『ごまめの歯ぎしり』



登場人物表

玖我 美零(二九)女性。地方FMのDJ。

捌木 拾生(二一)男性。大学生。


参河 百恵(三二)女性。ディレクター。
陸奥 千早(二三)女性。新人DJ。

伍藤(四五)男性。ミキサー。
壱原(五〇)男性。プロデューサ―。

漆澤 萬里(?)男性。バンドヴォーカル。





●参河のマンション・リビングルーム・午後
   美零、ボサ髪でカウチベッドに胡坐。
   傍らの床に膨れたスポーツバッグ。
   ファスナーの上から殴り書きの貼り紙。
   『おはよ』『テキトーに持ってきた』
   『ちゃんとメシ食えYO』
   貼り紙を手に少しだけ笑顔が戻る。
   ファスナーを開けて服を漁る美零。
   バッグの底から和室に有ったラジオ。
美零「なんで・・・」

●美零の思い出・フラッシュバック
   幼女美零、玩具のマイクでDJごっこ。
   それを温かく見守る若い男女。
   JK美零、授業中に肘を突いて。
   袖の中から伸びたイヤフォンが耳に。
   病室のベッドに横たわる中年女性。
   愛しげにラジオを胸に抱いて聴く。
   ラジオの電池を抜く喪服の中年男性。
   ボール箱にラジオをしまい込む。

●FMみやび・スタジオブース・午後
   マイクに向かう陸奥。
   初めの頃よりは落ち着いた挙措で。
   表情だけはコロコロと豊かに変化。
陸奥「というわけで、『ごまめ』は美零さん
 が帰って来るまでオヤスミ。皆さん、今の
 うちにネタをあっためておいて下さいね。
 あ、そうそう。今夜の『ワンスタ』は私の
 船長代理としてのラストヴォヤージュです。
 それを労ってというわけじゃないんですが、
 すっごいゲストが来てくれます。私はもう
 知ってるんだけど、ほんっとにサプライズ
 だから! 聴かなきゃ一生後悔するかもよ。
 お楽しみに! おっと、自分の番宣ばかり
 してると美零さんに叱られちゃうね。明日
 のこの時間もよろしく! へっぽこピンチ
 ヒッター、陸奥千早でしたー」

●同・副調整室・午後
   ラストナンバーは『Raining』。
   硝子越しにドヤ顔で見てくる陸奥。
   参河、子供の運動会を見る親のよう。
   伍藤、仏頂面のままサムズアップ。
伍藤「・・・いいのか? 『ごまめ』が続く
 前提で喋らせて」
参河「大丈夫です。私が許可しました」
伍藤「プロデューサー代行様々だな」
参河「こういう時くらいしか権力振りかざせ
 ないんで」
伍藤「・・・あの親父、何処にふけやがった
 んだ」
参河「奥さんとも連絡つかないらしいですよ」
伍藤「一家揃って天狗にでもさらわれたか」
   伍藤の顔を見る参河。
   お互いに次の言葉を飲み込んだ表情。

●参河のマンション・キッチン・夕
   冷蔵庫を覗き込む美零。
   意外と豊富な食材が綺麗に収まって。
美零「へー、几帳面・・・」
   ちらりとリビングを振り返る。
   早足で忍び寄る夕暮れの色。
美零「せっかくだし何か作って待つか・・・
 って、何が作れるんだ、私?」
   独り言が独りの空間に虚しく響く。
   冷蔵庫の上に置いたスマホ鳴動。
   慌てて取る美零。
美零「はい・・・」
参河(声)「あ、私。紛らわしくてごめん」
美零「いい、全然」
参河(声)「病院から電話は?」
美零「まだ。明日行ってみようかなって」
参河(声)「そうだな。『ゼロラジ』終わり
 なら抜けられるし」
美零「ついて来てくれるの?」
参河(声)「おう。心細かろ?」
美零「無理しなくていいよ。大変でしょ?」
参河(声)「無理なら行かない。まあ一応、
 来るつもりでいて」
美零「いいのに。・・・今日どうだった?」
参河(声)「むっちゃん?」
美零「うん」
参河(声)「大したもんだよ。美零とは完全
 に別路線で代役を貫いてる」
美零「お礼、言っといてくれない?」
参河(声)「自分で言えよー。連絡先知っと
 ろうが」
美零「・・・それが・・・実は」
参河(声)「今明かされる衝撃の事実!」
   はーっと電話の向うで溜息。
参河(声)「仮にも合コンで一緒に戦った仲
 でしょうに・・・。まあしゃあない、それ
 が玖我美零という女」
美零「・・・次会った時、直接言う。あと、
 交換もする」
参河(声)「そうせえそうせえ。あ、今晩は
 先に晩メシ始めといて」
美零「遅くなる?」
参河(声)「ちょびっとだけ偉くなったせい
 で会議とやらに引っ張りだこさ。おやおや、
 誰かが呼んでいる。じゃあな」
美零「うん、頑張ってね」
   スマホを持ったまま再び冷蔵庫物色。
美零「じゃあ、これでいいか・・・」
   片手に冷凍のワンプレートディナー。
   その時、手の中のスマホが再び鳴動。
   落としかけたスマホを握り直して。
美零「あせったー。会議まだ大丈夫なの?」
参河(声)「メンゴ。一個聞き忘れてたこと
 有ってさ。さっき話に出た合コンだけど」
美零「うん」
参河(声)「まだあの子と繋がってんの?」
美零「あの子・・・?」
参河「ほら、珍しい名前の。何だっけ、一人
 だけ文学部ボーイの。えーっと、ナントカ
 アゲルくん」
   スマホと冷食を持って固まる美零。
美零「さばき・・・」
参河(声)「うん?」
美零「捌木・・・拾生くん?」
参河(声)「あー! その子その子、ひろう
 くん! 何日か前、局に来てたじゃん」
   美零を急激に夕闇が包み込む。

