一着の男


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一着の男

国で一番の大富豪がいた。大富豪の一人娘が18歳になった誕生日のパーティーは、豪華なお城のような御屋敷で国を挙げてのお祭りのように開かれた。
この日は、国中の運動や勉学芸術に秀(ひい)でた才能ある男子の若者が残らず招待されていた。
豪華な昼の宴に続き、今まさに、広大な庭園での夕の宴が幕を開けようとしていた。
乾杯のシャンパンが一斉に抜かれるその前に、大富豪と誕生日をむかえた一人娘がついに人々の前に現れた。
屋敷の三階から庭園に下りる豪華な階段をゆっくりと踏み、万来の拍手の中、迎えられる親子は、この国の王家よりすっかり着飾っていた。
二人は、広大な貯水池の向こう側のステージに立ち、手を振った。娘も神々しく大変美しく成長していたので、招待された若者たちは色めきたった。
「みなさん。本日は…、」富豪が語り始めた。楽団も演奏をやめ、しばし静寂がおとずれた。
「本日は、わが娘のためにようこそおいでになった。今日この日、国中の、いや国外からも有望な若者たちがわざわざおこしになった。みなさんどうぞ。前へ前へ。我々の正面へ…出てまいれ!」
集められた若者たちが貯水池の、富豪のいる反対側の広場に出てきた。貴族も農民も、中にはけっこう知られた有名人もいた。
満足げな笑みを浮かべて富豪はゆっくりと言った。
「本日、君たち勇猛果敢(ゆうもうかかん)な若者たちに残らず集まってもらったはずじゃ。そして、これから始める趣向において、一着だった者には素晴らしい褒美(ほうび)をとらせようぞ!」
割れるように大きな歓声と拍手がわきおこった。
しかしその後、富豪が横を向いて合図をし、十数人の使用人たちが大きなブタを丸ごと一頭を池の中に放り込むと、群衆はは再び静まりかえった。
水面のところどころがしばし波立ち、すぐにブタは一度しずかに水中に消えた。
それから、水柱を上げる何かが無数に出現し、水面は乱暴になり、血でそまり、ブタは引きちぎられ、ぶんなげられ、ばらばらになった。
広大な貯水池には無数のワニが放たれていたのだ。
富豪は笑みを浮かべ続けた「一着の者には、わが娘を与えようぞ!」。
それを聞いた美しい娘はうつむき、恥ずかしそうな様子を見せる。
「もしくは、望むなら巨万の富を与えようぞ」そう言って富豪はこぶしを振り上げ続ける。
「もしくは、次の国王にすらしてやろぞ!」。今の国王が驚いた顔で見つめている。大富豪には今やそれぐらいの力があるということだ。そしてそれは国民の誰もが知っていることだった。
話は続く「方法は…、」。
たくましい肉体の男達もいたが何人かは獰猛なワニを見て、すでに池の端から一歩引いてたじろいでいた。
富豪はステージの前の端、池の淵まで歩き、娘は興奮した顔で両手を胸の前で結んでいた。
「方法は、簡単じゃ…。
そちらから、この池を越え、最初にこちら側にたどり着いた者に…、
一着の者に…!好きな褒美を与えようぞ!!」と、富豪のこぶしが振り下ろされるのと、後か先か、若者達の側に水柱が上がった。一人の若者が飛び込んだのだ。
彼は必死に泳いでみせた。
しかし、池のあちこちにワニの影がすじのように現れた。池の淵の他の若者はそれを見て腰を抜かしてたじろいだ。しばらくしても他に飛び込むものは無かった。
飛び込んだ若者は前へ泳ぐしかなかった。池の両側にははい上がれそうな淵は無い。それはまた引き返しても同じことだった。
すぐに近づいてきた大きなワニが口を開いたが、上手く鼻先を蹴ってよけた。
次には左右から一頭づつ襲ってきたが、ぎりぎりで避けると二頭はお互いに頭から衝突した。
これは偶然であろうか、とにかく、あれよあれよという間に、なんと若者はわりと簡単に富豪のいる反対側まで泳ぎきってしまった。
若者は、水中から勢いをつけ、池に接しているステージに両手をつけて這(は)い上がった。
顔や身体から水がしたたる。大きな拍手と歓声、楽団のファンファーレが鳴り響く。紙吹雪が舞い散り、女たちが踊る。美しい富豪の娘は感激して両手を広げてむかえている。
若者はステージに立ち、頭をかたむけて手のひらでたたき、耳の中の水を出そうとしている。
さして、たくましく見える男ではなかった。
鼻水を音を立ててすすり、面倒くさそうな顔をして今来た池の方を振り返ると何かぶつぶつ言っている。腹の出た、たれ目の不細工な男であった。
富豪の娘に向けられた出来物だらけの臀部(でんぶ)も魅力的とは言えない。
ファンファーレが鳴り止む。一番乗りの若者は眉の間にしわを寄せ、相変わらず、面白くなさそうにぶつぶつつぶやいている。
しかし、富豪が我に帰って叫んだ。「お集まりの皆さん!!勝利者の彼に拍手を!栄光を…!
さあ、約束通り、なんでも好きな褒美を取らせようぞ!」
それを聞いた彼の美しい娘は明らかに嫌な顔をして腰から後ずさりした。
「さあ、お前の望みはなんじゃ…!!、申してみよ!!」と富豪が言うと、
若者は不満そうな顔で富豪に近づいて行った。
つぶやく、「誰だ」。そしてまた、小さな声で、ぶつぶつ…。
富豪がその若者の馬鹿面をのぞき込むと、若者は、ぶつぶつ、「誰だ。このやろう。誰だ…」ぶつぶつ…。
「はっきりと、申してみよ!」富豪が言うと若者は鼻くそをほじりながら言った。
「…誰だ、俺をうしろから突き落としたのは…」

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