原爆記念日とサッカーアジア杯での反日感情


 何万もの人の命が犠牲になり、何百万、何千万、何億もの人間の人生が犠牲になった。あなたの人生だって核兵器が発明されたが故に犠牲になっている部分があるはずだ。
 エノラゲイ号(原爆を投下したB29爆撃機の名前)で原爆を投下した操縦士は自殺した。原爆開発に携わったアメリカ人科学者は狂人となった。広島長崎の惨状は語り尽くせず、今も原爆後遺症で身体の自由が利かない人々がいる。
 加害者も被害者も皆犠牲になった。犠牲にならずに澄んだのは自分に嘘を吐き通せる立場にある人間だけだ。そういう人たちも良心の呵責が少しはあったろうに……
 大量殺戮に正当性を見出そうとする輩の心を強姦してやりたい気分になる。でもそれはやめよう。人の命を奪わなくたって、人の精神を奪えば人間として最低だ。如何なる理由があろうとも。それよりも一瞬の祈りさえ捧げない人が多くなってきている事の方が恐ろしい。たとえ小さな祈りでも、それが積もれば大きな力となって大量殺戮に正当性を見出そうとする思考を封じ込めていくのに。

 で、中国である。サッカーアジア杯における反日感情である。あそこにいる全ての反日行為を行っている人に問いたい。
 「反感が平和を産み出すことがありますか?反感が友好を産み出すことがありますか?」と。
 中にはプラカードの中に「サッカーは世界のもの、魚釣島は中国のもの」と書かれたものがあったが、かつての中国指導者は日中国交正常化の際にこう言ったはずだ。
 「領土問題は未来の世代の叡智に託す」と。
 対立よりも安定的な平和と友好の道を選んだ政治家の言葉をあなた達はどう受け止めているのですか?あの当時でさえ、領土問題を棚上げして国交を結ぶことはかなりの反発があったと聞きます。日本は嘗てアジアに侵攻し、アジアの心を踏みにじった。けど、それを乗り越えて新しい時代の友好関係を作っていこうとした日中双方の人々のたゆまない努力だってあるのです。確かに問題は多々あります。今の日中関係を作り上げる中で中国側の方にだって激しい葛藤があったはずです。なのに歴史の一部だけを取り上げて日本を非難し、日中間の感情をこじれさせる事は、中華人民共和国の歴史を作ってきた先人さえ貶めてしまう。
 反感であなたたちが幸せになれるのなら、それは甘んじて受けましょう。けど反感であなたたちの先人の努力が報われなくなるのなら、結果的にあなたたちも幸せになれないはずです。侵略の歴史を盾にして友好の歴史さえ霞んでしまうことの愚かしさほど不幸を産むものはありません。それは日本とて同じことです。小泉さんが日本の全てではありません。私たちはもっと日中友好に力を注いだ名も無き人々の努力に目を向けるべきです。
 あなたも市民なら私も市民です。手をとりましょう。結局、国と国との関係を作っていくのは市民なのですから。


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