★いきいき健康・ゆとり生活・応援団!

◆私のブログを紹介します。 【その6】

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】
【6】 【7】

◆私のブログを紹介します。【その6】
「花は咲く」nhk 東日本大震災復興支援ソング(オリジナル フルバージョン)

にほんブログ村 ダイエットブログ ダイエット成功へ 広島ブログ にほんブログ村 健康ブログ 健康法へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 二人暮らしへ
↑↑ ランキングに参加中です。 ポチポチポチポチッ ☆☆☆☆ お願いします ↑↑

高原の青い空白い雲&チューリップ祭
高原の青い空白い雲&チューリップ祭 posted by (C)エージロー (2011年5月8日 14: 09 撮影)

■エピソード(No.12):歴史上の人物のお話

戦後の父(T7生・五男二女の末子で五男坊・午年)は、奈良県庁に籍を置く 外務省 の職員で戦時中は台湾に駐在していた5才年上の実

兄(T2生の三男で、戦後は夫婦で文房具店を経営)に刺激を受け、1958(S33)年8月、本籍地・笠岡から一家5人で大阪に出

て、裸一貫から独立開業を模索し、母(長女・第一子)と同じ昭和2年生まれの東大法卒の弁護士で当時近所に弁護士事務所を開いてい

た正森成二氏(その後連続9期の国会議員を務めた人で、母の同級生またはクラスメートと推測される知り合いの人)と出会い、その後

援会々員となって、高度経済成長期の波に乗り成功へ向けて全力投球を続けて努力し勝利を勝ち取った、いわば立志伝中の人物でした。

また、「弘法も筆の誤り」というのがありますが、大の弘法大師(空海)のファンであり、また良い意味での「書」のライバルであり、

かなりな達筆であり向上心が人一倍強く勉強熱心で教育熱心だった父は、外務省職員だった前述の実兄(三男)とも仲の良いライバル関

係にあり、「歴史上の人物」の偉人伝を読書するのが好きで、そういった趣味が高じて、いよいよ終(しま)いには、わが子にも歴史上

の人物の名前を付けるほどの凝りようとなったのでした。

 そして、団塊24の私エージローの場合、父が付けてくれた名前が医学部(野口英世博士)だったので、1969(S44)年4月、

大学に進学して、もと医学部の研究棟だった津市大谷町の古い学生寮(佳丘寮)に入ったとき、とても教育熱心だった父母の狙いは、

「うちの英世は蛮カラな寮に入れて、もうちょっと先輩たちに、人にもまれて、心身ともに鍛えてもらおう。」

っていうことだったので、一応その目的は達成されたわけでしたが、当時の大学(県立三重大学)には医学部と水産学部の二学部しかな

く、やがて近い将来、同じ敷地内にある隣同士の国立三重大学(伊勢湾を望む白砂青松の江戸橋海岸に隣接した広大なキャンパス)に吸

収合併(国立移管)される運命にあり、結局、学生集会や団交が繰り返され愛知県警や三重県警の機動隊までが出動するような内ゲバ事

件や殺人事件まで発生しハードなトラブルに見舞われながらも難産の末、創立23年目にして、実際に無事、私エージローが4年生にな

って間も無いころ、1972(S47)年5月1日付で、予定より大幅に遅れながらも一応予定通りに国立移管が完了したのでした。

そして、同年4月、初めて受験した製薬会社(大阪の老舗・東証一部上場企業)の入社試験にクラスメート3人のうち私エージローだ

けが早々と合格してしまい、翌月の5月に早々と内定通知が届き、翌1973(S48)年4月に入社。それと前後して「不老長寿の夢

の新薬」と騒がれた世界的新薬PG(プロスタグランジン)が開発されて株価が急騰し、そのままの高値(7,000~9,000円)で

現在まで推移。その当時、私エージローは開発部門(第二開発室)に在籍していたので、大阪大学医学部の中之島中央図書館に通い詰め

て新薬の外国文献の翻訳や医家向けのその抄録作り、その新薬(注射薬)の製造承認申請書の分厚い書類の作成などに従事し、その新薬

の初めてとなる薬価(薬価基準)を決めるため日曜日返上で東京の厚生省(現厚労省)薬務局まで出張したりしていたのでした。

室長曰く、

