H@CHIMAKI  COMP@NY

H@CHIMAKI COMP@NY

第19話「月下少女」


その日の夕方、俺は蒼井の主治医に「話がある」と呼び出され現在の病状を聞くことになった。
一度部屋に戻って着替えてから診察室へ向うことにした。

俺は妙な胸騒ぎを抑えて診察室の扉の前に立った。一呼吸し「失礼しますと」呟いてから中に入る。

「そこへ座って」
歓迎の言葉もなしに、若い医師は椅子へ座るように促した。
丸椅子に座ると医師はまるで何かを隠すように「コーヒーでも飲むかい?」と曖昧な笑みを浮かべて言った。
じれったい。
「話ってなんですか?」
医師の目つきが真剣になった、いや・・・何かから目をそらすような悲しいような目つきに見えた・・・。
「星さんの精神病のことは聞いているよね?」

鼓動がはねた。

「はい・・・」
医師は溜息をついて今度は一度落とした目線を一直線に向けた。
「記憶喪失・・・君は、星さんがどこまでの記憶を失くしているか分かるか?」
「いいえ・・。でも俺のことは覚えていませんでした」
「これは今日一日、彼女に質問した事から僕が推理した病状だが・・・。どうやら彼女は、転校してきた後。つまり、君達と過ごしたこの数日間の記憶を失くしてしまっているみたいだ」

「!?」
俺は息をのんだ。それと同時に何故か左目もズキリと悲鳴を挙げた。

「まだだ、落ち着いて聞いてくれ。彼女はこんなことを呟いていた・・・」

『発表会が近い。練習しないと。怒られる』

「それって・・・」と俺は声を出しかけていた。「それって・・・」だと千太郎?一体お前は何が言いたい?

多分。

それは。

もしかして。

蒼井が『ここ』に来た理由。『俺達』の『仲間』になってしまった可能性。

医師は言った。

「東君。喜びなさい。彼女は、治った」

俺は喜べない。

__________________________________

夜になって俺は一人、屋上にいた。
蒼井の話を聞いた後で随分と酷い顔をしていたのかもしれない。ここの主と呼ばれる老人から「嫌なことがあったときは屋上に行きなさい」と言われたからだ。

普段は、何気なく一人になるときもあるが。今日は、何故か一人がやたらと寂しく感じた。
「蒼井」
呟くと溜息と一緒に言葉は夜の闇に消えた。


「あれぇ?先客だ」
突然無邪気な声が聞こえて一瞬だけ驚いてしまった。振り返ると入り口の方に小さな影が見えた。
「・・・・」
俺は無言で影を睨みつけた。
「そんな怖い顔しないでよ。気分悪いなぁ」
影の正体は女の子だった。南くらい白く透き通るような肌をしていて。紅子くらいの背丈だ。
「隣いい?」
俺はそっぽを向いた。
それでも女の子は笑って隣に来て鉄柵に寄りかかった。
「うーん・・・!風が気持ちいなぁ」
「ああ・・・」
何故か相槌が出た。
「君。もしかして主さんに教えてもらったの?」
無言で頷く。
「なぁーんだ。君もかぁ・・・私だけの秘密の場所にしようと思ってたのになぁ」
女の子は向き直って突然俺に握手を求めるように手を出した。
「では、ここに新たな『お月見会』のメンバーを迎え入れようではないか」
胡散臭い名前を出して、まるで忘年会の挨拶をする代表取締役社長みたいな口ぶりだった。
「私、京 小春(みやこ こはる)。ヨロシィクね!」
「東・・・千太郎・・・よろしく・・・」
何故か手を握り返していた。

元気な彼女の手は小さくて柔らかく暖かく。


――――まるで嘘みたいに儚かった。


そして本当に今日は満月だった。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: