が苦手なアコキチにとってはあまり立ち寄りたくない場所だったかもしれないが、海産物大好きの私にとっては興味津々だ。しかし、大したものが並べられていたわけでなく、がっかりだった。この魚市場から運河をはさんですぐのところに市庁舎があるブルグ広場がある。驚いたことにこの広場(と言ってもそれほど大きなものではない)に露店がいっぱい出ているではないか。(すっかり慣れたのかおばさんたちはいろいろ買って食べていました)ブルグ広場からブリュージュのシンボルとも言える鐘楼を見上げながら進むとすぐのところに街の中心と言えるマルクト広場が広がっていた。驚いたことにここにはひな壇が設置されていて、馬車が待機していた。全然知らなかったのだが、ブリュージュでは水曜日ごとに市が立つようになっていてちょうどその水曜日だったのだ。午前中最後の観光は、鐘楼の脇を抜けてボート乗り場から運河に浮かぶボートに乗ることだった。振動が腕に響くアコキチのとってこのボートはなかなか快適だったようだ。30分程でボートでの観光が終わり、またもワーテルゾーイの昼食が待っていた。どうやら昨日ホテル側で気を利かせて郷土料理であるワーテルゾーイを出してくれたことが裏目に出たようだ。しかしながら、アコキチにとってはこの方がいいのは言うまでもない。昼食が終わるとその場で解散となりそこからは自由行動となった。そしてトラブルは起こった。続く
2004年03月22日
さて、ベルギー編の続きですが幸いなことにツアーに合流でき、まずアントワープに向かうこととなった。アントワープはなんと言ってもルーベンスの生まれ、そして活躍した街として有名なところだ。人のよってはネロとパトラッシュのフランダースの犬を思い浮かべるだろう。そう言えば、日本では芸術家、特に画家は死後名声が上がることが多いが、ルーベンスは生前から大成功を収め幸せな一生を送っている。ネロ少年もルーベンスのそういう面に憧れを抱いたのだろう。今回の旅行、天候について言えば前半のオランダでは曇りときどき雨といった感じだったがベルギーに入ってからは申し分のない晴天続きで片手の使えないアコキチにとっては傘を持たなくていいので、大いに助かったはずだ。だが、この天気の良さがアコキチの受難につながるとは皮肉なものである。そう、アントワープでは観光名所がマルクト広場からルーベンスの家にかけての比較的狭いエリアに集中しているから、人出が半端じゃない。旅行をしていると日付感覚がおかしくなってくるが、5月も後半に入り絶好の観光シーズンになっていたのだ。前から来る人には十分気をつけていられるが後ろから追い抜いていく人や、横から来る人にまで完全に対応することができず、とうとうぶつかられてしまったのだ。痛い、普通なら何のことはない追い抜きざまの出来事なのだが肩の骨がV字に欠けているアコキチにとっては死ぬほど痛かったに違いない。元々古くからの街で道が狭い上にまっすぐになっていないので、人出の多さと重なると、気をつけていてもこうなってしまうのだ。(薬の影響もあったかもしれない)そして、道のこういう特徴がブリュージュでの出来事の伏線になっていようとは、神ならぬ身の知る由もなしなのであった。その後アントワープでは特にこれといった出来事もなくブリュッセルに向かった。この時期のベルギーでは夜の9時でも夕方4時くらいの感じに明るいので1日の行動時間が長いのだ。これも疲れの原因になっていると思う。特に、ツアー旅行は見所満載と言う感じで日程が組まれているので、バスで移動しているからそれほど疲れないと思っていると足元をすくわれることになる。さて、ブリュージュだがここはベルギーの中でも人気の観光地のようだ。その理由というのが運河の沈泥にあると言うだから面白い。ブリュージュは北海に程近い場所に位置していてその昔は運河を利用した港湾都市として栄えていたそうだ。その後、運河の底に泥がたまり始め船がブリュージュまでさかのぼれなくなり、この街はそのまま歴史に忘れられるようにして現代を迎えた。つまりこの街はハンザ同盟が栄えた14世紀頃の姿がほとんどそのまま残されているのだ。これが屋根のない博物館といわれて現在人気を博しているのだから何が幸いするかわからない。(日本でもどこそこの小京都といって古い町並みが残されているところが人気だが、あれのもっと本格的なものを想像していただければちょうどよい。町の中心部はほとんど昔さながらなのだから)ここには2泊した。宿泊したホテルは家庭的な雰囲気のホテルで家族で運営している民宿的なところだった。皆さん、旅行カタログを見てどのツアーがいいかなって検討されることもあると思いますが、特に海外旅行では次の点に注目して選択されるといいと思います。1.日程中に連泊があること。 観光型のツアーの場合毎日のようにホテルが変わりますが、やはりツアー中に連泊の日があると楽です。 できれば、最初と最後にあるのがいいと思います。2.1日の観光ポイントがあまり多くないこと。 せっかく遠い国に行くのだからあれもこれも見たいと思うのは人情ですが、美術館や博物館は1日に2箇所以上廻るのは不可能だと思ってください。
2004年03月21日
この旅行のときは、アコキチだけでなく私も風邪を引いてしまい二人して持参の風邪薬を飲みきってしまったのであった。その原因はオランダへの乗り継ぎ空港となったイギリス・ヒースロー空港にあった。そう、ヒースロー空港に仕掛けられていた危険な罠に二人とも落ち込んでしまったのだ。旅行の時期は新緑の五月、ちょうどゴールデンウイークが終了して10日ほどたった頃であった。(この時期だとゴールデンウイークに比べてずいぶん安く、しかもぎりぎりチューリップに間に合うのだ)その日ヒースロー空港は異変に見舞われていた。到着した私たち一行を迎えた空港は冷え冷えとした雰囲気をたたえていた。ヨーロッパは日本に比べてずいぶん寒いんだな、と言うのが第一感だった。ところがよく見ると、半袖にで歩き回っている人もちらほらいるではないか。マッチョはどこにでもいるんだな、と言う呑気な感想を抱いていれたのは添乗員がチケットの手配をして戻って来るまでだった。「乗り継ぎ便が遅れているのでここで4時間ほどお待ち願います」アコキチの目の色が変わった。到着ロビーから乗り継ぎの出発ロビーまでの間にHarrods Shopがあったのだ。早速店に入って熱心にお土産を物色している。旅の初日から何も土産なんか買わなくてと思うのは男性心理なのだろう。同じツアーのおばさんたちも同じようにあれこれ品定めしている。買えるときに買っておかないと後で買おうと思っても時間がなかったりで買えないかもしれないから、とアコキチは盛んに言っていたがまさか翌日に骨折するとは夢にも思っていなかっただろう。(それとも虫の知らせでもあったのか?)このとき既にヒースロー空港に仕掛けられた陥穽に落ち込んでいたのだった。買い物も一段落してベンチに座っているとやはり寒い。尋常な寒さではない。何かがおかしい。このままだと空港の中で凍死してしまう。そう思ったときはもう手遅れだった。二人ともしっかり風邪を引いてしまっていたのだ。実は、この日ロンドンでは季節外れの猛暑と言ってもいいほど外気温が上がっていたのだ。そのため、なんと空港には冷房が入れられていた。そう、ちらはら見かけた半袖姿はマッチョ故ではなく暑さゆえだったのだ。そして空港ビルから外に出ることのなかった私たちを襲った寒さの原因は空港の冷房だったのだ。ロンドンの平均気温は東京よりも5度ほど寒いのでこの時期なら暖房が入っていると思っていたのが甘かった。この冷房攻勢のおかげでしっかり風邪を引いてしまったのがこれほどのトラブルの引き金になるとは。やはり旅行で一番気をつけなければならないのは健康状態だと思います。薬を飲んでボーっとしていなければアコキチも骨折をすることもなかったでしょう。皆さんも体調には気をつけてください。特に、海外旅行の場合気を遣うことも多いので要注意です。体調が悪いとどうしても注意が散漫になってしまいますから。ブリュージュの話は明日アップします。(そう言えばブリュージュに行く前にアントワープに寄っていました)
