愛が足りないよ



賀上 温子(三九)女性。

清見 水晶(一八)女性。


カバドン(四三)男性。
萌子(一七)女性。

来栖 映美(一八)女性。





●アーケード・朝
   路駐の車の窓に映る賀上温子の顔。
温子「旅に出ようか」
   汚れたタイルに踏み出すローヒール。
   通り過ぎた路面にペンキでタイトル。
   *****
   鈍くなる温子の足取り。
温子「・・・なーんてな」
   面接スーツの背中、次第に丸く。
   肩からずれるショルダーバッグ。
   すれ違う通行人たちの胡乱な視線。
   気づいて立ち止まる温子。
   視線は温子を通り過ぎて背後へ。
   振り向いた温子の目に清見水晶の姿。
   廃業した本屋のシャッターの前。
   地べたにぐてっと座り込んで。
   乱れた地雷系ファッション。
   見て見ぬふりの往来。
   温子、一瞬歩み寄ろうとするが。
   思い直して背を向ける。
   店の硝子戸に反射する温子の姿。
   わざとらしく腕時計を見ている。
   進行方向から四人のチャラ男。
   横に広がって迷惑極まりない。
   何とかすり抜ける温子。
   空想の中で機関銃をお見舞い。
   背後から頭の悪い声。
チャラA「もしもーし。生きてる?」
チャラB「こんなトコで寝てっと色々なくし
 ちゃうよ?」
チャラC「膜とか?」
チャラD「とっくにねえだろ」
   ギャハハとバカ笑い。
チャラB「おい、やめとけって」
チャラC「どんなの履いてっか服装検査」
チャラA「おまわりさーん、ここにレイパー
 いますよー」
チャラD「声でけーよ」
チャラC「マジでくたばってんじゃね。お前
 心臓マッサージしてやれよ」
   温子の足が止まる。
   もういちど腕時計を見て、溜息。
   *****
   水晶に群がっているチャラ男たち。
   短いスカートの裾を捲っている奴。
   コルセットの上の胸を突いている奴。
   人形のように無抵抗の水晶。
温子「あーもしもし、警察ですか。商店街で
 意識のない女性が倒れてるんですが」
   スマホに向かって大声で話す温子。
   破廉恥集団へと歩み寄りながら。
   Dのグラサンに大きくなる温子の姿。
温子「救急車? 先呼んだ方がいいですか。
 えーっと、ちょっと問題がありまして」
   舌打ちしながら去っていく男たち。
   十分遠ざかったのを確認して。
温子「さて、どっちがいいのやら」
   通話状態になっていないスマホ。
   ディスプレイの上をさまよう指。
   温子の足首を掴む手。
   ギョギョッと見下ろす温子。
   足首を掴みながら見上げる水晶。
水晶「どっちも呼ばなくていいよ」
温子「え、え、でも・・・」
水晶「連れてって」
温子「うぇ?」
水晶「おしっこ」

●公衆トイレ・前・朝
   入口に背を向けて待つ温子。
   片手にスマホ。
   もう片手に水晶のミニリュック。

●同・回想
   水晶を先導する温子。
   トイレマップアプリで確認しながら。
温子「ここだここ。じゃあ私はこの辺で」
水晶「持ってて」
   温子にミニリュックを押しつけて。
   抗議する隙も与えず個室に駆け込む。

●同・中・現在
   洗面台の鏡に己を映す温子。
温子「サイアク。もうウサイン・ボルトでも
 間に合わないじゃん・・・」
   水を流す音、個室の扉が開く。
水晶「やばっ、もうちょっとで生き恥さらす
 トコだったー」
   温子の隣に並ぶ水晶。
水晶「助かったよ。ありがと、おば・・・」
   温子の横顔を窺って。
水晶「・・・おねーさん」
   温子、無言でリュックを突っ返す。
   そのまま立ち去ろうとするが。
   バッグの紐を持って引き止められる。
温子「ちょっと、何?」
水晶「お礼させて」
温子「は?」
水晶「これで二つ借りだし」
温子「借りパクでいいよ。私急いで・・・」
   鏡の中の苛立った温子。
水晶「もう間に合わないんでしょ」
温子「へ?」
水晶「ならいいじゃん。ノンビリ行こうよ」
   リュックから化粧道具を取り出して。
   温子を尻目にメイクのリカバー。

