ワインバーのカウンターで二人の男が飲んでいる。
二人のうち一人が聞いた「あなた、ご出身はどちらですか?」。
もう一人が答えた「私は今は東京に住んでいますが、出身は岐阜県なんです」。
「え、岐阜なんですか?実は私も、岐阜県の岐阜市で生まれたんです」
「そうなんですか、私も岐阜市です。岐阜市のどちらですか?」
「まあ同郷のよしみで乾杯しましょう…。私は梅林という所で生まれ育ちましたがご存知でしょうか」
「なんて偶然でしょう。私も梅林小学校の出身ですよ。まさか広い東京で故郷の人と逢うなんて思ってもみなかった」
「まあ、実家は小学校の北側の山沿いにあったのでご存じないでしょうね。狭い道でね」
「え?もしかして西町ですか。私は高校まで西町に住んでいたんですが」
「なんてことだ。西町です。それに偶然にも私も高校を卒業してから東京へ出てきたんですよ、おもしろいですね」
「すごいことがあるものですね。まあ、もう一杯ずつ飲みましょう。マスター注いでください」
「私の時代にはまだ大きなアパートとかは無くてね、平屋の借家に住んでいたんですよ。うちの母は南町の旅館に働きに行っていました」
「ちょっと待ってください。旅館って池崎旅館のことですか?私の母もあそこで働いていましたよ」
「なんですって。ちょっと待って。こりゃ飲まなきゃやってられない。そんな偶然があるんでしょうか? 一体、あなたは今おいくつですか?」
「私は40歳ですが、あなたは?」
「うそでしょ。私も丁度40です。梅林小学校では6年のとき4組で先生は山田先生だった」
「え? 私も4組でした。山田先生に習いました。じゃあ、同じクラス?こんな奇遇ってあるんでしょうか? 私も先週40歳になって少し昔のことをなつかしく思い出していたところだったんです」
「ははは、からかっているんじゃないでしょうね。私も先週の金曜日が誕生日でした」
「金曜日……? 14日ですか?それは私の誕生日ですが……」
そのとき、彼らとは別に飲んでいた一人の男が立ち上がって言った「なんてこった。おい、お前ら。俺の話も聞いてくれ……。俺も先週の金曜日で40歳。出身は岐阜市の梅林の西町で、高校を卒業してから東京へ出てきた。小学校は6年4組。担任は山田先生。今はこのバーの裏のビルで印刷屋をやってる者だが」。
それを聞いた二人は青ざめた。そのうち一人が言った「マスター、酒をもっと出してくれ。一体どういうことだ。みんなで私をからかっているのか?だって、私も印刷屋なんだ」。
もう一人もグラスのワインを飲み干して言った「どうにかなりそうだ。私もこの裏で印刷屋をやってる。ニコニコ印刷の新島と言うんだが………あなた達の名前は一体……、」
この時、バーの電話が鳴り、マスターが出た。
「はいワインバー・ロッチルトです。はい、社長、今夜は特に変わったことはないですが、印刷屋の三つ子がまた酔っぱらって騒いでます」