「東京出張は飛行機はやめときなさい。あれは墜落するからね。墜落したら一巻の終わり。新幹線で行きなさい。」


 そして、大谷町の古い学生寮には、医学部生と水産学部生が相部屋で住んでいて、私エージローの場合、1年生のときは医学部2年の

旅行好き、2浪の大阪のNさんと同居し、2年生のときは三重県神明町出身の医学部1年の双子のT君(弟)と同居し、双子の兄は一年

遅れで同じ医学部に入学し、二人とも私エージローと同じ弓道部に籍を置くことになったのでしたが、

弟「昼間は外が明るいので、外へ飛び出して遊びたくなり勉強に身が入らないので、真昼間からカーテンを引いて部屋を真っ暗にして机

に齧(かじ)りついて勉強してたんですよー(笑)」

 そして、私エージローの名前が医学部(英世)なので、いつも冗談交じりに、

弟「医学部へ来てくださいよー、一緒に医学の勉強をしましょうよー(笑)」

☆福山ばら祭に行ってきました。+血管年齢が25才で、肺の呼気一酸化炭素CO濃度が0ppmでした。

 ここで、 一酸化炭素 といえば、必ず思い出すのが、医学部長を務めた川上教授(公衆衛生学)の名物講座なのですが、

その内容というのが余りにもハード過ぎて、見方を変えれば クレイジー過ぎて、なかなか考えがまとまらなくて‥‥

 ひとまず、ちょっと話は変わりますが、もう時効なので、記憶が曖昧にならないうちに‥‥

 私エージローがM家の跡取りになることを予感し予言するかのような、教育熱心だった父母の遺言のような「言葉」があります。

「英世、お前はよく勉強ができるから、引き続きこれからも学業成就をめざして、しっかりと日々精進し頑張りなさい!!」

 実際、私エージローは翻訳業、ITコンサルタント業、教育コンサルタント業(塾講師・家庭教師など)など、将来のためにも、でき

るときにできる限りしっかりと多方面からさまざまな勉強をしておかなければならないだろうなという強い思いがあって、そのためもあ

って高二のときのクラスメートで近所の親友のK君と二人で昔、若いころ、ここはやはり神仏にしっかりと帰依をし「学問の神様」のご

守護をいただいておくべきだろうなということになって、菅原道真公を祀(まつ)る九州の 太宰府天満宮 へ初詣に行ったり、秋の行楽の

シーズンには京都の 北野天満宮 などへ遊びに行ったりしていたのでした。

 当時はまだ二人ともシングルでしたが、パイロット志望で運輸省(現 国土交通省 )に就職したK君は航空管制官として東京・羽田空港

から福岡・雁ノ巣(がんのす)空港の管制塔のレーダー管制室に転勤になったばかりのころであり、そこへ私エージローが大阪から仕事

の研修で福岡県柳川市の新工場へ3か月間の出張に出ることになり、久々に会おうやということになって、菅公の太宰府天満宮や「漢倭

奴國王」(かんのわのなのこくおう)の金印で有名な玄界灘の志賀島(しかのしま)などを休みの日にドライブし、ときには雨や風に祟

(たた)られたりはしたものの 楽しい思い出いっぱいのプチ旅行となったのでした。

 そして、紆余曲折のあるなか、あれからあっという間に夢のように37年余の月日が流れて、K君は現在どうしているのかというと、

関空(関西空港)のレーダー管制室を最後に60才で定年退職し、神戸・芦屋浜に居を構えて、神戸のヘリポートに再就職しており、

65才までのあと1年ほどをそこで過ごす予定のようです。

 そして、団塊24の私エージローの気になる学業成績については、1学年が12クラスで第1期生だった大阪市立の港南中学1年生の

ときで600人中・学年180位(9教科の定期テスト)、2年生のときで学年43位クラス1位(9教科の定期テスト)、3年生のと

きで学年11位クラス2位=9教科100点満点換算で75点(大阪府の公立高校の入試直前模試)、また、1学年が8クラスで第20

期生だった大阪府立の港高校(普通科)3年生のときで400人中・学年2位クラス1位(大学入試直前模試の実力テスト)という結果

でしたが、70年安保が控えた現・国立大学法人三重大学の入試(1969年3月)では、45問を90分で解答する必須科目「化学」

で満点の200点をマークして、

 「開学以来の快挙!! パーフェクト!! ギネスレコード!!」

などと当時、自分の意思とは全く無関係に、密かに騒がれ話題になったのでした。

 そして、私エージローが入寮していた津市大谷町の学生寮「佳丘寮」の管理人で、当時50過ぎぐらいだった萩原のおじさんは本学の

学務課の職員であり、私エージローが入部していた弓道部の職員弓道部の部員でもありましたが、寮内で顔を合わせても、学務課で顔を

合わせても、弓道場で顔を合わせても、にこにこしながら開口一番、

「(満点)すごいな~!!」

っていうのが一時、口癖になっていて、 

「今年の入学者はみんな質が高い、ハイレベル、高得点だわ!!」

と続くのでした。

 そして、人口爆発のような戦後の第一次ベビーブーマーたちが受験する厳しい年だったことに加えて、前代未聞の不測の事態「師走の

安田講堂の炎上事件収拾のため東大入試が中止」となったため、その余波として受験生の心理のなかの不安や危機感がピークに達し「火

事場の●●力」が大いに発揮されたりする「激戦の結果」につながったのかも知れないなと思ってみたりするのでした。

 そして、入学して1年が経過したころの1970(S45)年5月の中旬、本学に新設の工学部が発足してその第1回目の入学試験が

単独で実施された当日、かなり広い同じキャンパス内にある弓道場(養神館道場)では東海学生弓道連盟の春季リーグ戦の試合が行われ

ていて、部員の私エージローも弓道衣姿で選手としてそれに参加していたわけですが、時間待ちなどで矢場、的場のほうへ向かって歩い

ていたとき、いつもよりかなり多いように観える見学者(ギャラリー)のなかに母校、大阪府立港高校(普通科)の3年のときのクラス

メートY君の姿を発見して、びっくり仰天し大興奮!!

「ええ~~ッ??どうしたん、Y君やないかいな!!??久しぶりやね~~!!元気にしてたん??」

「ああ、元気で生きとったよお~~!!今日は試合??」

「そう。いや~~~ッ驚いた!!こんなところで再会しようとは、夢にも思わなかったよお~!!ほんとにびっくりした!!目が覚め

た!!こんなごった返しの人混みのなかで鉢合わせとは!!よく気が付いたよね、お互い。‥‥しかし、でも、今日は何でこんなところ

におるノン??」

「ああ、今日は三重大学の新設の工学部の初入試があって、このすぐ近くの会場で試験を受けてるところなんよ。で、今は休憩時間って

いうことでブラブラと、五月晴れの陽気に誘われて‥‥。で、ここで、この場所で、アンビリーバボなミラクルな事件が発生したという

ことになりそうだよね‥‥」

「おお、今日は、ここからも見える、ちょっと遠いような、あの建物、できたばかりのあの工学部で、初めての入学試験が行われる日だ

ったんやね。ああ、そうか。先輩部員から聞いていたような気がするけど、うっかりすっかり忘れてた。合格すれば工学部の第1期生。

頑張らんといかんね!しっかり頑張ってや!!」

「ああ、なかなか厳しそうやけど、頑張るわ!!ダメだったら、和歌山大学の医学部で伯父さんが教授をしてるから、そこに何とか頼ん

でみようかなと、考えたりしてるんやけどね。」

「ええ~~ッ?そんなことできるのん?」

「んん、まあ、どうなるか分からんけど、何とかするわ。何とかなるやろ。^^ いや、どうにもならんか。アハ ハ ハ ハ ハッ‥‥^^」

「^^ とにかく、体に気を付けて、元気で頑張ってや!!ここの工学部に合格したら、また一緒に遊ぼうや!!^^」

「よっしゃ!!三宅君の顔を見たら、元気が出てきた。合格できそうな気がしてきたぞ!!」

「よっしゃ!!その調子!!ここの医学部には5年かけて合格して頑張ってる学生もいるし、全国のあちこちから集まってるけど大阪か

らも割合たくさん入学してる。うちの高校の3年先輩も一人いるし、大手前高校や四条畷、寝屋川、高槻、春日丘、茨木高校などからも

来ていたりする。現役・浪人、県内・県外出身者がちょうど半々ぐらいで、三重県内出身者もたくさん受験してるから、それで県内出身

者が割合たくさん入学してる。で、そのときのうちの競争率は、忘れもしない27.3倍で、人口爆発の団塊世代で昭和24年生まれが

260万人。どこの試験会場も人の波で、まあ、状況は極端に厳しいけれど、怯まずに、焦らずに、しっかりと頑張ってや!!」

「ありがとう!!お互いに頑張ろう!!」

などと話しながら雑談などで盛り上がり、元気よく別れたのでした。  ‥‥(つづく) 

         ‥‥‥【文責・写真】エージロー(2014.11.18.Tue.更新)
竜王山に陽は落ちて in 千光寺山展望台
竜王山に陽は落ちて in 千光寺山展望台 posted by (C)エージロー


■エピソード(No.13):最悪の日

あの日は大失態を演じてしまいました。

夜更かしをして、朝の9時40分ごろに目を覚まし、

「しまった!寝過ごしてしまった!!」

津市大谷町の寮から大急ぎで近鉄の津駅北口まで山道、坂道を下り、ホームに滑り込む名古屋方面行きの電車に飛び乗って、次の江戸

橋駅で降り、汗だくのやや速足で一直線に螺旋階段のあるブルーな校舎を目指し一直線に心のなかは駆けっていました。

一般教養の「化学」の授業(9:00~10:30)のある教室へ、心のなかは一目散に飛んで行きましたが、気が付けば腕時計の針

は午前10時15分を少し過ぎていました。

そ~ッと、後ろのドアから広い教室に入ると、かなり難解そうな授業はほとんど終わりかけていて、やがて浜田巌教授(東大教養学部

卒、本学の化学の入試問題の作成担当委員)の出欠の点呼が始まり、そして、突っ立ったまま後ろで返事をしたのが最悪の事態を招き

ました。

クラスメート全員が揃うみんなの前で突然、初めての体験となる大きな雷が落ち、事態は暗転。

「しまった!はめられた!」

と思ったときは時すでに遅し。

窓ガラスが割れそうなぐらいの大きな怒声がカマキリのように細い身体から飛び出し、静かな教室に激しく響き渡りました。

「君はなんだ!!こんな遅く来て!!出て行きなさい!!」

ふとんの上で休もうかどうしようかと迷ったのでしたが、100%遅刻しそうなこんなときは素直に休む、欠席すべきだった。

休むのが嫌いだった「三カ年皆勤賞(中学校)」の私エージローの性格がはっきりと裏目に出たわけで自分の意思とは全く無関係に、

入試で開学以来の快挙「化学で満点」(200点)を取って大威張りで鼻高々の鞍馬山の天狗になっていると、教授を含めた教室のみん

なにそう思われてしまったような気がして、入学して間も無い梅雨空の6月ごろのこと、その日はある意味、いじめとか、嫌がらせに遭

ったような、とても暗く沈痛で複雑な気分になった「戒めとすべき」大失敗の一日、最悪の日となったのでした。

 しかし、6月の梅雨空とは裏腹に、いつまでもジメジメしていないのが本学の底抜けに明るい学生たちの持ち味であり個性であり、昼

にはもう梅雨明けのようにカラッとしていて、

「ここのカレーはいつ食べても、何回食べても、すんごく美味しいのよね~~」

名古屋風、コメディアンの南利明風にいえば、

「ここのカレーはもう、うみゃーでいかんわ~~」

で、ここで、

「な、なんで、うまいのがあかんねんな~~?」

っていう和田アキ子の元気そうな声が聞こえて来そうなのですが、

学生食堂のお気に入りの濃厚こくまろな大盛り90円カレーが来春(1970年・大阪万博開催年)から大盛り180円カレーに大幅値

上がりする予定なのに気づく術(すべ)もなく、あっけらかんと高度経済成長期(1954~1973年)のインフレをも物ともせず、

学生たちはあれこれと楽しみを見つけては勉学に勤(いそ)しみつつ好きなように遊んでいる、といったような状況なのでした。

 そして、ここでまた話は大きく変わり脱線しますが、最近の話。

健康志向の強い団塊の老夫婦二人で健康増進のためあちこちと外出し、帰り道にあちこちのスーパーなどで買い物などをして帰るので

すが、たまに意外なところで「そっくりさん」と遭遇します。

 例えば、5歳ぐらいの男の子を連れたSMAPの中居君だったり、2012(H24)年12月18日に亡くなった 日本将棋連盟

米長邦雄 元会長だったり、NHK 団塊スタイル の風吹ジュンさんだったり‥‥。

 米長元会長のそっくりさんについては、自宅から4~5キロ離れたところにあって つい最近までよく買い物で訪れていた中堅の大型

スーパーでの事件となりますが、今までに半年間ぐらいの間に10回ぐらい、その姿を目撃しました。

 平日の明るい夕方などに、その「そっくりさん」は広い店舗内をぶらぶらと歩いて一人で買い物をしていて、いつも新鮮なできたての

