ネオ・ヴェネツィア戦線

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第2話 謳


最後に喧嘩したのは、小学校4年生か5年生の頃。理由は、給食で残ったプリンを取り合いになってのことだった。どっちも譲らなかったせいで、喧嘩に発展してしまったのだ。

その頃、僕は体が普通の子供よりは少し大きかったし、喧嘩になった相手は小柄だったから勝てる自信があった。だけど、小さいのにそいつは思いのほか強く。
頭突き一発で僕をKOした。


正確には、良い具合にアゴにぶつかって、そのまま熨されてしまった。身長の僅かな差が奇跡を起こしたのだ。
それ以来、喧嘩になりそうな時は自分から身を引くようになった。それが、自分にも相手にも一番都合がいいことだと知ったから。


しかし、今目の前ある光景は喧嘩と言う安いものではない。
殺し合いだ。僕が殺される可能性の高い殺し合い。











展開が速すぎる。
月読と出会ってまだ1週間足らず。
なのに、俺の中には天龍が居るとか、うつろわざるものを倒すを手伝って欲しいとか。
終いには、いきなりの実戦。

まだ、敵のことも月読のこともよく知らない。特に、月読は神出鬼没だったから現れても問われたことに答えるのがやっとで、詳しいことを何も聞いていなかった。

「ちょっと、待ってくれよ!!いきなりこいつを倒せだなんて無理だよ!!」


振り返ると月読はいなかった。

「結界陣張るから、終わるまで逃げてね。」

寺の屋根の上に登っていた。そこで、結界陣を張るらしい。
しかし、逃げろと言われてもどうしろと言うのだ。
前回遭遇したときは、息つく間もなく距離を縮められた。
まず、今回も逃げる自信はない。

「ぐわァ!!!」


って感じで、長い爪で一刺しだろう。想像しただけで痛々しい。
だが、そう簡単に死ぬわけにもいかない。天龍から譲り受けた命をくれてやるわけにはいかないし、2回も死んだなんてあの世でもこの世でも笑いものになることは確実だ。
絶対逃げ切ってやる。



爪の長い男は、俯きかげんで不気味に笑っている。そして、一歩一歩確実に歩いてくる。前回の奴とは違うようだ。
しかし油断は出来ない。
爪が長いと言うことは、リーチの長さを意味している。
僕は、あんまり格闘技は見ないのだが、チェ・ホンマンは知っている。やたらとデカくて、腕も長い。
爪の長い男が手を垂直に伸ばせば、チェ・ホンマンと同じくらいのリーチになるだろう。
身長173cmの僕が対等に勝負できるわけがない。
やはり、逃げるしかない。











月読は、寺の上で目を瞑り念じていた。
次第に体が光始め、そして一気に呪文のような言葉を発した。

「母なる大地の神よ。汝の力を我に、汝の力で空間を絶ち、悪しき者を拒絶せよ!!」

月読の体から大きな光が立ち上り、月読を中心にして半径3,400mほどだろうか。淡い蒼のカーテンのようなものが寺を覆った。

「さて、和弥は・・・」


結界が張り終わり、今度は和弥を探し始めた。
和弥は、首元を掴まれ持ち上げられていた。
さらに、男は右腕の指先を束ねて槍のようにして腕を引き、今にも刺そうとしていた。
まさに、絶体絶命だ。

「くっ・・・・こ、こういうときって・・・力が覚醒したりするものなのに・・何も起こらないし・・・」



「まったく。頼りにならないわね。」


月読は、札を取り出し指でなぞる様に何かを書いて、男の右腕に投げつけた。


ボン!!!

音を立てて爆発し、男の右腕は吹っ飛んだ。その反動で、和弥は振り落とされて難を逃れた。

男の腕からは、ボタボタと血が落ちる。
和弥は見たことがあった。月読と出会った時、月読が対峙していた男のそれだ。

「助かった・・・・」


「まったく。アホね」

「はぁ?!人を勝手に囮にしやがってアホとはなんだアホとは!!」


「はいはい。愚痴はこいつを片付けてからね。」


月読は、さらに札を2枚だし、先ほどと同じく指で札をなぞって男に投げつけると、先ほどより大きな爆発をして男は消え去った。


「す、すげぇ・・・。何をしたんだ?」

「あ、これ?『符術』よ」



『符術』


札を使って攻撃するものらしい。よく、日本の古典的なホラーで悪霊を退治したりするとき使う札と似たもののようだ。

それはいいとして、何故かこっ酷く怒られた・・・・。

「どうして、戦わないのよ!」


「だって、逃げろって行ったじゃん?!」


「最悪逃げろってことよ!」

「最悪だったんだぞ?!」

「うるさいわね!力がないことを棚に上げるな!!」


その最中だった。
ガラスが割れるような音がして、結界陣の上の方に穴が開いた。
その割れたところから、男が一人入ってきた。
空を飛んでいる。
それ見て、月読の顔つきが変った。そして、男の名前を叫んだ。