2004年03月20日
やはり、熱があったのだ・・予感的中である・・困ったなぁと思った・・こういう場合、骨折の鎮痛薬と風邪薬と、どちらを、優先させるべきかを迷う・・ しばらく考え、微熱と頭痛の両方が、あるような気がしてきたので、風邪薬を内服した・・国内旅行でも海外旅行でも、風邪薬、胃薬(正露丸)、にシップ位は携帯するよう、旅慣れた実母からのアドバイスだった・・あまり本人に面と向かって礼を言うこともないが・・そもそも嫁入り前の「今までお世話になりました・・・」の挨拶も寂しいからと、断ったような人なので、照れくさく、言いずらいが、ありがたい存在だ・・また、少し話がそれるが、アコキチの実家のある市町村と、アメリカのアナハイム市は、国際親善姉妹都市になっていて、1年に1回、国際交流の旅行があり、実母は、それにも何度も参加するような積極的な人だ・・ 英語の授業も無く、英語は敵国語、非国民と言われる時代に育ったが、60代で自ら英会話教室(個人)に飛び込むような人で、独身時代、一緒に旅行すると、飛行機で隣合わせた瞳の青い異国の青年から、空港に居る黒人女性まで、話し掛け、会話につまるとアコキチに、ふってきた・・・だいたい、『結婚相手は日本人じゃなくても良い』と、アコキチが言った時、『戦争が始まったら・・・・』と否定的だったくせに海外となると年甲斐も無く、妙な開放感が有るのか、『あの男性素敵じゃない?彫が深くて、やっぱり日本人とは違うわねーーーーー♪』などと言い出し、しまいにはアコキチに話しかけて来いなどど、無謀な事を言い出す・・『あいつが人買いだったらどうするんだ!!』とこればかりが、いつも頭に、渦巻きソフトいや、馬○の、一つ覚えのように潜在し、実行は、しなかった 本文に戻るが、海外旅行には500ミリのペットボトルの水を数本と、医薬品は本当に必需品である・・特に内服薬は、日本人と旅行先の国民が体質的に違うと考えるのが、賢明だと思う・・自己判断で量を減らし、異国の薬を服用し、症状が悪化した話もよく耳にする・・病気に掛かるかどうかは別として、携帯するのは転ばぬ先の杖である・・日本を出発する際、空港で購入しても良いが、種類も少なく価格も高い・・現に携帯した薬で、翌朝は、ほぼ全快し、旅を続けられたのだから・・アクシデントが続いたがスケジュールも終盤に来ていた・・ 続く・・ 追記・・今日は、これから管理人のアコキチは旅に出ますではなくて、実家の母から今朝、預けてある、くまのぬいぐるみが寂しがっている?!と電話があったので、様子を見てきます・・今日が金曜日ですから、火曜日ぐらいまでには戻る予定です・・ なお、日記については引き続き、ドンペリの旦那が、書くそうですから、書かない場合は掲示板より遠慮なく、催促願いますレスについては、日記の感想を書くから、記入頂ければ消滅せず、アコキチが帰宅後になりますが、書きますので宜しくお願いします・・ドンペリの旦那による予告何だかすっかりドンペリの旦那という呼称が定着してしまいましたが、ここではっきり言っておきますと、アコキチから結局ドンペリは贈ってもらっておりませんです、はい。明日からは私の手によるオランダ・ベルギーの旅の最終章をお送りします。心配していただいた方も多いようなので、最初に骨折のことについて少し触れておきます。アコキチの骨折はいわゆる骨が折れたといったものではなく、骨が欠けたタイプのものでした。アコキチ自身は病院での説明も、痛みに気を取られていてよく分かっていないようでしたが、肩の骨がV字に欠けていたのです。これは痛いと思います。肩なので添え木を当てて固定するわけにも行かなかったので、三角巾で腕を吊っただけなのですから。そのため、振動があるとどうしても肩が動いてしまい痛たかったと思います。それでは明日からはいよいよ旅の最終滞在地ブリュージュでのエピソードです。乞うご期待。
2004年03月19日
ホテルに着いて、「やっと、今日も終わった」という充実感を味わった・・ただでさえ、海外旅行は緊張の連続でありパスポートは肌身離さず、クレジットカードの保管、食事の際、ウェイトレスに、ルームメーキングしてくれるメイドさんへの、チップ等、常に小銭も手元に用意という具合だ・・気の休まる暇はなく、実に、神経をすり減らす事が多い1カ国滞在型なら両替などの必要はないが、宿泊先のホテルが変われば、 スーツーケースの中の荷物を、整理するなどの手間は同じだし、ポーターが取りに来る場所も、部屋のドア付近で良い所(治安のよくない場合など)や、部屋の外の廊下でなど、状況は違う・・ これを書いていて思い出したが、独身時代、実母とスペインに旅行したときも、モスクワ経由だったので、ここでもアクシデントがあった・・海外旅行の経験者なら、解るだろうが、楽しい反面、非常に危険な側面も持ち合わせている・・少し話がそれるが、ハワイに行ったときも、確かバス停の時刻表に貼り紙がして有り、内容はこうだった「親切ごかしに接近してくる自称弁護士○○○○○(日系○○○○人)は、お酒に睡眠薬を混入し、カードや現金を盗み、その上・・・・」これ以上はやめておくが、ゾッとさせられる事が書かれ、最後に「被害に遭った人は、警察に届けるように」、と「HIVの検査うんぬん」と締めくくっていた・・・アコキチは独身時代、ハワイも何度か行っていた・・日本円も使え、日本人も多いので安心感があったが、警告をうながす、その貼り紙を見て、書いた人物(被害者)に感謝すると同時にこれを書いた本人の事が心配になった・・・同じ犠牲者を二度と、出したくないが為に、書かれていたのだろうが 本文に戻るが、ホテルの部屋に入ると、夕食までそう時間はなかったが、ドンペリの旦那は寝てしまった・・仕方がない・・アコキチの世話で疲れるのだろう・・などと思っていると、ほどなくして、食事の時間になったので、ドンペリの旦那を「お客さーん!!終点ですよー!!」と、声を掛け起こし、一緒に行った・・おいしそうな物が出てきてるような気はした・・が、おかしい・・あまり食べたくない・・念の為、額に自分の手をあてると、熱が出ているようだった・・食欲の無いアコキチを見かねて、添乗員が、アイスクリームを持ってきた・・わたしが食べたくないので、適当に頼んだデザートの、これを食べたら、どの位のカロリーがあるのだろう?!と言うほど甘そうなケーキと交換した・・・ひんやりしたアイスが咽喉を通っていくと、気分が少しよくなった・・が、どうにも食欲も湧かず、だるくなってきた ドンペリの旦那も理解した様子で、添乗員や周囲のメンバーに挨拶をし、部屋に戻って熱を測ると、37.5分の微熱があった・・風邪と、旅の疲れと、骨折による熱とが、これでもかと、団体交渉にでも、来たようだった・・とにかく体がだるく、熱くなってきた・・旅は、まだ続くのに・・・ 続く
