私は若いときから頭痛持ちだった。ずっと薬局の薬で治していたが、最近痛みがひどくなってきた。突き上げるような痛みと言うのだろうか。腰のあたりからとてつもない痛みが頭に向かって襲ってくる感じだ。
そしてついには、会社を休みすぎてクビになってしまった。
症状の軽くなった日に、自分で救急車を呼んで病院に行って診てもらうと、どうやら特殊な病気にかかっているようだった。
医者が言うには、とても珍しいケースで、睾丸(こうがん)が背骨の土台の神経と静脈を圧迫(あっぱく)しているせいで、ものすごい頭痛がするらしい。
この圧迫状態を緩和(かんわ)するには、なんと手術で睾丸を二つとも取ってしまうしかないと言う。
しかし、仕事や日常生活にも差し支える強烈な頭痛なので選択の余地は無かった。長時間考えるまでもなく手術を受けるしかないという結論に達した。
手術は以外に簡単に終わった。少しは股の間に違和感はあるが、そのうち慣れるだろう。それよりなにより、医者の言った通り、あのすさまじい頭痛は完全に治っていた。
退院してから、自宅までの帰り道、頭の中は晴れ晴れしていた。睾丸を取ったからと言うわけではないが身軽になった感じさえした。
そして、紳士服の店の前を通りかかかった時にふと思いついた。(そうだ、新しいスーツを買おうじゃないか)
店に入ると初老の落ち着いた店員が立っていた「いらっしゃいませ、スーツをお求めですか」。彼は私をしばらく見て、「お客様のサイズは45号でございますね。ウエストは80センチでございますね」と、いきなり当てた。
「その通り、見るだけでわかるのかい?」
「長くやってますから」
物の良いスーツがそろっていてすぐに好みのものが見つかった。
鏡に姿を映していると「どうです?そちらのスーツに合ったシャツも試されてはいかがですか?」と店員が言った。「お客様の袖丈は85センチ、首周りは42センチでございます。こちらを一度お試しになってみてください」。そう言って、一枚のシャツを持ってきた。
シャツを着てみると着心地が抜群(ばつぐん)、色も気に入った。
「これも買うことにしよう。それにしても素晴らしい。サイズがぴったりだ。」
「長くやってますから」
シャツの上にスーツのジャケットを羽織ると本当に良く似合っていた。素晴らしい店員だ。
するとまた店員が言う「どうです、せっかくですから靴(くつ)も新しくしされては?」。
まさに私もそう思っていたところだった「そうだね。お勧めの靴を見せてくれるかな。ええっと、サイズは…」
「お客様…、26.5センチ、EEEでございます」
「まったくすごい。今日はこの店に来て本当に良かった」
「長くやってますから」
靴をはかせてもらうと全身に幸福感が満ちあふれた。まったく何もかも特別にあつらえたかのようにぴったりだった。
そんな私を見て、また店員が言う「下着も新調なさってはいかがですか?」。
ちょっと考えたが「下着もあるんですか?ぜひお願いしたい」
「お客様、パンツのサイズは38でございますね」
「いやいや、いくらなんでも、それは大きすぎるよ。私はずっと32をはいてる。18歳の頃からずっとだよ」
店員はとんでもないという調子で頭と手を大げさに振りながら言う。
「お客様、32じゃ小さすぎますよ。もし32のパンツなんか無理矢理はいたら、きっと、大事なキンタマが背骨の土台の神経と静脈を圧迫して、ものすごい頭痛がするはずですよ」