「天照!!!!」











その男は赤毛だったが、明らかに日本人だ。
長髪で、髪を後ろで縛っていた。
目つきは鋭く、端がつり上がっている。
歌舞伎顔・・・そんな感じでもある。
しかし、見た目は若く10代後半くらいに見える。


「天照!何で貴様がこの町に居る!!」


月読は見るからに動揺していた。口調もきつくなっていた。
結界陣を破ったことからも察せたが、なにか月読と関係があるようだ。


「相変わらず威勢がいいな。」

「うるさい!何でここにいるのか聞いている!!」


「どうやら、ここに目的のものがあるらしくてね。」


「!!!!」


目的のもの。その言葉で、月読の表情が変った。


「だから・・・邪魔して欲しくないから挨拶に来たわけ。」


「ふざけるな!!」


月読は、札を投げつけたが天照はヒラリとかわした。
その動きは早い。うつろわざるもののそれとは比にならない。
瞬間移動というのに近い。


「危ないなもう。挨拶に来ただけだって言うのに・・・」

天照は、右腕を空に向けて何かを唱え始めた。
すると、蝋燭の様な火が現れ、それはみるみるうちに巨大化し大きな火の玉になった。
そして、それを月読に向かって投げつけた。
このとき、僕は何を思ったか月読の前に飛び出した。


焼けるような熱さがしたあと、思いっきり地面に叩きつけられた。


熱い・・・体が動かない・・・。重度の火傷をした上に、腕や足の骨を折っているようだ。
さすがに、死を覚悟した。

「和弥!!!・・・天照!!!!!」


「おやおや、これは失礼。まさか、飛び出てくるとは思わなくてね。」


「降りて来い天照!!!」


「今日は、挨拶って言ったじゃないですか。私もそう暇ではないので、失礼しますよ。」


そういうと、天照は消えた。


僕は、だんだんと意識が遠のいていくのを感じた。目もよく見えなくなってきた。川でおぼれた時と同じだと思った。

「和弥!!!」

月読が駆け寄ってきた。

「つ、月読・・・」

「どうして飛び出したの?!」

「お、女の子を守るのが男って奴だろ・・・」

「馬鹿じゃない!?あいつにあんたが勝てるわけないじゃん!!」

「ほ・・・ほんと馬鹿だな・・・」

「・・・待ってて!今治してあげるから!!」


治せるわけがない。どんな名医でもこんな怪我は治せないと思った。
攻撃を受けた、体の表面は焼け爛れ、ほとんど全身骨折に近い状態。即死を免れただけでも奇跡だ。
もう後は死を待つだけだ。
天龍には悪いことをした。もらった命までも失ってしまう・・・・。
そう思うと、情けなさと申し訳ないという気持ちから涙が溢れた。


・・・・暖かい・・・・母のお腹の中にいるような暖かさ。熱さは感じない。痛みも感じない。今度こそ天国に来たのだなと思った。
目がよく見える。・・・・・月読がいる。


「あれ・・・・」


何かおかしい。だけど暖かい。この感じはなんだろう・・・・。
よく耳を澄ましてみると、謳が聞える・・・・。
透き通った声で、心に響いてくる。
今まで聞いたどの歌よりもいい歌だった。
歌っていたのは月読だった。その謳が、僕を包み込んでいた。


「よかった・・・・。」

泣きそうな顔で月読が言った。


「鬼の目にも涙か・・・・」

「・・・・何ですって?!!」


しまった・・・。安心しすぎて、口を滑らしてしまった。


・・・・この後は言うまでもない。
回復してくれた張本人にボコ殴りにされた・・・・。


「ご、ごへん・・・も、もういっがいかいふぐして・・(ごめん、もう一回回復して・・・)」

「自分で治しなさい!!」


そうして、俺は置いてかれてしまった・・・。
一瞬女神に見えたのに・・・鬼に豹変した・・・・。
しばらくその場で、色んな意味の涙を流した。


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