●純喫茶・朝
   優雅に流れる『愛の挨拶』。
   奥のテーブルで向き合う温子と水晶。
水晶「キヨミクリスタル」
温子「は」
水晶「名前」
温子「芸名、か何か」
水晶「バリ本名」
温子「外国の人?」
水晶「バリ大和撫子」
温子「歯、丈夫にしてくれそう」(ボソ)
水晶「ペンある?」
温子「?あるけど」
水晶「貸して」
   ナプキンにサラサラと『清見水晶』。
水晶「書くと印象変わるでしょ」
温子「ご利益ありそうな字面だね」
温子「(てか、字うまいなコイツ)」
水晶「おねーさんは」
温子「?」
水晶「わっちゃねーむ」
温子「ああ、温子。浅野温子の温子。って、
 知らないか。私ですら微妙な世代だし」
水晶「世界で一番君が好き!」
温子「知ってるんかい」
水晶「うちのばーばがリスペクトしてたの。
 ワンレンロングでセンターパートにして」
温子「何ともバブリーなおばあ様で」
水晶「今は違うよ。写真で見ただけ」
温子「W浅野もばーば言われるお年頃か」
水晶「で、上は?」
温子「?」(視線を上に)
水晶「みょーじ」
温子「賀上(かかみ)」
水晶「かがみ?」
温子「か・か・み」
水晶「言いづら。ウケる」
   *****
   温子の前にブラックコーヒー。
   水晶の前にバナナパフェ。
水晶「そんなんでいいんだ」
温子「ウィ」
水晶「遠慮してない?」
温子「別に」
水晶「せっかくの奢りなのに」
温子「お構いなく」
   スプーンを手に取る水晶。
水晶「へへ、いっただきマーックス」
   頂上のホイップを愛おしげにすくう。
   カップを口に運ぶ温子。
   水晶の視線に気づく。
温子「頭に鳥でも止まってる?」
水晶「よく飲めるね、そんなの」
   温子、カップの底に目を落とす。
   黒い水面から自分が見返してくる。
温子「芳醇な苦味、それに程よい酸味。大人
 にならないと解らない味」
水晶「うげげ、大人ってめんどくさ。ボクは
 断然こっち」
   ホイップを口に含んでとろけ顔。
水晶「んま」
   コーヒーを啜る温子、眉間に皺。
   *****
   BGMは『水上の音楽』に。
   窓外の歩道をぼーっと眺める温子。
   忙しなく行き交う勤め人の群れ。
水晶「ホッとした顔」
温子「は?」
   水晶に向き直る温子。
水晶「あの中に混じらずに済んだって顔」
温子「煽ってんの?」
水晶「まっさかー」
   水晶、あっけらかん。
温子「サイコパスって言われたことない?」
水晶「ひど」
温子「めったにないチャンスだったんだよ」
水晶「・・・・・・」
温子「いっつも書類で落っことされて」
水晶「・・・・・・」
温子「奇跡的に面接までこぎつけたのに」
水晶「・・・・・・」
   水晶、大きなバナナと格闘中。
温子「キミに分かる? 女の転職のキツさ。
 この年で、しかも未経験の業種」
   スプーンを諦めフォークで刺す水晶。
水晶「今の仕事」
温子「え」
水晶「何やってんの」
温子「何って・・・接客」
水晶「どこで」
温子「駅前のハ●ズ」
水晶「マジ? ボクお得意様だよ。アクセの
 材料とかよく買う」
温子「そりゃどうも。退職後もご贔屓に」
水晶「やめるのもったいない」
温子「・・・飽きたんだよ」
   通行人の上に二重写しになる温子。
温子「そもそも本命じゃなかったし」
水晶「今日のが本命?」
   硝子に映った温子の唇が動く。
温子「・・・もちろん」
   *****
   水晶、リュックの中をガサゴソ。
   冷めた目で見やる温子。
水晶「あれれ、怪奇現象かな」
   温子、黙って自分の財布を出す。
水晶「ちょ、大丈夫、絶対あるから」
   リュックを椅子の上で逆さまに。
   床にまでこぼれ落ちるガラクタ。
温子「何やってんの・・・」
   しゃがんで拾い集めてやる温子。
水晶「ムキー、絶対あのカバドンだ」
温子「これ」
   温子の手に黄色い錠剤の薬瓶。
水晶「あっ」(手を伸ばす)
温子「一応聞くけど・・・」
   瓶を水晶から遠ざけるように。
温子「MDなんちゃらとかじゃないよね」
水晶「んなわけないじゃん。ただの風邪薬」
   強引に瓶を奪還する水晶。
温子「あと、カバドンって?」
水晶「知らないオジサン。ボクが寝てる間に
 消えちゃった。たぶんお財布も一緒に」
温子「・・・・・・」
水晶「フツー逆だろって」
温子「・・・・・・」
水晶「あ。ボクはしたことないけどさ、そう
 いうの」
温子「やっぱ警察行こう」
   立ち上がる温子を制する水晶。
水晶「待って」
温子「何で」
水晶「こっちも色々とアレだから・・・」
温子「アレって何、やましいこと?」
水晶「とりあえずお支払いは任せて」
   胸元に手を突っ込む水晶。
水晶「チャッチャラチャー♪」
   音程が怪しい『サンダーバード』。
   ブラウスの膨らみから何か取り出す。
水晶「これだけは死守した」
   水晶の手にはゴスなスマホ。
水晶「うわ、ホッカホカ。触ってみ」
   呆れ顔で首を横に振る温子。
   *****
   レジ前。
   渋い顔で首を横に振るマスター。
   『キャッシュレス非対応』のPOP。
   背後の温子に笑顔を向ける水晶。
水晶「・・・なんか増えちゃった、借り」

