『ブラザーブラッド』



登場人物表

柿原 衛(二六)男性。銀行員。
沢城 武(二八)男性。衛の兄。
能登 奏(二〇)男性。フリーター。

中村 慎吾(三〇)男性。衛の同僚。
中村 麗華(二八)女性。慎吾の妻。

稲田・・・男性。衛の上司。
阪口・・・男性。衛の同僚。

野島・・・男性。奏のお目付け役。
洪/成/元・・・すべて男性。野島の友人。

ミヤビ・・・女性。ガールズバー店員。
ロクさん・・・男性。監視員。

福山・・・男性。外交官。

エルンスト・・・剣士。ゲームキャラ。
メロディ・・・聖女。ゲームキャラ。





●八島銀行・九泉支店・会議室・朝
   長机の上座に座らされた衛。
   両側から挟むように二人の刑事。
刑事A「クラタ・ゲンショウというお客さん
 はご存知ですか」
衛「・・・いえ」
刑事A「五年前に融資審査対象になっている。
 この時の担当の千葉さんという方は」
衛「ぼ・・・私と入れ違いで退職した者だと
 聞いております」
刑事A「では、直接面識は無いと」
衛「はい」
刑事A「クラタさんに会われたことも?」
衛「はい」
刑事B「勘違いじゃないですか。本当に一度
 も無いんですか?」
衛「無い・・・と思います」
刑事B「お宅の支店に口座をお持ちの人なん
 ですがね」
   分身のようによく似た両刑事。
   ステレオの如く矢継ぎ早に質問。
衛「資産運用をご利用じゃない限り、個人の
 お客様とは余り・・・」
刑事A「質問を変えましょう。あなたの顧客
 は主に法人なんですね」
衛「そうです」
刑事A「では、この社名に心当たりは?」
   粗悪なチラシを差し出して。
   『不用品回収・㈱スカベンジャーズ』。
衛「私のお客様では・・・少しお待ち下さい、
 どこかで聞き覚えが・・・」
   指先で空中に社名を書きながら。
衛「思い出しました。以前、私の上席の者が
 対応した会社です。確か、廃材置き場用に
 土地を買われたいとかで・・・」
刑事A「スムーズに行かなかった?」
衛「審査基準に引っかかりました。警察の方
 でしたらご存知かもしれませんが、経営者
 のお身内に・・・」
   必要ないのに声を潜める衛。
刑事B「ええご存知ですとも。あと、隣県の
 山に頻繁にドライブされている件でも管轄
 を越えて注視している所です」
衛「あの、一体・・・」
   衛、意図を測りかねて不安の色。
刑事A「貴行のコンプライアンス遵守は実に
 素晴らしい、表向きは」
   両刑事の顔つきが瞬時に変わる。
   獲物を仕留めんとする猛禽の貌。
   証拠品袋に入った衛の名刺が出てくる。
刑事A「あなたの名刺ですね」
衛「みたいですけど・・・」
刑事B「コイツを持って訴え出た方がおられ
 ましてね。クラタさんのご親族です」
刑事A「警察の前にお宅の本部へ申し立てた
 そうなんですが、まだお聞きじゃない?」
   回転数を上げる両刑事の舌。
刑事B「本人が認知症なのを良いことにお宅
 の行員が金を騙し取った、と。高利回りの
 商品を紹介するとか何とか甘い言葉で」
刑事A「通帳もカードもその男に預けてしま
 ったそうで。クラタさんの口座からは数回
 に分けて計七千万円が送金されていた」
   口調もいつしかぶっきらぼうに。
刑事B「送金先は海外の仮想通貨の取引所。
 形を変えてとっくに誰かさんの懐だろう」
刑事A「時を同じくして、とある会社が土地
 を六千万で購入した、それもキャッシュで。
 まあ偶然だろうが」
刑事B「彼が今<偶然>と言ったのはクラタ
 さんとその会社との間に何の繋がりも存在
 しないからだ。もしそこに繋がりが生じる
 のであれば、事は偶然で済まなくなる」
   チラシの上に名刺を置き直す刑事B。
刑事B「こういうのを何て言うんだったかな。
 そうそう、『浮き貸し』だ」
刑事A「差額の一千万は手数料かな?」
刑事B「それとも補填のための原資か。あわ
 よくば感づかれる前に元値まで戻せないか
 と考えた?」
刑事A「死肉喰いからの返済は期待できない
 しな」
   完全に委縮した衛、反論もできず。
刑事A「これ以上は署でお訊きした方が良さ
 そうですね。一応、任意の形ですが」
刑事B「拒否権は放棄して頂きましょうか。
 みっともない姿を同僚に見られるのは本意
 ではないでしょう?」
   丁寧な口調に戻っている両刑事。

●舗道・朝
   ブロック塀に突っ込んでいる救急車。
   後部扉全開で中が丸見え。
   担架の上に折り重なって倒れた白衣。
   車体の傍らに涼しい顔で佇む奏。
   運転席を覗き込んでいる野島。
   運転手もハンドルに顔を埋めて気絶。
   野島、奏の傍に。
野島「お怪我は?」
奏「無傷。お前が車を止めるまではね」
野島「は・・・」
奏「反動でデコ打った。赤くなってる」
野島「失礼しました。咄嗟の事でしたので」
奏「まあいいや。今回は許す」
   野島に向かって何か放り投げる奏。
   お手玉しながらキャッチする野島。
   野島の手の中に小型麻酔銃。
野島「義悌会の若い衆でしょうか」
奏「お仲間がそんなエモノ使う?」
野島「・・・いえ、寡聞にも」
奏「海の向こうの匂いがするよ」
野島「まさか」
奏「文字通りの意味。そこでのびてる連中、
 まだ輸入されてない香水つけてる」
   気絶した偽救急隊員を指して。
奏「気になるなら一人持って帰れば?」
野島「若は?」
奏「まだ配達中。そのあと行く所あるし」
野島「危険です。こんな時にどこへ?」
奏「銀行」

●八島銀行・九泉支店・通用口・午前
   両刑事に挟まれて出てくる衛。
   まるで捕まった宇宙人。
   心配顔の稲田が続く。
刑事A「その車です」
   アイドリング中の覆面パトカー。
稲田「お、おい柿原、お前無実だよな。何も
 やってないんだよな・・・」
   無理に微笑もうとするも強張る衛。
稲田「法務部が弁護士を寄越す筈だから」
   呼出音に反応する稲田。
   電話に出ている間に衛は後部席に。
稲田「そうですか、それは良かった・・・。
 柿原? 彼は今ちょっと電話には・・・」
   スマホを手で押さえた稲田。
   走り出そうとするパトに向かって。
稲田「中村、意識レベルが改善したって!
 目覚めるのも時間の問題だって!」
   無情にもスピードを上げるパト。

●覆面パトカー・車内・午前
   リアウィンドウに小さくなる稲田の姿。
   両刑事の間で小さくなる衛。
刑事A「戻る前に病院に回してくれ」
   運転手の後頭部に向かって。
   声も出さずに頷く運転手。
   弛緩していた衛の顔に緊張が戻る。
衛「・・・病院で何をするんですか。まさか
 先輩まで疑って・・・」
刑事B「君が気にすることじゃない」
刑事A「せいぜい己のための弁明でも考えて
 おくことだな」
刑事B「責任を押しつけるのに好都合な相手
 が丁度いるじゃないか」
   両刑事、下卑た笑い。
   その時、運転手が舌を鳴らして合図。
刑事A「何だ。口で言え」
   身を乗り出して運転手が指す前方を。
刑事A「前の車がどうかしたの・・・」
   言い終える前にへたり込む刑事A。
刑事B「おい、どうした!?」
   衛の膝に崩れ落ちたAを揺さぶって。
   信号停止する覆面パト。
   運転席から覗き込む運転手。
   次の瞬間、刑事Bも倒れ込む。

●車道・午前
   青信号で走り出す覆面パトカー。
   幹線道路から離れて土手沿いの道へ。
   走行中に開く後部ドア。
   立て続けに放り出される両刑事。
   一対の達磨のように土手を転げ落ちて。
   速度を上げて走り去る覆面パト。

●覆面パトカー・車内・午前
   後部席で一人唖然とする衛。
   運転手、バックミラーの角度を調節。
   鏡の中で衛に微笑みかける運転手。
   男物のスーツを着たミヤビである。
ミヤビ「乗り心地いかがですか、お兄さん」
衛「え・・・え・・・」
ミヤビ「驚くのも無理はないです。公務員は
 副業禁止じゃないのかよって」
衛「いやそういう問題じゃ・・・」
ミヤビ「ご心配なく。いつぞやも今も仮の姿、
 しかしてその実体は」
   七つの顔を持つ男じみた口上。
衛「ミヤビさん!」
ミヤビ「あ、はい」
衛「僕が言えた立場じゃないですけど大丈夫
 なんですか、こんなことして」
ミヤビ「・・・あのまま連れて行かれてたら、
 お兄さんが大丈夫じゃなかったですよ」
   急にシリアスなトーン。
衛「冤罪という意味で?」
ミヤビ「もっと救いのない結末です」
   工場地帯にハンドルを切るミヤビ。
衛「全然分かりません。でもこのまま逃げて
 上手く行くとも思えない。どうか警察署に
 連れてって下さい」
ミヤビ「ダメです」
衛「どうして?」
ミヤビ「どうしても。死んでも貴方を守って
 くれってあの方に頼まれたから」
衛「あの方?」
ミヤビ「ボクの大切な・・・」
   突然車内を襲う衝撃。
   我に返ってミラーを見るミヤビ。
   折しも追突してくるトラック。
ミヤビ「口閉じててください。舌ぶっちぎれ
 ますよ」
   唇を噛んでアクセルを踏み込む。
   いつしか追跡車は三台に増殖。

●衛の部屋・午前
   無人の室内に鎮座するキャリーケース。
   屋外から子供たちの遊ぶ声。
   玄関ドアの内鍵が静かに回る。
   *****
   室内を物色する二人の人物。
   水道工事店の作業服姿。
   一人はパソコンを立ち上げる。
   もう一人は棚や抽斗を慎重に。
   プラモの箱まで一個ずつ開けて。
   ハードディスクに外付けされた端末。
   モニターにデータ解析の進捗。
   作業に夢中な二人の死角で。
   静かに回るキャリーケースの数字錠。

●八島銀行・九泉支店・午前
   窓口に落ちる人影。
   伝票処理中の行員A、顔も上げず。
行員A「恐れ入りますが番号札をお取りに」
奏「すみません、柿原マモルさんは・・・」
麗華「柿原君を・・・」
   声が被ってお互いに見合う奏と麗華。
   その光景をポカンと見上げる行員A。

●同・地下駐車場・午前
   社用車の蔭で煙草に火を点ける阪口。
   美味そうに一服して視線に気づく。
   慌てて携帯灰皿に押しつけながら。
阪口「あっ、すみません。つい出来心で」
麗華「阪口くん、久しぶり」
   見下ろす麗華と目が合う。
阪口「やめてくださいよ。課長かと思った」
麗華「先日はお祝いどうも」
   薄い微笑はすぐに消えて。
麗華「聞きたいことがあるんだけど」
   *****
   駐車場の入口に奏。
   落ち着かなげに行ったり来たり。
   奥で話し込む麗華たちを見ながら。
   声は聞こえないパントマイム。
   派手なリアクションの阪口。
   白を切ろうとするも徐々に押されて。
   静かに圧をかけている麗華。
   阪口、両手を合わせて低姿勢。
   麗華、阪口を労わってから奏の方へ。
奏「何か・・・」
   麗華の悲壮な表情に止まる言葉。

●工場地帯・午前
   俯瞰。
   広い産業道路をひた走る覆面パト。
   横並びで追う三台のトラック。
   奇妙にも一般車両の姿は無い。
   左右の倉庫から飛び出してくる車。
   クレーン車とミキサー車。
   クレーン車はパトの脇を並走。
   ミキサー車は前方に踊り出る。

●覆面パトカー・車内・午前
   上気した顔でハンドルを握るミヤビ。
   天井からガリガリと異音。
   真横に迫った車体から伸びたクレーン。
   前にはミキサー車の回転ドラム。
ミヤビ「無駄にでかい図体しやがって」
   何度も天井を掠めるフック。
   後部席で身を伏せている衛。
衛「ミヤビさん、もう無理です。車を止めて
 話し合いましょう!」
ミヤビ「そんな理屈が通じる相手じゃない。
 止まった瞬間ツナピコみたいにスクラップ
 になるのがオチです!」
衛「ツナピコ?」
ミヤビ「知らないんですか、あの真四角の」
   フックが運転席の窓を突き破る。
   身を竦めるミヤビ。
   その端正な顔に細かい傷が。
ミヤビ「そっちがそのつもりなら」
   残ったガラスを肘で叩き落とす。
ミヤビ「ハンドル替わってください!」
   ミヤビ、上半身を窓から乗り出して。
衛「ムチャ過ぎだって!」
   衛、座席の隙間から上半身を前へ。
   何とかハンドルを安定させる。
衛「勝手に加速してないですか!?」
   ミキサー車の後部に何度も追突。
   運転席の足元を見る衛。
   脱いだ靴、アクセルを挟み込んで。
ミヤビ「よーし来い、まだ、もうちょっと」
   パト、少しだけクレーン車より前へ。
ミヤビ「ほい来た!」
   空を切るミヤビの左腕。
   すかさず運転席に復帰するミヤビ。
   衛からハンドルを受け取って。
ミヤビ「後ろ戻って、伏せて!」

●工場地帯・午前
   突然コントロールを失うクレーン車。
   大きくぶれて半回転。
   アームが覆面パトの天井を引っ剥がす。
   そのまま後方トラック群を巻き込んで。
   一瞬見えたクレーン車の運転席。
   窓を破ったレンチが運転手の顔面に。
   団子になってクラッシュする車群。
ミヤビ「ざまあ!」
衛「前見て、前!」
   未だ健在のミキサー車。
   いつの間にか助手席の斜め前に。
   シュートから流れ始める生コン。
   剥き出しの車内にどんどん流入。
ミヤビ「マジですか!?」
   両足を上げてハンドルを切る。
   何とかミキサー車を振り切って。
   埋もれかけたアクセルとブレーキ。
衛「終わった・・・」
ミヤビ「まだまだ!」
   生コンの中に足を突っ込むミヤビ。
   だが手応えはない。
ミヤビ「・・・お兄さん、泳げます?」
衛「こんな時に何ノンキな事・・・」
ミヤビ「そうですね、ノンキでした」
   右手の工場街が切れて海が見える。
ミヤビ「もう質問はしません。いっせーので
 跳んでください」
   岸壁に向けてハンドルを切る。
衛「待って、心の準備が・・・」
ミヤビ「せーの、跳べ!!!」
   岸壁からダイブする覆面パト。
   車上から跳躍する二人。
   大きな水柱の手前に、遅れて二つ。

●衛の部屋・昼
   シートボックスに押し込まれる水道屋。
   台車を玄関まで押す宅配の兄ちゃん。
   帽子を取って室内に一礼。
   玄関ドアが閉まると再び訪れる平穏。
   キャリーケースのロック音が響く。

●警察署・前・昼
   門を入った所で立ち尽くす奏と麗華。
   慌ただしく出動するパトカー多数。
   二人の間を切り裂いて街へ。
   一瞬の騒然の後、不穏な静謐。
   無言で顔を見合わせる二人。
奏「・・・ヒック」

●埠頭・昼
   断末魔の水泡を上げて沈む覆面パト。
   手前の海面に浮かび上がる衛。
   手足をギクシャク溺れかけ。
   ミヤビ、その背後から抱えるように。
ミヤビ「死にたくなければじっとしてて」
   岸壁まで辿り着く二人。
衛「すみません、何から何まで」
ミヤビ「安心するのはまだ早いですよ。とり
 あえずここを登らなきゃ」
   その言葉に応えるように。
   二人の頭上に投網が降ってくる。
ミヤビ「なっ」
   獲物ごと網を引き揚げるウィンチ。
   *****
   網に絡まったまま投げ出された二人。
   釣果を無感情に見下ろす男たち。
   公務員のように地味なスーツ姿。
   その中の一人が冷笑して呟く。
   いつかの夜のマグライト男の声。
マグ「登る手間を省いて差し上げましたよ」

●市立医療センター・病室・午後
   個室のベッドで眠り続ける中村。
   頭には痛々しい包帯。
   酸素マスクが規則的に曇る。
   ベッド傍の椅子に掛けた麗華。
   複雑な表情で夫を見つめる。
   はめ殺しの窓から穏やかな陽光。
   風にそよぐ樹々の囁き。
   ピクピクと痙攣する中村の瞼。

●㈱スカベンジャーズ・事務所前・午後
   ひっきりなしに出入りするトラック。
   各種廃棄物を満載して出発。
   戻ってくる車の荷台はカラッポ。
   向かいの歩道から眺める奏。
   スマホを取り出してイヤフォンを繋ぐ。
   何度かの呼出音の後。
武(声)「もしもし、かわいこちゃん?」
奏「その呼び方やめてって言ったのに」
武(声)「褒めてるつもりなんだけどな」
奏「ハラスメントの定義、教えましょうか」
武(声)「受け取り手次第って言うんだろ。
 重々承知だよ」
奏「・・・ボクの電話には出るんですね」
武(声)「無視したら何か怖いもん」
奏「たまには弟さんも出てあげて。相当頭に
 来てますよ。吹っ切ったふりしてるけど」
武(声)「ま、この次な」
奏「この次があるとでも?」
   トラックの轟音の中で震える声。
奏「ご存知なんでしょ、マモっちが今どんな
 状況か」
   イヤフォンから伝わる雄弁な沈黙。
奏「このままじゃ次に会った時は遺影かも。
 そんなの冗談じゃないですよ。ボクはまだ
 何も返せてないっていうのに。タケシさん
 はどうなんですか」
   一方的に叩きつけるような言葉。
奏「兄弟なのにいつまで静観してるつもり?
 顔も見せずに思わせぶりな態度ばっかり。
 こんな時ですら出てきてくれない。そりゃ
 マモっちだって素直になれないよ」
   奥歯を噛み締める奏。
奏「ボクは戦いますよ。こっちには手がかり
 だって・・・」
武(声)「キミは動くな」
   打って変わって冷徹な声。
奏「ちょ、命令される筋合いは・・・」
武(声)「手を汚すのは一人でいい」
   電話の向うで響く鈍い金属音。

●廃食品工場・午後
   電話を切った武の汚れた手。
   背後で駆動する大型生地圧延機。
   回り続けるローラーが赤く染まって。

●埠頭・午後
   地面のタイヤ痕に触れる手。
   傍に落ちていた硝子の欠片を拾って。
   欠片を手に周囲を見回す奏。
   一見、平和な昼下がりの光景。
   その中に僅かに残された事件の痕跡。
   奏の後ろに歩み寄る野島。
   耳元に何事か囁いて。
奏「・・・最高だね」
野島「最悪の間違いでは?」
奏「最高だよ。最高に最悪だ」
   海に向かって硝子を投げる。
奏「よく喋ったね。教育方針が甘いのかな」
野島「いえ、教育は行き届いてました。爪も
 指も耳も効果無しでしたから」
奏「そういう性癖なんじゃない?」
野島「水も電気も試しましたが無効で」
奏「じゃあどうやって」
野島「虫です」
   顔を顰める奏。
奏「ナットク。『よくがんばったで賞』だ」
野島「ウチのも何人かメンタルが」
奏「詳しく説明しなくていいからね」
   奏、野島に向き直る。
奏「親父に伝えて。あなたの放蕩息子は立派
 に戦いましたよって」
野島「若、まさかお一人で・・・」
奏「当然の報いだよ」
   自分の腹部を撫でる奏。
   泥を吐き出すように呟く。
奏「ここ、自分でぶっ刺した。エンコなんか
 じゃ生ぬるいって覚悟示したつもりだった
 んだ。親父はとうとう諦めてくれた。そこ
 までして拒んだ家なのに・・・ヒック」
   自嘲を遮るシャックリ。
   背を向けて止めようと。
奏「ヒック、ヒック・・・」
野島「大丈夫ですか。水とコップを」
奏「ヒック、大丈夫。武者震いみたいなモノ
 だから、ヒック」
   野島、無言で後ろから腹を抱く。
   そのまま奏を持ち上げてドスン。
奏「ゲホッゲホッ、どういうこと!?」
野島「止まりましたか?」
奏「落ちた人を起こすやり方だよねコレ!」
野島「止まったみたいですね」
奏「たまたまじゃないか!」
野島「細かいことは気にしない」
   妙に清々しい顔で懐に手。
   取り出したのはシガレットケース。
   リトルシガーを一本咥えて。
野島「そもそも本家の兵隊は動かせんですよ」
   急に強くなる海風。
   なかなか点火しないライター。
   見かねて風除けに立つ奏。
   野島、会釈してシガーを味わう。
   紫煙を風に吹き流して。
野島「私の趣味の友人なら・・・」

next

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: