ガク暦

ガク暦


MARS 空からの訪問者~回想~


1995年の7月にGackt氏が二代目ボーカルとして「MALICE MIZER」に加入し人気爆発。

1998年秋にMALICE MIZERを突然に脱退。

1999年1月に渡米しソロ活動を始める。アメリカでのレコーディングを開始。

ギリギリまで精神と肉体を追い詰めた作業の為、倒れる事も幾度とあったがMALICE MIZERからの
脱退により行き場を失ったファンに中途半端なものを届けたくないという気持ちが彼を極限へと
突き動かしたのである。

彼をとりまくスタッフはその活動を「Gackt job」と呼んだ。

渡米していたGacktとサポートメンバーは、99年4月に帰国、同時にめまぐるしいアーティスト 活動を展開。

5月に「Mizerable」
8月に「Vanilla」 を快調に発表。

海外での活動も進行しているなか彼は日比谷野外音楽堂でのファンクラブイベント、さらに ライブを成し遂げる。

しかしその裏で彼は当時の事務所との様々な食い違いの渦中にいた。
音楽に対する考え方の創意やスケジュール管理に対する問題はGacktばかりか、彼をサポートする
メンバーの精神をも蝕んでいき疲労を超えた彼は、長期の入院を余儀なくされ全ての活動をいっさい
停止、詳細の分らぬまま我々の前から忽然と姿を消した・・・

それから8ヶ月・・・長い沈黙を打ち消しGacktは再び我々の前に姿を現した。
2000年2月「これがGacktだ!」という力強い宣言と共に発表された「Mirror」
3枚連続のマキシシングル・・Gackt初のフルアルバム「MARS」をリリース。

Gacktが99年秋から活動を停止している間に彼の意思に反したリミックスCD、レコード等
の製作物が発表された。 まるでクローンガクトが勝手に一人歩きを始めたようなものである。

急ピッチで新たなスタートがきられた。
もう誰も彼を止めることはできない。
2000年2月「Mirror」「OASIS」「 鶺鴒~SEKIREI~ 」と3枚のシングルを発表したGackt!
なぜこんな常識を逸したリリーススケジュールを組んだのか?
その根底にあるのは「もうこれ以上はファンを待たせることは出来ないという一心である」



  MALICE MIZER 時代最後のステージが横浜アリーナだった。
そこに存在し続けるもう一人の自分に再会し魂を回収する。そこからやっと新しいGacktが始まるのだ。
その思いは彼を見続けてきたファンも同様だ。



2005年・・彼は休むことなく全力で走り続ける。

miraから一言。

Gackt氏を全く知らない人へ・・。
バラエティ番組などにも出演し、美しい容姿とは裏腹にユニークなボケキャラでお茶の間の人気を得た 彼だが・・
その裏に隠された彼の過去を知ってしまうとGacktから抜けだせなくなるのです。

1995年「MALICE MIZER」に加入し人気爆発した彼はメンバーとプロダクションと相違的な考えが表面化。
限界点へ達した彼は1998年秋ににマリスを脱退。
元メンバーと当時のマスコミはGacktを強く批判。
これは最近、彼が音楽番組で言っていたことだが「Mirror」という曲は当時いざこざがあった
プロダクションの社長に対する歌だったのだそうです。
私はてっきり「彼女」への思いかと決め付けていました。

Gacktは1999年1月に渡米するまでの失踪期間・・何を考えていたのだろう。
元メンバーやマスコミに対して反論もあったはずだが彼は一切一言も言葉を発しなかった。
沈黙を保ち続けたのである。
彼の顔から笑顔を見ることはなくなったのもこの頃からである。
当時のインタビューに「Gacktさんはなぜ笑わないのですか?キャラを作っているのですか?」 の質問に・・
無表情で「僕は・・笑い方を忘れてしまった」とポツリと言ったのが印象的である。

ソロになった彼・・借金を背負った彼をどこのレコード会社も受け入れはしなかった。
そう、彼はバックに何もないから自己資金で歌わなければならなかったのね。
多額な借金を背負ってまで歌おうとする彼の意思がファンを泣かせたんだよね~ウルウル・・

ただ一つ”日本クラウン”の社長だけは「彼の熱意はただものではない」と受け入れた。
ライブチケット販売も全てのコンビニは受け入れなかった。
ただ一つ”ローソン”の社長だけはGacktのチケット販売を受け入れた。

今はメジャーで頂点に達したGacktだが自分が貧しかった時、孤独だった時、辛かった時期に暖かく手を
差し伸べてくれた人達の恩義は今も忘れてはいない。
メジャーになればレコード会社の移籍やチケットも全てのコンビニで扱うのだが・・
彼はそんなことはしない。
レコード会社は”クラウン”・・チケット販売は”ローソン”でしかしない!彼の意思は固い。

「僕は一つの仕事が終わると必ず原点に戻るんだ」と言う。
そう、お金儲けだけじゃないんだってことだね。
仁義を貫き通すそんなGacktが大好きです。

失踪していた時期に元メンバーで親友だったkamiの突然の死。
仲直りもしないまま逝ってしまった彼に対してGacktは「U+K」という歌を捧げた。
今もライブで必ず「U+K」は歌われる。
彼の誕生日と命日には必ずお墓参りに行くGackt。。(きっとkamiも天国からGacktを見守っているよ)
ファイナルライブは必ず「横浜アリーナ」・・
「MALICE MIZER」時代最後のステージが横浜アリーナであり・・
「そこに存在し続けるもう一人の自分に再会し魂を回収する」
なんてGacktらしい考えなんだろうか。

横浜アリーナは彼にとって最終の地であり、また新しい出発地点なのである。



「MALICE MIZER」はGacktの音楽への出発地点だったかもしれないね・・だけど
マリスを脱却した彼は自由な発想でプロジェクト・コンセプトを手がける。
彼の解き放たれた音楽の才能はソロになってから威力・魔力を発揮したと言える。
幼い頃から音楽の英才教育を受けた彼・・
お茶の間のユニークキャラだけでなく、本物のGacktの魅力に触れて欲しい。



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