トゥースレスマン・ブルース



酒々井 嘉(四八)男性。探し屋。

佐倉 未散(三六)女性。ブローカー。


逃げる男(疋田)
キャバ嬢
浴室の女(篠井)
労務者リーダー
労務者たち
埠頭の刑事
養護施設の女児
養護施設のシスター
歯科衛生士





●埠頭・夜
   横たわった人の視点。
   暗闇、がやがや、サイレン。
   捲られるシート、覗き込む刑事。
   *****
   指で開かれる瞼、照らすペンライト。
刑事「瞳孔散大」
   ライトの光が無遠慮に顔を這う。
刑事「頭髪、白髪まじり、やや後退。年齢、
 四十代から五十代。中肉中背。首より上に
 目立った母斑なし」
   口に捩じ込まれる刑事の指。
刑事「上顎左側中切歯および右側切歯の二本
 が欠損・・・」
   刑事の無表情に被さるタイトル。

●浴室・朝
   浴槽の凪いだ水面。
   微かな波がやがて激しい気泡に。
   やおら浮上してくる頭部。
   眼鏡に張りつく乱れ髪。
   抜けた前歯の隙間から水がピュー。
   酒々井(しすい)嘉(よし)。
酒々井「・・・四分三十秒」

●洗面所・朝
   ドライヤーで髪をセットする酒々井。
   寂しくなってきた癖っ毛を丁寧に。

●玄関外・朝
   新築に囲まれた築ウン十年の元長屋。
   古い扉の補助錠を施錠する酒々井。
   背後を駆けてゆく男子児童たち。
児童「ハヌケハヌケハヌケハヌケ!」
   振り向いた酒々井の眼鏡が光る。
児童「やべっ、歯抜かれるぞ!」
   キャッキャと逃げていく子ら。
   後から歩いてきた母親が頭を下げる。
母親「すみません、失礼なことを」
酒々井「あ、いえ・・・」
   通り過ぎた母親の作り笑顔が消える。
   隣を歩くママ友にスマホを示して。
   スマホ画面、警察の不審者情報。
   声かけ事案、特徴→薄毛・前歯なし。

●パチスロ店・午前
   アニメ台の前にかじりつく若い男。
   淡々と消費される玉、死んだ魚の目。
   突如、制服日本刀少女のカットイン。
若男「やっと来たあ」
   身を乗り出す男、隣から挟まれる口。
酒々井「こりゃ駄目だ、背景色が違うもん。
 信頼度40ってトコだね」
若男「ア?」
   ガンを飛ばす男の眼前に手配写真。
酒々井「疋田詩音くん、でしょ。折角顔まで
 変えたのにさ、駄目だよ戻ってきちゃ」
   写真の陰から酒々井の人の好い笑顔。
酒々井「そんなにこの台でいい思いしたの。
 オジサンの目にはイマイチに見えるけど」
若男「てめっ」
   玉を撒き散らして店の奥に逃げる男。
   玉に足を取られながら追う酒々井。

●路地・午前
   勢いよく開くパチスロ店の裏口。
   弾丸のように飛び出してくる若い男。
   なりふり構わぬワイルドな逃走。
   室外機を蹴飛ばし、箱を踏み抜いて。
   覚束ない走りで遅れを取る酒々井。
   飛来するゴミ箱や猫を避けながら。