2004年03月18日
ど、どうしよう・・・気持ちは焦った・・体の自由がきかないので、アコキチ自身が探しにいくわけにはいかない・・探しに行って二重遭難になるかも知れない・・ここは、添乗員に話すしかないだろう・・ こういう場合、恥も外聞もない・・一大事なのだ!!添乗員に「あ、あのすみません!!主人が居ないんですけど」「えっ!!解りました、今から探しに行きますが、どのへんで居なくなりましたか?」アコキチ「自由時間の時、グラン・プラス広場には居ました」添乗員「では、お店の人に昼食の段取りだけ、大急ぎで話してそれからすぐに行きます!!」ただでさえ、アコキチが骨折して肩身が狭いのに(腹回りはデップりだが)こんな事になり、気まずかったツアーには中年の女性も多く、「あら?○○さんのご主人どうしたの?」アコキチ「いえ、ちょっと・・・」おばさん「えっ?!もしかして居なくなったのー!!まぁー・・・」心配してるんだか、ワイドショーのネタと、勘違いしてるのかわからなかった・・さしずめ、つけるとしたら、「ベルギーで失踪!!邦人男性」サブタイトルに、「安否を心配する美人妻」と続くかどうかは知らないが・・ が、こういう時でもお腹はすくので、困惑していると、メニューはスープからだった「ラッキイ!!」と思った・・左でもスプーンは使えるので飲んだ・・「お、おいひぃ」と言いつつ、ドンペリの旦那はどうしたのかと、心配だった・・人買いも、あの手のタイプをさらう物好きもいないだろうし・・いや、でも、お○ま専門の店に・・・それにしても、もっと若くて鮮度の良い方がいいはずだ・・魚や肉と一緒だろう・・と、などと心配が高じて誇大妄想に入りかけたとき、「皆さん・・無事○○さんのご主人が・・・」と、添乗員が言った・・周囲の拍手に迎えられ、ふと見ると、デブデブとした男が、こちらに向かってくる・・「な、なんだこいつは?誰だ?」と思ってよーく見ると、ドンペリの旦那だった・・どうやら連日、骨折の為、飲酒を控えているアコキチを尻目に、どうどうと、嫌がらせのように?!ベルギービールを飲みまくり、体型が出国時とは明らかに違ってきていた・・ある意味、「たくましくなったね!!」である・・安心した・・・「どこ行ってんのよ!!」さすがに、この時はアコキチも怒った・・「皆さんに、迷惑かけたんだから謝りなさいよ!!」思わず強く言った・・この後の事は、あまり記憶にないが、はっきり謝罪したような気がしない・・「集合時間を言わなかったとか、聞かなかった」とか弁解がましい事を言ってた様な・・どうも、写真撮影に気をとられ、はぐれてしまったらしい・・無事に見つかったので、アコキチも、それ以上は追求しなかった その日のメニューは比較的、アコキチでも食べやすかったので、ドンペリの旦那の手を、あまり煩わす事もなかった・・ しかし、ホテルにチェックインすると、更なるアクシデントが待ち受けていた・・ 続く
2004年03月17日
翌日は早朝からよく晴れていて、空も澄みきっていた・・寒さを除けば、観光日和で、グランプラス広場の途中までは、観光バスでの移動だった・・そう、有名な小便小僧の近くで降ろされた。そこからは車の混雑が激しいので、グランプラスまで自分の足で歩く事になった・・・ゆえに、何だか目立って嫌だったが、隠せるものでもないので、「わたしは、骨折してます」と、プラカードを持ったような状態で歩いていた・・それも良かったかもしれない・・今、思えばだが・・妙にかっこうをつけると、かえって周囲が骨折に気付かず、接触したりする事もあったろう・・相当、注意深く歩き、子供ではないので、泣く訳にもいかなかったが、限界にきていた・・ そう考えていると、やっと到着した・・距離にすれば、たいした事はなかったのかもしれない・・連日の疲れも出ていたのか、歩くのも、いささか閉口してきていた・・「皆さん、着きました・・ここが・・・」の添乗員の説明も、あまり聞こうとは思わなかった・・ただ、海外の場合、集合場所と、集合時間だけは聞き逃したら大変だ・・置いて行かれる事は、無いにしても、団体行動を乱す事になる・・ツアーゆえ、時間をお金で買っているような観光だ・・アコキチは時間と場所をしっかり頭に叩き込むと、あまり歩き回らずじっとしていた・・自分の体が思うようにならないのに、はぐれたりしたら大変である・・人買いに捕まって売り飛ばされるかもしれない・・ 今、考えれば誇大妄想にも似たような事を、思い描いていたのだ・・まぁ海外では、大げさぐらいに、警戒してちょうど良いと思う・・常に、ここは日本ではないという自覚を持つのは、良いだろう・・昨今では、日本も治安が良いとは言えなくなったが、言葉は通じる・・海外では、何か事件が起きた場合言葉や意思の疎通がはかれない為に、思わぬ方向に行くケースも少なくない・・自由時間となり、ドンペリの旦那は、アコキチの存在など忘れたかのように、一心不乱に写真を撮っていた・・当時、デジカメは、まだ購入してなかったので、高級○○レフとかそんなタイプだった・・心配そうに見ていると、どんどん集団から離れていった・・気がつくと集合時間になり、必死で添乗員の後に着いて行った・・それから近くのレストランで昼食だったので、通りを入っていくと、ベルギー人もオランダ人に負けず劣らず明るかった「お嬢さん、大丈夫・・・?」そんな事を通り過ぎる店の前の呼び込み?!のような男たちが言っていた・・実に馴れ馴れしい・・が、お嬢さんと言う柄でもないアコキチに、お世辞でもそう言ったので、悪い気もしなかった・・しかも、ベルギー人もなかなか顔の彫りが深く素敵だったのは間違いない事実だった(ニヤリ)・・こんな事を考えていて、よく転倒しなかったものだ・・回想していても、感心する・・・ しばらく歩くと、レストランに着き、やはり、ベルギー人の青年がにこやかに迎えてくれた・・・またまた(ニヤリ)だった・・・席は自由席のようなものだったが、出入りしやすいところに決めた・・腰を掛け、落ち着くと、ドンペリの旦那が、居ないのに気付いた・・ 続く
2004年03月16日
浴室は、トイレと一緒になっていて狭い・・ しかも、やはり日本人の体格がどんなに良くなっても、浴槽などの規格は、まさか恐怖感を感じるほどのところは少ないであろうが、ベルギーもオランダ同様、浴槽の高さは、怖いほどだった・・勇気をもって、足を踏み入れ、ホテルのシャンプーで洗髪してみたが(日本人とは髪質が、かなり違うようだ)、汚れが落ちたような落ちないような、すっきりしない洗い心地だった・・その後、気をつけながら、脇の下を見ると、固定されているせいで、びっしりと、汗もが出来ていた・・どうりで痒いはずである・・汗が出るところが塞がれた状態で過ごしているのだから、仕方が無いと諦めつつも、このまま放置出来ないので、そーっと脇の下に隙間を作り、左手で届く範囲内だけに石鹸を塗り、シャワーを弱い水流に変え洗い流した・・・しかし、骨折のせいで右腕がやけにぶらぶらしており、思うようには、洗えなかったわけだが・・・・・実は、この汗もは、帰国してからも、当時、大阪に住んでいたので悩まされる事になるのだった とりあえず左手ですべてを終えると、感覚が無くなっていた・・あたりまえである・・両方の手でやるべき事を、片手でこなしているのだから・・無事に出てくると、ドンペリの旦那は珍しく起きていた「アコキチ、大丈夫だった?」「うん・・なんとか」そんな会話の後に、頭をタオルで拭いてもらうと安心して眠ってしまった・・骨折してからというもの、妙なバランス感覚で生活しており、バスや飛行機での移動でも歩かないわけにはいかず、道行く人が接触したら、転倒するであろう危うい感じだった・・そんなわけで、この日も、とても疲れていた 翌日は、朝から、グランプラス広場に行った・・・チョコレートショップやレース・刺繍のお店が目立つところだったが、ここで、アクシデントは起きた・・・ 続く・・
