片恋ポートレイト



陸斗(二六)男性。似顔絵描き。

知果(二七)女性。画家。





●舗道・午後
   路上に転がるトマトスープの空缶。
   僅かばかりの硬貨が無残に散らばる。
   慌てて拾い集めようとする陸斗。
   くたびれた服装、色あせたベレー帽。
   見下ろして嘲笑う不良たち。
   突き出た尻を空缶のように蹴る。
   蛙のように地面にへばりつく陸斗。

●駅前・夕
   とぼとぼと通りかかる陸斗。
   イーゼル、折り畳み椅子、画材鞄。
   大荷物を不器用に抱えて。
   ロータリーの一郭に人だかり。
   人垣の後ろから覗き込む陸斗。
   老いた道化師が芸の真っ最中。
   ジャグリングの棍を全部取り損なう。
   拾おうとして余計にまき散らす。
   野次馬の馬鹿にしたような笑い。
   陸斗、見るに堪えず場を離れる。
   背後でどっと歓声が起こる。
   気づかずに立ち去る陸斗。

●コインランドリー・夕
   洗濯機から洗濯物を取り出す陸斗。
   靴下を袋に入れようとして止める。
   伸ばした靴下の爪先に穴。
   穴に小指を出し入れして溜息。

●スーパーマーケット・夜
   残り一個の半額弁当に伸びる手。
   別の手が先に弁当をかっさらう。
   空振りして虚しく泳ぐ陸斗の手。
   弁当を手にした作業服のおやじ。
   痩せた陸斗を憐れむように見て。
   慈悲深げに弁当を押しつける。
   満足顔でレジに向かうおやじ。
   缶酎ハイで満タンの籠を提げて。
   弁当を手にして立ち尽くす陸斗。

●陸斗の部屋・夜
   絵に描いたように質素な六畳間。
   片隅に寄せた万年床。
   新聞紙を敷いた木箱の上での食事。
   半分ほど食べた弁当に蓋をする陸斗。
   さも大事そうに冷蔵庫に納める。
   靴下の踵に開いた大きな穴。
   少し汚れた新聞を裏返そうとして。
   文化面の記事に目が止まる。

●画廊・前・午前
   モダンな門構えの画廊。
   ショーウィンドウに飾られた絵。
   荒野に立つ半裸の若き魔女。
   激しい筆さばきと憂鬱な色彩の対比。
   かじりつくように見つめる陸斗。
   画廊の入口から出てくる警備員。
   注意される前に逃げ出す陸斗。
   入口に掲げられた個展の看板。
   仰々しい煽り文句の数々。
   『異端の女流』『ヴァラドンの再来』

●舗道・午前
   折り畳み椅子から往来を眺める陸斗。
   イーゼルに見本の人物デッサン。
   ドーミエもどきのディフォルメ調。
   『にがおえかきます』のPOP。
   及び腰で通行人に声をかけるも。
   誰一人見向きもしない。
   足元に空っぽのトマトスープ缶。

●高校・美術教室・夕(回想)
   学ラン陸斗、パレットと絵筆を手に。
   マグリットもどきの油絵に彩色。
   集中しているようで気もそぞろ。
   ちらちらと向ける視線の先。
   百号カンバスに向かう少女・知果。
   真剣な横顔に画廊の魔女の面影。
   窓の外、通過する寒冷前線。
   突風がカーテンを揺らして去る。
   暗い空を引き裂くように射す残照。

●舗道・午前
   イーゼルの足に小便する野良犬。
   追い払おうとする陸斗を威嚇。
   やむなく荷物を抱えて退散する陸斗。

●画廊・前・午後
   陸斗、店から少し離れた所で。
   ウィンドウの魔女の絵を見つめる。
   入口の扉から一団の人々。
   画廊主と握手を交わす上客。
   笑顔で客を見送る黒衣の知果。
   思わず街灯の陰に隠れる陸斗。
   客が去るや消え去る知果の微笑。

