戀果



和泉 百恵(一六)女学生。

藤 三千代(一五)同。

少女A(一五)同。

少女B(一六)同。





●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   窓辺の書き物机に向かう百恵。
   制服、眼鏡、お下げ髪の少女。
   窓の外には寒々しい姿の桃の樹。
   机の上には開かれた日記帳。
   百恵、吐息一つ。
   古風な万年筆を新しい頁に走らせる。
百恵(声)「私には恋がわからない」
   殺風景な室内。
   壁際に骨董品じみた二段ベッド。

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   真新しい二段ベッドに投げられた鞄。
   その勢いでくるくる回る三千代。
   ボブカット、百恵と同じ制服の少女。
   ミュージカルの場面のように楽しげ。
   窓辺へとステップを踏んで近づく。
   開いた窓から春の風。
   椅子に着地して机の抽斗を開く。
   一冊の日記帳が表紙を上に。
   箔押しされた『Momoe Izumi』の金文字。
   不思議そうに手に取る三千代。
   頁をめくると途中から始まる記載。
   声に出して読み始める三千代。
三千代「恋なんてありふれたものだと誰もが
 言う。ご覧よ、街角にだって木陰にだって
 恋の花は咲き誇っているじゃないか。ほら
 君の周りにだって」

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   二段ベッドの下段に寝転ぶ百恵。
   上段の裏側にそっと手を伸ばして。
百恵(声)「たとえばベッドの裏に書かれた
 名前。昔々誰かが誰かのことを想いながら
 一文字一文字書いた名前」

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   二段ベッドの下段に腰掛ける三千代。
三千代「せめて夢の中だけでも愛されたいと
 願うの? もしかしたらその人は、体温を
 感じられる距離で眠っているの?」
   日記帳から視線を外す三千代。
   そのまま反るように上段の裏を見る。
   汚れ一つない木地。

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   机で日記を書き続ける百恵。
百恵(声)「でもわからない。書くべき名前
 を私は持っていないから。ベッドの上段は
 もうずっと空っぽのまま」

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   三千代、ベッド上段で腹這いバタ足。
三千代「手紙の返事を今か今かと待ちわびる
 気持ち、それが恋だよと誰かが言う。私は
 答える。いいえわからない。だって誰かに
 手紙を書いたことなんてないもの」
   三千代の視線、日記から書き物机へ。
   陽だまりに浮かぶ無人の机。

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   机で日記を書き続ける百恵。
百恵(声)「今ここで書いている言葉だって
 誰かに届けるためのものじゃない。書いて
 いないと怖いから書いているだけ。書いて
 いないと不安だから。書いていないと落ち
 着かないから。書いていないと私が消えて
 しまいそうだから」

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   机で日記を読み続ける三千代。
三千代「どれだけ綴っても綴った端から言葉
 は枯れていく。まるで窓から見えるあの樹
 のように」

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   万年筆を止めて窓の外を見る百恵。
百恵(声)「もう花は咲かないし果実も実ら
 ない。灰色の空によく映える樹。恋の存在
 しない世界がお似合いの樹」
   雨を含んだ温い風が窓から。
   再び万年筆を動かす百恵。
   それまでの文章から少し離して。
   三行に分けて一七文字をしたためる。
   『桃が枝に
    たえて実りの
    なかりせば』

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   窓から一輪の花びら。
   日記帳の上にひらひら舞い降りる。
   まだ瑞々しい筆致の五七五。
   驚いたように指で撫でる三千代。
   指の先が薄い青で汚れて。
   *****
   万年筆を手にした三千代。
   考え事をしながら窓の外を見る。
   自然とほころぶ表情。
   さらさらとペン先が奏でる音。

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   窓を叩きつける強い風。
   我に返って鍵を掛ける百恵。
   ふと日記帳に目を落とす。
   百恵が書いた上の句が擦れたように。
   その左隣。
   違う筆跡で書き足された一四文字。
   すっかり乾いて褪せたインクで。
   『三千世の鳥の
    いかで誘はる』

●女学院・寮・二階の部屋(天然色)
   机に突っ伏して居眠りする三千代。
   耳元で囁く声。
声「ノオトが汚れてしまいますわよ」
   三千代、ゆっくりと起き上がる。
   呆れ顔で覗き込んでいる少女A。
   落ち着いた佇まいが百恵に似ている。
三千代「暖かかったから、つい」
A「無理もございませんわ。春ですもの」
三千代「よかった、何もついてない」
   日記帳を閉じて抽斗に仕舞う。
三千代「貴女が御同室の?」
A「ええ、短い間ですけれど仲良くしてくだ
 さいましね、ええっと・・・」
三千代「ミチヨ、藤三千代です」
A「三千代さん」
   少し頬を染めて微笑みかける少女A。
   その視線が窓の外へ。
A「・・・まあ」
三千代「ふふ、絶景でしょう」
   窓枠いっぱいに咲き誇る桃の花。

●女学院・寮・二階の部屋(白黒)
   がさつなノックに引き戻される百恵。
   日記帳を閉じると同時に開くドア。
   疾風のように飛び込んでくる少女B。
   ショートカットで尖った雰囲気。
   でも、どこか三千代を思わせる。
   濡れた髪や制服を手で払って。
B「ツイてないや。あと三十秒くらい保って
 くれたっていいのにさ」
   振り返る百恵、石のような表情。
百恵「失礼じゃないですか、いきなり入って
 くるなんて」
B「いや、ノックしたし」
百恵「まだ返事してません」
B「かーっ、お堅いなあ」
   鞄をベッドの上段に放り上げる。
百恵「あっ」
B「あ、ゴメンゴメン。上使ってた?」
百恵「そうじゃないけど」
B「じゃあ遠慮なく」
   制服のジッパーを下ろし始めるB。
百恵「ちょっ、何してるの」
B「ベタベタで気持ち悪いんだって。ったく
 この制服、着る時も脱ぐ時も面倒だなあ。
 いつの時代の遺物だよ。レトロってレベル
 じゃねーぞ」
百恵「伝統ある我が学院の象徴ですよ。口を
 慎みなさい」
   B、言ってる間にキャミソール姿に。
百恵「もうっ、はしたない・・・」
   真っ赤になって目を逸らす百恵。
   軽快な呼出音。
   B、鞄からスマホを取り出して応答。
B「あ、アタシ。うん着いた着いた。それが
 ひっどい道でさあ、揺れるのなんのって。
 自慢の桃がズル剥けになるかと思ったよ。
 アハハハハ」
   机に向かって聞こえないふりの百恵。
   その目の前に置かれる瑞々しい桃。
百恵「え」
B「あいさつ代わり」
百恵「何の」
B「今日からルームメイト。あんた、モモエ
 っていうんでしょ。外の樹に生ってたから
 ちょうどいいやって」
百恵「外の樹って・・・嘘ばっかり」
   窓の外を見る百恵。
   雨に打たれる桃の樹。
   その所どころに緑の葉と実った果実。
   強張った百恵の頬に雨だれの影。
   引き結ばれた唇が微かに緩む。
B「転校したばっかで何もわかんねーからさ、
 色々教えてくれよ。あ、優しくだぞ」
   ベッド上段に座ってポンポン弾むB。
   ギシギシ揺れるオンボロベッド。
   その上段の裏側。
   インクで書かれた『ミチヨサマ』。





                   了

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