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地震があってからだいぶ経っているのに、こちら方面には出かけなかったので、見て驚いた。立派な石灯籠がゴロン。でもまわりには白木蓮が咲き、上野公園にはすみれが春を告げていた。すぐにアップできなかった、ワタシの気持ちも今になって、落ち着いてきた。もう桜は散ってきている。
2011年03月28日
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日記を書けない日が続き、空白は悔しいので、記憶と家計簿とPCのスケジュールをたどってみたが、分からない。細かい忙しさで翻弄の日々だった。たぶん、教会に行ってから近くで買い物をしているが、ヨーグルトはなかったので、飲むヨーグルトを買っていた。
2011年03月26日
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会いに行ったら、うれしそうな顔をする。大人になって初めて、父の手を握ったら、すごく冷たい。ワタシの手は他のだれよりも温かいのよと言いながら、握手した。ワタシの来たことを知ったお医者さんが時間を作ってくれて、お話をする。だんだん治療法も限られてきて、家族の決断も迫られる。母と相談しておいたように、とにかく本人が辛いことがないようにと考えている方向で、意思を伝えた。それでも、帰りの電車で1人で夕食を食べるのは辛く、夫にメールして池袋で待ち合わせた。しかし、計画停電の影響で、6時までで静かなお店は閉まってしまう。仕方なく駅の外に出ると、居酒屋さんしかなくて、混雑のお店で日本酒と肉豆腐なんて、思ってもみなかった食事となった。
2011年03月23日
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運航状況を見たら、たどりつくのはとても難しく、母と電話で相談し、父の具合が落ち着いてきたので、時期を見ることにした。父はプリンやおかゆを美味しそうに食べられる状態になり、すやすや眠るようになったので、母も安心してきた。主治医との約束を守れず、病院に電話してお詫びし、また感謝の言葉を添えることができた。それで、いつもの通りにストレッチ教室へ。それから震災の情報交換も含めてのランチをして、急いで帰る。春休みを迎えたマゴムスメたちが出かけるのを送り、少々さびしくも、楽しい春を過ごしてくれるよう願い祈る。
2011年03月18日
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父の病院の主治医から話したいという電話を看護師さんからいただいた。こんな時にと恐縮されていたが、重大な局面になってきたものと思う。ただ、約束の日は先なので、前日に発表される運行予定を見て、余裕を持って行こうと思う。準備だけはしておこうと思う。本数の少なさと、運行時間が朝早くと終電間近ということで、どうなるかなぁ。
2011年03月15日
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なんだか小さい予定がいっぱいで、動物園や映画や博物館や落語に行きたいなぁと思っても、ゆけないでいる。もう少し若く、エネルギーがあれば」、時間をやりくりして出かけていると思う。オイかも知れない。好奇心も鈍って来ているなぁ。新作落語のpodcastを聞くことが多くなって来ている。やっぱり生で聞きたい。馬鹿馬鹿しいお話と斬新な発想に惹かれる。頭の遊びではある。
2011年03月04日
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今年はひな人形を飾るエネルギーがなく、先日撮った川崎市立民家園のおひな様の写真をデスクトップの壁紙にして済ましてしまった。さくら餅も時間差夕食だったので、息子がおやつに買ってきたものを、翌朝いただくという、寂しいひな祭りとなってしまった。でも一応ひな人形とさくら餅で、気持ち的にはうす温かい。
2011年03月03日
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退院していた父がまた入院となった。少し熱が出ていたので、母からの電話に早めにお医者さんと連絡を取った方が良いと答えたら、本人はたぶんしぶしぶ承知したと思われる。だから、お見舞いに行ったのに、ゴキゲンが悪い。でもお昼ご飯は良く食べていたので、母と褒めちぎって、回復には食べなくちゃぁね。励ましてきた。病院を出て、母とこたつで長話。こうやって聞いてあげることで、明日へとつなぐことができる。たぶたび、お見舞いにゆくことになりそうだ。