2004年03月15日
ヨーロッパ旅行の場合、たいてい2カ国以上が組んでいる場合が多いので仕方ないが、そうなるとただでさえ、出入国の手続きが面倒なのに、利き腕が使えなければ、なお憂鬱だった・・書類の記載については、旅行会社に手数料を払えばおおむね作成してもらえるので、依頼しておいて良かったと思った・・・そうしないと到着時間によっては、暗い機内で自分で作成する事になる場合もある・・・アコキチは独身時代、何度なく旅行したが、そういう光景を目にしており、面倒なことは避けたかったので、申し込みの時点で旅行会社にお願いした・・もちろん手数料は、旅費とは別途だが・・オランダからは飛行機で2時間ほどの移動であるそれでも疲れた・・前の日記にも書いたが、左手でバランスをとっている生活というのは、常に危険と隣り合わせで、神経が疲れる・・機内も狭い・・・隣の人が間違ってアコキチの腕に接触するかもしれない・・機内サービスの飲み物もトイレに行きたくなるかもしれない、などと思うと優雅に味わう気分にはなれなかった・・そんな気持ちがわからないのか、アコキチの口に餌ではなく、食べ物を入れるのに疲れたのか、ドンペリの旦那は気持ちよさそうに寝ていた・・まぁいつもの光景ではあるが・・ ブリュッセル国際空港に着いたのは、午後2時過ぎ位だったので、ブリュッセル公園の付近観光した程度だったと思う・・7時過ぎにホテルに着き、しばらくして夕食になった・・実にこの日は「ムール貝」がメインだった・・ほたて貝以外は食べないので、絶望的な食事だった・・その国の郷土料理を食べるのも旅行の楽しみだと言う人も多いが、貝類がほとんどだめなアコキチにとって最悪だった・・しかたなく青虫のようにパリパリとサラダを食べたり、スープをすすって空腹感をまぎらわした・・ドンペリの旦那は、手が省けたであろう・・貝を取り出すのは、意外に手間であるから・・食べる事に、集中していたようだった 夕食が済み部屋に戻ると、ホッとしたのか、右手の脇の下が妙に痒くなっている事に気がついた・・あせもが出来たようで、しかたなく入浴しようと考えたが、ベルギー人も小柄なわけもなく(名探偵ポワロは例外である)、やはり浴槽と床はそれなりの高さの差があった・・骨折した経緯が、経緯なので、実はこの時点で、入浴恐怖症が始まっていた・・トラウマとでも言うのだろうか・・あせもを治す為には、衛生面にも、気を遣わなければ治らない・・頭で理解できても、怖くて浴室に足が踏み込めなかったが、心の中で激しく葛藤した末に、やっと決意した・・ しかし、ドンペリの旦那には起きているように、厳しく釘をさし、浴室の近くに待機させ、1時間経過しても出てこなければ、様子を見に来るよう指示した・・そうでも言わないと状況を忘れ、眠りこける恐れがあるのだ・・・日本でも5分の電車での移動でも寝ている男だ・・不安を感じずにはいられなかった・・・しかも一度眠ると、眠りが深いのか、普通の呼びかけでは、まず起きた例がない・・・変な緊張感を感じながら、シャワーを浴びていた・・ 続く
2004年03月14日

困った事、それは、何だかおわかりだろうか・・・実は、食事だった・・昼は、さほど不自由には感じなかった・・ しかし、夜はディナーという事もあり、肉が出てきた・・フォークとナイフなど使えるはずもなく、どうしたものかと、途方に暮れた・・肉は厚みもあり硬い・・状況は、「馬の鼻先ににんじん」、「アコキチの腹に肉」だった・・・目の前にご馳走があるのに食べられない・・落ち込んでいると、ドンペリの旦那が切った肉を「さぁ、アコキチ」と言った・・もしかして嫌がらせに「あーげた」とするのかと思ったが違った・・「お、おいしい・・・もぐもぐ」この時のドンペリの旦那は、天使か、七福神の中の、お腹の大きな何かに見えた・・福がやってきたのだ・・そんなわけで、夕食事の前後はアコキチはおとなしくしていた・・「背に腹は、変えられない」とはこの事である・・ドンペリの旦那が、口に運ばなければ、食べられないメニューが多かったので、機嫌を損ねては、いけなかったのだ・・それと、夜になって、顔を洗うのが、思うように出来ない事にも気がついた・・・・次の日は、田舎道ばかりで振動する度に、飛び上がる程の痛みが、数分おきだった・・骨折の痛みから、食欲も無くなり、睡眠時間もほとんどないので過労も手伝い、抵抗力も落ちたのか、治りかけていた風邪もぶりかえした・・するとどうなるか・・くしゃみが頻繁に出る・・・くしゃみをすると、右肩に響き、絶叫寸前の痛みが走る・・鼻水も出るが、思うように鼻がかめない、とこうなるわけだ・・今だから冷静視できる 当時は、笑うのも、ままならなかった・・体に少しでも振動が加わったり、接触されるとどうしようもないほど痛かった・・こうなると、普段なら何気なく見えた、周囲の動作までも、気にしなければならなかった・・左手だけで、バランスをとったような生活をしてると、非常に転倒しやすい・・下手したら、手足とも骨折に、なりかねない・・それこそ個人で、帰国の手続きしなければならなくなる・・ 前回の日記で、途中で断念しなかった事に、驚かれる人も多かったが、個人で旅券の手配をするのは、手間暇も掛かるが費用も莫大になるのだ・・となると、続行するのが賢明と判断せざる得なかった・・ 旅は続行したが、ベルギーに移動してからも、アクシデントが待ち受けていた・・ 続く★☆さおり☆★さんから素敵な絵をいただきました。ほんとうにありがとう!ドンペリの旦那曰く『あの頃はこんなだったのに・・・(遠い目)』
2004年03月13日