惣菜コーナーや、その近くの鮮魚、寿司コーナー、焼き立てベーカリーコーナーあたりで見かけることが多く、買い物かごを右手に持っ

て左手を比較的地味なスーツのズボンのポケットに入れて、ふらふらとゆっくりと歩き、おいしそうな匂いのする惣菜などをのぞき込ん

では、何かを少しずつ買って帰るようなのでした。

 そして、その様子が、物を言わず、確かにとても物静かで、影がとても薄い印象であり、米長元会長の亡霊、幽霊ではないかと一瞬寒

くなり、思わず足元を見てしまったりしたのでしたが、確かに、間違いなく 足は2本ありました。

また、息のかかるぐらいに接近してくることもあり、混雑しているときなどは目の前ですれ違うことも何度かあり、

 「アマチュア四段のオレ(ワタシ)に会いに来たのか?」

っていう感じのときなどもあって、確かに、あの世から会いに来たような印象を受けたのでした。

今から考えると、米長元会長の亡霊がスーパーに出没するあの「そっくりさん」に乗り移って、天国、極楽っていうか、黄泉の国、あ

の世からアマ四段の私エージローに会いに来てくれていたのでしょうね。そんな気がする出来事なのでした。

 また、先日は国保や健康保険証の件で尾道市役所へ出向きましたが、2Fの収納課の部長らしき人が、な、なんと、なんと、NHKの

ニュースWatch9の大越キャスターに「そっくりさん」だったので、びっくり。まさに、瓜二つなのでした。

 「しっかし、よく似ているなあ‥‥、似過ぎ!!まさか、胸の名札が『大越』になっていたりするのじゃないだろうな!!」

などと感心することしきりで、本人も大越キャスターを意識して「そっくりさん」なりのポーズを取ってくれたりするのでした。

血管年齢25才で実年齢64才の私エージローは現在、中学1~3年の生徒5名の英数の家庭教師をしていますが、その中学3年(受験

生)のなかに真面目な双子の兄弟がいて、お互いにとてもよく似ていて、よく宿題も質問もする熱心な兄弟で、瓜二つなんです。

ちなみに、その兄弟二人には8月1日から英数を中心に指導をしていますが、夏休み前の一学期の期末テスト(7月)の成績が悪く、

兄;英語(40点)、数学(36点)、弟;英語(50点)、数学(48点)だったものが二学期の中間テスト(10月)では、

兄;英語(51点)、数学(82点)、弟;英語(73点)、数学(84点)と大幅に得点アップとなり、見事と言えるぐらいに学業

成績が改善したのでした。この時のご両親の喜びようは、とてもすごいものでした。

なお、その後、弟T君は三学期の学年末テスト(1月)で英語88点をマークしました。

そして、2015年11月現在、月~土曜日の6日間に9名の生徒(小6~中3生)を受け持ち、その中で因島の生徒(中3生)が2学期の中間

テスト(10月)で数学81点(1学期の期末テストでは66点)を記録しましたが、この時のご両親と本人の三人のうれしそうな様子も、

また喜色満面というのか、とても喜びに満ち溢れていました。

「先生、ほんとうに、ありがとうございました!息子もやっと、苦手な数学に自信がついて来ました。ありがとうございました。」


 また、TVを視聴していてたまに思うのは、お笑い芸人のサバンナの高橋茂雄がfacebookのCEOであるマーク・ザッカーバ

ーグ氏にとてもよく似ているような気がする点です。この点は、どうなんでしょうね。

そして、TVを観ていて気が付いたのは、人気女優の名取裕子(57)と若手人気女優・タレントの鈴木砂羽(さわ)がとてもよく似て

いて、しっかりとその人間違いに気づいたのはつい最近のことです。

 さらに、私エージローの二つ上の実兄はデザイナーでベンツオーナー、30年余の会社経営者であり、人気の刑事ドラマ 古畑任三郎

(阪東妻三郎の三男・田村正和)の「そっくりさん」でしたが、それにしても世の中にはよく似た人がチョクチョクいるものだなあと、

つくづく不思議に思う今日この頃です。   ‥‥(つづく)

         ‥‥‥【文責・写真】エージロー(2016.05.02.Mon.更新)