●カフェ・テラス席・午後
   お洒落ガールたちの好奇の視線。
   くたびれた格好の酒々井が人待ち。
   汗で乱れた髪、よれたシャツの襟。
   ズボンについた生ゴミを払い落とす。
佐倉「少しくらい身なりを構ったら」
   顔を上げるとトレイを持った美女。
   佐倉(さくら)未散(みちる)。
酒々井「十四分四十七秒」
佐倉「遅れるってメッセしたけど」
酒々井「電話、置いてきたんで」
佐倉「携帯しなさいよ」
   佐倉、酒々井の前のカップに視線。
   最大サイズのアイスコーヒー。
   対面に座り、トレーを置く佐倉。
   トッピング増し増しフラペチーノ。
酒々井「見るだけで胸焼けしそうだ」
佐倉「そっちこそお腹タプタプになりそう」
酒々井「注文の仕方が・・・。たまには僕に
 優しい待ち合わせ場所をお願いしますよ。
 立ち飲み屋とか」
佐倉「そんな所、私が浮くじゃない。どうせ
 昼間から飲みたいだけのくせして。程々に
 しておかないといつか野垂れ死ぬよ」
酒々井「お嬢さんには敵わないな」
佐倉「その呼び方やめてって言ったでしょ」
   佐倉、話しながらテーブルの下に手。
   ブランドの紙袋を酒々井の足元へ。
   さりげなく紙袋を膝に乗せる酒々井。
   チラリと覗く札束。
酒々井「まいど」
佐倉「いつもいつも地味に重いんだからね。
 キャッシュレスって言葉知ってる?」
酒々井「デジタルリスクってご存知ですか」
   ムッとした表情で睨む佐倉。
   二ッと笑った酒々井の歯抜け口。
佐倉「・・・いいかげん入れればいいのに。
 お金なら十分あるでしょ」
酒々井「は?」
佐倉「市松模様にでもしたいわけ?」
酒々井「ああ、これ・・・」
   空隙にストローが挟まって気づく。
酒々井「行くには行ったんですよ、歯医者。
 歯磨き練習ばっかりさせられて一向に治療
 する気配がないから嫌になって」
佐倉「別の所紹介するけど」
酒々井「お気持ちだけ。これはこれで意外と
 便利で重宝してるんで」
佐倉「また始まった」
酒々井「何も始めてませんよ?」
佐倉「その、人をおちょくった話し方」
酒々井「えっ」
佐倉「この前も『髪切ったの』ってお愛想で
 聞いてやったのに『朝起きたらこうなって
 ました』って、お前はザムザか」
酒々井「解ってくれてたんだ」
佐倉「解りたくもないわよ」
酒々井「ともあれ便利なのは事実でして」
佐倉「まだ言う?」
酒々井「いやホントホント。例えば、子供の
 敷居が低くなる。それに・・・」

●路地・午前(回想)
   行き止まりに追い詰められた若い男。
   ゼエゼエ息を切らした酒々井。
酒々井「しょ、障害物競走は、この辺で」
   滴る汗、笑う膝、唇から覗く抜け歯。
   その弱々しい姿に元気づく男。
若男「イキッてんじゃねえよ歯抜けジジイ。
 自分の年くらい考えろって」
   落ちていた脚立を拾って振り上げる。
若男「しんどそうだな。すぐ楽になんぞ」
   振り下ろされる脚立。
   疾風のように懐に潜り込む酒々井。
   男のがら空きの肝臓に拳を叩き込む。
   *****
   ダウンした男、脚立に首を挟まれて。
   まだ息切れしながら見下ろす酒々井。
酒々井「さ、最後まで逃げ切りたいのなら、
 の、野うさぎくらい臆病になることだ」

●カフェ・テラス席・午後
   酒々井の器用な歯笛。
   曲目は『口笛吹きと犬』。
酒々井「それに、こういう芸もできます」
   呆れ顔で席を立つ佐倉。
佐倉「死ぬほどどうでもいい・・・」
   テーブルに残した二通の封筒に視線。
佐倉「次、どっちにするの」
   封筒の上をさまよう酒々井の指。
   結局、二通まとめて掬い取る。
佐倉「中も見ずに。ワーカホリックね」
酒々井「見ないでも分かりますよ」
   封筒を交互に額に当てる酒々井。
酒々井「こっちはありふれた世話場ですね。
 おや、こっちは難しいぞ。警察絡みの面倒
 な案件だ」
佐倉「・・・・・・」
   酒々井、佐倉の微妙な表情に気づく。
酒々井「驚いたな。ラッキーストライクか」
佐倉「使い果たしたんじゃない、今年の運」

●児童養護施設・外・午前
   柵を越えて歩道に転がるシャトル。
   拾い上げる酒々井の手。
   庭を走り寄ってくる未就学女児。
   柵を挟んで向かい合う二人。
   女児、ラケットを抱いて心細げ。
   芝居がかった酒々井の仏頂面。
   突然ニカッと笑うと覗く抜け歯。
   釣られて笑った女児の口にも抜け歯。

●団地・エントランス・午前
   錆びかけた集合郵便受けの列。
   一箇所だけ大量にはみ出したDM。
   堂々と郵便物を漁る酒々井。
   背後を通り過ぎる主婦、不審そうに。
   酒々井、振り返ってにこやかに挨拶。
酒々井「こんにちは、蒸しますねえ」
   愛想笑いでそそくさと立ち去る主婦。
   病院からの封書を手に取る酒々井。

●病院・支払窓口・午前
   混み合うロビー、窓口の前に酒々井。
   にこやかに職員に話しかける。
酒々井「この度は娘がお世話になりました。
 支払が遅れて申し訳ございません」
   財布片手に伝票を差し出しながら。
酒々井「そうそう、お聞きしたいことがあり
 まして。出して頂いてるお薬なんですが」

●街・薬局・モンタージュ
   次々と薬局の入口をくぐる酒々井。
   出てくる度に地図に×印。
   地区ごとに一軒ずつ消し込んでゆく。
   *****
   とある薬局の調剤受付カウンター。
   警察手帳らしき物を覗かせる酒々井。
   処方箋のコピーと写真を薬剤師に。
   薬剤師、女性の写真をしげしげと。
   *****
   薬局の外、地図を広げる酒々井。
   現在地に○印、周囲を広い円で囲む。
   その内側の歓楽街にチェック。

●ホストクラブ・ボックス席・夜
   ソファにほろ酔いのキャバ嬢。
   手持ち無沙汰げにスマホポチポチ。
酒々井「ゴメーン、待たせちった?」
   顔を上げた嬢の表情が露骨に曇る。
嬢「・・・誰?」
酒々井「ご指名っしょ?」
   上から下まで品定めする嬢の目線。
   どう見てもコスプレしたオッチャン。
嬢「指名したの『衝撃の超新星』って子なん
 だけど・・・」
酒々井「そうそう、それオレ!」
嬢「は?」
酒々井「ヨッシーでーす。入店三日目、まだ
 誰のものでもないから早い者勝ちだぜっ」
嬢「ちょっ・・・」
   強引に嬢の隣に腰かける酒々井。
酒々井「何飲む何飲む? ちな、オレっちの
 レコメンは・・・」
   ドン引きの嬢に構わず距離を詰める。
   *****
   テーブルに空いたモエシャン。
   グラスを重ねて上機嫌のキャバ嬢。
嬢「ウヒヒ、もうやめて。おなかいたい」
酒々井「ダメダメ、もう一回。スゥーパァー
 ノヴァ!」
   謎ポーズを決める酒々井に嬢爆笑。
   お酒をあおって息を整える。
嬢「ていうかさ、大ウソじゃん超新星って。
 老人星だよどっちかっていうと。JARO
 にチクってやるから」
酒々井「ひでー。嘘でも誇大広告でもないっ
 つーの。そもそも超新星っつーのはさぁ」
嬢「ムズイ話はパス。ったく、天然なんだか
 あざといんだか。だんだんアンタが可愛く
 見えてきたよ。ウチ飲みすぎかな。サブ担
 ヨッシーでもいいって思えてきた」
   満更でもない様子の嬢。
酒々井「あざっす。本担いない時はいつでも
 呼んで。彗星みたいに飛んでくっから」
   嬢の上気した笑顔が翳る。
嬢「・・・ハルト、もう出勤しないと思う」
酒々井「えっ」
   嬢、洟をすする。
嬢「同担の子のトコに転がり込んだって噂。
 お店で同僚だったんだけどね。ハルト養う
 ためにデリしてるんだって今。体弱いのに
 バカだよあの子・・・ハルトはもっとバカ
 だけど・・・」
   酒々井、嬢の肩を優しく抱き寄せる。

●マンション・浴室・午前
   無灯火の薄暗い浴室。
   下着姿で立ち尽くす若い女。
   足元を流れ続けるシャワーの水。
   浴槽の中に黒々とした塊。
   どこかで鳴っているチャイムの音。
   背後から射す光。
   浴室扉から半身を覗かせる酒々井。
酒々井「・・・遠回りしすぎたかな」
   酒々井の視線の先。
   女の手に握られた筋引包丁。
酒々井「探したよ、篠井綺羅さん」
   反応しない女。
   酒々井、胸ポケットからハンカチを。
   脱衣所の洗面台の隅にそっと置く。
酒々井「頼まれたんだ、トゥースフェアリー
 さんに渡してちょうだいって」
   反応しない女。
酒々井「プレゼント適当に貰って行くから。
 それと体には気をつけて」
   ピクっと肩を震わせる女。
   酒々井の姿はもうない。
   洗面台のハンカチ包みから覗く乳歯。
   その傍に散乱する空の錠剤シート。
   包丁が浴室の床に落ちる音。

●立ち飲み屋・午後
   カウンターに向いて立つ酒々井。
   その前には二杯のジョッキ。
   片方は半分ほど減り、片方は満杯。
   酒々井の隣にそっと並ぶ佐倉。
   店に溶け込むカジュアルな服装。
酒々井「今日の着こなしの方が好きだな」
佐倉「お前の評価なんか聞いてないけど」
   佐倉、満杯のジョッキに視線。
佐倉「献杯のつもり?」
酒々井「お嬢さんの分です」
佐倉「この後も仕事。誰かと違って」
酒々井「そっちこそワーカホリックじゃない
 ですか」
佐倉「クソ旦那の尻拭いで必死なの。それに
 ワインしか飲まないから、私」
   自分のジョッキを一気に干す酒々井。
   無言でお代わりのジェスチャー。
   カウンターの下で動く佐倉の手。
   酒々井の荷物掛けに和菓子屋の紙袋。
酒々井「今回は着手金だけで」
佐倉「あの子、自首したわ」
酒々井「だからですよ。客の要望には添えて
 いない」
佐倉「探し物は必ずしも元の状態で見つかる
 とは限らない、でしょ?」
酒々井「家名にも傷がつく」
佐倉「その辺はどうとでもするんじゃない?
 惜しみなく雨でも降らすみたいにして」
酒々井「金の鍵で開かない扉はない、か」
   酒々井、新しいジョッキに口。
酒々井「その雨で潤わない子供はどうすれば
 いいんでしょうね」
佐倉「・・・・・・」
   佐倉の眼前に気の抜けたジョッキ。
   手を伸ばして恐る恐る口をつける。
佐倉「・・・にがい」
酒々井「別に無理しなくても」
   無視する佐倉。
   無理やり喉に温い液体を流し込む。
佐倉「見つかった探し物はその瞬間から他人
 の物よ。お前は次の探し物を早く見つけに
 行きなさい・・・」

●労働センター・朝
   老朽化したコンクリの砦。
   仄暗い館内に響く雨音。
   所在なげにうろつく少数の労務者。
   入口の傍で佇むナッパ服姿の酒々井。
   四角く切り取られた外の風景を眺め。
リーダー「おーい、そこの!」
   振り向くと、屯している労務者たち。
   その中で手を振っているリーダー格。
リーダー「今日はどこの現場も閑古鳥だぜ。
 こっちで一緒にやろうじゃねえの」
   気弱に微笑んで歩み寄る酒々井。
   *****
   床に座り込んでささやかな酒盛り。
   スルメを勧められて遠慮する酒々井。
酒々井「ちょっと歯が悪いんで・・・」
リーダー「歯だ? それが何だってんだ」
   隣の労務者を引き寄せ口を開かせる。
   歯が三本しか残っていない歯茎。
リーダー「歯抜けは俺らの勲章だろ、なあ」
   笑ったリーダーの歯にも隙間。
   周りの労務者たちも一斉に口を開く。
   見事なチェック柄の連なり。
リーダー「見ろよ。これこそ男の顔は履歴書
 ってヤツだぜ」
   磊落な笑いに調子を合わせる酒々井。
   スルメを片手にワンカップを啜る。
   *****
   大分出来上がって来た宴席。
リーダー「それでよ、帰りのマイクロバスで
 二人三人足りねえなんてこたぁザラだった
 わけよ」
酒々井「どこ行ったんですか」
リーダー「さあな。逃けたかさらわれたか。
 それとも何かのタンクに落っこちたか」
労務者A「砂利に埋まった奴もいたな」
労務者B「ありゃ苦しかったろうな。溶鉱炉
 だったら一瞬でお陀仏なのによ」
酒々井「怖いですね」
リーダー「まあ、最近は安全基準やら何やら
 うるせえし、悪質な手配師も少なくなった
 から、そういう話も滅多に聞かんけどな」
労務者A「オッチャンあんま見ねえ顔だけど
 どっかから流れて来たんか」
酒々井「ええ、まあワケアリで・・・その辺
 は突っ込まんでもらえると」
労務者C「わかっとるわかっとる。ワシらも
 似たモン同士や。生まれも名前もここやと
 何の意味も持たへん」
労務者B「戸籍なんぞケツ拭く紙にもならん
 しな」
リーダー「違えねえ」
   酔っ払いたちの哄笑が爆発する。
酒々井「しかし、こうも出入りが激しいと、
 悪いヤツの一匹や二匹紛れ込んでても誰も
 気がつかんでしょうね」
   急に真顔になるリーダー。
リーダー「てえと?」
酒々井「たとえば指名手配犯とか。こないだ
 何十年越しで捕まった爆弾犯いたじゃない
 ですか、普通に工場で働いてた」
   顔を見合わせる労務者たち。
酒々井「あと、まだ見つかってないヤツだと
 例の轢き逃げ犯とか」
リーダー「・・・知らねえな」
酒々井「前のバス追い越そうとして横断歩道
 で親子はねた若造ですよ。そのまんま姿を
 くらまして、サツが血眼になって探してる
 ヤツ。散々ニュースでやってますよ」
労務者B「俺ら、新聞やらテレビやら見ねえ
 からさ。疎いんだわ正直」
労務者A「その日のメシとドヤ押さえんのに
 手一杯だからな」
労務者B「そうそう」
労務者C「えらい社会派やなオッチャン」
酒々井「単なる好奇心ですよ。それにアイツ
 懸賞金かかってるし」
   軽く流して酒を飲む酒々井。
   むっつりしたリーダーを横目に。

●マイクロバス車内・朝
   車内に満載の労務者たち。
   窓から容赦ない陽射し。
   目を細めて街を眺める酒々井。
リーダー「おう、また会ったな」
   前の席から顔を出しているリーダー。
酒々井「あ、どうも・・・」
リーダー「お互い、マシなゴトにありつけて
 何よりだよ。今日の現場三度目だからよ、
 困ったことがあったら何でも言ってくれ」
   屈託のない笑顔。
酒々井「・・・頼りにしてます」

●港湾倉庫・夜
   酒々井の視点。
   暗闇が次第にぼやけてゆく。
   目に映る天井の鉄骨。
   僅かな白熱灯が辺りを照らす。
   地べたに横たわっている酒々井。
リーダー「ええ、俺らを嗅ぎ回ってやがった
 んで。免許は・・・無いですね。スマホも
 無いな。マイナカードがありました」
   足元から聞こえるリーダーの声。
   無理やり顔を向ける酒々井。
   少し離れた所で電話するリーダー。
   スマホを肩に挟んで財布を物色中。
酒々井「あの、僕どうしたんですか・・・」
   リーダー、弱々しい声に敏感に反応。
リーダー「目ぇ覚めたか。しばらくそのまま
 寝とけ。熱中症だ。セメント運んでる最中
 にぶっ倒れてよ。卒中かと思ったぜ」
   白々しく答えて電話に戻るリーダー。
リーダー「まあ、百くらいにはなりますよ。
 ガキの時は大損こきましたからね。まさか
 お尋ね者とは。戸籍は使えねえし、いっそ
 生きたままサツに突き出した方がナンボか
 マシでしたわ」
   酒々井、顔を顰めて後頭部を触る。
   指についた粘り気のある血。
   目を盗むように体を起こす酒々井。
   出口の方へ二、三歩這い進む。
リーダー「何やってんだオッサン!」
   一気に立ち上がり走り出す酒々井。
   リーダーが追ってくる気配。
   半分ほど開いたシャッターが目の前。
リーダー「バカ、そいつ止めろ!」
   酒々井の走る先に労務者B。
   丁度シャッターを潜ろうとする所。
   喫っていたアイコスを投げ捨てて。
   酒々井にタックルして床に押し倒す。
   くんずほぐれつの二人。
   下から繰り出される酒々井の頭突き。
   鼻血と歯を撒き散らす労務者B。
   再び飛び起きた酒々井。
   シャッターを突破しようとした瞬間。
   衝撃と共に地に叩きつけられる。
   背後に手鉤を持ったリーダー。

●埠頭・夜
   岸壁際に停められた小型クレーン車。
   クレーンの先から吊るされた酒々井。
   フックと手首を繋ぐワイヤーロープ。
酒々井「・・・どうせなら目を回してる間に
 やってくれりゃいいのに」
リーダー「甘えてんじゃねえ。まだ聞きたい
 ことがあるんだよ」
   クレーンの傍らに立つリーダー。
   運転席の労務者Bに合図。
   労務者B、血染めの顔面でニヤリ。
   ゆっくりと下りてゆくクレーン。
   酒々井の体が半分海に浸かる。
リーダー「このままフナムシの餌になるか、
 それとも素直なお利口さんになるか。さて
 どっちにする?」
酒々井「昔から択一問題は苦手でね。人間は
 そんな単純な存在じゃない」
   合図と共に一気に沈められる酒々井。
   十秒ほどで引き上げられて。
   簾状態の髪の間から覗く酒々井の瞳。
   まるで冷笑するかのような眼差し。
リーダー「その虚勢がいつポキンと折れるか
 楽しみだぜ。さあもういっぺん洗礼式だ」
   再び下がるクレーン、沈む酒々井。
   海面を揺らす激しい気泡。
   引き上げまで先ほどの二倍の時間。
   水を吐きながら咳き込む酒々井。
リーダー「どこの回し者だ。誰の差金で俺ら
 のことを調べてる。どこまで知ってやがる
 んだ、ええ?」
酒々井「・・・いくら怒鳴ったって塩水しか
 吐けないって」
   下がるクレーン、沈む酒々井、気泡。
   引き上げ、水が滴り息も絶え絶え。
   次第に長くなる入水時間。
リーダー「溺れ死にが一番苦しいらしいぜ。
 今のお前には釈迦に説法だろうがよ」
酒々井「そう? 僕は高い所から落っこちる
 方がよっぽど嫌・・・」
   減らず口を遮るように入水。
   引き上げられた酒々井の表情に焦り。
酒々井「わかった・・・言う、全部言うよ。
 だからこれ以上は・・・」
   スマホで時間を確認するリーダー。
リーダー「お前、そこらのヤクザよりガッツ
 あるぜ。心の片隅で覚えといてやるよ」
酒々井「・・・僕が探してたのは轢き逃げ犯
 だけ。アンタらのことなんかこれっぽちも
 知らない、興味もない。捜索対象がこの世
 にいないならもう用はないんだ。解放して
 くれたらこのことは絶対・・・」
リーダー「解放か、どうしたもんかな」
   構わず喋り続ける酒々井。
酒々井「アンタらが寄せ場で獲物を漁っては
 ぶっ殺して戸籍やら内臓やら売り捌いてる
 ことなんか誰にも言わない。カラになった
 死体に違法薬物詰め込んで密輸の隠れ蓑に
 使ってることも・・・」
   鬼のように歪むリーダーの顔面。
酒々井「驚いたな、ラッキーストライクか」
   歯噛みするリーダーに視線。
   その歯は完璧に整っている。
酒々井「何が勲章だ。取り繕いやがって」
   リーダー、無言で合図。
   一気に下がるクレーン、沈む酒々井。
   激しい気泡が次第に疎らに。
   海面を見つめ続けるリーダー。
   いつまでも出されない引き上げ合図。
   やがて凪ぐ海面、揺れが収まる鋼索。
労務者B「そろそろいいんじゃねえですか。
 早いこと破砕しちゃいましょうよ」
リーダー「・・・よし、上げろ」
   上がり始めるクレーン。
   が、途中で引っかかったように停止。
   空回りするモータ音。
リーダー「どうした、モータかシャフトか」
労務者B「いや、水の中で何か・・・」
   何度も上げ下げするが動かない。
リーダー「陸に上げねえと始末できねえぞ。
 何とかしろ」
労務者B「クソッ」
   やけくそでレバーを起こす労務者B。
   海面を覗き込むリーダー。
   嫌な軋みと共に海面に影が差す。
   振り向きざまに固まるリーダー。
   こちらに向かって傾くクレーン車。
   完全に浮く後輪、折れそうなアーム。
   運転席から飛び降りる労務者B。
   金縛りのリーダーに倒れかかる車体。
   直撃の瞬間、弾け飛ぶ差し歯。
   *****
   水中、ワイヤーロープの先。
   岸壁の梯子にしっかりと結ばれて。
   引っ張られて今にも外れそうな梯子。
   次の瞬間、激しく乱れる海水。
   海底へ沈下してゆく巨大な影。

●同・深夜
   横たわった人の視点。
   ライトの光が無遠慮に顔を這う。
刑事「頭髪、白髪まじり、やや後退。年齢、
 四十代から五十代。中肉中背。首より上に
 目立った母斑なし」
   口に捩じ込まれる刑事の指。
刑事「上顎左側中切歯および右側切歯の二本
 が欠損・・・」
   無抵抗で口を開かれるリーダー。
   蒼白く膨れた顔に飛び出しそうな眼。
刑事「外傷か溺死か・・・解剖待ちだな」
   *****
   警察の規制線の外。
   停められた赤いグランカブリオ。
   並んで佇む佐倉と酒々井。
   酒々井、大きなタオルを被って。
   震える酒々井に湯気の立つ紙コップ。
酒々井「どうも、お嬢さん」
佐倉「だからそれやめろ」
酒々井「・・・未散さん」
佐倉「これで身に染みたでしょ。携帯電話を
 携帯することの大切さ」
酒々井「ごもっとも。今日はどうやって?」
   酒々井の眼鏡を指さす佐倉。
佐倉「フレームにGPS」
酒々井「・・・とんだスマートグラスだよ。
 プレゼントとか珍しいなと思ったら」
佐倉「お蔭で、探される側にならずに済んだ
 でしょ」
   紙コップのコーヒーを啜る酒々井。
酒々井「にがっ」
佐倉「エスプレッソは苦いに決まってる」
酒々井「せめてミルクとか・・・」
佐倉「苦さは生きてる証。ていうかビールは
 平気なのに何でそれがダメなのよ」
酒々井「苦いにも色々あってですね」
   回る赤色灯を眺める二人。
佐倉「・・・よく生きてたわね」
酒々井「この期に及んで新記録が出たんで。
 六分五十四秒・・・いやあ惜しいなあ」
佐倉「水責めでよかった」
酒々井「尽きてなかったみたいです、運」

●児童養護施設・庭・午前
   花壇の前で屈んでいる女児。
   歩み寄るシスター。
シスター「そろそろお昼ですよ。何で遊んで
 いるの」
   女児、掌の上の指輪を見せる。
女児「ようせいさんにもらったゆびわだよ。
 これもってたらね、いきものとおしゃべり
 できるんだって」
   女児の視線の先。
   花壇の煉瓦の上にいる蜥蜴。
シスター「ちょっと見せてね」
   指輪を手に取って太陽にかざす。
   渋く輝くシンプルなプラチナリング。
シスター「妖精さんに会った?」
女児「まえにあったよ。きょうゆびわくれた
 のはね、ようせいさんのおつかいのおんな
 のひと。ようせいさん、きょうはおいしゃ
 さまでこれないんだって」
   柵の方を指さす女児。
   今しも走り去る赤いグランカブリオ。

●歯科医院・午前
   診察台の上の酒々井。
   情けない顔で照明を見上げて。
   可愛らしい歯科衛生士が覗き込む。
歯科衛生士「じゃあグチュグチュしちゃって
 くださーい」
   口をすすぐ酒々井。
   衛生士、酒々井の口に開口器。
   突きつけられる手鏡。
歯科衛生士「ほら見て。まだいっぱい赤いの
 残ってる。歯と歯の間とか、歯槽の縁の所
 とか」
   手鏡を持ちながら酒々井、悄然。
酒々井「ひゃんとひがいてるつもひなんでふ
 けど・・・」
歯科衛生士「ちゃんと磨けてないってこと。
 しましょっか、歯磨き練習」
   歯科衛生士ニッコリ。
   酒々井ますます情けない顔に。





                   了

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: