「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
000000
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
山さんの刑事部屋
キミはカスタード
永瀬 希海(のぞみ)(一七)女性。
高校二年生。
矢尾 柊太(しゅうた)(一六)男性。
高校二年生。
水戸 美玖(みく)(一六)女性。
高校一年生。
窪寺 椎菜(しいな)(一六)女性。
高校二年生。
山元 将雅(しょうが)(一七)男性。
高校二年生。
●通学路・夕
だらだら坂の下りで立ちすくむ少女。
永瀬希海、下校中、放心の表情。
希海(N)「私はカスタード」
希海と対峙するオス猪。
坂の下で鼻息荒く毛を逆立てて。
希海(N)「決して主役にはなれない」
互いに一歩後ずさる希海と猪。
猪、前足で地面を掻いて牙を鳴らす。
希海(N)「ショートケーキの上で華々しく
喝采に応える生クリームにはなれない」
さらに一歩下がる希海。
道路の窪みに足を取られてよろける。
突進を始める猪、みるみる迫って。
希海(N)「シュー皮の中にこっそり隠れて
息を潜めているのが私にはお似合い」
突然横ざまに引き倒される希海。
空いた走路を駆け抜ける猪。
アスファルトを蹴る音が遠ざかる。
坂の上の方でクラクションと激突音。
希海に覆い被さっていた影が離れる。
柊太「大丈夫か。ケガは?」
眩しそうに見上げる希海。
夕映えに染まった少年の端正な顔。
矢尾柊太、同じ学校の制服。
見蕩れて言葉が出ない希海。
柊太「もしかして頭打った?」
希海「あっ、大丈夫です。かすり傷一つない
っていうか、日々平安っていうか、つつが
ナッシングで・・・」
希海アワアワ。
柊太、重い吐息。
柊太「よかった。永瀬の成績に響くような事
があったらシャレにならん」
希海「え」
柊太「イノシシより俺の方が害獣になる」
希海「いえ、そんな・・・(ふと気づいて)
なんで私の名前・・・」
柊太「一組の永瀬希海。学年順位は常に三位
圏内。我が校の有名人だ」
希海「有名人だなんてそんなそんな」
立ち上がろうとする希海。
さりげなく手を貸す柊太。
希海「すみません、矢尾くん」
柊太「そっちこそ俺の名前」
柊太の手を火傷したように離す希海。
希海「も、もちろん。二組の矢尾柊太くんと
言えばそれこそ有名人じゃないですか!
男バレのスーパーエースで次期キャプテン
との呼び声も高く、文武両道、品行方正、
スタイルはモデル級、お声は低音イケボ、
そのうえ教師からも頼りにされる完璧超人
で・・・」
滔々とまくし立てる希海。
翳る柊太の表情に気づいて。
希海「ま、周りの子がみんな騒いでるので」
柊太「そんな大層な人間じゃないんだけどな
俺・・・」
希海「ご、ごめんなさい・・・」
柊太「でも悪い気はしない」
希海「へ」
柊太「永瀬に認識してもらえてるなら」
残照の中で見つめ合う二人。
希海(N)「神様、彼こそが・・・」
希海の鞄の中でスマホが振動。
我に返るなり距離の近さに動揺。
希海「私、行かなきゃ・・・」
ペコリと頭を下げて踵を返す希海。
柊太「駅まで送る」
希海「一人で平気です。助けてくれて本当に
ありがとうございましたっ」
何度もお辞儀、ギクシャク走り出す。
遠ざかる希海の後ろ姿。
スカートのお尻が埃で汚れている。
微笑む柊太、ふと視線が足元に。
*****
茜に頬を染めて坂を駆け下りる希海。
坂を上ってくるパトカーとすれ違う。
希海(N)「彼こそが私をシュー皮の中から
連れ出してくれる人でしょうか」
●永瀬家・希海の部屋・夜
制服をブラッシングする希海。
希海「とは言え・・・」
階下から母の声。
永瀬母(声)「希海ー、先お風呂入っちゃい
なさい」
●同・浴室・夜
湯船で茹でダコになる希海。
希海「とは言え・・・(ブクブク)」
廊下から中一の弟の声。
永瀬弟(声)「おっせーよ姉ちゃん! どこ
まで洗ってんだよ!」
●同・ダイニング・夜
夕食を囲む一家四人(父母姉弟)。
麦茶をコップに注ぐ希海。
希海(N)「とは言え・・・」
コップの縁から溢れ出す麦茶。
永瀬母「希海! こぼれてるこぼれてる!」
我に返る希海。
皿やコースターを持ち上げる家族。
永瀬母「どうしたの、ボケッとして」
永瀬弟「コイでもしてんじゃね。キモ」
希海、ギヌロと弟をねめつける。
永瀬父「そうなのか?」
永瀬母「ちょっと熱っぽいんじゃない。顔、
赤いわよ」
希海「・・・・・・」
永瀬弟「乙女かよ。キモモ」
永瀬母「叶は黙ってカボチャ食べなさい」
永瀬父「そうなのか?」
黙ってテーブルを拭き始める希海。
●同・希海の部屋・朝
目ギンギンでベッドに横たわる希海。
アラームを機械的に止める。
●通学路・朝
他の生徒に混ざって坂道を上る希海。
弾んだ声々の中、一人足を運ぶ。
希海(N)「これが現実・・・」
●高校・二年一組教室・朝
ホームルーム前のカオスな教室。
廊下側最前列の席に希海。
越谷オサムを黙々と読んでいる。
が、扉の傍ゆえに落ち着く暇がない。
人の出入り、かしましい挨拶。
過剰なスキンシップ、などなど。
希海を包み込むシュー皮の幻影。
後ろの席からチョンチョンつつく指。
たちまち崩れてゆくシュー皮。
振り返ると、笑顔の窪寺椎菜。
椎菜「おはようございます、永瀬氏」
希海「おはよ、しーちゃん」
椎菜「おやおや、お疲れのご様子。さては、
ゆうべの『着せ恋』実況が原因ですかな」
希海「実況って・・・あっ、観忘れてた!」
椎菜「リアタイ原理主義者の永瀬氏にしては
珍しい。他に何か、クマができるほど夢中
になることでも?」
ハッとして自分の顔を撫で回す希海。
希海「べ、別にぃー。ちょっと寝苦しかった
だけだよっ」
その時、扉の傍で柊太の声。
柊太「ごめん、永瀬って来てる?」
戸口から半身を覗かせている柊太。
教室のあちこちで女子の黄色い声。
話しかけられた男子が教室を見回す。
男子「永瀬永瀬・・・あ、ここだった」
目の前の希海を恭しく紹介。
至近距離で目が合う希海と柊太。
柊太「永瀬、ちょっといいか」
希海「・・・ひゃい」
教室のざわめきを気にしながら返事。
その様子を興味深く見守る椎菜。
●同・廊下・朝
一組と二組の間の窓際。
ぎこちなく向かい合う希海と柊太。
登校してくる生徒たちの好奇の目。
希海&柊太「あの・・・」
見事にハモって気まずい空気。
柊太「先言って」
希海「いえ矢尾くんから・・・」
眼差しで促す柊太。
希海「・・・場所変えませんか」
柊太、通りすがりの視線に気づく。
柊太「ごめん、すぐ済むから」
ポケットに手を入れて何か取り出す。
掌にクレクレタコラのマスコット。
希海「あっ」
柊太「昨日落ちてた。永瀬ので合ってる?」
希海、コクコク。
柊太、希海の掌に握らせて。
柊太「じゃあ十パーな」
空になった掌を差し出す柊太。
希海「え・・・えっと・・・」
頭の中で計算し始める希海。
柊太、プッと吹き出す。
柊太「冗談だ、真に受けるな。第一、十パー
じゃタコの脚一本にもならん」
希海「あ・・・そういう意味・・・」
緊張した希海の表情がほどける。
将雅「グッモー、シュータ!」
柊太の背中を思いきりどやす張り手。
息が詰まった柊太の背後に男子生徒。
山元将雅、着崩し気味の制服。
柊太「・・・お前、それやめろって何回も」
将雅「メンゴメンゴ。あれ、永瀬じゃん」
永瀬「おはよう、山元くん」
将雅「ナニナニ、お前ら知り合い?」
一気に騒々しくなる廊下。
*****
踊り場から廊下に踏み入る上履き。
少女の口から弾んだ声。
美玖「ヤオせんぱ・・・」
声は途中で飲み込まれる。
視線の先、柊太にじゃれる将雅。
その向こうに見え隠れする希海。
隠しきれない乙女な表情。
視線の主は水戸美玖、固まった笑顔。
反射的に廊下から身を隠す。
●同・二年一組教室・朝