●街・歩道・午前
   歩を刻むローヒールパンプス。
   少し遅れて厚底ブーツ。

●同・デパート前・午前
   ショーウィンドウと向き合う温子。
   母の日仕様ディスプレイ。
   カーネションで赤く染まった硝子面。
温子「金魚のフンか、キミは」
   振り向きもせず。
水晶「せめてカルガモのヒナとか言お?」
   温子の後ろで所在なげな水晶。
温子「他にすることないわけ」
水晶「だーかーらー、おーれーい」
温子「要らないって。早く帰んなよ」
水晶「ないし」
温子「何が」
水晶「帰るトコ」
温子「・・・キミ、未成年でしょ。家は?」
水晶「ウチ? 何それおいしいの?」
温子「・・・・・・」
水晶「あと一応オトナ。最新の定義では」
温子「・・・・・・」
水晶「そっちは?」
温子「あ?」
水晶「あるの、これから行くトコ」
   赤い花に重なる温子の顔。
温子「・・・当たり前だろ」

●街・歩道・午前
   足取りが鈍いローヒールパンプス。
   途中で追い抜く厚底ブーツ。

●映画館・ロビー・昼
   ゴススマホが発券機にかざされる。
   連続して吐き出されるチケット。
水晶「奇数と偶数どっち?」
   二枚のチケットを差し出す水晶。
   一枚を無言で取る温子。
   *****
   平日昼間の閑散とした館内。
温子「手抜きのデートコースかよ」
水晶「永遠ウロウロするよかマシでしょ」
温子「・・・延々」
水晶「?」
   ポスターパネルに映る温子。
温子「あんま好きじゃないんだけどな」
水晶「ん?」
温子「映画」
水晶「えーもったいない。人生損してるよ」
温子「所詮は絵空事だし」
水晶「出た、冷笑系あるある」
温子「フィクションは無責任の言い訳」
水晶「無責任だからいいんじゃん」
温子「で、何でこのチョイス?」
   TVドラマの劇場版のポスター。
水晶「時間合うの、これだけだった」
温子「話、一ミリも知らないんだけど」
水晶「その方が意外と楽しめるかもよ」

