血斗のカルテット



こころ(一七)女性。マイヤン風高校生。

剣(一一)男性。御曹司的小学生。

菱川(四五)男性。無頼系会社員。

三葉(八七)女性。庶民派おばあちゃん。





●こころの家・自室・早朝
   第一ヴァイオリンの音色。
   以降、こころのシーンの伴奏。
   曙光を孕んで揺れるレースカーテン。
   低い音を立てて風を送るエアコン。
   ベッドで薄いシーツに包まるこころ。
   枕元のスマホがアラームで震える。
   片手だけ出して横着な止め方。
   指先を逃れてベッドから落ちるスマホ。
   気づかずベッドの上を探る手。
   癇癪起こしてシーツを蹴飛ばす。
   寝癖髪に寝乱れたパジャマで起き直る。
   しなやかな手脚を伸ばして大あくび。
   パジャマの裾からおへそがチラリ。
   寝ぼけまなこで部屋を見渡す。
   ぬいぐるみやアンティークに混ざって。
   ヴァン・ダムやセガールのポスター。
   ファンシーとマッチョが混然一体。
   こころ、ピシャリと両頬に気合い。

●剣の家・庭・早朝
   第二ヴァイオリンの音色。
   以降、剣のシーンの伴奏。
   背後に豪邸を擁した宏壮な庭。
   その片隅に造られた立派な盆栽棚。
   凝った松柏や苔に混じって平凡な朝顔。
   朝顔鉢に如雨露で水をやる剣。
   瀟洒なパナマ帽に皺一つない綿シャツ。
   土全体に水分が行き渡るよう丹念に。
   盆栽棚の傍の地面に開いた蟻の巣穴。
   せっせと何かの欠片を搬入する働き蟻。
   如雨露の水先を巣穴に向ける剣。
   表情ひとつ変えることなく。
   塀の外でラジオ体操帰りの子供の声。
   朝顔をスケッチする剣。
   巻きつく蔓が上手く描けなくて。
   何度も消しては神経質に描き直し。
   関心すら払われない傍らの土の上。
   溢れ出した水に浮いている蟻たち。

●三葉の家・仏間・早朝
   チェロの音色。
   以降、三葉のシーンの伴奏。
   仏壇の仏飯器と茶湯器を換える三葉。
   割烹着の背を小さく丸めて。
   蠟燭に火を灯し線香に移す。
   手を合わせて口の中で暫く読経。
   手で火を仰ぎ消そうとするも消えず。
   諦めて平然と掌で握り消す。
   その手に花瓶の水を少し垂らし。
   ついでに枯れたカーネーションを抜く。
   立ち上がり、箪笥の上の写真に黙礼。
   若い兵隊さんの色褪せた遺影。
   がたついた雨戸を苦労して開ける三葉。
   猫の額ほどの庭にいる野良猫と対面。
   三葉の唇の隙間から威嚇するような息。
   背中の毛を逆立てて対抗する猫。
   暫く膠着の後、尻尾を巻いて逃げ出す。
   満足してお地蔵様のように笑う三葉。

●菱川のアパート・自室・早朝
   ヴィオラの音色。
   以降、菱川のシーンの伴奏。
   物が少ないのに雑然とした四畳半。
   万年床に腹ばいになって眠る菱川。
   ランニングシャツに脱げかけズボン。
   全然違う方向に首を振る扇風機。
   陽が射さない北向きの窓。
   隅に寄せた裸炬燵の上に林立する空缶。
   ほぼ全てストロング系チューハイ。
   菱川、寝苦しそうに輾転反側。
   とどめを刺すようにクマゼミの大合唱。
   這うように布団を離れる菱川。
   流しに到達するや頭を突っ込んで開栓。
   頭から水を浴びながらついでに直飲み。
   時々、間に空えずきを挟みながら。
   漸く立ち上がってカレンダーの前に。
   際どいポーズの水着グラビアの下。
   日付に書き込んだ♦印を指で確認。

●住宅街・朝
   軽快にジョギングするこころ。
   飾り気ないタンクトップとショーパン。
   黒髪ポニーを背後になびかせて。
   露出は多いがあくまで健康的な魅力。
   すれ違うラジオ体操帰りの子供たち。
   その中の悪ガキが生意気に指笛を吹く。
   Uターンして追いかけるこころ。
   鋭い眼差しを笑顔に緩ませながら。

●剣の家・食堂・朝
   広々とした食卓に独りつく剣。
   メイドたちが次々と皿を運んでくる。
   欧米のホテル朝食を思わせる献立。
   足下に蹲るジャーマンシェパード。
   その前にもジビエドッグフードの皿。
   剣、♠の柄をしたフォークを手に。
   エッグベネディクトに刃先を入れる。
   と同時に皿に鼻を突っ込む犬。

●三葉の家・台所・朝
   使い込んだ俎と包丁。
   目にも止まらぬ速さで青葱を刻む三葉。
   汁椀の溶き卵に葱と出汁を投入。
   それを玉子焼き器で焼き始める。
   空いた汁椀を濯いで鍋の横へ。
   丁度温まった南瓜の味噌汁をよそう。
   返す刀で巻き始める玉子焼き。
   全てに無駄が無い七十年物の身ごなし。

●菱川のアパート・自室・朝
   洗面台で歯を磨く菱川。
   泡を吐き出すとほんのり桃色。
   コップの水で蜆カプセルを飲み干す。
   濡らした手で伸びすぎた髪をセット。
   電動シェーバーvs強情な無精髭。
   途中で充電が切れて巻き込まれる髭。
   泣く泣くT字剃刀に切り替える。
   剃刀負けの上から軟膏を塗る菱川。

●公園・朝
   遊具を使って筋トレをするこころ。
   待っている子供に気づいて遊具を譲る。
   お次は爺婆に混じって太極拳。

●剣の家・洗面所・朝
   広い洗面台の二つのボウル。
   氷水を張った方に手指を浸ける剣。
   暫くして温水の方に浸け替える。

●三葉の家・居間・朝
   海苔で最後の米を巻いて口に運ぶ三葉。
   食後の渋茶を幸せそうに啜る。
   占いの途中で容赦なく消されるテレビ。

●菱川のアパート・自室・朝
   便所の扉の中から水を流す音。
   扉が開いて出かかる菱川。
   思い直したように便所にとんぼ返り。

●こころの家・バスルーム・朝
   熱いシャワーを豪快に浴びるこころ。
   窓の隙間から濛々と湯気が逃げてゆく。
   湯を弾く胸元に小さな❤の黒子。

●剣の家・自室・朝
   勉強机の上のランドセル。
   もう一度中を覗いて蓋を閉める剣。
   眼鏡をケースから取り出して装着。

●三葉の家・居間・朝
   グーパー体操をする三葉。
   目の前を鬱陶しく往復する蚊。
   ノールックで蚊を掴む三葉の手。

●菱川のアパート・自室・朝
   ネクタイを締める菱川。
   落ち着きなく行ったり来たりしながら。
   何かのネジを踏んで悪態をつく。

●こころの家・ダイニング・朝
   朝食を取る父母と、年の離れた弟。
   ゼリー飲料を咥えたこころが通る。
   下品にならない程度に着崩した夏服。
   父母には手で軽くおはよう。
   弟には後ろから髪をワシャワシャ。
   反撃の猫パンチをおどけて躱す。
   膨らんだスクールバッグを肩に担いで。
   少し照れくさそうに、行ってきます。

●剣の家・ガレージ・朝
   高級セダンの後部席に収まった剣。
   文庫本のヴァン・ダインに集中。
   制服を着た運転手が席に着く。
   厳かに上がるガレージの扉。
   夏の陽光が暗い庫内に流れ込む。
   外の道を走って横切る小学生たち。
   手に手にプール支度を持って。
   ルームミラーの剣、外に目もくれない。

●三葉の家・玄関先・朝
   手押しカートに寄りかかる三葉。
   門の外を走り抜ける子供たち。
   頷きながら菩薩の表情で見送って。
   子供たちの後から現れるタクシー。
   門の前で止まった車体に♣のマーク。
   降りて来た運転手が三葉を介助。
   三葉を座席に、カートをトランクに。
   頼まれて玄関の施錠を確かめる運転手。

●駅・改札・朝
   通勤客で混み合う改札。
   膨らんだビジネスバッグを提げた菱川。
   投入口で引っ掛かる定期券。
   けたたましいエラー音と迷惑顔。
   菱川、駅員を連れて戻ってくる。
   正常稼働している改札、消えた定期券。
   駅員、機械内部を開けて確認する。
   首を傾げて、菱川に疑いの眼差し。

●線路沿いの道・朝
   自転車を軽やかに漕ぐこころ。
   風を受けて鼻歌を歌いながら。
   クラブ活動に向かう同年代とすれ違う。
   こころを追い越してゆく満員電車。
   ドアに押しつけられた菱川の姿。
   第一ヴァイオリンとヴィオラの協奏。

●鈍行電車・車内・朝
   乗換駅に着いて扉が開く。
   喜劇映画のように押し出される乗客。
   巻き込まれた菱川、よれよれで再乗車。
   空いた座席にへたり込むや発車。
   通過する窓外に踏切待ちのタクシー。
   ヴィオラとチェロの協奏。

●踏切・朝
   長い待ち時間の後、上がる遮断機。
   タクシーに続く高級セダン。
   チェロと第二ヴァイオリンの協奏。

●廃工場・前・午前
   夏の陽射しに焙られる廃工場。
   陽炎に揺れて人気もなく。
   敷地内に入ってくるタクシー。
   すかさず工場内から駆け寄る黒服。
   小銭できっちり支払う三葉。
   開いたトランクから黒服がカートを。
   運転手から引き継いで三葉を案内。
   入れ替わるように高級セダンが到着。
   別の黒服が駆け寄る。
   後部扉からランドセル背負った剣。
   会釈する運転手に見送られて工場へ。
   二宮金次郎のように読書しながら。
   チェロに第二ヴァイオリンが加わる。
   こころの自転車、勢いよく車に横づけ。
   スクールバッグを手に颯爽と降り立つ。
   第三の黒服に自転車の鍵を放って。
   案内を待たずに大股で工場内へ。
   第一ヴァイオリンも加わる。
   車が出て行き、自転車も移動した後。
   足を引き摺り汗だくの菱川、到着。
   暫く待つが、案内に出てくる様子無し。
   溜息をついて独り工場内へ。
   最後にヴィオラが加わった。

●廃工場・地下室・午前
   小規模な闘技場のような空間。
   中央に、布が掛けられたテーブル。
   その前に据えられた四脚の椅子。
   ダークスーツの美女が姿勢よく佇む。
   四囲に巡らされた客席はほぼ満員。
   色とりどりの紳士淑女の興奮した顔。
   テーブル前の椅子に着席する四人。
   少し緊張気味のこころ。
   平然と読書を続ける剣。
   にこにこえびす顔の三葉。
   まだ息切れが止まぬ菱川。
   スーツ美女の合図で剣が本を閉じる。
   一斉に卓上に上げられる四人の鞄。
   スクールバッグ。ランドセル。
   カートのバッグ。ビジネスバッグ。
   開かれた口から覗く詰まった札束。
   客席に広がる感嘆の声。
   頷いてナイフを取り出すスーツ美女。
   バッグを預かって退がる黒服たち。
   卓上から取り除かれる布。
   その下から現れる緑地のテーブル。
   美女、バイスクルの箱を四人に。
   四人の間を回って確認される箱。
   手に戻った箱にナイフを近づける美女。
   唾を飲み込み不敵に微笑むこころ。
   レンズの下の眼を見開く剣。
   笑顔を消して虚無と化す三葉。
   気だるく生あくびする菱川。
   封印に当てられた刃。
   弦楽四重奏が狂騒的に高まる。





                   了

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