ロボットの動きで自席に座る希海。
掌のマスコットを握りしめて溜息。
椎菜、また後ろからチョンチョン。
椎菜「永瀬氏も隅に置けませんなあ」
希海「は」
椎菜「ダンディ矢尾がクマの原因とは」
希海「ちょ、しーちゃん、そんなんじゃない
からねっ・・・てか、ダンディって何」
椎菜「矢尾氏の小学校時代のあだ名ですよ。
由来はいつも理容室ダンディで髪切ってた
から」
希海「なにそれウケる・・・って、そうじゃ
なくて・・・」
ワチャワチャしている二人。
前扉から担任の古坂先生(男)登場。
古坂「ここは野生の王国か。早く檻に戻れ」
強面だが首のコルセットが痛々しい。
将雅「せんせー、昨日事故ったってマジ?」
小学生みたいに挙手して。
古坂「余計なお世話だ。座れ山元」
将雅「イノシシ相手って対物? 保険は?」
古坂「お前が払ってくれるのか」
クスクス笑いに包まれる教室。
こっそり両手を合わせる希海。
希海(N)「どうぞ安らかにお眠り下さい。
あと、ステキな出逢いをありがとうござい
ました」
●同・体育館・午後
雨が屋根を叩くリズミカルな音。
男女共修・二組合同の体育。
バレーコート二面使って練習試合中。
控えの生徒は思い思いに応援中。
希海と椎菜、壁際で体育座り。
目の前で一組女子対二組男子の熱戦。
戦況は二組男子が優勢。
椎菜「いくらハンデで一人少ないからって、
ダンディがいるのは反則じゃないですか」
希海「そだね・・・」
椎菜「女バレ三羽烏揃い踏みの我が軍の戦力
をもってしても敗色濃厚ですぞ」
希海「そだね・・・」
希海の視線の先、一際躍動する柊太。
希海(N)「スパイク決めてもあんまり表情
変わらない。謙虚なんだなあ。相手が女子
だから強く打つんじゃなくてコース狙い。
何やってもイヤミにならない。あ、おへそ
見えた・・・」
椎菜「永瀬氏」(希海の耳元で)
希海「ふぁ!?」
慌てて顔を向けると椎菜のジト目。
椎菜「ヨダレかけ流し」
希海「!?」
口の周囲を袖で拭いまくる希海。
椎菜、プッ。
椎菜「少しは人を疑うことを覚えましょう。
高い洗剤買わされますぜ」
希海、乾いた袖を眺めて。
希海「しーーーちゃん」(恨みがましい目)
椎菜「怒らない怒らない。それより聞かせて
くださいな。ダンディとの間に一体何が」
希海「何がって・・・別に言う程のことは」
椎菜「何もないのに一夜にして少女マンガの
主人公みたいなオーラまとえます? ほら
キラキラしてる。この辺とか、こことか」
希海の周りのキラキラを指さす。
希海「やめてよ、オーラなんかないってば。
体育館のホコリじゃん」
椎菜「まー、無理にとは言いませんけどね。
進展があったらお聞かせくだされ」
希海「進展あるのかな。一話打ち切りかも」
椎菜「俺たたエンドにはならぬよう」
希海「せめて五巻くらいは続いてほしい」
二人の世界を破る突然の叫び。
女子(声)「あぶない! よけて!」
希海に向かって急接近するボール。
金縛り状態の希海。
顔面衝突寸前、椎菜が片手キャッチ。
指先でまだ回転しているボール。
コートで手を合わせて謝る女子。
女子「ごめーん。レシーブミスっちゃった」
椎菜「いえいえお気遣いなく」
まだ固まっている希海に向いて。
椎菜「申し訳ない」
希海「???」
椎菜「保健室イベント待ったなしだったのに
キャンセルして」
希海「・・・バカ」
女子「ねー、そろそろどっちか変わってくん
ない。もう足が動かないんだけど」
ふくらはぎを揉んでいる女子。
希海を見る椎菜、首を横に振る希海。
椎菜「では拙者が」
コートに出ていく椎菜。
見送る希海の視線が柊太と合う。
不自然に目を逸らす希海。
●通学路・夕
折り畳み傘を容赦なく打つ雨。
だらだら坂で立ちすくむ希海。
希海(N)「何なの、ウチの学校ってマジで
野生の王国なの?」
希海と対峙するオス狸。
希海(N)「まあでも、タヌキくらいなら」
狸を避けて行き過ぎようとする希海。
毛を逆立てて低く唸る狸、覗く牙。
希海「ヒィッ」(派手に怯える)
背後からパン!という破裂音。
同時に飛び上がる希海と狸。
狸、ひっくり返って動かなくなる。
恐る恐る振り返る希海。
濡れながら、ぬぼーっと佇む柊太。
手と手の間に購買の破れた紙袋。
無言で見合う二人。
希海、傘を柊太に差しかける。
微妙に届かない上に小さすぎる傘。
*****
狸を両手で抱えている柊太。
路傍の藪の中にそっと横たえる。
傘を差しかけ続けている希海。
希海「死んだんですか」
柊太「気絶してるだけ」
希海「慣れてるんですね、動物」
柊太「犬飼ってるから」
希海「いいなあ」
振り返る柊太、口をつぐむ希海。
柊太「犬、好き?」
希海「・・・はい、でも飼えなくて。その、
弟がアレルギー持ちだから」
柊太「今度見に来る?」
希海「へっ!?」
柊太「気が向けばだけど。ボーダーコリーで
めちゃ可愛い」
希海「・・・ご縁があれば」
柊太「オッケー」
やにわに立ち上がる柊太。
追いかける希海の傘。
柊太「いいよ。そっちが濡れる」
希海「でも・・・」
柊太「じゃあ俺が持つよ」
さっと傘を手に取る柊太。
希海が抵抗する暇もない自然な動作。
●駅・プラットホーム・夕
ベンチに座る希海と柊太。
二人の間は一席飛ばし。
水も滴る柊太とそこそこ濡れた希海。
希海、鞄からハンドタオル。
自分の肩を拭こうとして柊太を見る。
黙って差し出されるタオル。
柊太「俺に?」(タオルに気づいて)
希海、コクコク。
柊太「永瀬が拭いてからでいいよ」
希海、さらに強く差し出す。
希海「私はすぐ乾くから・・・」
柊太「あ、拭いてからっていうのは別に変な
性癖とかじゃなくて・・・」
珍しく動揺する柊太。
柊太「・・・じゃあ遠慮なく」
空席の上で受け渡されるタオル。
わしゃわしゃと髪を拭く柊太。
横目で見ている希海。
希海「・・・二日連続で奇遇ですね」
柊太「だな」
希海「お休みなんですか、部活」
柊太「テスト前だから」
希海「あ・・・」
俯く希海、耳たぶを染めて。
希海「帰宅部だから私、素でボケちゃった」
柊太「ふっ」
らしくない声に顔を上げる希海。
柊太、今までで一番の笑顔。
柊太「永瀬ってちょっと変わってるな」
希海「そうですか」
柊太「そうだよ」
希海「どこが」
柊太「つつがナッシング、とか。あとそれ」
希海の鞄を指さす柊太。
大事そうにつけられたタコラ。
希海「・・・自分では、〈普通〉が制服着て
歩いてるみたいって思ってますけど」
柊太「そういうとこ」
希海「?」
柊太「永瀬の〈普通〉は見てて飽きない」
柊太の手元で丸まったタオル。
柊太「ありがとう。洗って返すよ」
希海「そのままでいいです・・・ってこれも
変な意味じゃなくて・・・」
あたふたする希海。
柊太「あー、何か話しやすくなった」
あらたまって希海に向き直る。
柊太「折り入って頼みがある」
希海「・・・・・・」
一席分の距離でぶつかる視線。
疾風のように通過する急行列車。
列車が過ぎ去った後の向かいホーム。
こちらを見て立ちつくす美玖。
関節が白くなるほど握りしめた傘。
●高校・図書室・昼
受付カウンターに希海。
『タタール人の砂漠』の補修作業中。
カウンターを挟んで椎菜。
持ち出した椅子に逆向きに掛けて。
椎菜「で、現代文を教える運びと相成った」
希海「そう」
椎菜「第二章開幕じゃないですか」
希海「そうなのかなあ」
椎菜「ま、今後の展開次第ではありますが」
希海「そうだよね」
椎菜「さりとて、ダンディも全教科の成績は
なべて優秀なはず。何ゆえ永瀬氏に教えを
乞おうと。さては体のいい口実で・・・」
希海「矢尾くんね、長文読解が大の苦手なん
だって。ほら、作者の意図がどうこうって
やつ」
椎菜「成程。それはまさしく文豪・永瀬希海
先生のフィールドでありますな」
希海「文豪とか軽々しく言わない。あちこち
の本棚からお叱りの声が飛んでくるよ」
椎菜「またまた。『マリンタワーの下で眠る
男の額には大きな風穴が開いていた』」
希海「私の処女作の話はやめてー」
美玖「(咳払い)」
窘められたように黙り込む二人。
椎菜の背後に立っている美玖。
片手に文庫本を携えて。
希海「あ、こんにちは。貸出ですか」
美玖「図書室って私語禁止ですよね」
棘のある口調、走る緊張。
椎菜、立ち上がって椅子を除ける。
椎菜「これは失礼。他にどなたもおられない
と思っていたので・・・」
美玖「だからって図書委員が率先して騒いで
いていいんですか」
希海「ごめんなさい、不適切でした。今後は
気をつけます」
素直に頭を下げる希海。
美玖の冷たい視線を感じながら。
なぜか頭に浮かぶ別の思考。
希海(N)「この子、生クリームだ・・・」
カウンターに文庫本が置かれる。
美玖「この本、破れてるんですけど」
手に取って確かめる希海。
ギザギザに破れた本の小口。
泡坂妻夫『生者と死者』。
希海「あー、最初に借りたのがたぶん大雑把
な人だったのかな。この本は袋とじを自分
で切り開いて読む趣向で」
美玖「・・・・・・」
希海「本文は無事みたい。端を少し切って、
綴じてあった箇所を何かで留めたら一から
読めるはず。ちょっと待って・・・」
希海、備品の抽斗を探る。
美玖「そんなことどうでもいい」
希海「えっ」
クリップを両手に戸惑う希海。
美玖「読みたくて手に取ったらこんな状態で
私、すごく嫌な気分になりました」
希海「それは・・・ご愁傷様です」
美玖「蔵書の管理がなってないのって、委員
として怠慢ってことじゃないですか」
うなだれる希海、割って入る椎菜。
椎菜「お言葉ですが永瀬氏・・・永瀬さんは
極めて勤勉で几帳面な人です。今だって、
こうして心を込めて本の修繕を」
綺麗に仕上がった『タタール人』。
椎菜「それでも、この図書室の全ての蔵書を
彼女一人で完璧な状態に保つのには限界が
あります。ただでさえ他のクラスの委員は
サボりがちで・・・」
希海「いいよ。ありがとう、しーちゃん」
いきり立つ椎菜を抑える希海。
希海「あなたの言う通りです。よりいっそう
気持ちを引きしめて取り組みます」
美玖「・・・・・・」
希海を品定めする美玖の視線。
終始無表情だった唇に笑みが浮かぶ。
どこか安心したような。
あるいは見下すような。
美玖「・・・頼みますよ、先輩」
希海「あの、明日までには直しておくから」
最後まで聞かずに踵を返す美玖。
後ろ姿を唖然と見送る希海と椎菜。
椎菜「参りましたね」
希海「うん」
椎菜「何なんですか、あの態度」
希海「この本、貸出向きじゃないよなあ」
椎菜「え、そっち?」
微妙に噛み合わない二人の感情。
●同・校舎裏・午後
ごみ袋両手にぶら下げた希海と椎菜。
ぶらぶらとごみ置き場を目指す。
希海「あの一年の子・・・」
椎菜「はい?」
希海「キレイな子だったね」
椎菜「・・・まあ」
希海「何か圧倒されちゃった。女神様、って
感じで。後ろに光背見えたもん」
椎菜「性格はアレでも、陽の者の頂みたいな
存在ですからね」
希海「知ってるの」
椎菜「知らいでか。セレブですよセレブ」
希海「へー」
椎菜「中学の時、雑誌のモデルやってて」
希海「何の雑誌?」
椎菜「二●ラですよ。ご存知ない?」
首を横に振る希海。
椎菜「その頃何読んでたんですか。意外にも
ポッ●●ィーンとか?」
希海「ミスマガ」
椎菜「ミスマガジン?」
希海「ハヤカワミステリマガジン」
椎菜「・・・永瀬氏はどうかそのままでいて
くだされ」
微笑む椎菜、希海はキョトン。
希海「けど、そっか、モデルさんなんだ」
椎菜「元、ですけどね」
希海「やめちゃったの?」
椎菜「高校入って部活に専念したいから、だ
そうです。あの手の生き物の人生観は我々
には到底計り知れませぬ」
希海「もったいないね。どこの部?」
立ち止まる椎菜。
椎菜「・・・マネージャーです、男バレの」
●同・ごみ置き場・午後
ごみ袋を積み上げる希海と椎菜。
椎菜「兎にも角にもアレは雲上人、変に相手
にならずやり過ごせば火傷もしませんぜ」
希海「でも、苦情にはきちんと対処を」
椎菜「あんな難癖、口実に決まってます」
希海「口実って何の?」
椎菜「そりゃあ、永瀬氏に嫌がらせ・・・」
校舎の角から美玖が現れる。
一人では多すぎるごみ袋を抱えて。
希海&椎菜&美玖「あ」
ごみ置き場を背に見合う三人。
美玖「・・・どいてください」
無言で両脇に退く希海と椎菜。
その間をえっちらおっちら通る美玖。
ドサドサとごみ袋を置いて振り返る。
美玖「何ですか」
希海「え、いやその・・・お疲れ様です」
ツンと澄まして立ち去る美玖。
行きとは違う優雅なウォーク。
残された二人、思わず見とれて。
椎菜「今日でしたっけ、勉強会」
希海「あ、うん、そうだよ」
椎菜「・・・頑張ってくだされ。戦は緒戦が
肝腎ですぞ」
●同・教室・午後
鞄の中身を確認する希海。
希海「ヨシ!」
閉じたファスナーが引っかかる。
●同・下足場・午後
ローファーに足を入れる希海。
希海「ヨシ!」
駆け出そうとして段差につまづく。
●駅・お手洗い・午後
鏡を見ながら髪を整える希海。
希海「ヨシ!」
大声に隣のお姉さんがビックリ。
●同・改札口・午後
希海の視点。
改札機を出た先のスペース。
柱にもたれてスマホをいじる柊太。
改札機のタッチ音。
希海に気づく柊太。
気軽なノリで片手を挙げる。
柊太「よ」
視点一転、希海の顔。
頬が紅いのは急いだためか或いは。
希海「ご、ご機嫌よう・・・」
堅苦しい挨拶、ぎこちない挙手。
●ファミレス・午後
窓際の席に向かい合う希海と柊太。
二人の前にそれぞれドリンク。
希海「すみません、こんな場所しか思いつか
なくて。それに、わざわざ私の最寄りまで
来てもらって・・・」
柊太「全然オッケー。図書館だと話せないし
肩凝る。学校の近所は何か落ち着かんし」
希海「そう・・・ですね」
希海(N)「一緒にいる所を見られたら迷惑
かけちゃうし、って言いかけた私」
希海の視線、柊太の前のカップに。
ココアの上で揺れるホイップ。
希海「好きなんですか」
柊太「ん」
視線の先に気づいて。
柊太「うん、好き。何か癒される。心が温泉
浸かってる気分になるっていうか」
希海「クリームは必要派?」
柊太「勿論。いざ出てきて、クリーム乗って
ない店だとガッカリする」
希海「ウインナーコーヒーとかも?」
柊太「それはあんまりかな。コーヒー自体が
苦手だ」
希海「へえ・・・」
ポーッとしかけて気を取り直す。
希海「いけないいけない、勉強しなくちゃ」
鞄から単行本を取り出す希海。
柊太「教科書使わないのか」
希海「長文読解のコツですよね。だったら、
まっさらな状態で読む方がいいと思って」
ページをめくって頭出し。
希海「まずは、この『初秋』って短編読んで
ください。そんなに長くないです」
柊太「読むの遅いぞ」
希海「自分のペースでいいですよ。その間は
私も勉強してますので」
鞄から数Ⅱの教科書を取り出す希海。
●同・承前
紙面で踊り出すサインコサイン。
目をこすり顔を上げる希海。
読書に集中している柊太が視界に。
希海、思わず息を飲む。
希海(N)「あんなに真剣に読んでくれてる
・・・テスト本番でもないのに・・・もう
ちょっと慎重に作品選べばよかったかなあ
・・・何か私の内側まで覗かれてるみたい
で恥ずかしいよ・・・それにしてもまつげ
長いな指きれいだな・・・」
困った表情で顔を上げる柊太。
慌てて目を逸らす希海。
柊太「読み終わった、けど?」
希海「あ、ああ、そう。お世話様でした」
柊太「いや、こちらこそどうも」
なぜか会釈を交わす二人。
希海「えと、それでどうでした?」
柊太「うーん・・・これムズイな」
希海「で、ですよねー。私チョイスミスった
かな。好きな短編なのでつい」
柊太「文章は読み易いんだけど、何を言わん
としてるのかが、その」
希海「と、とりあえず想定問答とかします?
テストのつもりで」
柊太「そうだな、頼む」
希海「えっと、じゃあまずこの姉妹の関係性
なんですけど・・・」
●同・承前
薄くなった希海のアップルジュース。
柊太のココアは半分ほどに。
熱弁をふるう希海。
希海「要するにです、本作におけるおへその
ゴマというのは、子供から大人になる上で
失われてゆく無垢の象徴、同時に思春期の
モヤモヤした感情をも表していて・・・」
柊太の真摯な眼差しに気づく。
希海「いえ、そのつまり、私、説明ヘタクソ
ですね・・・」
柊太「いや、全然分かり易くなった。それで
一歩先に大人になったお姉さんが妹の前で
へそをほじくるんだな」
希海の表情がパァッと明るく。
希海「そうなんです! 同時に、妹の中でも
大人になるプロセスが始まっているという
二重の構造が美しくて・・・すみません、
喋りすぎですね私・・・」
ほぼ水のジュースをストローで啜る。
柊太「よっぽど好きなんだな」
希海「(うなずく)変わった小説だしテーマも
ややデリケートなので、声を大にして勧め
にくいんですけど・・・」
柊太「けど、何か爽やかな感じ。秋の別荘地
の空気感とか姉妹のキャラとか。それに、
魔女の箒が屋根を撫でるような音って表現
すごくいいな」
希海「それです!」
柊太「?」
希海「難しく考えなくていいんです。読んで
いて自分の中に芽生えた感覚を大事にして
ください。ここが好き、とか、ここが気に
なる、とかでいいんです。その感覚を頭の
中で遊ばせてるうちに自然と作者の考えや
感情が行間から立ち上がってくる筈です」
熱に浮かされたような希海。
柊太もその熱に飲まれて。
柊太「そんなものか」
希海「そんなものです」(ふんすふんす)
ページをパラパラめくる柊太。
柊太「作者に娘っていたのかな」
希海「はい、確か三姉妹だったかと」
柊太「何かそう感じた、フッと」
近くの席で男児の笑い声。
柊太「・・・人の気持ちがわかってないって
よく言われるんだ、俺」
希海「え」
柊太「何かそういう所あるみたいで。だから
読解問題も解けないのかなって思ってた」
希海「・・・・・・」
柊太、晴々した顔で本を閉じる。
柊太「けど、これからは現実でも大事にして
みる、自分の感覚ってやつを」
右手を差し出す柊太、戸惑う希海。
柊太「握手」
希海「あ、でも私、手汗が・・・」
おずおず伸ばした希海の手。
力強く握りしめる柊太の手。
柊太「『わかるかな、おまえさんたち』」
希海「・・・『なにさ、おまえさんたち』」
二人だけに通じる合言葉のように。
●高校・二年一組教室・朝
ざわつくホームルーム。
定期テストの個票を手に百家争鳴。
自席で個票に見入る希海。
シュー皮のシェルターに入って。
希海「浮かれすぎた・・・」
学年順位の欄に数字の『4』。
●駅・改札外・夕(回想)
単行本を手に改札に向かう柊太。
付き添って見送る希海。
柊太「借りてていいのか」
希海「はい、もちろんです。入ってるお話、
どれも響くと思います。それと、一番最後
の『メリー・ゴー・ラウンド』ってお話は
受験問題にも結構取り上げられてるので、
参考になるかと」
柊太「色々とありがとう。あらためて何か礼
がしたい。今度好きなもの教えてくれ」
希海「いえお礼だなんて・・・お気持ちだけ
で十分です」
柊太「俺にとっては十分じゃない」
希海「ほんとにもう・・・」
改札前で感謝と遠慮の応酬。
通行の邪魔に気づいて。
柊太「じゃあ」
希海「じゃあ」
改札を通り過ぎて振り返る柊太。
柊太「また学校で」
希海「お気をつけて」
軽くバイバイして去る柊太。
その後ろ姿にバイバイし続ける希海。
●高校・二年一組教室・朝
シュー皮の中、思いにふける希海。
希海(N)「矢尾くんは三位か。二人の名前
が並んでるのって、何か・・・」
委員長(声)「・・・さん・・・永瀬さん」
バリバリと外から崩されるシュー皮。
教壇前に立っている学級委員長(女)。
黒板に向かっている副委員長(男)。
二人の視線、希海にロックオン。
希海、キョロキョロ。
ざわめく教室の全視線が集中。
希海「エッ、あの・・・」
委員長「永瀬さん的にはどうですか」
初めて黒板の文字に気づく希海。
几帳面に書かれた文化祭の催事候補。
コスプレ喫茶を破って演劇が最多票。
希海「あ、劇・・・ですか。いいと思います
けど・・・」
消え入るような蚊鳴き声。
委員長「そうじゃなくて演目。台本や演出と
合わせて、永瀬さんにお願いできないかな
って話なんだけど」
希海「私!? なんで・・・」
委員長「永瀬さん、文章書くの上手でしょ。
それに本もたくさん読んでるから適任なん
じゃないかってみんなから推薦があって」
あちこちで賛同の声が潮騒のように。
中には面倒くさそうな付和雷同も。
古坂「みんなもこう言ってる事だし、どうだ
永瀬、いっちょやってみないか」
片隅で傍聴していた古坂も同調。
希海「でも、そんな責任重大な・・・」
女子(声)「よそのクラスの男子に勉強教え
られるなら、これくらい余裕じゃない?」
教室のどこからか棘のある声。
一瞬静まり返ったあと、戻る潮騒。
その中に混じる、聞き取れる悪意。
女子(声)「偉そ」
女子(声)「マジ何様?」
男子(声)「俺にも教えて~」
男子(声)「鈍感ってこえーな」
希海の背後で椎菜が立ち上がる気配。
それより早く立ち上がっている将雅。
周囲に睨みをきかせ口を開きかける。
古坂、不穏な空気を察して。
古坂「おい、今は文化祭のミーティングだ。
真面目に話し合わないなら辞退することに
なるぞ」
一斉に閉じられる口。
針の筵の希海に覆い被さるシュー皮。
その時よみがえる柊太の声。
柊太(声)「わかるかな、おまえさんたち」
希海「・・・なにさ(つぶやき)」
机をバンと叩いて立ち上がる。
雲散霧消するシュー皮。
希海「私やります。やりますけど、やる以上
は私についてきてください!」
呆気にとられるクラスルーム。
副委員長のチョークが黒板で折れる。
将雅、ゆっくりと拍手。
釣られるようにまばらな拍手が続く。
心配そうに希海の背中を見る椎菜。
●同・図書室・昼
カウンターに突っ伏す希海。
希海「うわ~~~やっちゃたあ~~~」
腕枕の下から漏れる涙声。
希海の髪を撫でる椎菜。
椎菜「よしよし、よく頑張りました」
希海「私には無理だよ、そんな大それた役。
何であんなこと言ったんだろ・・・」
将雅「確かに永瀬らしくはなかったな」
いつの間にか椎菜の背後に将雅。
腫らした目を上げる希海。
希海「・・・山元くん」
将雅「けどエモかったぜ。私についてこい、
なんてなかなか言えねーよ。マジ痺れた」
希海の目にぶわっと湧き上がる涙。
将雅「タンマタンマ、もう泣くな。それより
ありがとな」
希海「え」(鼻水ズルズル)
将雅「シュータに勉強教えてくれて」
希海「何でみんな知って・・・」
将雅「それがさ、バレー部の誰かがたまたま
見ちゃったらしいのよ、ファミレスの外を
通りがかった時にさ」
椎菜「窓際席はショーウィンドウ。ご自由に
ご鑑賞あそばせと言ってるも同然ですぞ」
将雅「それな」
希海「・・・だって奥だと何か緊張するし」
将雅「それも分かる。二人きり感半端ない」
頬をポリポリ掻く将雅。
将雅「まあ、とりあえずアレだ、しばらくは
色々耳に入ってきてウザいと思うけど気に
すんな。どうせくだらねー嫉妬とか野次馬
根性だよ。無視してりゃすぐ消えるって。
これ以上つまんねー噂広げんじゃねーって
部の連中にも釘刺しとくわ」
椎菜ごとスクラムを組むようにして。
将雅「勢いで引き受けたにしろ、今日からは
お前が座長だ。助けが必要なら何でもする
から頼ってくれ。どうせだったら全校生徒
を号泣させるくらいの芝居、ぶちかまして
やろうぜ」
入口から入ってくる生徒たち。
気を遣って音量を下げる将雅。
将雅「ゴー・ファイト・ウィン」(小声)
唱和を促すアイコンタクト。
希海&椎菜「ゴー・ファイト・ウィン」
さらに小声の二人。
将雅「やべ、パン売り切れる。じゃっ」
輪から離れて軽やかに退散。
黙りこくっている椎菜。
希海「しーちゃん、どうしたの」
椎菜の耳たぶが異様に紅い。
椎菜「秋だというのにいつまで暑いのやら。
クーラー入れなくては・・・」
●同・体育館・午後
男女バレー部の放課後練。
黙々とスパイクを打ち込む柊太。
ネット際でブロックする将雅。
何度もコートに突き刺さるボール。
最後の一球、柊太の腕が緩む。
女子部のコートから複数の視線。
将雅の指先がボールを弾き返す。
響き渡るホイッスル。
汗を拭いながらコートを出る柊太。
ニヤニヤしながら寄ってくる将雅。
将雅「あらあらどうしはったん矢尾はん」
柊太「暑苦しい。寄るな」
アイアンクローで将雅を寄せつけず。
将雅「ラスイチ外すやなんて、気の迷いでも
あるんとちゃいまイタタタタ・・・」
将雅のこめかみに食い込む指。
柊太「朝から妙な視線を感じるんだが。俺の
気のせいか」
将雅「と、とりあえず一旦離そうぜ」
離れた指のあとにくっきりと型。
痛そうにこめかみを揉む将雅。
将雅「・・・あのさ、シュータさ、今回の件
だけど、お前にしてはよーくやった方だと
思うよ。マジ見直した。けどな、次からは
もうちびっとだけ気ぃ利かそうか」
柊太「何の話だ」
将雅「ポジショニングの話だよ」
ひそひそ声に振り返る柊太。
目を逸らす女子部員たち。
死角から美玖の声。
美玖「せんぱい、お疲れさまです」
タオルとボトルを持って控えている。
柊太「サンキュー」
ボトルのストローに口をつける柊太。
将雅「あの、俺のは・・・」
美玖「あ」
将雅「いや、『あ』って何・・・」
スルーして柊太に話しかける美玖。
美玖「矢尾せんぱい、この間のお話なんです
けど、今日の練習終わりだったら・・・」
柊太「あ、すまん。今日は無理だ。犬の散歩
当番だから」
美玖「そうなんだ・・・」(しょぼん)
柊太「今週末はどうかな。土曜とか。休みの
日で悪いんだけど」
美玖「いけます! 悪いだなんて全然!」
美玖、食い気味に。
柊太「場所とか時間とかは」
美玖「せんぱいにお任せします!」
将雅「あの・・・俺のドリンク・・・」
美玖「あ、すぐ持ってきますね」
素に戻って立ち去る美玖。
将雅「シュータってさ・・・」
柊太「何?」
将雅「・・・いや、何でもない」
意に介せずドリンクを飲む柊太。
柊太の喉仏が動くのを見つめる将雅。
*****
将雅のドリンクを探す美玖。
近くで噂話をする女子部員たち。
注がれる美玖の軽蔑の眼差し。
●同・下足場・夕
ジャージ姿の柊太がやってくる。
靴を履こうとしている希海。
柊太の姿を認めてフリーズ。
柊太「永瀬、まだ残ってたのか」
何か言いかけてやめる希海。
会釈して足早に去る。
ローファーの踵は踏んだままで。
遅れてやってくる他の部員たち。
一足早く黄昏に消える希海。
怪訝な表情で見送っている柊太。
将雅、二人のすれ違いに気づく。
●永瀬家・玄関~階段・午前
うららかな玄関に響くチャイム。
まだ眠そうな弟(叶)が奥から登場。
叶「はーい、どちら様ぁ?」
寝ぐせ頭を掻きながらドアを開く。
立っていたのは私服姿の椎菜。
椎菜「朝早くから失礼します。おや、お初に
お目にかかりますが、もしや永瀬氏の弟君
では。これは僥倖。小生、窪寺椎菜と申し
まして、姉上には常日頃からお世話に」
叶の両手をとってブンブンブン。
目を丸くして無抵抗の叶。
希海「おはよう、しーちゃん。さ、上がって
上がって」
出てきて叶を押しのける希海。
椎菜「では、お言葉に甘えて」
靴を脱ぐと、希海の先導で二階へ。
階段を上りながら椎菜に囁く希海。
希海「ごめんね、バカ弟の出迎えで」
椎菜「何をおっしゃる。見るからに才気煥発
そうな少年ではないですか」
希海「どこが? ていうか、気をつけないと
ダメだよ」
椎菜「?」
希海「しーちゃん、普通に可愛いんだから。
スキンシップは程々にね」
*****
まだ玄関先で立ち尽くしている叶。
引き離された両手もそのままで。
ふと掌を見つめて、顔に近づける。
掌の残り香を嗅いでうっとり。
すぐ我に返って周りを見回す。
●同・希海の部屋・午前
閉じられる江戸川乱歩短編集。
文庫本を手に椅子に座った椎菜。
説明を求めてベッドの希海を見る。
希海「やるならそれかなって」
椎菜「面白いことは面白いと思いますが」
希海「舞台向きじゃない?」
椎菜「まさしく」
希海「まあそうなるよね。登場人物少ないし
暗号がテーマなのに、どう客席に見せたら
いいか分かんないし」
椎菜「すべて承知の上で、それでもやりたい
わけですな」
うなずく希海。
希海「なんか好きなんだよね、可笑しいのに
切なくってさ。あと、大昔に書かれた小説
なのに今でも刺さるっていうか・・・」
椎菜「分かりみしかないってヤツですか」
希海「いとエモし、って感じ」
自分の手元の本を繰る希海。
ページを開いて椎菜に示す。
希海「でね、この『木馬は廻る』って短編と
マッシュアップしたらどうかなって。題材
が共通してるし、キャラも増やせるから」
椎菜「高校の文化祭ですし自由度高めな脚色
はむしろ誂え向きかと。いっそ時代設定も
現代に置き換えてみては」
希海「そうすると算盤もそのままってわけに
いかないよね。何に変えたらいいんだろ。
エ●セルとか?」
椎菜「それは妙案。演出上の課題もPC画面
を背景に投射できれば解決しますな」
希海「『エ●セルが恋を語る話』かあ。おっと
エ●セルって登録商標なんだっけ」
椎菜「そこはお目こぼし願えれば」
希海「そうそう、主人公女の子に変えちゃわ
ない?」
椎菜「確かに。男性諸氏には心苦しいですが
この主人公、当世のコンプラ基準では少々
危うい面が見え隠れ・・・いやアウト寄り
のアウトですぞ、こやつは」
希海「まあ女だったらOKってわけでもない
けどね。口当たりは多少マシになると思う
んだ」
椎菜「可愛げ一本槍で乗り切りましょう」
希海「よーし、男女逆転するぞー」
ベッドから威勢よく飛び降りる希海。
トントンと遠慮ぎみのノック。
希海「はーい」
そっと開くドア、殊勝げに覗く叶。
希海「・・・何の用?」
叶「あの、お母さ・・・母が飲み物を」
グラスの乗ったトレイを差し出す。
希海「ご苦労、もう行っていいぞ」
トレイを奪ってドアを閉めようと。
椎菜「かたじけない。母上さまにもよろしく
お伝えくだされ」
ドアの隙間から叶のニヤケ面。
お尻で容赦なくドアを閉じる希海。
希海「しーちゃん、お昼食べてからちょっと
付き合ってくれる?」
●ショッピングモール・書店・午後
芸術コーナーをさまようスニーカー。
演劇の棚の前でピタッと停止。
最上段目がけて背伸びする指先。
無事、手中に収まる分厚い書籍。
『演劇シナリオの骨法』。
希海の笑顔、裏表紙を見て曇る。
希海「おうふ」
横から覗き込む椎菜。
椎菜「ワオ。体積も代価も鈍器レベル」
希海「高校生には荷が重いよ」
椎菜「やはり図書館で探しますか」
希海「うーん・・・」
最後の晩餐を決めるより悩んで。
希海「・・・やっぱ買う。未来への先行投資
だと思って」
椎菜「ご立派」
椎菜、パチパチパチ。
*****
レジ待ちの大行列。
本を抱えて最後尾に並ぶ希海。
希海「うへえ、十分くらいかかりそう。お店
の前で待ってて」
椎菜「心得ました。『僕ヤバ』の続きが気に
なっていたので御の字です」
先に買っていた本の袋を掲げて。
●同・休憩スペース・午後
書店前のソファでくつろぐ椎菜。