●駅前・夕
   俯いて歩く陸斗。
   爪先に当たって転がるピンポン球。
   目を上げると一面ピンポン球の海。
   腰をかがめて拾っている老道化師。
   何とか袋に集めようとするも苦戦。
   知らん顔で通り過ぎる通行人。
   陸斗、荷物を置いて手伝い。
   腕に抱えたピン球を老道化師の元へ。
   大袈裟に喜ぶ老道化師。
   指をパチン!と鳴らした瞬間。
   陸斗の腕の中のピン球がレモンに。
   さらにもう一度パチン!
   地面に残ったピン球が一斉に割れて。
   夕空に飛び立つ無数の雀。
   足を止めて空を見上げる通行人たち。
   無機質な表情が自然と笑顔に。
   陸斗も笑っている自分に気づく。
   *****
   道具を満載したカラフルなリヤカー。
   重そうに引く老道化師の前に陸斗。
   頭を下げて何度も懇願。
   謙遜するように手を振る老道化師。
   陸斗、ついには土下座。
   困った様子の老道化師。
   陸斗の肩を叩いて何かを指さす。

●屋台・夜
   中華そばの屋台に並んで座る二人。
   老道化師、ジェスチャーで注文。
   熱燗のコップを置く店主。
   恐縮した陸斗の前にも一杯。
   ハンカチで口紅を拭う老道化師。
   旨そうに酒をちびちびと啜って。
   陸斗も遠慮がちに口をつける。
   寡黙に麺を湯切りする店主。

●モンタージュ
   朝晩関係なく労働に勤しむ陸斗の姿。
   牛乳配達、ビラ配り、交通誘導。
   引越し、倉庫作業、交通量調査。
   *****
   無謀にも自転車で急斜面に挑む。
   やがて坂の上から牛乳の川が。
   *****
   ゴーかストップか迷う誘導灯。
   たちまち複雑怪奇な大渋滞。
   *****
   幅員不足の階段で相方と試行錯誤。
   とうとう壁と箪笥の間に挟まって。
   *****
   あまりの閑散についつい居眠り。
   その間に怒涛の人波が通り過ぎる。
   *****
   無人の陸斗の部屋。
   寂しそうに主を待つ画材たち。

●高校・美術教室・午後(回想)
   制服の胸にコサージュをつけた知果。
   窓辺で風に髪を弄らせて。
   物音に気づいたように振り返る。
   教室の戸口に陸斗。
   敷居際で迷ったように立ちすくむ。
   手にはスイートピーの花束。
   知果の唇に浮かぶ微笑の影。
   *****
   緊張の面持ちで椅子に掛ける陸斗。
   対面でスケッチブックを開く知果。
   軽やかに鉛筆を走らせて。
   時折向ける視線はどこか母性的。
   傍らの机に置かれた花束。
   *****
   凛々しいポーズで立つ知果。
   挑発的に投げかける眼差し。
   スケブの次の頁に描く陸斗。
   丁寧すぎる筆致、熱のこもった観察。
   時間の過ぎるのを恐れるように。

●モンタージュ
   公園や高架下で老道化師のレッスン。
   ジャグリング、竹馬、一輪車。
   パントマイム、バルーン、マジック。
   こけたり割ったりぶちまけたり。
   落ちたり焦がしたりぶつけたり。
   失敗も涙も笑顔で塗り潰して。
   シケモクと共に付き合う老道化師。

●陸斗の部屋・夜
   帰宅する陸斗。
   スーパーの袋から食材を取り出す。
   フライパンでエリンギとモヤシ炒め。
   レンジでは手抜き麻婆豆腐の調理中。
   畳んだ布団の上に置かれた着替え。
   お古の衣装と新品の靴下三足セット。
   洗面台の鏡の横に貼られた画用紙。
   堅苦しく座る学ラン陸斗のデッサン。