■エージローのコラム ‥‥2014.08.28(木)更新

第1ステップ:いい記事を書くことは勿論とても重要ですが、それと同時進行で要(かなめ)の「アクセスアップ」にも取り組もう。

分かりやすく例(たと)えて言えば、ホームページ=自分の家(自宅)であり、サーバー=土地で、サイトアドレス(ドメイン)=住

所、回線=道路です。

SEO対策の一環として 全国総合ランキング第1位 を目指そうとするのは、トータルマネージメントをする場合、譬(たと)えるなら

ば、俯瞰的に見て、富士登山を計画し、富士山の頂上を目指すのと似ています。

つまり、霊峰富士の山頂を目指すのはその山麓、広大な裾野の全方角、全方位360度のどの地点、どの場所からでも可能なのであり、

実際、挑戦者たちは知らず知らずのうちに、あらゆる場所から試行錯誤をスタートさせて、様々なルートがあることを認識し確認しなが

ら、世界の最高峰エベレストの登頂成功をも夢見て、コツコツと日々精進を重ね黙々と努力を続けて紆余曲折の後、数年後のいつの日

か、目標の山頂が目前に迫ると、かなりな興奮と喜び、愉悦を経験することになり、それを実現させると途轍もない大きな達成感を味わ

うことになるのです。

山頂にはどのような風が吹いているのか、どのような眺めなのか、どのような空気なのか、あなたには想像できますか?

■エピソード(No.14):ショッキングな●●●●との遭遇

おはようございます。

台風一過で、今日、10月15日(水)は朝から爽やかな秋晴れのいい天気。

午前8時の気温が16.0度、湿度59%、気圧1020hpaで青空の広がる快晴。

昨日、14日は今年最強の猛烈な台風19号(中心気圧900hpa)の日本列島縦断で全国的に被害甚大でしたが、こちら瀬戸内海沿岸

地域は手元の気圧計の針が1022hpa(11日午後9時ごろ)から995hpa(14日午後5時ごろ)まで下がり、そのあと徐々にい

つもの気圧に回復し、14日午前、台風19号は三陸沖に抜けて温帯低気圧になりました。

暑さ寒さも彼岸まで。ぐっと冷え込んで今日、15日はとても寒い朝となりました。

 そして、昨日(2014/10/14)は、午後6時過ぎ、とんでもないショッキングな目に遭いました!!

自宅から5キロほど離れた、自然がたっぷりの標高185mの浄土寺山(瑠璃山)の山頂遊歩道を、健康志向の強い団塊の老夫婦二人で

ウォーキングしていたときのこと。

浄土寺山の山頂展望台からの眺めは瀬戸内海が一望できて、とても見晴らしのいいお気に入りの場所の一つなのですが、この日は夕方、

珍しい三河ナンバーの車が細い道を挨拶をして通り過ぎていったりするなか、空気のおいしい緑深い稜線(尾根)のセメント道の山道を

携帯の万歩計で3000歩ほどウォーキングし、帰路の道を二人で歩いていたら、珍しくも、広島県立尾道東高校(普通科)の野球部2年

の部員が2~3人、急な上り坂の幅1mにも満たないような藪(やぶ)のなかの脇道から次々と汗だくで登って遊歩道へ出て来てすれ違

い、鉢合わせになって、 

 「こんにちは!!」 

と元気よくあいさつ。

 よく顔を見たら、この肌寒いような涼しい夕方に、顔じゅうの汗腺から汗の玉がふつふつと噴き出していて、汗びっしょりの様子であ

り、傾斜角が35度ぐらいはありそうに見える山頂付近の急な斜面の細いラフな坂道50mほどを、下のグラウンドから猛ダッシュで登

って来たのだという話で、二人はハーハーフーフー言いながら、そのままばったりと道端に倒れ込んでしまって、ぐったりしてしばらく

動かないままでいました。

その様子を見て、先ほど往路で歩いていたとき、遊歩道の西側斜面の下界のほうに確かに、グラウンドらしきものが木々の間から見え隠

れしていたのを思い出しましたが、それは初めて見る光景であり、どうやら、この細い道が最近、拡幅工事( ※注1 )の対象になってい

て、道端のかなりな樹齢のクヌギの木々が何本も伐採されて、その生々しい大きな切り株があちこちに露出しているような状況なのでし

た。

※注1 あとで分かったことですが、実際には拡幅工事も兼ねたような工事のようであり、正確な工事名は「新高山配水池築造工事

(造成・築造)」(発注者 尾道市水道局、請負金額 10,141万円)であった。


そして、この伐採により見通しの良くなった木々の間から初めてグラウンドが見通せるようになったわけで、それが前述の東高(地元で

は普通に「ひがしこう」と呼ばれていて、近くに進学校の北高「きたこう」もある)のグラウンドであることを初めて知ることになった

のでした。

つまり、東高の校舎は狭い町中にあって、グラウンドはそこから200~400mぐらい離れた浄土寺山の山裾にあるのでした。

そして、東高といえば、私エージローがかつて在籍した現三重大学(生物資源学部)の津市大谷町の学生寮(佳丘寮・かきゅうりょう)

で一緒だった同い年で一年先輩のMさんが東高の出身であり当時、私エージローは大阪から、Mさんは広島・尾道から三重県津市へ転入

・進学していたわけで、アルバイトに明け暮れていたようでしたが、とても元気が良くて活発で、私エージローにもとてもよくしてくれ

た記憶があり、現在は定年を迎え、隣町の広島県福山市の神辺に居を構えて元気に暮らしているようです。

 そして、秋のハイキングや遠足などで子供たちに人気のヤジロベーを作って遊べるような袴をはいた大きなドングリたちが道端のあち

こちに転がっていたり、また、栗や柿の実なども伐採でこの周辺のあちこちにまだまだたくさん転がっているのであり、この辺りにこの

事件の一つの伏線があったのだなあと、あとで気付かされたのでした。 

14日の日の入り時刻は午後5:36で、私エージローは現在、中学1~3年生5名の家庭教師をしているので、いろいろな受験・入試

情報収集のためじゃっかん長話になり、明るかった空は気が付けば、いつの間にか薄暗くなっており、 

「秋の日は釣瓶落とし」。

そのうち、あっという間にすっかり山道は暗くなり、山頂遊歩道の始点(入口)にほど近く浄土寺橋の手前あたりに停めてある車までは

400mほどの距離であり、野球部員との立ち話の途中で、すぐ横にいたワイフが

 「急に冷え込んで寒くなって来たので、ひと足先に一人で車まで帰りたい‥‥」

と言い出したので、仕方なくそうしてもらったのでしたが、そのあと‥‥

長話を切り上げて、暗くなった午後6時過ぎの山道を急ぎ足のジョギングシューズで足音もなくとぼとぼと歩いているうち、4~5分ほ

どが経ったころ、ややはるか前方の幅4~5mの山道の真ん中あたりに黒い影が見え、家内の姿があそこに見えると思いながらそれを目

当てに足早に歩き続けていて10mほどの近くまで来たとき、暗がりの山道に足が4本見え、横向きになったその姿が、なんと!!@@

たてがみを生やしたような、焦げ茶色の剛毛がいっぱい生えた大きなオスのイノシシ、体重が90~100キロぐらいに見える黒々とし

たごつい体幹の野生の大イノシシであることが分かり、一瞬ドキッとして、頭の中は真っ白になり大混乱のパニック状態!!

まさか、急いで下山しようとしているときに、鈴虫たちが鳴き出し暗くなった静かな一本道を、一頭の野生の大イノシシが塞いでいよう

とは夢にも思わなかった!!

頭を下げて、道の真ん中で何かエサでも食べているような格好で真横向きに大の字に立ちはだかっていたので、歩くのを止め、牙は確認

できませんでしたが、パニック状態のなか、どうしたものかと思案しながら見つめていると、ややあってすぐに人の気配に気づき、一瞬

目と目が合ったような感じだったものの、右手の山の高い斜面に向かって猪突猛進、一目散に逃げるように駆け抜け、けもの道の熊笹を

踏み分けるように、ザザザザザーーーッと大きな音を立てながら、夜の闇にそのバッファローの化け物のような姿を消してしまったので

した。

夕闇迫る山の中で大イノシシと遭遇、対峙するのは初めての経験。

一瞬、身の危険を感じて、

「うっわーーッ!! ヤバイ!!!」

と思ったのですが、車まで帰る途中、明かりのついた木工所の事務所に立ち寄り、興奮気味に、

「今、大イノシシが出た!!」

という話をすると、50代ぐらいの細身のおじさん曰く、

「この事務所の裏手にも、たまに出ますよ!!だって、畑などもあるし、足跡がよく残っていますもの。」

「ええーーーッ!!そうなんですか?? それは、危ないですねえッ!!」(エージロー)

そんな話は初耳、気を付けんといかんなア‥‥。

でも、「熊」でなくて良かった!! 

