全23件 (23件中 1-23件目)
1
不思議に思ったことがある。動物のほとんどは、死ぬと倒れる。生きていると姿勢を保つが、しぬとたおれる。これは、生きていると、姿勢を保つようにどこかに力が働いているためと考えられる。例えば昆虫は、死んでいるのか生きているのか、じっとしているとわからない。多分我々はテンセグリティ的に保持されているのであろう。姿勢こそが、運動の基本であり自分が考える老後の命運を分ける、歩くという動作の基本である。 これから、こける練習をする。
2024年08月28日
コメント(0)
階段上り術の場合、「降りるように上る」「足掛け平衡法」の二つを主に使い分けるが、時には基本のその場足踏み法をそのまま適用するのがいい場合もある。その場合は平場での歩行法も応用する。要するに相手すなわちどんな階段を相手にするのかによって、手段も変えていく。さらに自分の方が疲れていたりするとより基本に立ち返る形となる。 いずれの場合も、どこか体の一部が極端に負荷がかからないようにすることが肝要だ。昔の人は草鞋に着物を着て一日約40キロを歩き、翌日もその翌日も歩いていた。草鞋を痛めない歩き方はすなわち体を痛めない歩き方である。ただし、階段よりは坂道を行く方が多かったと思われる。
2024年08月27日
コメント(0)
人間の仕事がAIに取って代わられる打の、将来これこれの仕事はなくなるだのと言われることがある。それは私たちが普通に生活していて、店や役所などに行って「そんな対応なら機械で十分」「機械の方がうまくやるし腹も立たん」と思ってしまうことに原因の一つがある。もう、早く機械でやってくれと思ってしまう。「人間も、進化しなきゃ、ね」どころが退化も甚だしい。そんなこと言わなきゃわからんのかと思っていたのはもうかなり前、今や「多分そんな対応だろう」と予想して行ったら、その通り。 人間がだめになったから機会にやってもらいたいんだ。機械が良くなったからでは、なくてね。
2024年08月26日
コメント(0)
たとえ組織の存続がうまくいったとしても、それだけでよいはずはない。それは手段のはずなのに、いつのまにか目的化している場合はある。下級存亡の危機にありながら全体のことは二の次で、その組織や派閥や仲間内の保身に走り、結局すべてを失う羽目になる。 自分たちは自業自得なのは致し方ないが、道連れになった者たちこそ哀れであろう。
2024年08月25日
コメント(0)
ただ漫然とパソコンの前で時間を過ごしていては、だめだ。一番大事なものを、一番つまらないもののために消費するなどありえないことだ。多くの人生のチャンピオンたちにはとても及ばないが、このままでは凡夫・凡人にも遠く及ばないであろう。
2024年08月24日
コメント(0)
歩行術であれ階段上り術であれ、基本となるのはその場足踏みである。その際踵と臀部が糸か何かでつながっている感覚を持つことが大事である。その次は脛骨を意識して使う感覚である。
2024年08月23日
コメント(0)
歩行練習と並行して、こける練習を必ず行う必要がある。受け身といってもいいが、柔道とか相撲とかと違って我々の歩行は例えば室内・車内だったりする。私はバスの中で倒れたおばあさんを二回は目撃したことがある。一度などは自分が助け起こした。 コケるときには、踏ん張らず慌てず自信を持って行うことが重要でけがをしても最小限のダメージにとどめることが求められる。まかり間違っても「転倒防止」「転倒予防」とかいうまやかしには乗らないことだ。ましてや筋肉をつけて転倒防止などというのは、言語道断のたわごとである。こんなものに乗っても、行く先は地獄の一丁目。
2024年08月22日
コメント(0)
失敗者ほど謙虚さはなく、常に上か下かを決めてから話すものだ。彼らは平等を指向しない。また彼らは社会に害になることを平気でしている。注意されると差別とかわけのわからない文言を持ち出して泣くは喚くはで解決する。ただしその解決は彼らにしか通用しない。そこに利権のある人たちによって、差の解決は承認される。
2024年08月21日
コメント(0)
それは本当に自分の欲か。もし自分が江戸時代に生まれていたら、今の自分が欲しいと思うようなものは欲しなかったであろう。また別の地域、例えばアフリカとかに居るとしたらここにいる自分とは別のものが欲しかったであろう。また、もし何かを得たり、何かをしたり、何かをしたくなくなくてそれを免れて喜んだとしても、それらはすべてその時その場の欲であるはずだ。我々は自分のものと思っている自分の欲が達成されたとしても、実は喜んでいるのは自分ではなくて「それを余禄んでいる自分を笑っている誰か」なのである。
2024年08月20日
コメント(0)
そよら金剛に行ってみた。やっぱりこちら側から乗った人で最寄りバス停で降りた者は自分だけだった。オープンして二か月ほどだと思うが、自転車駐輪精算機の一つは蜘蛛の巣がかかっていた。ともあれ、人が少ないのはいいことだ。
2024年08月19日
コメント(0)
本当は夜の八時までに日記を書いて、しめる。パソコンを見すぎている。ユーチューブ中毒である。YouTubeに逃げている。でも、自分は負けません。なぜなら、ここに負けないと書いたのだから。
2024年08月18日
コメント(0)
儒家の最高の徳が仁であるならば、道家のそれは「無為自然」である。しかし何もせずただ漫然と、例えば寝て暮らしていたとしたら、それは無為とは言わずましてや自然でもないであろう。自分は道家思想を学んだ際に、最後の設問として「無為自然とは何か」という課題を得た。教科書をあちこち切り貼りして何とか「可」を得たが、不合格にしてもう一度受講するという選択肢も考えた。 ここ数年にしてようやくこれなのでは、という答えに至った気がするが、それをここに記すのは今はまだできない。
2024年08月17日
コメント(0)
階段上り術において、疲れている時は「下り型上り術」よりも「とっかかり平行移動法」の方が有効というか、楽。これらを行う時には、自然とその時の自分の状態に応じたやり方を選択するようになっている。この団地では階段を使用する人はほとんどおらず、自分が多少変なことをやっていても目立つようなことはない。大いに助かる。
2024年08月16日
コメント(0)
階段の上り下りでは、下りの方が膝を痛めやすいのかもしれない。少なくとも自分はそう感じる。膝が痛くなって、しまったと思ったがすぐおり方を改善したら痛まなくなった。油断は禁物。 自動車とか自転車とか、電動車いすとか杖・カートに至るまで、何かに頼らず歩くかどうかが、老後の命運を左右する。歩きたかったら、転倒を恐れてはいけない。自分は今後、こける練習もする予定である。 世の中に 歩ける者の多けれど コケてぞ後の姿なりけり
2024年08月15日
コメント(0)
一二か月前にリニューアルしたイオンに行ってきたが、最寄りのバス停で降りる人は皆無だった。自分も下りなかった。イオンというパッケージは地域全体の活性化を考えていない。たとえそれが見られるとしても、それは彼らが意図してそうしたものではなくおそらく偶然の相乗効果のように思える。地域の人たちを巻き込まない商業施設は危うい。
2024年08月14日
コメント(0)
現在、印刷ができない。これを回復しないとどうにもならん。明日はこれをメインに活動します。今日は大いに選択して、買い物もできた。階段下りはできたが上りは限定的。というかほとんど無し。団地内は下りしかない。 エアコンの室外機の水準調整ができたので、エラーは消えた。フィルターはきれいだった。前の棟より個々の方が空気は良いようだ。
2024年08月13日
コメント(0)
これぞ原点にして頂点。その場足踏みを行う要領で、その感覚を保ったまま気を前進させると体が自然に前に行く。これを階段の前で行うと上り階段の場合は上る。というもの。その際、かかととおしりの間に直線的な連絡を意識することが重要。さらに脛骨が使われている意識ができるとさらに良い。脛骨でなく腓骨を使った歩行一般はO脚を招き、やがて歩行困難に陥る。 歩行こそは、老後の命運を左右する大事である。
2024年08月12日
コメント(0)
階段上り術2 ともいうべき二つ目は、下るように上る術である。すなわち階段を下りているような感覚を保ったまま上るというもの。この感覚は先の 平衡法 あるいは とっかかりそこに移動法と比べると体力もいる。それができたのは体調が戻りつつあるためだ。もう少しで全快するはずだが、もし治ったら今度こそ改心しないと意味がない。
2024年08月11日
コメント(0)
仕事の日は、エレベーターを使ってもいいとしているが、ちょうどエレベーターが出発してしまった。それで14階まで階段上り術を実行。今回は平行移動法を実施したが、膝への負担はほとんどなく14階を登り切った。自分の上り術は数種類あるが、いずれも「登る」という概念を離れることに主眼を置いている。エレベーターがあっても、それに頼っているとだめだ。使えるときは限られると心すべきである。 特に大事なのは、降りるときである。火災や地震では使えなくなる。
2024年08月10日
コメント(0)
スパワールドに行ってみたが、入場待ちの列を見て断念。結局、昨日行ったスパリフレにした。昼にそばを食べて一寝入りすると、ちょうど四時ごろだった。二回目の入浴をした。このころは午前の客層とは違う人たちで、すこし人数も多かったが、それでも十分すいている。 湯治はまずまずうまくいき、かなり元気になった。
2024年08月09日
コメント(0)
まったくもって、はっきりしている。ネットのやりすぎによる、寝不足のためであり、睡眠の質も悪い。そこをコマーシャルに狙われることになる。すべては、己が悪い。原因がわかっているのだら、対策はある。
2024年08月08日
コメント(0)
老人の問題は、一 歩かない 二 視野が狭い の二つを克服することにより、その何割かは解決できる。いつもは一について考えている。そしてそれには一定のめども立ってきた。 思い起こすと 二 によって自分などは嫌な思いを何度かしている。こちらの対策としては、老人にはできるだけ近寄らないということであろうか。彼らは列の順番を無視するのは勿論、後続がいても入口・出口を占拠する。そのようなことをしておいて、自分たちにやさしい社会を、とかなんとかいうつもりなのか。 自分がそうならないためには、視野を広く持つ習慣を身につけなければならない。それは、物理的にも精神的にもという意味においてだ。
2024年08月07日
コメント(0)
八時に日記を書いて、一応の締めとします。現在体調が悪いですが、自分は崩れても大崩れしないことを目標に頑張ります。それは、頑張るとか、やる気を出すとか、意欲をもってとかから、脱却するためです。それが自分に何をもたらすかとか、考えなくても済むようになるためでもあります。 そして、その為にするという状態もなくなるのです。
2024年08月06日
コメント(0)
全23件 (23件中 1-23件目)
1