買ったばかりのコミックに夢中。
虫が知らせたようにふと顔を上げる。
書店の隣のキャラクターショップ。
楽しそうに商品を物色する美玖。
その傍らで兄のように見守る柊太。
●同・書店・午後
レジで重い袋を受け取る希海。
希海「ありがとうございましたっ」
軽い足取りで店の外へ踏み出す。
その前に立ちはだかる椎菜。
希海「ど、どうしたしーちゃん」
椎菜「いやあその、我輩としたことが来年の
手帳を買い忘れておりまして・・・」
いつになく歯切れの悪い口調。
ずんずんと希海を店内に押し戻す。
希海「わかった、わかったよ。私、お手洗に
行ってくるからその間に買っといで」
椎菜「願わくば共に選んで頂きたく・・・」
希海「じゃあすぐ戻ってくるね」
椎菜「ああ~~」
希海「えっ」
椎菜「今しばらく辛抱できませぬか・・・」
希海「体に悪いって。変なしーちゃん」
椎菜の肩をポンと叩いてやり過ごす。
慌てて追いかける椎菜。
●同・通路・午後
希海、キャラクターショップの前。
通り過ぎようとした足が止まる。
柊太「うーん、俺には判断つきかねる」
美玖「ダメですよ、せんぱい。前もって人の
好みは聞いとかないと」
BGMを貫いて耳を犯す会話。
二人の睦まじい姿に奪われる視線。
希海の視線に気づく二人。
柊太のポーカーフェイスがほころぶ。
美玖のハニースマイルが引きつる。
両手の指先で揺れるマスコット。
ブースカとカネゴンのストラップ。
柊太「休みの日まで。ほんと奇遇だな」
希海「あっ、そですね・・・」
続かない言葉、作り切れない笑顔。
屈託なく続く柊太の言葉。
柊太「そうだ、ちょうどよかった」
美玖の手からストラップを取って。
柊太「どっちか自分で選んでくれ。好きじゃ
ないもの貰ったって嬉しくないだろ」
柊太の周囲で一気に下がる温度。
希海の後ろにいつの間にか椎菜。
拳を握りしめる美玖。
美玖「せんぱい・・・」(うつむいて)
柊太「ん?」
美玖「世話になった女子って、永瀬先輩なん
ですか・・・」
柊太「そうだけど。てか、二人とも顔見知り
だったんだな」(あっけらかん)
突然よそよそしく頭を下げる美玖。
美玖「ごめんなさい。私、用事を思い出した
のでこれで失礼します。映画、ありがとう
ございました」(口早に)
柊太「水戸?」
困惑をよそに足早に去る美玖。
希海とすれ違う瞬間、唇を噛んで。
柊太の視線、美玖から希海へ。
柊太「永瀬、説明する・・・」
希海「あ、いいですよ別に。何かお邪魔した
みたいですみません。私、うちで台本書か
なきゃなのでもう帰りますね。じゃっ」
そそくさと逃げるように退散。
後を追おうとする柊太の前に椎菜。
椎菜「おいダンディ」(低音)
柊太「何だ窪寺か。ちょっと通してくれ」
椎菜「買うか戻すかしないと捕まるよ」
柊太「あ」
まだ手に持ったままのストラップ。
椎菜「それに・・・」
一歩詰め寄りフェイスオフ。
椎菜「今追うべきは水戸さんなのでは?」
柊太「・・・・・・」
椎菜の迫力に気おされる柊太。
●永瀬家・希海の部屋・夕
ベッドに腹ばいになる希海。
枕に顔を埋めて微動だにせず。
外から気遣うようなノック。
椎菜(声)「永瀬氏?」
ピクッとするも応えない希海。
椎菜(声)「今日の所はこれにて。あんかけ
ラーメン、美味しゅうございました」
扉の外で息を吸う気配。
椎菜(声)「永瀬氏、若さとは振り向かない
ことです。浜の真砂は尽きるとも世にいい
男の種は尽きまじ、涙の数だけ強くなれ、
もっとしなやかにもっとしたたかに・・・
あーもう何言ってんだろ私。兎にも角にも
月曜日、某が教室の扉を開けた時、笑顔の
お出迎えを願っておりますぞ」
一気呵成の鼓舞激励。
●同・廊下・夕
希海の部屋のドアに耳を当てる椎菜。
返らぬ反応に溜息ひとつ。
立ち去ろうとして叶と目が合う。
叶、自分の部屋の前でモジモジ。
椎菜「おや叶どの、どうされました」
叶「もう帰りますか。良かったら夕食もって
親が・・・」
椎菜「ご厚意痛み入ります。が、小生も自宅
にて夕食の支度が整っておりますゆえ」
叶「そうですか・・・」(未練がましく)
椎菜「?」
叶「あの、今度いつ来ますか。おねえさん、
ゲームお上手なんですよね。姉ちゃんから
聞いてて、一回対戦したいなって・・・」
椎菜、叶に歩み寄る。
同じくらいの背の高さで向き合う。
椎菜「必ずや近いうちに。それと叶どの」
叶「はいっ」
椎菜「今日は姉上に優しくお接しくだされ」
●同・ダイニング・夜
食卓を囲む両親と叶。
黙々と進む箸、時折時計を見る母。
永瀬母「遅いわねえ。お友達と何かあったの
かしら」
叶「そんなんじゃねーよ」
父母の視線が叶に突き刺さる。
叶「・・・知らんけど」
ごまかすように米をかきこむ叶。
軋む音、戸口に立っている希海。
永瀬母「やっと来た。豚汁、もう冷めてるん
じゃない?」
黙って席につく希海。
希海の前にラップのかかった碗。
叶、無言で碗を電子レンジへ。
永瀬母「あら優しい」
叶「うっせーよ」
不動の希海、膝上の拳に落ちる涙。
見て見ぬふりする家族。
永瀬父「そうそう、今日タイトル戦だった」
わざとらしくリモコンを探す。
映るテレビ、たちまち熱狂的歓声。
コーナーに追いつめられた挑戦者。
永瀬父「あー、もう負けそう。せめて5Rは
もってくれ。意地を見せてやれよ」
永瀬母「ちょっと、食事時に血なまぐさいの
見ないで。あーあ、お猿さんみたいに興奮
しちゃって。ビールこぼすわよ」
鳴るレンジ、取り出す叶。
叶「山椒、いる?」
コクリとうなずく希海。
●高校・二年一組教室・朝
恐る恐る開くドア、覗き込む椎菜。
希海の席は空っぽ。
溜息をついて自席に座る椎菜。
鞄の中から教科書を取り出す。
ドアが開く音、顔を上げる椎菜。
照れくさそうに立っている希海。
少し腫れぼったい目で笑う。
希海「・・・おはよ、しーちゃん」
椎菜「おはようございます。よき朝ですな」
●同・図書室・昼
原稿用紙と格闘する希海。
原作本や専門書に囲まれて全集中。
シャーペンと消しゴムが丁々発止。
離れた席で読書する椎菜。
希海の方を絶えず気にしながら。
椎菜の肩を叩く手。
振り返ると将雅が立っている。
椎菜、読んでいた本を慌てて閉じる。
隠すようにした表紙、ロマンス文庫。
将雅「ちょっとだけ永瀬借りるぞ」
椎菜「あ、いま執筆中で・・・」
将雅「分かってる。時間取らせねーから」
●同・廊下・昼
非常階段の前で話す将雅と希海。
廊下の角から様子を窺う椎菜。
会話の内容は当然聞こえない。
気が気でない椎菜、謎のスクワット。
*****
話し終えた将雅が椎菜の方へ。
椎菜「あの・・・」(呼び止める手)
将雅「サンキューな窪寺。永瀬をヨロシク」
そのままあっさり行ってしまう。
椎菜の手だけが置いてけぼり。
遅れて戻ってくる希海。
椎菜「永瀬氏、お話というのは」
希海「たいしたことじゃなかった。さあ一秒
もムダにはできないよ」
椎菜「ですが・・・」
希海「えっとね、事情聴取っていうか・・・
意思確認?」
困ったような笑顔の希海。
●同・体育館外・夕
ジャージ姿の美玖、水道で水筒洗い。
前髪についた泡にも気づかずに。
他のマネの姿は一人もない。
体育館の中からけたたましい話し声。
ふと上げた視線が何かを捉える。
一瞬で険しくなる美玖の表情。
*****
馬鹿笑いしながら出てくるマネたち。
水道の前で笑いが止まる。
流しっぱの水、置きっぱの水筒。
●同・二年一組教室・夕
ジャージ姿の柊太と将雅。
思い思いの席にだらっと座って。
柊太の視線の先に希海の席。
将雅「なあ、シュータ」
柊太「ん」
将雅「今日、水戸と何か喋った?」
柊太「いや」
将雅「一言も?」
柊太「まあ、必要最低限のことだけ」
将雅「土曜の修羅場の件は?」
柊太「何で知ってる」(やや焦り)
将雅「どうでもいいだろ。どうなんだよ」
柊太「一応謝った。笑って許してくれた」
将雅「あの子、フツーだったろ」
柊太「ああ」
将雅「フツーすぎて怖かったぞ俺は」
柊太「?」
将雅「お前、何が悪かったのか分かってない
よな」
柊太「それは・・・」
将雅「あの子のこと、どう思ってんだ」
柊太「どうって・・・」
将雅「自分の胸に聞けよ。取り繕うな」
真剣に考え込む柊太。
●柊太の回想
体育館、部活終わり。
顔の汗をタオルで拭く柊太。
タオルをどけると目の前に美玖。
美玖「せーんぱい、これどうぞ」
塩キャンディを差し出す掌。
*****
合宿地、海岸、夜。
波打ち際、花火ではしゃぐ部員たち。
砂浜に腰かけて漠然と眺める柊太。
美玖、歩み寄って隣に腰を下ろす。
柊太「一緒に遊ばないのか」
美玖「私、見る方が好きなんです」
並んだ大小の背中。
*****
通学路、部活の帰り道。
並んで歩く柊太と美玖。
柊太「水戸」
美玖「なんですか」
柊太「女の子って、何貰ったら嬉しいんだ」
美玖、バッグの紐をギュッと握る。
美玖「それは・・・その人によるんじゃない
ですか」
柊太「そうだよな。世話になった女子がいて
礼がわりに何か渡したいんだが」
美玖、握った手をフッと緩める。
美玖「・・・あまり大げさなものにしたら、
逆に重くなっちゃいますよ」
柊太「贈り慣れてないんだ。母親以外、身近
に女っ気がないもんだから」
美玖「せんぱい・・・」
二、三歩先に出て振り返る。
美玖「私が一緒に選んであげましょうか」
*****
ショッピングモール、映画館ロビー。
混雑の只中に柊太と美玖。
柊太、二人分のポップコーン抱えて。
柊太「いいのか、買い物に付き合わせた埋め
合わせが映画なんかで」
美玖「私、映画は誰かと観る主義なんです。
でも、誘える相手なかなかいないから」
美玖の顔に気づきそうな周りの客。
自分のキャップを美玖に被せる柊太。
美玖「ひゃっ」(ドギマギ)
柊太「汗くさいけど我慢しろ」
美玖、唇を結んでキャップを深く。
●高校・二年一組教室・夕
将雅を真っ直ぐ見据える柊太。
柊太「水戸は妹みたいな存在、それ以上でも
以下でもないよ」
将雅「・・・お前、罪作りな男だな」
柊太「将雅・・・」
将雅「永瀬のことにしたって・・・」
●将雅の回想
高校、非常階段前。
将雅と話し合う希海。
将雅「永瀬はさ・・・シュータのことが好き
・・・なんだよな?」
うつむく希海。
将雅「いや、その、言いたくなかったら別に
言わなくていいんだけど・・・」
希海、決然と顔を上げる。
希海「はい、好きです」
眩しそうに見つめる将雅。
将雅「だよな。うん、そんな気がしてた」
希海「私・・・」
迷いながらも言葉を続ける。
希海「身のほど知らずだってことは分かって
ます。カスタードだから、私は」
将雅「カスタード?」
希海「あ、すみません。変なこと言って」
将雅「いいよ、続けて」
希海「目立つのが大の苦手で。いつも居心地
のいい隠れ家から羨ましそうに外を眺める
だけの人間だから。生クリームみたいに誰
からも愛される女の子にはなれないって。
でも・・・」
震える唇を励ましながら。
希海「矢尾くんはそんな私を見つけて、外の
世界に引っ張り出してくれました。だから
演劇のシナリオを引き受ける勇気だって。
矢尾くんにとっては迷惑かもだけど・・・
私、自分の気持ちに嘘はつけません」
複雑な笑顔になる将雅。
将雅「かっけーな、永瀬は」
希海「え」
将雅「それに比べて・・・」
●高校・二年一組教室・夕
柊太の椅子に歩み寄る将雅。
後ろから柊太の肩を抱くように。
将雅「情けねーな、俺らは」
柊太「・・・何だよ今さら」
将雅「カスタードと生クリーム、か・・・」
柊太「意味わからん」
将雅「あの二人。似た者同士って思うけど」
柊太「・・・・・・」
将雅「この際、思いきって言っちゃう?」
柊太「何を」
将雅「俺らのことに決まってんだろ」
柊太「それはない」
将雅「ちょっとくらい悩めよ」
柊太「俺は構わん。でもお前に迷惑が」
将雅「どこまで優しいんだお前は。けどな、
その優しさのせいで・・・」
教室の扉をバーンと開ける音。
息を切らした椎菜が立っている。
柊太と将雅の距離の近さに戸惑って。
が、すぐに用件を思い出す。
椎菜「一大事です、永瀬氏と水戸さんが!」
●通学路・夕
だらだら坂で対峙する少女たち。
逆光の美玖を見上げる希海。
美玖「・・・嘘つかないでください」
希海「嘘じゃない。矢尾くんとは付き合って
ないよ」
美玖「じゃあ好きでもないんですね」
希海「それは・・・好き」
美玖「どっちなんですか!」
希海「好き。付き合いたいって思ってる」
美玖「・・・イヤです」
希海「・・・・・・」
美玖「そんなの絶対イヤ。頼むから私の邪魔
をしないで・・・」
希海「・・・・・・」
美玖「好きになったの私の方が早いんだから
・・・一緒にいる時間だってずっとずっと
長くて・・・なのに急に横から・・・」
希海「あなたなの?」
美玖「え」
希海「あんな噂流したの」
美玖、美しき獣のように猛る。
美玖「見くびらないでよ!」
希海「違うの?」
美玖「卑怯な小細工なんかしなくたって先輩
くらいワンパンなんだから! あんな奴ら
と一緒にしないで!」
希海「・・・ゴメン」
美玖「あやまるな!」
希海「どうすればいいの!」
美玖「あきらめて!」
希海「それはムリ!」
次第にヒートアップする両者。
その時、坂の上から三人の影が。
振り向く美玖、目を細める希海。
先頭を走ってくる柊太。
遅れて将雅、さらに遅れて椎菜。
●高校・講堂・舞台袖・午後
舞台衣裳を着て緊張丸出しの椎菜。
椎菜「人人人、あ、入って書いちゃった」
椎菜の肩を揉む舞台衣裳の将雅。
将雅「カチコチですぜ、旦那」
振り向いた椎菜の強がり笑顔。
椎菜「ふ、ふーん。そちらこそ随分余裕では
ないですか。台詞は完璧なんでしょうね」
将雅「わかんね。飛んだ時はアドリブ入れる
んで、よしなに♪」
椎菜「よしなにじゃないですよ。永瀬氏渾身
のシナリオなんですから一言一句間違いは
許しませんよ」
将雅「おーコワ。監督より鬼じゃん」
二人の間を後ろから分ける希海。
希海「そろそろ本番だよ。夫婦漫才はあとに
して」
将雅&椎菜「誰が夫婦だ/ですか」
駆け寄る進行係。
進行係「そろそろアナウンスいくよ」
希海「・・・お願いします」
開演のブザーが鳴る。
●通学路・夕
だらだら坂に布陣した五人。
希海と美玖に向かい合う柊太。
その後ろで戦況を見守る椎菜と将雅。
柊太、ハアハア息を整えながら。
柊太「・・・水戸」
美玖「はい、せんぱい」
柊太「永瀬」
希海「はい」
柊太「お前たちの気持ちは正直嬉しい」
一瞬緩む少女たちの表情。
が、雰囲気を察して再び締まる。
柊太「カスタードと生クリーム」
希海「へ?」
美玖「は?」
柊太「どちらも捨てがたい」
希海&美玖「・・・・・・」
柊太「俺は欲張りだ」
将雅「シュータ?」
柊太「俺は・・・」
息を大きく吸い込んで。
柊太「ダブルシューが好きなんだ!」
将雅「おま、何を・・・」
柊太「どちらかなんて決められない。三人で
一緒に付き合おう!」
青春の一頁が黄昏に凍りつく。
しつこく谺する柊太の言葉。
彫像と化した五人の少年少女。
どれだけの時間が流れただろう。
美玖の肩が震えている。
やがて我慢しきれず溢れる笑い。
美少女らしからぬ豪快な笑いだ。
柊太「水戸?」
美玖「アハッ、アハッ、アハハハハハ・・・
おなか、おなかいたい・・・何それ、最高
に最悪なんですけど・・・アハハ・・・」
お腹を抱えたまま急に柊太を睨む。