●同・場内・昼
   スクリーンの反射が照らし出す場内。
   ガラガラの座席の二列目に二人。
   スピーカーから母娘の感動の場面。
   目をウルウルさせている水晶。
   腕組みして小難しい顔の温子。
   二人とも無理して見上げる姿勢。

●同・ロビー・午後
   首を回している温子。
   後ろから抱きついてくる水晶。
温子「ぐへっ、悪質タックルやめろ」
水晶「やば。涙止まらん。ちょっとだけ隠れ
 させて」
   温子の背中で顔を隠す。
温子「スーツ汚さないでよ」
水晶「だいじょぶ、洟は出てない」
温子「いや、マスカラとか・・・」
   しばし奇妙な活人画。
温子「・・・よく泣けるね」
水晶「・・・よく平気だね」
温子「どこで泣いたか具体的に」
水晶「んーと、まず開始五秒」
温子「岩と波じゃん」
水晶「えへへ」
温子「マジメに」
水晶「子役がやばい。あの子出てくるだけで
 ダム決壊」
温子「貯水量が少なすぎるんだよ。ていうか
 普段から放流しとけ」
水晶「そっちは何? 渇水?」
温子「こんにゃろ」
   背中から水晶を引き剥がす温子。
温子「あーあ、無残な顔」
   化粧崩れした顔で笑う水晶。
水晶「そっちこそ」
温子「は」
水晶「観る前よりゆるい顔。楽しんだな」
温子「そんなわけ・・・」
   水晶、赤くなった目を近づける。
   潤んだ瞳に温子の顔。
温子「・・・子役と動物頼みの物語は邪道」
水晶「演技うまかったら別によくない?」
温子「あの子の芝居は上手いって言わない。
 大人の求める物に敏感なだけ」
水晶「それ言ったら芸能界終わるけど」
温子「大人が空気を読むのはいいの。子供に
 それをさせるのが醜悪」
水晶「ふーん、何か実感こもってんね」
温子「・・・一般論だから」
   水晶の瞳の中で視線を逸らす温子。
水晶「まあいいや。パンフ買おーっと」
温子「ちょいちょい」
   行きかける水晶を引き止める。
温子「顔、先直しといで」

●地下道・午後
   先行する厚底ブーツ。
   少し遅れてローヒールパンプス。
水晶「食った食った。余は満足じゃ」
温子「・・・(げふ)」
水晶「大丈夫? 口数少ないけど」
温子「・・・フードファイターか何か?」
水晶「失敬な、誰の胃袋が宇宙だ」
温子「あのデカ盛りはもはやその域だよ」
水晶「アッコちゃんが雑魚なだけでは」
温子「アッコちゃん言うな」
水晶「ボクのことはクリスでいいよ」
   立ち止まる温子、振り返る水晶。
温子「清見さん、もうそろそろ・・・」
水晶「お腹こなしとく?」
温子「うん、この辺で・・・ハァ?」
水晶「まだ一借り残ってることだし」
温子「今度は何さ」
水晶「腹ごなしって言ったらコレでしょ」
   水晶、何かを転がすポーズ。