●道路工事現場・深夜
   車線の一部を塞いでガス管工事中。
   工区の両端に二人の交通誘導員。
   片車線ずつ交替で車を通している。
誘導員A(声)「止めまーす」
誘導員B「了解。一分間流しまーす」
   自分の側の車を行かせる誘導員B。
誘導員B「そろそろ? まだ行けますか?」
誘導員A(声)「こっち全然来ないでーす。
 溜まってきたら言いまーす」
誘導員B「了解。混んでるので助かるわ」
   どんどん車を流す誘導員B。
   暫くして背後で衝突音とクラクション。
   振り返ったBの目に炎と黒煙。
誘導員B「おい、どうなってんだ! 寝てん
 じゃねーだろうな!」
   うんともすんとも応えない無線。
   誘導員A側の現場。
   正面衝突の後ろから数台が追突。
   ガス工事の穴から顔を出す作業員。
   道路に広がりつつある炎を見て恐慌。
作業員「事故、事故だ! 燃え移るぞ!」
   路上に転がったヘルメットと誘導棒。

●参河のマンション・リビングルーム・夜
   どこか遠くで緊急車両のサイレン。
   カウチベッドで眠る美零。
   寝苦しそうに呻いて瞼を開く。
   寝顔を見下ろす拾生とご対面。
美零「今まで目をつぶってたのはさ・・・」
拾生「ハイ」
美零「キミが私のイマジナリー的な何かだと
 思ってたからだよ」
拾生「そうなんですか」
美零「今までとは話が違うよね。現在進行形
 で住居侵入罪なんだけど」
拾生「でも、招かれたから」
美零「ふざけないで。ミーさんがそんな」
   起き上がろうとする美零。
   が、ピクとも動けず。
美零「何よもう! これ金縛りってやつ?」
拾生「もしかして初体験?」
美零「意味深に言うな! くそっ・・・」
拾生「美零さんは招かれたでしょ、だから」
   さらに抵抗を試みて遂に諦める美零。
美零「もう・・・好きにしろ」
拾生「何もしませんよ。やだなあ、変な想像
 しちゃって」
美零「そんなに私をからかって楽しいの? 
 他に遊び相手とかいないわけ?」
   投げやりに言った後、美零後悔。
   絶対的な孤独を負った拾生の微笑。
美零「・・・言い過ぎた。ごめん」
拾生「こんなシチュなのに謝っちゃうところ、
 すごく美零さんっぽい」
   暫く無言で見つめ合う二人。
美零「・・・こんな不躾な真似。それなりの
 用事が有ってのこと?」
拾生「はい、大事なお知らせが」
美零「お知らせ?」
拾生「明日、解体します」
   急にサイレンの音が耳につき始める。
   複数の場所で何かが起こっている。
美零「・・・最近のおかしな事件」
拾生「アレは実験。言霊の力を試すための」
美零「でも私、解体なんて望んでない」
拾生「同意したじゃないですか」
美零「・・・・・・」
拾生「誰かの存在を無かったことにするって、
 つまりはそういうことだから」
美零「そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
拾生「そうですね。多少強引に誘導したこと
 は認めます。でも、元々は美零さんの奥底
 で眠っていた怪物でしょ?」
美零「キミは・・・どうなるの?」
拾生「さあ。外側から終わりを見届けること
 になるのか、それとも運命を共にするか。
 後者なら、僕は<ごまめ>じゃなかったと
 いうことです」
美零「他人事みたいに」
拾生「シーッ。聞こえませんか?」
   拾生、耳を澄ますように。
拾生「世界の関節が外れる音。一度始まって
 しまったら、もう止まらない」
美零「・・・止めなさい」
   どすの利いた美零の声。
拾生「だから無理ですって。もし止められる
 としたら・・・いや、やっぱり無理」
美零「んーっ!」
   顔を真っ赤にして唸る美零。
   無駄と知っても足掻くその耳に。
   何処からか聞こえる音色。
   たどたどしい『ノクターン』の調べ。
拾生「そんな・・・」
   初めて拾生に動揺が走る。
   焦点がずれたようにぼやけ始める姿。
   同時に、美零の体に自由が。
   起き直ったその目に映る小さな赤光。
   座卓に置かれたラジオの電源ランプ。

●同・承前
   電灯も点けず座卓の前に座る美零。
   今は再び沈黙しているラジオ。
   拾生の姿は今や何処にも見えない。
美零「・・・今、何時?」
   恐る恐るラジオの電源を入れる美零。
   陸奥の弾けるような声が溢れ出す。
陸奥(声)「船長代理・陸奥千早の『ワンダ
 リング・スター』。寂しいけれど最後の船出
 スペシャル。今宵は臨時クルーにもご一緒
 頂きます。早速ご紹介しましょう」
バン(声)「はい、ノータリー・タイという
 バンドでヴォーカルやらせてもらってます、
 漆澤萬里です。こんばんはー」
   人のいい兄ちゃんといった声。
美零「え、すご・・・。ノータイじゃん」
   思わず呟く美零。
陸奥(声)「こんばんはー。今日はね、夕方
 こちらでインストアイベントを開催された
 ということなんですが、お疲れのところを
 この番組にもお越しくださいました。あり
 がとうございます」
バン(声)「イヤイヤこちらこそ。出して頂
 いて光栄です。って、なんか固くない? 
 いつもこんな感じ?」
陸奥(声)「いつもはもう少しフニャーっと
 してるんです。実はかなり緊張していて」
バン(声)「いいよいいよ、いつもの感じで
 行っちゃおう。僕もねー、人が緊張してる
 の見ると伝染るんですよ、緊張が。それに
 船長代理の方が上司なんだから、もっと偉
 そうにしてていいんじゃないかな」
陸奥(声)「了解です。えっと、何てお呼び
 しましょうか」
バン(声)「僕、バンリっていうんですけど、
 ファンやメンバーは『バン』って呼んでる
 かな」
陸奥(声)「じゃあバンさん。なんと番組の
 最後までお付き合い頂けるということで、
 よろしくお願いします!」
バン(声)「アイアイサー、ヨーソロー!」
陸奥(声)「うわ、何かそれっぽく聞こえる
 こと言うてはる・・・」
美零「むっちゃんったら・・・」
   自然にこぼれる笑み。
   暗いリビングでラジオに聴き入る美零。

●FMみやび・スタジオブース・夜
   向かい合って和やかに話す二人。
   バン、一見危なそうなパンクスタイル。
   しかしその物腰は不思議と穏やか。
陸奥「さて、たっぷりと新曲の裏話をお聞き
 したところで次のコーナー『瓶の中のラブ
 レター』。いつもは旅人さんから届いた大切
 な人への手紙を代読しています。でも今夜
 は折角バンさんがいらっしゃるので、ぜひ
 バンさんからの・・・」
バン「ちょっと待ったぁ!」
陸奥「おお!?」
バン「今夜で船長代理お役御免なんでしょ?
 ここは僕が聞き役に回って、むっちゃんの
 メッセージ・イン・ア・ボトルを届けるっ
 ていう趣向はどうかな」
陸奥「ええっ、そんな勿体ない・・・」
バン「スタッフさん、いけますか?」
   サブに向かって同意を求めるバン。
バン「オーケー、だそうでーす」
陸奥「いやあ、参ったなあ・・・」
   陸奥、あわあわしつつも覚悟完了。
陸奥「・・・わかりました。えっと、じゃあ、
 ひいおじいちゃんの話をします」
バン「ひいおじいちゃんへのメッセージ?」
陸奥「ではないんですけど・・・」
   ウウンと可愛く咳払いして語り出す。

●参河のマンション・リビングルーム・夜
   二人の声に耳を傾け続ける美零。
   いつしかラジオに耳を付ける距離で。
陸奥(声)「ひいおじいちゃん、もう随分前
 に亡くなったんですけど、私が小さい頃、
 一度だけ結婚した頃の話をしてくれたこと
 があって」
バン(声)「それって何時代?」
陸奥(声)「昭和。ちょうど戦時中らしくて。
 そもそも、ひいおばあちゃんは最初、ひい
 おじいちゃんの奥さんじゃなかったんです」
バン(声)「え、え、どういうこと?」
陸奥(声)「めっちゃ食いついてる。えっと、
 ひいおじいちゃんのお兄さん・・・は何て
 呼ぶんだろ?」
バン(声)「うーん、分からん」
陸奥(声)「その、お兄さんと結婚してたん
 だけど、戦死しちゃったんですね」
バン(声)「ああー」
陸奥(声)「で、当時は結構そういうことが
 あったらしいんですけど、弟と再婚をさせ
 られることになって」
バン(声)「聞いたこと有るわ、その風習」
陸奥(声)「お互いどういう感情だったかは
 結局聞けなかったんですけどね」
バン(声)「ふんふん」
陸奥(声)「でも、夫婦になって間もなく、
 ひいおじいちゃんも兵隊に取られることに
 なって」
バン(声)「うわあ」
陸奥(声)「で、ひいおじいちゃんもあわや
 戦死しかけたんですよ」
バン(声)「うわあ」
陸奥(声)「勿論、助かることは助かったん
 です。でも紙一重だったって」
バン(声)「・・・・・・」
陸奥(声)「兜? ヘルメット? の上から
 大砲の弾の欠片が入って、脳の手前で辛う
 じて止まって。でも手術で摘出できなくて
 一生頭の中に残ったままでした。触らせて
 もらったら、ゴリゴリって」
バン(声)「・・・ごめん、言葉失ってた」
陸奥(声)「いえいえ。で、すっごい遠回り
 しちゃったんですけど、何が言いたかった
 かというと」
バン(声)「うん」
陸奥(声)「お兄さんが戦死してなくても、
 ひいおじいちゃんが戦死してても、どっち
 の場合も私はこの世に生まれていないんだ、
 という・・・」
バン(声)「ああ、そうか・・・」
陸奥(声)「私ね、高校生の頃、人生の迷子
 になってて。自分のやりたいことも出来る
 ことも見極められずに、毎日朝が来るのが
 憂鬱で。いっそこのまま目覚めない方が楽
 なのになって思いながらベッドに入るのが
 習慣でした。今考えたら、何てくだらない
 ことで悩んでたんだって思うけど」
バン(声)「誰にでもそういう時期は有るん
 じゃない? いつ来るかの誤差だけで」
陸奥(声)「そうかも。私の場合、そこから
 救い上げてくれたのはラジオだった」
バン(声)「お、来た!」
陸奥(声)「インフルで休んでた平日の午後、
 偶然周波数が合ったFMに惹きつけられて。
 まだ新人に近いDJさんだったんですけど、
 一生懸命に身の周りの小さな出来事、本当
 に取るに足らないようなことを宝石みたい
 に大切に伝えてくれる人でした。聴いてる
 うちに私の周りにも、気づいてないだけで
 そんな宝石が溢れてるんじゃないかって思
 えてきて」
バン(声)「たとえば?」
陸奥(声)「匂い、とか」
バン(声)「ほう」
陸奥(声)「その人、好きな匂いの話をよく
 するんです。匂いって一番記憶に結びつき
 やすいものだからって」
バン(声)「確かに」
陸奥(声)「完全に影響されちゃった。でも、
 私は色かな」
バン(声)「そこは匂いじゃないんだ?」
陸奥(声)「はい。空の色、花の色、あとは
風の色」
バン(声)「風!?」
陸奥(声)「あ、不思議ちゃんって思ってる
 でしょ。風にも色、有るんですよ。北風、
 春一番、真夏の熱風、みんな違うんだから」
バン(声)「アハハ、語るねー」
陸奥(声)「だめだめ、すぐ脱線。とにかく
 今まで見えてなかった色が見えてくると、
 気持ちがスーッと楽になったの。同時に、
 ひいおじいちゃんの言葉を思い出して」
バン(声)「うん」
陸奥(声)「弾が当たって倒れて、もう死ぬ
 のかなって思いながら見上げた空の青さが
 いつまでも忘れられない・・・」
バン(声)「うん」
陸奥(声)「思い出した時、全部繋がった気
 がした。私が生かされてる理由、私がやり
 たいこと、私がやらなきゃいけないこと」
バン(声)「メッセージは、そのDJに?」
陸奥(声)「はい、名前は言いませんけど。
 あなたがラジオの向うに居てくれたから、
 私は今ラジオのこちらに居る。そのことを
 どうしても伝えたいです」
   ラジオに抱かれ眠っているような美零。
   閉じられた瞼から幾筋もの涙が。
   顔の傾きに従って頬に髪に耳に流れる。

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