モップアップ・メン



室田(三四)ブルペンの男。
若手リリーフ
ブルペン捕手A・B
ブルペンコーチ

川谷(四六)うどん屋の男。
記者
うどん屋客A・B
うどん屋店主

志賀(五五)刑務所の男。
刑務官A・B





●九月・土曜・午後
   透き通った青空に控えめな字幕。

●ブルペン
   響き渡るミットの乾いた音。
   首を傾げて投げ返すブルペン捕手A。
捕手A「ストレートが垂れとる。気ぃ入って
 ないんとちゃうか」
   無言でボールを受け取る室田。
   傍らで腕を組むブルペンコーチ。
   室田、気負いの無いフォームで投球。
   ミットのど真ん中に吸い込まれる白球。
捕手A「今のはええ球や。これやったら現役
 なんぼでもやれるで」
コーチ「室やん、次はスライダー投げてみ」
   頷いた室田、要求通りの球種を放る。
   大きく抜けてネットに当たる球。
捕手A「ドンマイ、指かかってなかったな」
   ベンチからの電話を受けるコーチ。
   室田と捕手Aに向き直って。
コーチ「ぼちぼち仕上げといてくれ。なんか
 雲行き怪しいらしいわ。今日はスラは消し
 とこか」
室田「・・・いけます。使えます」
   手の中で球を転がしながら。
   ブルペンに入って来る若手リリーフ。
若手「室さん、お疲れです」
室田「・・・おう」
   捕手Bとキャッチボールを始める若手。
若手「片桐さん、燃えかけですわ。五回まで
 もたんかったらロングやろなあ」
コーチ「計算だだ狂いや。消化試合で中継ぎ
 酷使は勘弁やで」
若手「投球回きっちり査定に入れてくれるん
 やったら、僕は構わんのですけど」
捕手B「今は若いからええけどな。年いって
 から響くんやで、こういう試合が」
   室田、隣の雑談を意に介さず黙々投球。
捕手A「カーブは結構キレとる。今日は二種
 盛りでええんちゃう」
室田「・・・マウンド立ったら、言われた球
 を放るだけや」
捕手A「えらい丸なったなあ。そこのボンと
 同じ年の頃はよう首振っとったのに」
室田「・・・そない抑えられる球、もうあら
 へん」
   一球一球ごとに無骨な受け答え。
   キャッチボールの手を止める若手。
若手「室さん、アレほんまですか。夕刊紙に
 載ってた」
コーチ「アホウ、お前・・・」
   慌てて若手を制するコーチ。
   室田、動じずカーブを決める。
若手「ええやないですか。ネットもワーワー
 騒いどるし、僕かていつ記者に詰められる
 か知らん。ちゃんと教えといてもらわな」
捕手B「やめときや。そろそろ肩作るぞ」
   座ってミットを構える捕手B。
若手「針の穴を通すようなコントロールって、
 そういう意味・・・」
   ベンチからの電話に応えていたコーチ。
コーチ「ちょい待ち。お前は作らんでええ」
若手「どうしたんすか」
コーチ「室やんにロング行ってもらうって」
   室田、最後に渾身のストレート。
   会心の捕球音と共にプレートを離れる。
   歩み寄るコーチ、室田に耳打ち。
コーチ「監督からや。後の用意はせえへん。
 一球でも多う放ってくれ。以上」
   室田、コーチの肩を軽く叩く。
   タオルで顔を拭い、帽子を被り直して。
   ブルペンから出て行く後ろ姿の孤高。
   若手も無駄口を忘れて見送る。

●うどん屋
   混み合った店内。
   案内を待つ若い記者。
記者「土曜やいうのにえろう混んどるなあ」
店主「すんまへん。ついそこで急な道路工事
 やってましてな。ほとんどその現場の人ら
 ですねん」
記者「何やそうか。同業の連中かと思た」
   店内の客層を見渡して。
記者「確かに。どう見ても違うわ」
店主「お客さんもお仕事でっか」
記者「取材や。近くにムショあるやろ」
店主「ありまんな」
記者「昔にどえらい話題になった事件の犯人
 が今日出てきよるらしいんや。表出てきた
 ところを捕まえて話聞いたろ思てな」
店主「へえ。それやったらテレビとか来ても
 おかしないのに全然見かけまへんで」
記者「世間ではもう風化してもうてるから」
店主「どんな事件やったかな」
記者「ウチの雑誌、出てから読んで」
店主「あ、そこ。相席でええんやったら案内
 できまっせ」
記者「僕はええけど、おっちゃんはどうやろ」
店主「聞いてきまっさ」
   店主、四人席に掛ける川谷の元へ。
   記者に向き直り、両手でマル印。
   川谷の向いに案内される記者。
記者「お邪魔してすんまへんな」
   会釈して掛ける記者。
   川谷、顔も上げずに軽く頷く。
   記者、お冷やを飲みつつ川谷を観察。
   薄手のコートをきっちり着込んだ川谷。
   首元までボタンを留め、襟を立てて。
   汗ひとつかかず鍋焼うどんに黙々と箸。
   具材を一つずつ丹念に味わう。
   合間合間にコップのビールをグビリ。
   残り少ないコップと半分ほど残った瓶。
記者「お注ぎしましょか」
   川谷、無言で固辞して手酌。
   居心地悪そうにテレビに目をやる記者。
   プロ野球のデーゲーム中継。
   マウンドに立つ室田の姿。
   満塁の走者を背負って悲壮な投球。
   決め球を簡単に外野へ運ばれる。
客A「人の出したランナー全部返してもうた。
 もう室田も終わりや。引退せえ」
客B「甲子園で準優勝した時はいかつかった
 んやけどなあ。肩一回いわしたらアウトや」
   でかい声で酷評する工夫たち。
   正面に視線を戻す記者。
   寂しげにテレビを見ていた川谷と目が。
記者「今日はもう試合終了ですな。あんだけ
 点差ついたら攻撃もやる気出ませんやろ」
川谷「・・・そんなもんですか」
   小さく呟いて、うどんを啜る川谷。
記者「まあ大変なんはピッチャーや。何とか
 試合は終わらせなならん。味方野手は完全
 に冷えとるし、スタンドからはえげつない
 野次。文字通り針の筵でっせ」
店主「お待たせしました」
   記者のカレーうどんが運ばれてくる。
   渡された紙エプロンをつける記者。
記者「まるで防弾チョッキや」
   石像のような川谷の唇が一瞬綻ぶ。
   川谷、最後のうどんを一啜り。
   ビールの残りを味わって飲み干す。
川谷「おっちゃん、お冷やお代わり。お愛想
 も頼むわ」
店主「へえ」
   大きく伸びをする川谷。
   一瞬、首元の肌が露わに。
   首を一周するような赤黒い痣。
   記者、気づかれぬように見ている。
   ふと、川谷の老けた顔に既視感。
記者「あの、失礼ですけどどっかで・・・」
川谷「・・・こんなしょうもない顔、どこに
 でもおまっしゃろ」
   伝票の上に小銭を置き、立ち上がる。
川谷「ちょうど置いとくで。ごっそさん」
店主「おおきに」
   ぼんやりと川谷の背中を見送る記者。
   お代を回収に来た店主。
店主「どうしはったん。幽霊でも見た顔して」
記者「・・・根詰めすぎたんやろな」
   思い直してカレーうどんを啜る。
   エプロンに飛び散る茶色の飛沫。

●刑務所・廊下
   安いジャケット姿の志賀が来る。
   その隣に付きそう刑務官A。
刑務官A「お前とはほんまに長い付き合いや。
 今日でお終いっちゅう実感がないわ」
志賀「・・・こっちの台詞です。頼むから夢
 に出てこんでくださいよ」
刑務官A「お前もやぞ。お互い、モデル無し
 でも似顔絵描けるくらい見飽きとるさかい」
志賀「外で初めて見る夢は、色っぽいやつて
 決めてますねん」
刑務官A「溜まってるからって羽目外すなや。
 報奨金は生活のために使うんやぞ」
志賀「わかってま」
刑務官A「せやけどお前も変わらんかったな。
 大久保彦左も顔負けの頑固モンや。模範囚
 やのに満期勤めなったんも自業自得やぞ」
志賀「褒め言葉やと思ときますわ」
刑務官A「そないに忠義を尽くしたところで
 報われる確証あらへんやろ。外出ても煙た
 がられるだけかも知れへんで」
志賀「気ぃつけて風下に立つようにします」
刑務官A「のう、志賀・・・」
   歩きながら顔を寄せる刑務官A。
刑務官A「ここだけの話にしとくから、俺に
 だけ明かして行かへんか。お前、一体誰を
 庇うとったんや」
   無言で足を進める志賀。
刑務官A「あかんか、やっぱり」
志賀「・・・裁判官に言うたことが全部や」
   窓口で立ち止まる志賀。
   刑務官Bが預かり品を押し出す。
刑務官B「一個ずつ読み上げるから確認する
 ように」
   僅かばかりの所持品の読み合わせ。
刑務官B「オーケー。しまってええで」
   財布や時計を身につける志賀。
   最後に手にした古いAMラジオ。
   電池蓋を開けてみると中は空。
刑務官B「入れたままにしとくと液漏れする
 からな。抜いといた。切れたやつやったら
 返せるけど」
志賀「・・・満タンの、もらえんやろか」
   刑務官A、同僚に目配せ。
刑務官A「預かった時の状態で返すんは無理
 やしな。特別やで」
   刑務官B、備品の乾電池を手渡す。
   満足げに電池を装填する志賀。
志賀「周波数、変わってまへんか」
刑務官B「んなもん、簡単に変わるかいな」

●同・外
   高い塀の小さな扉から出てくる志賀。
   塀に一礼し、ラジオの電源を入れる。
   空電音が高い秋空に上ってゆく。
   チューニングが合うと野球中継。
   疲れた声のアナウンサー。
アナウンサー「さあ九回表。ツーアウトから
 四死球で満塁。いまだマウンドには二番手
 の室田」
解説者「長い試合になりましたね。中継ぎ陣
 を消耗させたくない監督の意向は理解でき
 ますが流石にこれは・・・」
アナウンサー「五回以降は毎回ランナーを出
 しながらも失点を最小限に留めています。
 これもベテランの意地でしょうか」
解説者「気持ちは伝わりますが、彼には古傷
 が有りますからね」
アナウンサー「室田、迎えるは野口。期待の
 若手です」
解説者「これだけ点差が開いているので相手
 もどんどん若い野手を試してきますね」
アナウンサー「さあベテラン抑えるか・・・」
   ラジオに耳を澄ましていた志賀。
   ふと、気配に顔を上げる。
   道の反対側に佇む川谷。
   もう若くない二人の視線がぶつかる。
   なぜか微笑みかける川谷。
   釣られて微笑み返す志賀。
   川谷の手がコートの合わせ目から。
アナウンサー「室田、何度も首を振ります。
 なかなか決まりません」
解説者「投げたい球種があるんでしょう」
アナウンサー「一度深く頷いた。さあ第一球、
 投げた、スライダー、野口鋭いスイング」
   秋空に重なる打球音と破裂音。





                   了

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