2011年03月02日
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まだまだダウンコートだし、ニュースも暗い。なんだか疲れる。と思っていたのはワタシだけでなく、映画の日に珍しくも早く帰った夫も疲れたからプリンを買ってきたと、大きめのプリンがデザートとなった。やっぱり疲れているらしく、食後はうたた寝。無理することなく、身体に正直に暮らしてゆこう。
2011年03月01日
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どうも夫の傘は無くなったり、骨折したりで雨や雪の日に手元に長傘がないこともある。思い立って、傘を購入してきた。条件は千円で丈夫そうで無くしにくいもの。柄の部分に穴が開いていて、目印を付けられるようになっている。何日か経って、印を付けたからと言う。見ると、可愛らしいビニールのカエルさん。おじさんにはちょっと勇気がいるかも。持って行ってしまう人にも勇気が要求される。まぁいいかも。カエル傘。
2011年02月22日
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もう着物を着る時代ではなくなって、30年は経ってしまっただろうか。その着物を収めた箪笥2棹から、とにかく出してみようと試みた。整理するのは頼まれているのだけれど、もう持ち主は着ることはないし、どうしたものか。防虫剤はとうに空になり、でもほぼ無事なようす。なんとかできる着物目利きではないし、まずは持ち主と相談しようと思う。その次はワタシの母手縫いの着物をどうするかが問題となる。まだしばらく保管ということになりそう。
2011年02月16日
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印鑑証明書を取りにいった。機械でできるものと思っていたら、カードではなく紙の手帳のようなものだったので、窓口扱いとなった。案内係に聞くと、詳しくは赤い上着の人に教えてもらってくださいとのこと。さっそく聞くと、丁寧に教えてくれ、案外早く発行してくれた。帰りに、和菓子屋さんで「バレンタイン薯蕷」を購入。ハート型紅白薯蕷饅頭はかわいらしく、まごチョコの代わりとした。夕方、手作りチョコレートケーキを持って来てくれたので、そちらをいただいたら、もうお腹いっぱいで、「バレンタイン薯蕷」は明日に延ばすことになった。チョコレートは濃厚でも、マーマレードで軽い感じを出してあって、なかなかの出来だった。こういうのを幸せということになっている!
2011年02月14日
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カットのためいつもの美容室へ。かんたんに手入れができて、長さはあまり切らないでという注文で後ろはかなり切ったものの、そんなに変化はないような感じに仕上がった。今回はいつもより白いものが目立ったようで、これからどうなさいますか?と聞かれた。もちろんそのままでと答え、シルバーバックもどきを目指す。
2011年02月10日
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父の病院に付き添った。タクシーから降りて、車いすに乗せるが、ぎこちない押し方に、乗っている方も大変だったと思う。車いす用トイレで検尿をするのは、本人が立ち上がってできたのでセーフ。体重を計るのも、レントゲンを撮るのも、なんとかなった。お医者さんはワタシに会いたかったそうだ。考えておくべきことを伝えられ、高齢では判断がつかないので、次回までになんども話して確認してこれからどうするかを一緒に考えてゆかねばと思う。選択をしても、やり遂げることができるかどうか。本人と家族の体力と気力と財力を無理のないように使ってゆくということかも。すこ~しずつ、神様は準備にかかっているように思われる。ともあれ、どこでも親切な言葉をかけられ、畑の真ん中の小さな調剤薬局でも10種類くらいの薬が処方され、そこからタクシーを呼んで無事帰ることができた。車いすはそのまま薬局に乗り捨てで良いそうで、助かった。夕方電車に乗って帰り、夕食は駅ナカでかき揚げそば。その場では美味しく思えたが、油が疲れていたのか、もたれてしまった。
2011年02月07日
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デパ地下に寄ってから電車に乗ったので、お昼を過ぎていたが、京都の風情の良いお弁当は喜んでもらえた。母のいうとおりの台所仕事をこなす。洗い物や、野菜を切ったり、スープを作ったり。一品でまんべんなく栄養が取れるので、具だくさんのスープを父向けにかなり薄味で作った。この間ネットで買ったコートが届き、包帯を巻いた手が通るほどの余裕のある袖だったので、助かったとか。こたつで話しをして、いつもより遅く帰った。夕食は駅ナカの新しい生パスタのお店でちょっと贅沢をした。その後一眠り。起きて作りかけの報告書を送り、明日の準備をして眠る。
2011年02月05日
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電話で母が右手の手のひらを火傷してしてしまったことを知った。昨夜、つまずいて転び、手をつく場所がやかんからこぼれた熱湯の中になってしまったという。本当に細やかに父の看病をしているので、疲れが溜まってしまって、注意力散漫になっていたのだろう。日常の動きでも危険はいくらでもある。幸い、早めに救急車で皮膚科で診てもらえたという。とにかくは、明日ようすを見にゆき、月曜には父の病院の付き添いをすることにした。同じパターンはワタシもよくすることなので、慎重に、身体休めを優先して取り組むことにする。家族の協力を取り付け、日曜日の礼拝のお祈りに母の名も加えてもらって、牧師さんと心の痛みを共有していただいた。これで今日できることは終わり、明日は母に免疫力をつけてもらいたいので、辛い中にも楽しさをと京都のお弁当を携えてゆくことを思いついた。
2011年02月04日
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父が役場に出向いて、申告に行って来ると聞かないので、ワタシがパソコンで手伝うからと、とにかく感染症を引き起こさないよう出かけるのを阻止すべく、PCをリュックにしょって出かけた。ところが、知ったかぶりするなと怒鳴られるし、書類を見て見ると、老人医療のため医療費10万円には微妙に届かないし、今まで何を根拠に申告していたのか不思議に思った。あんまりなので、これからは今までやってきたことをしない勇気を持ってと、状況を考えての行動を迫って、怒ってしまった。本当に家族が疲れてしまっている。PCをせっかく持っていったので、母とネットショッピングで、母のコートを購入した。母が楽しそうだった。本当に買い物に出られなくなっていたので。まぁ、斬新なデザインがお好みなんだなぁ。
2011年02月02日
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すぐに出せるように、階段の下に置いてあったモノを取り出したら、2時間半かかって整理することになってしまった。意外と奥行きがあり、たぶん入れられた当時、新聞の日付では1973年当時のいらないモノをたくさん発掘してしまった。高い靴を履いていたのねぇ。45Lの袋にいっぱい。粗品と書いてあっても、立派な灰皿。流行ったけれど、銅のチーズフォンデユーセットは贈り物としては見応えあったけれど、活用していたお宅はあったのかしら。お土産の各地の飾り物が1箱。燃える燃えないを分けたが、細工は手が込んでいるけれど、デザインはまだまだ。捨てる作業は作り手に申し訳ない感じがしてしまう。多かったのは空き箱(おがくず入り)、空き缶。以上のモノが捨てにくい、とうことは、ワタシはこれらを整理しながら生きてゆけば、かなりすっきりさわやか人生を送れることになる。モノの無い時代に生まれた世代と逆の価値観を持って生きることになる。
2011年02月01日
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今年の寒さは格別で、寒い実家に父のお見舞いに行くという大義名分で、ダウンコートを購入した。デパートのバーゲンで7900円。デザインがちょっと飛んでいる。お値段が一番気に入り、色はダークオリーブ。そういえば、古いすり切れた革手袋もオリーブ色。復活させたら、使い心地抜群。靴も撥水剤をかけたら、グレーがカーキ色に変わってしまってショックだったが、ダークオリーブに合せれば素敵になるかも。寒さの中の移動も、軽くて温かなこのコートで快適だった。マフラーも手編みかユキヒョウ模様がちょうど良い。残りの冬を楽しもうと思う。ヴィヴァルディの冬のメロディを聴きながら、冬のお出かけを考えようと思う。そうしたい。
2011年01月30日
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1回ぬけただけなのに、かなり動かしていない感じ。寒いけれど、思ったより軽く動くことができた。いつも使っていない場所を使うのも、身体を生かすことになって良いし、何より清々しい。スポーツ嫌いだったのに、不思議と毎週の楽しみとなっている。
2011年01月28日
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定期的にかけているのに、いつも何枚か残して次の作業をやらなくてはならない。30分もかければ、かなりはかどることなのに。家計簿の入力も今回なんとかツジツマを合わせる程度にはできた。なぜが945円余ってしまっている。不可思議。掃除も丁寧に。フィルターも洗う。奥の奥まで掃除機の掃除をしたら、俄然勢いが良くなった。夫がポツンポツンと亡くなった父の思い出を語る。ワタシは若い頃言われた言葉ばかり思い出し、なかなかプラスイメージを語れないでいる。大変にお世話になったのはなったのだけれど。きっと、辛いことがあったら飲み込んでしまって、外にあんまり発散しないで過ごして来たので、フタを開けると出てきてしまうのかもしれない。大騒ぎして生きてゆくのも手かもしれないなぁ。ともあれ、魂だけになってしまうと、なにもかもそぎ落とされるので、これからのお付き合いはしやすくなるかも知れない。悲しみを伴うが、素敵な恵みと思う。感謝。
2011年01月26日
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15日~25日の間にあったのは、義父が入院し、逝去、通夜、そして今日告別式を終えたという家族にとっては、曜日も分らなくなるくらいのドラマだった。さすがに疲れが残り、家の中も片付かず、その中、インフルの影も忍び寄り、ワタシの父への見舞いというか母の疲れも案じられるので、近いうちに会いに行こうかと思っている。幸いなことに、義母は結構元気に見える。義父が長く患うことがなかったことにも安堵し、家族の優しさも確認できたからかも知れない。
2011年01月25日
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クリスチャンには苦手な40分近い読経。焼香は1回っだけ、3回だったかなぁ。すぐ忘れてしまう。でもたぶん形式でなくて、気持ちであることは宗派を超えるだろうと思う。苦しい状態ばかり見てきた1週間だったので、静かに眠っているようなようすはほっとする。夫は最後に何か言ってもらいたかったらしい。ごめん、ワタシは15日の朝、ちゃんと名前をはっきり呼んでもらった。涙は出なかったけれど、やっぱりお骨になってしまったのは、チカラが抜けてしまった。ひとつひとつの段階を通って、身体も骨も目の前から無くなり、まだ記憶にある声の印象も消え、だんだん軽くなり、しばらくすると、名前だけになってしまうのかも。儀式をこなして行く過程で、また次の関わり方、お付き合いが始まってゆくのかも知れない。
2011年01月24日
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そう、土曜日に1分だけなって、息を引き取った。1週間過ぎて、義父も疲れ、ワタシたちももう気持ちの準備になったのかも知れない。義母もこれ以上は体力的に辛かったかも。まさに絶妙のタイミングだった。それからは、息子と歩いて帰ってきた。朝になって夫から階段を4人がかりで運んだことを聞いた。ともかくも、少し眠って、夕方には日曜日の炊き出しの準備に教会に行き、お米をといで準備をした。それからオルガンの講習会に来ていた息子とお線香を上げに行った。土日がいつものように過ごせますようにという願いは聞かれていた。何があっても、大丈夫のような気がしてきている。
2011年01月22日
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結局、11時すぎに交替して、お腹も空いたのでランチしてバスで帰る。そのまま家事をして、夫には眠ってもらい、夕食を作って、早めに夕食を取って、また病院へ行く。曜日も昼夜もだんだん感覚が分らなくなって来る。眠っていなくても眠れない状態になってしまった。週末とあって、ぞくぞくと仕事帰りに寄ってくれる親戚の方々が現われた。相変わらず、数字は小さくなり、また会いたい人には会わせてくださいという状態になった。もう、経験から、限界近いことを看護師さんたちも分っているのだと思う。でもでもランプはまだオレンジ、時々緑。でもとうとう赤が点灯してしまった。医師や看護師もかけつけ、ベッドの回りをみんなで囲んだ。声を掛けても、呼吸の数が少なくなり、あっという間に宣言を受ける結果となってしまった。
2011年01月21日
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夜の11時半ごろ、家族を呼んでくださいと連絡があった。数字はだんだん小さくなっている。ベッドの回りで、親戚の人たちと昔話をしながら過ごす。病院の夜を過ごし、ワタシたちが朝まで残ることにしてもらった。同じように家族が集まっていて、ランプが赤となり、気がつくともうお帰りになり、静かになっていた。ベッドも片付けられていた。なんとなく、そうなってゆくのかと思う。暗かった空は晴れた朝の空となり、義父はガンバッテ今日を迎えていた。呼吸するのがこんなにも大変なことなのかと思う。毎日普通に動けるのは、実は大変な恵みだと思わずにはいられない。
2011年01月20日
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午後、家族で一緒に見舞った。昨日とあまり変わらず、薬が効いて落ち着いてきているように思えた。小さいひまごもまごたちも、優しい言葉をかけていた。夕方見舞った夫は、目を開けて、なにかもごもご言っていたようだと、入院してから一番良い状態だったと、感動して話していた。
2011年01月19日
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午後急変したので、集まってくださいと連絡があった。タクシーで駆けつけると、こんな呼吸は見たことがないと思うくらい荒い息をしていて、息をすることが大変そうだった。今は呼吸が脳でコントロールできなくなっているという。家族で呼吸のための管を入れるかどうかの決断をするようにと、医師に伝えられた。遠距離の夫は夕方やっと医師の説明の場に間に合った。それまでの時間に相談しておいたことを医師に伝えた。厳しい状況であることを告げられる。脳炎から来る嚥下性の肺炎を起こしているという。立てなくなったという症状から始まって、症状は似ているが、原因はさまざまということ。電話の話だけは脳梗塞と考えてしまった。検査からの数字は呼吸一番厳しく、血圧が低くなって尿が出なくなることも心配であるし、薬を強くすると、心臓に負担がかかるという。
2011年01月18日
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頼まれた用事を済ませてから病院へ行こうと思っていたら、それには及ばないと義母がいうので、仕事帰りに寄ってきた夫の話を聞いた。そんなにはようすは変わっていなかったという。少し入院すれば、元気になるとみな思っていた。
2011年01月17日
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結局、熱があり、脳梗塞ではなかったので、落ち着いて来たというので、いろいろこなしてから、病院に着いたのは夕方7時半。でもベッドに手足を拘束されて、荒い息をしながら眠りが深い姿を見て、ショックだった。なんだか、こちら側より向こう側の人になってしまっているように思えた。こんなに急に変わってしまうことがあるのだろうか。
2011年01月16日
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朝、用事で電話をしたら、義父がベッドから急に立てなくなったという。心配になって、ネットで調べたら、脳梗塞の前ぶれとよく似た症状に思えた。とにかく病院へ行くことが大切。電話をしたら、本人が出て、ワタシの名を言ったが、その後言葉にならない。ますます心配になり、連絡を取ってみたが、義母は出かけてしまって、やっと会えたのが午後3時半。話したら、義母も納得して、すぐ帰り、夕方救急車を呼んだという。でも結局入院する病院が決まるまでに30分はかかってしまったという。
2011年01月15日
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ストレッチ教室で、どの動作も一生懸命に曲げたり、伸ばしたり、踊ったり、充実していたなぁと思ったら、ちょっとやりすぎてしまった。終わったときはぽかぽか、身体も軽かったが、だんだん無理してしまったのか筋肉痛がじんわり。で、一休み。眠ってから、一念発起して、議事録と会計報告の作成のためパソコンに向かう。早めに就寝したら、筋肉痛は去っていた。良かったなぁ。形はともかくも、機能はたぶん体育をなんとかしてサボろうとしていた若い頃よりも、ずっと向上していると思われる。
2011年01月14日
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入院してから3回目のお見舞いとなった。入院生活も慣れてきたが、単調さも身について好奇心が薄れてきているような感じもする。少しでもにこやかな顔になるようにと、今回はサンドイッチを持っていったが、一切れだけ受け取った。息子がおじいちゃんに貸して上げると「ガラパゴス」写真集を持たしてくれた。昨日届いたばかりで、本人もじっくりは見ていないと思うが、300円ほどで手に入れたという3800円の1992年の写真集なので、ストーリー付きであることも意味がある。それを伝えて、世界は広く美しく、新しいと感じてもらえれば、みながうれしい。ヒマゴからもと、この間もらったアメも渡して来た。言葉は少なかったものの、しっかり家族から心配されていることは伝わったに違いない。実家に帰って、母とこたつでお茶を飲みながら、昔の話を聞いた。そして、これからの人生も今までの続きで生きてゆきたいという話も聞いた。できることはそんなに多くはないが、大きな部分は話を聞くということかもしれない。
2011年01月13日
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遠い親戚のこどもとして紹介されたのは坊ちゃん刈りの小学生のころ。そして、時を経て、挨拶したら、それはそうなんだけれど、すっかり亡くなったおじさんのお顔になってしまっていた。逆も真なりなんだけれど。親戚の集まりというのは、時代は変わってももしかしたら、ほぼ同じメンバーのお顔が集まっているのかも。大人になって得た顔を一番長く愛用することになるんだなぁ。父がおばあちゃんの顔にそっくりになってきて、記憶が甦ってきたりする。それもあって、親戚に自分を見る思いがして親戚の集まりはあんまり行ってない。お互いにキハクな関係で良いと思う。きっと近い先祖がそう心がけたのだと思う。
2011年01月07日
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動物たちが広場でお出迎えをしていた。チンチラ、アルパカ、ヤギ、そして人間代表のエンチョウ。並んでうさぎ煎餅をいただいた。美味しい甘いおせんべいでした。残念ながら、40分で出て、上野駅から電車に乗って、父のお見舞いに行った。味噌かつとカツサンドを所望していたので持って行ったが、一つずつぺろっと食べた。食欲が出てきて、元気なようす。後で電話があり、人類と恐竜の進化の最新の本が欲しいとのこと。科学博物館のショップで見ることにした。
2011年01月03日
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大覚寺渡辺始興筆 野兎図 重要文化財2011年正月今年もどうぞよろしくお願いいたします 昨年の夏は東北地方北西側に沿うような列車の旅ができました。動物園と教会とお城を歩いて、人と語らい、新しい思い出ができました。 今年もテーマを持って旅にで出たいと思います。どこに行こうかなぁ。
2011年01月01日
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大掃除は毎年3回に分けて、1日3時間くらいで行っている。そうでないと、疲れを持ち越してしまうから。ほぼ1日一部屋で、今回は1989年の大晦日の新聞の敷いてあった引き出しに入っていたあんまり着なかったスキーウエァを捨てることができた。確実に我が家は次の時代に入ってゆく。つまり、老いの対策が現実となって来た。持ち物を整理して、身軽になることが大事だと思う。処分できる元気はまだあるので、まずは衣類整理、食器整理、手持ち消耗品を減らしてゆこう。我が家にとって、整理しにくいのは、本であることは目に見えているが。
2010年12月29日
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クリスマスに会えなかった方々、渡し忘れた方にクリスマスカードを郵送した。年賀状は文面を3つに分けて印刷した。いつも早く用意しても、夫の時間が取れないので、毎年元日には届かない日程になってしまう。今年はソフトを更新し、インクや紙を準備しておいたので、印刷はトラブルなくできた。こうでなくちゃ。
