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昨日の通信の日制定の興奮も冷めやらぬまま、本日はついにスタバのWiFiに接続成功。358円の高額コーヒーをほろ苦く味わいつつのブログ更新をしています。ちなみにカップ値引きこみの値段です。ここで持参の源氏パイを一口いただきます。先ほど店員が、「本日はチョコレートによく合う○○となっております」とか言っていたので、次回は・・(自分の口からは言えません) 。 というアホな更新でした。
2025年01月29日
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ついにドトールでWiFiに接続することに成功した。PCでDOUTOR接続したのは初の快挙。この日を記念し、一月二十八日を通信記念日とします。
2025年01月28日
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日課を定め、それをこなす。それ以外は、特に思いつかず。もし、自分で定められないならば、誰かに定めてもらうことになる。誰かに定められているのに、自分で定めた如くに思うのはなぜだろう。しかし、その理由を尋ねたところで、大した成果は得られない。答えを探させて儲けている別の誰かに奉仕しいるだけのことだ。 自分の力を誇示したいとか、誰かに認められたいとか考えないようにすることはそこそこ難儀なことではある。諦めとか投げやりとかを使って、疑似的にその状態を作り出したとしてもそれはごまかしでしかない。そんなことは当の本人が一番よくわかっている。 わかっているのに、それにすがっているようなことではもう終わったも同じこと。
2025年01月19日
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我々が今考えなければならないことは、哀れな老人たちの姿をどうとらえるかという事である。「老後二千万円問題」というのがあったが、金額の多少の問題に老後問題を矮小化してはならない。そもそも、老後とは何かという問題の捉え方の問題を素通りしているのではないか、という疑義がある。 さて、その疑義には一定の答えを持ってはいるがそれは本日のテーマではない。結論を言うと、老後の命運を左右するものは、「歩くか歩かないか」である。そして、そしてさらにそれが老後云々というよりも、今何ができて何ができないかという事をいちいち検討し、先人の知恵に学び現在が何であれ進む方向を定めているという事が重要だ。 憐れむべき人たちを日々、見ることがあるこのごろではあるが、自分は同情はしない。また、政府や自治体の施策・政策を憤ることも適当とは思えない。むしろ、恵まれた自分の境遇には感謝している。
2025年01月10日
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