●同・朝
   鏡の前でメイクを施す陸斗。
   ぶかぶかのクラウン衣装をかぶって。
   新品の靴下に足を通す。

●画廊・前・朝
   台車で商売道具を運ぶ道化姿の陸斗。
   ウィンドウの魔女を横目で見ながら。

●商店街・午前
   休日の賑わいを見せる商店街。
   ぐずって歩きたがらない男児。
   なだめる父親をうながす母親。
   背を向けて置いていくふり。
   半泣きの男児の前に差し出される掌。
   握って開くと溢れ出すスポンジ球。
   かがんで目線を合わせる道化陸斗。
   ぽかんとした男児に次々手品を披露。
   慌てて戻る両親、声を上げかけて。
   きゃっきゃ喜ぶ男児に困惑。
   *****
   画用紙に色鉛筆を走らせる陸斗。
   滑稽な仕草を惜しみなく交えながら。
   風船を持って椅子に掛けている男児。
   さっきまでの不機嫌はどこへやら。
   陸斗の隣にリニューアルしたPOP。
   ファンシーな字体で『えがおえ』。
   *****
   手を振って両親と共に去る男児。
   オーバーに手を振り返す陸斗。
   トマトスープ缶の中に光る五百円玉。

●モンタージュ
   少しずつ客が増える『えがおえ』。
   彼氏に二股かけられた女子高生。
   年下の部下に苛められている会社員。
   還付金詐欺に引っかかった老婦人。
   垢BANされた動画配信者。
   どんより、いらいら、うじうじ。
   ネガティブな顔々と向き合う陸斗。
   一輪車に乗りながら。
   頭から煙を噴きながら。
   悪戯する左手と戦いながら。
   鼻からシャボン玉を出しながら。
   一度に八本の色鉛筆を操りながら。
   楽しませる趣向で引き出される笑顔。
   イーゼルに増えていく笑顔の見本。
   トマトスープ缶に溜まる硬貨や紙幣。
   増収に従って缶のサイズもアップ。
   パイン缶→粉ミルク缶→ペンキ缶。

●画廊・前・夕
   通りがかる道化陸斗。
   ウィンドウに魔女の絵は無く。
   代わりに飾られた抽象画。
   個展の看板も別人のものに。
   思わず入口に駆け寄る陸斗。
   すぐさま警備員につまみ出される。

●同・午前
   板につかないスーツ姿の陸斗。
   ぎくしゃくと画廊の中へ。
   警備員、不審がりながらも会釈。

●同・中・午前
   個展スペースをスルーする陸斗。
   常設展示の中に魔女の絵を発見。
   値札のゼロを数えて愕然。
   音もなく忍び寄るダンディな店員。
   陸斗、ダメもとで価格交渉。
   電卓を手に肩をすくめる店員。
   背中を丸めて敗走する陸斗。
   その瞳は決意に燃えている。

●モンタージュ
   陸斗の倹約生活。
   靴下はいつも三足千円。
   えのきを混ぜてかさ増し炊飯。
   スーパーの給水サービスに日参。
   ちびた石鹼を新品と合体。
   鏡の前で苦労してセルフ散髪。
   *****
   ますます磨かれる陸斗の道化芸。
   客も見物人も増える一方。
   あちこちから向けられるカメラ。
   その中にいつかの配信者の姿。
   ネット上の動画閲覧数が青天井。
   無許可営業に飛んでくる警官たち。
   一輪車で逃げ出す陸斗。
   走って追いかける警官。
   路地に追いつめた所でピンクの煙幕。
   姿を見失って警官右往左往。
   その数メートル上に陸斗。
   狭い路地の壁面に手足を突っ張って。
   *****
   路地から表通りをうかがう陸斗。
   その前で立ち止まる革靴の足。
   差し出される大型商業施設の名刺。

●商業施設・イベントステージ・午後
   陸斗のワンマンショー。
   道化パフォーマンスに親子連れ爆笑。
   見事なマジックには拍手喝采。
   終演後の似顔絵サイン会に長蛇の列。

●同・バックヤード・夕
   道化陸斗が従業員専用口に消える。
   数刻後、姿を現す素顔の陸斗。
   売場に出た所で陸斗を呼び止める男。
   差し出される公共放送局の名刺。

●公共放送局・スタジオ・午後
   カメラの前で愛嬌振りまく道化陸斗。
   子供たちを周りに呼び集めて。
   音楽に乗せてトロンプ・ルイユ。
   巨大な絵筆でドリッピング。
   巨大な模造紙でデカルコマニー。
   子供と一緒にタブロー・ヴィヴァン。
   芸を交えながらの楽しい美術番組。

●同・廊下・夜
   収録が終わって楽屋へ戻る陸斗。
   反対側から歩いてくる別番組の一行。
   プロデューサーに続いて知果。
   思わず道を開ける陸斗。
   すれ違う知果の冷たい横顔。
   道化師に見向きもせず通り過ぎて。
   知果の背中に向かっておどける陸斗。

●画廊・中・午前
   魔女の絵の前で陸斗茫然。
   大きく掲げられた『売約済』の札。
   通りかかった画廊主に詰め寄るも。
   戸口から通りへ蹴り出される。

●舗道・午前
   とぼとぼと歩く陸斗。
   風に飛ばされ顔に貼りつく新聞紙。
   引きはがした紙面に目を見張る。
   IT社長と知果の婚約報道。

●私設美術館・前・夜
   開館パーティーの夜。
   華やかにライトアップされた美術館。
   周囲を物々しく警戒する警官隊。
   その目を盗んで移動する黒い影。

●同・展示室・夜
   麗々しく展示された現代絵画。
   その中で一際目立つ魔女の絵。
   落ち着かなげに佇む正装の人々。
   IT社長、知果、美術館スタッフ。
   そして無骨な刑事たち。
   警部、名刺大のカードをしげしげと。
   『コンヤ9ジ、マジョヲツレテイク』
   予告文とピエロのイラスト。
   励ますように知果の手を握る社長。
   そっけない態度で身を離す知果。
   大時計の針が九時を示す。
   警部、周囲を見回し勝利宣言の寸前。
   絵に近づく制服警官を見とがめる。
   振り向いた警官の顔が道化師。
   刑事たちが詰め寄ろうとした刹那。
   館内の照明が一斉に消える。
   *****
   再び灯った照明に目を瞬かせる一同。
   壁から魔女の絵が消えている。
   代わりに一枚の画用紙が。
   描かれているのは少女時代の知果。
   誰も見たことがない弾ける笑顔。
   それ以外の展示絵画にも異変。
   様々な技法で描かれた道化師の絵に。

●同・前・夜
   外に飛び出してくる刑事たち。
   後から続く社長や知果。
   建物をなめるようにサーチライト。
   屋上で踊る道化師の影。
   その脇に抱えた四角い額。
   屋上を指さして叫ぶ警部。
   膨らみつつある巨大なバルーン。
   屋上を離れて漂い出す。
   垂れた縄梯子に掴まった道化陸斗。
   我を忘れて発砲する警官隊。
   命中したバルーンが高度を下げる。
   人々をかすめるように近づいて。
   思わず身をかわす地上の面々。
   下方に手を伸ばした陸斗。
   その手の先には知果。
   固く結んだ唇がふっと綻んで。
   ドレスの腕が応えるように上へ。

●陸斗の部屋・朝(陸斗主観)
   徐々に明るくなる視界。
   布団からはみ出た足が最初に見える。
   穴から飛び出た親指がぴくぴく動く。
   *****
   机代わりの木箱の上。
   飲み散らかした発泡酒の空缶。
   酔っ払いながら描いたであろう絵。
   美術館に残したはずの笑顔の知果。
   *****
   鏡に向かう陸斗。
   貼られたデッサンより老けた顔。
   頬に一筋の乾いた涙。
   その横に一刷毛残った白粉の跡。
   表情も変えずに指で拭う陸斗。

●舗道・午前
   折り畳み椅子に掛ける陸斗。
   しょぼくれた服装にベレー帽。
   足元に空っぽのトマトスープ缶。
   雑に書き直した『にがおえ』POP。
   『に』を消して上から『え』。
   イーゼルには一枚だけ見本の絵。
   部屋から持ってきた笑顔の知果。
   *****
   陸斗の前で立ち止まるハイヒール。
   空缶にふわりスイートピーが着地。
   眩しそうに見上げる陸斗。





                   了

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