タクシーは添乗員が呼んできたようで、あまり待たずに乗れた・・が、右手を首から固定され、病院から乗れば、運転手も「骨折かーい?」と明るく聞いてきた・・事実だから仕方なく、「ええっ・・そうです」大きな声で元気に答えられるわけもなく・・ボソッという感じに話した・・痛みは固定されたお陰で少しは和らいだような気もした・・やれやれと思っていると・・舗装されていない道路に行けば、悪夢は蘇り、揺れる度に背筋がぞくっとし、右肩のあたりに激痛が走った・・ その上、添乗員の話だと、病院からキューケンホフ公園までは結構な距離だと言われ、またもや、サイフの心配をする羽目になる・・いくらかかるか、本当にわからないからだ しかも運転手は日本人が金持ちとでも思ったのか、道がよくわからないような話し振りだ・・こちらは、なお、わからないがわからないふりをして、意図的に遠回りをして、料金を稼ぐ腹かもしれない・・かれこれ1時間近く走って、やっと目的地に着いた・・料金は確か7000円近くだったと思うがやっと着いて安心したのもつかの間、ツアーゆえ、すぐに一行を追いかけた・・ゆっくり見学するほどの、時間は無かったがオランダと言えばチューリップのイメージは、やはり間違いなかった・・素晴らしかったし、親指姫の世界にでも入り込んだような気がした・・メルヘンである・・結婚5周年にでも、また、訪れたいものである・・見学が終わりバスに乗り込む事になったが、ここで添乗員が「みなさーん、お手洗い休憩はここでー」そんな事を言った・・一瞬、凍りついた・・利き腕を首から固定されている・・弱った・・その気持ちを見透かすように「お手洗い大丈夫ですか?御手伝い出来る事はしますけど・・」これには何のためらいもなく「いいえ大丈夫です・・すみません」と答えた・・まさか相手の気遣いとは言え、他人と、一緒にトイレに入り、用をたすのを、手伝ってもらおうなどとは、考えていなかった・・それより、動く指先を何とか工夫し、きつめの下着(ガードル)などをつけないようにする事で、対処しようと思った・・・とりあえず、この日はなるべく、 水分は摂らないようにして事なきを得た・・この日はさすがに「男性に生まれたほうが良い事も有るのね」と心の中で思った・・ホテルに入ってからは、工夫したので、この件に関してはどうと言う事はなかった・・・が、次の問題が起きた・・正直、かなり困った・・これはまた、次の日記で書くとしよう 今後は、日記というより、事実が書かれた小説とでも、思って頂けるとありがたいです・・ 続く
2004年03月12日
皆さん、こんにちわ(こんばんわ)今日も体調がすぐれず、午前中仮眠をとっていましたアコキチです・・・では、日記に 骨折と判明し、驚くことも無く、事実をありのまま受け止めた・・アコキチは幼少時代、足の骨折も経験済みなので、その時の痛みに似ていたので、おおよそ間違いないと思っていたからだ・・それより、旅行中と言うこともうあり、どんな治療をしてくれるのかと、早く痛みをとりたい、その一心で考えた・・・注射か?湿布か?そんな事が頭をグルグルしてると、看護士が、布切れをもってやって来た・・・何をするのかと思ったら、アコキチの腕を固定し始めた・・「○×△☆●!!」たたでさえ痛いのに、固定の為とはいえ、少しでも触れられると、言葉では表現できないぐらいの痛さだった・・痛いのだから仕方が無いが、この時、看護士が鬼に見えた・・そのぐらい痛みだった・・・・固定が終わると、安全ピンで留め、「あら?何かありましたか?」とばかりに、何事もなかったような、顔をしていた・・さすがプロだ・・固定され、痛みは少し落ち着いたが、あれ?「固定だけかよ!!(三村風)」と言ったところだったが、ほどなくして、日本でいう請求明細と処方箋のようなものを持ってきて、案内する窓口でお金を払うように言われた・・ やはりこの時も「治療はこれだけかよ!!」本当にこれだけなのか?!と思っていた 実は、これからがアコキチにとっては、本当の意味での恐怖劇場だった・・異国の地・・しかも当たり前だが、保険証など持っていない・・いくら請求されるか、わからない・・仮に高くても、「負けてくださいよー日本から来たんです」などとも言えまいと思い、金額を提示される迄の時間は、針のむしろにデップりと座り、途方に暮れている様な状態だった・・・しばらく待つと、呼ばれたようで、添乗員とドンペリの旦那は、一緒に窓口に行った・・すると、添乗員は、足りなければ、お金を貸すような言葉も掛けてくれた・・ が、ここでそんな事になれば、こちらが客でも、迷惑の掛けどおしである・・相手の好意に、甘えるべきでは、なかろうと思った・・ 思いのほか会計は、スムースに行われたようだった・・・ドンペリの旦那に領収証のようなものを見せてもらうと、日本では考えられない・・錠剤の鎮痛薬も処方され、日本円にして2500円から2800円の間というところだろうか・・・念のため書くが、レントゲンは撮影した・・書き忘れていたが、レントゲン写真でも折れていたのは明白だった・・それに加えて、「ブロークンボーン」とかそんな事を言われれば、決定的な骨折に違いなかった・・その後、タクシーでキューケンホフ公園まで追いかける事になった・・これも、アコキチにとっては、恐怖劇場だった・・ とまぁ、これまで書いて、また気が付くわけだが、縦に長くなると、読む人も大変に疲れると思われる・・よって、この日記も、完結編には至らないわけだが、これから先は、是非、読んでみたいという人だけで構わないと思っている・・アコキチのページに来たからといって、日記の閲覧を強制できない・・ 続く
2004年03月11日
皆さん、こんにちわ(こんばんわ)風邪で、午前中仮眠をとっていました・・申し訳有りません・・・ では、日記に・・ 結局、腫れは引かず、眠れないまま朝を迎えた・・しばらくすると、添乗員が、部屋にやってきて、ホテルの従業員の車で、病院に連れて行くので、チップをやってくれと言った・・この日は、キューケンホフ公園のチューリップを見学する事になっていたので、それについては、現地係員に任せ、添乗員も病院まで同行する事になった・・その時の服装・・・・実は未だによく思い出せないが、被り物は、腕が伸ばせない無いので、前開きの服を着ていったのだろうと思う裸で行くわけも無いので・・・服装は覚えていないが、乗車後の記憶はかなり鮮明だと思う・・こちらの状態とは裏腹に、ホテルから病院までの道程はかなり長く、いや、痛さゆえに、そう感じただけかもしれない・・・しかも、整備された道路ばかりでは無いので、揺れる度に、「うぅっ・・・うぅっ・・・」と、うめいていた・・やっと病院に着くと、女性の看護士がこちらの痛みに歪んだ顔とは対照的に満面の笑みだった・・nice to meet youと言ったかどうかはわからないが・・とりあえず、車椅子で検査室に運ばれた・・言っている事は、なんとなく理解出来たので指示に従い、結果を待った・・その間、添乗員はホテルの従業員を返し、この日の観光先(キューケンホフ公園)には、タクシーで追いかける事になった結果が出たようなので、診察室に呼ばれた・・オランダはオランダ語が公用語ではあるが、英語も通じていたようなので、あまり心配していなかったが、医療専門用語を話しているのか?!ところどころしか理解できない・・添乗員もドンペリの旦那も語学には堪能だが、2人にもわからない言葉が多かったようだとりあえず腕を動かせとか、持ち上げろと言うのは、わかったが「わかっちゃいても出来ないんだよ」が、とっさに浮かばす、語学の必要性を感じてしまった・・痛がっているアコキチに構わず女医だったが、腕を動かし始めた・・「ぎぇーっ!!イ、イ、イタタッ・・」と言ったが、診察の為、「stop!!」とも言えず、ただ、耐えていた・・やっと終わると、『ブロークンボーン』そこは理解できたので、骨折したのだと実感した・・凹むアコキチを励ますつもりなのか、どう言われたかは覚えていないが、「平気よたいした事はないわよ」そんな意味の事を言っていたようだった・・オランダ人の国民性なのか、やけに明るい・・大丈夫大丈夫と言っているようにも解釈できたが・・ とまた書いていて思ったが、どうも舞台が外国ゆえ長くなっている・・後編1~?までに分けて書くことにします実は、本当に管理人の体調不良の為、こちらのわがままで申し訳なく思いますが、続きます・・ 続く
2004年03月10日
浴室の扉1枚を隔てて、やっとの思いで叫び、そう、どの位、経ったのだろうか・・やっとドンペリの旦那はやって来たいつもだったら、ここで、「遅いんだよー!!(怒)聞こえなかったのー!!・・プンプン」となるが、こっちは痛いながらも、自分の立場かわかっていた・・現金なものである「アコキチー!!アコキチー!!」と必死で、浴室の前で叫んでいた・・多分この時なら目の前で3500円の蟹缶を一人でいくつ食べようが、腹が立たなかったであろう・・と回想する・・今、思い出しても、そのぐらいの経験である・・・「痛いよー・・痛いよー・・」半べそ状態で答えたが、当時から肥満の道を、少しずつ歩んでいたアコキチだったので、扉の前に倒れていた為、外側から簡単に開くことは無く、どうやって自分の体を起こしたのか記憶に無いが、体を扉から少し離したのだった・・「アコキチ大丈夫?」「痛いよー・・痛いよー」手を借りて寝室のベットまで運んでもらい、添乗員に電話してもらった深夜だった為か、添乗員は、あまり良い顔はしなかったものの、そこは,仕事と割り切って「熱さまシート」を持ってきて痛みが酷い様なら、病院に連れて行くと言った・・痛みは治まるどころか、時間の経過とともに酷くなり、日本を出国した時に着ていた長袖シャツは、腕が腫れ上がり、入らなくなった・・気休めは承知でバファリンを服用し、シップも貼ったが、「焼け石に水」、「アコキチにダイエット」という感じだった・・転んだ本人は、99%骨折だろうと、思ったので、妙な開き直りもあった・・転倒したときの「ゴキッ!!」は、単純に骨の折れる音だったと感じていたからだ・・しかし、寝られないのにはまいった・・利き腕(右)だった為、完全に横になると、起き上がれないので、壁にもたれた姿勢で、とても眠るという感じではなかった・・まぁどちらにしても、骨折経験者ならわかるだろうが、痛さで眠れないのが普通の感覚であろう・・ 続くこれを書いていて感じたが、長くなるので、前、中、後と分ける事にする(読む人も疲れると思うので)
2004年03月09日
お陰様で無事昨日100,000アクセス突破しましたので、御礼申し上げます・・ありがとうございました・・ さて、訪問者の方はもうお忘れかもしれませんが、アコキチの右肩が痛くなる原因について、記念なので恥を忍んで書きます・・ では、日記に・・・あれは、3年前の春だった・・アコキチ夫婦は、婚約中に義母が倒れ、披露宴も無し、写真も無い・・だが、旅行だけはドンペリの旦那も連れて行ってくれて、オランダ、ベルギー、と2カ国回った・・これが世間で言う新婚旅行だったのだろうと思う・・体調は万全に整えたつもりだったが、旅行前日、東京駅で、ドンペリの旦那が、血圧の薬を貰って来るのを、1時間以上待ったり、成田空港近くのホテルに宿泊するなど、予定が込んだせいか、この日から熱が高かった・・どうやら疲労から風邪をひいたのだった・・ そして翌日、成田空港から、途中イギリスのヒースロー空港経由でオランダへ向かった・・到着したのは、深夜だった・・・翌日はツアーゆえ団体行動で観光した・・ その次の日、事件は起きた・・この旅行中は、寒く夫婦ともども風邪をひいた状態だった・・この日も時差の関係や、風邪のせいで朦朧としながら、観光し、夜、ホテルの風呂に入った・・オランダ人の平均身長は、180cmを超えるというだけあって、浴槽と床の差は非常に大きかった・・が、覚悟を決めて恐る恐るだが入ってみた・・湯に浸かっていると疲れも取らそうな気分になった・・リラックスしたので、もう出ようというタイミングで、何を思ったのか、浴槽から自然に足を出すのでは無く、何かにつかまる事もせず、不自然に飛び出るような格好になった・・下が濡れてなければ多分、何事も起こらなかったと・・今でも思っている・・が、アコキチの意に反し濡れていた・・飛び出た瞬間、『ツルッ・・ゴキッ!!』・・・・この数分間は痛さで声が出なかった・・うつ伏せのまま、浴室の扉の前に倒れていた・・いつまでも、そうしては、いられないので痛さに耐え『○○ちゃん』(ドンペリの旦那の名前)を呼んだが、寝つきが良い彼にそんな簡単に聞こえるわけもなく、何度呼んだか覚えていないが、やっと気がついて来てくれた・・・ 続く 今回の日記は、長編になるので、続きは、今日の日記に書く事に・・
2004年03月08日
昨日は、強風で終日ドンペリの旦那と、デッぷりとすごした・・・何もないのが幸せだなーと思えた・・・朝方、ケーキを強奪された事を、除けばだが・・・そして、1日は短く、夕方になった・・恐怖の時間の始まりだ・・ドンペリの旦那は、食べ物にうるさいと言うか、とにかく難しい・・ごはんを炊いても食べたり食べなかったり・・アコキチ家は無洗米ではないので、お米をとぐ水の冷たさは、頭が、アホキチに、なるほどだったりする・・ 昨晩はご飯は炊かなかった・・ソラマメのオーブントースター焼きを作ろうと思っていたからだ・・簡単で、袋の両端を切り、放り込んで15分ぐらいだろうか、蒸し焼き状態になり塩をかけて食べるといういたってシンプルな料理?!だ・・(茹でるより、味が凝縮されておいしい)それを作っている間、ドンペリの旦那は、酒の肴に、年末、ショ○プチャンネルで購入した、一缶3500円の蟹を食べていた・・これがまた、おいしい・・一番脚肉しか使っていないので、一度食べたら他の物は買えない・・そんな缶詰だった・・ ソラマメも出来上がり、「お待ちどーさま」と熱々をテーブルの上に置いた・・「さぁ、蟹、蟹」次の瞬間、目を疑った・・「ガーン」3500円はドンペリの旦那の腹に収まっていた・・「どうしてくれんのよー蟹だよ!!蟹」「いや、なかなか来ないから・・」アコキチ「同情するなら、蟹を出せ!!」なんだかわけのわからない事を言ってみたが、むなしくなったので、冷蔵庫に漬物を取りに行った・・「おかしいわねぇ・・確かこのあたりに・・」やっと漬物を見つけてテーブルに置くと、先ほどのソラマメを食べようとした・・「ガーン」またもや、なくなっている・・連続強奪犯だ!!出来上がったものは、次の料理にかかる前に自分も食べなくてはいけない、そうしなければ、この家では、食べ物にありつけない・・強烈な、ヘビ対マングース、いや、デブ腹対アコ腹の対決は続く・・そう思った夜だった・・ 続く
2004年03月07日
昨日は、午前中強風だったが洗濯をし、ひさびさに外に干してみた・・実は、これはサーカスの綱渡りにも似た恐怖感がある・・・下着などが、風に飛ばされ、隣家の敷地にでも落ちたら・・そういう強迫観念がある・・今までは、浴室のランドリー機能を使用していたが、2、3日前の電気の検針表を見たら、凍りついた・・これぞ、ほんとの恐怖劇場と思った・・ゆえに、念入りに留めて、外に干すという、むこうみずな行動に出るしかなかった・・・幸い、風はしばらくしておさまった・・夕方から、買い物に行った・・前日の日記に書いたように、家には、知能犯の夫がいる・・・前科一犯というところか・・こちらも食べ物の恨みは深く、夕飯の買い物より、ケーキが目的で出掛けた・・店に着くと一目散にケーキコーナーに走った・・日替わり商品を、開店と同時に、わき目も振らず走っていく主婦の行動にも似ていた・・早く行かなければ、買えないのでは?そんな焦燥感が、アコキチを駆り立てたのだ 売り場に着くと、「スペシャルショート2個、イチゴミニデコ2個」と言うと、ホッとした・・・それを、自転車の無灯火走行を避け、散歩中の、犬の鳴き声に怯えながら、妊婦がお腹の子を守るかのように必死の思いで家に連れて来たようこそここへー♪クックックックッ・・笑いが止まらなかった・・それを、あえて冷蔵庫では無く、階段の雑然とした場所に隠した・・どうせ、明日食べるのだから、一晩ぐらい大丈夫だろう・・しかし、それは甘かった・・再び、強奪犯に見つかり、しかも、チーズケーキを食べた後で、「良いものが落ちてたから、拾い主に一割・・」とわけのわからない理屈で、スペシャルショートは彼の腹におさまった・・・・ ちっ!!こんな事なら、普通のショートケーキに、しておけば良かった・・「後悔先に立たず」そんな言葉が、頭から離れない夜だった・・
2004年03月06日
昨日は、どうしても諦めきれず、おいしいケーキと、前日予約した書籍を取りに、ドンペリの旦那と待ち合わせて、近所のスーパーに行く事にした・・ドンペリの旦那は、なかなか探しても見当たらないので、どうしたのかと思ったら、突然、後ろから「アコキチー」と呼ぶ声がした・・振り返ると、立っていた・・まぁ、アコキチが、10000円のコートなら、50000円のコートを着るような人なので、肥満ぎみな体型を除けば、見てくれは標準だろうか・・・馬子にも衣装とはよく言ったものだ・・ロッテリ○でコーヒーとポテトを注文したと言うので、アコキチは書籍を取りに行き、その後、夕飯の買い物と、シュークリーム2個買った・・生クリームとカスタードクリームの両方が入っていたからだ・・どちらが、欠けてもおいしくないと思う これで、買い物はおしまいと思うだろうが、これからが本番である・・イチゴの乗ったケーキを購入しなければ、ケーキの夢にうなされるかもしれない・・ケーキ売り場に向かったが、夕方という事もあり、並んでいた しかし、自分の夢の実現の為には、何でもする覚悟が有ったので、並んだ・・自分の順番の瞬間、何とも言えない幸福感があった・・ 思わず、店ごと買い占めたい衝動にかられたが、体重を考え、諦めた・・注文したのは、1種類目が1番大きいイチゴミニデコであった・・それを2つと、ドンペリの旦那はチーズケーキで良いと言うので、計3つ買った・・彼は、この時確かに「チーズケーキで良いよ」と言ったのだ・・この2つの耳で確かに聞いた・・・今朝、ドンペリの旦那が出勤した後、ダイエットティーと一緒に食べようと、胸躍らせながら(アコキチの場合、腹が、ブルンブルンしてたりするが)箱を開けた・・・「ガーン」イチゴミニデコが1つしかない・・店員が入れ忘れたのか?そんなはずはない・・トラブル回避の為、箱に封をする前に確認があった・・と、いう事は、騙された・・チーズケーキが嫌いなアコキチを、陥れたのである・・・アコキチも甘く見られたものだ・・まぁケーキだけに甘く見られた・・いや、そんなジョークではすまされない・・今日は、何の記念日でも無いが、デコレーションケーキを買おうと目論んでいる・・・勿論、一人で食べる事にしよう・・「目には目を、歯には歯を、ケーキにはケーキを」そう思っている・・
2004年03月05日
昨日は、桃の節句、ひな祭りだった・・ネットの書き込みで、「アコキチさんは、ケーキ食べないんですか?」とあり、ケーキもしくは桜餅を食べる日だった事をすっかり忘れていたので、夕方からいつものように買い物に出掛けたが、霰が降った後で、いつになく外は冷え込んでいた・・女で有る事を忘れないために、ケーキを買いに行こう!!と決めた・・のではなく、理由は酒飲みが、正月、花見なんでも良いので、適当にこじつけて、飲むのと一緒だったりする・・ 昨日の場合は、ケーキを買うより、楽天友達の、考える芦さん(芦永 奈雄氏)が書いた『「本当の学力」は作文で劇的に伸びる』の書籍がどうしても入手できず、困っていたので、それを購入する目的がメインだった・・この本は、とにかくすごいらしい・・恥ずかしながら、このアコキチも、ここ何年と、書籍らしい書籍は読んでいない・・目が疲れるせいもあるが、読むのが面倒だと言うのが先だったりする・・が、この本だけは別である・・アコキチの文字離れ症候群も、克服できそうなのだ・・買い物に行くスーパーは、このあたりでは大きく、書籍や雛人形まで扱っている・・書籍売り場に行って、本のタイトルなどが書かれたカラーコピーを店員に渡した・・しかし、またしても、不吉な予感が・・と思ったら、明日入荷すると言うので予約してきた・・こうなれば、こちらも意地である・・今度は、確実に入手できる・・やっと安心した その後、2番目の目的のケーキを買いに食品街へ行った ケーキ、ケーキ、頭はケーキで一杯だった・・若い男女が、相手の事が好きで好きで、いつもいつも頭が一杯・・・それにも似ている・・あまりにケーキの事で夢中になり、店頭の広告を見忘れてしまった・・まぁいいや・・生協さんに、月曜日、冷凍食品を届けてもらった事だし・・そんな事を考えながら、ケーキを見に行くと、世の中不況なのか「100円ケーキ」が目立ち、見回したが、それしかないようだった・・ううむ・・スポンジがBSEの牛の脳のようにスカスカのバサバサなのは知っている・・イチゴも1個と見せかけて、半分だ・・だが、残りは数少なかった・・・考える余裕は無い・・と、そこへ中年のおばさんが、「こんなんでも、ケーキはケーキだわねぇ」突然目の前に現れた・・・時すでに遅し・・ケーキは、風のようにさらわれていった・・無情にも、売り場担当者が、ケースを片付け始めた・・完売したのだから仕方あるまい・・・おばさんのパワーは凄まじかった・・アコキチなど、気にも掛けない様子だった・・・こういうおばさんを、手本にするべきかどうか、深く考え込む夜だった★追記★ 芦永 奈雄氏の書籍で、是非とも教育界だけでなく、社会全般に旋風を起こし、いじめによる自殺、動物虐待などの悲惨かつ残酷な事件が少しでも減ることを祈りつつ・・
2004年03月04日
昨日は、午後3時過ぎから義母の病院へ面会に行った洗濯物を、外部の業者に委託する旨の書類が届き、それを証明捺印の上、3月5日までに提出されたしとの事だったからだちょうど、過日、面会した時に、病院が無いと言ってきたボックスティッシュ(実際には、3個もチェストに入っていた)も2個持参した・・頻繁に呼び立てられても体はひとつ、対処しきれないので、余分かと思っても気付いた時は、持っていくようにしている・・これも長年一人で何かもこなしてきた知恵である・・書類を提出した際、「何か質問は有りますか?」と聞かれたが「一任しますので、宜しくお願いします」とだけ言った何か言っても、こちらは弱い立場でしかない・・納得出来ても出来なくても、この病院にお願いするしかないのだ・・そうなれば、よほどの事でなければ言葉を発する気力はこちらには、なくなっていた・・・実は、昨日で義母が倒れて4年目でもあった・・ 義母の病室に行き、名前をあらかじめ書いたボックスティッシュを2個入れてきた・・そして、ベットに居ないので探しにいくとすでに食堂までヘルパーさんに車椅子を押されて移動中の様子だったので、挨拶のみで帰る事にした・・義母は、パーキーソン病の為、移動に、他の人の何倍も掛かるので配慮しているらしい・・家を出た時間が遅かったので、夕飯の仕度も有るので気持ちは焦っていた・・病棟を出て、バス停に行き運行表を見ると、20分以上あったので、外来受付の前のソファーに腰掛け時間が来るのを待つことにしようと思った・・・自動ドアが開き、中に入ると、ひとりの入院患者が新聞を読んでいた・・と思ったら、すぐにその場を離れてしまった・・たぶん夕飯の時間だからだろう・・ と見渡すと、アコキチひとりが、ぽつんと(デップリと、の方が正しいかもしれない)座っていたなんだか目立つ存在だ・・・ここで「腹踊り」でもしたらうけるかなぁなどと本当につまらない事を考えていたら、看護士さん・・それもあのいでたち、顔の感じから、かなりの年を感じる・・顔の造作は、失礼ながら色黒でくちびるが出ているので、ぱっと見は、「いかり○長介」によく似ている・・その長介さん、いや、看護士さんが、こちらを「早くしなさいよ・・受付はもう済んだの?あたしゃ早く帰りたいのよ」と目で訴えているのがわかった・・しかし、アコキチは別にどこも悪くないので、診察の必要は無い・・美容室なら、時間つぶしに「トリートメント」や「ブロー」などを頼むかもしれないがさっきからこっちを気にしている・・「弱ったなぁ」目を合わせないようにしていると、自動ドアが開き、だれか入ってきた・・「あーよかった」と思ったのもつかの間、いや人が来たのは助かった・・・が、なぜ、こたつから出てきたようなハンテン姿のおじさんなのだろうと思った・・高熱があって仕方なくでは無く、好んで着ているのがわかった「これ、あったけーんだよねぇ」とおじさん、すると間髪いれずに、奥さんらしき女性が「そーだっぺ・・」周囲の目など気にしていない・・まぁ、郡部の病院だから驚くこともないのかもしれないが・・今まで、遭遇した事はなかった・・これなら、わたしのパジャマズボン事件(昨日の日記)など物の比ではない・・帰路の足取りが軽かったのは言うまでも無い・・ちょっと得した気分だった
2004年03月03日
昨日は、夜中の12時起床のはずが、目覚ましセットのかいも無く、気がつけば5時であった・・それから、生ごみを出した・・・ そして、日曜日に書けなかった生協の注文用紙の記入・・これが意外に面倒で、注文個数の横計は自分で出す・・肌が家庭内暴力状態ゆえ、食品より化粧品の注文が上回ったどれほどの効果があるか定かではないが、新製品とか特別割引等々書いてあると、購入意欲がふつふつと湧き出し、注文書には必ず鉛筆で『1』と書いてしまう・・昨日の日記に、重複するが、主婦は意外に忙しく、今日も、資源ごみを出してから、昨日の日記を書いている・・また、アコキチは、長期入院中の義母の世話や、実家の両親の雑用もこなしている。とてもエステなどに行く時間もお金も無い・・ エステは効果的だろうが、家でのアフターケアを怠ると良くないようだ・・かつて、独身時代「山野 ○子泥んこエステ」なるものに通った事もあったが、継続して通えなかった事、残業が多く自宅でのケアが不十分で結局、断念した・・そんな事も有り、新しい化粧品などには、すぐ飛びついてしまう・・記入が終わるの知ったかのように「ピンポーン、ピンポーン」この日はバッチリな服装・・・のはずだった・・・が、下を見ると、パジャマのズボンのままであった・・・・「ガビーン」ちょうど雪混じりの雨が降っていたので、玄関に偶然置いてあったダンボールで下半身を隠しながら、手短に「ご苦労様・・今日は大変ね・・気を付けて」「ありがとうございましたー」といつにも増して短い時間だった・・まぁいいや・・普通のズボンを履いていても「ちょっと寄ってく?」などとは言えないのだから・・しかし、月曜の午前中は、どうも魔の時間のようだ・・イオンブラシで痛んだ髪がさらさらになり、喜びすぎて下半身まで考えが及ばなかった・・洗面所の鏡でチェックもしたつもりだったが、アコキチは小柄なので、下まではよく映らない・・ファーストデートのような服装チェックが必要だった・・仕方があるまい・・パジャマのズボンを、ちょっと変わった外出着だと思ったかもしれない・・今は、そう強く願っている・・
2004年03月02日
昨晩も、多数の方に訪問頂きありがとうございました日記記載後、アコキチが出来るだけ早く、書き込みのお返事を書きますので、今、しばらくお待ち下さい・・ 再度のお願いになりますが、掲示板への書き込みは日記の『感想を書く』からでお願いします。では、日記に・・「証拠隠滅の○○○○」 昨日は、いつもと同じようにドンペリの旦那と、まったり・・いや・・最近ではデッぷりかもしれないが、穏やかな時間を過ごしていた・・・ 夕方からは、マクレガーと一緒に買い物に行った・・日曜日の夕方のスーパーのレジと言ったら、並みの混み具合ではない・・特に、この辺りは、大きなスーパーが、あまりないので余計に混む・・ドンペリの旦那を誘っても嫌がるのは予測がついたのであえて、声はかけずにいった・・昨日の晩御飯は、手抜きスペシャルだった・・1 かきフライ(アコキチはかきが嫌いなので食べない)2 かにの脚3 丹波の小豆を使用した赤飯(ドンペリの旦那用)4 オムライス(アコキチ用) 5 たけのことふきの煮物(30パーセントオフ)惣菜のオンパレードだったが、たまには良いだろうと思った 食べ終わり、空いた容器を片付けて、少し仮眠をとろうと阪神タイガース時計を、12時にセットした。そして、しばらくすると、「六甲おろしのー♪」「うるっさいわねぇー!!今起きるわよ」と思い、目覚ましを止めた・・気がつくと5時だった・・しかも、暖房をつけたまま、日本酒もかにの脚もテーブルに放置してあった・・「ま、まずい!!」アコキチ家は、お金はないがなぜかエンゲル係数が高かったりする・・日本酒に至っては、日替わり品購入の、汗と涙の努力が、全く反映されない価格のものが多い・・・ したがって、それを放置して、眠ったなどとわかれば叱られるに違いない・・急いで1階の冷蔵庫にしまおうとしたがいっぱいだ・・「この役立たず!!ちっ」そう言うと、2階の寝室の冷蔵庫に入れようと足音を忍ばせて階段を上った扉を開けると、寝ていると思ったドンペリの旦那は、桃太郎電鉄で遊んでいた・・「まずいなぁ」と思いつつ、ささっと冷蔵庫にしまった・・どうやらゲームに夢中で気が付かなかったようだ・・・しめしめ・・かには、考えても仕方が無いので、食べた・・ラップをかけずに放置したので、乾燥ぎみだった・・・という事は、アコキチの肌も?!触ると、荒れまくっていた・・・肌の、家庭内暴力といったところか・・・・とにかく、酷い荒れようだ・・・こ、これは緊急対策が必要だ・・お酒の件は、証拠隠滅に成功したが、小じわどころか、へたをすれば、大じわである・・肌への悲しい証拠だ・・生協のカタログから、最先端のスキンケアを注文する事にした・・エステなどに行く、時間、お金の余裕は無いからだ・・そういえば、今日は、生協の配達日である・・先週の1件(2月24日の日記)を忘れてくれていれば良いが・・そう思っている・・
2004年03月01日
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