GONねえさんの部屋

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子どもの人権とは

平成16年1月21日(水)


こんにちは。
水曜担当の「GONねえさん」です。

相変わらず雪が少なく、「雪かき」でカロリーを消費したい、という
目論みは、大外れです。
(除雪作業は、けっこう重労働なのです)

「楽天日記」を初めてから、パソコンの前に座る時間が
大幅に増え、トレーニング室へ行くことも減ってしまいました。
いかんいかん、これではデブへの道まっしぐら…。(T_T)

さてさて、今日は先週の続きで、今、非常に気になっているというか、
常々疑問を持っていた「子どもの人権」について
庶民レベル(しょせんは私のレベル)で、書かせていただきますね。





  子どもの人権とは?




本当のところ、子どもが「~~君」と呼ばれようと、
「~~さん」と呼ばれようと、そんなことは大したことではないのだ。
(なぜ、男女とも「~~さん」という呼び方で統一したいのかは、
 私の乏しい想像力では理解不能であるが…)

私は、教師と生徒は、立場的に決して対等ではないので、
教師が生徒を呼ぶ場合、「呼び捨て」が当たり前のような気がしていた。

こんなことを言うと、「もしかして明治の生まれですか」と
突っ込まれそうだが、本心なのでしょうがない。


最近、青少年の犯罪(それも凶悪犯罪)が、非常な勢いで増えてきた。

自然と「少年法」の改正が検討されるようになっているが、
それと前後して「子どもの人権を守れ」というような論調も
増えてきたように思う。

「子どもの人権…」

これについては、小室直樹・大先生(法学博士)が
バッサリと、こう切り捨てている。

  「少年の人権」など笑止千万。
  バカもいい加減にしなさいと言いたい。

         (中略)

  子どもだけに認められ、大人には認められない権利が
  あるとしたら、それは子どもの「人権」とは言いません。
  それは子どもの「特権」です。

      (『痛快!憲法学』(集英社)より)


この一文を読んだとき、私は目からウロコがバリバリと落ちていく思いがした。

今の世の中は、子どもの「特権」が満ち満ちている…。


この問題とは、少し違うかもしれないが、
どうも最近は、「権利」だけを主張して「義務」を怠っている子どもが
多過ぎるような気がする。

それは、今の社会に、何となく子どもを腫れ物のように扱い、
ご機嫌を取るような風潮があるせいかもしれない。
(少子化の影響?)

学校も、「人権」とか「権利」という言葉をタテにされると、
腰がひけてしまうところがあるし…。

いやいや、これではいけないのだ!

「権利」ばかりを主張するような子どもは、なかなか大人にはなれないものだ。
毎年くり返される、成人式のご乱行を見ていると、
率直に言って「こいつらに、成人式は10年早い」と思うのが順当なところだろう。

子どもには「学校へ行って学び、将来の社会に貢献する」という義務がある。

まず、大人がもっと毅然とした態度で、「権利」と「義務」が1セットであることを
子どもに教えなければならない。

そうしなければ、この国に未来はないと思うのは、考えすぎなのだろうか…。




●あとがき

「人権」とか「権利」なんていうと、
やはりどうしても話がカタくなりますね。

書けば書くほど、ドツボにはまりそうでした(汗)。

でも年を取るたびに、危機感が大きくなっているのは
事実なのです。


さて、来週は気分を変えて、軽くいきたいです~。
読者の koisutefu 様より、私が白髪染めに使っている「ヘナ」(ハーブ)
についてご質問いただきましたので、(←ありがとうございました♪)
そんなことも交えて、書かせていただきたいと思っています。


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