鱗羽

鱗羽

空間ベクトル1-6〔来栖杯〕

来栖杯

参加人数が少なく比較的小規模な試合だったので優勝争いは三年生チーム三人と二年1人と相模と片瀬三人チームになった。
「これで決まらなかったら、一手決中だよね?」
「優勝決定戦だもんなぁ…チーム戦だから決中じゃないかな。」
「一手決中かどうかはわからないぞ。一本入って決まらなかったらそうなると思うけどな。」
一手決中とは一射手が矢を二本持ち、順に一本ずつ引いてチームの中りの本数の合計で勝敗を決める。
「身内同士の潰し合いってのも微妙だよな。」
「まぁ、確かにそうですね。」
出番待ちをしている高坂さんと会話をしながら射場に入場していく片瀬を眺めていた。
…生き残れよ。
心の中で思った。その瞬間正面を向いた片瀬と一瞬目があったような気がした。たぶん本当に気がしただけだと思う。
奴はこっちを見たまま射場で笑っているように私には見えた。

チームの決勝戦は予想したよりも遥かに長く続いて良い試合だった。
日が傾き、風も冷たくなり屋外での応援も上着を着なくては肌寒くなってきた頃、横で一緒に試合を見ていた籐馬が顔を射場に向けたまま徐に口を開いた。
「片瀬さ、頑張ってるよ。」
「うん、決中が苦手って言ってた割には頑張ってる、みたいだ。」
夕日が射場で引いている片瀬を背後から照らしていた。
私は片瀬を…というよりも片瀬の射型を遠くから眺めるのが気に入っていた。
「透子ちゃん」
「ん?」
「この前の話の続き。」
他の部活の関係者の皆さん方は決勝戦を熱心に観戦していて殆どこっちを気にしている人はいなかった。
「ここで、ですか籐馬さん」
「大丈夫。風向きもこっち側に向いて吹いてるし、聞こえないよ。」
話をするのに風の向きって関係あるのかな。たいして重要な内容でもないので聞こえていても別にどうってことはないんだけど。
「どこから話せばいいのかな。」
「どうして、そう考えるのか、の理由。」
「抽象的ですな、お嬢さん。」
「お互いにね。」
ゆっくりと話をしているはずなのに、それ以上に決勝戦の時間は遅く流れていた。
「会話をしていても微妙なタイミングで絶対に核心には触れないようにしている感じ。その話題には触れないでくださいって無言の圧力が…。それなのに不用意にセンパイの居る前で「好きです。」とか言う辺りかな。この前の練習の時にさ、控えで末次さんに中らないっていう愚痴と片瀬の私に対する粗相が日に日に酷くなってどうにも困ってます。って言ってたらさ。末次さんなんていったと思う?」
「まぁ、あの人なら大方予想はつくけど。」
「[あのね、周防。片瀬の粗相は愛情表現の一端よ。だから悪気はないの。]
[そうですか。弓で突付かれたり、控えの扉を直前で閉められたりするのも末次さんは愛情表現の一端であると仰るんですね。]
[そう、可愛いじゃないの。片瀬は周防のことが好きなのよ。]
[それはぁないです!]
[そうかしら…]
道場で弓を引いていた片瀬が休憩しに控えに来て一言言い放った。
[周防さん、す、好きです。]
[ほら。]
末次さんが満足そうに私をみた。

[今の…絶対に違うと思いますよ。]

結構さ、友達っていうか、そういう対象に入っていない人に対しては言えるじゃない?
抽象的でうまくいえないんだけど、軽い感じで言うから多分私をそういう対象としてみてない。
だからスラスラ言えるんじゃないか、って。実際私も言うときあるし、高坂さんとかに、ね。」
「そうか、そういうことか。確かに片瀬は誰に対してもあんな感じだしね。私も全く解らないし、そういう話も聞かないしなぁ。でも二年女子の中では透子ちゃんが一番仲が良いと思うよ。」
「しかしながら、私には奴が私のことを男友達の一人としてしかみていないように思えてならない。でもさぁ前期の最後に定期戦あったでしょ。」
「うん、あったね。それがどうかした?」
「あの試合の時に三立目かその次の立で片瀬、調子悪くて全然的中伸びなくてもう少しで交代されそうだったんだよ。」
「…そういや、そんなこともあったね。片瀬いつも正練では中ってるからそんな感じはしないけど…。あれは確か三立目が終わった後に控えのほうに顔だして何か探してみたいだった。」
「よく覚えてるな…悠ちゃん。それでその時の片瀬の顔が凄く泣きそうで必死に堪えてるようにみえて…」
「どうにも出来ないんだけど、何かしてあげたくなったと。そういうことでしょうか周防さん。」
「うん」
「片瀬のアレさぁ。櫂ちゃんが言ってたんだけど、透子ちゃんに何かいいたかったんじゃないかなって。因みに私も同感。でも透子ちゃん奴の視界に入る位置に居たけど結局行かなかったでしょ。」
「当たり前だよ。自分かどうか解らないのに行ったりなんかしたら自意識過剰だよ。」
「そうかな~。別に話を聞くくらいならなんともないような気がするけど。」
「なんとも思ってなかったら行ってたかもしれない。」
「ふうむ、難しいね。」
「そうだね。でも別に今のところは特に何かしたいって言うのもないし。片瀬の射型が気に入ってるんだ…特に引き分けから会にはいるとき。ぐーんって真っ直ぐ伸びていくのを見てると気持ちがいいんだ。コレって逃げですか。」
「そうでもないと思う。でもちょっと羨ましいかも。」
「そうかね」
「うん、私は本気で好きになった人っていないから特に、かな。そういえばこの前の正練の時透子ちゃん調子良くなかったでしょ?」
「この前って…あの忌々しい日の出来事でしょうか?」
「たぶんその日なんだけど透子ちゃん正練で2に落ちたでしょ。片瀬心配してたみたいだよ。」
「あ~それ。心配されてたみたいだね。矢上げで奴と会った時何かを言わんとしてたみたいだったけど…格好悪くて目も合わさずに逃げました。」
「逃げなくてもいいのに…。」
「駄目駄目なんであわせる顔がなかったんですよ。」
「…難儀じゃのう…。」
風で顔にかかる髪の毛を払いながら籐馬は言った。
決勝戦はいつの間にか決着がついて片瀬たちは準優勝となっていた。

「片瀬、頑張ってたね。」
「結局ここ一番に弱いとこ治ってないんですよ。」
「うーん、でも準優勝でしょ、惜しかったけど良かったと思うよ。」
帰りの電車の中ではみんな疲れ果てて、半分眠っているような状態だった。
試合は予定時間よりも大幅に延長されて、終了した時には夜の七時近くになっていた。
藤馬は試合会場が地元であったので試合が終わったあと、すぐさま撤収してしまった。
「腹空きましたね、周防サン…。」
片瀬が車両の天井を仰ぎながら言った。
「そうだね、予定よりのびたしね。」
「なんか作ってくださいよ。」
「…いいよ」
「え、マジですか。」
「いつかね(笑)」

03/12/5

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