2010年12月27日
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もう日にちがないので、クリスマスカードと年賀状の原案を作成した。夫に訂正を入れてもらうが、この文章は仮りなので、もっと自由に発想してと頼んだが、どうも訂正しただけで戻ってきた。素直な性格を発揮しなくても良いのにと、ここで小学校教育目標が「すなおな子」より「考える子」であって欲しかったと、ムダな教育論争が再燃。ともかくも、よりすっきりを心がけたにも関わらず、文字が多くなってしまった。印刷をして、そのまま手渡しか郵送しようと思う。時間的に間に合わないので、もらっていただいた方にはほんとうに申し訳ありません。
2010年12月21日
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高齢になって体験する入院生活に慣れてきたように思う。わがままなことはわがままだけれど。そして、数字よりはかなり元気。病気にあまり興味なかったので、ワタシと同じように、よく知らないのが良いのかも。お医者さんはデータを示し、ワタシに詳しく説明する。家で今までの暮らしができるようになりたいという思いから、父は説明された辛そうな治療を行うと自分で決めた。お医者さんに何度も説明を受け、ワタシも質問しながら、確認しながら、それでも、2~3日考えさせてくださいと伝えたが、本人の決めたことだから、家族は協力してゆかなくては。結局、ワタシは祈ることぐらい。日曜日の礼拝の中で、父の名が療養中の人々の中に加えれて、みなさんに祈っていただくようになった。実はワタシがとても心強く思う。そうやって、昔から人類は乗り越えてきたのだと思う。
2010年12月15日
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朝のニュース、天気予報くらいしか、テレビを見ていない。コマーシャルも工夫してあって、なぁるほどと画面の作りは面白く思うが、商品がなんともワタシには遠く、期待されていない世代だなぁと思う。あまり影響を受けてないので、購買意欲などない。特にモノの整理など頼まれていると、ワタシが増やしたもので、誰かがクローするかと思うと、ブレーキがかかる。写真を見ただけで満足の域となってきた。友人の新鮮な感動を聞くと、心動くという時代になってきた。動物的感覚を磨いた方が楽しく、幸せな感じがする。
2010年12月10日
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出勤の時に強い雨が降って、夫のカサが壊れた。おまけに金具で手にキズ。コートも汚れてしまった。朝からタイヘンなことになってしまった。ビニール傘とテープを買い、後日コートのクリーニングと経済的にも損害があった。ちゃんとした傘は取られたり、間違えられたり。安い傘はあっという間に壊れる。そこそこの間違えられないデザインの傘を購入する必要がある。
2010年12月03日
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クリスマスの季節に入った。なんと教会歴では新年ということになり、読まれる聖書日課も新しくなる。聖卓の近くにはお花は飾られず、昨日作ったアドヴェントリースに最初のろうそくが灯された。クリスマスカード、教会報などいつもよりたくさんの印刷物の発送作業が行われ、大掃除と飾り付けが同時進行で行われた。ワタシにとってはこれで半分はクリスマスの準備が終わり、後は心の準備を重ね、キッチンの楽しい作業をこなすのみ。基本的にPC前よりオーブン前の方が楽しい。お願いだから、ワタシへの負担軽減を考えてくださるみなさま、なるべくケーキを焼かせてくださいませ。
2010年11月28日
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根を詰めすぎたので、回復のためお昼寝をする。身体の動きが雑で、脳の指令が行き届かない。でも2時間の睡眠でほぼ復活できた。ほんの一瞬のような時間が過ぎ、夕暮れになってしまった。でも夕食後また眠くなって、身体に従って眠る。ほぼ夜中にまた作業して、翌日の準備をする。
2010年11月26日
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手洗いを洗濯機で行い、1日3回の洗濯となった。始めは出かけようと思っていたが、ほぼ衣類の始末、アイロンかけで1日を終えた。もう少し効率良くすれば、充分に出かけられたが、のらりくらりと過ごしたくなってしまった。明日の遠出の準備もしておく。
2010年11月13日
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長年暮らした部屋の整理を頼まれている。孤軍奮闘することになるので、やりやすい方法を考えてみた。毎週1時間半だけ、作業をすることにする。まずは残っているタンクの水を利用して,排水口と水回りの掃除。そうしないと、臭いがこもってしまう。それから、ゴミの分別を要らないと思うものから、45L袋を並べておいて、入れてゆく。次の次の回に出す約束にしておけば、時々チェックが入り、必要なモノを捨てないで済むかもしれない。ともかくも、このような役割を突然与えられるのは、ワタシだけであって欲しい。家制度なんてとっくに崩壊していたと思っていたが、意識が消えるのは2世代くらいかかるのかも知れない。
2010年11月11日
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夕食をご一緒にというお誘いがあり、その前に骨格矯正をクラスメイトに行ってもらうため、その医院で受診。健康保険証持参の珍しいクラス会であった。雑穀料理を研究している方が故郷に立ち寄るということで、周辺の都市から12名が集まって来た。みなさん、ともかく元気で良かった。個性的で、まとまりはあるとは言えないが、高校時代そのままに大人になり、充実期を迎えている。理科系クラスだったので、それぞれPCを活用、仕事にもされていた。期末試験の後に、みんなで映画館に行ったよねと話題にすると、だあれも行っていないと言う。毎月のように、クラス貸し切り状態で見ていたと記憶がたどれるが。今回はほぼ市内在住のメンバーだったので、もしかしたら、電車通学のメンバーだったのかも知れない。出席番号の前の方、ワタシの前の席の方がみなさんへの連絡をしてくださる。それも当時と同じ。ワタシの仲良かった友人にはもう会えないが、話が出てくるとうれしい。ほぼ別々に猛烈な勉強漬で、思い出は断片の断片になってしまっている。時間を経て、その断片が少しつなぎ合わされ、また次回を約束して帰ってきた。骨格矯正のせいか、翌日身体は軽く動き、快適になっていた。
2010年11月06日
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この日、夫の出会った、小さな事件。地下鉄の運転席に、突然男が運転させろと運転士を羽交い締めにしたという。運転士が声をあげると、なんと犯人は自分も「たすけてください」と言ったので驚いたそうだ。結局、警備の人に捕まるけれど、駆けつけた警備の人は「たすけてください」と言っているので、だれが犯人か一瞬分らない。運転手さんもかなり動転していたらしいが、居合わせた人々もはっきり説明することの大切さを知る。何日か心に突き刺さっている。
2010年11月03日
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昨日電話をもらっておきながら、誕生日当日なのにおめでとうを言うのを忘れ、そうだ着る者を送ろうとデパートへ出かけた。いいかなぁと思ったのはお洒落だが、予算もオーバー。係の方が宛名票を取りに行っている間に、前言をひるがえして、予算内の寒さに対応したカーディーガンに変更した。しっかりとした紫色と黒がアレンジされ、中に厚いセーターを着ても大丈夫なように大きめを選んだ。近所ではお安いものの、お年寄り向けのデザインの衣類が置いてないと言っていたのを思い出して、ちょっとお出かけも心弾むようにと考えた。翌日お礼の電話があり、とても喜んでくれた。こちらにも今年豊作の柿と、地元のサトイモや収穫した野菜が届き、有り難く活用させてもらおうと思う。年は取っても、母が元気でうれしい。
2010年11月02日
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お休みを取った夫もお出かけして、なんだかのんびり。こういう時は、しっかりお昼寝。枕元に雑誌を積んで、見ながら、1冊も読めずにスイミンたっぷり。
2010年10月28日
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