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クリスマス、年末年始が近づくと、日本でも、街角で、ラッパを鳴らして寄付を求めたり、お坊さんがお経を唱えながら托鉢して歩いていたりという光景を目にしていました。
ポルトガルは、カトリック信者が多いので、普段でも、町の物乞いにお金をあげたり、教会に寄付をしたりということが多いです。
物を分け与えるという精神があるのでしょうか??
ポルトガルでは、食べ物も分け与えるという習慣があるらしく、食事時に、突然の訪問者が来たら、食事に誘うのは勿論、私も、バスの中で、隣のオバサンが突然銀紙に包まれたメロンを取り出して食べ始めたので、思わず見てしまうと、オバサンは、すかさず「食べる?」とメロンを差し出してくれました。さすがにメロンはお断りしましたが、子供が生まれてから、病院の待合室で、バスの停留所で・・・などなど、クッキーやポテトチップス、キャンディーなどを差し出されます(笑)
いづれも、そういった方たちは、オバサン世代が多く、今の若い人たち(←オバサン臭い!)は、そうでもなさそう・・・。時代が変わってきたということでしょうか・・・。
そういえば、私の子供の頃は、近所でも、煮物を作っては、近所にお裾分けしたり、どこかからりんごが送られてきては、またお裾分けしたり・・・そんな交流もありましたが、今では、その頃と比べると、寂しいものです。
さて、この時期、CONTRA FOME(飢えをなくそう運動)ということで、団体がスーパーなどに現れて、専用のビニール袋を顧客に渡し、買い物ついでに、お米や缶詰などの保存食を寄付するというキャンペーンがあります。(この土日に行われました。)
確か年に何回か、このキャンペーンはあったと思いますが、リスボンのある地区には、寄付された物を貯蔵する、巨大な倉庫も存在します。この食べ物は、施設などに現れた食べる物に困った人たちに配布されるようです。恐らく、クリスマス時にも、行われると思います。
そして、幼稚園などでも、この時期、近所の教会への寄付を募ります。お金は勿論、子供の古着や、お母さんの服、おもちゃなどを提供するのです。その後、教会は、恵まれない方々に、提供するようです。
去年は、日本に帰国していたので、チャンスがなかったのですが、もう既に、幼稚園の入り口には、いくつかの紙袋が置いてありました。
昨日、可愛らしいブーツなどが置いてあったので、チラッと見ていると、その古着の古いこと!!
そして、もっと驚いたのが、既に封の開いたおむつも置いてあった事。
古着は、もちろん、着古した物ですし、それなりに古くなっているとは思うのですが、それにしても、かなり古くさいものが寄付してあって、ビックリ。
おむつに関しては、封が開いてあるという事は、恐らく、その子供がもう使わなくなった「残り」を提供しているということなのでしょう・・・。
この幼稚園、子供たちは、結構いいものを着ていて、親たちも、どう考えても貧しい暮らしをしているとは思えない人たちばかり。
このように封の開いたおむつや、見るからに薄汚い古着を提供するような人は、「恵まれない子供たちは、お古を貰えるだけ、ありがたい」と思っているような気がしてならないのです。(実際、そういう方たちにとっては、ありがたいものなのかもしれませんし・・・)
はっきり言って、もう少し配慮のある親達だと思っていました。最も皆さんがそういう訳でもありませんし、私の感じ方が変わっているのかもしれません。
おむつだって、たとえ封が開いていた残り物だとしても、せめてセロテープで封をする等の心遣いはできないものなのでしょうか・・・。
確かに「かなり古いけど、捨てるのはもったいない」「封が開いてるけど、残りは使えるし、捨てるのはもったいない」という気持ちもわかるのですが、自分でも、貰って嬉しいと思えるものしか提供すべきではないと思うのです。
そう考えてしまうのは、日本人だからなのでしょうか???
☆日記を読み返してみて、もう少し付け加えたいことがあったので、追記しました。昨日幼稚園に行ったら、更に寄付は、増えていました。キレイお洋服も加わっていて嬉しくなった反面、薄汚いぬいぐるみがポツンと置いてあって、「洗ってから提供できないものか・・・」とまたガッカリしてしまいました・・・。我が家は、殆ど着なかったジャケットとプラスチック製のオモチャ等を提供しようと思っています。☆