熊と鉢合わせしていたら、今ごろ、生命(いのち)の保証はなかったでしょうね。

今日は野生の大イノシシとの遭遇で肝を冷やした、っていうお話でした。

15日(水)の午後は家庭教師の日で、生徒O君宅の裏手の山や畑でも14日朝8時ごろ、イノシシが出たようで、ガラガラガラ-ッと

イノシシ避(よ)けの音が鳴るのを中学2年の本人が直接聞いたようでしたが、何も行動をしなかったそうで、おじいさんに叱られたよ

うです。

皆さんも冬に向かうこの季節、山道や畑などでは十分に気を付けましょう。( ※注2

今日のあすけん管理栄養士のアドバイスはー

「エージローさん、おはようございます。 今日も一日がんばりましょう♪

風邪が流行るこの季節。

帰ってきたらしっかり『うがい・手洗い』してくださいね。

日常の健康管理や感染症予防のためにも習慣づけることが大切です。」

確かに、朝夕が冷え込み始めるこの季節、

マスクと、うがい・手洗い、大切ですよね。

皆さん、しっかりと実行しましょう。

※注2 2015年12月01日(火)の午後8:05頃、家庭教師(個人事業)の帰り道、再び野生のイノシシと遭遇しました。

自宅から30kmほど離れた隣町・三原市の久井ICを南へ3kmほど下った深い山の中の県道R25(市営の定期バス路線)において、体重

40kgぐらいの小さめの丸々と太ったイノシシを発見。

毛色はくすんだ灰色~薄茶色。

助手席側のタイヤから1mほど離れた幅13mほどの道路の山側の路肩で、こちらにうつむき加減に顔を向けて何か大きな袋に入ったよう

なエサをつついているような状況でしたが、一瞬緊張したものの、ライトに照らされても無反応でクルマに突進してくる様子も全く無

く、冷え込みが厳しくなった暗い夜道をさっと静かに通り過ぎたのでした。

そしてまた、2016年03月26日(土)の午後8:28頃、同じく久井IC近くの家庭教師(個人事業)の帰り道、再びR25の前回とよく似た

場所で一頭の野生のイノシシと遭遇しましたが、今度は少し小さめの、人間でいえば15才ぐらいのイノシシでした。すぐ左前方にライ

トアップされてこちらを向いていましたが、一瞬緊張したものの、突進してくるようなことはなく、静かに通り過ぎました。

ちなみに、20年ほど前、知り合いから冷凍してあったイノシシ肉を少しいただいたことがありましたが、塩コショウで焼肉にして夫婦

で食べるととても美味しかったことを覚えています。その肉は、三原の山によく出没してあちこちに被害を与えるイノシシの肉で、尾

道・三原の猟友会が依頼があったときに数人のメンバーで日曜日に出かけて成果があればその場で解体して人数分に分けてそれぞれが持

ち帰るという決まりになっており、先ほどの知り合いも猟友会のメンバーの一人であり、現在の山に居るイノシシはイノブタといって、

野生のイノシシと養豚場のブタが自然交配してできたものだそうです。その肉の味は市販の豚肉にそっくりでしたが、野性味があり、身

がしまっていて、とても滋味でした。


‥‥(つづく)     
        ‥‥‥【文責・写真】エージロー(2016.09.12.Mon.更新)

なぜカープは24年も優勝できなかったのか (2016.09.12.Mon.)

黒田も新井も・・広島を苦しめた「2つの制度」 by 永瀬 郷太郎 :スポーツニッポン新聞社特別編集委員

全自動 クラウド確定申告ソフトfreee  迷わず簡単に確定申告書を作成。2013 Good Design Award

初めての確定申告でも、ガイドに沿って質問に回答するだけで確定申告書の作成が可能です。青色決算書や別表にも対応。

リアルタイムで経営状況を把握。レポート自動作成で経営状況を一目で把握 全自動の会計ソフト、今すぐはじめる⇒

手入力がなくなる。

銀行口座やクレジットカード、レジやECサイトなどから会計情報を自動で取得して仕訳登録。

入力にかかる手間が大幅に削減でき、人的なミスも防ぐことができます。

経理をラクにする会計ソフト。

記帳から確定申告までこれ1本でできる 経理を自動化してラクに!今すぐ使えます。

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】
【6】 【7】

当サイト TOP


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: