「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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山さんの刑事部屋
ペーパー・ヌーン
吉屋(二四)女性。市役所窓口職員。
中山(二一)女性。フリーター。
芝木(二七)女性。市役所窓口職員。
●市役所・市民課窓口・正午
時を告げるチャイムが鳴る。
差し出された番号札。
手汗で少しへたっている。
あっけらかんとした茶髪の女性。
茶髪「離婚届の紙ちょうだい」
相対する職員・吉屋。
吉屋「あ、ハイ。お待ちくださいね」
硬い表情で抽斗を開け閉め。
予備も含めて二通取り出す。
茶髪「五枚」
吉屋「え」
茶髪「せやから五枚って。旦那すぐキレるし
二枚やったら絶対足れへん」
吉屋「あ・・・承知しました」
吉屋、ますますぎこちない挙動。
隣で戸籍請求を受け付けている芝木。
さりげなく吉屋の応対を横目に。
●同・休憩室・午後
交替休憩中の窓口女性職員たち。
長机に群れて食事とお喋り。
職員A「今どき請求用紙なんてどこからでも
ダウンロードできんねんし、予め用意して
きてって話やんな」
職員B「用紙もらうためだけに番号札取るの、
マジでやめてほしいわ。記入台に備え付け
てんの見えへんのかな」
職員C「私らが怒られるのホンマ理不尽や。
本人確認書類とか百パー要る奴やん。素で
持ってきてへん人、何なん」
職員A「あるある過ぎてもはや笑えるな」
職員C「いや笑えんし」
内容に反して楽しそうに愚痴る面々。
隅の席で独り食事する吉屋。
コンビニの具だくさん素麵。
音を立てないよう慎重に啜る。
休憩室に入ってくる芝木。
一瞬静まる井戸端会議。
芝木、一席空けて吉屋の横に掛ける。
再び虫の羽音のように沸き上がる駄弁。
弁当箱の蓋を開ける芝木。
食事を終えた吉屋が後ろを通る。
芝木「吉屋さん」
吉屋「ハイッ」
コンビニ袋をぶら下げたまま硬直。
芝木「あれ直した方がええよ」
吉屋「え・・・」
芝木「市民の人生に一喜一憂するの」
吉屋、意外な言葉に立ち尽くす。
吉屋「それどういう・・・」
芝木「見えるねん。婚姻届や出生届は虹色。
離婚届や死亡届やとドドメ色」
吉屋「・・・何の話ですか」
芝木「受け取った時の吉屋さんの色」
吉屋「・・・よく、分かりませんけど」
さらなる言葉を待つも芝木無言。
吉屋、足早に休憩室を出て行く。
職員B「うわ出た。スピリチュアルパワハラ」
職員C「新人ちゃん泣いてんちゃう」
聞こえがよしの悪口。
どこ吹く風で弁当に箸を運ぶ芝木。
●同・市民課窓口・午後
印鑑証明書発行後の処理をする吉屋。
隣で外国人住民に案内する芝木。
不自然に盗み見る吉屋。
芝木、薄口の微笑と流暢な英語。
礼と共に外国人が去るや吉屋に向いて。
芝木「何か?」
吉屋「い、いえ何でも・・・」
芝木「それやったら見やんといて」
すぐさま笑顔で呼出ボタンを押す。
芝木「五一〇番でお待ちの方」
●同・更衣室・夕
貸与制服を脱いで私服に着替える吉屋。
他の職員たち、波が引くように消える。
入れ替わりに入って来る芝木。
吉屋の隣のロッカーを開けて。
芝木「吉屋さん」
吉屋「せやから何もないです。すいません」
芝木「何で謝るん。まだ本題入ってないよ」
吉屋「・・・・・・」
着替えも中途半端に口ごもる。
芝木「この後、用事無いんやったらちょっと
付き合ってくれへん」
着替えの手を止めることなく。
吉屋、ベタに自分の背後を確認。
室内に残るは二人だけ。
吉屋「・・・私に言ってます?」
芝木「他に誰がおるん。あ、もしかして私の
こと、見える系の人とか思ってる?」
曖昧に首を振る吉屋。
芝木「他の連中はそう思ってるみたいやけど」
吉屋「そういう意味やなくて・・・」
半開きのドアを苦々しく見やる芝木。
芝木「あいつら、自分が理解できひんことに
幼稚なカテゴリを嵌めて安心してるだけや。
で、どうなん」
今度ははっきり吉屋に向かって。
吉屋「・・・ごめんなさい。今日どうしても
外せへん用事があって」
芝木「そう。残念やわ。まあ、懲りずにまた
誘うから。じゃあお先」
いつの間にか着替え終えて颯爽退室。
スカートもつけず呆然と見送る吉屋。
●コンビニ前・歩道・夕
入口の前で足を止める吉屋。
開いた自動ドアからレジが見える。
二箇所のレジで接客する店員たち。
バンドマン風青年と東南アジア系女性。
閉じる自動ドア。
吉屋、入店せずに歩み去る。
●商業ビル・女子トイレ・夕
鏡に向かって髪を整える吉屋。
化粧っ気のない顔を暫く眺めて。
乾いた唇に淡いリップを引く。
●カフェ・注文カウンター・夕
爽やかな笑顔で迎える若い男性店員。
男店員「いらっしゃいませ。ご注文どうぞ」
硬い表情で財布を握り締める吉屋。
吉屋「・・・ココア。あ、ホットで」
カウンター内、男性店員の背後。
小柄な女性店員・中山。
注文を受けてきびきびと動く。
吉屋、財布の中を覗きながらチラ見。
●同・一人席・夕
通りに面した一人席に吉屋。
手元に置かれた番号札。
所在なげに読んでいる文庫本。
乱歩の『一寸法師』。
捲ったばかりの頁の上に影が差す。
中山「番号札四番のお客さま」
吉屋、札をずらしてスペース空け。
肩越しにあやふやな愛想笑い。
中山「ホットココア、お待たせしました」
トレイを置き、仔猫のように微笑む。
吉屋「ありがとう・・・」
中山「ごゆっくりどうぞ」
去る中山の後ろ姿を暫し見送って。
ココアに向かって満ち足りた溜息。
表面のホイップがふるふる震える。
●市役所・市民課窓口・正午
慌ただしく飛び交う書類。
チェック、押印、コピーのルーティン。
窓口の疲弊を逆撫でする暢気な時報。
吉屋に詰め寄る中年主婦。
主婦「何でここで出されへんの」
吉屋「ですから管轄が・・・」
主婦「お祖母ちゃんの本籍ここやねんけど」
吉屋「お亡くなりになった時のものは出るん
です。ただ、ご結婚前の本籍地がですね」
主婦「どこなん」
吉屋「鹿児島の・・・」
主婦「そんなん取りに行かれへんやん」
吉屋「郵送請求という方法もありますので」
主婦「もう、何でこんなめんどくさいんや。
葬式済んだばっかりやのに息もつかれへん」
吉屋「・・・お察しします」
主婦「は? お察し? 何をわかったような
こと言うてんの。口先だけのおべんちゃら
なんか要らんわ。勝手にお察しせんといて」
幾何級数的にエキサイトする主婦。
縮こまって集中砲火に耐える吉屋。
スッと前に出る芝木。
芝木「申し訳ございません。まだ経験が浅い
職員なものでご案内が不親切なうえ、言葉
まで間違えて。きちんと指導させていただ
きます。ほら、あなたも・・・」
芝木に促されて頭を下げる吉屋。
吉屋「・・・申し訳ございません」
主婦「最近の窓口、派遣ばっかりやろ。税金
で雇てもろてる意識が薄いんちゃう。公共
の仕事なめとったらあかんで」
芝木「あの。私も派遣ですが、この者よりは
経験を積んでおります。よろしければ請求
の方法などご案内させていただきます」
コンシェルジュのような笑顔の芝木。
頭を上げるタイミングを失った吉屋。
●同・休憩室・午後
隅の席で昼食をとる吉屋。
コンビニの冷やしうどんに進まぬ箸。
横に除けられた殻付きの温玉。
芝木「好物は最後までとっとく派?」
いつの間にか隣に掛けている芝木。
吉屋「・・・お腹が悪くて」
芝木「せやのにお腹が冷えるもん買うたん」
吉屋「出勤してから具合が・・・」
芝木「じゃあ、しゃあないな」
芝木、開けかけた弁当蓋を閉じる。
うどんの容器を自分の方へ引き寄せ。
代わりに弁当箱を押しやる。
吉屋「ちょっと・・・」
芝木「等価交換や。原材料費と手間賃合わせ
たら同じくらいやろ、たぶん」
吉屋「いやいや・・・」
芝木「お腹に悪いもん入ってないで。妹が胃
弱いからいつも気つけてんねん。もちろん
毒も盛ってないからな」
有無を言う間もなくうどんを啜る。
吉屋、仕方なく弁当の蓋を取る。
栄養バランスも彩りも完璧な出来。
吉屋「・・・妹さんと住んではるんですか」
芝木「せや。まだ高校生やから私が親代わり」
吉屋「何か、ちょっと意外です」
芝木「どの部分が?」
吉屋「全部。家族の匂いせえへんかった」
芝木、温玉を割り入れてニヤリ。
芝木「人を見かけで判断したらあかん。まし
てや紙切れ一枚では何も分からん」
温玉を混ぜ込んで一気に啜る。
吉屋、端正な卵焼きを口に入れて驚き。
吉屋「うちの味に似てる・・・」
芝木「お母さん、醤油と出汁派やな。同志や」
●同・更衣室・夕
女性職員で溢れてかしましい空間。
吉屋、気配を消して黙々着替え。
隣のロッカーの開く音。
目を向けると芝木が既に半脱ぎ。
吉屋「あ、芝木さん・・・。今日は、あの、
お弁当ありがとうございました」
芝木「ん」
吉屋「おべんと箱、明日洗って・・・」
芝木「そんなんええよ。今ちょうだい」
弁当箱の包みを取り出す吉屋。
既に着替え終わっている芝木。
気取る風でもなく受け取る。
吉屋「それと、お誘いの件ですけど」
芝木「今日は誘わへんって。お腹あっためて
寝えや」
あっさり出口へと向かう芝木。
刺々しい視線を物ともせず飄々。
出口付近で立ち止まり天井を見回す。
芝木「いい感じで瘴気が溜まっとるわ。こら、
今夜あたりお客さん来はるんちゃうか」
意味深な捨て台詞と共に去る。
芝木の姿が消えるや吉屋に群がる同僚。
職員A「何あれ、キモ。最近よう絡まれてる
けど大丈夫?」
職員B「迷惑してるやろ? 上の人に言うて
あげよか」
吉屋「迷惑とか、そんなんやないですから」
職員B「溜め込んだらあかんよ。あんたの前
におった人もそれで辞めたんやで」
職員C「あれやばかったよね。完全に病んで
やったもん」
職員A「あんなん労災やで」
吉屋、ロッカーを閉めて呟く。
吉屋「芝木さん、周りのことよう見てくれて
はると思いますけど」
職員B「そら、あの人の得意技やからな。客
の顔色うかがって気持ちようさせるん」
職員C「知ってる? あの人、前は夜の仕事
してはってんで」
悪意を感じる囁きのボリューム。
思わず顔を顰める吉屋。
吉屋「それ、何か問題あります?」
●カフェ・一人席・夕
通りに面した一人席に吉屋。
手元に置かれた番号札。
所在なげに読んでいる文庫本。
島田荘司『異邦の騎士』。
捲ったばかりの頁の上に影が差す。
女性店員「番号札六番のお客さまー」
肩越しに目が合う癒し系の女性店員。
トレイを持って営業スマイル。
女性店員「ごゆっくりー」
後ろ姿も見送らず、目を伏せる吉屋。
失望まじりの溜息がココアを揺らす。
カウンターに視線を移すと。
レジで注文を受ける中山の姿。
●市役所・休憩室・午後
並んで昼食をとる吉屋と芝木。
吉屋の前、コンビニのジャンバラヤ。
芝木「吉屋さんって毎日コンビニやね。別に
アカンとかやなくて」
吉屋「あ、はい。私、料理できないんで」
芝木「今、実家住み?」
吉屋「そうです」
芝木「お母さんは教えてくれはれへんの?」
吉屋「私にやる気がないから。基本、子供の
意思任せなんです。放任主義、とは違うん
ですけど・・・」
芝木「いっぺん教えてって頼んでみたら。親
ってそういうの案外待ってんねんで。絶対
喜ばはると思うわ」
吉屋「けど、今はちょっと家が大変で」
芝木「どないしたん」
吉屋「祖父が入院してて。身の周りの世話や
何やらで母も毎日病院行っててそれどころ
やないと思います。それに、私にちょっと
怒ってて・・・」
芝木「え。あんまり家庭内のドロドロは聞き
たないで」
吉屋「じいちゃん、私と一緒にホラー映画を
観てて血圧上がりすぎて倒れたんです」
芝木「・・・そら怒られる」
吉屋「『13金PART3』が生涯最後に観た
映画になったらおじいちゃん可哀想やろ!
って病院の廊下でブチギレられました」
プッと吹き出す芝木。
芝木「あ、ゴメン。不謹慎やな」
吉屋「いいです。たぶん笑い話で済むし」
芝木「お詫びにおかず進呈や」
ジャンバラヤの上に唐揚げを乗せる。
吉屋「いただいてばっかりで悪いです」
芝木「今日の最高傑作やから試食してほしい
のよ。妹のやつ、素直やないから絶対感想
言わへんねん」
吉屋「じゃあ私もお返し」
ジャンバラヤの鶏肉を一切れ。
芝木「ありがと。美味しそ。最近のコンビニ
飯も捨てたもんやないよな。けどさ、近く
のオフィス街に売りに来る弁当屋さんの方
がコスパ良くない?」
吉屋「それは・・・」
●コンビニ・レジ前・朝
バーコードを通されるジャンバラヤ。
財布を握り締めて待つ吉屋。
中山「七四八円です。お箸とスプーン、両方
入れておきますね」
コンビニ制服の中山の蠱惑的な笑顔。
●市役所・休憩室・午後
食べ終わりを片付ける吉屋と芝木。
芝木「まだ時間あるな。吉屋さん、コーヒー
飲める?」
吉屋「あんまり苦いのは・・・」
芝木「せやったらUCCや。風に吹かれるで」
●同・屋上庭園・午後
手摺りに寄りかかって街を眺める二人。
陽射しは強いが既に秋の風。
吉屋の手にUCC、芝木はボス黒。
芝木「こうしてたら落ち着くわ」
吉屋「高い所、好きなんですか」
芝木「そういうわけやないけどな。文字通り
俯瞰してるやん、今。午前中のあれこれを
リセットするのに丁度ええねん、この眺め」
吉屋「私、あんまり下見れません」
芝木「間違って落ちそうで怖い?」
吉屋「・・・自分から落ちそうで怖い」
芝木、ブラックを渋く啜る。
吉屋「この前言わはったこと・・・」
芝木「なんやっけ?」
吉屋「私の色がどうとか。あれ、どういう?」
芝木「あー。おバカさんが勝手にオーラ的な
話と勘違いしてたやつな。単なる比喩やで」
吉屋「私、態度に出てたってことですか」
芝木「モロ出しや。傍から見ててモノローグ
が聞こえるレベル。あんな他人に感情移入
してたら、遠からず擦り切れてしまうで」
吉屋、UCCをブラックの如く啜る。
芝木「あのな、この仕事、一日に何人の人生
と交錯すると思う?」
吉屋「・・・考えたことないです」
芝木「一件処理するのに一五分として七時間
でも二八人や。毎日がグランドホテルやで」
吉屋「いちいち数えてはるんですか」
芝木「せやから、数えんなって話」
青空を見上げてボスを飲み干す。
芝木「私らは、常にクールかつ親身でないと
あかん。矛盾してるみたいやけど、親身と
干渉は別物やからね」
吉屋「難しいです・・・」
少し残った液体を缶の底で回しながら。
芝木「私らと市民、繋ぐんはたかが一・二枚
の紙切れや。それは、私らの前にある時は
めちゃめちゃ重い。雑に取り扱うわけには
いかへん。けどな、常に流れている物でも
あるねん。流れ去った後は自分の人生とは
無関係、それくらいでちょうどええ」
再び街の往来を見下ろす芝木。
芝木「この眺めと同じ」
●吉屋の実家・食卓・夜
食卓に向かい合う吉屋母娘。
特に会話はなく、トンカツに箸。
テレビでは懐かしのヒット曲特集。
吉屋「お母さん、辛子ある?」
母「冷蔵庫になかった?」
吉屋「半年前の賞味期限やった」
母「じゃあ無いわ。次買っとく」
吉屋「そう、残念・・・」
母「何につけるつもりやったん?」
吉屋「トンカツのソースに混ぜたら美味しい
ねん。お店のやつみたいになる」
母「あんた、薬味とか好きやなあ」
再び途切れる会話。
吉屋「・・・お母さん」
母「この曲、若い時よう聴いてたわ」
テレビの山口百恵に気を取られて。
吉屋「今度の金曜日な、ちょっと遅なっても
いい?」
母「遅なるって、残業?」
『さよならの向う側』に聴き入って。
吉屋「仕事終わってから、同僚とお酒飲みに
行きたいねん」
ポカンと娘を眺める母。
母「同僚? 今の?」
吉屋「うん」
母「うまくやれてるん?」
吉屋「まあね」
母「・・・そう」
トンカツをつつく箸が心なしか軽い。
吉屋「なあ、いいかな?」
母の綻ぶ口元を見ないふりして。
母「ええよ。バスのあるうちに帰りや」
吉屋「分かってるよ。なくなったら帰宅難民
やん」
●吉屋の実家・吉屋の部屋・夜
机に向かって鉛筆を走らせる吉屋。
本が溢れ出した雑多な本棚。
壁にオーストラリア映画のポスター。
岩山を背景にした少女たちの構図。
机に広げた原稿用紙。
勢いで書いては消しゴムでリセット。
傍らに演劇シナリオ入門書の山。
立て掛けられた学生劇団の公演チラシ。
ラミネートされて御本尊のように。
キャストの端の方に中山の姿。
●コンビニ・レジ前・朝
会計待ちの行列に並ぶ吉屋。
手に親子丼とミネラルウォータ―。
向って左レジに中山、右にバンドマン。
煙草を買うオヤジが粘って左が渋滞。
どんどん右にさばける列。
吉屋、目に見えて苛々。
厭な顔一つせずオヤジをあしらう中山。
吉屋が先頭のタイミングでオヤジ退散。
中山、よく通る声で次の客を招く。
レジへと向かう吉屋の後ろ姿。
●市役所・窓口・正午前
エアポケットのような閑散時間帯。
発行済みの書類控えを整理する吉屋。
その手つきは踊るように軽やか。
後ろを通り過ぎようとした芝木。
足を止めて覗き込む。
芝木「今日は妙にご機嫌やね」
吉屋「それも見えるんですか」
芝木「そうやな・・・サーモンピンクや」
吉屋「何か、卑猥」
芝木「たぶん色恋沙汰やろ」
吉屋「もう、やめてくださいよ」
後方デスクで上役の男性職員が咳払い。
肩を竦める二人、少し声を落として。
芝木「もうすぐ混んでくるから程々にな」
吉屋「せやから・・・。ちょっといいことが
あっただけですって」
その時、呼出番号表示が灯る。
芝木「私がやるわ」
隣の窓口に入って呼出を掛ける。
自分の仕事に戻る吉屋。
手元に目を落として集中。
それでも脳裏に蘇る中山の声。
中山(声)「お客さん、もしかしてカフェに
よく来てくれはる・・・」
自然と緩む頬。
隣の窓口のやり取りが通奏低音の如く。
慇懃なのに耳につく男性の声。
落ち着いて応える芝木の声。
次の瞬間、背後から女性の悲鳴。
振り返る吉屋。
蒼褪めて口を押さえる職員A。
その視線の先は隣の窓口。
カウンター越しに対峙する男女。
サラリーマン風の男が芝木に包丁を。
芝木「お客様、少し落ち着きましょか」
リーマン「僕は最初から落ち着いてるやろ。
ええから早く住民票出してくれ」
芝木「申し上げた通り、お客さまにはお渡し
できません」
リーマン「アホ、何で家族の住民票が出され
へんのじゃ」
芝木「奥様、今は同居されてませんね。残念
ですけどこの場合はご本人様しか・・・」
リーマン「まだ結婚しとんのやぞ。おかしい
やろが」
次第に表情も口調も凶暴に。
発作的に空間を切り刻むような刃先。
芝木、まるで包丁など無いかのように。
芝木「閲覧と写しの交付はご本人さまのみが
可能です」
リーマン「市も国もグルなんやな。アイツと
一緒になって僕を嘲笑うてんのやろ。こう
なったらとことんやったるぞ。オバハン、
紙切れ一枚と命とどっちが大事じゃ。よう
考えてみい」
刃先を芝木の胸元に突きつける。
芝木「・・・震えてるがな」
リーマン「ああん?」
芝木「そんなんで人が刺せるんか。下手こい
たら肋骨当たって刃ぁ折れんぞ」
サラリー「お、お前何や、市民様に向かって」
芝木「お前こそ何や、このヘタレ。奥さんに
閲覧制限かけられた理由、よう考えてみい」
上役「し、芝木さん。刺激したらあかん」
背後でへっぴり腰の上役。
芝木「紙切れ一枚? その紙切れに奥さんの
未来がかかっとるんや。そう簡単に渡すか」
リーマンの白目がギラリ光る。
思わず吉屋の体が動いている。
刃先が押し込まれた瞬間。
吉屋が分厚いファイルを振り下ろす。
カウンターに叩きつけられた包丁。
体勢を崩した男に掴みかかる警備員。
すぐに加勢が入って鎮圧される男。
芝木の肩を支える吉屋。
吉屋「し、芝木さん、何考えてるんですか」
芝木「・・・つべた」
吉屋「え?」
芝木「触って、手・・・」
芝木の両掌を握り締める吉屋。
芝木「明日、吉屋さんと飲み行かれへんよう
なったらどうしよかと思た・・・」
心なしか引き攣った芝木の笑顔。
芝木「誰がオバハンや、って突っ込む余裕も
無かったわ」
暢気な時報が事件現場に響く。
●同・屋上庭園・午後
独りベンチに掛ける吉屋。
膝の上にバインダーと便箋を乗せて。
一心に手紙を綴る。
時折、秋風に邪魔されながら。
●カフェ・一人席・夕
通りに面した一人席に吉屋。
手元に置かれた番号札。
所在なげに読んでいる文庫本。
泡坂妻夫『湖底のまつり』。
捲ったばかりの頁の上に影が差す。
中山「ホットココア、お持ちしました」
トレイを持った中山の弾ける笑顔。
中山「今朝ぶりですね」
吉屋「どうも・・・」
不器用に微笑み返す吉屋。
半ば隠すように封筒を握りしめて。
●吉屋の実家・食卓・夜
吉屋の母、食卓に独り。
生姜焼きと白米を交互に口に運ぶ。
向い側にはラップを掛けた一組の夕食。
テレビでは女装タレントのバラエティ。
ひっそりと帰宅する吉屋。
ダイニングをスルーしようとする。
母「お友達との食事、明日やろ。今日は何で
こんな時間?」
通り過ぎかけて立ち止まる吉屋。
吉屋「・・・ちょっと買い物」
母「遅くなる時は電話して。ご飯は?」
吉屋「まだやけど・・・あんま食欲ない」
母「後でもいいから食べなさい。冷蔵庫入れ
とくから」
吉屋「・・・了解」
母「どうしたん? 顔色が・・・」
吉屋「ほっといて。私、もうええ大人やで」
思わず荒らげた声に自分で驚く。
母「・・・虫の居所悪いんやったら何も言わ
へん。けど、あんた近いうちにじいちゃん
に顔見せに行かなあかんで」
吉屋「・・・何で?」
母「冬、迎えられへんかも知れんて」
吉屋「え・・・ただの高血圧ちゃうの?」
母「そっちはおまけや。あんたには伏せてた
けど」
荷物を持ったまま立ち尽くす吉屋。
テレビから女装タレントの高笑い。
●同・吉屋の部屋・夜
机に突っ伏す吉屋。
吉屋「・・・言ってよ。私、家族ちゃうの?」
蚊の鳴くような呟き。
顔を上げた吉屋、瞼が腫れている。
視界に入る学生劇団のチラシ。
集団の端で存在感を放つ中山。
困ったような中山の声がリフレイン。
中山(声)「・・・ごめんなさい。私、そう
いうのは・・・」
原稿用紙の束へと移る視線。
中山(声)「それと・・・もうやめちゃった
んです」
一瞬フラッシュバックする中山の顔。
相手の痛みを知る人の哀しき微笑。
机の抽斗を開ける吉屋。
書き上げた原稿を無造作に放り込む。
一番上に劇団チラシを裏向きにして。
吉屋の脳裏に去来する様々な中山の姿。
コンビニ制服、カフェ制服、舞台衣装。
時にあどけなく、時に艶っぽい表情。
それらを閉め出すように閉じる抽斗。
中山(声)「・・・でも、嬉しかったです。
応援ありがとうございました」
●市役所・更衣室・朝
制服に着替える吉屋。
魂が抜けたような挙動で。
芝木、隣のロッカーを開ける。
わざと派手な音を立てて。
吉屋「・・・おはようございます」
芝木「おはよう。今朝はマーブル模様か」
吉屋「え」
芝木「あんまり綺麗なマーブルちゃうな。川
に浮いた油みたいに澱んでるわ」
吉屋「アハハ、ひどいなあ・・・」
吉屋の空々しい笑い。
芝木「まあ、ちょうどええわ。今夜思いきり
吐き出したらええねん。私のことゴミ溜め
や思て」
吉屋「・・・・・・」
芝木「私も散々偉そうなこと言うてきたけど、
昨日のあれでちょっとな」
吉屋「・・・・・・」
芝木「吉屋さんやったら、あの人に一線越え
ささんで済んだかもって」
吉屋「・・・そんなん結果論や。私やったら
もっと早よ刺されてたかも知れへんし」
芝木「そっか・・・」
珍しく考え込む芝木。
ボタンをかける手も止まって。
芝木「・・・ま、お互いまだまだ人生劇場の
駆け出しってことやな。今日も勉強させて
もらわな」
吉屋「・・・はい」
●市役所・市民課窓口・正午前
やや混み合ってきたロビー。
事務的に仕事をこなす吉屋。
呼出番号が滞りなく進む。
吉屋「番号札七二三番でお待ちのかた、二番
窓口へどうぞ」
差し出される出生届。
記載事項を軽くチェックする吉屋。
吉屋「あ、ここ一箇所抜けてますね。ご記入
いただけますか」
無機質に伝えてペンを差し出す。
ペンを受け取る初老女性。
女性「ここは、同居者でもいいのよね」
吉屋「ご両親が届出できない場合はご同居の
ご家族でも結構です」
女性「生憎、息子が出張中でね。お嫁さんは
まだ病院やし。私、一緒に住んでますから」
伏せていた目を上げる吉屋。
戸惑いつつも喜びを隠せない女性の顔。
吉屋「・・・初めてのお孫さんですか?」
女性「そうなの。長いことできんかったから
半分諦めとったんやけどね。二人頑張って
くれたんです。私に孫の顔見せたい言うて」
吉屋「素敵なご家族ですね」
吉屋に人間らしい表情が戻る。
女性「私にはもったいないくらいや。えっと、
これでいいですか?」
吉屋、受け取って目を走らせる。
吉屋「大丈夫です。じゃあ、お預かりします」
女性「ありがとう。お願いね」
遠ざかる女性の小さな背中。
書類を見つめて頬を緩める吉屋。
隣で見ていた芝木も柔らかい表情に。
吉屋「出生届出お願いします」
担当に回して次の番号を呼ぶ。
吉屋「番号札七二五番の方」
ロビーの椅子から立ち上がる人影。
そちらに目を向ける吉屋。
その瞬間、時間の流れが緩やかに。
茶色枠の書類を携えて歩み寄る女性。
私服姿の中山である。
揺れる癖毛、胸の曲線、しなやかな脚。
緊張気味の唇、希望に輝く眸。
その魅力の全てが吉屋の目に焼きつく。
正午のチャイムがフェードアウト。
西部劇のBGMがフェードイン。
中山、窓口の吉屋を認めて少し驚く。
やがて、その表情が落ち着いた微笑に。
また一人、他人の人生と対峙する吉屋。
その背中はか弱くも力強く。
周囲の時間が等速に戻る中。
静かに向かい合う二人。
やがて、中山の唇が動く。
中山「お願いします」
高まる『ハイ・ヌーン』。
了
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