●ボウリング場・午後
   十本のピンが弾け飛ぶ。
水晶「っしゃあ!」
   豪快なガッツポーズ。
温子「(囁く)スカート」
水晶「ふふ(スカートを押さえて)」
   入れ替わりでレーンに立つ温子。
   重いボールに振り回されるように。
水晶「アッコのストライク見てみたい♪」
温子「無茶言うな、二十年ぶりだぞ」
   真っ直ぐ慎重に転がしたボール。
   7と10を残したスプリットに。
温子「あっ」
水晶「丁寧に行きすぎ。もっと大胆に」
温子「あーもううるさい」
水晶「ドンマイ、どっちか一本取ろう」
   二投目はちょうど真ん中をスルー。
   温子、膝からくずおれる。
水晶「そこは丁寧に行かなきゃ」
温子「いやどっちだよ」
水晶「じゃあお手本」
   ラメなボールを手に進み出る水晶。
水晶「ボウリングと女子はちょっとヒネクレ
 てるぐらいがちょうどいいってね」
   フックをかけたボールがポケットへ。
   残る2と10のピン。
水晶「あちゃー薄すぎた・・・」
温子「ぷぷ、ブーメラン」
水晶「まあ見てなって」
   真剣な表情でピンを見据える水晶。
   まるでスナイパーの目。
   水晶の二投目、真っ直ぐ2の左側へ。
温子「外した」
   飛ばされた2が一直線に10へ。
   ドヤ顔で振り返る水晶。
水晶「ほんとに大事なのは二投目だよ」
温子「うっざ」
水晶「ボウリングも人生も・・・」
   視界に何かを捉えて固まる水晶。
   *****
   温子の陰に隠れて座る水晶。
   今までになく心細い姿。
温子「・・・まずい相手?」
水晶「・・・カバドン」
   振り返ろうとする温子。
水晶「ちょ、ダメだって・・・」(制する)
温子「(溜息)」
   バッグから手鏡を取り出して。
   メイクを確かめるふりして後方偵察。
   二つ隣のレーンに四角い顔の中年男。
温子「・・・なーる、カバドンだ」
水晶「でしょ」
温子「で、何で隠れるわけ。被害者なのに」
水晶「・・・揉めるのイヤだし。それに」
温子「それに?」
水晶「・・・ちょっと怖い。ちょっとだけ」
温子「ふふ」
水晶「なにさ」
温子「いや、ちゃんと子供だなって」
   温子、水晶の頭をポンポン。
温子「こっそり出ようか」
水晶「ムリだよ。絶対目につく」
   水晶の服装を見て頷く温子。
温子「じゃあこのまま潜んどく? 向こうが
 帰るまで」
水晶「アイツ、何ゲームやる気だろ」
温子「さあ。普通2ゲームじゃない?」
水晶「トイレ行きたくなったらどうしよう」
温子「その時は強行突破だね。Bダッシュ」
   もう一度手鏡で偵察する温子。
   その眉が顰められる。
水晶「なに」
温子「何でもない。見れば見るほどカバドン
 だなって・・・」
   手鏡の端に映った温子の顔。
   その奥に映るカバドン。
   高校生くらいの少女とイチャついて。
   思わず顔を出す水晶。
   肉眼で捉えた不適切な現場。
水晶「アイツ、また・・・」
   水晶の頭を押さえる温子。
温子「バカッ、気づかれる」
水晶「でも・・・」
   迷子のようにさまよう水晶の瞳。
温子「口実与えといて今さら正義感?」
水晶「・・・・・・」
温子「そりゃ圧倒的にカバドンが悪いよ」
水晶「・・・・・・」
温子「けど、あの子にも責任がある」
水晶「・・・・・・」
温子「悪い大人に餌をやっちゃいけない」
水晶「・・・・・・」
温子「キミもだよ」
   握りしめた水晶の拳。
温子「このままそっと出よう」
水晶「・・・見捨てるの」
温子「店員さんに言えば声かけくらいはして
 くれるはず」
水晶「それだけじゃ・・・」
温子「引き返すチャンスにはなる」
水晶「・・・・・・」
温子「二投目、ってやつだよ」
   温子の手の下で震える水晶の肩。
   唐突に立ち上がる水晶。
温子「あっ、ちょっと・・・」
水晶「・・・ウソツキ」
温子「え」
水晶「めんどくさいだけじゃん・・・」
   水晶、脇目もふらずカバドンへ。
   その場に取り残される温子。
   *****
   温子の視線の先。
   後ろからカバドンに声をかける水晶。
   振り向いてあたふたするカバドン。
   不安そうに見ている女子高生。
   離れていても水晶の剣幕が伝わる。
   周囲の客の注意も引き始める。
   カバドン、次第にヒートアップ。
   逆ギレ気味に水晶とフェイスオフ。
   縦にも横にもでかい図体で圧倒。
   それでも一歩も引かない水晶。
   *****
   まだ動けない温子。
   手汗まみれの掌を祈るように組んで。
   ガクガク震える膝。
   脳裏によぎる水晶の言葉。
水晶(声)「怖い、ちょっとだけ・・・」
水晶(声)「見捨てるの・・・」
水晶(声)「ウソツキ・・・」
   自分の足元を見下ろす温子。
   落ちた手鏡から己が見返してくる。
温子「関係ない、私には・・・」
温子(鏡)「関係ない、私には・・・」
   温子、やにわに立ち上がる。
   スカートの裾をピンと直して。
   ジャケットを勢いよく羽織って。
   *****
   今にも取っ組み合いそうな両者。
水晶「返せよ! 返せって!」
カバドン「いい加減にしろよクソガキが! 
 眠たいこと言ってんじゃねえぞ!」
女子高生「パパ、この子・・・」
水晶「テメー、何人『娘』がいんだよ!」
カバドン「萌子、離れてなさ・・・」
   涙目の女子高生(萌子)が後ずさる。
水晶「そーだ! とっとと家に帰れ!」
カバドン「帰んのはお前だよ!」
   勢いで水晶を突き飛ばす。
   ボールリターンに倒れかかる水晶。
   その手が9ポンドボールに触れる。
温子「賀上さん、こんな所で何をしているん
 ですか!」
   一喝に飛び上がる一同。
   温子、きっちりスーツで仁王立ち。
水晶「賀上・・・?」
温子「賀上温子さん、校則はご存知ですね」
水晶「・・・・・・」
温子「保護者の同伴なき娯楽場への立ち入り
 はこれを禁ず。そうですね?」
水晶「・・・・・・」
温子「それとも、こちらの男性が保護者の方
 でしょうか」
   カバドンに鋭い視線。
   虚を突かれて首を横に振るカバドン。
温子「でしたら賀上さんを連れ帰っても問題
 ありませんね」
   張子の河馬のように頷くカバドン。
   水晶の手を掴む温子、落ちるボール。
温子「そちらのお嬢さんも未成年のようです
 けれど、どういったご関係で」
   カバドンの後ろで萌子ポカン顔。
カバドン「こ、この子は私の・・・」
温子「不心得な大人が不健全な目的で未成年
 に声かけする事案がこの近辺でも急増して
 います。たとえ他校の生徒だからと言って
 黙って見過ごすわけには・・・」
   温子、立て板に水のごとく滔々と。
萌子「あ、あの、私・・・」
男性店員「どうかされましたか」
   駆け寄ってくる男性店員。
温子「お騒がせを。ただの生徒指導です」
男性店員「はあ」
温子「実はこちらの男性が・・・」
萌子「父です!」
   顔を真っ赤にして叫ぶ萌子。
温子&水晶「えっ」
萌子「この人、本当にお父さんです!」
   凍りつくようなひととき。
温子「だって平日のこんな時間に・・・」
萌子「体育祭の振替休日!」
カバドン「自営だから平日もクソもないよ。
 大体あんたらこそ何なんだ!」
   店員の訝しげな視線が刺さる。
温子「えっと・・・それはですね・・・」
   汗ダラダラの温子、水晶に目を。
   水晶、隣から姿を消している。
温子「クリ・・・賀上さん?」
   後ろから指でチョンチョン。
   温子のバッグを持った水晶。
   いつの間にか逃げ支度。
水晶「ウサイン・ボルト」
温子「え」
水晶「超えるよ、人間の限界」
   言うと同時にロケットスタート。
   泡を食って後に続く温子。
男性店員「ちょっと! 靴!」

●街・午後
   二組のボウリングシューズ、疾走!
   温子と水晶、抜きつ抜かれつ。
温子「ハァ、ハァ、どこまで・・・行く気」
水晶「そっちが考えてよ・・・大人でしょ」
   全力でエスケープしながら。
   どちらからともなく笑いだす。
   路地裏の飲み屋街。
   前方で水まきしているオヤジ。
   暴走ランナーから慌てて退避。
   地面の水溜りを跳び越える二人。
   空を背景に、飛んでいるような鏡像。

●駅ビル・屋上・午後
   晴れた空の下、屋上農園。
   他に人気のないベンチでへばる温子。
   足を前に投げ出して。
   温子の頬に露をふいたペットボトル。
温子「ひゃっ」
   水晶、スポーツドリンクを差し出す。
水晶「出たんじゃない、世界新」
温子「んなバカな」
水晶「シニアの部だけど」
温子「おい」
   温子の隣に座る水晶。
   自分のボトルをプシュッと開ける。
水晶「結局、借りパクかあ」
温子「シューズもね。まあ返しとくけど」
水晶「・・・ありがと」
温子「・・・どいたま」
   二人、スポドリグビグビ。
温子「カバドン」
水晶「ん」
温子「今頃になってまたムカついてきた」
水晶「だね」
温子「あんな懐いてくれる娘さんがいてさ」
水晶「・・・・・・」
温子「同じような年の子に・・・吐きそう」
   ボトルを両手で包み込む水晶。
水晶「・・・アッコちゃん」
温子「だからアッコちゃんて・・・」
水晶「ボク、汚い?」
温子「・・・・・・」
水晶「親くらいの年の人と・・・」
温子「ストップ」
   水晶の肩を抱き寄せる温子。
温子「一投目を悔いたって何にもならない」
水晶「・・・・・・」
温子「あれ見て」
   温子の指す先に青々とした畑。
水晶「え、何?」
温子「トマトじゃないかな、たぶん」
水晶「じゃなくて」
温子「そう、つまりだね。キミはまだ収獲前
 ってこと」
水晶「?」
温子「野菜だってさ、悪い虫がついたり病気
 になったり茎が曲がったり、まあ簡単には
 育たないわけだけど」
水晶「・・・・・・」
温子「いざ収獲って時に立派に実ってれば、
 それで万事オッケーなんじゃないかな」
水晶「えっと・・・」
温子「ん? 感動?」
水晶「うん・・・その・・・」
温子「ウンウン」
水晶「あんまり・・・うまくないね」
温子「ヘコー」
   大げさに引っくり返る温子。
水晶「でも本物の先生みたい」
温子「・・・まあいたよね、長いだけの中身
 うっすい話しかしない教師(イジイジ)」
水晶「イヤ、それはマジ。褒めてるんだよ、
 お芝居うまかったなーって」
温子「それは・・・」
   温子、お日さまをボトルで遮って。
温子「昔取った・・・篠塚」
水晶「キネヅカじゃなくて?」
温子「何でもなーい」
   背もたれに大きく伸び。
温子「ああ、時間とまってるなあ、ここ」
   ゆったりと流れる雲。
温子「元気かな、きーちゃんとかうっちゃん
 とか・・・」
水晶「・・・あの、もう一個質問」
温子「ハイ、そこの見るからに危なっかしい
 お嬢さん。最初に社名を・・・」
水晶「なんでボクのこと賀上って」
温子「・・・決まってるじゃん」
水晶「?」
温子「守るためだよ」
   温子に目をやる水晶。
   そこには、ちゃんとした大人の横顔。

●横断歩道・夕
   信号待ちをする温子と水晶。
   車道の対岸には警察署。
温子「いいの、一緒に行かなくて」
水晶「いい、もう限度額いっぱい」
温子「若いのに遠慮するなよ」
水晶「取り立て怖いし」
温子「出世払いでええから。金利も安く勉強
 しまっせー(えせ関西弁)」
水晶「だからそういうのが怖いんだって」
   二人、じゃれて小突き合い。
温子「・・・カバドンには償ってもらおう」
水晶「うん」
温子「クリスもちゃんと叱られるんだよ」
水晶「うん」
   車道の信号に矢印が点く。
水晶「そうだ」
   水晶、リュックをガサゴソ。
水晶「これ、もらって」
   温子の手に握らせたチョーカー。
   十字架の真ん中に埋まった玻璃。
温子「いいよ、もらえない」
水晶「若いのに遠慮・・・」
温子「高そうだし、似合わないから」
   チョーカー行ったり来たり。
水晶「高くないって。自作だもん」
温子「この石は」
水晶「ハ●ズで買った」
   むりやり温子の首につける水晶。
水晶「ほら、似合ってる」
温子「信じていいのかな」
   歩行者信号が青に変わる。
水晶「じゃ」
温子「じゃ」
   手を挙げる水晶、足元はサンダル。
   手を挙げる温子、足元はサンダル。
   温子の持っているビニール袋。
   二人分のボウリングシューズ。
水晶「アッコちゃん」
温子「んー?」
水晶「すきすき」
   踵を返して横断歩道へ駆け出す。

●おでん屋台・夜
   昔ながらのリヤカー屋台。
   コップ酒に映る温子のにやけ顔。
   温子の前におでんを盛った皿。
大将「はいお待ち、ちくわにタコに玉子ね」
温子「来た来た♪」
   箸を割ってパクつく温子。
大将「おねえさん、今日はご機嫌だね」
温子「ほふ?」
大将「何かいいことあった?」
   温子、玉子と辛子を酒で流し込む。
温子「・・・ちょっとね、大人になった」

●アーケード・朝
   廃業した本屋のシャッターの前。
   地べたにぐてっと座り込む温子。
   乱れたスーツ、足元はサンダル。
   首元に光るチョーカー。
   見て見ぬふりの往来。
少女(声)「もしもし、おねえさん」
温子「うーん」(寝起きの悪い子供)
少女(声)「大丈夫ですか」
   しょぼしょぼと目を開ける温子。
   制服姿の女子高生が覗き込んでいる。
   地味な眼鏡っ子だが水晶に瓜二つ。
温子「クリ・・・ス?」
女子高生「あ、はい。来栖映美って言います
 けど・・・どうして名前を」
   首を傾げる女子高生(映美)。
   映美の眼鏡に映る温子の呆け顔。
温子「うっ、ごめん人違い・・・」
映美「こんな所で寝てると危ないですよ」
温子「うん、ありがとう。私は大丈夫。何も
 呼ばなくていいから・・・」
   慌てて立ち上がり体裁を整える。
温子「いやあ参ったな。サトテルの話してる
 所までは記憶あったんだけどなあ・・・」
映美「あの、忘れ物・・・」
   映美の指す先、バッグとビニール袋。
   さりげなく拾い上げる温子。
温子「さ、仕事仕事。早く行かなきゃ」
   映美の眼鏡の中で余裕を装って。
映美「髪とメイクも・・・」
   見る影もない温子のご面相。
温子「駅のトイレで直す。ホント助かった。
 重ね重ねありがとね。じゃあ・・・」
   二、三歩行きかけて振り返る温子。
温子「こんな大人になっちゃダメだよっ」
   温子の後ろ姿が遠ざかる。
   映美の唇からこぼれる笑み。
映美「大変だなあ、大人って」

●踏切・朝
   踏切待ちの先頭に温子。
   通過する電車の窓の鏡像と対峙して。
温子「この口先ヤロウが・・・」
   鏡像が消えて向こうの景色が見える。
   止む警報音、上がる遮断機。
   一歩踏み出す温子。
温子「旅に出ようか」





                   了

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