美玖「ハハ・・・もう好きにしてください。
私、付き合いきれない・・・」
踵を返して坂を駆け下りる美玖。
希海「水戸さん!」
後を追おうとする希海。
柊太「永瀬!」
希海、一瞬振り返って。
悲しげに微笑んで首を横に振る。
そのまま美玖を追って駆け出す。
将雅も呪縛が解けたように。
将雅「どこまで不器用なんだよ、アホ!」
柊太の背中を一発どやして走り出す。
後に取り残された柊太と椎菜。
椎菜「え? えっ!?」
三人の影、遠ざかって。
●同・承前
坂道を全速で駆け下りる美玖。
涙と鼻水で汚れた顔も気にせずに。
その隣に追いつく希海。
美玖「ついてこないで!」
希海「話を聞いて!」
美玖「これ以上何があるの!」
希海「本心だと思う?」
美玖「何が!」
希海「ダブルシュー!」
美玖「知らない! どうだっていい!」
傍から見ると滑稽な全力並走。
希海「自分の好きが信じられないの?」
美玖「もう何も信じない!」
希海「私は信じてるから!」
美玖「お気楽ですこと!」
希海「そうだよ、私はお気楽大明神だよ!」
将雅「ちょっと・・・お前ら・・・」
ゼエゼエ言いながら背後につく将雅。
将雅「帰宅部と、マネが、タフすぎ・・・」
美玖「マネージャーなめんなよ! どんだけ
肉体労働か分かってんのか!」
希海「水戸ちゃん、お口が悪いよ。イメージ
が・・・」
美玖「いつの間に・・・ちゃん呼び・・・」
さすがにへばってくる少女たち。
その時、道路脇の藪から飛び出す影。
美玖「きゃっ」
希海「わっ」
将雅「うぉっ」
急ブレーキ、絡み合って転がる三人。
美玖「てて・・・」
希海「大丈夫? ケガしてない?」
美玖「軽くヒジ打っただけ・・・」
希海「よかったあ」
将雅「いや、よかねーよ・・・」
うまい具合に将雅が二人の下敷きに。
希海「あ、ごめん・・・」
将雅の上から離れようとして。
路上の飛び出し犯と目が合う。
憎たらしい顔したニホンザル。
三人をおちょくるように歯を剥く。
将雅の上から睨みつける美玖。
途端に怯えて逃げ去るサル。
希海「さすがの目力だね、水戸ちゃん」
美玖「少し黙っててもらえます?」
将雅の上で舌戦再開のきざし。
将雅「ちょっといいか・・・」
苦しそうに口を開く将雅。
シリアスな空気に畏まる少女たち。
将雅「このままでいいから聞いてくれ」
下敷きのままで語りかける。
将雅「シュータと俺は・・・」
●高校・講堂・午後
一瞬の沈黙の後、割れるような拍手。
舞台上、幕が再び開く。
メリーゴーラウンドの背景の前。
カーテンコールに応える演者。
中央で堂々と振舞う椎菜と将雅。
舞台袖に手招きする椎菜。
椎菜「永瀬氏! ご挨拶を!」
将雅も手をメガホンにして呼ぶ。
将雅「監督! 早く早く!」
少し気後れしながら希海登場。
端で遠慮するも中央へ送られる。
主演に挟まれ、はにかむ希海の笑顔。
その視線は客席へ。
柊太、スタンディングオベーション。
美玖、ツンデレ気味に小さく拍手。
●ファミレス・夜
薄いアップルジュースを啜る希海。
文化祭の打ち上げで店内盛況。
座の中心はクラスの陽キャグループ。
希海は隅の席で退屈そうに一人。
隣にやってくる椎菜。
希海「そろそろどう?」
椎菜「潮時ですな」
忍者のように場を抜け出す二人。
●カラオケボックス・受付・夜
学生証を提示する希海と椎菜。
希海「フリータイムで」
美玖「二時間で」
椎菜「あ」
顔を見合わせる二組(三人)。
店員「あの・・・」
希海「フリータイム、三人で」
●同・個室・夕
FOするガールズロックのアウトロ。
満足げにマイクを置く美玖。
希海「すごい。水戸ちゃんって歌も上手なん
だね」
美玖「昔、ボーカルレッスンを受けてました
から」
希海「ザ・芸能人って感じ」
美玖「そういうのやめてほしいです」
希海「なんで? いいじゃん」
美玖「先輩って距離感メチャクチャ。こんな
ウザ絡みする人とは思いませんでした」
椎菜「これが一皮むけた永瀬氏ですよ。あ、
次は僕(やつがれ)の・・・」
イントロを聞いてマイクを取る。
美玖「窪寺先輩も一人称統一してください」
時代劇主題歌を歌い始める椎菜。
美玖、抹茶クリームラテを一口。
美玖「劇、面白かったです。悔しいけど」
希海「ありがと。一年のファッションショー
もキレイだったよ」
美玖「当然。私が仕切ったので」
希海、ミルクセーキを一口。
希海「どう? スッキリした?」
美玖「先輩こそどうなんですか」
希海「そりゃあ・・・あんなカミングアウト
聞かされちゃったらね・・・」
美玖「諦めがついた?」
希海「うーん・・・実を言うとね、まだ一匙
くらいは未練があるんだ」
美玖「私はきれいさっぱりです。健全な先輩
後輩の関係に収まりました」
希海「私だって、互いにリスペクトし合える
友達だって思い込もうとしてるよ」
美玖「じゃあ、早く次の恋を見つければいい
じゃないですか」
希海「頭では分かってるんだけど・・・」
椎菜「ちょっとご両人。俺氏をハブって密談
なんてけしからんですぞ」
歌い上げた椎菜が絡んでくる。
希海「ごめんごめん。失恋トリオだもんね」
美玖「一緒にしないでくださいます?」
椎菜「ちょ、もしや小生も頭数に入っている
ので?」
希海「モチ。あ、これ私だ。なんでこの部屋
マイク一つしかないのかなあ」
片方のマイクに故障中の貼り紙。
アニソンを歌い出す希海。
椎菜「自分、失恋なんかしてませんからね」
美玖「してましたよ。巻き込まれですけど」
椎菜「山元氏のことなぞ塵ほども・・・」
美玖「自分から名前言ってるし」
椎菜、両手で自分の口をふさぐ。
*****
歌い疲れてグダッている三人。
希海「・・・愚かだよね」
美玖「誰が?」
希海「男子高校生全般」
美玖「言えた立場ですか」
希海「お互いにね」
椎菜「恋する人間は等しく愚かなのでは」
希海「言えてる」
美玖「それには同意します」
希海「ダブルシューが優しさだなんて」
椎菜「振るよりも振られようだなんて」
美玖「発想が異次元すぎてクラクラする」
希海「そんなに隠したかったのかな、二人の
関係」
美玖「じゃないですか」
椎菜「好きな相手を守るために」
希海「自分一人が嫌われてでも?」
美玖「ゲスヤロウの汚名を着ても」
椎菜「水戸氏、お口が」
希海「それも優しさだ・・・」
ソファの背もたれで伸びをする希海。
希海(N)「二年二組矢尾柊太くん。キミは
とびっきりの難問でした」
歌い出しのカウント音。
一つのマイクに殺到する三人の手。
三人「愛する人はあなただけ♪」
エンドロール。
テーマ曲『シャボン玉』。
●通学路・夕
黄金色に輝くだらだら坂。
濡れた落葉が路面に散り敷いて。
希海が慎重な歩みで下りてくる。
途中で立ち止まるローファー。
団栗を抱えたリスが目の前の路上に。
そーっとしゃがみ込む希海。
落葉を踏みしめる音、逃げるリス。
希海、振り返る。
手を繋いで下りてくるカップル。
イチャコラしながら通り過ぎる。
誰もいない坂を見つめ続ける希海。
誰よりも清々しい顔で。
了
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
特撮について喋ろう♪
CD『ゴジラ・ボーカルコレクション』…
(2026-05-06 10:02:55)
華より美しい男~イ・ジュンギ~
10月の準彼ンダー&台北公演の画像続…
(2024-10-01 14:52:47)
アニメあれこれ
劇場ロビー特別装飾3 『ザ・スーパー…
(2026-05-06 23:00:05)
© Rakuten Group, Inc.
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: